私の人生は、私が守る。いわゆる「共依存(依存症)者」が抱えるリスク – 「発達障害(がい)」「パーソナリティ障害(がい)」

日々是「ターニングポイント」
私の人生は、私が守る。いわゆる「共依存(依存症)者」が抱えるリスク – 「発達障害(がい)」「パーソナリティ障害(がい)」

2015年6月8日 15:00日々是「ターニングポイント」

ONSA WORKSHOP バナー・画像

こんにちは、藤沢優月です。

ただいま、ONSA WORKSHOP にご参加の皆さま。そして、これからご参加をご検討される皆さま。
そしてそして、本ブログにご訪問くださっている皆さま。


文筆業の役割は、「伝える」という役割です。
本情報が、少しでも実感をもって伝わり、あなたの人生のお役に立ちますように。


たとえば、ショッピングで迷うとか、旅行に行くとか行かないとか……。
人生の致命的な部分に関わらないことであれば、多少伝わりが悪くとも、別の機会を待つこともできますよね。

でも、人生の根幹に関わることは、遅れをとっていられない。

私は「煽る(あおる)」ということが、苦手です。
同時にですが、事実というものもまた、あります。

事実は、事実です。
そして、事実を前に行動を起こすかどうかは、ご本人次第。だれも、あなたの代わりにはなれません。

本記事を読んで、もし、心の中に動くものがあったら。
ぜひ、専門家を頼ってみてください。

決して恥ずかしいことではありません。
あなたが、あなたの人生を守って差し上げてくださいね。






ONSA WORKSHOP(「対面式」「ウェブ・ワークショップ」とも)にご参加の方の、有利な点のひとつとして、定点観測があります。
同じ空間に3ヶ月や6ヶ月、1年といった期間いらっしゃいますから、揺れ動きや変化を、冷静に見ることができるのです。

その結果、もし
「ん、これは対策をした方がよいかも」
と感じた場合があれば、念のため、専門家への来訪をお勧めしています。

これは、人生の保険のようなもの。
関係者全員で協力して、人生を守るのです。


ところが、大半の方は、これを誤解されているようです。
「恥ずかしい」
「みっともない」
「受け入れることができない」

と取られる方が多い。

一方では分かる気もする。
でも、これでは損。

……損どころか、すごく危険です。
ですので、あらためて、どういうことかご説明させてください。





依存症(共依存)は、主に原家族の家庭環境がルーツとなって、起こると言われています。
私はこれを、分かりやすく「心の生活習慣病」と呼んでいます。

生活習慣病ですから、病気で言えば「未病(みびょう)」の状態。

特定の病名がつく状態が、まだ発症していない状態。
しかし、そのままにしておくなら、発症は時間の問題という状態です。


血液ドロドロをそのままにしておくと、やがて心筋梗塞になったりとか、年齢とともに糖尿病リスクが上がったりする。
こんな例が、イメージしやすいですよね。


これは、「心の生活習慣病」の場合でも言えること。

幼少期からのストレスやトラウマ、そこから来る苦しい処世術・役に立たないやり方を、そのままにしておく。
すると、現実をうまく生きられなく、「生きづらさ」を感じるのは当然です。

日々の時間はストレスの連続、がまんの連続になってしまうでしょう。
そして、現実のつじつまが、年齢を重ねるごとに、合わなくなってゆくと感じるかもしれません。

「こんなはずでは、なかったのに」
です。

その上、こんな風に感じるようになるかもしれません。
「生きる理由が分からない」
「心が、からっぽ」






ところで、医学界に慣習的に受け継がれている、こんな言葉を聞いたことがありますか?
私は、この言葉にとても共感します。

「すべての病気/すべての症状は、何らかの自己表現である」
「症状は、もし本音が言えるなら、本当に言いたいことを語っている」


つまり、です。

もし、
「この家、すごく居づらい!」
「家族が嫌い」
「私は、そんな考え方を一方的に押しつけられるのは嫌」
「私は、本当はあなたなんて好きじゃない」
「私は本当は、これ以上は働きたくない」

……けれど、それを口にしたら、生き抜いてゆけない。
生きてゆけないから、いやいや「あなたの『子ども』をしている」「『いい子ちゃん』のお嬢さんを演じている」「従順な社員を演じている」「あなたの妻におさまっている」。

でも、本音では、嫌なんだからね!

