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PAY FORWARD:対面式「前向き表現のアサーティブ・トレーニング」|
2017.07月開催 「前向き表現のアサーティブ・トレーニング」るびーぼーるクラス


「前向き表現のアサーティブ・トレーニング」の PAY FORWARD(ご参加者のご感想)です。
なお、PAY FORWARD の本文中には、ワークショップ内で学んだ専門用語が登場する場合がございます。その旨どうぞご了承ください。

●コースの内容
- 「前向き表現のアサーティブ・トレーニング」
●もっと読む
- PAY FORWARD(ご参加者のご感想) もくじ

 PAY FORWARD(ペイ・フォーワード)とは「次の人につなぐ」という意味。すでに ONSA WORKSHOP にご参加されて、ひと足先に変化を歩き出した方々から贈られるメッセージです。
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Y. T. さん(30代/兵庫県よりご参加) るびーぼーるクラス


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藤沢さん、ご一緒した皆様、どうもありがとうございました。
ONSA WORKSHOP(対面式)に参加すると、お仲間がいるっていう事を体感出来て、そして、共に向き合っているんだと思うと心強くって。今年も、対面式ワークショップに参加してよかったなと思っています。


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知らない事ばかりでした。
そして、もう、知る前の私には戻れません。
それぐらいに、私にとって、目から鱗なものでした。

早速実践していますが、あまりにも、かけ離れていたので、ぎこちなくなります。
笑っちゃうぐらいに!
そして、楽しい!! 生きているなって喜びに溢れていく。

世の中に、こんな安心して生きれる世界があるのかと。
頭では、「あるんだろうなぁ」とはおもっていた。
今は、「私も生きたい。こんな世界で生きたいよ~!」と、とても強く思っています。


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ワーク中の「いいよ、いいよ。一緒にさがそ。」という仲間の言葉に、涙が止まりませんでした。

昔、私が予約したホテルで、予想以上に高い代金になってしまった。
びくびくしながら、高級食材を食べた事。
友達の「いいよ、いいよ」という言葉とは裏腹に、顔が引きつって睨んでお金を渡された事。
そんな事を思い出していました。

温かいってこんなにも、ほっとするんですね。
今まで、私、よく生きてきたなって。


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早速、子供と話しています。
子供は、とっても純粋で、私の変化に、子供も共に変化していくのですね。
笑顔が増えていくのを、この一週間、感じています。

息子が、音楽会の木琴の選出テストがあると言いました。
今まで、何度も、打楽器をやりたいと挑戦してきましたが、落選ばかり。
「今回もダメかもー…。」と言っていました。

私は息子に、何度も、ワークで習った事を実践しました。

私は、おかげさまで、音楽が得意です。すんなりと楽譜が読めるし、弾けます。
何度も、一緒に練習しました。「無理やぁ!」と、何度も、鍵盤を叩きまくる息子。何度も、私と二人で話しました(何度もばっかり、苦笑)。

今朝、ばっちりリズムを刻み、弾いている息子がいました!
「すごいやんー!! 今日は、自信持ってやってきてみぃ!」
自信に溢れて照れている笑顔の息子に、私も嬉しくって、嬉しくってたまりませんでした。


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これからもやっていこう。私は、健康な世界で生きていきたい。
まだまだだって、オッケー。

コツコツ、一歩一歩、いこう。自分で自分を励まし歩いていこう。
受講してよかった。

藤沢さん、一生懸命教えてくださり、ありがとうございました。





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M. K. さん(30代/東京都よりご参加) るびーぼーるクラス


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私は2回目の参加でしたが、自分が前よりできるようになったこと、できてなかったことが確認ができてよかったです。

まず、自己表現の定義をほとんどすっかり忘れていて、自分の意見を言うことがいつも念頭にあったなあと思いました。だから、プレワークもメモが取りづらかったのかもしれません。

意見を言わねば、意見を言わねば…と思っていました。
自己表現は自分単体で、私はこうなんです!!! と宣言するものというよりは、他人との関わりで自分が感じ、考えたことを伝えること。
だから御礼や褒めることも、ここがいいねと認めることも自己表現なのだと思いました。

以前より御礼を言うことが増えた気がします。
アフターワークでもっと実践していきたいです。


他にも私が忘れがちなことはあって、「私はどうしたいか」を持たずに、仕事で相手の決めることに合わせて、自分が動きがちだったこと、役割にはまり込んでもいました(年下だから言えない、逆に年下に言われると腹が立つ)。

それから、解決指向、みんながOK・幸せになることが頭から抜けていて、私のやっていることはひとりよがりだったように思います。
それは今までの自分やできないこと、完璧でないことを認められないとひとりよがりからは抜けられないと思っていて、私にはけっこう大きな問題だと思います。


それから、あとはOK/OKの関係以外にいつも浸かっていると、苦しいこともなんだか当たり前みたいになってしまっていたと思いました。
健康な環境にいることって大事ですね。


1回目に参加して以降、誘うことが前よりできるようになったなあと感じています。
それで今回参加してみて、もっともっとこの世界を楽しむために、前向き表現を使っていこう思いました。





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M. T. さん(40代以上/岐阜県よりご参加) るびーぼーるクラス


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まずは、わたしへ。
ワークショップ、おつかれさまでした。
なんだか、まだまだ消化しきれていない感じがするね。
ゆっくり。ひとつひとつ、いこうね。大丈夫だよ。

「感情ワークショップ」にも参加しましたが、なにか通じるものがあったように思いました。
きっと、すべてつながっているのだと今回やっと気づきました。
そして、参加するたび「おお~…。」と感じるということは、自分にはそのすべてがなかったということ、知らずに生きてきたということ。


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ワークショップに参加し始めた頃は、「とにかく、やってみる」という感じで無我夢中でしたが、今回の2つのワークショップに参加することで、
「そっか~…。自分は本当に不健康な世界にいたんだな…。
だから、苦しかったのか。だから、うまくいかなかったのか…。」
と、今までとは違う衝撃をうけました。

「あれとこれがつながる」
「つじつまが合う」
「パズルのピースが埋まっていく」
という感じです。


なんだか、知らなかった新しい波が押し寄せてくる感じがします。
不安と、後悔と、自分を責める気持ちと、悲しみと(…書いていて「感情のBIG4」を思い出しました)、そして「新しい世界に向かっているんだなあ…」という、じんわりとした気持ち。

とにかく、自分が知らなかったことばかりで、なんだか「ひよこ」みたいな気分でした。
初めて見る、知る、そして有無を言わさず練習、練習。

ピヨピヨ言っている私たちを、藤沢さんが導き、見守ってくれている、そんな感じでした。
新しいことを取り入れすぎて、身体がフワフワしました。

練習中は慣れないことばかりで、汗をかきつつ、いっぱい笑いました。
なんだか、あたたかくて、恥ずかしくて、でも安心できて。


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今まで自分がいた世界と、自分の知識と、自分がしてきたことは、今回のワークショップで、「健康な世界の人たち」とはまるで違うことも痛いくらいわかりました。
「健康な世界」を練習し体験して「こんなふうだったらいいな…。」と思っていたら、藤沢さんに「こっちが普通だからね。」と言われました。
私にはまだ「遠くて、まぶしい世界」な気もしています。

でも、知る前と知った後、レモンが落ちる前と落ちた後では違うように、ワークショップに参加してから、世の中の見え方が変わった気がします。
「ありがとう。おかげさまで。」
その言葉や気持ちだけでその人との間がやわらかなものになる気がしました。

時間を流すのではなく、立ち止まるというか。
相手の表情がまるで違うように感じました。
意識するだけで全然違うんだとハッとしました。

この感覚を忘れたくないと思いました。


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今回クラスでご一緒したみなさん、お疲れさまでした。
ペアを組んでいただいたみなさん、お互い汗をかきかき、不器用に練習できたこと嬉しかったです。ありがとうございました。
そして、藤沢さん、時に力強く、時にやさしく背中を押してくださってありがとうございました。

これを、書き始めた頃はどんよりとしていましたが、また前に進めそうです。
やっぱり、PAY FORWARD は大事だと思いました。

ありがとうございました。





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K. K. さん(40代以上/宮城県よりご参加) るびーぼーるクラス


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ワークショップ・クラスはたった一週間前なのに、とても昔のことのような気がします。
優月さん、ご一緒させて頂いたお仲間さん、たくさんの気付きをありがとうございました。


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「アサーティブ・トレーニング」って、今まで何度か勉強したり、「アサーティブってきっとこういうことなんだろうな」って思う人の様子を見たりして、何となくわかった気がしてはいるけど、なぜあんなに流暢に言葉が出て来るんだろう、本気で言っているのかな、今の私には苦手、でも、それができると仕事も人間関係もスムーズに進みやすくなるかも、と思って参加しました。

結果は、目から鱗が落ちまくり!

まず、自分の境界線を持って、自分を認めて、自分がどうしたいのかが分かっていないと相手の自分の関係の取り方も、自分の方向性も決められず、どうにもならないんだな、と感じました。
それがちょっと前の私は崩れまくっていて、どうしてみんなそんなんで平気な顔をしているの?! OK じゃない! って、攻撃的になっていたり、みんなは OK なのに、どうして私だけ OK じゃないんだろうって過度に卑屈になったりして、生きているのがとても窮屈だったことを思い出します。

それが過去になりつつある、っていうことは、今までコツコツ Web. WORKSHOP(ウェブ・ワークショップ)や ONSA WORKSHOP(対面式)をやり続けてきたこと、他の本を読んだり、自分で学んだりしてきたこと、トライ&エラーでも良いんだ、ってタフさが自分に身についてきたのだと、一週間経って思い始めてきました。

(ワークショップ・クラスから数日は、私の生きづらい状態や生活がしにくい個性に気が付いて、薄笑いしながら指摘はしても解決方法は示してくれなかった親や上司に心の中で悪態をつきまくっていました。子どもの時は仕方ないけど、おとなになってからの分は、依存的な考えだったんですね。でもどうしていいのか、本当にわからなくて苦しかったんです。)


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そして前向きなコミュニケーション、ということについても、正しい方向性を学んだことで、私が望もうと望むまいと、なんだかいつも勝ち負けを意識させられていて、緊張していたなぁと思っていました。
これも親にいつもねじ伏せられていたり、硬直した考え方で対応されてばかりいたりした、こども時代の影響だったんだろうけど。


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ロールプレイを何度もすることで、行動としては案外できていそうだから、マインドを変えていくことが自分にはより必要なんだと気が付くことができたのは大収穫。
今まで「アサーティブなナントカ」のやり方だけ学んでも今一つピンと来なかったけど、今回はハラに落ちた気がします。

自分を下げて、相手の気分をよくするためだけに上っ面のお世辞を並べ立てるのでもなく、みんなとすべての部分で仲良しの友達にならなくても、「YES」をもぎ取らなくても、同じ目的を達成することもできる。
素直にそう思うことができました。

身につくまでにはまだまだ練習が必要だとは思いますが、楽しみながらやってみたいと思います。


この WORKSHOP を提供して下さったことに、感謝します。
ありがとうございました。
そしてこれからもよろしくお願いします。





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N. T. さん/20代(東京都よりご参加) るびーぼーるクラス


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あれから1週間。皆様お元気でしょうか。
まだ1週間しか経っていないことに驚いています。
なぜかもっと前のように感じます!


