


2004年2月22日 桜餅を見かけてきた、何だか今年は美味しそう(by しょっぱ党)
確定申告の時期です。会社勤めの方は年度末が近づいて、とても忙しい時期だと思います。私も原稿をしながら、毎日書類と格闘です。
日ごろからコンピュータを持ち歩いて、居心地のいい場所で原稿をしたり、けっこう身体を動かしながら仕事をしています。じゃないと、肩も凝るし身体も固くなるし、頭の働きも鈍っちゃう。身体と頭は表裏一体だから、身体がのびのびとはたらけるように、リラックスと緊張感の「いいバランス」を心がけています。
しかし、確定申告の書類づくめの時期になると、コンピュータの前から動けないんです。しかも画面を見続けて、細かい数字を打ち込んでいると、目の奥が痛くなってくる。これは心当たりがある痛さです。
そう、わたくしがばりばりと仕事をし過ぎていた頃、針灸師の先生に「筋肉を包み込んでいる筋が炎症を起こしているから、しばらくコンピューター禁止」と言い渡された時と、同じ痛みではありませんか。
うーん、こりゃまずいと思いつつ、リラックス方法を考えます。夜だから散歩もできないし、甘いものだと太っちゃう。それでなくとも、ただでさえ運動不足だし...なんて考えていたら、ふいに着物のことが心に浮かびました。
そうだ、着物。ここ1ヶ月着ていません。
そういえば誰かが「着物の肌触りって、なんか癒される」と言っていた記憶が。というわけで、夜の10時にいそいそと着物を着る。ぱっぱっと10分ぐらいで着ちゃったらいいんですよね。
不思議なことに、絹の上質な肌触りと、帯に支えられて安定した姿勢は本当に効きます。決して「だらけた」感じというわけじゃないのに、ばっちりリラックスできます。おまけにとても深く呼吸ができる。「肚」が帯の上で上手に座るからかしら。しかも、さらさらした絹を着ると、普段いかに皮膚の居心地の良さをないがしろにしていたか、改めて気づかされます。
桜の咲く前に、桜柄の着物を着ておかないと。和服の世界では、柄は「ひと足お先に」ですもんね。そういえば、梅がほころびはじめました。
2004年2月22日 ベランダの植物が芽吹いてきた、春はきっとすぐそこ
物事がうまくいっている時に、気分がいいのは当たり前、そんな時は世界はバラ色に見えるし、歌いだしたくなります。そしてそんな時は、素直にバラ色を楽しむに限ります。
でも最近の発見。それは、物事があんまりうまくいってない時に、生きることを楽しむこと。
落ち込んでいる時や、未来に希望を持てない気分の時、自分以外の人はみんな人生の成功者に見えてしまうから不思議です。被害妄想や鬱々した気分に乗っ取られて、自分だけが悩んで、おちこんで、スポットライトの当たるところから外されているような、しぼんだ気持ちになります。
でもそんな時でも、本当にちいさな幸せはあります。カフェオレが美味しかったりとか、チューリップがきれいだったりとか、素晴らしい夕焼けを見たりとか、実は誰にでも平等に起こっていること。でも、気づける人しか気づけない、本当に小さな出来事。
ほんとうに、ほんのちょっと。そんな小さなことと思うかもしれないけれど、今度心がふさいだ時も、ぜひ試してみたい。たぶん、人生の密かな秘密だと思います。
2004年2月22日 ゾロ目の日だから何かあるのか?