こんなふうに、本当に感じていることを口にできない場合、しばしば(というか大体)症状が代わりに語ります。

ですから、実は「問題行動」と呼ばれるものは、あなたを助けようとする、内なるサインだったりする。

「問題行動」は、行動の場合もありますし、身体のサインの場合もある。
アトピー(触れたくない・関わりたくない)やぜんそく(息苦しい)、拒食症や過食症(生きること・自分の美しい性を拒む)。
病気。
リストカットや自殺企図。
不倫や不適切な交際、裏切り。
盗みやウソ、破壊を通じて、人生を「破壊」する場合もあります。


とても重要なので、もう一度強調します。


いわゆる「問題行動」と呼ばれるものは、実は「やっかいもの」ではない。
あなたが本音では言えないことを、代弁している場合がほとんど。

つまり症状は、あなたを助けようとする、内なるサイン。
「助けて! こんなはずじゃない!」
というサイン。
ですから、症状サインを適切に読み解くことが、あなたが状況を脱してゆくために、どうしても必要です。



すごく一般的に知られた例で、心理学のテキストにも出てくるような例を挙げさせてください。

とても立派なお父さんとお母さんが、「問題行動」を起こす長男を、心療内科に引っ張ってきます。
「こいつが、問題ばかり起こします」
そうすると、経験豊富な臨床心理士は、家族歴などのデータを取り、多分こう言う。
「分かりました。息子さんも、診て参りましょう。そしてその前に、お父さんとお母さんの問題から、診てゆく必要があります」

彼の、いわゆる「問題行動」は、口に出して言えないことへの表現。
つまり、臨床心理士は
「そんなこと、おかしいだろう!」
というストレスが、彼の家の中にあることを読み解きます。

いわゆる「問題行動」が、実際の「問題」であることは少なく、それはサイン。
問題は「根」の部分にある。
「根」部分を解決することが、いわゆる「問題行動」が本当に完治できる、たぶん唯一の解決策。

……ちなみに。
今は、話を単純化するために、その他遺伝的な要因は除いてお話ししますね。

ONSA サイトを訪れてくださる方に、いちばん関係のありそうなことだけ、伝わりやすいよう強調してお伝えしています。
「あっ!」と感じる方は、医師や専門書のサポートをもらいながら、仔細で専門的なことを理解してください。





話を戻しますと、だから、いわゆる「問題行動」と呼ばれるものをそのままにしておくことは、とても危険なことです。
なぜならそれは「問題」ではなく、サインだから。

不適切な交際(不倫)や生きづらさ、人間関係のトラブルの連続も、だから「人生こんなもんでしょ」「誰にでもあること」ではないのよ。
これらは、「こんなはずじゃないのに」サイン。

いわゆる「問題行動」は、本当に解決すべき事のありかを、示しています。



中でも特に、共依存(依存症)者が注意しなければならないのは、タイトルに挙げたように、「発達障害(がい)」と「パーソナリティ障害(がい)」でしょう。
これら障害(がい)は、機能不全家族問題……つまり環境と、深い因果関係にあります。


「障がい」と書きたいところですが、検索をかける際に、まだまだ「障害」でヒットしてきます。
ですので、両名表記でゆかせてください。


ではでは、誤解の多いところを挙げてみます。

まず、真っ先にひっかかりそうなことは、「発達障害(がい)」「パーソナリティ障害(がい)」は、何かが「おかしい」という考え。
検索をすると実際、中傷まがいの情報が、ネットにあふれています。
(こういった情報は、とりあえずスルーしてください)

事実は、「発達障害(がい)」「パーソナリティ障害(がい)」者は、何かが「おかしい」のではなく、「秩序だっていない」「秩序が崩れている」ということ。

かいつまんで説明するらば、日本語名ではなく英語名に、エッセンスがあらわれているように思います。

「発達障害(がい)」は、英語名が「developmental disorder」。
「パーソナリティ障害(がい)」は、英語名が「personality disorder」。

