[ 0041 ] タイ国料理屋

2003年9月18日 地震が来るという噂の2日目、地震の夢で目覚めた

新宿のとある地下にある、タイ料理屋台料理店でのこと。ここはなかなか本格的、スタッフは全員タイ人。美味しいものをさっと出してくれるし、味もとってもいい。そんな訳でよく利用するのですが、今日もランチを食べている途中に事件が...。
 オーダーしたピリ辛麺を、なかばまで食べ進んだところで、箸に何やら小さ〜いものが。よく見ると、羽があります。ちっちゃ〜い、虫。気づいてしまいました! >< 食べ進んでしまいました。飲み込んでしまいました! 半分まで胃に入ってしまったものを、一体どうすればいいのでしょう?
以前、タイ国の屋台で食事をしようと試みたことがあるのですが...くじけました。しかしその後、ベトナムに2週間居たら、タイの屋台はいかにも清潔そう、かつ本格的に見えてくるから不思議。
しかし、さしあたって大切なのは、目下の東京の私です。
「む、むしがはいっています...」 いくら小さきものとはいえ、発見してしまった以上、これ以上は食べ進められない。放心した顔の私に、かわいらしいタイ人の店員さんはぎこちない日本語で「ゴメンナサイ、スグ変エマス」 でも、数分後に出てきた麺は、しっかりオーダーミス。
 ......「スミマセン、カ、変エマス」と再び店員さん。こんな日もあるのだなあ。
彼女たちの一生懸命さに「ま、いいか。虫と違って非衛生的じゃないもの。」大人しく、ミスオーダーの麺を食す私。
考えようによっては、2種類の麺を頂けたのだもの...、と思う私には、アジア特有の呑気さと大ざっぱさを確実に持ち合わせています。せかせかした東京のリズムに毒されちゃってた身だからこそ、なんだか得した発見。



[ 0042 ] 地震、台風...

2003年9月21日 東京は気温15℃! 氷雨の休日

東京は目下、台風接近&通過中。ごうごうという風の音が、遠くの空から聞こえます。私は都内に住んでいるのですが、台風は遠く離れた八丈島付近にいるとか。それなのにこんなに強い風の音がするなんて、自然の力は偉大で不思議です。
 ところで、地震が来ましたね。23区は震度4の揺れでした。でも、しっかりと準備しておいたので、思ったほど家具は揺れず、安心して地震を迎えられました(という言い方は、すこし奇妙でしょうか)。ちなみに、マンションの下の階から「ぱりーん」「がたーん」という音がしたので、やっぱりけっこう揺れたんですね。
 さらにびっくりしたのは、地震速報が速かったこと。まだ揺れている最中にTVをつけてみたら、「フジテレビ社内の震度計は、震度3を記録しています」「日本テレビの震度計は、震度3を記録しています」とテロップが。やっぱり各社、地震に備えていたのかと思うと、今回のうわさのインパクトの強さを、あらためて実感したのでした。
それにしても、やはり備えは大切。体感してみた結果、安心度が違います。



[ 0043 ] バブル・リゾート

2003年9月27日 電話したら、八重山はまだ夏だった


「ちゅらさんの島」・小浜島に、大型リゾートが完成したらしいという話を聞いたのも、やはり船の上でした。いろいろ複雑な人間関係・利害関係もあるのでしょう。みな、多くは語りません。だから私も、多くは聞きませんでした。根掘り葉掘り聞くよりも、その場所から身体感覚で感じ取るものを、いちばん大切にしようと決めていたからです。
 ところが、最近たまたま、次のような記事を見つけました。『長者が村にやって来た でも引っ越した 沖縄の離島税収乱高下』 ユニマットグループの高橋洋二代表に関する記事です。
http://www.yomiuri.co.jp/features/tax2002/articles/tx20020516_02.htm
 「ああ、このことだったのか!」 合点がいきました。もちろん、詳細な内部事情に通じているわけではありません。しかし、記事+地元を歩いた感覚が、次のようなことを教えてくれました。高橋氏は、昨年は宮古島に籍を置いていました。昨年の宮古島の個人村民税収の半分、一億数千万円は、高橋氏個人の納税です。そして不思議なことに、宮古島にはユニマット主導のゴルフ場が完成しています。
ところが高橋氏は、その後あっさりと八重山郡の「竹富町」に住民票を移してしまいます。これで莫大な税収は、竹富町のものに。ちなみに、竹富町の昨年度の税額は約8,000万円。高橋氏の今年度の見込み納税額は、数十億円。個人納税額全国トップの転入により、まさに天文学的に税収が増えるという仕組みです。
ところで、八重山に行ったことのある人なら分かると思いますが、「竹富町」に属しているのは、実は竹富島だけではありません。
竹富町 黒島
竹富町 西表島
竹富町 小浜島
竹富町 竹富島
竹富町 波照間島
竹富町 新城島
竹富町 鳩間島
つまり、実は石垣島を除いた島のほとんど全部が、竹富町に属しているという事態。(この地名の割り振りは、歴史的に竹富島が八重山の中心地だったことの名残りだそうです。)
結果的に、氏の納税によるお金は、八重山の大半の地域に大きな影響力を持ちうるという事態が、現実に展開されているのです。そして、現に小浜島にはユニマット主導の巨大リゾートが完成。西表島でも建設途中です。
住民票移しとリゾート建設は、何か関係があるのか? もし、巨大な納税額をビジネスチャンスと考え、お金で影響力をおぼよそうと考えているのだとしたら。伝統や文化に支えられ、今まで美しい調和を保って来たさまざまなものをお金のパワーで動かす。植民地的やり方、あるいは、グローバリズム的やり方の香りを感じます。そして、ユニマット主導のリゾート施設が、西表島で裁判ざたになっているという事実は、偶然ではないはずです。そうは思いません。