今日は朝からパソコンが壊れていました。
ずっとネットに繋がらず、モデムの電源を入れたり切ったりして、何度も何度も修理を試みていたんです。それでもネットが繋がらず、メールも出せず、HPもチェックできず。
何度やってもダメなので、息抜き&約束があって外出し、戻ってきて再トライ。それでもなかなかうまく行かなかったので、半ばあきらめようと考えていたら、ADSLのケーブルが別のパソコンに繋がっているのを発見してしまいました。
時々こういうことがあるのに、なぜか学習しません。
2004年2月23日 春の嵐がものすごい
今月のはじめ、アメリカ合衆国ハワイ州に行っていました。
実はハワイに行くのは初めて。ちょうど私が学生の頃...バブルがはじける直前。その頃のハワイは、女子大生のショッピングモールと化していた記憶があります。流行の雑誌では「ここに行けばこれが買える!」「アラモアナショッピングセンターの攻略法!」特集。だから正直、ハワイという場にあまり興味がなかったのです。
ところが大間違いでしたよ! ハワイは深いです。周りの友人が「ハワイ、いいよ〜」と繰り返していたわけが、ほんの少しだけ理解できたような気がしました。これからまだまだ、たくさん勉強するべきものが、ハワイにはいっぱいある。
そしてそれは、今後の本の中で、おいおい書いてゆくことにして...。
2004年3月19日 今年の春風は強い&長いですね!
時々メールの脇に『!』っていう赤いマークがついてくることがあります。これは「重要度最高」のマークですが、今でも思い出すと、ほろ苦い痛みが胸を走ります。
たいがいのメールソフトには、「メールの重要度を決める」というオプションがあります。けれど、何もいじらなければ「標準」に設定されていますよね。
パソコンでメールをはじめた頃、私が嬉々として使っていたソフトはポストペット。せっせとペットを育てていたのです。そしてポストペットは買ったまま、初期設定のままで使っていました。しかし私の知らないうちに、すべてのメールに「重要度最高」のマークが...そして、気づかないまま密かに配送されていたのです。半年ぐらいは気がつかなかった。初期設定で、そうなっていたんです。
かくして私がメールを書くたびに、そこには『!』つまり「重要度最高」のマークが! 加えて私なかなか筆まめなので、まさに量産体制です。
『!』のついたメールが(たとえどんなに下らない内容だとしても!)、親しい人にも、ほとんど初対面の人にも、延々、...延々、送りつけられる。その事実を知ってしまった時の恐怖ときたら!
当時知り合った、今ではとても仲のいい友人は、最初私のことを「なんて自己顕示欲の強い人なんだ...」と思ったそうです。そりゃそうよね。「こんにちは〜」なんていうメールにすべて『!』(重要度は、最高〜〜!! 心して読め〜!!)なんてマークがついていたら、人格が疑われそうです。
今でも、思い出すと顔から火が出るほど恥ずかしい思い出。その当時私からメールを受け取った皆さん、そういう訳なので、どうぞ許して。(そして、消して!!)
2004年3月20日 イラク戦争・開戦から一年
今や日本の国民食(?)とも言えるラーメン。TVをつければ特集番組。街には様々な趣向を凝らしたラーメン店が。
でも私、年に3回ぐらいしかラーメン食べません。理由は、食べたあと必ず、胸焼けがするから。あんまり胃が強くないのでしょうかしら。「あ〜もうラーメンなんて、絶対食べない!」 そう誓っては、ほとぼりが冷めた頃に再びチャレンジ。そして撃退される。ほとぼりが冷めるのに数カ月かかるので、かくしてラーメンのペースは年数回。映像を見ていると、美味しそうに見えるのになぁ。
ところが先日、友人と夕ごはんを食べることになりました。3月もはじめの日、雪降りました。あんまり寒かったので、「何食べる〜?」と言うも味覚は自然にあったかい方あったかい方へ。
場所は大都会・赤坂。アスファルトから冷たい空気がしんしんとのぼってきて、足は冷凍寸前です。すると目の前に、こうこうとライトの輝く、明るくこざっぱりしたラーメン屋さんがあるではありませんか。しかもそこには「野菜たっぷり餃子、180円」の文字が...。
