Archive List for PAY FORWARD:対面式「感情ワークショップ」

PAY FORWARD:対面式「感情ワークショップ」|
2018.06月開催 「感情ワークショップ」こうようクラス


「感情ワークショップ」の PAY FORWARD(ご参加者のご感想)です。
なお、PAY FORWARD の本文中には、ワークショップ内で学んだ専門用語が登場する場合がございます。その旨どうぞご了承ください。

●コースの内容 
- 「感情ワークショップ」
●もっと読む
- PAY FORWARD(ご参加者のご感想) もくじ

 PAY FORWARD(ペイ・フォーワード)とは「次の人につなぐ」という意味。すでに ONSA WORKSHOP にご参加されて、ひと足先に変化を歩き出した方々から贈られるメッセージです。
タイトルはじまり目印

T. S. さん(30代/長野県よりご参加) こうようクラス


タイトル下の線


感情、このわけのわからないもの。
感情をちゃんと自分が感じているのか、それが本当に私の感情といえるのか、それがそもそも私にはわからなかった。

こういうときは、悲しいはず、こういうときは怒っていい。
そんな風に感じるもの、こういう風に処理するべきもの。
そういうことしかしていなかったように思う。
とりあえず大丈夫なものだけ拾って、あとは無視するか、「ハイハイ」と言って受け流すか、嵐が去るのを待つか、その程度だった。

でも今回プレワークから始まって、自分の感情をできるだけ丁寧に拾おうとしていると、出てくる出てくる。
それはおなじみのものだったり、意外なものだったりしたけれど、でもこんなにいろんなことを同時に感じたりしていたんだ! というそれだけでも日々驚きだった。


文節区切りの線


ワークショップ・クラスでは、感情が本当に求めるもの、意味するものがわかって、私がどういう環境で、何に慣れてしまったのかも分かった。

それを知ると見えてくるものがあった。
私が今までいた環境、慣らされてきたものと、本当に求めているものとの違い。
そして、強烈なアップダウンではなく、穏やかな波や満ち引きの愛おしさ。

私は、その自分に応えたことがなかった。
だからいつも満たされず、外から来るストロークに容易に翻弄されてしまっていた。


文節区切りの線


今回のワークショップ・クラスで得たのは、感情というものが肌感覚で迫ってくるという体感。
言葉そのものではなく、その本意を感情や感覚で感じていた。

底意のある感情と素直な感情の違い。そして、強烈な悪意を放つ感情と熱意のある感情。
それは、ロールプレイングで相手に投げつけても、また逆に投げつけられてもちゃんと自分の中に感じられる感覚、あれを掴めたことは私の中でとても大きかった。

日々生きていると、ほんとちょっとのニュアンスで全く別のことを伝えてくる人がいる。
思いやっているようで、本当は自慢話だったり、お願いのようで、コントロールだったり。そういう人に対する自分の違和感を素直に感じず、なかったことにしようとする自分。

そういう自分へのコントロールとしても罪悪感はあった。
でも、本当は自分の中にある感情のセンサーこそ自分がついていく相手。


文節区切りの線


私は感じていないわけではなかった。
ただ、感じている自分を置き去りにしていた。

それが必要だった時期もあったのかもしれない。
それでしか、過ごせない今日があったのかもしれない。

でもこれからは、一緒にいようと思った。今の私で、できる限りで、まるごと感じていこうと思う。

・私は、自分の感情のサインを感じていい、信じていい
・私は、そのサインによって自分の行動を決めていい
・私は、自分に100%重心をおいて行動していい

こんなことすら、確認しないと進めない自分を悲しく思った。
それほど自分に信じてもらえなかった私の悲しみはどれほどだったろう。

自分に「ごめんね」と語りかけた。
でも悲しみは、昔の自分を悼む気持ち。

今は思い切り悲しもう。そうして前に進もうと思った。


文節区切りの線


普通の会話があんなに楽しいだなんて意識したこともなかった。
そして、楽しい会話があれほど人の表情を明るくするなんて知らなかった。

私は、でっかい太陽の周りを回る惑星じゃない。それがないと存在できない子供時代は過ぎ去った。

これからは夜空に輝く星々のようにたくさんの輝きを散りばめていこう。
私もみんなも、きっとそれぞれが一つの星なのだ。


「あなたが楽しいって思えるものが、あなたに響くものが、あなたの生きる道なのです。」
藤沢さんの言葉が強く心に残った。

最後にはみんなの顔がとっても輝いて見えました。
一緒に組んでくださった方、ご一緒できた皆さん、本当にありがとうございました。





タイトルはじまり目印

H. S. さん(30代/大阪府よりご参加) こうようクラス


タイトル下の線


世界で一番大切なSちゃん(自分)へ

「感情ワークショップ」への参加、本当にお疲れ様。
本当によく頑張ったね。
今、カラダもアタマもココロもふわふわしているね。
そのなかで、足だけはオモリをつけられたかのようにぐったりと重く、疲れているね。
こんな風にカラダの感覚に目が向けられるようになったことが素晴らしい!


文節区切りの線


ワークショップ・クラスの前半では、人が「分かってほしいとき、助けてほしいとき、愛してほしいとき」に感情的になること、そして感情的になることは攻撃的になっていることとは違うことを知って、少し驚きました。

今まで、私はそういう時にひとは怒りを感じ、それを満たしてくれない相手に不満をぶつけて攻撃するもので、「攻撃させている私が悪い」と思っていたからです。
だから、必死に相手の怒りを、不機嫌を、気分をコントロールしようとしてきたし、感情的になることは悪いことだとも思ってきました。


でも、実は「分かってほしくて、助けてほしくて、愛してほしいときに」感情的になることは、自然なことだったらしい。
だから、私が感情的になるのも、相手が感情的になるのもいい、悪いではなく、コントロールできない自然現象なのかなと思いました。
そして、私はそう思うと感情的になっている人に出会っても、無理にコントロールしようとせずにすむため、少しラクになるかなとも思いました。


文節区切りの線


また、わが家では「怒り」は突然降って湧いてくる天災のようなもので、嵐が過ぎ去るのをじっと待つしかないものでもありました。
また、「不安や悲しみ」は感じてはいけないもの、表してはいけないものというよりも「無いもの」であり、「罪悪感」は私にとっていつもそばにいるものでした。

でも、常に罪悪感を覚えていたり、いつ降って湧いてくるか分からない怒りにおびえ続けたりするとしんどいので、おそらく私は「死にたい。死ねばラクになる。死ねばすべてが解決する。」と考えることで、感情とココロを切り離して「解離」して、私自身を守ろうとそのときは必死だったのだろうな、と思います。


そして、感情とココロを切り離していたために、「よほど強いストローク」をもらわないと感じられなくなってしまっていた私が、一回の強力なストロークをもらうことにかけているとしたら、母から「私が生きていていい」という言葉・ストロークをもらえれば、一発逆転で、人生が好転し、ラクに人生を生きていけると思っていることに気がつきました。
母の一言で一発逆転することは非現実的で危険なワナであると知っているけど、期待せずにはいられない自分がいます。


文節区切りの線


そして、私のカラダはたくさんの感情を感じて、頑張っていた。でも、原家族からもらく負のストロークに耐えきれず、なかったことにされていた。
そうしなければ生きてはいけなかった。

でも、私が感情を感じられなくなったのではなく、ちゃんとカラダで感じられているということに気づけて、とてもよかったです。
だから、私は私のカラダに「今まで無かったことにしてゴメンね。」と謝りたい。
そして、「今までも、今も、頑張ってくれていてありがとう。」と感謝したいです。


文節区切りの線


しかし、「なじみの正のストローク」にとてもイヤな感じを抱いていたことにカラダの感じ方から気づきました。

「負のストローク」にいたっては、ノドから下に感情が下りないようカラダに力を入れて、カラダとココロを固まらせていたこと、そして同時に、世界から追放され、宇宙空間にひとり放り出されたように感じていました。これは、まさしく、私が子どものときに「地面が無くなったように感じた」感覚と似ていました。
子どもの私も、今の私も、カラダではしっかり感じられていたことに気づけました。


そして、私はきっと「よほど強い」ストロークを求めるばかりに、お天気などのとりとめない話をすることに、意味を見いだせなかったのかな、と思いました。
そして JIJI(時事)の話をする人は、あいさつだけでも恐いと感じ、また逆に距離を置かれている、置いている人だなとも感じていました。

こう感じるにはわが家の「人の話を聞かない・会話のボールを投げっぱなしで誰も受け取らない」会話、そもそもストロークや会話のキャッチボールが成り立たない環境が関係しているのかな、と思いました。

でも、ワークで「ふつうの正のストローク」が「あなたの存在を認めていますよ、見えていますよ」という意味があると知って、実際にお仲間さんと話してみて、とてもとても楽しいと体感することができました。
その体験から、カフェやコンビニ、泊っていたホテルのスタッフさんとあいさつするだけでも、とても楽しくて、嬉しくて仕方がありませんでした。

それから、「たのしい正のストローク」では、私が話すのもとても楽しく、聞いてもらえるのもとてもうれしかったですが、お仲間さんの話を聞くのもとても楽しく嬉しかったです。


文節区切りの線


この「ふつうで、楽しい正のストローク」で1日の7割を占めたら、どんなに人生楽しく、幸せにいきられることでしょう! 
そこはパラダイスですね!!

でも、その場を求めて一歩を踏み出すことには不安を感じます。
でも、きっとこの異常な不安は私の頭のなかにある「失敗のデパート」に蓄積されたデータによって生み出されたものなのでしょう。

また、新しい場所へと一歩踏み出すことに「正当な」不安を感じるのは、自然なことのようにも思います。
このことを頭のすみに置きながら、新しい世界へ一歩を踏み出したいと思います。


最後になりましたが、優月さん、「こうようクラス」の皆さん、そしてSちゃん、本当にありがとうございました。





タイトルはじまり目印

M. N. さん(40代以上/東京都よりご参加) こうようクラス


タイトル下の線


今年は「自分と向き合う1年」と決めて行動に移せたこと、そして思い切って2日間連続の受講をしたこと。
まずは、素晴らしかったです! 本当にお疲れさまでした。


文節区切りの線


周りの人は私のことを「感情がないなんて、そんな風には見えない」と言うけれど、私自身は「喜びも悲しみも怒りも、自分の本当の心なのかわからない」と思っていたし、いつも心の上澄みだけで生きている感覚がしていた。

ONSA WORKSHOP(対面式)を受講しながら、「あぁ、やっぱり私は心の上澄みで生きていたんだな」と思った。
でも、悲しい気持ちにはならなかった。

どうしてこんなモヤモヤした気持ちになるのか。
どうやって抜け出す練習をしていくのか、
またひとつ、自分を回復させていくための地図をいただいたような気持ちです。


今回の受講は、途方にくれて泣きそうになった時間もありましたが、とても楽しかったです。
この1年間、自分と向き合ってきた私自身の成長もあると思いますが、何よりともに学べた皆さまのお人柄と笑顔のおかげだと思っています。
本当にありがとうございました。





タイトルはじまり目印

T. Y. さん(40代以上/千葉県よりご参加) こうようクラス


タイトル下の線


ワークショップ・クラスから1週間、なんだか心の中が変に落ち着いたような、でも外側はざわざわしながらすごしていました。
仕事でけっこう大きく感情が動くことがあって、飲み込まれてしまって、あいかわらずうまく対応はできなかったなー、と思います。

でも、少し落ち着いて感情をどう読めばいいか、知識として知っているのは安心できます。
落ち着けば、どういうことが起きてたのか、考えることができる。

感情に感情で返さなくてもいいんだ、という方法をわたしは知らなかったんだと思う。
頭ではわかっていても、そういう方法を知らなかった。


文節区切りの線


わたしにとっては負のストロークが日常の、当たり前のことになっていました。

負のストロークがない状態が続くと穏やかにすごせる。
でも、しんどい、嫌だと思いながら、負のストロークが来ると自分から抜け出そうとしていなかったかもしれない、と思います。

その間自分はそのことに没頭していられる。
自分の存在を認めてもらえる。
正のストロークがほんとに少なくて、あーあ、と思います。
どうやっていいか、わからない。

でも、とにかく、これがおかしい、というのはわかった。
それから、ストロークがないのが一番辛い、ということも。

他の人からの(負の/* 編集注)ストロークがない状態に慣れなきゃいけない。負のストロークに満たされている生活がおかしいんだ、と気づけたのはすごくよかったと思います。


文節区切りの線


感情をサインを読んだら、どう選択して、どう行動するか自分が決めなきゃいけないんだ、と思います。
わたしは無意識のうちに誰かに正しい答えを求めていたけど、それは自分が考えなきゃいけない。

感情に巻き込まれたときに、まだうまく距離をとることはできないし、チェアワークをしてもすっきりと感情の渦から抜け出せるわけじゃない。
(かなり落ち着くけどね。)

でも、これからも ONSA WORKSHOP(対面式)で学んだ方法で感情とうまくやっていきたい。
それから、わたしは自分とうまくやっていくために、もっと自分を知らなきゃいけないな、と思っています。





タイトルはじまり目印

T. S. さん(40代以上/北海道よりご参加) こうようクラス


タイトル下の線


最近、特に心が荒れることが多くて、私にとって必要な内容に違いないと思いつつ、日々湧き上がる感情を拾いながら、不安と期待がないまぜの中で参加しました。


文節区切りの線


まず感じたのは、普通のストロークがなんて幸せで楽しいんだろう! ということ。
私はそういう場を増やしていきたいと心から思いました。

今通っている趣味の場。
R&B や英語のレッスンで知り合った仲間とは、そういうやりとりをしているかもしれない。
考えてみたら、そういう場って自分でも少しずつ増やしているし、他にも小さな場はいくらでもあって、そこで私はプラスのストロークを受け取ることができる。


私が小さな頃から受けてきたストロークは、とても窮屈で私をがちがちに縛ってきました。
プラスでもマイナスでも、私はその言葉に全身を凍らせて、身体をぎゅっと縮めて、とにかく感じないようにしてきました。