つまり「発達障害(がい)」は、英語の表現に忠実に言うなら「発達が秩序だっていない」ということ。
「パーソナリティ障害(がい)」は、「いわゆる『パーソナリティ(人格)』の部分が、秩序だっていない」ということ。



「変容(トランスフォーメーション)ワークショップ」「インナーチャイルド・ワークショップ」で扱うように、ヒトには、基本的な成長の「トリセツ(取り扱い説明書)」があります。

つまり、ざっくり言えば、人には
・こんな発達段階で育つのが理想
・実際には、完璧に理想通りの人は一人もいないけれど、大きく外れすぎると不具合が出る

というようなものがある。


ところが、共依存(依存症)を生み出すような、いわゆる「機能不全家族」は、この発達段階を「外れすぎる」環境をもたらします。

生育環境が危険すぎて、子どもは生き抜くのに必死で、健康な発達にかまけているどころではない。
だから、秩序立って、順番に人生経験を積み重ねてゆくことができない状況が、生じるリスクが高い。



分かりやすく言うなら、家族の中に危険があります。
たとえば、家族の中に暴力・圧力がある。
家族の中に、ハラスメント(嫌がらせ)やネグレクト(無視)がある。
家族の中で、性的被害が発生する場合もあります。あるいは家族が、性的被害をかばってくれないこと/子どもをしっかり守ってくれないことが発生する。


私たちが歩くことも、逃げることも、言葉で主張することすらできない状態の時、最初に生まれ落ちる環境。
それが、家族。

本来は、もっとも安全でありたいはずの家族と、その周辺の環境。
それらに機能不全(うまく機能しないこと)がある場合、小さな命である私たちは、巨大なストレスを感じます。

私たちの自然な発達は混乱しますし、年齢相応の自然な発達ができないことがあります。
そして、その状態からなかなか脱出できないと、最終的には、大きな影響を受けることになるかもしれません。

だから! です。
「恥だ」「受け入れられない」ではなく、なるべく早く、気づいて対策を打つことが大事。
「あなたを、あなたが守ってあげるために」です。






「発達障害(がい)」「パーソナリティ障害(がい)」と、「機能不全家族問題」の因果関係には、諸説あります。

しかし、私が主張したいことは、これらの場合、いずれにせよ医療機関にしっかりつながった方がいいこと。
そして、投薬が一定効果を発揮するということです。

危機の中で、私たちが自分自身を守るため、自分の機能の一部をオフにしなければならなかった。
あるいは、発達させている場合ではなかった。
そうしないと、ストレスに対処できなかった。

ところが今度は、その機能がなかなかオンにできない。
あるいは、適切に発達させられない。
「あれ」と「これ」が、自分の中で、秩序だってつながらないよ。
そこで、投薬が、秩序の機能をオンにすることを助けてくれる。その上で、再訓練して、秩序を再構築してゆく。

「薬漬けにされる」と言って、勝手に薬を飲みやめる人がいるといいます。
が、このような理由から、それはとても危険であると、個人的には思います。

回復はやはり、医師・臨床心理士・書籍などの情報・自分での学び・再訓練……たくさんの要素・たくさんの手助けあってこそ。
どの手も、等しく大事です。





これらに、目を背けないでほしい、大きな理由があります。
勇気を出して、心療内科のドアーをたたいてみてほしい理由は、これら「発達障害(がい)」「パーソナリティ障害(がい)」は「進行するであろう」ということ。

しかも、本人が気づきづらいという特徴がある。
本人は、「自分の性格が悪い」「自分の頭が悪い」「私はダメな人間だ」「だから、私は虐げられて当然だ」……「でも、何かがおかしい!」と思っていることが多い。

思っているだけならまだしも、警戒してほしいのは、年齢を追うごとに、これらは進行してゆく可能性が高いこと。
放っておくなら、最初は軽度だったのが、次第に重症化してゆく場合が多い。

検査と投薬で、進行は食い止められる。
ところが放置しておくと、深刻な「病」に発展してしまう可能性も、決して低くない。
最終的に、警察などのお世話になるような、社会的な問題を生じる可能性が高まってしまう場合もある。

逆に言えば、なるべく早期に適切に気づき、投薬とカウンセリング・学び・再訓練を併用してゆけば、この可能性をカットできる確率がかなり上がる。
つまり、適切に「根」の原因に気づいて対処できれば、被害は最小で済む。