確かに「沖縄ブーム」なる状態。しかし、小浜島に続いて、西表島にリゾート施設を作ったとしても...。いざブームが去った後には、巨大な箱と、そのために破壊された自然、悪化した環境、そして地元の失業者が残るだけではないのか。裁判を起こしている西表島の人たちは、そのように語ります。バブルの終わりと共に、日本全国至る所で見られた現象そのものです。
 ブームはいつか終わります。でもブームの後でもなお『日本でいちばん航空運賃が高い』八重山地方に来てくれる人たちが、どこに行っても泊まれるような画一化したリゾート施設を選択するとは思えません。
八重山の良さは、スピードアップしないこと、等身大であること、伝統が残っていること。人々がお金とスピードに支配されず、自分たちが持っているものの中で、幸せに生きていること。そして私も、そこからたくさんのことを学んできました。
 開発の流れに「NO」を言うために、訴訟が提訴されています。代表者は西表島の石垣さん。多種多様な人が、訴訟に参加しています。
http://www.janjan.jp/left-list/iriomotegima.php
代表者たちの主張は、ただ「ダメ」だけではありません。そうではなくて、もっと違ったやり方を選択したいという、建設的で前向きな意見です。「自然を大切にし『エコツーリズム』を観光のベースにすることによって、ムリのない、島の大きさに合った観光資源を得ること。」 どう考えても、こちらの方が賢い気がしますけどね。
島のことは、島の人たちがみんなで決めるべきと思います。だって彼らが島の主役なのですから。でも、たった一人の、とってもお金をもった人が入ってくることによって、すべての力学が逆転してしまうのは、本当に皮肉なことです。
 もう、バブルじゃない。あの時代からは多くのことを学んだはずだから、何が本当に大切なものなのかを見極めるべきだと思う。
日本の流れを変えられる可能性のある、最果ての島での訴訟。大注目しています。