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「前向き表現のアサーティブ・トレーニング」の対面式ワークショップは、初めての参加でした。
もともと私は自己主張がものすごく苦手で、親にも、友人にも、仕事でも、何かを頼んだり、自分の意見を言うということができませんでした。
そんな中、「今回は何に参加しようかな」と調べて、この対面式ワークショップの内容を HP で見て、「まさに私に足りないものだ」と思い、参加しました。

プレワークをしながら、主張できなかったこと、言いたいことが全然言えなかったことを思い出し、ついさっきのことから、もっと前の子供の頃まで思い出し、すごく嫌な気持ちになりました。
私にとって自分の意見をいうことは闘いであり、緊張の場であり、早く終わらせたいという場であると思っていました。
そのときの空気までも思い出し、憂鬱になりました。


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そして、当日。前半で私は「自己主張とは闘いであり、相手の様子をうかがいながら、やらなければならない」という考えを、ひっくり返されました!
180度!

「自己表現はパワーゲームではない」
「自分はありのままでいい」
「相手があってこそ成立するもの。相手と自分の望みを一緒にかんがえていくもの」
「自分が思うこと、感じることを表現してみること、あふれでること」

ええ!
今までの私の人生で聞いたことない、少なくとも私の人生には全くなかったワードが次々に出てきて、ただただ唖然としました。
それで自己表現は成立するの?? 茫然とする私でしたが、ワークをやってみて、その理由を実感できました。


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「おかげさまで」という言葉をほぼ使ったことはなかったし、「ほめる」ということも家でされたことがほとんだなかったし、家がそうだから言おうと思ったこともありませんでした。
でも、ワークで実際に練習してみて、なんて素敵で平和な空間なんだと思いました。

そこには「恐怖」も「駆け引き」もありませんでした。
ただ私が相手をみて気づいたことやいいところ、ほんの小さなことを探して伝える、これだけで、世界はこんなにも変わるんだと思いました。

伝えたことに「嬉しかった」と言われたこと、そして相手にもいいところを言われたこと、私の心があたたかくなりました。
それが、家であれ、職場であれ、こんな会話や空気であれば、どこでも平和だろうなと思いました。
緊張したけど、すごく楽しいワークでした。


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こんな平和な、嘘みたいに穏やかであたたかい世界があるんだ。これが、健康な世界なんだ。
私はこんな和やかな世界を知りませんでした。
でも、これが普通の世界。
私がいかに歪んだ世界で生きてきたかを実感しました。

それだけ私の傷はまだ癒えていないということ。
それを癒し、自分という土台をまずつくることが大事だと再確認しました。


正直、途中から「私にはまだ受けるのは早かったな」と思ったけど、回復の世界を肌で実感できたこと、改めてこの世界に私も早く入りたい! と強く思えたこと、それだけでも参加してよかったと心から思いました。

この1週間、私の周りの世界の人を見ながら、むりやりいいところを探しています。
今は難しいけれど、少しずつ、それを相手に伝えていきたいなと思ってます。回復の道を進めつつ。


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優月さん、ONSA のスタッフの皆様、そして今回の WORKSHOP に参加された皆様、一緒にワークをしていただいた皆様、本当に素晴らしい時間をありがとうございました!

そして、この WORKSHOP を選んで参加した私。ありがとう。
ここまで生きてくれてありがとう。
回復していこうね!





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T. Y. さん(40代以上/千葉県よりご参加) るびーぼーるクラス


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1週間たちましたが、暖かくて真剣だった空気はまだ心の中に残っています。
今回も、わたしにとっては、大きな気づきの時間でした。

自分のなかで、まだ整理がついていないような気がします。
そして、自分のペースで落ち着くのを待てばいいんだと思っています。


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思えばわたしは今までずっと急いできました。
急いでできるようにならなければ。急いで返事しなきゃ。急いで直してもらわなきゃ。
急いで何か言わなきゃ。

そうやってわかったことにして、できることにして、急いでものごとを進めてきたのでした。
振り返ってみれば、自分の中にしっかりと根づいた感覚はなく。
とにかく表面を固めて、上辺を滑ってきた気がします。


今回は2回目で、やることはわかっていたつもりでした。
そして、ある程度はできてるんじゃないかと思ってた。
でもやってみると、難しかった。

本当に相手のことを認めているだろうか。そうではなく、ただ自分がやってほしいことを伝えたいんじゃないだろうか。
わたしがあなたがやったことを認めている、ということはちゃんと伝わっているだろうか。
相手のことを考えて、お誘いを差し出せていただろうか。

わたしの言葉に、わたしの心は入っていただろうか。
わたしの心は、ほんとうに、あなたを認めていただろうか。


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わたしはもう自分のペースでしっかり根をはることにしました。
必要な時間をかけて、わたしがわたしのまま、自立して生きてくために必要なことを身につける。

自分と一緒にいる、というのは、なんと難しいんだろう、と思います。
それでもやっていくしかないんだし、ここであきらめたくはない。


わたしはこれからの人生を幸せに生きたいのです。
自分の手で、自分が望む人生を生きていけるようになりたいのです。





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Y. S. さん(40代以上/兵庫県よりご参加) るびーぼーるクラス


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今回のクラスは2回目の参加でした。
前回の参加から進んでいるところもあれば、まだ練習が必要だと思う部分もあって、自分を再確認できたと思います。
そして何よりワークショップ・クラスは、とてもあたたかい場所だなと感じました。


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日常に戻ってくると、つい自分に厳しく当たっていて、まだダメだダメだをしていたんだと気づかされました。
夏の ONSA WORKSHOP(対面式)は、このクラスのほかに2つ参加しましたが、今つまづいているところにそれぞれの部分から気づくことができました。

私がいつもどんづまりになる感覚になるのは、昔のやり方を手放せていないわけで、私には自分でやるという覚悟がなかったんだなと感じました。
そこの意識が変わってなかったから、いつもの習慣に舞い戻っていたんだなと思いました。
Web. WORKSHOP(ウェブ・ワークショップ)も最後までついて行けずに終わっていたりして、夏の対面式ワークショップへの参加を迷っていましたが、本当に行ってよかったです。

私は、できないの更新をしていて、忙しいから仕方ないよと言い訳をしていて、なのにもう心は折れに折れそうで、流されそうになっていたけれど、もう一度しっかり現状を見つめられたし、自分と静かにきちんと向き合えたと思います。
だから、この夏の対面式ワークショップは、私にとって大収穫でした。
すべてが繋がっているんだと思えました。


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クラスでは、ロールプレイをしていくうちに、視界がクリアになる感じがして、楽しくて、こんなに話が弾む世界があるのかって、温かいものを感じました。
広げていくってこういうことなのかと感覚を感じられたと思います。

また、すっきりした気分になり、気負うでも本当の私をひた隠して演じるでもなく、私の中にある思いを出す感じで、私は私でいいんだって思えました。
自分を認める、自分の中を整えることが大事だと思いました。

もう一度しっかり自分と向き合いながら、また一つ一つ進んでいこうと思います。

優月さん、ONSA さん、クラスのみなさんありがとうございました。
ペアになっていただいた方も、温かい言葉や時間、ありがとうございました。





PAY FORWARD:対面式「前向き表現のアサーティブ・トレーニング」|
2016.07月開催 「前向き表現のアサーティブ・トレーニング」あやねクラス


「前向き表現のアサーティブ・トレーニング」の PAY FORWARD(ご参加者のご感想)です。
なお、PAY FORWARD の本文中には、ワークショップ内で学んだ専門用語が登場する場合がございます。その旨どうぞご了承ください。

●コースの内容
- 「前向き表現のアサーティブ・トレーニング」
●もっと読む
- PAY FORWARD(ご参加者のご感想) もくじ

 PAY FORWARD(ペイ・フォーワード)とは「次の人につなぐ」という意味。すでに ONSA WORKSHOP にご参加されて、ひと足先に変化を歩き出した方々から贈られるメッセージです。

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T. Y. さん(40代以上/千葉県よりご参加) あやねクラス


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ワークショップ・クラスが終わってから、考えていたのは「与えること」でした。
自己表現が「与えること」とは思いもしなかった。
ワークショップでは言葉の使い方やどんな言葉を使うかを教わるのかと思っていました。
でも、受けているときも、受けたあとも、問われていたのは自分がどうあるか、ということで、それはわたしが知らず知らずのうちに身につけていた考え方を気づかせ、違う考え方を教えてくれるものでした。


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今まで何度も自分で自分を満たす、と言われていたけど、自分が満たされていなければ、人に与えることはできない。
そういうことなのか、と思いました。
そして、わたしは真剣に自分で自分を満たすことを考え始めました。

これまでわたしがやっていたのは、相手から奪うコミュニケーションでした。
自分がほしいものを相手から得る。相手に「イエス」と言わせるためのコミュニケーションでした。
相手の返事をわたしが望むようにコントロールしなければならない。
相手がどうでるか、緊張していて、疲れるものでした。

ワークショップでのコミュニケーションはぜんぜん緊張しないものでした。
自分のままでいられた。
「与える」自己表現はこんなに豊かなんだ、と思っています。
そして、今まで、自分が否定されること、傷つけられることを恐れて、こんなに緊張していたんだ、とあたらめて気が付きました。