思わず吸い込まれるように、ラーメンやさんに入ってしまいました。記憶の糸をたぐりよせても、思い出せないぐらい久々のラーメン。私はみそラーメン(寒い日にはこれ!)、友人は辛〜い坦々麺です。
しばしの時間の後、こぶりの器で運ばれてきた味噌ラーメンは、女子のハラにはほどよい量。しかもスープは旨味がたっぷりなのに、あっさり味。みそなんだけれど、濃ゆ〜くない。野菜ベースのような、優しい味なんですよね。一方、友人の頼んだ坦々麺のスープは、真っ赤! でも、さっぱりした辛さなんです。「げほっ!」とこない辛さ、身体が芯からあったまってくる、心地よい辛さなんです。お互いに味見して「おお〜っ!」なんて言い合うのも、また楽しい。
でも、なんといっても絶賛なのは、野菜たっぷり餃子でした。ちっちゃい餃子が7つ皿に並んでいるんです。「具がたっぷり!」っていう餃子もいいけれど、私はカリカリの皮が楽しめるのも好き。だからこの小ささと個数は嬉しい。おまけに、ほとんどお肉の気配がしないぐらい、野菜度抜群も嬉しい。
焼き立てのアツアツに、お酢をたっぷりつけて頂いたんですけれど、野菜の甘い風味がじんわりと口に広がって、残さず頂いてしまいました。
しかし、なんといっても特筆すべきは、胸焼けがしなかったこと! 胸焼けせずにラーメンがいただけるなんて、嬉しいよ〜!
胃弱な私にもいただけるラーメンやさん。赤坂見附と赤坂駅の間、一ツ木通り沿いです。お近くをお通りの際は、ぜひ試してみて!
ついしん)「あれ? 今年はいよいよラーメン克服か?!」と思い、後日、調子に乗ってラーメン屋さんに入ってみたところ、みごと胸焼け。やっぱりこのラーメン屋さんが美味しかったみたい。
2004年4月4日 東京は、満開の桜も散る雨
4月最初の日曜日。あいにくと外は雨だし、何をしようかと思いあぐねていたら、昨日食べた美味しい豆花(トウファ)のことを思い出しました。豆花とは、豆乳をふんわり固めた和なスゥイーツ。千鳥が淵に桜見物に行った帰りに、神楽坂のすてきなカフェで頂いたのです。
添えられた黒蜜が、これまた秀逸。しょっぱ党の私にも癒しをくれる、甘過ぎない味覚の数々。そういえば棚に、去年八重山で買った黒砂糖が残っていたのを思い出しました。よし、これで黒蜜を作ろう。
波照間島の黒糖は、京都の老舗甘味処もご愛用の味とか。砂糖なのに、しょっぱいのがいいですよね。日曜のリズムみたいに、ゆっくり、ゆっくりと時をかけて、白い鍋の中の黒糖をかき回します。出来上がった黒蜜はなかなかいい出来、明日友人にお裾分けしよう。
時は4月。新入生、新入社員...新しい世界にデビューされた方、たくさんいらっしゃると思います。そして喜びと同時に、不安やストレスもあることでしょう。
ストレスがたまると、人間、精白された砂糖(つまり白砂糖)の入った甘いものをとり過ぎる傾向があるみたい。だけど砂糖をとり過ぎればとり過ぎるほど、「クレービング」といって、砂糖の取り過ぎサイクルがエスカレートしてゆく。すると余計イライラしてしまうように、身体の仕組みが回ってしまいます。
こういう時こそ優しい甘味...黒砂糖系がいい。ほんの少し自分を癒すなら、刺激の少ない甘味がオススメです。
黒密のおかげで、明日の私はきっと「わらびもち」にチャレンジです。
2004年4月9日 昨日は円い月の日、イラクの空にも同じ月が
残念ながらこれは、ゲームではないようです。
「自衛隊を撤退させることはテロに屈すること、だから撤退しない!」 我が国の首相は言い切りました。
ところが、この言葉に釈然としない気持ち...それどころか怒りすら感じるのはなぜ? 「ほら! だから言わんこっちゃない!」っていう気持ちなのは? それは自衛隊派遣が、私たち国民が反対する中、アメリカの顔色を見て強行されたからでしょう。国の人たちが、あれだけ反対したのに。
「イラクは非戦闘地域だから、自衛隊が出動しても問題ない」
自分の国民に嘘をつき、憲法を曲解して破り、他国の戦争地帯(あの状態が戦争地帯と言わずに、なんと言うの?)に出兵した行為。そのために今、自国民が危険にさらされています。「イラク人のための貢献」と言っていますが、それは、アメリカのための貢献では?