一瞬にして肩で受け止めて、それ以上全身に広がらないようにしている身体の反応に気が付いて、そりゃあ肩がバリバリに凝り過ぎて、塗るシップ薬を手放せないのも当然。

今までどれだけ心を凍らせてきたのだろう。
家族から、そして上司や周りの人たちから、どれだけ負のストロークを得てきたのだろう。

それでも私は何かが欲しかったし、飢えていた。
当日のワークを通じて、多くのことに気が付きました。


文節区切りの線


私は私のために生きよう。私のために時間を使って、私のためにプラスになるストロークを得られる場所に行こう。
そうやって、私は自分の人生を生きて、私のことを癒していこう。

他の人のために使ってる時間なんてない。
私のことを最優先に生きていかなければ、人生の帳尻が合わない。

だから遠慮なんてしている場合じゃないし、私は自分の感情を大切にしながら、自分の人生を作っていこう。
そう思いました。


ご一緒の皆さんとの、普通のストロークがとっても楽しかったです。
私はそういう場を探しに、あちこち出掛けてみようと思います。

自分のためにならない人とは距離を置いてきたけれど、自分にプラスとなる誰かとの温かい交流を私は探していたのだと思いました。
人生の計画を立てることは、ささやかな一つ一つの積み重ねですね。


文節区切りの線


優月さん、スタッフの皆さん、今回もありがとうございました。
当日、ペアになっていただいた方、ご一緒した皆さん、ありがとうございました。
こういう場に参加できて本当に良かったです。





タイトルはじまり目印

A. M. さん(30代/愛知県よりご参加) こうようクラス


タイトル下の線


ワークショップ・クラスが終わって、気持ちがグラグラする感じが続いています。
受ける前よりも、自分の感情に敏感になった気がします。

今まで感情はもっと強く感じるものだと思っていたのですが、それは異常でもっと小さい感覚だったのがとても印象に残ってます。
ワークであった負のストロークでは、あんなにも身体に衝撃を感じていたのに、気付いていなかったのも驚きました。
どれだけ私は凍らせてきたのか、想像以上のことが起こっていたのがわかりました。


文節区切りの線

プレワーク期間、職場の人の事で仕事と生活に支障がでるくらい振り回されていました。
すごく苦しくてしんどい、何故こんなことが起こるのかわかりませんでした。

実は起こっていることは私のルーツである原家族で起きていた馴染みの事で、しんどいけど慣れてるからわたしは対処できてしまう。だからそのまま状況が続いているという仕組みが説明の中でストンと納得できました。

私の必死で覚えてきた生き方が、今の私を苦しい状態においてる…感覚として、実体験として結びつきました。
この結びつくことが私を助ける重要なポイントなのだと思います。


自分優先で諦めない、繋がる。
これをまず続けていきます。

ありがとうございました。





タイトルはじまり目印

N. T. さん(30代/東京都よりご参加) こうようクラス


タイトル下の線


今回は2回目の参加でした。1回目は ONSA WORKSHOP(対面式)自体が初めてだった。
あの頃に比べたら、随分変化してきたし、前進してきたと思う。


文節区切りの線


プレワークでは、1回目に比べて、色んなことを感じているなと思った。
1回目は確か空虚感や怒りばかりで、今回もそれを感じるときもあったけど、幸福とか自分への愛しさとか、前にはなかった感情も感じられるようになってきて、「私、変わってきてる」って嬉しかった。


当日、1回目に習ったことを、言われれば思い出せるのに、当日まで忘れていたことがショックだった。
調教の話は、嫌悪を感じてぞっとした。
それじゃ生まれてきた意味がない、親のいいように動くだけじゃないかとうんざりした。

実際にワークをして、なかなか解離が解けない私がいることに気づいた。
それを責めるんじゃなくて、そうしないと生きていけない状態だったんだと自分を認めてあげたい。
これから少しずつ、時間がかかっても解離を解いていこうね。


ペアになった方の負のストロークが私にとってショックすぎて涙が出てしまった。
相手の集中力を妨げてしまうかもと思っても、泣かずにはいられなかった。

そんな言葉を言うのが辛くて、それ以上にこんな言葉を言われたらどれだけ辛いだろうと思った。
こんなに辛い言葉を浴びて、本当によく生きててくれたと思う。

本当に本当に、皆さんで幸せになりましょう! 
心から笑いましょう!


文節区切りの線


「普通の正」のストロークは私には衝撃だった。
え? そんなことがストロークなの? って思った。
でも、考えて体験もしてみると、確かに必要だなって思った。

思えば、働くまでの私はこれが足りなくて、孤独になっていたのかもしれない。
私には、今これが不足していると思う。

だから、ワークではすごくぎこちなかったと思う。
それだけ負のストロークを受けすぎて、それが普通になってしまっていた。

「普通の正」も、それまで意味ないと思ってた。
そんな小さな世間話いみあるの? って、0か100で考えてた。

でもそうじゃない、この小さな正が大切なことなんだと気づけたのは、私にとって大きいし、私を助けてくれると思う。


もう充分負のストロークはもらったからこれ以上はいらない。
もっともっと自分を安心できる場に連れていきたいと思う。

正のストロークを受け取るのを待つんじゃなくて、勇気を出して、自分から与えられる人になろう。
慣れてないから最初はぎこちなくて当たり前。
それを積み重ねて、負じゃなく正のストロークが当たり前になりたい。
正のストロークを与えること、もらうことが普通になりたいと思う。


文節区切りの線


「快」を感じるなにかをみつけたり、自分を「快」にする居場所づくりもしたい。
それまでたくさん失敗をしたり、ぎこちなかったりすると思うけど、そのプロセスも大切にしたいと思う。
だから、尻込みせず、まずは試してみて、ひとかじりしてみる。

優月さん、ONSA のスタッフの皆様、「こうようクラス」の皆さん、ペアになってくれた方、私を励ましてくれる皆様、ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。





タイトルはじまり目印

Y. T. さん(30代/兵庫県よりご参加) こうようクラス


タイトル下の線


私へ

学んでくれてありがとう。いやぁ、よくやったね。
やっと知れたね。はー、やっと知れたよ。基本なこと…。

どんなけ、我が家は壊れていたのだろう。それを、ひしひしと感じる。
だから、もう、私は私の人生を生きたっていい。原家族から抜けよう…。
自分を大切にしたい。


文節区切りの線


どんなに感情を身体に閉じ込めて来たんだろう。
そうしてしか生きてこられなかったこと。残念だ。
あまりにも残酷だ。

私は1つも悪くなかった、本当に。もうそんな呪縛から抜け出そう…。
私は私の人生を、楽しく笑って生きて生きたい。


それぞれの感情が、そんな風に私にやってくるのかを、実際に見た。
目に見えない感情を、コントロールを、見た。
あー、なるほど…と思った。

感情は目に見えないから、仕組みを知るって、本当に大切だとわかった。
もう、モヤってし過ぎる人生だったから、それが当たり前だった。
こう感じるのは仕方がないことなんだと思っていた。

感じても、それを、どう処理すればいいのかなんて知らなかった。
我慢しなさい。そんなことを感じたらダメ。だった。


自分の周りには、家族には、境界線もない。
私も、すぐに境界線侵入してしまう。それが解ってすんごくショックだった。
わぁー、ほんと、私の周りは、壊れているよと、しんどくなった。


文節区切りの線


「わー、私は、今、こんな感情なんだ。」
わかるようになったら、次はどうしたらいいか。
それが知れて、本当に良かった。
この一週間、「だから、こうだったんだ」と、一つ一つ、謎解きをしている様だった。


子供が怒って泣きわめいている時、その理由がわかった。
あー、やっちまったぜ…と、自分の行動が引き起こした理由がわかるようになった。

以前なら、訳がわからなかったから、もう育児はしんどいそのものだったが、今なら、もうわかる。
自分の過去がわかることと、今の育児がわかること。
それは、私にとっては、本当に、ホッとする。
「安心して生きたい」の、夢が叶っていくのだ。


文節区切りの線


いろんな気持ちを感じていいんだな。そんな安心も出来た。

日常だったことも、もっとやってもいいんだな。それって、健康な事だったんだな。と、安心も出来た。

いろんな事が見えてきた。
あー、と気づける様になった。
向き合わずに、さっと道を変える事も出来るようになってきた。


私は、私を守りたい。
もっと、幸せになりたい。
もっと、笑って生きていきたい。
そう思ってもいいし、それって当たり前なんだってこと。

生きていきたいな。健康な世界で、いっぱい生きていきたいな。
私の生きたかった人生を、1つ1つ取り戻していくのだ!





タイトルはじまり目印

Y. S. さん(40代以上/兵庫県よりご参加) こうようクラス


タイトル下の線


今回は2回目の参加でした。

プレワークにがっつりとは取り組めなかったけど、それでも『未来日記』に書かれた私の気持ちは、お馴染みのパターンもわかるようになったし、以前とは比べ物にならないくらい本音の言葉になっていると感じました。

しかし、ワークショップ・クラスに出てみて感じたのは、感情を身体で感じることが難しかったこと、私の解離は根深いということです。

思い当たる節はあって、ワークショップで感じる心を開く感覚が日常に戻ると無くなる感じや、感情がフラットになって動かない感覚はよくありました。
その感情は見ないようにしようと、なかったことにしようとしている自分がいるんだと思いました。

これからは、毎日少しでも『未来日記』に向き合って、どんな感情もなかったことにせず感じていこうと思いました。
もっと自分を知っていこうと思いました。そして、楽しいことに時間をたくさん使えるようになっていきたいです。

優月さん、クラスのみなさん、ありがとうございました。





PAY FORWARD:対面式「感情ワークショップ」|
2017.07月開催 「感情ワークショップ 」てんくうクラス


「感情ワークショップ」の PAY FORWARD(ご参加者のご感想)です。
なお、PAY FORWARD の本文中には、ワークショップ内で学んだ専門用語が登場する場合がございます。その旨どうぞご了承ください。

●コースの内容 
- 「感情ワークショップ」
●もっと読む
- PAY FORWARD(ご参加者のご感想) もくじ

 PAY FORWARD(ペイ・フォーワード)とは「次の人につなぐ」という意味。すでに ONSA WORKSHOP にご参加されて、ひと足先に変化を歩き出した方々から贈られるメッセージです。
タイトルはじまり目印

R. N. さん(40代以上/東京都よりご参加) てんくうクラス


タイトル下の線


私が今回気がついた最大のこと。
それは、私のおおよそ85%は、私じゃないもの(考え)でできている! ということでした。
ほとんどじゃないですか…(愕然)。
そのことに気がついて、しかしなぜか怒りはわかず、感じるのは、ただただ「悲しいなあ」ということばかりでした。悲しくて泣いたのって初めてじゃないかなあと思います。

実は自分が「悲しい」という感情、あまりよくわからなかったのです。
人が亡くなった時など、どう考えても悲しんでいいよね、という時以外は、どうも、「私ごときが悲しむなんて」と思っていたようなのです。

感情は、自然に湧くもの、人として感じて当然のもの。そのことがこの頃ようやく腑に落ちてきました。
なにせうまく生きるために、空気も人の気持ちも、ずっと読んできた私。他人の感情の共有は得意でも、自分の感情を自分で共有(わかる、受け止める、批判しない)することが一番難しいと感じました。

でもその85%の他人の考え(主に親、祖父母、受け継がれてきた家の考え)のなかには、私が人の間でうまく生きていけるように、トラブルなくやっていけるように教えてもらったことがたくさんあります。私じゃないものがこんなにたくさんあったということに気づいた今となっては、私の考えじゃないものを「取らない」こともできます。
意識をして、どんどん気づいて分類して、選んでいこうと思います。





タイトルはじまり目印

M. T. さん(40代以上/岐阜県よりご参加) てんくうクラス


タイトル下の線


「感情ワークショップ」お疲れ様でした。
ワークショップ・クラス当日は本当に疲れて帰りの新幹線ではぐっすりでしたね。
その割に、クレンジングリアクションが来なくて、むしろ普段以上に動けていたので不思議に思っていたら、昨晩から急に体調が悪くなったね。
なんだか、知らないうちに自分とつながることを拒否していた気がする。
感情を感じないように、忙しくしていたのかな…。
盛りだくさんすぎて、頭がぐちゃぐちゃで、後ろを向いてしまったって感じかな?

無意識の行動だったけど、こうして向き合ったから気づいた。
なんのかんの言っても、向き合う。それは、すごいことだと思うよ。


文節区切りの線


今回、感情にもやはり「境界線」が関係してくるということを知りました。

今までは「自分の境界線」を守ることばかりを気にしていましたが、今回「他人の境界線」も侵犯してはいけないということを痛感しました。

それは、自分がしてきた感情表現(特に怒り)は、他人の境界線を侵犯して、その人を傷つけていたということに初めて気が付いたからです。
自分ではそれが「他人の境界線を侵犯している」とは思ってもいませんでした。

私は、自分が思っていることをつつみ隠さず伝えることが「良いこと」「誠実」だと思っていました。「そのほうが、わかりやすい。わかってもらえる。」と思っていました。
自分が我慢していた分、それに気づいてほしいと思って感情を伝えていました。パワーゲームやコントロールにもつながる伝え方をしていたのだと気づきました。
その方法は、今までの処世術で家族の影響も強く受けていたということもわかりました。

親しいと思う人ほど、自分では「良かれ」と思ってしていたその「伝え方」をしていたので、逆に傷つけていたということは本当にショックでした。
でも、今回そのことに気づけたことは大きかったと思います。


また、「言語メッセージ」と「非言語メッセージ」についても、ようやく理解した気がします。
今まで、何度もこの言葉は見たり聞いたりしていましたが、特に意識はしていませんでした。理解していると思っていたのかもしれません。

よくよく自分を観察してみると、私は「言語メッセージ」だけを見るようにしていました。
「非言語メッセージ」の何かを感じても、「気のせい」だと思っていました。「言われたことを信じたい」と思っていたのだと思います。
自分が傷つくことが怖かったのかもしれません。
これからは、しっかり向き合い、感じる練習をしていきたいと思いました。


文節区切りの線


ワークの中でペアを組んで「言われて嫌な言葉」とそれに対して「『i-message』で思っていることを伝える」という練習をしました。
その練習で、最初に自分の気持ちを伝えるとき、なかなか始めのひと言が言い出せませんでした。
とても勇気がいりました。

でも、そのあとにチェアワークをすると冷静になり、今まで言えなかった気持ちを口にすることができました。
「今の自分」に戻るとこんなに冷静になるというのはいつも驚きます。
逆に、知らないうちに「過去の自分」に戻っているのも驚きます。
そういうことに気付いて、しっかりチェアワークもしていきたいと思いました。


また別のワークで藤沢さんの「『ありがとう』をしっかり受け止めて」という言葉はとても心に残りました。
「楽しかった。誘ってくれてありがとう。」の言葉に対して。
「いえいえ、そんなそんな…。」ではなくて。

では、なくて…と言われてもそれ以外の言葉って何? と、本気で思いました。
考えて「i-message」で伝えたとき、とても照れくさかったですが、ペアの方との空気がとてもあたたかく、おだやかなものになって、なんだか安心できました。
とても大事な練習をした気がしました。


文節区切りの線


今回は、出来ていたと思っていたことが出来ていなかったり、いろいろな新しい気づきがありました。
そして、今の自分だから気づけたり、腑に落ちたり、向き合えたり出来たこともあったのかな…と思いました。

今回、クラスでご一緒したみなさん、お疲れさまでした。
ペアを組んでいただいたお二人も、ありがとうございました。
そして、藤沢さん、あたたかい場所をありがとうございました。





タイトルはじまり目印

S. H. さん(40代以上/東京都よりご参加) てんくうクラス


タイトル下の線


「言いたいことを言う」
それだけのことが私にとって高すぎるハードルだということが改めてわかりました。
誰も、聞いてはくれなかった子どもの頃。演技ばかりで辛かった。

改めて、感情を分析してみると
私は「言われっぱなし」が多いのかもしれない。相手がエスカレートする隙を与えてしまう。
悔しいのに、怖くて言い返せない場面は、正に幼い頃の再演です。
ホントに悔しい…。

自己主張、したい。誰かが代弁してくれるこども時代はとっくに終わってる。
そんな葛藤の日々を、最近は過ごしています。
自分の好きな仕事、見つけたい。
私、今必死です。
どんな時も、自分に集中できたらいいなって思う。


感情って、本当に大切ですね。この WORKSHOP は私にとって重要です。
今回も、ありがとうございました!