それには自分が満たされていないとできない。


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わたしは決断することが苦手です。
自分が決断すると、自分でその責任をとらなければいけない。
だから、決断することが怖かった。
なので、自分が決めなければならないときに、迷いと恐れを感じながら、なるべく断定的にならないような半分腰がひけたような言い方になっていました。


失敗しても、「ごめんなさい」で許される。
心から「ごめんなさい」を言えば、それでよいんだ、ということを、わたしは知らなかった。
失敗を許されない世界にいたんだ、ということが、わかりました。

わたしは、こんなに疲れる世界にいたんだ。
これじゃあ、人と一緒にいるのは疲れるし、面倒だと思うよね。

もっていないものではなく、もうあるものを見る、というのも、
何度も聞いたし、わかってるつもりだった。
でも、わたしはいつもいつも、ないものを見ていたんだ。
そして、あるものをまったく見ずに、ないことをずっと責めていた。
そうではない見方がある。
言葉の上だけではなく、自分が本当にまず「ある」ものに目を向けること。

今までとは違う自分のあり方がある。
この1週間。頭の中ではぐるぐると新しい考え方が回っています。


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今まで知っていたことは何だったんだろう。
体験して、感じて、はじめて「ああ、こういうことなんだ」とわかることが
とてもとてもたくさんありました。

今までほとんど毎日人と話しているのに。
全く違うやり方があったんだ。

わたしはこっちの方がいいです。
こっちのやり方のほうがいい。

違うやり方がある。ずっといいやり方がある。
ということを知ることができて、本当によかったです。





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A. N. さん(30代/千葉県よりご参加) あやねクラス


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優月さん、「あやねクラス」の皆さま、その後いかがお過ごしですか?
先日は大変お世話になりました。

以前は、私も相手に断られるのが怖かったです。
断られないように言い方や、タイミングなどに細心の注意を払って、それでも断られることばかりでした。
今は、どちらでもいいと思うのです。
何故なら、相手も自分も、同じ断る権利を持っているのですから。
ダメだったらまた、次の手を考えよう。
いつ頃からかそう思えるようになってから、近しい人や、私に(良い意味で)興味を持ってくれる人とのコミュニケーションが楽になりました。

諦めずコミュニケーションをとろうとすることで、面倒だと軽くあしらわれることもあります。言いたいことを簡潔に表現できなかった自分のスキルの低さを、辛く思うこともあります。
でも、他人と生きていくことを少しでも楽しもうとする気持ちは、とても大事だと思うのです。少数でも、一瞬一瞬を一緒に分かち合える人もいるのですから、諦めずにやっていきたいと思います。


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ワークショップ・クラス中の、「OK牧場」の話は、とても納得がいきました。
「自分もOK、相手もOKでないと、健全なコミュニケーションは成り立たないのだ」というお話でした。

私も今はまだ、「健全」ではないと思うのですが、言い換えると、私に対して攻撃的になる人たちもまた、「健全」ではないのだと悟りました。
私はあくまでも巻き込まれていただけで、違和感を覚える自分が悪いとか、おかしいと思わなくてもいいのだと思うと、少し安心しました。
コミュニケーションの対象者を確認すること、それは今後の私の課題だと思いました。

重要な基本姿勢の中の、「関心を持つこと」「興味を持つこと」「与えること」は私も大事だと思います。
私は相手に失礼にならないかと思ってしまい、相手への関心・興味がうまく表現できない事が多いです。
「与えること」は、(私なりの解釈で)自己開示して、自分と相手の情報を交換することを恐れないことが、コミュニケーションでは大事だと感じていますので、勇気がいりますが、少しずつ身近なところから取り組んでいます。


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「前向き表現のアサーティブ・トレーニング」、今の私には、少し背伸びをした内容だと感じていますが、他者との関わり方や、「これから私はどうしたいのか」を深く考える時、少しでも早く取っておいたほうが良いワークショップでもある、と捉えています。
相談すべきところにはきちんと相談して、安全第一で進めていきますので、これからも宜しくお願い致します。


優月さん、ペアワークをしてくださった方を含む、「あやねクラス」の皆さま。
おかげさまでたくさんの気づきと刺激を戴き、得るものが多い1日でした。
実は、終了直後から、「クレンジングリアクション」がとても強く出て、不安定な数日間を過ごしていました。多分それだけ、私に必要なワークショップだったのではないかと考えています。

貴重なお時間を共有させて戴き、本当にありがとうございました。
また機会がありましたら宜しくお願い致します。

皆さまにおかれましても、実り多き季節になりますように。





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Y. T. さん(30代/島根県よりご参加) あやねクラス


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去年、この「前向き表現のアサーティブ・トレーニング」が発表されたときには、全然ピンと来なくて、「私には必要ないかも?」なんて思っていましたが、参加された方の PAY FORWARD を読んで、「これは私も参加した方がいいかも」と思い、参加を決めました。

参加してみて、良かったと思います。
ワークショップの中で、「健康な世界」の空気に触れることができて、
「あぁ、健康な世界って、こんなに軽やかで楽しいんだ」と思いました。
あたたかくて、やさしい世界でした。


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私が今まで思っていた自己主張とは全然違いました。
今までの私のコミュニケーションは、勝つか負けるかで、そのための駆け引きだったり、さぐり合いだったりで、うんざりするものでした。
私がやってたことはパワーゲームでした。
闘いそのものでした。
コミュニケーションって苦手、負担だなと感じていましたが、それは当然のことだったと思います。

「健康な世界」では、勝ち負けはないし、闘って、人格とか本質を攻撃したり、攻撃されたりすることもなくて、平和で、本当にラクでした。
純粋に楽しかったです。予定調和もなくていい。
私は私でいいんだって強く感じました。

逆に、「共依存の世界」は相当歪んでいて、本当に怖い世界なんだと改めて感じました。最初の「共依存の境界線」がどうなっているのかというレクチャーが本っ当に怖かったです。
あんな怖い世界に住んでるなんて。恐ろしい。

コミュニケーションする相手を選ぶことも大事だということも知りませんでした。
誰にでも前向き表現をしなくてもいいんだと思うとホッとしました。今までは、誰であろうとも仲良くしなければならないと思い込んでいた気がします。


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それと、何より、自分の内側の問題だということが分かりました。
外側の言葉の選び方だとか、ハウツーが問題なのではなくて、まず自分の内側を整えること、自分を大切にすることがそもそもの土台なんだと思いました。

私は私でいい。
「私」のままこの世界を生きていける。
その感触を少し掴めました。

「あやねクラス」の皆さま、優月さん、ONSA スタッフの皆さま、ありがとうございました。





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A. Y. さん(30代/神奈川県よりご参加) あやねクラス


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「前向き表現のアサーティブ・トレーニング」のワークショップ・クラスから1週間経った今、あの日のクラスのことが、とってもとっても遠い過去、もしくは、幻のように感じます。
クラスでご一緒した「お仲間さん」お疲れさまでした。


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わたしの心にはしっかりと新しく学んだことが生き始めています。
わたしが「健康」になれる種はしっかりと、わたしの中に蒔かれている気がしています。

わたしは、あの日、はっきりと自分の家族が「不健康」なコミュニケーションをとっていることがわかりました。
それはとても明らかに感じました。今まで見ていた家族の光景が、全く違う光景に見えたのです。
もう前の受け止め方には戻れません。
わたしは、知ってしまいました。


クラスで学んだいろいろな知識がそのような視点にさせてくれたと思います。
中でも、優月さんが演じてくれた「ダブルバインディング」。
一発で「おーーー! そうゆうことか!」とわかりました。
これが、わたしの中の様々な手つかずの未解決なスイッチに「オン!」をしてくれた気がします。
「あの人も、この人も、今感じたこの感覚で話していた!」(キッラーン)と思いました。わたしの母親に至っては、常に「ダブルバインディング」だったんじゃないかというほど、心と言葉が合致してない気がしました。

気遣いながら相手とコミュニケーションをとるのが当たり前だったわたし。
その感覚が当たり前すぎて、わたし自身も心とイコールではない言葉を発していることに気づいていませんでした。
そして、相手のどの状態が、そうなのかも見えていませんでした。


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クラスで実際ペアを組んでワークをしたことで、「健康」と「不健康」の違いを体験することができた気がします。その経験によって、前向きにやり取りをしていたと思っていた、友達とのコミュニケーションが実は「不健康」だったということに気づきました。
私たちが使っていた「言葉」は前向きでしたが、わたしの心と、相手の心は、お互いの探り合いでした。

そして、あまり問題なくコミュニケーションが取れていると思っていた、姉とも「不健康」なコミュニケーションだったということがわかりました。
わたしは、いつも姉と合うと身体が強張り、疲れていることには気づいていました。喉に力が入り、首回りが緊張しているのです。
でも、何が問題かわかりませんでしたし、ケンカもしないし、姉が怒ることもないし、お互い他愛のない話をして笑い合う…なんの変哲もない会話。原因がイマイチ不透明でした。

確かに、姉が、「共依存」や、「AC」なんじゃないかなと思っていました。
だから、やり取りがうまくいかない。
でも、それと現実の状況ががうまく繋がっていませんでした。今回新たに得た視点で、それが繋がった気がします。


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これまで、いろいろな ONSA WORKSHOP(対面式)に参加させていただき、Web. WORKSHOP にも参加することで、いろいろな切り口から自分の家族が「どれだけ不健康か」ということは分かっていたつもりでしたが、自分のこれからのライフスキルを学ぶこの「前向き表現のアサーティブ・トレーニング」のクラスで、まさか、自分の家族の「不健康さ」をまざまざと感じるとは思いませんでした。
本当に、リアリティのある感触で、自分の家族の「不健康な実態」を感じた気がします。


そして、「アサーティブな表現」の実践はといえば…。
ワークショップ・クラスからの一週間を報告しますと、

失敗してます。
大いに失敗してます。
早速、ワークショップ・クラスの次の日に気持ちよく転びました!
もちろんですよね(笑)。

成功もしているとは思います。
というか、成功もあります。
ここは謙遜せず、自分を認めます。
「よっしゃ、うまくいった!」
あります。
自分が、たくさんトライしてくれているから「成功」が生まれているんだと思います。
めげずにトライしてくれてありがとう、わたし。


失敗が怖いわたし。
特に、人とのやり取りに関しては傷つくのが怖くて「完璧」を求めます。
「人と交流をして、失敗して傷つくなんて絶対嫌!」
わたしは、コントロールする気持ちが強くなり、鎧を重ね着してました。

