[ 0021 ] 再び八重山の空の下・海の上

2003年7月29日 再び訪れた青い空

最近めっきり更新ができません...といっても別にさぼっているわけではないのです。理由は、再び八重山で取材を敢行しているからなのです。

6月27日に八重山から東京に帰ってきて、怒濤のような一ヶ月。出版された本のいろいろな手続きを行い、新しい本の企画で編集者さんにお会いし、打ち合わせをし、企画書を仕上げ、取材をし、ワークショップをし...。あっという間に八重山に戻ってきました。
7月23日から8月3日まで、再び沖縄県で仕事です。

まずはじめは、宮古島にある「宮古エネトピア」の取材。
風力発電、太陽光発電、NAS電池システムなど、数々の面白い新エネの研究施設を取材させていただきました。これは後日、もっとしっかりとしたかたちで発表できればと思っていますが、今言えるのは「とにかく風車がきれいだった!」ということでした。


宮古島の風車
海と空の青に風車の白が映えてきれい

そして今は石垣島の海運会社にお願いして取材をさせて頂いているので、目下毎日朝8時から夕方6時まで、船に乗りっぱなし。波間を縫い、沖縄の空の下を白い船で疾走しています。船酔いする方は、一日10時間(しかも1週間ぶっ通し)船に乗っているなんて信じられないかもしれないけれど(しかも立ちっぱなしだし、揺れるし)、私は船酔いをまったくしない体質なので、毎日楽しく取材しています。船の上で昼ご飯だって食べれちゃいます。

そして沖縄の仕事の最後を飾るのは、8月2日に行われる「石垣島全島ライトダウン」の取材です。
8月2日は旧暦の七夕だそうです。ところが、昔は七夕に天の川が見られたのに、今はライトの明るさなどが邪魔をして、石垣島ですら夜空がくっきりと見られない。だったら見られるように、石垣島全島のライトを消そう...という粋なイベント。当日の夜8時から9時まで、病院や信号など必要最小限以外のライトが、全て消される予定です。(詳細は「石垣市役所HP_南の島の星まつり」を参照)

商業主義に基づいて考えると、決してライトを消せずに生きている私たち。ライトを消し、暗闇を取り戻すことで、どんなことが起こるんでしょうか。
なにか新しい気づきが訪れそうな予感がします。


黒島にて
海も子供も元気
沖縄の海運会社の取材
実際に船に同乗させて頂くと...、こんな感じ。

クラゲ遊泳中
八重山の青い海を疾走する白い船たち
観光客の楽しい思い出と命を運ぶ仕事です
珊瑚礁が美しい海
こういうのを目の前で見ると
何も言わなくても環境の大切さが
伝わってきます


[ 0022 ]「なんくるないさ〜」スピリット ...いまいち消えなかったライト

2003年8月4日 沖縄・石垣島から帰ってきた次の日の朝

沖縄・石垣島での取材を終え、昨日の夜に帰京しました。
東京は日ざしがやわらかいですね。八重山のぎらぎらした日ざしと東京の太陽をくらべると、住む人の性格が自然に大きく影響されていることを、はっきり感じます。

ところで沖縄には「なんくるないさ〜」という言葉があります。
意味は「南に来る(=南来る)と問題ないよ」(と現地の人が教えてくれた)。人生ちょっとやそっとのことでは大丈夫よ〜という意味だそうです。八重山にゆくと、この「なんくるないさ〜」の精神を、まざまざと見せつけられることがあります。

約束の時間に遅れる(でも笑顔)。
約束が延びる、あるいはなくなる(でも笑顔)。
飛行機すら遅れる(かくしていつも乗り継ぎのため、なぜか那覇空港を走るはめになるが、そのことについて説明された時はない)。
結婚している人が、独身だと言い平気でナンパしてくる(でも、ばれても笑顔)。