[ 0044 ] 船の上から見える景色

2003年9月27日 東京はすっかり晩秋のおもむき

今年の夏はずっと、船の上で取材をしていました。ほぼ始発から終船まで、いちにちを船上で過ごす×10日連続ですから、「足が棒」とはまさにこのこと。でも、足の痛さには代えられない素晴らしい発見が毎日あります。海の上は、二つと同じ瞬間がありません。それはそれはパワフルで美しい景色です。
 そして、人。船には、本当にいろいろな人が乗ってきます。
まずは、明らかに地元の人。にこやかに笑って、ひとなつっこく話しかけてくる。慣れた感じで、あいさつ代わりに気軽に声をかけてくれる、笑ってくれる。長く船に乗っていると、離島の岸壁にいる代理店の人や民宿の人も、しだいに話し友だちになってゆきます。
 そして、観光客の人。鮮やかなブルーやピンク、キャミソールやタンクトップという南国リゾートっぽい格好をしているので、すぐわかります。キラキラと輝く海に歓声をあげたり、もくもくした巨大な入道雲や青い空を見上げたり。「沖縄好き〜!!」「来てよかった!!」という笑顔や、ここに来るのを楽しみにしていた! っていうオーラが、全身から発散されています。(ちなみに、地元の人は肌を露出しません。この日ざしで半そでを着たら、たちまち焼けてしまいます。)
 そんな中、たまに異質な人たちがいます。大都会のストレスをそのままぶっつけに来た! みたいな人たち。「お金を払って旅に来ているんだ、だから観光地は、日頃のストレスを全部引き受ける義務がある!」みたいな光線が、ぎらぎらと出ている人たちです。
取材中に一度、船のスタッフと間違われて、喰ってかかられたことがありました。なんでも、「竹富島、西表島、小浜島」を一日で回るプランに申し込んだのだけれど、「地上スタッフに、間違った船に案内されたんだよ、この責任、どう取ってくれるんだよ!!」
...。
一瞬、パイロット(船長)と甲板員、ついでに私も顔がまっさおに。離島ですから、船に乗り逃したらタクシーを飛ばすってわけにもいかない。「休暇を台無しにされた!!」とわめきちらす中年男性二人のとなりで、船長が注意深くチケットを確認すると...。
航路は合っているではありませんか。何の間違いも、ありません。ただ、中年男性二人があまりにも急いでいたため、自分たちが今どこの島にいるのか、さっぱり分からなくなってしまっていたのでした。
胸をなで下ろした私たちとはうらはらに、中年二人はばつが悪そうに美しい島に上陸し、また2時間後、他の島に行くために乗船してきました。
 ゆっくりとしたリズムの八重山の離島。それぞれの島に、それぞれのよさがあり、何日いても飽きることがありません。それなのにスピード観光じゃ、美しい八重山に来ても心が休まらないと思いますけど。



[ 0045 ] 八重山上布

2003年10月4日 竹富島はまだ夏

3度目の登場、八重山上布の話題です。
6月に竹富島にいた時、織り手さんのいるお宅にお世話になりました。手織りの機械が縁側に置かれ、時間があれば「トン、トン」といい音が聞こえてくる。織り機は木でつくられていますから、糸が布に変わるたびに、いい音が響いてくるのです。
 八重山上布は、「芭蕉」という植物の繊維(麻にかなり感じが似ている)を、糸に紡いで作られる布。暑い気候にとても合う、かぎりなく薄くて繊細な布です。
染めをかける前の、もともとの色は生成。自然の色をそのまま布にしたような、美しい織物です。今では織り手さんが少なくなってしまったので、いい布はとても高価だとか。毎日手作業を見ていて、その理由が分かるような気がします。
いい芭蕉布、上布の着物を持っている方は、どうか手放さないで。もうなかなか手に入らないそうですから。



[ 0046 ] 着物タイム

2003年10月4日 最近は秋晴れ続き

発端は、祖母の残した絹の帯です。明治生まれの祖母がお嫁入りの時に締めた、素晴らしく美しい帯をもらったことが、着物に本格的に興味を持ったきっかけでした。
明治大正の着物って、けっこうモダンです。平成の今の世に着ても、しっかり様になります。今の時代、おばあちゃんから孫に譲り渡せるものって、そうそうありません。しかも現役で活躍できる「着るもの」が譲れるって、洋服では考えられない。
着物というのは偉大です。
 最近、夜にアヤシイ時間帯があります。ひとり着物をいそいそ着て、帯も結ぶ。鏡を見て満足。ソファで一息ついた後、ふたたび着物をきれいにたたみ、箪笥にしまって終了......という、なんとも分からない「着物タイム」です。
着物って、いろんなひもがあったり、帯の結び方があったりと、けっこう面倒なのですが、習慣化されてしまえばなんて事はない。洋服にはない、その手間がまた楽しいし、鮮やかな色や、面白い小物使いが体験できるのも着物ならでは。
 そんな事を熱烈告白していたら、友人のお母さまから着物をたくさん頂いてしまいました。なんでも、おばあさま(つまりお母さまのお母さま)が着物をたくさん持っていらったけれども、もう着る人がいないので「このままでは台所の布巾になってしまう」とのこと。
「着物が布巾! それは大変だ!」ということで、それならば遠慮なく! ありがたく頂戴してきました。
大正生まれのおばあさまのモダンな好みは、わたしにぴったり。美しい梅柄の着物や、織りで柄が入れられた繊細な帯、ちょっとかわいい道行きコートなど、本当に楽しいものばかり。「あれがこうだ、そうそうあれもあった」とわいわい着ているうちに、100年は持つ「着物」という衣服を生み出していった、日本の文化の素晴らしさに想いを馳せます。
 樹木希林さんが渡辺満里奈さんにお着物を差し上げられたと、読んだことがあります。昔はきっと、みんなそうやって譲り合ったのでしょう。若い頃に着た柄が似合わなくなれば、子や孫や周りの人に譲る。その人もまた譲る。そういう風に循環してゆく着物。エコロジカルだとかいう領域を越えています。
着物というのは、やっぱり偉大です。