そんなわたしが、現実の世界での人とのやり取りを「アサーティブな表現の練習の場」と考えられるほど余裕が出たのです。
大成長です。

こんな変化をする勇気を持てたのは、クラスで「健康な世界」を見させてもらったからだと思います。
体験までさせてもらえました。

クラス直後のわたしは、
「あー! わたしも「健康な世界」に住みたい!!」
「もー! 絶対この「不健康な世界」を脱出する!」
「絶対の絶対に! 「健康」になる!!」

と、心で大叫びしました。
この気持ちが、わたしを動かしてくれていると思います。


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過去の繰り返しの行動はやめて、いま、新しいわたしが行動します。
じゃないと変わらないことが、ようやくわかりました。
当たり前のことだけど、過去の繰り返しがこれからの未来を変えられないことが、わたしには分かりませんでした。


わたしを「健康な世界」へ連れてってくれるのは、この世の中でたった一人、「私」しかいない。
だから、わたしはいま、変わります。

近道はない。
「いま」の積み重ねのみ。

よし。





タイトルはじまり目印

C. W. さん(40代以上/埼玉県よりご参加) あやねクラス


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ワークショップ・クラス当日から、あっという間に1週間が経ちました。
すっかり現実の時間に戻ったせいか、すごく前のことだったようにも感じています。

今回のクラスも、いい意味で想像していたのと違っていました。

「出来なくても、自分を責めない。理解する。」とおっしゃって下さいましたが、私は「出来なくて、ショック!」とか「何で出来ないの!?」と思うより、「出来なくて、仕方なかったんだな(納得・ある意味あきらめ)」と感じる方が大きかったです。
ワークショップ・クラス中と今週は、心の奥にある静かな痛みを感じながら過ごしました。


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私は、今回のクラスでは「自分が自己主張する」方法を学んだり練習するのかと思っていましたが、「前向き表現のアサーティブ・トレーニング」はもっと深いものでした。

私の今の理解では、「境界線」をちゃんと持った健全な人同士が、お互い100%を求めず譲り合いながら健全に関わっていくやり方で、「相互依存」の世界そのものだと思います。
(「境界線ワークショップ」を受けるのが前提条件だったのも、納得です。決してふざけてる訳じゃないですが、当日やったワークは、「相互依存」の世界をチラ見したような感じで楽しかったです。この「楽しさ」を味わうだけでも、参加する価値はあると思います。素直に「こうなれたらいい」と思えるし、先の希望が見えることが自分のエネルギーになるんじゃないかと思っています。)


振り返ってみて、私にとって衝撃的だったこと・強く印象に残っていることは…

・「共依存」と「相互依存」の世界感の違い
・「アサーティブ」=自分から与えること(能動)、あふれているから出来ること
・結論は決まっていない(予定調和ではない)。今、この場で決めて行く。
・孤独な自我、ナルシシズムからの脱却
・自分が分かっていないと、「NO」は言えるが、「YES」は言えない

です。


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「健康な人同士の関わり方は、横並び。同じ目的があるから、一緒にやっていく。道が変わったら、手を放す。(反対に、共依存の関わりは、つかみあい。お互いを自分の思う通りにコントロールしようとする。)」

私は、人との関わり方で違和感を感じたり、「冷たいな」と感じることがあるけれど、相手が冷たいんじゃなくて「健全」なだけ。相手と私の世界感が、そもそも違うだけ。

すごく痛いし、違いを感じることで今さらながらさびしくなりましたが、日頃「健康な人」との間に感じる「言葉に出来ないもやもや」がしっかり形になって腑に落ちたので、よかったです。


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「健康な人は、まだないもの・やってもらっていないものではなく、もうあるもの・やってもらったことに注目する習慣がある」

私は、正直言うと、まだまだ前者です。
「おかげさまで」のワーク(もうやってもらったことに注目して、コミュニケーションする)の時、言うのも言われるのも心がすごく楽で自由な感じがしました。
これがデフォルトになったら、もっと生きやすくなるな…と感じます。


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「健康な人は、心の内側が満たされてあふれているから、いいことをしたくなる。自分から人に関心や励ましを与えて、人と関わっていける」

これも、痛かった。
「相互依存」の人と私。私がこれまでやってきたこと。本当に違っていたんだと実感しました。

私は、自分の内側に「あふれて」「人に与えられるもの」が育っていないのに、必死で「あるふり」をして、形だけ「相互依存」のまねをして、人に与え「うまくいっている人」のふりをしてきました。

そうして、「なんだか、つかれる」「自分ばっかり与えている気がする」「持っていかれるばかりの気がする」になっていました。
自分から人の間に出て行きたいと思えなくて、当たり前といえば当たり前なのかもしれません。


私は、「相互依存」の人といるのが好きでした(今も、好きですが)。
今振り返ってみると、単に好きというのもあるけれど、「そういう人といると、自分まで「相互依存」の人になれたような気がするから」もあったと思います。
だから、そういう人を探して近づき、自分でも気が付かないうちに、相手が離れて行かないようにコントロールをしていたのかもしれません。

このやり方は、本当に間違っていました。
人を頼って左右されるのではなく、まず自分が上辺でなく心の中から変わっていくことが、何より大切だと感じています。


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「結論は決まっていない(予定調和ではない)。今、この場で決めて行く。」

正直「え~っ!?」って感じでした。
私は、大抵「自分の結論」を持っていて、そこへ持っていくことが「自己主張」だと思っているところがありました。
カウンセリングの時さえも、自分の持っている結論へ持って行こうとがんばっているかも…?

それか、全く逆で、決めることを全て相手に預けてしまったり…。

私は、人との関係も、「今ここ」のコミュニケーションも、「相手と作り上げる」という意識が薄かったかもしれません。

「最初から結論はない。今ここで、相手と決める。」
「自分の意見もあるけれど100%通すのではなく、相手と尊重し合ってお互い80%位にしても、結果は120%になる」
(違っていたらすみません)
ワークショップ中に聞いた言葉の一つ一つが、鮮烈でした。


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「孤独な自我、ナルシシズムから脱却する。自分だけ(自己中心=子供)の世界から出る。」

これが今回一番痛い言葉でしたが、自分の得体の知れない孤独感の原因の一つをつかんだと感じました。

私は、自分にも人にもまだ厳しいと思います。
頭では自分も人も100%になれないことも、100%自分に合う人もいないと分かっているけれど、心の深いところでは自分にも人にも100%を求めて、でもそんなものはなくて、自分1人の世界にいる自分が見えた気がします。
(正直、そんな自分がひどく幼稚でわがままに思えて、ちょっと落ち込みました。)

そういえば、私のプレワークは、言わずに自分の中だけで完結していることが結構ありました。「自分で消化出来ている」としたらそれはそれでいいけれど、独りよがりになっている可能性もあると感じました。


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「自分が分かっていないと、『NO』は言えるが、『YES』は言えない」

プレワークの時から、薄々感じていました。私は、まだ自分がどうしたいのか分かっていません。

「NOと言うだけでは、肯定的な人生を作れない」
「NOと言い続けて、孤独になる」(これは聞いたことだったか、自信ありません。違っていたらすみません)

聞いた瞬間、ドキッとしました。
今までの私の人生はこうだったので、まるで見透かされたように感じました。
振り返ってみると、私は、「イヤだ」と感じることは沢山あってNOは言ってきましたが、肯定的なYESで決めてきたことって思い出せません。

私は、自分が「何がいい」か分からなかったし、「7~8割OKだったら、OK」を知らなかったから、NOと言い続けてきた気がします。
今の自分の状態は、NOとだけ言い続けた結果なのだと感じました。

私が「人生を作り上げられなかった」って感じるのは、カウンセリングで「自分で決めている」と言われても腑に落ちなかったのは、こういうことだったんですね。ズバリ、核心でした。

それにしても、コミュニケーションって深いですね。まさか、自分のこれまでの人生を振り返ることになるとは思ってもみませんでした。


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「間違っていた」「違う」ばかり気付いたワークショップでしたが、参加出来て本当に良かったです。
「違う」と分かったから、やってよかった。
失敗は、恥ずかしいことじゃない。
そもそも全く知らなかったことだし、心の世界(次元)が違ったのだから、今出来なくても仕方ない。
今の自分に無理なことに挑んでいたと分かって、良かった。
自分の周りに方法論をくっつけて、コントロールしようとしていたことが間違いだった。

「出来ない」「違う」って分かること・受入れることは、優しいことでもありますね。
自分を責めずにいられるし、違う新しいやり方に向かうことが出来るから。


ところで、私は今回初めてワーク(ロールプレイ)を、憂うつじゃなくて楽しいと感じました(決してふざけてる訳じゃないのですが)。
ほめるのも、誘うのも、謝った後そこから関係を作るのも、ほめてから「NO」を言うワークさえ楽しかった(楽しく安心だと、「私」って意識しなくても、自然に自分のことも言える気がしました)。
と同時に、「うえていた」とも感じました。
私は、本当はずっとこんなコミュニケーションをしたかったのかもしれない。

正確に言うと、私は日常で全くこういうコミュニケーションをしてこなかった訳じゃないと思います。
ただ、きっと、利用されないように身構えていたり、「自分なんて」って思って、心を閉じながら形だけしていることが多かったのだと思います。
楽しかったのは、心を開いていたからなのかもしれない。
いつも心を開いていられるようになれたら、幸せだろうなと思いました。

私は「自分の人生を何とかしたい」思いから「回復」を続けていますが、心のどこかに常に「人生を変えるなんてもう無理だ」「もう、選びようがない」という思いがあります。でも、今回コミュニケーションと人生のつながり(?)を考えたことで、「どんな人とどんなコミュニケーションをしてどんな関係を作るか考え決めることは、自分の生き方・人生を選び変えるってことにはならないだろうか?」と感じました。
少し、光が見えた気がします。


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とはいえ、課題も見えました。
私は、もっと自分の傷を知って理解して癒した方がいいし、自分がどうしたいのか、もっと掘った方がいい。
「境界線」も補強した方がいいかもしれない。
これからも、一歩ずつ進んでいきたいと思います。

最後になってしまいましたが、藤沢さん、ご一緒した皆さん、本当にありがとうございました。
皆さまの雰囲気のおかげで、私は、今までで一番心を開いてリラックスしていられたし、沢山気付くことが出来ました。
今後とも、宜しくお願いします。