几帳面な人だったら、きっと頭がおかしくなるでしょう。私は沖縄を十分に知っているわけではないので、あまり大きなことは言えないけれど、お役所の方やビジネスマンの方々は、とても大変だろうなと想像するし、ちょっと同情します。
でも「なんくるないさ〜」の精神で生きている彼らにはちゃんと一貫したポリシーがあって、それが存外キュートだと思うことが、最近多くなってきました。

たとえば、2日(土曜日)の夜に行われた石垣島ライトダウンの話です。
島まるごとの電気を一斉に消すという世界初の試みに向けて、「バンナ展望台」(石垣島の市街地が見おろせる場所)に、テレビカメラと新聞社のカメラがスタンバイ。私もとなりでカメラスタンバイ。

市の中心地にある本会場では、Scoop On Somebodyさん(シンガー)がカウントダウンをしているとのこと。午後8時、ライトダウンを告げる防災無線が島に鳴り響き、サザンゲートブリッジ(本会場の近くの橋)を照らすライトが「パッ」と消えました。
私たちがスタンバイをしている高台には一瞬「おお〜っ!!」というどよめきの声。

...しかし、それ以降何も起こらないのです。
新聞広告、市報、街宣車、看板、ポスター、チラシ、ラジオの番組出演、テレビコマーシャル......。ありとあらゆる手段で万端を期してきたはずのライトダウンがなされない。確かにちらほらとライトが消えているものの、目立った違いは見られない。
8時半を過ぎるころには、新聞社さんの「こまったな〜...」の声。
「確かにちょっとだけライトが消えた気もするけれど、新聞に載せられるぐらい、写真に違いが出るんでしょうかね?」との問いに、「......無理でしょうね(汗)」。

というわけで、いまいち消えなかったライトダウン。
明くる朝、空港に向かうタクシーの中、運転手さんにライトダウンのことを聞いてみました。「ライトダウンを知っていた?」とたずねると「知っていたさ〜。広告も見たし、タクシーで走っとると垂れ幕も出とるし。」
それでも運転手さんは、8時にはライトを消し忘れたそう。
なぜなら...
「テレビ見とって、すっかり忘れてたさ〜。たいして面白いテレビっちゅうわけでもなかったけどさ〜、はははは!」

これです、「なんくるないさ〜」スピリット。
きっと島中の家庭が、こんな感じだったのでしょう。タクシーの中で、運転手さんと私は、ライトダウンのあれやこれやで大いに笑いました。

石垣島ライトダウンは、島んちゅの「なんくるないさ〜」スピリットを存分に見せつけられた結果に終わったようです。(はてさて、来年はどうなるのかしら。)
関係者の方々、心よりお疲れさまでした。

美しい島
全島のライトが消えるかと思ったけれど...


この通り
いつもの美しい夜景でした



[ 0023] わたしという小さな窓 

2003年8月5日 再び行った沖縄から戻って、2日目

「私にできることってなんだろう?」
東京と沖縄の往復を繰り返す最近。たくさんの人に支えられてこの日々があることを思うにつけ、感無量になります。どうしてこんなにうま人生が展開してゆくんだろう? 周りの人に私はなにもしてあげられてないし...いただくものばかり大きくて、嬉しいながら戸惑う日々。仕事に対する私自身の性格を表現すれば、努力家と言えるかもしれません。学んだり経験したりすることが大好きだから、真面目で素直にやっていると思います。
でも、そのおかげで仕事がうまくいっているわけではありません。私の感覚では、仕事のうち実に9割ぐらいは、周りの人に助けられています。そう考えると、まったくいいご身分です。

かつての私は「自分がしっかりしなきゃ何もうまくいかない」と、妙に力が入っていました。その割に、気苦労が多く実りが少なかったように感じます。
「しっかり意思表示をする」ということと「全部自力でやろうとする」ことは、似て非なるもののよう。そこにコントロールがあるのか、それとも流れを信じて飛び込めるのかという、とても哲学的で実際的な違いがあるように思います。
今の私はといえば、自然な流れ優先。うまくいく、いかないの計算はさておき、勇気をもってとにかく一歩を踏み出す。「やりたい!」と思ったことには、素直に自己表現をする。