タイトルはじまり目印

Y. A. さん(20代/福岡県よりご参加) てんくうクラス


タイトル下の線


「感情ワークショップ(てんくう)」に参加されたお仲間さん、お疲れ様でした。

私は対面式ワークショップは必ずワクワクを50%にして参加しています。
不安とか、つい過去の自分を責めてしまうとか、色々気をつけないといけないことを守れなかったらどうしょうとか。
そういうのを含めて会場へ向かいました。


文節区切りの線


事前のプレワークでの進め方は、正直感情を知ることで、どうなってしまうのだろうと思っていましたが、実際は本当に大事なことでした。

健康な人生を歩めている人にとってはとても当たり前なことができていなかった。
どのワークでもそうですけれど、後天的な学習をするたびに衝撃を受けます。

一緒に対面式でワークを行った方が正直ちょっと心配にもなりました。
逆にいうと、私は私自身の傷を広げきれなかったです。明らかにしきれなかった。
過去の歩みを知るということは、本当に必要なことなのに。

健康な世界での歩み方を一時的に体験することが本対面式ワークショップでの目的でしたが、こうして振り返ると、本当に、全く、一時も私の家族内ではできなかったことだと思い知らされました。

もし健康的な世界へ入れたとしても、私は戸惑ってしまっていたでしょう。


文節区切りの線


おおむね健康な世界で、生きていきたいと願った私は、これを乗り越えて、定着したいと思えました。

現実的に、私が感情で考えた結果が目の前にある。
それでも、少しずつ、感情を良き方向へ舵を切る。


未来の私自身へかける言葉は、勇気を出して、参加できて、本当に良かったね。
感情へ耳を傾けれれるように、そういう環境作りに取り組んでいこう。
今からできることを、していこう。
私は知っている。
どうしたいのかを、知っている。

藤沢優月さん、スタッフの皆様、本当にありがとうございました。
お疲れ様でした。





タイトルはじまり目印

A. K. さん(20代/静岡県よりご参加) てんくうクラス


タイトル下の線


「感情ワークショップ」は初めての参加で、新しい会場ながら、クラスの雰囲気が前回の対面式ワークショップ同様あたたかくて、緊張しつつも落ち着いて参加できました。


文節区切りの線


感情に対する認識は、ワークショップ・クラスの前と後では、かなり変わったなと思います。
私にとって、感情とは、振り回される厄介なもの、それなのに必要な時には出てこない困ったものという風に捉えていました。

でも、どうやら健康な人にとっては、違うということ。
それを今回知ることができて本当に良かったと思います。


そして、クラス当日のワークで、嫌な言葉に対して「感じたくない!」と心が閉じようとしている動きに気付きました。
今まで、嫌なことに対してはけっこう、「大丈夫」「これぐらい何ともない」と無理にやってきてしまっていたけれど、もしかしたら、私は感情を感じることに対して、怖さとか不安があったのでは? と感じた。

ネガティブな感情に関して、こんな風に思ってはダメだ! と思ったり、こう感じるはずだと無理に感情を合わせようとしたりしていること。
特にネガティブな感情は、認めることが怖かった。
そういう風に思う自分はダメなんだという風に受け止めてしまっていたなと思う。

それから、私の出やすい感情の癖にも気付いた。
振り返ると、思ったよりたくさんの気付きがありました。


文節区切りの線


今まで、感情に関しては、うまくつながれている感じがしない、全然わかっている感じがしないと焦りばかりが募っていたけれど、プレワークをヨロヨロながらもして、対面式ワークショップ・クラスの当日を迎えて、思ったより自分が色々感じていたことにも気付けて良かった。
他の人の感情は気にしても、自分の感情にはあまり注意を払ってこなかったと思う。

どんな感情でも、自分に OK を出せるようになりたい、ということを今回強く思いました。

優月さん、ワークショップを一緒に受けたみなさま、そしてペアを組んでくださった方、ありがとうございました。





タイトルはじまり目印

C. W. さん(40代以上/埼玉県よりご参加) てんくうクラス


タイトル下の線


ワークショップ・クラス当日から、早くも1週間。
みなさん、いかがお過ごしでしたか?

私は激流の1週間を、何とか乗り切ったという感じです。
いつも感じることのですが、当日のことがずっと前のことのように感じています。


文節区切りの線


私は、「感情ワークショップ」は3回目の参加でした。
参加を決める前は大分迷ったし、正直3回目だから新たに気づくことはあるかな?? と思っているところもありましたが、全然そんなことはありませんでした。
毎回違ったことを知り(学ぶベースは変わりませんが)・気付き・感じています。
(そう教えていただけることに、感謝しています。)

今回は、特に「健康な人たち」と「共依存・機能不全の人たち」との違いが印象に残りました。
ああ、やはり MAX の感情をそのままぶつけるのが日常なのは、異常なのだと。

それなのに、ぶつけた後何事もなかったかのように接してこられることが、どれだけストレスだったか。
いまだに家族に対して感じる感情の重さに納得したし、そんなネガティブな感情も「感じていい」と感じました。


文節区切りの線


(ここからは、あくまでも過去の個人的な自分の体験・思いを記録する意味で書かせていただきます。決して、今それで苦しんでいる方たちのことを言いたい訳ではないのですが、もし読んでご不快になられたらごめんなさい。)

しばらく前から薄々感じていたのですが、私の母(と、もしかしたら父も)は法的な範囲ではなかったようだけれど、軽度の発達障害があったかもしれない。
(本人たちは、今生きていても絶対認めなかっただろうし、周りに言っても信じてはもらえないでしょう。発達障害の件は置いても、周りは誰も普通の家族と信じて疑っていないし、今も「いいお母さんだったね」と言われる位。逆に言った私の感覚が疑われるでしょう。本当に辛いところだけど。)

感情の共有が難しかったかもしれない。
「感情を確認してもらう」のは、限りなく難しかったかもしれない。
健康な生き方を教わるのが、より困難だったかもしれない。
それに対する苛立ちで、姉は余計に私に感情をぶつけてきたのかもしれない。

そんな中、私は本当に生き延びるだけでも精一杯だった。
身体症状(広場恐怖症)が出る位、きつい状態だった。

「あまりにつらくて耐えられないから、感情が乖離した」ってことが、よく分かりました。

本当に、どうあがいても「知らない」「分からない」「出来ない」ことは仕方なかった。
それでも、あきらめずに生きて来たこと。
苦しんできた過去の自分、その延長にいる今の自分も、心から抱きしめたい。


文節区切りの線


「そうされるあなたが悪い」は、姉に言語・非言語で言われていた言葉でした。
(今回は、姉への感情に向き合いたいと思って参加しました。)

チェアワークする前は、心身縮こまって「子供」に帰って反応していましたが、した後はだんだん今の大人の自分で、自分の意見を言えるようになりました。

最初はしどろもどろだったけれど、回を重ねるうちに「私は、そう言われて傷ついた」「私は、そう言われるのは違うと思う、心外だ、イヤだ」と。
(「こういうことを言うのは「よっぽどの機会」で、健全な人との間ではほとんど使う機会はない」って聞いた時点で、「あー、やはり不健全…」とがっくりきました。「健康な人は、感情 MAX でぶつけてくる人とは付き合わない」って、本当そうだわ…と感じました。)

決して声高ではなくつぶやき位の言葉だったけれど、おだやかに言えたこと。
「練習すれば、私にも出来る」って手ごたえ。
今までの対面式ワークショップでは言えた実感がなかなか持てなかったので、実際に自分の心と口から出たことが素直に嬉しい。


文節区切りの線


それから、もう1つとても印象に残ったのは、「相手の感情をミラーリングすることで、ラポール(共感)が生まれる」ということ。
「健康な人は『楽しいから』人とこうやってつながるし、これが出来ないと孤独になる」ということ。

ああ、私はこれが分かっていなかったから、人間関係が不安定だったのかもしれない。
(言葉にしてもらって初めて、自分が育った家族に欠けていたもの・自分が学べなかったことがはっきり理解できた気がします。)

一緒にいて楽しい人と、そうでない人がいること。
自分がうまく関係を築けていた時と、そうでない時。
謎がとけた気がします。


私が関係をうまく築けたのは同じ趣味や関心を持った人たちだったから、逆に「なんとなくぎくしゃくする相手とは、同じ趣味や関心を持っていないから、同じ趣味や関心を持っていない人とはうまくやれない」みたいな思い込みがありました。
けど、違ったんですね。

たしかに、同じ趣味や関心を持った人とは、共通点があるから共感しやすい。
けれど、それだけじゃなかった。

私は、共通点を持たない人にはことさらに、何か特別なことをして(役に立ったり・気の利いたことを言ったりして)認められようとしてきたかもしれない。
無理をしてきたのかもしれない。

けれど、そういうことじゃなかった。

特別なことしなくていいんだなぁ…。
そして、これからの関係を築いていく突破口も「自分の好きなこと」じゃないだろうか…?
何だか、分かって安心感が生まれました。

実際にワークでミラーリングの会話をやってみて、「こういう会話なら、楽しい、安心、信じられる」と感じられました。
(楽しくて嬉しくて、半ばワークを忘れるほどでした。)

「実感」って、実際に自分が体験するからこそ感じられることなんですよね。


私に取って、感情は「ぶつけられるもの」というイメージでしたが、ワークショップが終わった後は「感情はやさしく交換しあうもの」に変わりました。
この大切な変化の種を、変わらずに私を取り巻く環境の中で、日々色々ある中で、大切に守りたい。
そして、花開かせたい。


文節区切りの線


ワークショップの内容に直接関係ありませんが、私はここ1年位でやっと「ここにいていい」って感覚が持てるようになりました。
今まで家にいても、学校や会社にいてもそう感じられることはなく、いつもどこか「自分の場所はどこか別の場所にある」と感じていた私に取っては、大きなことだと思っています。

又、ワークショップ中「今にいること・心を開くこと」もそうかもしれません。
それから、今回最後まで集中出来たことも「もう出来たこと」のひとつです。

回復を始めたものの、なかなか手ごたえが持てずに苦しんでいらっしゃる方もおられるかもしれませんが、真剣に時間をかけることは無駄じゃないってお伝えしたいです。


今回また健康な状態・知識を知って、体感して。
ピースがまた1つ1つはめこまれ、モザイク画が出来上がってくるような、だんだん全体像が見えてくるような感じがします。
視界がクリアになったような感じがします。


最後になってしまいましたが、藤沢さん、仲間のみなさん、本当にありがとうございました。
一言ではとても言い表せません。
適切な表現が見つからなくて、もどかしいです。

今回、「感情ワークショップ」にして本当によかった。
終わってみると、そう感じる。
選んだ自分に、そう感じられる・そう出来るよう学べる姿勢を持った自分に、また信頼感を持てた気がします。
そんな自分にも、心からありがとう。





タイトルはじまり目印

Y. W. さん(30代/愛知県よりご参加) てんくうクラス


タイトル下の線


自分のハラの中にある感情を、言うこと。
それが、私が今回のクラスで体験させてもらった、いちばん大きなことでした。

優月さんを相手に、私は思っていたこと、思うことをひたすらしゃべりました。
うまくできない悔しさ、全然納得がいってないこと、よくわからんという戸惑い、なにより、ずっとずっとためこんできた、たくさんの怒り。

私は、ずっと自分にウソをついていて、その自分で人とうわべだけつきあって、本当は、何も楽しくなんてなかったし、つまらなかった。
ばかみたいって人や世間のことをばかにしてたし、でもその気持ちをおくびにも出さずに、大げさにすごいと言ったり褒めたり。

ほんとは、なにひとつ私のきもちなんてなかった。
あったのは「こういう時にはこう言おう」とか「人のいいところをとにかく見よう、ほめよう」といった、どこから持ち出したのか、もう覚えてもいない「マニュアル」「ハウツー」。

でもそれも、対面式ワークショップで「自分に本気で正直になりたい」と願う私にとっては違和感の嵐。
心の中で「うそばっか」「うそつけ」の声が鳴り止まない。
でもそれは、私への批判以上に「ちゃんと聞いて(これ以上自分にウソをつくのはやめて)」という私への SOS。


文節区切りの線


私は、もう限界でした。
どんなにうわべで波風立てずに人と居られても、なにも残らなかったし、むなしいばかり。
人との距離感は近づかないし、ウソついてるから、誰とも心が通ってない気がする。
自分の気持ちを出せない日々は、私を殺し続ける、演技しかないつくりものの人生。