P. S.
お昼休みに外を歩いた時、きれいな青い蝶が飛んでいるのを見ました(以前あった、ワークショップのチケットに印刷されていたような蝶でした)。
たしか、蝶は鹿と同じで「変化(変容でしたっけ?)」の象徴なんですよね?
蝶が私たちの変化を見守ってくれているように感じられて、嬉しかったです。





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M. T. さん(40代以上/東京都よりご参加) あやねクラス


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「前向き表現のアサーティブ・トレーニング」のワークショップを終えて、今回は涙を流すこともなかったけれど、終わったと同時に頭が疲れているのを感じました。

多少、日常でもやっているかもなんて軽く思いながらだったけど、身体がものすごく疲れたということは慣れないことをやっていたということだったんだと思った。


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言われていることは言葉としては伝わってくるものの、ただただ茫然としていた。
前もって考えていた「アサーティブ」とはまるで次元というか、前提が違いすぎてた。

自分を満たしていて、そこからあふれ出てくるものだったなんて…。
思いもよらなかったし、世界が違いすぎる…。

私は、自分を満たしてあげられていないことはこれまでのワークショップを通して気づかされ(「ビーカーの絵」は、初めて知ったとき本当に衝撃で、自分の状況はまさにこれだ! と思い知ったのを思い出します。)、いまだ、自分を満たしてあげられていないなと思っていた中での、この前提条件だったので、まだまだ文句ばかり言っている自分にはハードルの高さを感じました。

とはいえ、練習で「健康な世界」でのやり取りを体験してみると、心地よく、「健康な世界」に引っ越ししたいと強く思いました。
ビジネス上でも「健康な世界」ではふつうだなんて…。
驚きでした。

あと、自分が表面上は肯定的な言葉を言うこともあるけれど、それが本当の意味で「アサーティブ」として行われていたかは怪しいものがある…ということにも気づかされました。
上っ面をさらさらっとやっていたのかもしれないと。

方法論として、良いことをいってから、修正点などを伝えましょうとは知っていてそれをやったこともあるけれど、前提に立っていない状態でやっていたのだから、その後にすごくエネルギーを使ったというか消耗したような感覚になったのも、今ならわかる気がします。


そして、自分がいかに病んだ世界に住んでいるのかを改めて感じました。
文句の切り口からみても、自分も文句を言っているけれど、私の周りの環境(家庭、職場など)も文句が当たり前にあふれていて、文句を聞かない日はないなと思いました。
そんな毎日は悲しい。


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これまで知らなかった「健康な世界」を垣間見ることで、自分の置かれている状況をまた知るきっかけになったと思います。

「焦らず、でも急いで…」
これからもひとつずつやっていきたいと思っています。

優月さん、ご一緒したみなさん、
ありがとうございました。





PAY FORWARD:対面式「前向き表現のアサーティブ・トレーニング」|
2015.07月開催 「前向き表現のアサーティブ・トレーニング」ごーるどりーふクラス


「前向き表現のアサーティブ・トレーニング」の PAY FORWARD(ご参加者のご感想)です。
なお、PAY FORWARD の本文中には、ワークショップ内で学んだ専門用語が登場する場合がございます。その旨どうぞご了承ください。

●コースの内容
- 「前向き表現のアサーティブ・トレーニング」
●もっと読む
- PAY FORWARD(ご参加者のご感想) もくじ

 PAY FORWARD(ペイ・フォーワード)とは「次の人につなぐ」という意味。すでに ONSA WORKSHOP にご参加されて、ひと足先に変化を歩き出した方々から贈られるメッセージです。
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M. N. さん(40代以上/神奈川県よりご参加) ごーるどりーふ




ワークショップにご参加の皆様、藤沢様、お疲れ様でした。

ワークショップ・クラスを受けて驚いたのは、「前向き表現のアサーティブは、境界線の中に入れたい人にだけやればいい」ということでした。
私は、職場の、境界線には入れたくない人達にも前向きな表現を取っていたと思います。
それはまた、境界線がきちんと引けていない、ということになるのだと思います。
今更ですが、全ての基本は、「境界線をきちんと引く」ということなのだ、と、改めて感じました。

演習で、久しぶりに女子の皆さんと盛り上がるいうことができて、嬉しかったです。
キラキラした瞳で語る皆さんを見て、色々な人が色々なことに興味を持っていて、それが好きで、大切に思っている様子を見て、心から出ることって、自然と人を惹きつけるんだなあ、と思いました。
前向き表現をするには、まだまだ身につけなければいけないことが沢山あるので、すぐに行うことはできないとは思いますが、その一端に触れる機会に恵まれて良かったと思います。

ありがとうございました。




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S. T. さん(40代以上/岡山県よりご参加) ごーるどりーふ




「前向き表現」 
WORKSHOP を受ける前は、とにかく何でもポジティブに前向きにとらえて表現することだと思っていました。

WORKSHOP を受けた今、前向き表現はとても希望のもてることなのだと思っています。
自分にとって大切な人と前を向いてどんな小さな可能性でも見つけて選びとっていく。
そうすることを自分が選択する。
そうしていいし、そうしたい。
いま、わたしはそう思っている。


そして、この WORKSHOP でわたしは重大なことに気づくことができました。
気づかなければ「楽」だったかな~とも思います。
(↑ この「楽」は目先の楽です、はい。)

気づくって、痛いです。
気づいてしまうって、重いし、苦しい。
それでも、このところ、うすうすと…感じていました。
もしかしたら…と。
その時がきたんだ…そう思います。

このところ、
わたしは、いま心からそう思ってないのに、フリしてるよな…。
ああ、なんでこんなこと言えるんだろ…。
無理して気分を上げてるよな…。
疲れる…ホントは、こんなこと言いたくないのに…。
日常の中で、特定の誰かやある場面に遭遇した後、わたしにやってくるこの感じ…。


ワークショップ・クラス当日。
ワークをやっているここでは、素の自分だと思ってました。
優月さんに「演じている」と指摘されて、その時は??? でした。
え、まさか…。
しかも、どんな小さなことでも現状に見つけられる希望を拾う。
これは、わたしにとって得意なことなんではないかい?! と、いい気になってきていた矢先の指摘でした。

混乱…混乱しました。
言行一致と言われ、優月さんに腹を刺激され、「ここから上がってくる言葉を!」と言われ、
言葉が出ませんでした。
さっきまでは、そんなことなかったのに。

思いがけず、わたしの口から絞り出すように出たのは「怖い」でした。
相手の誘いを断る理由が「怖い」だったのです。
さっきまでは、絞り出さなくても理由が口に出せていました。
ただ…「怖い」のひとことは、断然わたしにとって重みのある言葉に感じられました。
さっきまでの理由は、自分でも突っ込みを入れられるほどのものだと感じました。
重みのある言葉の後には、飾り立てた言葉に感じられました。


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わたしは、ワークショップ・クラス後にずるずると会場にいました。
優月さんに何か言いたい? 聞いてもらいたい? 声かけてもらいたい?
自分でもどうしたいかつかめぬまま、帰るに帰れず。
もやもや、もやもや…。
結局「ありがとうございました。失礼します。」だけ言って会場を後にしました。

帰りの新幹線のなかで、わたしはワークで「演じていた」ことを実感しました。
頭が喋る言葉は、たぶんこれが求められているんじゃないかな、という優等生の言葉でした。
腹から絞り出した言葉は、わたしの言葉でした。

もう一つ実感したこと。
それは、自分で自分がどうしたいのかわからない、そんな自分を自覚したことです。
会場を去る前、わたしは自分がどうしたいのか、優月さんに何か言いたかったのか、何かして帰りたかったのか、自分でもわからずモヤモヤしていました。

過去のわたしなら、とりあえず何かしていました…たとえば、優月さんに何でもいいから聞く、そうしてもやもやを扱ってもらえるかどうか優月さんに判断を委ねる。
そんな「決められない」わたしとご対面したことを実感しました。
あいさつだけして帰ったことは、実は必要なことだったのかもしれない…そう思います。
と、同時に「とりあえず」は止めて、無理にもやもやを頭の優等生の言葉で処理するんじゃなく、自分の中から湧いてくる思いをキャッチすること…。
わたしは、もっとわたしと繋がりたい、
そう思いました。
(ここまで ワークショップ・クラス当日のふり返り)


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ワークショップ・クラスから6日間。
一日の大半を過ごす職場で、まずは自分の内側を意識しようと決めました。

すると、今までのわたしは、とにかく反応することを自分に課していたのだと気づきました。
周りで雑談が始まると、反応していました。
自分の仕事の手を止めて聞き、それなりのことを言っていました。

いや、それなりのことではなく、神経を使って相手が求める反応をしていました。
だから、いつも「相手は今、どんな気持ちなんだろう? その気持ちの原因はなんだったんだろう?
じゃあ、いまこの人が求めていることを提供してあげなくちゃ」と、自分では無意識に思考が回転しはじめていました。
相手のお世話を頼まれもしないのに、進んで自分から引き受けていました。

自己表現ではなく、他者表現(他者のための表現)をしてました。
そして、これは自分で決めるのではなく、相手に合わせる(相手に委ねる・相手に決めてもらう)が根底にあると分かりました。

ああ、わたしは自分は本当にどうしたいのかが分からないんだ…そう思います。
まずは、わたしを自分で満たすこと。
これに取り組んでいきます。


ワークをご一緒したみなさん。
過去のワークショップでもご一緒させてもらった方が多く、それぞれがそれぞれに日常の中で頑張っていると感じることができました。
優月さん & スタッフのみなさん。
今回もお世話になりました。
最後に、わたしへ。
気づきをえられてよかった。
これからも、少しずつ焦らず、やっていこう。




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A. M. さん(30代/東京都よりご参加) ごーるどりーふ




私は今回、アサーティブトレーニングというものに初めて参加しました。
私は何となく「NO」を前向きな表現に直して角が立たないように伝える方法かと思っていました。どちらかというと「交渉」を思い浮かべていたのかもしれません。

優月さんの説明を聞いていて、だんだんとそうではないことがわかってきて、しかも私の一番苦手な分野だとわかって、「あー、私にはできないかも…やだよ~! ムリだよ! ムリムリ!!!」と感じて、意識が身体を離れそうになるほどでした。