無防備で素の自分に近ければ近いほど、傷ついた時の衝撃も大きいし、逃げることもうまくいかない分、「素直に」「ありのままに」って、けっこう勇気の要ることです。
でも、傷ついても失敗してもいい。ありのままの自分で、せいいっぱいの自己表現にトライしたい。自分という小さな窓を通じて、大きな世界をたくさん知りたいと思う気持ちの方が、いつも優ってしまうのです。

大馬鹿者と思われてもいいから、とにかく気持ちを口にしてみる。情熱や熱意、まだかたちにならない・うまく言えない思いを伝えてみる。その結果、私の「優秀さ」ではなくて熱意に共感してくださって、なんとかして下さる方が必ず現れるから不思議です。
今回の取材日程も、たくさんの方々のお力を借りることができたおかげで、結果的にすべてがうまくいきました。

だからこそ、がんばろうと思えるのです。信じてくれる人たちの想いに応えたいから、唯一といっていいほどの取り柄である素直さとひたむきさが発揮されて、きちんとやれる。
その鎖の輪がお互いに連なって、より良い仕事へと誘われる流れが、今ははっきり見えるような気がします。
大感謝です。



[ 0024 ] 長崎 平和宣言

2003年8月9日 原爆投下から58年目の夏

台風通過中の日本列島...8月9日は、長崎への原爆投下から58年目の年。テレビからは、長崎市長の堂々たる平和宣言が流れてきます。

実は、広島の原爆写真と長崎の写真が、しばらく取り違えられていたことが、戦後23年近く経って判明したそうです。私たちが知っているあの有名な「広島のキノコ雲」は、実は長崎の原爆の写真だった。なんと取り違えられた写真は、堂々と教科書にも載っていたというのです。
(詳しくは『写真のワナ』新藤健一/情報センター出版局/p90-ご参照ください)

もくもくと立ちのぼる、無気味なキノコ雲を脳裏に思いうかべるにつけ、あの下はいかに灼熱地獄だったのだろうかと想像します。そして目下のイラクでも、アフガニスタンでも、あの時の日本と同じように、多くの人が傷つけられ、心と身体に痛みを抱えていることを想像すると、なんでそういうことをやめられないんだろうと、不思議にすら感じてしまいます。

長崎市長の平和宣言は、ウェブサイトで読むことができます。
http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/abm/heiwasengen/sengen_main.html
心を打つような、力強い宣言でした。ぜひご一読下さい。



[ 0025 ] 台風通過中 part.2 

2003年8月9日 東京は大荒れ・秋田へのフライトもキャンセル

強烈な台風を経験するのは、実は今年2度目。
一度目は6月17日。日本の最南端・波照間島で、台風の目に入るぐらいの直撃を食らいました。(いい経験だった!)
そして今日、今年2度目の強烈な台風で、私のフライトはキャンセル。台風の目に沿って移動をする予定になりそうだったので、「自然と闘っても仕方がない!」とばかりに、飛行機の便を明日に延ばしたのでした。

今、自然のことを勉強しています。
八重山の海運会社の取材を一年以上にわたって行うことに決まり、冬の荒れた海へ出かけてゆく機会ができたので、それなりの知識をつけておこうと思っているのです。天気図や海図を読んだり、波やうねり、地球の潮汐力について勉強したり。見ること聞くこと未知の連続ですが、日々これ精進の毎日です。
きっと今回の台風では、沖縄の海もさぞかし荒れたことでしょう。

さっきサイトをチェックしてみたら、私の取材している海運会社は「本日は通常運行」の表示が出ていました。台風が去ったとはいえ、海はうねりもあるはず。今すぐ沖縄へ行って、海を見て、勉強した知識を目の当たりにしてみたい気がします。



[ 0026 ] 自殺率と離婚率のタタカイ

2003年8月19日 秋田県と沖縄県が、わたしの中でつながった!