[ 0047 ] 仕事の哲学

2003年10月7日 仕事をしていて、足下が寒いと感じる。秋だなあ

たしか、林真理子さんのエッセイに、こんなフレーズがあったのを憶えています。
「仕事仕事っていうけれど、そんなに大層なことをしている人なんて実はいない。でも、そんな大層なことのない仕事でも、みんな何かをかけてやっている。」
うろ覚えなので、正確さには欠けるかもしれません。でも私にとって、とても印象的なフレーズだったのでよく覚えていたのです。
 私も微力ながら仕事をしています。20代の頃は、仕事とは「腕が評価される場所」だと思っていました。しかし30代になり、大好きな仕事に関わっていると、仕事とは必ずしも「腕の良さのみ」を披露する場所ではないということが分かってきました。
仕事をする上でいちばん大切なこと、それは、誠意を尽くすこと。今はそんなことを、強く感じています。
仕事をしていると、こちらの都合もあります。しかし同じように、相手にも都合があります。自分のために動いてくれたのに、こちらが信頼で応えなければ、相手は信用を失うかもしれません。約束を守ってもらえなければ、立場を失うでしょう。お金も失うかもしれません。そんな、相手の立場を推し量れる想像力と行動力...それが誠意だと思うのです。そして誠意が上手に循環してゆけば、仕事の第一段階は成功。そしたら次は、いよいよ腕の見せどころです。
 そんな、とある月曜日、朝8時。
となりの部屋で突然、電ノコの「キュイーーーーーン」という音が炸裂しました。それと呼応するかのように、「ガンガンガン!」という金づちの音。どうやら、工事らしいです。しかし、落ちついているわけにはいきません。騒音は止まりません... 部屋が揺れる! 壁一枚隔てた事務所(兼自宅)を飛び出し、さっそく状況把握に向かいました。
 埃っぽい、何やら溶剤のにおいのする部屋の中を覗き込むと、いました。相手は、50歳を過ぎた程の大工さん(と何人か)です。「おはようございます、工事はあとどれぐらいかかりますか?」との問いに「一週間」。
相手は、仕事の場所を選べません。わたしだってコンピュータを持ち出して仕事するのには限界があるけれど、まあ仕方がない。隣を事務所に使っていること、一週間は私が場所を譲るので、工事の時間はきっちりと守ってほしいことなどを伝え、決着。仕事のスケジュールを組み直し、事務所を空けることにしました。
 それから、約束の一週間が過ぎて。工事の喧噪は去り、事務所も平穏を取り戻しはじめました。「やれやれ、棚上げにした仕事がやっとできる、ばんざ〜い!」 ワクワクした気持ちと共に、原稿書きも佳境です。遅れ気味のペースを取り戻すべく「夜遅くまで」の毎日が続いた、そんなある朝。
ふたたび「キュイーーーーーン」「ガンガンガン...!」
家が揺れる! 頭痛がする! 
慌てて事務所を飛び出し、管理人さんと2人、そろそろと様子を見に行くと、案の定同じ大工さんではありませんか。「先週一週間で終わるはずではなかったのですか?」 聞くと、張り上げた床がきしきし鳴るので、やりなおし工事を命じられたといいます。
 「先週一週間はあなたの日。私は今週、そのためにたまった仕事をしています」との言葉にも、耳は無し。ほっぺたをぷうっとふくらます有り様です。まったく、50がらみのおじさんにほっぺたをふくらませられても、何の愛情も湧いてきません。
 これは私の勝手な想像、でも多分当たっているような気がします。きっと彼の中で、いつも自分は「被害者」なのでしょう。きしきし鳴る床を注意され、やり直し工事を命じられているのも、降ってきた被害。でも、その床を張ったのは自分です。
したくてしているのではないやり直し工事中、騒音で文句をつけられるのも、降ってきた被害。でも、ほっぺたをふくらますだけで、約束と誠意を反古にしたのは自分です。
納期を守らなかったことをマンション管理会社の人から指摘されるのも、降ってきた被害。(さっき、納期を破られたことと、仕事を邪魔されたことに対して、お互いをなぐさめあってきた。) そして、おそらく今後、当マンションの管理会社から仕事をもらえなくなることも、降ってきた被害。でも、欠陥工事をした上に、依頼主、そしてマンションの住民に迷惑をかけたのは自分です。
管理会社が、これから入居する人たちとの約束を果たせなくなること、これから入居する人たちがこうむる迷惑のことなんて、想像もできないかもしれません。
 仕事は、自分の想像力の及ばないところまで延々とつながっています。だからつくづく、仕事は誠意だと思うのです。誠意があり、相手の状況を推し量れる能力がある人は、気持ちよく仕事ができる。そして周りとの関係をきちんと築いてゆける。その結果、ますます仕事が来る。そして、そのような人に限って不思議と腕がいいのは、私だけが知っている事実ではないはずです。
耳をつんざく騒音を前に、誠実さを心がけようと改めての決意です。