ONSA WORKSHOP でも、このような理由から、折々にご参加者にお声かけしています。
共依存(依存症)者にとって、このことは、決してひとごとではないテーマです。
ですので、雪だるま式の被害は避けたいからです。

その結果、何人もの方が「検査を受けに行ってみたよ!」とご報告をくださいます。

「『発達障害(がい)』ではなかったけれど、発達にへだたりがあるといわれました。要注意のうち、知れてよかった」
「検査の結果、自分は該当しなかったけれど、紹介された、ソーシャルスキルの訓練を受けることにしました。その方が、生きやすくなりそうだし」
「該当しました。でも、投薬・臨床心理士のサポートも受けるので、ONSA でも再訓練を続けます」


「発達障害(がい)」「パーソナリティ障害(がい)」を調べてみて、「あれっ?」と感じることがあったら。
勇気を出して、これからの人生への保険だと思って、心療内科のドアを叩いてみてください。

人生の、何よりの「保険」となるはず。場合によっては、命拾いになるかもしれない。



その理由を、説明しますね。





本記事の最後です。
なぜ、私がこんなに熱心に、この件の情報出しをしているかをお話させてください。

本ブログにも、何度か書いておりますが、私の親戚の姉が該当するからです。


姉は、15歳付近(思春期のはじまりの頃)から、ちょっと妙な様相を呈するようになりました。
それまでは、普通に話せていたのですが、人と会うのが嫌になり、言動が独特になってきました。
今振り返ってみると、家族の中の問題のストレスで、発達にへだたりが生じてきた頃です。

しかし彼女の家族は、これを「恥ずかしい」と隠しました。
なぜなら、父親も親戚も、みな教員。
「教員が、子育てを失敗した」
と言われるのを「恥」と考え、彼女を適切なケアーにつなげず、反対に閉じ込めたわけです。

つまり、彼女の将来より、自分たちの体面を優先させたわけです。

自然にしていれば収まるだろうと、学校を休ませ、彼女の言う通りにさせました。
この初期対応の誤りで、彼女は、いわゆるどんどん「ワガママ」に育っていったとも言えます。
激高して(キレて)主張すれば、食べたり休んだり、したくないことはしなくてよかったり、欲しいものは買ってもらえる、周りを言いなりにできると学んだのです。

その後、彼女の様子はどんどんおかしくなってゆきます。
でも家族は、隠し続けました。……皮肉なことに、周りはそんなこと、とうに知っていたのに。

後から事情を知ったのですが、かかりつけ医は、来診するよう再三うながしていたようです。
ですが、親の
「恥ずかしい、恥だ」
「来診したら、親の不出来を叱られる」

という想いが、彼女を閉じ込め続けました。

そして、時とともに……。
最初は「発達のへだたり」だったものが、時を経て、おそらく「パーソナリティ障害(がい)」と呼ばれる状態に発展しました。
すぐキレる、キレると手が付けられなくなる。
気分が5分や10分、あるいは数時間単位で、コロコロと変化する。

そのうち、妄言や妄想を呈してきました。
統合失調症(いわゆる、昔の呼び名で「精神分裂病」)の状態に発展したのです。医師は、きちんと対処するよう警告しましたが、家族はそれをもスルーしました。

統合失調症はおそらく、投薬することで、社会に何とか適応できる、最後の段階かと思います。
しかしここでもまだ、叔母および叔母一家は、彼女の未来を真剣に創ることを、かたくなに拒みます。
「大きな問題ではない、しょせん家の中の問題」「今はちょっと調子が悪いだけ」「何らか風向きが向けば、いずれ解決する」と麻痺しているのです。

……解決するわけが、ないでしょう。
15歳だった姉は、もう50歳になったのですよ。

そして、ついに警察沙汰です。
外に出れば、見知らぬ人にからみます。現実と妄想の境目が分からなくなっていますから、危害を加えかねません。
だから、警察を呼ばれるのです。

投薬をもってしても、もう彼女をコントロールできません。
ただの「発達のへだたり」が、本物の「精神病」の状態になってしまいました。

年老いてきた叔母は、姉から暴力を受けるようになりました。
それでも「介入してくれるな(放っておいてくれ)」「うちは大丈夫」と主張します。
何度も話し合いを持ちましたが、兄弟も同様に、介入を拒みます。