不思議な流れを感じることがあります。それまでは、なんでそんなことをしているのか腑に落ちなかったのに、ある日すべての焦点がすーっと絞られ、歩んできた数々の出来事が、ひとつの大きな模様のように見える瞬間。

このHPを見て下さっているみなさんはご存知の通り、最近なぜか沖縄にご縁があります。とはいえ、もともとはなんの縁もなく、親戚もなければ友人もありませんでした。たまたま仕事で通ううちに友人ができ、新たな仕事のご縁もでき、今に至っているのです。

そんな沖縄県の離婚率は全国トップ。
1000人あたり「2.64人」で、全国平均の「2人」を大きめに上回っています。その中でも石垣島(八重山地方の中心島)の離婚率は、ダントツのトップといううわさあり。沖縄県の平均を、さらに大きく押し上げているという噂です。
でも、いざ現地入りしてみると、不思議と離婚に暗いイメージはない。
「人間だもの、結婚もすれば、離婚もするでしょうよ〜」ぐらいの重さのようです。現に私の対人関係の中にも離婚を経験された方がいらっしゃるし、飲みに行った先のママさん(?)たちも、離婚歴がある。
でもぜんぜん暗くないのです。
自分の選択を「後悔していない」という言葉には、潔いものを感じました。

一方で、我が故郷に話を向けましすと、秋田県......中でも特に、私の実家のとある地方は、ナンバーワンはナンバーワンでも、なんと自殺率全国ナンバーワン!
10万人当たり、37.1人(2001年)と、ダントツのトップだそうです。(ひえ〜〜この数字!!)
でもこの事実、長年知らなかった。友人がたまたま教えてくれたのです。

「ほう〜わが秋田県がそんなことに......」とのんきに思っていたところ、喫茶店で偶然『出身県でわかる人の性格』(岩中祥史/草思社)という本を見つけました。

この本よると、我が秋田県の履歴は、壮々たるものではありませんか。
癌の死亡率全国一位、脳血管疾患による死亡率も全国一位。
高血圧による死亡者数は全国二位。

そして話題は少しずれて、秋田県には「秋田県出身」の人が多い。全人口のうち、生粋の県人の比率が6割超(全国2位)。つまり、人口が「ちゃんぷる〜(=混ざる)」にならないようなのです。
周りを見ていても、秋田県人同士で結婚するわりあいが、非常に高いような気がする。おのずと地縁も強くなるので、離婚するのも大変そうです。
東京あたりでもまだまだ離婚は大変なのが現状ですが(簡単な離婚なんてなさそうです)、そこにもってきて秋田は閉鎖的な地域性。離婚をすれば、地域コミュニティのバランスも微妙に違ってくる。

かの本では「地縁が息苦しいのか自殺率第一位」「人間関係からくるストレスを乗り切るのが得意でない人たちが住んでいるのではないか」と分析しています。そういったストレスが、高い死亡率に直結するのかなあ。
改めて「そうか〜、こういう県に住んでいたのか〜」と納得。暮らしていたのですから、身体感覚を伴った実感がありました。

自殺率ナンバーワンの県と、離婚率ナンバーワンの県の、フジサワの中での出会い。
私の中で、まさに極端と極端の正面衝突です。でもこの事実を知った時、どうして沖縄(しかも八重山)に縁があったのか、少しだけ分かった気がしました。
それは、こんな問いかけのような気がします。
『生きる上で、本当に大切なことはなに?』
自分の気持ちに素直に生きること? それとも、周りに合わせて生きること?