[ 0048 ] ちゅんちゅん

2003年10月7日 原稿原稿、時間感覚がわからない

その日は大忙し。たまにアルバイトをしに来てくれる、ありがた〜い女の子と、つかの間の休息を取っていた折でした。
時は2時半。朝からずっと原稿を直していました。出版社さん派遣のメッセンジャーさんが、原稿を受け取りに来るまでは、まだすこし時間があります。ということは、ずっとお預けになっていた遅い昼食を取るのには、もってこいの時間帯です。
ハニートーストにあったかいスープで疲れを癒すことに決定。厚切りのトーストもいい感じにキツネ色に変わり、青森のリンゴの木から取れたフルーティなハチミツも待機。スープもいいにおいです。
 その時、つかの間の静寂を切り裂くように、電話が鳴りました。表示を見ると....出版社さんです。これは何かあったのかもしれない。今何かあると大変です。慌てて電話に出ると、何のことはない、いつもの打合せの延長。
電話を切り、ホッとしてため息をつくと、なな、なんとトーストが焦げているではありませんか! 真っ黒です、究極のすきっ腹には残酷な出来事です。
「......しょうがないね〜、雀の餌にでもするしかないね〜」
焦げたトーストを脇目に、お互いをなぐさめあいながら、もう2枚トーストを焼き器に放り込みます。今度こそは食べさせてくれい。
2度目の正直で、ハチミツ色のトーストは、やっとテーブルの上へ。
スープもほかほか湯気をたて、満面の笑み。これでごはんが食べられる。
ところがその時。
ピンポーン!......「メッセンジャーサービスのの○○で〜す」 椅子から落ちかけました。原稿はまだ梱包もしていません。
「一分だけ待っていただけますか?」
またもハチミツトーストはおあずけ。大慌てで原稿を差し換え、袋詰めにして、メッセンジャーさんに渡します。それにしても、最近のメッセンジャーサービスって、さすがプロですね、速い速い。
一年に何回か、このような忙しい日があります。
でもそのたびにもうけるのが雀。植物いっぱいのベランダで砂浴びを満喫している、小さきやつらです。慌てて焦がしたパンを、ぜんぶ食べ尽くすからです。
「このパン、多分明日の朝にはすっかりありませんよ。」
うそでしょ? というぐらい、たっぷり撒いたパンですが、バイトの女の子の言葉通り、次の日の朝。ベランダにはトーストのかけらひとつ、見つけることが出来ませんでした。
 得するは 小さき雀 ばかりなり