もうこんなのは、本気でイヤだ。
もう無理。
このまま続けていってもむなしいだけ。
かといって、じゃあどうしたらいいのか、それがわからなくて、私はとまっていました。

今回のクラスで、私は、そんな本音を正直に言う、そして聞いてもらうという体験ができました。
…思えば、私、そんな経験なかったんだな…。
家の中でも、友だちとの間でも、人との間でも。


文節区切りの線


どこにいても私は、私の感情は「他人のため」にあって
他人の気持ちやニーズ、状況に合わせて「ねじ曲げて」ばかりだった。
そんな状態で、うれしいとか悲しいとか、感じられるわけなかったよね。

でも子どもの頃の私には、私の素直な感情は受け入れられず、それよりも、父や母の感情の方が、優先された。
子どもの私は、ひとりでは生きていけません。
だから私は、自分の心や感情をねじ曲げてでも、生き抜かないといけなかった。

1ミリとて望んでもいないのに、そんな境遇に生まれてしまったこと、
「それはちがうよ」と健康な世界を教えてくれる人がいなかったこと、
どんなに悔やんでも、悔やみきれません。
でも、ようやくこうして、自分に起こっている不健康な仕組みや、周りの他人によって都合良く思い込まされた生き方に、気づくことができました。


文節区切りの線


ここからが、ようやく私のスタートです。

ワークショップ・クラスで自分の本音を口にしてからの1週間。
私は『未来日記』で、せっせと思い浮かぶことを、ただただ書き続けました。

最初は怒り。
子どもの頃から私がハラに溜め込んだ怒りは、相当のものでした。
それは、私が他人にどれだけ境界線を侵犯されたかを示し、それに本当は、どれだけ不満と不快、不自然さ、息苦しさを感じていたのか、それを包み隠さず教えてくれました。

そしてもう、この不快さを、私は合理化しなくてもいい。
「他人にも事情があったのです」「それを理解し、許してあげましょう」…。
そんなの、もうどうでもいいって、私は思った。

私にとって「いやなもの」は「いや」。
それでいいし、それしかないんだなって、思います。

私はもはや、私の気持ちに正直であるしかない。
他人の都合や状況、顔色なんて、優先し続けても、私の人生は進まない。


そして、怒りの後には悲しみもわいてきたし、
自分を肯定する、したい! という強さも湧いてきた。

日々浮かんでくる感情、それはいろんな私を見せてくれた。
自分を粗末に扱って、利用してくる人に対する怒り。
自分に起きたことを、ただただ悲しみたい、ようやく、ただ悲しむ、私のためだけに…、そんな時が来たんだなぁという思い。
自分の強さや良さ、培ってきたものを尊重したい、という強い気持ち。


文節区切りの線


私は、たくさんの感情を感じながら、でもそこに共通してにじんでいたのは「私は、わかってほしい」という切実な願いでした。

私は、わかってほしい。
この苦しさを、もどかしさを、くやしさを、いらだちを。
悲しくてやりきれない気持ちもわかってほしいし、つらすぎてわけのわからない境遇も、わかってほしい。

誰と話してもつまんないって思って、くさくさしてた気持ちもわかってほしかったし、同時に、いつまでもひとりぼっちで、孤独で、さみしいよっていう気持ちもわかってほしかった。

私は、わたしに見つけてほしかったんだ。
そのわたしをみつけれらなきゃ、救い出すことも、できなかったよね。
だから、ようやくここにこれて、本当によかった。

私が私を知っていくには、たまっている感情を上の方からせっせと出していく必要があった。
せっせと出し続けたら、ハラの奥の方にいる私が見えた。
そうやって、私は私を知っていけばいいんだ。


文節区切りの線


私の感情は、私のもの。
私だけの、大切なもの。

それは私を安全に守ってくれるし、危険にはサインを出してくれる。
それを丁寧にキャッチして、私や人生を守るために使えばいい。

私の感情は、他人のためにねじ曲げるものじゃない。
私はこういう人間なんだよ(こういうものが好きで、こういうものはきらいんだよ)。
そういうことをたくさん教えてくれる。

そしてそれを私は正直に人に伝えて、
「私はこういう人間なんです」
「ここまでが、今の私の限界です」
「ここが、私の境界線です」
そうやって伝えて、私という存在をわかってもらう。


文節区切りの線


私が私に感情をゆるしてなかったら、私の人生は土台からおかしくなってしまう。
私にとって、怒りとか悲しみとか嫉妬、憎しみは「あってはならないもの」だった。
それは私に居場所をなくすきっかけを生んでしまうし、「お前はダメな子」と思われたら生きていけなくなる。
だから私は、それらの感情を感じてはいけないと思い込んで、いい感情にねじ曲げようとしてきた。

でももう、他人はいいんだ。
他人に認められないと、生きていてはいけない(ここにいてはいけない)なんて、そんなこと、ないよ。
私は、他人に認められなくても、他人とは違う感情を持っていても、それでもここにいていい。

そうやって、人とは違う私を、それでも OK と受けとめて、正直に、そこから始める。


文節区切りの線


もう、自分ばかりを曲げてうわべを合わせるのはやめよう。
私は私の正直な気持ちから始めて、それを伝えたり、理解してもらったり、
歩みよったり…そういうところに、努力を注ごう。

もう、否認や合理化にエネルギーを注ぐのをやめて、目の前の現実や日常で、私の気持ちを大切にするにはどうしたらいいのか、そっちの方を考えて、工夫する。
そういう生き方に切り替えていこう。

波風、立ってもいいんだよ。
だって私と他人は、みんなちがうんだもの。
合わないことや受け入れられないこと、くい違うことは、あって当たり前。


文節区切りの線


これまで私は、「自分を曲げる」ことでなんとか対処してきた。
でももうそれ、私はやめる。
私は私を尊重しながら、人生を安全に進んでいく。
その方法を模索する方を、私は大事にしたい。
もう、自分をこれ以上殺さないで。

私は私の感情から、私の人生をつくっていこう。

今回の対面式ワークショップは、私にとって大きなターニングポイントになるクラスでした。
優月さん、クラスメイトの皆さん、ありがとうございました。





PAY FORWARD:対面式「感情ワークショップ」|
2016.06月開催 「感情ワークショップ 」しょしゅうクラス


「感情ワークショップ」の PAY FORWARD(ご参加者のご感想)です。
なお、PAY FORWARD の本文中には、ワークショップ内で学んだ専門用語が登場する場合がございます。その旨どうぞご了承ください。

●コースの内容 
- 「感情ワークショップ」
●もっと読む
- PAY FORWARD(ご参加者のご感想) もくじ

 PAY FORWARD(ペイ・フォーワード)とは「次の人につなぐ」という意味。すでに ONSA WORKSHOP にご参加されて、ひと足先に変化を歩き出した方々から贈られるメッセージです。

タイトルはじまり目印

M. K. さん(30代/東京都よりご参加) しょしゅうクラス


タイトル下の線


今はワークショプ・クラスも「クレンジングリアクション」のでる期間もよく頑張った、乗り切った、お疲れ様という気持ちです。

私はこの夏の ONSA WORKSHOP(対面式)は「境界線(バウンダリー)ワークショップ」「インナーチャイルド・ワークショップ(前期日程)」「感情ワークショップ」と初めて3つ参加しました。
2つはあったけどそれでも大変だったので、3つはさすがに無謀では? と思ったのだけど、でも今必要と思ったので参加を決めました。

合わせてこの時期は出張がどうしても入る時期で過酷ではあったのですが、それでも「本当に参加してよかった」と思いました。
それに、また参加したい、参加することが楽しみとすら思えたのは今回が初めてだと思います。
それだけ自分が変わってきたのだなあーと思います。


私が無理してでも参加しようと思ったのは、会社で怒られたことをきっかけに、これは怒り方が尋常ではないのでは? おかしいのでは? と思ったのと、このままここにいることに今まで感じなかった危機感、恐怖感を感じたからでした。
すごいまずい!! と思ってお尻に火がついたというか、藁にもすがる思いで申し込みました。

それで、自分が感じたことを信じたら本当に必要な知識や練習した体感といった自分に必要なものを得ることができたと今思っていて、そのことに満足しているし、すごいなあ、うまく進めるってこういうことだって思いました。

だから参加までの経緯を振り返ってみたら、「感情ワークショップ」に参加したことができてるではないか、私、と思いました。
これからはもっと意識して大きな問題になる前に早めに芽を摘み取りたい=対処したい。


文節区切りの線


プレワークでは私は不安や恐れだらけでした。
だから不安や恐れを感じたら、知識やスキルで自分ができないことを埋めて、今の課題を乗り越えられるようになりたいって思っています。それができそうだと思えるようになってきました。

知識やスキルをつけて現実に対処するということをワークショップで聞いた時は、そうだよな…それしかないし、それは現実的、でもできそう(ないよ)? って思いましたし、会社に行けばこの現実の重さに私は耐えられそうもないし、自分が変わっていくことも難題のように思え、打ちひしがれていました。
もう無理だよって。
だけどこうして少し時間が経ち、落ち着いてワークショップ・クラスで学んだことを振り返ってみると、自分にもやればできそうだという気持ちが自然と湧いてきました。


文節区切りの線


以前から少しずつわかりかけてきた、「私の感じていることは私にとって正しい」ということ。
それがワークショップ・クラスに参加してさらに確信がもてるようになってきました。
だけどまだ、私にも非があるのでは? と思って感じていることを100%信じられるところまではいっていません。

ワークの最後で共感する練習をした時、「私は相手に共感されても、私にも非があるのではと思ってしまう」と言っていました。
そのまま受け止められないことは、これからの課題です。

でも前よりも感じていることを大事にしようと思えている、そのことが自分にとっていいことです。
今まではこうしたほうがいい、正しい、常識に覆われて、私の感じていることは置き去りにされていることが多かった。だけどこれからはまず感じていることを大事にしたい、それでどうしたいか決めたい。


二人組でワークをして分かったのは、私は自分が暗に「必要ない」と言われることをとても恐れてきたんだなということです。
自分が言われて嫌な言葉を言われるワークで、3、4回目ぐらいのときに、胸の下のほうからわきおこってくる悲しみを感じた時、「必要ないって言わないで」みたいな思いも一緒にでてきて気づきました。
それを避けるためにたくさん相手の言うことをのんで、自分を見失ってきた。

でももう「暗に必要ないと言われても、いいじゃないか」と今こうして書いていて思いました。
誰かが必要としなくても、自分には自分が必要だし、誰かの望みを叶えるために動くより、私には私のために行動することのほうが断然大切なんだから。

あとは怒られながら嫌な言葉を言われると、最初のほうは空白で何も感じない、変に真っ平らな感覚が何回かありました。これは怖すぎて感じることが止まっているのかもしれません。仕事でもそんな時があるので、そういう時は「境界線」が無防備になるから気をつけたほうがいいと思いました。
これも安全な場所で感じることだけに集中して気づけた成果です。


文節区切りの線


今までずいぶん感情を否定してきたから、感情を味方にして生きる生き方は慣れなくて、ちょっと怖いとも感じます。
でも不思議な安定感があります。
自然と自分の道が見えてくる予感がします。

本当に参加してよかったです。
自分に、そしてたくさんの気づきを与えて下さった藤沢さん、参加されたみなさんに感謝です。





タイトルはじまり目印

R. K. さん(30代/静岡県よりご参加) しょしゅうクラス


タイトル下の線


「感情を表に出すのはカッコ悪い」「感情に振りまわされず、常に冷静でいたい」というのが感情に対する私の捉え方でした。
事実、現在の私の生活の大部分を占める職場での時間において、感情は極力排除して淡々と業務をこなしていくことが求められるし、私自身もそれが社会人として当たり前の姿勢だと思って暮らしてきました。
そもそも今までの人生を振り返ってみて、手放しで喜んだこととか、後先考えずわんわん泣き喚いた思い出は、小学校低学年以降はほとんどないような気がします。いつのまにか冷静でいることが、私のパーソナリティのように周りに思われているようなところもあって、ますます感情とは距離をおくようになっていったように思います。

でも、私はずっと苦しかったです。
だって自分が何を望んでどこに行き、どうなりたいのかさっぱり分からなくなってしまったから。
何をしてもわくわくしないし、楽しくない。そもそも「楽しい」ってどんな感覚だったっけ…?? 