ワークショップ・クラス中は、たくさん前向き表現の練習をしました。練習を重ねるごとに慣れてきて、こんな感じならできそうだと思えました。
練習で、私は普段通りに会話をしたけれど、自分の心と口に出して言っていることが一致していたのかどうか、よくわかりませんでした。
参加者の方々と、たわいもないことをお話できたのは楽しかったです。

また、夫が私の作った食事を「うまい!」と言うことについて、なぜイライラするのかなと考えてみたら、私は自分で作った食事をおいしいと思っていないからだとわかりました。
私が私にとても厳しいことに気付きました。
夫の方が、相手の良いところを見つけようとしているのかもしれません。
何はともあれ、褒められたら素直に喜んでみようと思います。


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自分から誘ってみて断られるという練習もしましたが、やっぱり断られるのは怖いと感じました。練習なのに、相手の顔色が曇った瞬間に恐怖を感じました。「この人たちも私の誘いを断るのか…やっぱりね。」と暗い気持ちになってしまいました。

私が肯定的な表現を一番しにくいと感じたのは、仕事場での場面でした。
前向きな表現をしようと思うと、うっと言葉につまる感じがしました。今までやってきた、されてきたように、指摘から入ってしまいそうになりました。一応、「いいと思いますよ」と言いながらも、気持ちがついていっていないのを感じました。
「仕事は完璧にしないとダメ」という強迫観念があるのかもしれません。習慣の怖さを感じました。

仕事でもプライベートでも、私は提案することが苦手なのかもしれません。自分から提案するより引っ込んでいたくなります。
私は、人の失敗に厳しい、自分の失敗にはもっと厳しい面がありそうです。


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それから、前向き表現は、境界線の中に入れても良い人にする表現だということを知って、それなら安心だと思いました。
私はもしかして、今まで逆のことをしてきたかもしれません。
私が嫌いな人や恐怖を感じる人に対して、相手を怒らせないように、不機嫌にさせないようにと、前向き表現を使ってきてしまったから、仲を深めたくない人と離れられない関係を築いてしまっていたのかなと感じました。

反対に、私は私が大切にしたい人には愚痴や不満を垂れ流してしまうことが多かったかもしれません。
私の境界線に入れてもいい人を大切にするのは当たり前のことですね。今まではその関係に甘えていました。
すごく反省しました。
夫と子どもとのコミュニケーションも見つめ直してみようと思いました。まずはそこから少しずつ試してみます。


「ごーるどりーふクラス」の皆さま、お疲れさまでした。
懐かしいお顔がたくさんでうれしい気持ちになりました。
ご一緒できてよかったです。またいつかお会いできますように。

優月さん、今回、前向き表現をひとかじりしてみることができて、私の内面のたくさんのことに気が付きました。ありがとうございます。
いつか身につけられるように少しずつ、忘れないうちに練習してみます。
またお会いできる日を楽しみにしています!

スタッフの皆さま、おかげさまで安心してワークに集中することができました。いつもありがとうございます。またお願いいたします!




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M. K. さん(20代/東京都よりご参加) ごーるどりーふ




ワークショップに参加して、今まで自己主張する前に感じていた感情のモヤモヤや、主張した後の、言いたいことを言って受け入れられたのに、罪悪感があったり、もやもやする理由がわかってすっきりしました。

ワークショップ・クラスに参加する前は、自己主張の練習をたくさんするのだろう…と思ってました。
確かにたくさん練習しましたが、練習に入る前の、境界線、前向き表現のアサーティブ、交渉のそれぞれの違いや基本姿勢がとてもとてもためになったし、今までこれでいいんだろうか、でやってきたことが、あ、やっぱりそうだったかって腑に落ちて、整理されて、自分がやってきたことがある程度はこの道筋、方向で間違ってなかったんだと確認できたことは安心しました。

だけどこれを機に、自分をどんどん主張できるようになって、またそうしたくもなるかといえば、全然そんなことはなく、今までと同じくらいでまだ自分の境界線の中に入って自分を癒す、満たすが先だなと思いました。

今回のワークショップで感じたのは、自己主張をする段階よりもその前の段階で自分のことを理解していることが、数倍大事だということ。
何よりもまず、過去、子供の頃の痛みを癒さないと自己主張する前や後の感情に足を絡めとられることに、ああやっぱりなってすごく納得したんです。
インナーチャイルドワークで痛みを癒すと、抵抗なく無理なくすっと言えるようになってくる。
だけど痛みが今に影響している限り、練習でも、本番でも、相手が自分の意見や気持ちを伝えても大丈夫な人とわかってても、言いにくさと言った後の罪悪感があるんだなあって。
私のエネルギーそこにとられてたんだなってわかりました。

だからもっともっと、自分の痛みのルーツというか、痛みによってもっている考えに自分の目を開いていきたいし、自分の好きなことや興味のあることを掘り下げたほうがいいと思いました。
そうでないと、どこに一歩でるかも定められないということがよくわかりました。


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ワークショップ・クラスが終わって自分の日常を観察していると、私は今まで自分と人との間に起こる不快な出来事にイライラすることが多く、相手や出来事に目が向いていたけど、自分の問題だなとつくづく思うようになりました。
怒りっぽい人やむすっとした人に自分の思うことが言えない、だから散々心の中で批判するし、その人に対して怒り、恐れがわいていたけど、言えないからそういうサイクルになるし、言えないということには、そこに過去の痛みが埋まっていて、批判、怒り、恐れは過去と今でだぶって感じているんだと思いました。

今は対面じゃなく、二人並行のイメージで問題に解決する姿勢で取り組むということを学んだから、現実はそれで進めればいいとわかって安心です。できなくても、知っているだけでなんていうか、感情に足をすくわれる影響を減らせるから安心できてるんだと思います。
今までどんなに対面イメージだったことか…ってことですね。反省。
それでも感情にからめとられることもあるなら、今現実に起こってることではなく、過去のことが問題で、それは今の現実で関わっている人とは別で、別作業が自分の中で必要なのだと思いました。


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ワークショップ・クラスの練習中は素直に気持ちよくできる時もあれば、思ってないのに、興味あるふうに言ったなあとか、できたつもりが、なんだか顔がこわばるときもあって、無理してるときもあったんだなあと思います。
だから無理してやらないで、自分ができる時に、境界線を開けてもいいと思える人に少しずつトライしてみよう、私はやっぱりまだ過去をしょっているんだから、全然頑張ってやらなくていいよって思います。

だけど、気づけばポロポロと重いものも少しずつ取れてきた感じがして、ここ1、2ヶ月で体も心も軽くなり始めました。
日常に戻ったら、あ、言えてるって時もあったし、意識して相談してみようって思う時も、感情がまとわりつかなくなりました。
やっぱり知る、理解するって大きい。
自分の人生を安心して進めることのできる知識は、ほんとうに大切だなと思います。

私はこれからは、回復の道のりをランニングしているイメージで言うと、走りの質を高めたいなと思っているところです。
今まで自分が学んだことを再点検しつつ、もっと過去の感情にアプローチしていって解放したいな、それでまた新たなというかそもそもの自分に出会っていきたいと思うのです。
しばらくはそういう期間が続くだろうと思うけど、少しずつ今の現実を楽しんで生きる時間も余力も増やしていき、いつかは過去じゃなく今の私が全てで生きられるように変わっていたら嬉しいなと思います。
そういうふうに思えるようになったのも、今回のワークショップで今とこれからを安心して自分に基づいて生きる姿勢を学べたからです。

藤沢さん、参加者のみなさん、ありがとうございました。
みなさんそれぞれの人生が自分らしい素敵な人生でありますように。




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A. Y. さん(30代/神奈川県よりご参加) ごーるどりーふ




今回のワークショップは忘れられないワークショップになった。
そしてワークショップ・クラスを受けた後の自分の行動を褒めたい。

藤沢さんに「発達障害(の疑いがある)かもしれない」と言って頂いたことで世界の見え方が変わったね。

最初は「まさか自分が」という思い。
否定したくなる気持ちが湧いてきて、「今までちゃんと生活できてきたんだし、大丈夫」と見ないふりをしようとしてたね。

でも教えてもらった ONSA のサイトや、そこで紹介されていた先生の HP を繰り返し読んで、おすすめの本を図書館で借りて。
少しずつ読み進めて言ったら、「これは自分にもあてはまるかも」と思うことが出てきて、「あぁ、もしかしたらこれもそうだったのかも」と過去の事を思い出してきた。

そして今の職場でも、「だからああいう事は苦手だったんだ」だと分かった。
「こういうのは自分の弱いところ」だと分かると、落ち着いて「じゃあこうしよう」と行動できた気がする。

考えすぎかもしれないけど、「もしかして私のこと分かっててこういう対応してくれてるの?」と思った場面もあったね。
もし本当にそう分かってて対応してもらえているなら、私は本当に恵まれているなと思った。

そして対処方法もいくつか自然に取っていたね。
「結構やってるじゃん、自分!」と思った。

日常の事についても、ワークショップ・クラスを受ける前より意識的になってきた気がする。
「これは自分のことなんだ」という意識を持てるようになってきた。
「当事者意識がうすい」という事、なんとなく分かってきた。


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やっとスタートラインに立てた気がする。

今までも自分と向き合ってきたつもりだったけど、向き合い方が変わった気がする。
真剣味が足りなかったというか、向き合いたかったけど、向き合う方向が分かってなかったという言葉が近いだろうか。

今回のことで回復の時間が自分には必要なのだということがよく分かった。



今回、特にワークショップ・クラスの後に、「ひとりじゃないよ」スペースの皆さんの書きこみを見て、すごく勇気づけられました。

皆さんが自分の人生に真摯に向き合っている姿を見て、踏み出す勇気をもらえました。
病院に電話をして、初診の予約を取ることができました。


今回色々と振り返ることで、フルタイムで働いた2年半の間にどんなに自分が頑張ってきたのか分かったし、どれだけ人に時間を費やして自分のことをおろそかにしていたのか分かった。
そりゃあつかれるよね。

ONSA のワークショップを集中的に受けていた2年間と、そこから離れていた2年間。
保育の仕事に慣れるので精一杯だったんだろうな。

そしてだんだんと ONSA の世界から離れていくことで、いろいろなことがちょっとずつ以前の習慣に戻っていってしまったのかも。

昨年の11月から受け始めた Web. WORKSHOP。
「コース1/STEP.1」、「コース2/STEP.1(前期日程)」と受けてきて、今回の対面式のワークショップを受けられたこと。


