Gift from ONSA for「ONSA WORKSHOP  - 8月 | 自立と「盗み」

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  - 8月 | 自立と「盗み」




太陽がキラキラと輝く、夏がやってきました。
強いエネルギーで、光が照らすからこそ、勇気を出して、こんなテーマと向き合ってみたい。

8月のテーマは、自立と「盗み」。

いっけん、あまり関係のなさそうな、これら2つの両極端な言葉。
でも、人生のいずれかの時点で、しっかりと向き合う必要のある、とても大切なキーワード。


「盗み」
そんな言葉を聞くと、すかさず、こう感じるかもしれません。
「私には、関係のないこと」と。


確かに私たちの多くは、モノを盗むと考えただけで、罪悪感を覚える。
第一それは犯罪ですし、まさに人生が一変してしまう、危険な行為。


でも、「盗み」といった時に、あてはまること。
それは必ずしも、お金やモノだけの問題では、ないかもしれない。

少しだけ目線を変えて、言葉のイメージを変えて、とらえてみる。
そうすると、私たちが時々感じる「もやっ」とした感覚が、理解できるかもしれません。


少し、時間軸を戻してみます。

私たちはもしかして、人生の初期から「盗まれていた」かもしれません。
その「盗み」はたとえば、時間や、エネルギーの「盗み」だったかもしれない。
「私の、理想の子どもでいて」
「期待に応えて」

そんな、言葉にならないピリピリとした空気を感じて、私たちは必死で「自分でないもの」を演じざるを得なかったかもしれない。

私たちがそうしていた時、私たちのエネルギーは、盗まれていました。
それは本来であれば、親が自分で、自分の時間とエネルギーをついやして、自分の人生を満足させる必要のある次元のことでした。
大人である彼らは、自分で、自分の問題を解決する必要がありました。
子どもだった私たちにとって、「私を幸せな気持ちにさせて」「私を、安心させて」という依頼は、重すぎたのです。

それに第一、その依頼に応える必要すら、ありませんでした。
私たちは、子どもだったのですから。

それでも、ピュアな子どもだった私たちは、両親の人生を満たすために、持てるかぎりの時間やエネルギーを、差し出していたかもしれない。
彼らの精神的な親代わりになって、親たちの人生がみじめなものにならないよう、必死で支えていたかもしれない。

そうです。
私たちはもしかして、盗まれたかもしれない。

何を?
「子ども時代」という、唯一自分だけに時間を費やせる時期を。そして、この時期にだけ特有の、無限に湧く、あふれるばかりのエネルギーをです。



そうです。
この手の盗みは、溢れています。
時間や、精神的なエネルギーの盗みです。

その上、私たちはもしかして、「それが人生なのよ」と、偽りの学習をしてしまったかもしれません。



私は、私の人生に満足できないかもしれない。
そんな時、私の人生を「楽しくしてくれる」誰かを探して、必死にさまよい、他人から時間やエネルギーを「盗もうとするかもしれない」。……もう、無意識の行為として。

あるいは、あなたの周りに、こんな人もいるかもしれない。
自分で仕事を覚える代わりに、泣きついたり、罪悪感を逆手に取って、誰かに「押しつける」。そうすれば、結果的に、時間とエネルギーを「盗んだ」ことになる。


ええ、そうです。
こんなことは、あまりにも、日常の中に多すぎる。
「嫌なことは、手っ取り早く誰かに押しつけて、代わりに、人生の美味しいところだけを、つまみ食いしてしまえ。
人生の時間は、短いのだから……。」
真っ正直に、まっとうに、いちいち取り合っていたら、「正直者は損をする」な状態になってしまう……。


でも、時間の作用は、不思議です。
その手の「盗み」が成功することは、決してない。


決して、そのように都合のよいことにはならないと、時間は教えてくれる。

盗みは、しょせん盗み。
盗み続けて生きてゆくことは、できない。
自分の足で立つことができなければ、時間の作用によって、ある時点から乗数的に、人生の辻褄が合わなくなってゆく。

いちばん致命的なのは、自分への尊厳がなくなってゆくこと。

私は決して、私の「盗み」を誇りに思えない。
人の心は、決してそのようには、できていない。

自分を、自分で嫌うようになること。
それが、「盗み」が私に与える、いちばん破壊的なダメージです。



「自立」は、とても大切なこと。
繰り返し、いろいろな人から、同じような言葉を聞きます。

そして、「盗み」という言葉の意味を、本当に深く考えてみた時。
その対極にある行為として、「自立」の大切さが、痛切に分かる。


自分の足で、立つこと。
自分の手で、人生を切り拓くこと。

「自立」とは、自分の手で、私の尊厳を守る行為。

私が、私の存在に、誇りを持てること。
それが、私が私と手を取り合って、安心して時間を生きてゆける、土台となるからです。


Gift from ONSA(藤沢優月)

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