もやもやを抱えながら、それでも日常に埋もれて時間はすぎてゆくばかり。
いい加減、流れを変えたい!! と思って「感情ワークショップ」を受講しました。


文節区切りの線


ワークショップ・クラスを通して、なぜ私は感情を表現することが苦手なのか、その原因はやっぱり家族にあったんだということがしみじみよく分かりました。
感情を上手く感じ取れなくて表現できないのは、私の生まれつきの性分じゃなかった。
どうして私はいつもこうなんだろう? って自分を責める必要は、全くなかったのだと、今ははっきり思えます。

ワーク後半、チェアワークを繰り返していく中で、「もう私は家から自由になってもいいと思うよ」という自分自身の声が聴こえた気がしました。
私は家を継ぐために生きるんじゃなく、私自身の人生を生きていってもいいよ、と強く思えました。
私の意志は、まだ死んでいなかった。
どんなに押しつぶされそうになっても、絶対に火を消さずに、じっと私が耳を傾けてあげられるようになる時を待っていてくれたのかもしれません。
本当にありがとう。

二人一組のワークでは、心拍数が早くなったり、あごの下がぐっとなって胸がつかえるような感覚になったり、1つの言葉を、それもペアの方に代わりに言ってもらっただけでこんなにも身体が反応するのだと発見しました。
普段どれだけ私が私の心と体に圧力をかけていたんだろう、ほんとうにごめんね…。


月曜になれば早起きをして電車に乗り、自分の「境界線」を侵されるのが仕事ともいえる職場に向かい、仕事が終われば私が感情を抑えるルーツとなった実家に戻り、慌ただしく一週間が過ぎて行きます。
すぐに環境を変えることは難しいですが、このままではきっと私の人生は機能しなくなるのではないかと思います。
この危機感を大事にして、少しずつ人生の方向転換を図っていこうと思います。


文節区切りの線


最後になりましたが、ワークショップ・クラスをご一緒したみなさん、当日はほんとうにお疲れ様でした。
ワーク前に少しだけ話が出来たこと、とても嬉しかったです。
みなさん本当に優しくて、真摯で美しいです。

そして優月さん、全力のサポート、いつもありがとうございます。
思いっきり笑って泣いて、心から生きているという実感を、私は味わいたいです。そしてその権利が私に十分あるのだということを教えていただいて、とても感謝しています。
これからもすこしずつかもしれませんが、前に進んでいきたいと思います。





タイトルはじまり目印

A. M. さん(20代/愛知県よりご参加) しょしゅうクラス


タイトル下の線


優月さん、クラス皆さん、ワークショップ・クラスではありがとうございました。

「感情ワークショップ」のワークショップ・クラスから1週間、私にとって今週は心身共にとても辛かったです。
「クレンジングリアクション」なのか、身体がとてもだるくて病み上がりのような感じでした。歩いたりするのも普段とは比べものにならない位、ゆっくりとした動作になり毎週いっているダンスの習い事はお休みする事にしました。
それと同時に肌の調子が悪くなり、人目を気にするのと、夜眠れなくて寝ても浅いので疲れが取れず、全身が痛くて痒くてしんどい思いをしています。両方とも今もまだ継続中で、ワークショップ・クラスで自分が受けた影響の強さにびっくりしています。

今回受けたのは「感情ワークショップ」なのですが、今までで一番身体の声に気付けたと思いました。
クラスで嫌な言葉を掛け自分の身体が受けた感じを味わうワークで、最初はビクビクして
「これであってるの??」
「間違ってないかな?」
と思っていたのですが、段々と自分のことを観察していくうちに、自分の身体が反応してるのがわかりました。

身体を観察しても何がわかるの? って思ってましたが、私の身体と感情は言葉の1つにとても衝撃を感じているのに、とても驚きました。
傷ついたとか、言葉で、わかったつもりになっていたけど本当に私の中で起きてることを実感するのは全然違うことなんだと思いました。

あとペアの方の、様子を見ると翻って自分の様子もよくわかるのにびっくりしました。
自分で自覚のないことが、第三者目線だとよくわかりました。


文節区切りの線


私の心が強く感じてること。
私の心の奥底でずっと思ってること。

「どうしたらいいかわからない」

私はずっと困惑と混乱の中にいることに気づきました。

いくら時間をかけても、私の中にはその言葉が渦巻いていて、それしか出てきませんでした。
ずっとずっと私はわからなくて、泣いても辛くてもわからないからどうしようもない、ずっとそのまま、今もその状態だというのが信じたくないけど、本当のようだと気づきました。
私が今感じてるむなしさや、途方にくれる感覚は、私の心の深いところから繋がってて、ちょっとしたいいやり方では変わりようのない感覚なんじゃないか、と感じました。


文節区切りの線


「心を開く、感じる、今ここ」
その全てが私にとっては未知のこと、私の知らないことなので実際にやるのがとても難しいです。

言ってることはわかるけど、結局なんなの? って思ってる方がずっと楽だし、いまいちわからないからできたふりになっちゃう…。
何度もワークショップをやって、いつも「前回よりちょっとだけわかる気がする」を積み重ねています。
今回もそんな感じで、少しだけわかったつもりになっています。

ついつい一発逆転や誰かや何かが変えてくれないかって思ってしまいます。
もう一回仕切り直して、何度も仕切り直して取り組んでいくのが唯一の方法なのかなと、感じています。

クラスでのメモを『夢かな手帳』にはさんで、毎日しがみついて行こうと思います。
ありがとうございました。





タイトルはじまり目印

A. Y. さん(30代/神奈川県よりご参加) しょしゅうクラス


タイトル下の線


藤沢さん、ご一緒した皆さん、先日はありがとうございました。

藤沢さんに自分の脳の特性を説明して頂いて、「脳が無防備なこと」「脳がうそをつきやすい」ことを知り、今までの生活の中で思い当ることがありました。
(* 上記の表現は、ワークショップ・クラスにおける説明の文脈の中で、「たとえ」として使用しています/編集注)

以前にブラックな会社に勤めていて、ワンマンな社長に毎日怒られていた時に、頭がぼーっとしたような感じで真っ白になって何も考えられなくて怒られ終わるのを待つという状態がずっと続いていたのですが、今になって考えてみると、脳がダメージを受けないように守っていてくれたのかな? と思いました。
そしてワンマンな社長への怒りがまだこんなにも深く残っていたことに自分でもびっくりしました。

いつもわーっと言われて、その場は何も言えずに後から「何であんなことを言われなきゃいけないんだろう」とじわじわ怒りがこみあげてくる…ということが多かったので、ワークショップの中で言い返せてすごくスッキリしました。

それと同時に「自分を守る!」「自分を大切にする!」という気持ちが湧いてきました。
「自分は使えない人間、だから人より頑張って認めてもらおう!」と思うようになった原因はここか! と思いました。

そして、自分の感情が分かりにくい理由も知ることができてよかったです。
私の場合、兄弟が多くていつも人の気配を感じながら暮らしてきたからか、人の顔色を見るというクセ(習慣?)がついていて、分かりにくいながらも知らない間に訓練されていたところがあったのかも…と思いました。

今後引っ越す予定もあり、3月末で保育士の仕事を辞めたのですが、4月に入ってから「仕事をしている間はエネルギーがだだ漏れしていたんだな」と感じることが多かったのですが、その理由も分かった気がします。

一緒に働く先生達の感情を一生懸命読み取ろうとして、保護者の方達の感情を一生懸命読み取ろうとして、そりゃあ疲れるよね…と思いました。

合わない先生と一緒のグループで働いていた時は本当にストレスフルだったのですが、自分が感情が分かりにくい上に相手と一生懸命コミュニケーションを取ろうとしても意思疎通ができない、分かり合えないというのは、本当にストレスだったよね、と納得しました。

引越しが終わって落ち着いたら、自分に合った無理のない形で働こうと思っています。
今はその為の準備期間なんだな…と感じました。


文節区切りの線


今まで本当に様々な場面で自分に無理をさせてきたんだな、よくがんばってきたな、と思いました。今こうやって立ち止まる時間をもらえていること、本当にありがたいなと思います。

ちゃんとカウンセリングに言って、自分に必要なスキルを学んで訓練して練習する…。
忘れそうになったら何回でもここに戻ってきます。

藤沢さん、ONSAのスタッフの皆さん、今まで本当にありがとうございました。
いつかいい報告ができるように、少しずつ自分のペースで進んでいきます!





タイトルはじまり目印

S. H. さん(40代以上/東京都よりご参加) しょしゅうクラス


タイトル下の線


たくさん泣きました。
また今回は、前回とは違う気持ちで色々なことを思い出しました。

あの時、言われたこと。
その時、自分が感じていた違和感。本当はこうしたかったんだ。とか…。
で、今の私は? と聞かれるとまだ、わからないことでいっぱいです。

私は不安な時は胸がざわざわする。
怒っている時はのどがつまる。

こんな事実もわかりました。自覚できるようになりました。
昔、感情をマヒさせながら生きていた私。


文節区切りの線


あの時、本屋で『夢かな手帳』に出会わなければと思うとぞっとする。
でも、案外人生はそんな何気ない日常の、選択の連続なんだって思います。

「しょしゅうクラス」のみなさん、優月さん本当にありがとうございました。
今年も後半戦! でも焦らず一歩づつ前に進んでいきたいですね。





タイトルはじまり目印

A. M. さん(30代/東京都よりご参加) しょしゅうクラス


タイトル下の線


私は、ワーク中の自分の感情や本音を感じてみる課題で、前半はほとんど何も感じることができませんでした。
私の気になる言葉は「どうしてそんなこともできないの?」でしたが、そう言われても「どうしてだろう?」という気持ちしか湧いてきませんでした。
私は、「ああ、今回もまた、このまま終わるパターンかも…」とあきらめかけていましたが、後半に優月さんが「それってお母さまのことですか」と聞いてくださったことで、母への本音の思いを出すことができました。

母との付き合い方は、私のこれからのテーマになりそうです。
それにしても、母のことって私にとっては、すごく重いです。
思わず、優月さんに「じゃあ、どうすればいいんですか?」と聞いてしまいそうでしたが、そもそも、このことに一つの完璧な解決策などないのだと思い直しました。

ワークをしたり本を読んだりしながら日々の暮らし方を意識して過ごすうちに、だんだんと分かってくることがあるのだろと思います。一発では解決できない。一歩ずつ。
こうした考えが持てるようになったことも、私ができるようになったことかなと思います。


文節区切りの線


父が母から離れてしまった今、私までもが離れてしまったら母はどうなってしまうのだろうという思いがあります。
母とのよい距離ってあるのだろうか、それとも絶縁しか道はないのだろうか…。私にはこれからそれを探っていくことが必要なのだと感じました。この問題は、できればスルーしたいくらい私にとっては重いです。
それでも一歩一歩やっていくしかありませんね。

「しょしゅうクラス」の皆さま、優月さん、お疲れさまでした。私はこのワークショップが受けられてよかったです。
お仲間さんとおしゃべりできたのも楽しかったです。

どうもありがとうございました!





タイトルはじまり目印

W. H. さん(20代/宮崎県よりご参加) しょしゅうクラス


タイトル下の線


私は「発達障がい」と呼ばれる、脳の特性を持っています。
ですので、「発達障がい」に特化したワークショップにこれからは参加をしようと思います。

私は ONSA WORKSHOP が大好きだったので、卒業をすることはとても悲しいことですが、私の脳の特性ならば、仕方がありませんね。
今はまだ、本当には受け止め切れていないけれど、その現実を、いつかはちゃんと受け入れようと思います。

自分が肯定されていい場所を、私の現実世界の中でも見つけていこうと思います。
ONSA の方々はとても優しくて、初めて「ここに自分がいてもいいんだ」と思えるような、あたたかな空間でした。
とても居心地が良かったし、皆様や ONSA WORKSHOP の方々や、藤沢優月様、OFFICE ONSA の皆様に、救われていました。
「ひとりじゃないよ」って、いいなあと初めて思えるような居場所でした。

温かな居場所を提供してくださって、ありがとうございました。
これからも、私の現実世界でも、自分の居場所を見つけていこうと思います。





PAY FORWARD:対面式「感情ワークショップ」|
2014.07月開催 「感情ワークショップ 」みなづきクラス


「感情ワークショップ」の PAY FORWARD(ご参加者のご感想)です。
なお、PAY FORWARD の本文中には、ワークショップ内で学んだ専門用語が登場する場合がございます。その旨どうぞご了承ください。

●コースの内容 
- 「感情ワークショップ」
●もっと読む
- PAY FORWARD(ご参加者のご感想) もくじ

 PAY FORWARD(ペイ・フォーワード)とは「次の人につなぐ」という意味。すでに ONSA WORKSHOP にご参加されて、ひと足先に変化を歩き出した方々から贈られるメッセージです。
タイトルはじまり目印

H. E. さん(30代/愛知県よりご参加) みなづきクラス




今回、私は2回目の感情のワークショップ・クラスで、一度目は2012年の3月でした。
3年と3ヶ月も前のことです。

その時よりは「自分の過去」が見れるようになった、と感じます。
それから、「いまの自分」が見れないという点は、変わっていないと感じました。
その3年前から外側の現実は変わっていなくて、年月が経っている分だけ悪化しているんだって横浜から帰ってきて、自分の周りや、自分の現状を改めて見回して、そう思いました。

変えていかなければいけないのに、「わたし」に向き合ったそこ、で思考停止しています。

「自己流」のやり方が手放せない、みたい…。
ただその自覚が具体的でないので、どこをどうしていいのか分からない、というのがいまの正直な気持ちです。

辛いし、誰にも会いたくない。

そう感じること事態、どこかがおかしいサインなはずなんだけど。
私、どうして、こんな状態になってるんだろう。
戻っちゃってるんだろう。


文節区切りの線


優月さんに指摘いただくまで、私はまったく(全くです)、「ありがたいと思う」ことが、自分にとって「やっかいなこと」だとは思っていませんでした。

私は、あたまで相手の労力を推測して、その労力に対して、私のほしいものでなかったかもしれないけれど、それは有り難いことだって判断して感じる「べき」ものが、「感謝」だと思ってました。
もしくは、まったく予期しないところから、私に「利」だと考えられることが発生した場合、これは滅多にない有り難いことだって判断して感じる「べき」ものが、「感謝」だと思ってました。


文節区切りの線


ワークショップ・クラスが終わってからの1週間、「やっぱり今の私は心からは感謝できない人なんだ…」って感じながら、仕事で「ありがとうございます」って反応で返しそうになるのを「これは言ってもいいのか、ダメなのか」と考えながら過ごすのは、本当によほど辛かったです。
(過去に、私の家には「ありがとう」というコミュニケーションが皆無だったので、私は家を出てから、人の優しさに応えられない自分の至らなさに後悔したり、傷ついたりしながら、見よう見まねで「感謝」というもの身につけてきたので…やっぱり私はカタチだけなんだな…ってすごく心が荒れて落ち込みました)

いまこうして書いていても、喉が焼けるように詰まって苦しいんですが、この感覚、わたしはよく知っていて、過去には家でしょっちゅう感じていたと思います。
(あなたみたいなうそつきに、そもそも感謝なんてできるわけなかったでしょ、どうせ全部うそなんだからって、私の中で、延々と再演されているとこうなるみたいです)
(信用できない、大したことない、私の感じていることは全部間違っている、それはもう私はいつも大混乱だったはずだったし、いまもすぐ大混乱です。がんばって! いつでも気がつこう!!)

そうとは限らないし、0か100か思考も入ってるし、論点はそこではないし、でもそこに引っかかって、そこでも私は怒ってました。

私にとって必要な指摘をしてもらったと頭ではハッキリと分かるのに、しかもそこからズレて怒りを感じるなんて、私の反応パターンがとても理不尽に感じます。

本当におかしい。
頭と身体がぜんぜん別モノです。

これって、ふつうで健康な状態なの?
違うんじゃない?