ちなみに。
彼女に、モノを理解する知性がなかったから、こうなったのだと思ってもらっては困ります。
彼女は、いわゆる「六大学」に合格する学力を持ち合わせていました。当時の学力・IQとしては、私(藤沢)よりはるかに上をいっていたのです。
ところが、こんな結果になっています。


最初のきっかけは、「恥ずかしい」「恥だ」「心の準備ができない」でした。
心の準備ができないまま、35年が経過してしまいました。



そして、このことを想うたび私は、機能不全家族問題からの回復のプロセスで、私を担当してくれた臨床心理士(いわゆる「師匠」)に深く感謝します。
彼女は、思いやり深く優しく、そして厳しかった。
現実から目をそらすことを、私にさせませんでした。



「勇気を出してみよう」

これが、私たちの合い言葉。
彼女は私を、そう励ましてくれました。


なぜなら、「発達障害(がい)」「パーソナリティ障害(がい)」に遺伝的素質があるということは、私もまた該当者。
母方の血筋では、何人かの罹患者が見られます。
ということは、私にも相応に、リスクがあったわけです。
環境要素としては、私の生育環境は、最悪の環境のひとつです。心身の暴力と暴言、ネグレクト(無視・育児放棄)がありました。


彼女は、現実から目をそらさせないこと、適切な再訓練、そして医療的な検査を私に課しました。
そして私は、全部やり切りました。
なぜなら、「回復」は共同作業だからです。


目をそらしたり、逃げたりするこも、できました。
でも私は、まじめに受け取りました。

当然、怖かったです。
でも、
「この人には、私が見えていない可能性が、見えているのだ」
「この人は、現時点での私の未来を、いちばん良い形で、守ろうとしているのだ」

と信じ、勇気を出して行動に踏み切りました。


その結果、私は今、こうして健康に生きていられます。
それは、自分に投げられたチャンスを、私もまた活かしたから。

結果的に、全部「シロ」でした。
が、たとえ「発達にへだたりがある」と分かっても、私がチャンスをもらえた、いちばん早いタイミングであったように思う。
いちばん早いタイミングなら、できることがまだ、たくさんある(あった)。


この記事をお読みの方の中にも、おそらく、機能不全家族問題で、おつらい想いをされた方が、多々いらっしゃるでしょう。

ですから、あなたご自身の未来を、きちんと守るためにも。
ぜひ、「発達障害(がい)」「パーソナリティ障害(がい)」について、調べてみてください。

きっかけがないと、気づけない。
ぜひこれを、ひとつのきっかけにしてほしい。

そして、少しでも「ん?」と感じたら、一度検査を受けてみて。

この記事を読んで「ん?」と感じたら、たぶん、気づけるうちで今がいちばん早いタイミング。

来診した結果、「何でもなかった」なら、それでもいい。心配要素が、いちばん早いタイミングで取り除けた。
「あっ!」なら、重ねて、いちばん早いタイミング。

自分の人生を、自分の手で守って差し上げてください。



それでは、また。
ONSA WORKSHOP(対面式)も、今日いっぱい(明日の弊社営業時間前まで)のお飛び込みをお待ちしております。


無理解や「恥ずかしい」で、悲劇の上塗りを繰り返さないようにしよう。

勇気を出そう。

全員で協力して、全員の未来を、安全に守ってゆこう。

| ONSA は、『夢をかなえる人の手帳』シリーズを代表作とする、文筆業・藤沢優月のオフィス。「ONSA」には、「響き合い、調和し合う」という意味が込められています。

| 本記事は、ONSA WORKSHOP にご参加の方・共依存の巻き込まれやハラスメントに苦しんでいらっしゃる方・状況から脱出の道を一歩ずつ歩んでいらっしゃる仲間に向けて、書き下ろさせていただいております。
ONSA は仲間の皆さまと、日々共に歩ませていただいておりますため、内容に大変熱がこもりますことを、どうぞお許しいただきたく思います。
そして、この記事をご一読くださった、あなた様の大切な時間・人生のためにも、本記事が役立ちますように。

TO TOP