もちろん、離婚すればいいとは申しません。
でも、自殺率ナンバーワンの地域に生まれ、全く縁のなかった南の島に導かれたのですから、私はここから、もっとさまざまな生き方を学ぶご縁があるのかもしれません。



[ 0027 ] 鰻、うなぎ、鰻

2003年8月19日 ひさびさに鰻と御対面

夏になるとやってきますね。「土用の丑の日」「鰻」という文字。
「土曜日になると、なんで牛じゃなくて鰻を食べるんだろう?」と思っていた代表格が私。長年うなぎは天敵でした(特にあの脂っこさがいやだ〜)。

ちなみに旧暦では、立春、立夏、立秋、立冬の前の18〜19日間を、すべて土用と呼んでいるとのこと。つまり土用は念に4度。季節が大きく変わる時期なので、体調の変化に備える目安になっていたのでしょうか。
現在では夏の土用だけが残っていて、鰻を食べて猛暑に備えるのは有名な年中行事。ちなみに鰻を食べることを奨励し、鰻文化を根づかせたのは、平賀源内だとか。

そんなことを思い買い物をしていたら、鰻コーナー発見。「土用でもないのに、なんで今時分鰻?」と思う私。
周りから「変わってる!」「あんなに美味しいものを食べられないの?」と不思議がられようと、天敵は天敵、苦手なものは苦手。皆さんが「いい!」と思っている要素......あつあつのたれのかかった、あぶらののったふわふわの鰻......このすべてが私にとっては過酷な条件なのです。ましてや、肝吸いなんてとんでもない!
最後に食べたのがかれこれ8年前、大学院の合宿の帰り。帰りの昼食どころお調べ担当があたって、蕎麦と鰻の一騎打ちになったのですが、最初に「蕎麦食べたい人ー!」と聞いたら私一人。念のために「......鰻の人〜」と聞いたら、残り全員の手が一斉にあがりました。
合宿地の名物だそうで、逃げおおせません。一流どころの、あつあつ、ふわふわの大きな鰻は、さすがごまかしのない、本格的なお味でした。完食するのにも涙ものです。

でも暑さで血迷ったのか、そんなに苦手な鰻を、今日はふと食べてみようと思ったのです。多分一瞬の気の迷い。最近太陽に当たり過ぎでビタミンが足りないし、体力も落ちていて、ものもらいが一ヶ月もなおらないし、う〜んこれは鰻にでもチャレンジしてみようかな〜......きっと魔が差したのです。

とはいえ苦手な食べ物なので、用心には用心を重ねなければなりません。
スーパーの鰻コーナーで、試食用にカットされた鰻を、ひとつ、ふたつ、、、もうひとつと口に運びます。うん、もしかしたらいけるかもしれない。でも、冷えているから食べられるのかもしれない、熱かったらだめかも。頭の中では様々な分析がうずまきます。外見だけだと、ただの試食コーナー荒らしにしか見えませんが、本人は自分の中での真剣勝負に挑んでいます。

「あつあつは、味がはっきっりするから無理。でも、冷たいのならいけそう」
ついに、ハーフカットお買い上げ(それでもハーフ)です。友人が知ったら目を剥くでしょうね。私が鰻を買うなんて。

その夜、冷たい鰻を無事完食した私は......深夜に胃の差し込み痛に襲われました。

結論:苦手なものには根拠があるようです。



[ 0028 ] じゅうしぃって、ジューシー?

2003年8月19日 ああ残暑、ああ沖縄回想スペシャル 1


那覇空港ではじめて「じゅうしぃ」という文字を見た時に、「何がジューシー(juicy)なんだ?」と辺りを捜しまわってしまいました。そんな私は、あの頃まだまだ素人。

「じゅうしぃ」なるものの正体は、沖縄風たきこみごはん。しょうゆ味の、見た目はふつうの炊き込みごはんなんですが、中には細かく刻まれた具が入っている。緑色に刻まれた葉も入っている。不思議心をそそります。

興味津々のそれを食べてみた時の感想は、確かに「うん、これはじゅ〜し〜な感じ」。
ほのかにもちもちとした感じのごはんが、豚肉・人参・その他いろいろと刻まれた野菜から出るお出汁を、ふっくらと包み込んでいます。そして、緑色の正体は、島こしょうの葉。すーっとした、こしょうでもミントでもない、爽やかでくせのない味が、ごはん全体のほっこり感をひきしめていて、、、うん、これはいくらでも食べられる!