理性のコントロールが利かなくなったら、と思うと心底ゾっとします。
社会で生きるヒトとして、それは致命的です。
そういう点で、まずい、検査も必要だし、私ぜんぜん勉強不足だ、と焦りました。

私(娘)の人格形成に、母の影響が甚大なることを、私はあまりの嫌悪感に「もう大丈夫です」としたかったんだと思います。
ちっっっっッッッとも大丈夫ではないのだけど、自分の感じ方ひとつとって、いちいち母と同じ、そっくり私のパターンは鋳型なのだと思い知るような、それにいちいち向き合う嫌悪というか憎悪、エネルギーの消費具合、ただでさえ毎日虚しくてくたくたなのに、もう嫌、もう大丈夫、大丈夫? 違う…大丈夫じゃない…なにひとつ大丈夫ではない。

今の母を見て、過去の母を想起すれば、どれほど「私」が、社会的に「ヤバイ」か。
「もう大丈夫です」なんて、それは回復も後退してゆく、絶対に避けたい事態に、私はまってるじゃないか…と、あたまを抱えました。

吐き気がするけど、嫌悪感を認めつつ、現実の私の問題として解決していかなければ、私の未来は破滅的なものになりますよ、と学んでいるにも関わらず、そのことから、私は明らかに、目をそらしていました。

私から見ると、私の母は、人格障害の特徴をもっているようにみえます。
その情動を行動化するか、抑圧しているかという違いだけで、反応する感情のパターンは私も母も同じなんじゃないか、とこの1週間、苦しみつつも感じました。


文節区切りの線


「『できない』というセルフトークをやめる」って、何度も何度も何度も言っていただいて、たくさん「できないのに」って抵抗する感情も感じて出してきたと思うのに、私はやっぱり、からだのどこかで、そのことを、受け入れがたく感じています。
「とにかく、やればいい」ということだけを、理解して帰ってきた感じがします。

帰ってきてから、「とにかくやればいい」ということに、嫌だ、そんなロボットみたいには私はなれない…ものすごい抵抗を感じていました。
いちいちぐちゃぐちゃに混乱して、エネルギーを使うので、本当に私はものすごく疲れています。

じっさいに私のなかで「できない」という言葉が出てくることもあるのだけど、「でも」「だけど」「やりたくない」「もうやめたい」「もう無理かも」、ぜんぶ「できない」と思うからよね。

あ、「私なんかダメだ」も、そうなのかも…。
じゃあ、いま、わたし、まさに「できない」になっているのかも…。


文節区切りの線


いまは何度も気力こそ尽き果ててしまいそうな心地になっているのだけど、この孤独感に加えて、気力も尽きてしまったら、本当に仕事も未来も大きく失うんだろうなと想像します。

しかも、依存症者の私の場合、その気力を失っている状態も、結局のところは無意識かもしれなくてもどこか演技で、自分の人生を生きたくないからの逃避なんだろうな、という気もします。
母がそうだったから、そう感じます。

私の周りにはもう誰もいないのに、何をしているんだろう。
私以外、私を助けられるひとは、どこにもいないのに、何をいつまでも期待しているんだろう。

私はこんな風に人格に問題を抱えた状態で、周りに私に同情して優しい言葉をかけてくれるひとは居たりするけれど、こんな困った状態の人間に本当に関わろうとする他人なんて、ふつうに考えたら、いないし。
やっかいなものなら、ふつうは、距離をおきたい。
距離をおかないひとがいたら、同様にやっかいな人なんじゃないかしら。


訓練で、感じ方が変えていけるのなら、そうしたい。
コントロールして思いこむのと、そうでないこと、私は見分けていけるようになるのかな。
ならないと、やばいし、すごく自信なくて、吐きそうなくらい誰かに頼りたくて、答えもほしくて心細いけど、それは幻想で、どこにも無いものだから、とにかくやろう。


文節区切りの線


あーあ…って気分です。
落ち着いて読み返せるようになったら、私の歪みっぷりも明らかなんだろうなと思います。
スネていじけて、もう嫌だってして…。

でも、やめる気はないので、今後とも、お世話になります。
やめないし、諦めない。
泣きたいけど、何度でも立つ。
そうなのよ、私。

「みなづきクラス」のみなさまにも。
ぜひまた、いろんなところで、お会いできますように。




タイトルはじまり目印

C. W. さん(40代以上/埼玉県よりご参加) みなづきクラス




ワークショップ・クラス当日から、あっという間に一週間経ちました。
ご一緒した皆さん、お互いにお疲れさまでした。
藤沢さん、スタッフの皆さん、今回もありがとうございます。

私は、「感情ワークショップ」は丁度1年前に参加していたので、今回は2回目の参加となりました。
今まで、「次はこれをやろう!」とすんなり決められていたのですが、今回は他へ進むか感情を復習するか、すごく悩みました。
でも、前回何となく未消化に終わったことと、「ONSA Web. WORKSHOP(2)コース2/STEP.1(2-1/後期日程)」の時感じた「もう一度感情を受けた方がいい」という直感を信じて参加しました。

迷いながらプレワークをし、ワークショップ・クラスに参加しましたが、今になってみて、私は感情の復習が出来て良かったと感じています。
プレワークとワークショップ・クラスを通して、いい意味で自分のしてきたこと、していることが客観的に見えた気がするし、「感情」について、又、「自分の感情=自分」を、前より分かることが出来たと感じています。

感情は頭で考えること(損得勘定・時々で変わる価値観)ではなくて、心で感じるもの。
自然に湧いてくるもの。
心=胸のあたりでなんだか動きを感じるもの(私に取っては、「なんとなくそう思う」「もやもやする」ことでした)なんですね。
又、感情=人に見せても OK なように調整したものではなく、自分の(出来れば隠さなければいけないと感じる)本音のことだった。

(この一週間、過去の出来事を想い出すことが多かったのですが、「決められなかったこと、選べなかったこと」は、感情を感じずに頭で考えて決めようとしていた時と気付きました。又、人からいいと言われた人でも踏み込めなかったのは、自分の感情がストップをかけたからだったと気付けました。「感情は羅針盤」って本当ですね)

感情を感じなければ何も決められないし、自分にとって害になる物の侵入を許してしまうから、ブロックして感じないのは怖いこと(感情=行動を安全に決めるおおもと)。

健全な人には当たり前のことかもしれませんが、こんな当たり前のことが分かっていないのが自分で、そういう成長の仕方をしてきたのが自分なんだと、実感しました。


文節区切りの線


それにしても、感情を感じる事は大変でした。
プレワークで感情をキャッチする練習をしましたが、「何も感じてない」と感じる時がとても多かった。
そして、「何となくもやもやするな。でも、大したことない?」と思ったことを念のため日記に書くと、実はすごくショックで怒っていた、悲しかった…ということが初めて分かるケースも多かった。

書かないと、感情は消化されずにどこかへ行ってしまう。
でも、解決していないから、いつまでもその出来事・感情に捉われるのだと感じました。
私は、その場で感情を感じ解決できるようになるには、意識的になって感情キャッチの練習を続ける必要があると感じました。


ワークショップ・クラスで「自分にとって嫌な言葉・やっかいな言葉」を言ってもらうワークの時、多分何度も言われていた言葉のはずなのに、ショックが大きくて心に深くささったのに驚きました。
(私に取って嫌な言葉は、「あんたは、いいね(あなただけずるい)」「あなたはしっかりしている(あなたはあなたじゃだめ)」でした。私は、幼い頃から自分の人格を否定される言葉を受け取るのが普通だったんだと、改めて感じました)

心を開いて感情で受け止めると、こんなに衝撃・痛みが大きい。
だから、幼かった私は感情を感じないようになったし、周りと同調するようになった。何より「又、同じ目に合わないようにする」ことを目的に行動するようになった。


「Web. WORKSHOP」や「インナーチャイルド・ワークショップ」でやった「子供の頃はその処世術で身を守れたけれど、大人になってからはそれが自分を苦しめている」ということを実感として分かった気がします。
(私の場合、「自分の感情で決めてこなかったから、全てに虚しさを感じている。感情が分からないから、自分の境界線を守らなくてはいけないシーンで、本当は怒っているのにニコニコしたりして自分の境界線を守れなかった。自分のことなのに、どうしたいのか分からなくなった」)

それに対して自分の気持ちを言うワークの時、チェアワークをしてから言うと心が穏やかなままいられたし、「私は」という主語を入れることで言葉が出てくるようになるのを感じました。
そして、自分の気持ちを言ってみて初めて、私は私の気持ちを分かって欲しかった、本当は私を認めて欲しかった、ということが分かりました。


又、去年は自分の気持ちを言うことにすごく抵抗感があった(子供の自分が「言うもんか!」と歯をくいしばっていました)けれど、今回は前より言葉が出て来たので、一歩進歩したかな? と思います。
(私が幼い頃、何かを主張したくても言葉がうまく出てこない時泣いていたのを、母と姉がからかったりばかにしていたことに傷ついて、泣かない為に言いたいことを言わなかった、ということを想い出せたのが大きいです)

お土産を渡してお礼を言うワークの時は、渡す時はまだいいけれど、お礼を言われた時と受け取る役の時は、なんだかぎこちなくて恥ずかしくて、無意識に心がブロックをかけているように感じました。なんだか、その場から逃げ出したいような気分になって…。
私は、自分ではこういうことは日常的にやっていて出来ていると思っていたので、軽くショックでした。

ネガティブな感情とポジティブな感情は連動していて、ネガティブな感情を感じ表現できるようになると、ポジティブな感情も感じ表現できるようになる、ということを実感出来ました。
ポジティブな感情をちゃんと受け止められるようになったら幸せだろうな、と思います。


感情を感じるワークは、本当に疲れました(午前中だけで疲労困ぱいでした)。
「感情は動くものだから疲れる」とのお言葉に納得したし、いかに自分が日頃感情を動かさないよう、省電力モードで過ごしているのか分かった気がします。

「人が感情的になるシーン」は、去年聞いて知っていたのですが、私はそれを解決に使うことが出来ていませんでした。知っていることと身についていることは別で、だから復習は必要だと感じました。


文節区切りの線


今回印象的だったのは、感情は育った家族で教えられたもの・受け継いだものだということでした。
そして、感情は「すり替えられる」ことがあること。

「感謝のパッケージ」の例えが分かり易かったです。
私にとっては、感謝=義務で、しないと悪いことが起こるという思い込みがありましたが、思い返すと母の口ぐせからきたものでした。

ネガティブな感情を悟っておらず低次元だから認めない、という人たちの話を聞いた時、私はちょっとあきれつつ笑ってしまったのですが、後で思い返してみたら、私の育った家庭もそういう風潮がありました。
(多分、私は中学生位の時、一番その影響を受けていて、今思うといやみな感じだったと思います)
怒ったり、悲しんだりしてはいけない、愚痴や悪口を言ってはいけない、嫌いな人にも親切にしなければならない…そんな空気感があったように思います。
(そのせいか、私は「嫌い」=「関わり合いになりたくない」が結びついていませんでした。「関わり合いになりたくない」ってことが、「嫌い」がということが、目からうろこでした。気付けてよかった)

私は、悲しい時も涙がかれるまで泣いた経験や、人と分かち合った経験はないかもしれない。
怒ったり苦しくても、言ってはいけなかった。
(怒り、不安、悲しみをうまく解消出来ないとうつになるって、ささりました。母がそうだったと思うし、私にもそうなる可能性がある。心底怖いです)

それから、いやな言葉を言ってもらうワークの時、「防衛」という言葉を教えていただいたのでネットで調べましたが、その中の「抑圧」で見かけた記事が気になりました。
「抑圧していると葛藤が生まれ、エネルギーが奪われる。過去の苦しい出来事、感情にふたをしていると、今、すごく不安になる」
私はいつも根拠のない不安を感じているけれど、私はまだ自分に隠していることがあって、それが原因で感じるのかもしれないと感じました。

その他の種類も思い当たりましたが、「同一視」「取り入れ」「合理化」「補償」が自分にとって要注意と感じました。
又、常にこんなことをしてきたら不健康だし、何も解決しない。空しくなるのも当たり前かもしれない、と感じました。

私が家族から受け継いだのは不健康な感情との付き合い方で、今までこんな装備(処世術)で人生渡ろうとしていたと思うと、ぞっとします。


文節区切りの線


「名づけることで、感情が形になる」という言葉が印象に残っています。
もやもやして何を感じているか分からないうちは解決できないけれど、感情が何か分かれば解決できるものに変わる。

私は、私の人生のかじ取りを自分で出来るようになりたいです。
今、大きな決断はできないけれど、その為に「今、目の前にある感情をキャッチし続ける」「本音を感じる」をこつこつ続けます。
(時には「怒りのワーク」もしながら。ためないのが一番ですね!)


色々書いてしまいましたが、「感情って大切」ということを感じ続けたワークショップでした。
仲間のみなさんにも、少しでも伝わればいいな、と願っています。
読んでいただいて、ありがとうございました。




タイトルはじまり目印

R. G. さん(40代以上/東京都よりご参加) みなづきクラス




優月さん、みなづきクラスの皆さん
あれから、あっという間に1周間が経ちました。
いかがお過ごしですか?