その全てを見て今回言ってもらったこと。
「境界線のワークショップを受けた方がいい」という藤沢さんの言葉がやっと腑に落ちました。

せっかちだし、Web. WORKSHOP もどんどん進んで最後のコースまで早くたどり着きたかった。
そうしたら「免許皆伝」のような気がしてた。
2年半前一通りのワークショップを受けて、「集大成」と思ったのも同じ感じだったんだね。たぶん。

でもそうじゃない。

もう1度基礎からゆっくり学び直したい。
自分のペースを大切に、少しずつでいいから。
自分に必要なことやサポートを自分で選択していけるようになっていきたい。

藤沢さん、大切なことに気づかせて下さって本当にありがとうございました。

ワークショップでご一緒した皆様、ありがとうございました。
お声をかけることはできませんでしたが、以前対面式ワークショップでご一緒した方を何人かお見かけしたこと、直前の Web. WORKSHOP でご一緒した M さんに直接お礼を言う事ができてうれしかったです。

後半でワークをご一緒した方々へ。
後から考えると勝手に自分でイメージを作り上げて、それを他の方に共有させようとしていた所があったかもしれません。
ワーク中に嫌な思いをさせてしまって申し訳ありませんでした。

ワークショップ・クラス中に頂いた資料を何度も何度も読み返しています。
読み返すたびほっとした気持ちになります。

日々ちょっとずつ。こつこつと。

支離滅裂な長文を読んで頂きありがとうございました。




タイトルはじまり目印

Y. S. さん(40代以上/兵庫県よりご参加) ごーるどりーふ




今回のワークショップ・クラスでは、私の思っていた前向き表現が根底から覆りました。
私のしていたことは演技であって、私の心とはつながっていなかったのだと気づくことが出来ました。

私はあるグループワークで、否定的な独り言を肯定的な表現に変えてみるという課題で、ポジティブな表現にすればするほど、否定的な表現が強化されていくような感覚になり、モヤっとなってました。また、プレワークで感じたモヤっとや、過去に感じたモヤっとした思いが、このワークショップ・クラスで解き明かされていきました。

前向き表現とは、誰かによく思われたり好かれたりするためにするものではなく、自分の心からの気持ちを表現するものなのだと理解できました。そのためには、自分のことをしっかりわかっていないとできないことで、私はここにいつもつまづいているなと感じました。
まずは自分に集中、自分のことを掘り下げていきたいと思いました。

また、今回のロールプレイではたくさんのヒントをいただいきました。
現実では、会話が続かないことが悩みだったのですが、私は周りをみて先へつながる会話をしていなかったんだと思いました。
それは、私のことを受け入れてくれるかどうかの不安ばかりが先に立ち、自分の殻から出ていこうとしなかったから。

また、ペアワークでの私の言ったことを受け止めてくれる感覚、ミスをした設定でも、そのあとの私の存在を認めてくれる感覚は、とても新鮮な感覚でした。
ロールプレイを続けていくうちに、だんだんと楽しい気持ちになりました。
現実生活で、こういう表現ができるようになるには、自分癒しとトライ & エラーの繰り返しだと思いますが、自然とそういう表現ができるようになると本当に素敵だなと思いました。

今回のワークショップで、私の決断と自己表現で、現実生活を変えていくことが出来ると感じることができたのが、大きな収穫です。
これからも、自分とつながり続けていくことを大切にしていきたいと思います。

今回も、藤沢優月さん、ONSA のスタッフの方々、たくさんありがとうございました。
クラスのみなさん、ペアワークをご一緒していただいた方々、ありがとうございました。
以前のワークショップでお会いした方もいらっしゃって、初めての方も含めて勝手ながら、一緒に時間を共有できたこと、それぞれに回復の道を歩いている仲間がいることを感じることが出来て、とてもうれしかったです。
本当に、ありがとうございました。




タイトルはじまり目印

Y. W. さん(30代/愛知県よりご参加) ごーるどりーふ




この1週間は、とても長かった。

私の人生は、まだ目に見えて動いてはいない、
むしろ停滞している。

でも、水面下でたくさんのことが動き始めた。


クラスで私は、できない私に直面した。
自分の心・感情とつながって、声を出すことが、できない。

たった一言、しかもロープレ、
「カレー食べにいきませんか?」
「それ、素敵ですね」

そんなことが、まったく言えなかった。

何を言おうとしても、
「嘘ばっかり」
「誘いたいなんて、思ってもないくせに」
「素敵だなんて、わたし、1ミリも思ってない」
という反発で、心の中はぐっちゃぐちゃ。

そのとき感じた、
「あぁ、私はずっと、表面上はうまいことしゃべってても、
こんなにもたくさんの反発や否定や未消化の感情であふれているんだ」
「私は、人のことをまったく信頼してないんだ」
「人とどんなにやりとりしてても、”私は何も感じません” で、きっちりフタをしているんだ」

私はずっと、30年以上、そうやって生きてきた。
ずっと私は、わたしを演じていた。
でもそれには、ちゃんと私なりの理由と筋道があったんだ。
そのことを、体レベルで感じた。


言えた、伝わった、うまく言った。
そういうことが OK ではない、
誰かや世間にあってることが、OK でもない。

…私が、わたしのこころとつながらないと、うまくいかないんだ。

そのことを、痛感した。


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泣いて、へろへろになって、
ワークショップ・クラス後に私の心にわいてきたこと。

あぁ、もう私は、おべっか使わなくていいんだなぁ。

すとんと、心にしみた。

自分がおべっか使ってたなんて、思ったことはなかった、
でもやっぱり、私は無理してたんだな。

自分を後回しにして、人にばっかり無尽蔵にエネルギーを使い続ける、
よさそうな感情だけを切り取って、にこにこと明るくしている、
その生き方が、私は苦しかった。

でももうそれ、しなくていいんだ。

そう思ったら、ほっとした。
そのゆるんだ感じ、背中の荷物をどさっとおろした感覚、
この体感覚が、私にとっての答えだなぁって、しみじみ感じた。
やっと自分に、ほんとの意味で、やさしくなれた。


クラスで「できないよ」「むり…」と、実際に口に出して言えたこと、
本当に、よかった。

グループの方には迷惑をかけてしまったけれど(ごめんなさい)、
できない自分…私がどの年齢・状態で止まっているのかを、
ごまかしなく、体感できた。

こう言うよ、と優月さんに宣言されても「いやです」と言われたことに、
全身で、がーんとなる自分も感じた。


心とつながって話すって、こんなに重いの?
人との会話でいちいちこんなになってたら、身が持たない、
これ以上、がんばるのはもういやだ…。


「できない」を味わった直後は、そう感じた。
これが話すってことだよ! と優月さんに言われ、
もー、とてもじゃないけどそんなのできんわ…(そんなの、したくない)、
と私はうなだれた。


でも、時間が経って、

そっか、私は、私の思ったことだけを言えばいいんだ、
あれこれ、たくさん言おうとしなくていい。

もう、思ったことだけを言おう。
言いたくなければ、だまっていよう。

相手に理解してもらうことが大事なんじゃない、
相手をいい気分にすることに、必死にならなくていい、
それより、私が私の心や気持ち、意志を出すこと。

…それが、生きるってことなんだ。


うまくことばにできないけど、
でも何か、ひとつの本質をつかんだ気がする。

ずっとできなかった、「できない私になること(それを人前に出すこと)」
それができただけでも、じゅうぶん、合格点じゃないかな、
うん、よくやった。


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今回のクラスでは、前向き表現がメインテーマだったけど、
私にとっては、自分の現在地を確認する色合いが濃かった。

前向き表現の手前の、土台作りと境界線の大切さ、
それを切に思った。

でもそれを「私はあれもこれもできてない」より、
もう一歩、能動的に咀嚼できた感じもする。

日常に戻って、
・境界線を前よりすっと意識できるようになった。
(こんなにさっぱり引いていいんだ、と優月さんのレクチャーで感じた。
ニュアンスがダイレクトにわかるのが、対面の良さだと感じた)

・あ、これは人の領域だから、この人に任せよう、と手を出さずにいられた。

・罪悪感をかぶせてくるような人の言動にも、「それはこの人の境界線のことだ(ここで手を出すと、またのまれるからやめよう)」と、自分の重心を保てた。

・自分が満たされて、溢れた分を前向き表現で「人に与える」と聞いて、
「自分を満たすのが先決だから、私にはまだ先のステップかな」って思った。
 ↓
でも日常に戻ってみたら、結構自分のコップはまめに満たされるもんだなって気づいた。
波みたいに、満たされて、また少し下がって…のくり返し、
そして結構ささいなことで、十分満たされるんだなって思った。

・髪を切った人に「お似合いですね」
仕事を頑張ってくれた人に「いつもありがとう」
自転車を直してくれたお店の人に「おかげさまで助かりました」

全部、「ただ、自分が言いたくなったから」言った。
相手の反応が返ってこなくても、期待通りでなくても、ちっとも構わなかった。

「言いたい」と思えたこと、「言えた」こと、
それがただ、私はうれしかった。
気持ちがあたたかくて、ほっとした。
それでいいんだなって、思った。


それから、自分の声を聴くこともうまくなった。
『未来日記』に、ただただ感じたことや、内なる子どもの声を書いてゆく、
それをただ「そう思うんだね」と受けとめていく、
私にとっては、「そう思うんだね」の受け止め言葉がとても大事らしい。

ひと手間かけてもそれをすると、心の安定度が違う。
「わかってもらえた」ことが、私はことさらに嬉しいらしい。

そうやって心の声を聴き続け、回復に関わる本を読んで過去を振り返り…。
私は、私に認められたかったんだなって、
改めて実感する。

だから、それをないがしろにすると、すぐに不調にもなる。
立て直すのもひと苦労、
でも、麻痺して何もわからずにいたときよりはいいよね。


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今回の WORKSHOP を経て、自分のことや過去を振り返って…。
私の人生はいま、更地状態になっていってるんだなあって思う。

いらなかったもの、いらないものを見極めて、ひとつずつおろしていく、
境界線の外に出す。

なじんだものが次々になくなっていくので、焦ったり戸惑ったりもする。
もうこの先何もできないと、この世の終わりだってぐらい、ずーんと落ち込んで、身動き取れなくなる。