暑い日が続く沖縄では、食欲も失いがち。しかし、島こしょうの葉の「すーっ」があると、不思議と食べられてしまうのです。

さんぴん茶を片手に、桟橋にすわり海を見ながらじゅうしぃを食すのも、また沖縄ならでは贅沢。大きめの「じゅうしぃおにぎり」(しかも2個で120円という良心価格)も、すっきりと私の胃袋に。かめばかむほど口の中に甘味が広がって、味覚を通して全身に広がってゆきます。
目の前には、ぎらぎらと照りつける太陽と、それを負けじとはね返す海。ここでは食べ物も自然も、すべての生命力が力を持っています。

そもそも、このじゅうしぃ、今でこそガイドブックでも食堂でも見かけるスタンダードな沖縄食ですが、もともとはもてなし料理。「ハレ」の食事だったそうです。
沖縄...特に小さい離島では、飲み水を確保するだけでもやっと。ですから、水を大量消費する水田なんて、そう簡単に作れるものではありません。かくして、米はずっと贅沢品でした。
沖縄名物の泡盛だって、今でこそ米を原料にしてつくりますが、昔は「粟」でつくっていたんだよ、と島のおじいが教えてくれました。おじいも粟で泡盛をつくった経験があると話してくれましたが、「やっぱり米の方が美味しいさ〜」。

そんな貴重品・米をふんだんに使った伝統料理が、このじゅうしぃ。
お祝い事の時は、じゅうしぃを炊いて、一年の健康を祈る。子どもが病気から回復すると、じゅうしぃを炊く。大切な米に栄養のある具を混ぜてごはんを炊くというのは、とてもスペシャルなことだったのですね。

ちなみに島こしょうの葉を入れるのは、八重山地方のじゅうしいの特徴だそうです。もし「もちもち...す〜っ」を体験してみたくなったら、いざ「その先の沖縄」へどうぞ。

←この空の下で食べると、じゅうしぃも格別


これが、島こしょう
実の部分は乾燥させて挽いてコショウに、葉は香りづけに ↓


[ 0029 ] 沖縄箸

2003年8月19日 ああ残暑、ああ沖縄回想スペシャル 2

最近、エコロジーを気にする人たちの間で「マイはし」がブームだそうです。食事をするたびに、いちいち割り箸を使い捨てにするかわりに、気に入りの箸をかばんに入れておく。食事の後にちょっと洗えば済むだけだから、とてもエコロジカル。
「割り箸は間伐材で作られているから、実はあんまり環境を壊さない」とか、いろいろな話はありますが、いずれにせよ自分の食事の「始末」を自分自身でするということは、上品な習慣ですよね。

「一人、一揃えの箸」で育った私ですが、沖縄に行くと、みな同じ箸、クリーム地に朱を使っているのに気がつきます。長さこそ割り箸と同じぐらいですが、竹のような素材の握り部分に、朱の色がつけてある。どこにいってもこの箸が出てきます。菜ばしのような雰囲気ですが、なかなかキッチュでかわいい。私は勝手に、この箸を「沖縄箸」と命名しています。

沖縄での食事の回数が増えるにつれ、気がつきました。この「沖縄箸」が入った箸入れが、テーブルに「どん!」と置いてある店がある。そして隣には、割り箸のケースも置いてある。どうやら食事をする側が、好きに選べるようになっているようです。
極端に清潔好きな人や、何かの事情がある人は、割り箸を使えばいい。気にならない人は沖縄箸。なかなか、いいアイディアではありませんか。

「エコロジー」と身構えず、まず日常でできるところから。
とはいえ、おそらく沖縄の人は「エコロジカルにしよう」なんて気負って考えてはいないのでしょう。「なんとなく」...そんな答えが予想できそうです。でも、こんなふうに自然になっちゃっているのも、沖縄のふところの広いところかもしれません。

↑ 食堂にゆくと、かならず「沖縄箸」が。(箸は未撮影ですが...美味しそうなそば!)