私は、WORKSHOP 当日上手く自分の感情を感じることが出来ませんでした。
その事実を私なりに、ぼんやり考えて過ごした1週間。

ネガディブな感情に蓋をしていたら、自分の中にある全ての感情を自分で押さえつけていた。
我慢する事、嵐が過ぎるのをじっと待つといった事に慣れすぎていたんだろうなと思った。
自分を誤魔化す術ばかりが上手くなって、自分の感情を素直に認めたり、許して来なかったからなのだろうと思いました。
私にとって感情というのは、厄介なものコントロールが難しいもの。
ポジティブな感情は良いけど、ネガティブな感情は悪いもの。
そんな認識でいたのだなと改めて思いました、


文節区切りの線


思い返せば子供のころ、ネガティブな感情を出すと、わがままだと言われたり皆我慢しているんだからと押さえつけられたり、そこにある感情に寄り添ってもらえる事がなかった様に思います。
怖い悲しいなどの感情があったりしても、両親は子供の事どころではなかったからほって置かれる。

そういった時、自分でどうする事も出来ない感情に対しては、怖い・悲しい感情が過ぎていくのを、ただじっと待つ事しか出来なかった。
自分の事なのに、自分でよく分からないという原因はこういう事なんだなと改めて感じました。

その事実と、どう自分が向き合っていくのか。
人から必要とされたい、見捨てられたくないという思いが強すぎると、自分自身に嘘を付くことになったり、自分の感情を後回しにしまったりする。
自分を自分が大切にして、自分の面倒を自分で見れるようになることの大切さを痛感した。

いろいろ頭でわかる事は増えたけど、行動してみるのを怖いと感じたり難しいと思ったりするけれど、少しづつでも自分を大切にする事を考えながら前に進んでいける様にしていきたいと思いました。
今回の WORKSHOP で学んだこと、指摘された事を一度自分の中に落としこんでいきたいと思います。
自分の事を本当になんとか出来るのは、自分自身しかいないから。




タイトルはじまり目印

A. Y. さん(30代/東京都よりご参加) みなづきクラス




「感情って、本当、大切なんだなぁ。」
わたしの凍ってた心が解凍されていくように、
じわ~っと、深~く、しみて感じるワークショップでした。

感情を感じることを麻痺させて生きてきた私が、それを「感じる」を体験した今、
一体どうやって、私は、感情を感じずに人生を選んできたんだ?!
それって、目をつぶって公道を歩っているようなもんじゃん!!
あぶなっ!!
っと思いました。


文節区切りの線


ワークショップ・クラスの中で私は、うまく感情を感じれたり、今までの習慣に瞬時に戻って頭で自分の感情を勝手に作ったり、を行き来してたように思います。
頭で感情を表現していると、優月さんが「ここ(頭)、じゃなくてここ(胸、ハート)」とジェスチャーを交えながら教えてくれました。
その、「頭」と「心」の「違い」が今回体験できて良かったと思いました。

そしてその、「ここ(ハート)で感じる」と体を示した場所。
私はワークショップ・クラスの中で、胸の下あたり、胃の右横あたりを押さえて、「ここ」で感じよう。
と取り組んでいました。

ワークショップ・クラス当日からもうすぐ一週間を迎える今。
なんとなく、ワークショップ・クラスで示されていた位置と自分が意識していた位置との少しの違いが気になり、
ワークショップ・クラスで教わった場所に手を当てて「ここ、で感じる。」
と目をつぶってその部分に集中してみました。


私は、なぜ自分がクラスで教わったところより少しずれた部分に手を当てていたか分かりました。
「ここ(ハート)」を意識すると、とても怖かったです。
わたしは、無意識にずらしていたんだと、理解しました。

胸にダイレクトに手を当てると、息が苦しくなるほど感情が勢い良く溢れ、涙が出てきました。
そこには「本物」があると感じました。
そして、
「助けが来た!」「私、になれる! 戻れる!」
そんなことを思いました。
私は、「ここ」に「わたし」がいるんだ、と感じました。
それは、わたしにとって、新しい体験でした。


また、「感情のすり替え」の話も、わたしにとってはとても大切なお話でした。
話を聞きながら、自分のこれまでの経験と重ね合わせ、わたしの思ってた「感情」ってこの「すり替え」ことだったんだ、と分かりました。わたしが親から習った「感情」は「すり替え」だったと自分の中で納得がいき、一つ心の整理ができた気がしました。
その気づきがあったからか、本来の「感情」と、「すり替えの」の感覚の違いを体感することができた気がします。


正しい感情の知識を学ぶことで、わたしの「感情」の印象はガラッと変わりました。
とっても「好印象」です(笑)。

しんどいものでも、重いこともでも、ねっとりでも、べったりしたものでもない。
そんなものだから、避けるべきものでもない。
そうではなく、友達になるべく、積極的にアプローチしたい存在だと思いました。


文節区切りの線


感情は、心の運動。
というのも、印象的な教えでした。
「運動」だけあって、本当にワークショップ・クラスに参加して、やってみないとわからないと思いました。
体で体験したことは、その後、現実の時間に戻った時の世界が変わって見えてしまうほどの威力でした。

今回のワークショップ・クラスはわたしにとって大事なトピックです。
この後のアフターワークも、ていねいに自分と向き合い、感情とさらに仲良くなっていこうと思います。


優月さん、スタッフの皆様、そして、みなづきワークショップ・クラスの皆様、
大変お世話になりました。
ありがとうございます。

またいつか、皆さんの一歩でも前進した姿とともにお会いしたいです。




タイトルはじまり目印

Y. T. さん(30代/島根県よりご参加) みなづきクラス




私にとって感情とは、やっかいなもので、どう扱っていいのか分からないもの、振り回されるものでした。
また、感情を感じることは、怖いものでした。
しかし、ウェブ・ワークショップを受けていくうち、感情は人生の羅針盤であることを知りました。感情が私の人生を作っていくのに、とても大事だということを知りました。
感情をもっと学ばなければ、と思い参加しました。


感情にはポジティブな感情とネガティブな感情があって、ネガティブな感情は悪いもので、感じないようにコントロールしなければならないと思っていましたが、感情に「いい」とか「悪い」はなくて、サインなんだということがはっきり分かりました。

ネガティブな感情は悪いものどころか、境界線に侵入されていることに気付くとっても大事な感情でした。
また、ネガティブな感情だけを抑えて、ポジティブな感情だけを感じるようにすることは無理なことで、ネガティブなを抑えると、ポジティブな感情も抑えられることも目からウロコでした。

怒りや不安を感じることも怖いけど、楽しさや喜びも感じることが怖くなっていることに気付きました。
ポジティブもネガティブも、両方ともつながっていて、どちらかを切り捨てることはできないことは、何だか安心でもあります。何を感じてもいいんだってホッとしています。


それと、感情を感じることが怖いと思うことのひとつには、エネルギーを使って疲れるからという理由もあることに気付きました。
でも、エネルギーを使うのは当たり前のことでした。
感情は動くもので、動くものだからエネルギーを使うのだと実感できました。

そんな、ごく当たり前のことも知りませんでした。
改めて知識を学ぶことの大切さが分かりました。


もうひとつ、ワークショップ・クラスの中での「やっかいな言葉」に対して、自分がどれほどの衝撃を受け、ダメージを負っているかということに改めて驚きました。

どこにいても何となくビクビクしている理由が分かりました。いつ境界線に侵入されるか分からなくてビクビクしているのだと分かりました。
優月さんから言われた「脱出」を本気でしなければならないと強く思いました。
これからも歩き続けます。


「みなづきクラス」のみなさま、お疲れさまでした。
遅刻してしまって、ご迷惑をおかけし、申し訳ありません。
あたたかく受け入れてくださって、ありがとうございました。帰りの飛行機は何事もなく飛び、無事に帰宅できました。

優月さん、スタッフのみなさま、本当にお世話になりました。遅刻の件、ご迷惑をおかけし、申し訳ありません。
本当にありがとうございました。




タイトルはじまり目印

T. A. さん(30代/東京都よりご参加) みなづきクラス




私は自分の感情と向き合えていると思っていたけれど、どうやら違ったみたいです。
無意識に厄介な感情(ネガティブ)を感じないようにする代わりに、過去の役に立たないデータの中から必死に解決策を探し状況に対処するという方法で、いつまでも同じ穴に落ちるという悪循環に陥っていました。
何度も失敗したデータの中から答えを探したって問題解決にはたどり着けないわけです。


WORKSHOP が終わって日々の生活に戻ってみると、私の中で頻繁に感じる感情は「不安」でした。
そして、それは「過去」のデータの中でグルグルしている証拠だと優月さんに教えていただいてことが、実生活で大きな助けになっています。

嘘をつかず、ごまかさず、感情を感じて、自分のことをもっと知りたいと思いました。
そしてその先の決断を失敗しながら決めてゆくこと。これまた私にとって非常に怖いことですが自分を励ましながら無理せずやっていきたいです。


さっき、約1年半前に参加した「インナーチャイルド・ワークショップ(前期日程)」の「じかんのきろく」を読み返していました。
(私にとって ONSA で初参加した WORKSHOP です)

その頃の私は、自分のことよりも子供のことばかり心配していました。
「私が子供を不幸にしてしまう」という恐怖に常に支配されパニック状態に陥り自分のことなど考えられる余裕はなかったし、回復を初めたのも自分のためというよりは子供のためでした。


あれから1年半。
もちろん今も子育ての悩みはつきませんが、ずっとつきまとっていた恐怖は薄れてきています。
やっと自分のことを考えられる余裕がでてきたんだなぁ…と改めて実感。たった1年半ですが自分の成長を感じられました。


文節区切りの線


遅いは早い。
本当だと思います。

今日からがまたスタートです。これまで何度もスタートに立ってきました。これからあと何回スタート地点に立つのでしょうか。またスタート地点に立っています。
本物のスタート地点…いったいどこにあるのでしょう。それでも感じている自分の成長…不思議です。
自分の人生の土台を作るとても大切な作業の最中なのかなと思っています。

さあ、今日も一歩一歩、粘っていきます。


優月さん、「みなづきクラス」のみなさん、
本当にありがとうございました。
そしてこれからもよろしくお願いします。





PAY FORWARD:対面式「感情ワークショップ」|
2014.06月開催 「感情ワークショップ 」きんせんかクラス


「感情ワークショップ」の PAY FORWARD(ご参加者のご感想)です。
なお、PAY FORWARD の本文中には、ワークショップ内で学んだ専門用語が登場する場合がございます。その旨どうぞご了承ください。

●コースの内容 
- 「感情ワークショップ」
●もっと読む
- PAY FORWARD(ご参加者のご感想) もくじ

 PAY FORWARD(ペイ・フォーワード)とは「次の人につなぐ」という意味。すでに ONSA WORKSHOP にご参加されて、ひと足先に変化を歩き出した方々から贈られるメッセージです。
タイトルはじまり目印

R. U. さん(30代/東京都よりご参加) きんせんかクラス




ワークショップ・クラス、おつかれさまでした。

初めての参加で 最初は少しドキドキしていました。
ずっと優月さん笑顔だったので、徐々に緊張がほぐれていきました。

印象的だったのは、自分の一番言われたくないことを言い合うワークです。
1回目は、100%ハートで受け止めてしまい、何も言い返す気力がわきませんでした。
3回、4回繰り返していくうちに、どんどんくたびれて、
心身ともに、「もうやりたくないよ・・・」とその場から逃げたくなりました。

だけど今、ワークを終えて一日たってみると、現実、逃げたくなるほどつらく受け止めているのに、泣き寝入りしてきた自分というひとは、「自分を守る」という概念がなかったんじゃないかと気が付きました。


ほかに衝撃だったのが、傷ついたことを言われているときに自然と笑っている自分にきづいたこと。
なんでだろう? 
あとで、とても悲しくなりました。


そんなふうに、振り返っていると、次々と「?」がわいてきて、しばらく考えが止まりそうにありません。
いろいろな気づきの種をいただきました。すごく有意義でした。


文節区切りの線


クラスの方の経験に、勇気づけられました。
苦しいのは自分だけじゃないんだなと。
一緒の時間を共有させていただき、どうもありがとうございました。

これから時間をかけて、自分自身とむきあっていきたいとおもいます。
引き続きお世話になりたいとおもいます。
今後とも、よろしくお願いします。




タイトルはじまり目印

K. O. さん(30代/神奈川県よりご参加) きんせんかクラス




みなさん、お疲れ様でした。
今回、対面式ワークショップは5回目となるのですが、いつもよりクレンジング・リアクションがひどかったです。

後半が始まるくらいから、鼻の奥が痛くなり、疲れを感じました。
いつも昼に行っているパスタ屋さんが二軒ともなくなっていて、初めて入ったどんぶり屋さんで食べた食事の何かにあたってしまったのかもしれません。
少なくとも食べ過ぎてしまいました。

最近、身体に反応がでることが多いです。
私は、どちらかというと便秘体質で、感情だけでなく、身体に悪いものですら、溜め込むタイプだとなんとなく気がついていました。
だけど、自分でもわかっているのですが、なかなか改善できていませんでした。

夜すごく苦しくなって、出したいけど、出せないと苦しむ中で、涙がたくさんあふれてきました。
なんで、私は自分にとって悪いと思っているものですら抱え込んでいるんだろう、出したい。と強く思い、泣きました。

そのあと、しばらくして、トイレで吐くことができました。完全にすっきりはしなかったけれど、大分楽になり、そのまま、お風呂で温まって、ぐっすり眠ることができました。
次の日も一日ほとんど寝込んでいました。


文節区切りの線


今回のワークショップ・クラスで学んだことは、感情を出すこと、怒りを感じることですら、悪いことではないということ。
私がずっと小さいときから感じていた、無気力な気持ちは、色々な感情を抑え込んでいたために生じていた感情だということ。
色々なことに納得がいきました。
回を重ねるごとに、優月さんの言っていることの理解も、よりできるようになっていると感じます。

「言ってくれない」ということも、すごく納得がいきました。もっと早く知っていればとも思います。
なんとなく、誰かが、私の進む方向が間違っていたら止めてくれるかと思っていました。
だけど、もう私は大人だから、正常な境界線を持つ人は、その選択を尊重してくれるから、決して何も言ってくれないのだと。
そして、ひたすら自分でトライアンドエラーするしかないのだとも。
そう考えると、「時間」というものがとても貴重だということがよくわかります。


文節区切りの線


いつも思うことですが、Web. WORKSHOP はコツコツですが、対面式ワークショップは、一日で一気に進めるなあと感じます。
でも、それも進める準備を日々コツコツ整えているから、心を開くから、できることなのだとも思います。

今回も、有意義な時間を過ごせました。優月さん、ペアになった方、ありがとうございます。
引き続き、粘り強く進んで行きますので、これからもよろしくお願い致します。




タイトルはじまり目印

Y. I. さん(20代/東京都よりご参加) きんせんかクラス




お疲れ様です。
藤沢さん、ご一緒したクラスの皆様、どうもありがとうございました。

今回のワークショップ・クラスは、楽しいと感じることができました。そう感じたのは、参加4回目にして初めてかもしれません。
素直に、正直なところを口にする、表現して良い、ということが楽しいと思いました。
安全な空間は、できることなら毎日でも欲しいです(笑)。


文節区切りの線


さて、「感情ワークショップ」。
感情も一つの言語だということを明確に学んだことが一番の収穫かもしれません。
今までは曖昧なままだったので、はっきり言ってよ、もしくは、嘘ばっかり信じられない、と思っていたけれど、95%の言語が暗に示しているならば、本当にその彼らが伝えたかったメッセージは別にあったんだろうなと思うようになりました。
それが、感情のメッセージ。

私はまだよくわからないことも多いけれど、他人が言葉にしてくれない(もしくはできない)ことも、ちゃんと目を開けて見ようと思います。
あと、トライ&エラーで進みたいです。失敗を恐れながらでも、挑戦して行動したいと思います。
都会に引っ越してきた一つの理由に、AC ケア拠点(* 「 AC 」は、Adult Children の略/編集注)が充実しているというのがあったので、そろそろ頃合いかなと思ってきました。

もうそろそろ寝ないといけないといけないので、このあたりで失礼します。
本当に自分のために時間をとるのは難しいなと思います。
正確には、とっていてもその時間をうまく振り分けて自分のやりたいこと別に使い分けていくことが難しいなと実感している今日この頃です。

皆様もどうかお体に気を付けて。また是非、お互いの問題を解消してスッキリした顔で会えたらな、なんて思います。
みんな大好きです。
ありがとうございました。




タイトルはじまり目印

N. T. さん(20代/東京都よりご参加) きんせんかクラス




あれからまだ1週間も経っていませんが、優月さん、参加された皆さま、お元気ですか?

