命、賢さ、そして敬意。

日々是「ターニングポイント」
命、賢さ、そして敬意。

2015年5月15日 20:30日々是「ターニングポイント」

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こんばんは、藤沢優月です。



突然ですが、
「なんのため、生まれてきたんだろう」

そんなふうに、たびたび思ったことを、ふと思い出しました。
これを読んでいらっしゃるあなたが、そんなふうに思う時は、どんな時ですか?


アメリカだったか英国だったか、誰の作品の中の言葉だったか。
記憶のはじに引っかかっている、こんな言葉を思い出します。

「幸福の中身とは、だいたいみな、似たようなものだ。でも、不幸の内容はほんとうに、驚くほど、人それぞれなのだ」

この言葉を発した人は、心の優しい方だなあ。

幸せのイメージといえば、たとえば温かな灯。たとえば、おいしいごはん。笑顔。
おうちに、家族に、猫か犬。
家族の誰か、あるいは親戚の誰かが、しじゅう、しょうもないけんかを繰り広げている。
「お父さんなんて、キライ!」
なんて、平気で言えてしまう。
でも「ちょっと悪かったかな」なんて、あとで反省してしまったり。


そして、不幸のほうはといえば……。

理不尽な抑圧、暴力のある国に、たまたま生まれてしまった。
あるいは、身体の障がい、思わぬ事故。事故を起こしてしまった。
生まれもった病気。
天災に、人災。
信じられない心変わりにあった、信じられない裏切りにあった。

大きな挫折。
「どうして、こんなことになってしまったのだろう」というほど、理不尽な目に遭う。

あるいは、機能不全家族(きのうふぜんかぞく)に当たって、生まれてしまう。

「お父さんなんて、キライ!」
なんて言おうものなら、ボコボコに殴られる。
暴言を吐かれる。
罰として、食事を抜かれる。

戸外に蹴り出される。あるいは、閉じ込められる。
そしてその後何年も、それを思い出すたび、ひどい仕打ちを受ける。


幸せはある意味、誰に対しても、さほどのちゅうちょなく口にできてしまう。
だから、
「不幸の内容はほんとうに、驚くほど、人それぞれなのだ」
この言葉を残した方は、きっと、深い痛みの分かる、深い心を持った方なのですね。





「私は、何のために生まれたんだろう」

その質問に、私は答えることができないけれど、たぶん言えることがある。

それは「誰かのために生まれた」のではない、ということ。

あなたは、あなたの人生を生きるために、生まれた。
誰かの人生のために、生まれたわけじゃない。




あまりにも渦中にいると、逆に、分からなくなってしまうかもしれないけれど……。


たとえば仮に、あなたが「跡取りにするために、お前を産んだ」と言われたとしても。

生命は、誰か個人の所有物ではない。
命は、もっと神秘的で、尊いもの。

生命を、誰か個人の所有物みたいに扱った時。
どこか具合が「おかしくなる」……俗に言う「病むこと」で、生命は、それが「違う」ということを教えてくれる。

命は、本当によくできている。

誰の命も、とても賢い。
12歳であろうとも、56歳であろうとも、おかしいことがあると、命は「違和感」として知らせてくれる。

「こんなの、何かおかしい」
と。



命ってすごい。
自分にとって何が大切なことなのか、本当は、自分がちゃんと知っている。


今、この記事を読んでくださっているあなたが、どんな状況にいらっしゃろうとも。
あなたが、あなたの感じていること・内心は分かっていることを尊重されようとしている勇気に、敬意を表します。

どうぞその敬意を、何よりご自身に対して、お持ちになれますように。
乗り越えようとする勇気が、時間をかけて花開きますようにと、お祈りします。

| ONSA は、『夢をかなえる人の手帳』シリーズを代表作とする、文筆業・藤沢優月のオフィス。「ONSA」には、「響き合い、調和し合う」という意味が込められています。

| 本記事は、ONSA WORKSHOP にご参加の方・共依存の巻き込まれやハラスメントに苦しんでいらっしゃる方・状況から脱出の道を一歩ずつ歩んでいらっしゃる仲間に向けて、書き下ろさせていただいております。
ONSA は仲間の皆さまと、日々共に歩ませていただいておりますため、内容に大変熱がこもりますことを、どうぞお許しいただきたく思います。
そして、この記事をご一読くださった、あなた様の大切な時間・人生のためにも、本記事が役立ちますように。

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