→ そう、この箸!
 どこに行ってもこの箸が登場



[ 0030 ] まぶいぐみ

2003年8月19日 ああ残暑、ああ沖縄回想スペシャル 3

「まぶい」という言葉を聞いて、何が「まぶい」の? と思ったら、私と思考回路が一緒。一方これがひとつの言葉に聞こえたら、沖縄人そのものであるか、あるいは、かなりの沖縄通だということが想定されます。
わたしもてっきり「眩しい」の死語だと勘違いしていました。

ところで先日、沖縄を舞台にした映画『ホテル・ハイビスカス』を見に行きました。
監督は中江裕司さん。知る人ぞ知る大ヒット映画『ナビィの恋』を制作された方。今なら『白百合クラブ東京へゆく』の方が有名かもしれません。ちょうどトークショーも同時開催だったので、「これは行かなくては!」と、意気揚々と渋谷に出かけてゆきました。

『ホテル・ハイビスカス』は、沖縄・名護市の古いホテル舞台に繰り広げられる、ほんわかしたムードの映画です。主人公は小学生の、美恵子。この、はちゃめちゃ元気のいい美恵子(本人曰く、美恵子=美しさに恵まれた子)の目線から見た日常が、何とも魅力的、映画の中にぐいぐいと引き込まれてゆくのです。ハリウッド的な派手さはありませんが、中江監督の映画は、心の奥底の、言葉にできない部分をぎゅっとつかむのです。見終わったあと、日常生活のふとした瞬間に、フィルムのワンシーンが蘇る。そして「あの時本当はこういいたかったのかな?」「あのシーンは、こういう意味だったのかな?」...ひいては返す波のように、数々の気づきと豊かさをくれるから素敵です。

映画の中で、美恵子が「魂」を失うシーンがあります。
沖縄では、魂のことを「まぶい」と呼びます。人は魂を3つあるいは7つ持っている、強い衝撃にあったり驚いたりすると、それが抜け落ちることがある...と考えられているのです。魂が抜けた人間に魂を戻す行為を、「まぶいぐみ(魂+込め)」といいます。
沖縄の友人も、交通事故にあった直後に、すぐ「まぶいぐみ」を受けたと言っていました。
ちなみに『ホテル・ハイビスカス』の中では、おばあと家族が呪文を唱えて魂をたぐりよせ(といっても目に見えるわけではない)、トレーナーで魂をくるみ、美恵子の身体に力いっぱいぶつけて「まぶい」を戻します。その結果、晴れて美恵子は正気に戻ったのでした。

そのシーンを見て、はっとさせられたのです。
私たち、都会に住んでいる者は「魂が抜ける」なんてことが本気でで起こるなんて非科学的だと思っているかもしれません。でも「今、ここ」の一瞬に全霊を込めて、いきいきと生きている瞬間が、はたしてどれぐらいあるでしょうか。ただ機械的に動き、機械的に日常生活を送り...。
そう考えれば、魂が抜けていることは、実は日常茶飯事かもしれない。映画の「まぶいぐみ」のシーンを見ていたら、そんなことが頭に浮かんできました。

この映画からは、説教臭いにおいは全くしません。でも、「魂を込めて生きないで、一体何のために生きてるの?」そんなメッセージが、優しく届けられた気がしたのです。

ところで。
映画後のトークショーも盛り上がり、いよいよ最後の時。
「おとうさん」を演じた照屋政雄さん(琉球民謡のプロ)の三線に併せて、監督が観客を立たせます。そう、みんなでカチャーシー(三線の早弾き)に合わせて踊るのです。
監督も客席に降りてきて、率先して踊る踊る!

会場にいたみんなの「まぶい」がきらきらと輝く、楽しい夕べでした。



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