[ 0049 ] ソナー

2003年10月18日 月はくっきりとした半月。秋の夜空に浮かぶ

「ソナーって知ってる?」 大学生の友人に尋ねたところ首を横に振られたので、念のためご説明から。
ソナーとは、潜水艦についている音波探知機です。コウモリは目が見えないけれど、音波を出して、そのはねかえりをキャッチし、物の位置を認識することで無事に飛びます。同じように、潜水艦は海中で視界が効かないので、音波を出して進みます。跳ね返ってきた音波で海底の岩や障害物、他の潜水艦や船などの位置を認識します。そのおかげで、真っ暗闇の海中の航行が可能。この「音波を出す機械」が「ソナー」です。
 ところがこのソナー、極めて大きな問題を含んでいるようなのです。
イルカやクジラの鳴き声、最近CDなどで耳にする機会が増えました。なんとも言えない、音楽のようなあの声。彼らがこの音でさまざまな情報をやり取りしていることは、周知の事実です。
しかし、目下アメリカが研究しているソナーが問題含みらしいのです。次世代を担うべく開発されたという『新型低周波ソナー』の音は、イルカやクジラががコミュニケーションを取っている周波数に極めて近いばかりでなく、彼らの脳に深刻なダメージを与える可能性が濃厚。ひいては、イルカ・クジラの大量死につながる可能性が極めて強いというのです。
加えてもっと悔しい話が。この研究成果により、アメリカが「ソナーを使用をするのは、日本近海のみとする」と決めたこと。この決定によって、沖縄の座間味、小笠原諸島など「クジラ銀座」の被害は必至だそうです。
 ところで去る6月、竹富島で「まいごイルカ」に出会いました。間違って浅瀬に入り込み、出られなくなった子どもイルカ。その子を一日がかりで救助し、元気づけ、......本当に本当に多くの人が関わって湾の外まで出してあげました。パニックになったイルカの隣りをカヤックでゆっくり並走したり、体力が切れかかっているイルカをだっこしてあげたりで、八重山のぎらぎら太陽の下、「イルカ焼けをした〜!」という一日でした。
自然の中にいるイルカをこんなに間近で見たのは初めて、その姿はとってもかわいらしく、素直に愛情がわきました。私たちとは違う生き方をしているけれど、ひとつの生命を感じるにつけ、おなじ地球をシェアしている仲間なのだと強く思ったのです。
 ひるがえって『地球上では人間が主役』と考えるのは、大きな間違いという気がします。生物同士がいかに密接に、いかにデリケートに結びついているかは、最近の生物学の研究を例に出すまでもないはず。ましてや、アメリカ近海のクジラやイルカは大切で、日本付近のは大切じゃないなんて、そんな考えも好きではありません。
 See <対潜新型ソナー>米軍、日本周辺に限って使用へ(琉球新報)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20031014-00000020-ryu-oki



[ 0050 ] 岡本敏子さんの言葉

2003年10月18日 ああ、この出来事はもう先週のことなのか!

10月12日、青山。国連大学の辺りを中心に、東京デザイナーズブロックというイベントが行われていました。
アートなイベントは、実はよく分からないのです。アートに反応するセンスが自分の中にないからでしょうか。いまいち「楽しみ方のツボ」が分かりませうん。でも、撤去自転車をペイントしなおし、それに乗って青山付近を走る『Re-cycle』(なんとマーベラスなネーミング!)という試みに惹かれました。しかも、現役メッセンジャーさんがボランティアで「ちょっといいいコース」を案内してくれるとか。これはなかなか魅力的です。
 ということで、青山。友人とふたり、青山近辺の着物ショップにひっかかりながら、やっと辿り着いた国連大学前。ここまでの道ゆきでも、ポップな色・特徴のある自転車と何回もすれ違いました。さあ、あれに乗って街を疾走するのです。
ところが。「よし、乗るぞ!」と意気込んでいたところ、係員の女性に肩を叩かれました。「ねえねえ、岡本敏子さんのトークがあと5分で始まるんですけれど、聞いてゆかない?」 友人の足が止まり、目が輝きます。......続いて、私の足も。
岡本敏子さんといえば、岡本太郎さんのパートナー。国連大学のすぐ近く、岡本太郎記念館の運営をなさっている。素敵さのお噂はかねがねです。
私たちの足はホールに吸い込まれてゆきました。ポップに塗られた自転車が、視界から遠ざかってゆきます。
 200席ほどの椅子が埋まるぐらい集まった人波の中。岡本敏子さんは本当に情熱的な、素敵な女性でした。
「小さくまとまっちゃだめ、いい子になってもダメ。自由に生きないと。」
瞳をきらきら輝かせながら、何度もこの言葉を繰り返される。お年のことを拝察するのは失礼なことかもしれませんが、「年齢なんて超越しちゃった!」ぐらい、強烈な輝きを放っていらっしゃいます。
 人生の大先輩の言葉を聞いているうちに、昔の記憶が脳裏に浮かびました。まだ文筆の仕事をしていない頃のこと。「やりたいことを実現して、楽しく生きる」なんて、本当にできるんだろうか。望むような生き方が本当に許されるのだろうかと、遠い彼方を眺めて不安に思っていた時間。自分の夢に生きている人たちを、異星人のように感じていた日々......そんな過去の事を、ふと思い出したのです。気がつけば、こんなところまで来ちゃいました。
敏子さんの口から発せられる、明るいエネルギーに満ちた言葉を聞いていると、「そうよね、きっと大丈夫よね」そんな気にさせられるから不思議です。
 自転車、乗れなかったけどいいや。偶然の出会いに感謝。......とは言いつつも未練の残る自転車は、来年こそぜひ!



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