でも、少しずつ取り戻して、『未来日記』に向かう。
ぶつぶつ、とりあえず書く。
チェアワークする。
もらったレジュメを読み返す。

そのくり返しで、1ミリでもアップデートしていく。

そうやって、私の人生を更地にしていって、
私は、「自分を認める」習慣から、やり直していきたい。

1週間で私は、そこまで歩き通した。
そしてこれからも、コツコツ咀嚼していきたい。
1週間でまとめきれる以上の、たくさんの知識と気づきをもらったから。

大事に、一つずつ自分の心で咀嚼して、
たくさんトライ & エラーして、私の日常に落とし込んでいきたい。


優月さん、クラスメイトのみなさん、
ありがとうございました。




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N. S. さん(30代/宮城県よりご参加) ごーるどりーふ




今あるものの中から、たのしみをみつける! これが、すごく新鮮だった。私はマイナスのことしか見ない習慣がついていた。
自分をしっかりみるトレーニングも続けよう。

無視されるのが怖かった。
長女とという立場から、我慢させられることが嫌だし、不公平だと思っていた。弟や妹はわがままが許されて、自由でいいなぁと思っていた。

私は我慢するのが当たり前で、そんなのはおかしいと思っていた。
勉強も頑張って、スポーツも頑張って価値があるんだよ、私はこんなにもすごいことができるんだよって、無理して頑張った。

でもその頑張りは仕事、社会では通用しなくてうつ病になった。
本当に我が家では頑張らないと、役に立たないと認めてもらえなかった。存在してはいけない空気感があった。

私、可哀想すぎるよ。

完璧な時は、いつになってもこないよ。
だったら、完璧じゃなくても、やれることをやるほうがいいんじゃない?

何だろう? 何が好き?
お金をかけずに、楽しめることが一番すき。


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ワークショップ・クラスから少し経過して、私が私の人生を決めていいんだって実感が湧いてきた。
それは、まだ始まったばかりだけど、とても清々しい気持ちにさせてくれる。

都会より、田舎に住みたい。私の人生の主人公は私。
回復すら焦ってはいけない。それでうまくいかなかったじゃない。誰かに聞いてもうまくいかないよ。だったら、自分の中から、自分の納得のいく方法で自分で決断するしかないよ。

今やれる選択の中で、ベストを尽くそう。
生き急がないで。我慢しないで。妥協しないで。うまくやろうとないで。


このワークショップに参加して、境界線をしっかり引いて自分の内側を大切にする習慣を続けながら、自分一人で孤独に生きて行かなくてもいいんだという新たな世界を垣間見れた気がしました。

このままでいい。このまま一歩一歩です。
優月さん、ONSA のみなさん、ワークショップ・クラスでご一緒したみなさま。今回もありがとうございました。




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A. Y. さん(30代/東京都よりご参加) ごーるどりーふ




今回、「前向き表現のアサーティブ・トレーニング」のクラスを受けて思ったのは、「参加して良かった!」
これにつきます。
今回の経験がなかったら、今のわたしの回復の道もさまよいモードに突入したかもしれません。

ワークショップ・クラスの初めのうち、話の内容がわたしにとって背伸びしたものだと感じていました。
「このクラスを取るの、早すぎたかな?」と感じましたが、このクラスを取ることによって自分が次に進む方向が見えた気がしました。たまには、「冒険」とか、「チャレンジ」といった要素の選択も必要で、それがあって前に進んでいくのかなと思いました。
結果、今のわたしにとって、新たな回復の道の方向へ進む、初めの一歩にとてもいいクラスだと思い、ナイスタイミングで参加できたと思います。

ワークショップ・クラスの中での話は、初めての情報だらけ、初めての考え方だらけで、楽しいやら難しいやら、とても刺激をもらいました。
わたしは難しさのあまり、早々に、思考を停止して、体と心を開いてクラスに参加することを決めました。「投げ出した」にも近いですが、結果的に、「ラク」になる選択をしたんだと思います。

きっと、これまでのわたしなら、今までの癖で頭で理解しようと、せっせと思考を働かせたと思います。
そして、きっとクラスの話に、「わたしが、いつもやってること。知ってるよ。」と分かったつもりで聞いていたかもしれません。

でも、正直になれば、クラスでの話は、わたしにとって生まれて初めて聞くような内容でした。
わたしは、話を心で受け止められた気がします。
そんな初めての体験をしているんだから、受けている間は、
「今回は、この場にいるだけで十分だね。」
なんて思いながらいました。

ワークショップ・クラスでは、練習をたくさんしました。
用意されたセリフを言うのではなく、非言語を大切にしたそのトレーニングは、
わたしにとって、とてもチャレンジでした。

それをやり遂げて思ったのは、「楽しい!」です。
きっと前のわたしなら、難しいことだったと思います。
あんなにたくさんの回数を重ねることに、とてもしんどく感じていたと思います。
それは、自分がわからなかったからです。
心を開くことが1ミリもできなかったからです。
自分を掴み始め出した今だから、何度も練習を繰り返したとしても、楽しんでできたのだと思いました。
このチャレンジができるようになった自分の成長を誇りに思います。
非言語を大切にしたコミュニーケションの練習ができたことは、わたしにとってとても大事な経験でした。

そんなチャレンジいっぱいのクラスが終わり、クラスルームから出て外の世界に出てみれば、自分が認識していた以上に吸収していたことがすぐにわかりました。
「練習をするってすごい、対面式ってすごい!」
と、いつもの恒例行事のように、今回も思いました(笑)。
その驚きは、いつも新鮮です。


人と対面し、コミュニケーションをとったときの感覚の変化は、ワークショップ・クラス当日の休憩から始まっていました。そして、日を追うごとに、もっと言えば、人と対面するごとに、変化を感じています。

そして一番の変化を感じたのは、人と会話をすることへの恐れです。
びっくり、するくらい減りました。
自分が安心していられます。
心が穏やかにいられます。

それが何よりも嬉しいです。

まだまだたくさんの発見がありますが、それは追って、「ひとりじゃないよスペース」などを使わせていただきながら、整理していきたいと思います。
ひとまず、今のところのわたしの感想です。

今回は、クラスでたくさんの方の協力を頂きました。
皆様がいなければ、わたしの、「アサーティブトレーニング」は成り立ちません。
真剣にチャレンジする仲間がいてくれたからこそ、わたしも安心して、真剣になれました。
安心して、自分の心を表現するトライができました。
安心して、失敗をすることができました。

本当にありがとうございました!




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S. H. さん(40代以上/東京都よりご参加) ごーるどりーふ




「相互依存の世界って、もしかしたらこんな感じなのかな?」
会場で、ワークをし終わった時に感じた正直な気持ちです。
でも、あまりに心地良すぎて
「本当に本当だろうか?」
「こんな人たちがホントに実在しているんだろうか?」
「私の周りには(自分が関わっている人たちの中には)そんな人一人もいないんですけど!」
同時にそんな風にも思いました。

私は今まで、数多くの自己啓発本や講演会で話をきいては様々な方法を試したりしてきましたがどれもこれも長続きはしませんでしたが、今回の6,7月の対面式 WORKSHOP でそれがうまくいかない理由が解ったのが自分の中で一番大きかったです。
全ての自己啓発本が悪いわけじゃないんだ。順番が違っていただけ。
やっぱり心が健康じゃないとどの道躓いてしまう。そのことに、私はようやく実感をもって気がつく事ができた気がしています。


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本当に心が大切。

外側も、見栄もプライドも、不特定多数の世間の声も、そこを基準にしていたらきりがない。私は、私を誤魔化して生きていくことは、もう出来ないです。
悲しい、悔しい、いらいらする。
ウレシイ、楽しい、美味しい。
全部、全部私の気持ち。
因みに最近は、なんか違う…っていう感情がよく湧いてきています。

私は、2から99までの選択方法を知らずに生きてきたけど、自分にはまだ無数の可能性が広がっていると、今は信じたい。
みんなが前向きな、健康な大人だったら、私の毎日はどんなに楽しいだろう?
そんなことを最近、よく考えています。

毎日「私」とよ~く話をして、目指すは
「心身ともに健康な大人」
になりたいです。




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T. S. さん(40代以上/北海道よりご参加) ごーるどりーふ




優月さん、ご一緒いただいた皆さん、ありがとうございました。
あれからあっという間の1週間でした。

参加する前は、自己主張とは自分の境界線を守るために自分の意思を主張することと思ってました。そこはたぶん間違ってないのだけれど、自己主張することで物事を前向きに解決する、WIN-WIN を目指すというのは、思ってもみなかったです。

共依存から回復するために境界線をしっかり引こうとすると、色んな人やお誘いを断って蹴散らして、気が付けば誰もいない…? となんだか孤独な気持ちでした。
でも自分から近付くのは怖い。また共依存を引き寄せちゃうかもしれない。
そういう私に「孤立した自我の牢獄を超越すること」というキーワードはとても印象的でした。

それから、自己表現とは自分の才能や天賦を表現することというのも心に残りました。
優月さんに私の才能は「明るく前向きなところ」と言ってもらって、嬉しいのに思わず否定しそうになりながら自分でもそう思ってたんだと思い出しました。


結局は、やっぱり自分のことを十分知る必要があるんだ。
私がどんな人でどうしたいのか、それを私が自分で理解していないと、主張できないんだ。
だから、書きながら自分と向き合って自分掘りを続けていく必要があるんだなって、改めて感じました。

「おかげさまで」を言おうとすると思ったより難しく感じられたけど、なんとか1週間以内に使うことができて、実際に言ってみるとより一層感謝の気持ちを持てるように思いました。
少しずつ自我の中から出て他人に興味や関心を持てるように成長してるのかな、と自分を褒めたいです。


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私が初めて ONSA WORKSHOP に参加してからまもなく5年。
早くここから卒業したいとどこかで思っていました。あと何を学んだら、何を身につけたら普通に生きられるんだろう? と思っていたかもしれません。それこそ、またしても無意識に達成を目指してました。

何を学んでも、自分と向き合うことに終わりはないし、それが幸せに近付く近道なんだと今回改めて思いました。
そして、新しい知識を学んで練習して出来るようになっていくことは、嬉しく楽しい。
だから、少しずつ色んなことが出来るようになってる自分を認めながら、諦めずコツコツと続けていこうと思います。

一緒に参加した皆さんともっと話したかったけれど、皆さんがそれぞれの場所で健気に頑張っていることを励みに、私もまた進んでいきます。
ありがとうございました。





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