テレビでは、たくさんの人が理論をぶちまけているけれど、そんなの結構。それよりも、「こんなのおかしい」っていう自分の気持ちの素直さに従いたい。
前世紀に起こった戦争だって、きっと、小さな徴候を無視して...「まだ大丈夫」「もう少し大丈夫...」その結果、あのような悲劇まで繋がってしまいました。
昨日の夜、イラクで日本人が拘束されたというニュースが入りました。画面の向こう側で拘束されている中に、果たして友人はいるのかと、心臓が凍りながら画面に食い入りました。知った名前はなく、とりあえずのとりあえず、胸をなでたものの...。後の連絡で分かったのですが、なんと友人の「友人」がいるそうです。
昼休みに、3時の休憩に。
http://www.kantei.go.jp/jp/forms/goiken.html
私も首相官邸にメールをしました。私たちにできること、ひとつひとつは小さいかもしれないけれど、やってみよう。考えるのは、頭じゃない。身体であり心。頭は時に大きな嘘をつきます。
だから身体の声にしたがって、小さな一歩を、確実に。
2004年4月9日 人質事件を受けて、関係者木村さんから転載
ジャーナリストの木村さんからSOSのメールが入りました。テレビの前で見ている私たちより、現地を知っている彼の方が、何が起こっているのかよく伝えてくれると思います。
ニュースでご存知かと思いますが、本日イラクで日本人が武装勢力に拘束されました。うち一人は昨年に一緒にイラク入りした知人です。献身的にイラクの子どもたちの支援をされていた方です。来週にはイラクで合流する予定でした。
誘拐は憎むべき非道ですが、問題の根本は大義のない戦争に日本政府が加担したこと、人道支援と称した軍隊をイラクに派遣したことにあります。日本政府はこの責任を受け止め、彼女たちの安全を最優先し、自衛隊を即時撤退させるべきです。
人道支援は、自衛隊ではなく、彼女たちのような草の根活動が支えてきたものです。
その証拠に、彼女はイラク人たちからの信頼も厚く、彼らの解放を訴えるために、イラク人が地元メディアにアプローチをしています。
下記は、首相官邸へのご意見用のアドレスです。自衛隊の即時撤退を要求するメールを送ってください。そしてこのメールを友人たちに転送してください。
問題の原因は日本政府にあります。とにかくよろしくお願いいたします。
http://www.kantei.go.jp/jp/forms/goiken.html
2004年4月9日 もの思うこの頃
ここのところの年金問題、さまざまな不祥事のひずみ。このようなことを見るにつけ、以前から疑問に思っていた「Q」が一気に表面化します。
「そもそも国は何のためにあるのか?」
国家の役割、それは国家に属する人間を守り、幸せにするためでは? そのために私たちは、ひとつの旗の元に集まり、工夫し、幸せに生きられるように努力してきたのでは?
ところが、システムの不可解なきしみが、ほうぼうにあらわれてきています。国民年金の問題では、国民を幸せにするためのシステムが、国民から搾取するシステムに様変わりしてしまったし、国民の収入を総把握するために(税収のためです)、総背番号をつけるという案も浮上しているとか。
無関心ではいられない。無関心でいられたら精神的にはラクだけど、それこそ思うツボ。どんどん進行を許してしまう。
だからまずは、一歩ずつ行動しようと思います。(そして、まずは「知ること」から。)