Gift from ONSA for「ONSA WORKSHOP」  - 6月 | 自己実現、自分探し。「夢をかなえる」。

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  - 6月 | 自己実現、自分探し。「夢をかなえる」。




6月。
太陽にむかって、すべてがのびてゆく季節。
ふりそそぐ優しい雨に、命はつかのま静止する。

生命の源である、水のはたらきを信頼して、水にうながされて休憩する。
命をつなぐ上で大切な智慧や時、タイミングは、わたしの中に、すべて存在することを信頼して。


どちらへ進むべきなのか。
今は、歩く時なのか、それとも止まるのか。

内側に、静かに耳をかたむければ。
私の中の、すべての「時」やタイミングもまた、私自身が知っている。




自己実現、自分探し。
「夢をかなえる」……。

命が、どちらに向かって進んでゆきたいかも、内なる私が知っている。


自己実現、自分探し。
「夢をかなえる」。

こんな言葉を口にすると、反論の隙も与えられないほど、強い言葉を浴びることがある。
「いつまで、子どもっぽいことを言っているの?」
「食べてゆかれなくなったら、どうするの?」
「夢みたいなことを言っていないで、現実を見なさい」



私たちが、自分が何者であるかを探さず、自分をかなえないなら。

内側の成長と、歩を合わせないで。
生命としての自然な成長を、やめてしまうなら。

私たちはいったい、何をするために、生まれてきたのだろう。



すべての命は、代謝をくりかえしながら、光に向かってのびてゆきます。
花が咲き、タネを地上に吐き、地中で芽を出し、根をのばし、仲間を増やし……。同じプロセスが、輪廻のようにくりかえされて、命は大きく更新されてゆきます。

ヒトもまた、この地球の、生命の一部。
みずからを勝手に、工業製品として扱うことをしなれば。ヒトの命もまた、自分を大きく更新するようにと、動いてゆきます。


自己実現、自分探し。「夢をかなえる」。
あるいは、「現実を見て、食べてゆく」。

この、作られた「対立構造」は、耳に不自然に響きます。

本当に、その二択の、どちらかなのか。
そうではなくて、どちらも同じ線上に位置する、同じプロセスの一部なのか……。


自己実現、自分探し。
「夢をかなえる」。

成長のプロセスの上に、自然な一部として、「現実を見て、食べてゆく」というプロセスがある。

子どもの、現実感からかけ離れた、無邪気な空想の世界でではなく、現実の手触りの中で。
現実を見ることで、社会の中で成長し、みずからを養い、生きてゆく。

それと同時に。
命は、実体のあるしくみの中で、みずからを真剣に探し、自分とは誰かを知ってゆく。
知ったなら、知ったことを今度は、形として実現してゆく。


命が、保護された温室の中ではなく、木や茂みの中にタネを落として、下草や他の木々をよけながら、光に向かって成長してゆくのと同じように。
ヒトもまた、現実の中にタネを落とし、さまざまなものをよけながら、内側の力を信頼しながら成長してゆく。


自己実現、自分探し。
「夢をかなえる」。

それは、進んだり停止したり、時に曲がったりをくりかえしながら、光に向かって成長してゆく、命のしくみの一部。
私たちは、自分を知ってゆくことを通じて、みずからの命について、大切なことを学んでゆきます。

そして、みずからの命について学ぶことで、この地球上の命についてもまた、深く学んでゆきます。


Gift from ONSA(藤沢優月)

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