今回、私は初参加でしたので、どんな感じなのかもわからず、どきどきしていました。
このワークショップ・クラスに参加した理由は、Web. WORKSHOP (これも初でした)を先月まで受けて少し自信がついたと思ったのですが、終わった後すぐ下降してしまい、これはいけない! と思ったからです。
色んなワークショップ・クラスの中迷いに迷って、「感情ワークショップ」にしました。

自分がこの先どうしたらいいかわからない、何が楽しいかわからなくなっている、不安や怒ったりするとそれで1日中グルグルしてしまい仕事でミスをしてしまうということがよくあって、もっと自分の感情を知りたい、感情に流されて引っ張られてしまう状況をなんとかしたいと思いました。
本来土日は仕事で参加できないとあきらめていたのですが、「仕事より私の方が大事!」と思い、有給をとって参加しました。


文節区切りの線


まずプレワークをやってみて、自分がいかに空虚やあきらめ、怒り、不安で毎日いっぱいだったかを知りました。
そして、「空虚を多く感じる人は感じることがマヒしてて、自分の感情がわからなくなっている」と優月さんに言われ、「確かに空虚ってあいまいな言葉でどんな感情かよくわかってなかった。空虚って言葉でかたづけて自分の感情を知ろうとしなかったんだな」とすごく納得しました。

実際に優月さんにお会いして(ここが私にとって本当にすごいことです)私はすごくパワフルな人だなと思いました。
(あくまで私の考えです)
私は「こんなにパワフルな人だから自分の問題も解決できるんじゃないの?」とも思いましたが、「人は人。私は私でしかない! 今はとにかく目の前のことをやってみることにしよう!」と今は思っています。


文節区切りの線


優月さんがいっていたとおり、初参加だった私はあの場の雰囲気や内容を吸収しようとすることに必死で、あっという間の時間でした。
1番最初に優月さんが話されていた「あなた達は大人なんだから、自分のことは自分で考える」という言葉はすごく胸に突き刺さり、毎日それを自覚しながら行動するようになりました。

帰りは私の質問に対して、優月さんに突き放された感じがずっと残っていて悲しくなって、「私はどうすればいいんだ」と不安でもやもやしていました。
でも、最初の「自分で考える」という言葉を思い出し、「いけない! 私また自分で決められないから他の人に意見を求めてた!」と自分の悪いパターンに改めて気づき、あの時ああしていただいてよかったと思ってます。
逆に事細かに回答されていたほうが自分の為にならなかったのではないかと今は思います。

実践では緊張もあって正直自然にはできたかわからなかったけど、チェアワーク後の自分が冷静になって対処している感情の変化をすごく感じ、チェアワークのすごさを実感しました。
ペアになっていただいた U さん、本当にありがとうございました。

ワークショップ・クラス後、チェアワークはなるべく家でも職場でもするようにしています。
職場ではどうしても緊張が抜けなくてうまくいかないこともありますが、何度でもやってみようと思います。
自分の感情にも「ああ、今こういう状態かな」って思えるようになりました。
ただ日が経つにつれ、感情に流されてしまうこともあるので、これも日々トライし続けようと思います。


文節区切りの線


今回のワークショップ・クラスに参加して、知ってる、知らないのでは全然違うなと思いました。
知ってる、情報をもってるってすごく武器になるし、知っているというだけで少し心に余裕ができます。
あの後、サイトで紹介している本を何冊か注文しました。もっと情報を取り入れ、自分の生きるための武器にし、自分の人生と向き合いたいと思います。

Web. WORKSHOP のみ参加されている方、対面式ワークショップに参加しようか迷われている方、私は多少の無理をしてでも参加されることをおすすめします。
より現実的で、実践的なので、私は受けてよかったと心から思ってます。


文節区切りの線


ここまで書いて、私思った以上に色々吸収してるなと少し驚いてます。すごいぞ、私!
これからつまづくこと色々あると思う、でももう自分の人生をあきらめたくない! とことん向き合っていこう。

改めまして、優月さん、参加された皆さま、ペアになっていただいた U さん、本当にありがとうございました!




タイトルはじまり目印

F. K. さん(30代/千葉県よりご参加) きんせんかクラス




Web. WORKSHOP で壁にぶち当たっている中で「感情ワークショップ」当日を迎えました。
会場が横浜に移ってからの参加は初めてであったこともあって、緊張して一睡もできない中での参加となりました。
集中力に欠けてしまったなぁ。

私の心が折れてしまって、前に進むことができないでいるのは、過去のデータに引っ張られているからだと知って、では、本物の、本来の私はどこにいるのだろう? と不思議な感覚に陥りました。

私が怖がっていることの大半は過去にある。
チェアワークをして、今に戻ってきたら、怖いから前に進めないでいたんだと思いました。
私の能力や実力以前に、私の夢の問題だと思いました。
結局、私の夢がないから、Web. WORKSHOP で壁に当たっていて、壁を超えることも、抜けることもできないんだと思いました。


文節区切りの線


今までの私は真剣ではありませんでした。
生きることにも、生きてゆくことにも、ワークショップも。
ただなんとなく、熱心にワークショップに取り組んでいたら「幸せ」というものにありつけると思っていました。

でもそれでは、今までの私と何ら変わりありませんでした。
「幸せ」までの正しいプロセスを経れば、たどり着くゴールがあると思っていました。
それは、私が願っている夢ではなく、家族や周囲が期待しているものといえるものでした。


文節区切りの線


私にはやはり夢がありません。
進んでいる感じがしないのではなく、夢がないから抜けてゆく感じがしないのだと思いました。
私の夢だけの問題ではなく、私が私の人生を歩いているという感覚もないのも問題だと思います。

対面式ワークショップに参加すると、優月さんにズバッと痛いところをつかれるので怖いのですが、しかし、今回はこのようなタイミングで参加してよったのかもしれないと思っています。
優月さんから指摘されたことは疑ってみる必要がありそうだとは思いました。

ただ、心が折れてしまった出来事があってそうなってしまっているだけのような気もします。

しかし、振り返ってみると、心が折れてしまった出来事が起こる以前からあったかもしれないと思い当たる節もあります。
何よりも、優月さんから言われたある言葉がとても私の中で引っかかってしまっていることに、対面式ワークショップから数日後にあった心理相談が終わった後に気が付きました。
もう少し、じっくりと相談してみたいと思います。


文節区切りの線


私は意外でした。
子どもの頃、家庭の中では私は両親の様子が怖いと思っていたんだと知って驚きました。
私が、人が怖いと感じるのも、そのルーツは両親の姿にありました。

人の顔色をうかがってしまうのも、人が笑顔ではないことを怖いと思うことも、人に気に入られようと私がしてしまいそうになることも、コミュニケーションスペースに顔を出さないと受け入れられないと思ってしまっていたことも、ルーツは私の子ども時代の両親との関係やコミュニケーションにありました。
私自身が傷つきたくないから、人と距離を取ってしまうのもそれでした。
中学時代のいじめ以前にそれらはありました。

私は人の感情や顔色や態度に一喜一憂して、ビクビクしています。
当日も人見知りの激しさと挙動不審さで一歩引いてしまっていました。

やはりどうしても仲間の一員として私が迎え入れられていない感覚を持っていて、その上、人と人のコミュニケーションのちょっとした取り方の違いを見てしまうと、私の心がざわついてしまって集中できなくなってしまっている私が居ることもわかりました。
この感じも子どもの頃の家族の中でのコミュニケーションにルーツがあると思いました。


文節区切りの線


私は今回も泣けませんでした。
泣いている人をぼんやりと見つめることしかできませんでした。
幼い頃からいっぱい泣いちゃったから、もう私の中に涙が残っていないのかな? と思ってしまうほど。

私はワークの中でペアになった方にセリフを言って頂いた時よりも、相手の方に向けてセリフを言っている時の方が辛かったです。
やはり、まだ私の感情と自分を切り離したままでいるのかな? とワークをしていて思いました。

結構、プレワークでは私の感情を拾えた感覚があったのですが。
私は私の正直な感情はおかしいと言われて育ってきました。
だから、「正しい」と言われる感情、みんなと同じ感情を持つことを、精一杯してきました。
でもそうしなくていい。そうではないと分かって安心して、正直にプレワークに書くことができました。
でも、やはり、まだ、自分と感情を切り分けている状態は続いているのだなぁとワークショップ・クラス当日にワークをしていて思いました。


文節区切りの線


私は周囲に人がたくさん居ると自然とガードが固くなってしまうように思いました。
隙を見せてはいけないという思いが強いように思いました。
今回は初めて対面式ワークショップに参加した時とは別の緊張感がすごくありました。
Web. WORKSHOP であけすけに語って来ただけに恥ずかしいという思いに駆られていました。
でも、大丈夫でした。

皆さんも頑張っているんだなと少し勇気をもらいました。
今回、ご一緒したクラスの皆さん、ペアになって頂いた方、ありがとうございました。


文節区切りの線


私は真剣味に欠けていたなぁと思いました。
心が折れて、何もかもが止まってしまったような感覚の中に居る時に、偶然 ONSA と出会いました。
新たな発見の連続ばかりで闇雲に、対面式ワークショップに参加し続けてきて、原因は分かりました。

ONSA 以外のつながりを求めてみても、こっちではないよ、そっちを続けていればいいよと言われている感じがして、途方にもくれました。
ONSA 以外のつながりを見つけられないまま、Web. WORKSHOP に参加するまでグレー時間と言えるような時間の過ごし方で必死にしがみついていました。
こちらが合っていることは私自身重々分かっている。
でも、それ以外のつながり方を見つけられないのは、私自身に真剣さがないからなのではないと最近気づきました。

ONSA のプログラムを頑張ってやって達成して、コースが一つ終わるたびに、次のコースへと進んでいけば、自然と「幸せ」と言われるものにたどり着いて、家族の願う私になれる(なっている)と思っていたからなのではないかと気づきました。
なんだかこのまま進んで行っても私の幸せにつながっていないんじゃないかと思っています。

結局は、私次第なんだと思いました。私の覚悟が足りていないから、これは優月さんに言われて引っかかっている言葉ともつながっているように思います。
それ以前の問題でもあると思っています。
どちらにせよ、確かめる必要はあるのかもしれません。

優月さん、今回もこのような安全な場を提供して頂きありがとうございました。
ONSA と出会い縁を頂いた偶然を無駄にしないためにも、私自身が感じたことを大事に、私自身の頭で考えて行動していくことにします。




タイトルはじまり目印

M. M. さん(40代以上/宮城県よりご参加) きんせんかクラス




「感情ワークショップ」、とても楽しかったのですがワークショップ・クラスを受けてからの一週間体がだるくて感情が落ち着かない日を送っていました。

プレワークを通して自分がその時感じているいろいろな感情が過去と結びついているのがわかりました。

そして、ワークショップ・クラスで感情の4大ボスを教えていただき、私の心の中によく存在していた罪悪感の理由がわかりました。
境界線という考え方が理解できました。

チェアワークの効果もはっきり感じることが出来ました。チェアワークをしたあとは心もしっかり今に戻ることもできたし、頭がクリアになりました。
チェアワークをしっかり続けて身につけていきたいです。

それから、人が感情的になってしまうときの理由も説明されるとああ、そうなんだと納得できました。
自分の感情もそういうところから出てきていることがあったと振り返ることが出来ました。


文節区切りの線


一番良かったのは、いわれて嫌な言葉をペアになっていってもらったことです。
子どものころから傷ついてきた言葉だったので、相手がそう言っていたとしても今の私は私として生きていこうと思う気持ちが自然と心からわいてきました。

藤沢さんに会ってああ、健全な人のしぐさ、言葉、笑顔とはこういうものなんだなぁと感じました。
今まで、周囲にいた人たちは言語メッセージと非言語メッセージが一致しておらず疲れ果てることが多かったのは私の周囲は不健全な人たちだらけだったんだなぁとしみじみ感じました。

私は間違った感情の感じ方、感情の表現の仕方、自分の身の守り方を習得してしまったんだと気がつきました。

HPで紹介されていた本はほとんど読んでいたのですがワークを受けたことでそういうことを言っていたのかと理解が深まりました。


文節区切りの線


ワークショップ・クラスを受けた一週間怒りがこみ上げてきました。それは、いままで、感情を無視され続けた人への怒りであり、自分自身への怒りだったように感じています。
一週間たってやっと気持ちが落ち着いてきました。

ワークショップ・クラスで教えていただいたことを大切にしながらこれからも歩んで生きたいです。
あの日、一緒にペアを組んでいただいた方、言いづらい言葉をありがとうございました。
知識と実践をしっかり、わかりやすく教えていただいた藤沢様ありがとうございました。




タイトルはじまり目印

Y. S. さん(40代以上/兵庫県よりご参加) きんせんかクラス




ワークショップ・クラスから1週間たちますが、私は考えがまとまらない感じです。そして、とても眠たいです。
ワークショップ・クラスは、私にとってはとても穏やかにゆったりと染み入ってくる感じの時間でした。

今回は、涙は浮かぶんだけど、流れることはなかったです。
レクチャーを受けながら、自分の過去の出来事を思い出してはそうだったのかと、私が感情的になった時の気持ちを納得できました。
あの時私は全て欲しかったんだと理解できました。

しかし時々、藤沢さんの言っていることにストンと理解が出来ないときもあり、私には「感情ワークショップ」は少し早かったのか、プレワークで感情を味わい尽くせてないのかと心配になりました。
そして、ワークショップ・クラスが進むにつれ、私はまだ見ないように頑丈なフタをしている感情を抱えているのかもしれないと思いました。
その感情に私は気づいていないのだろうかと感じました。

それは、みんなの前で藤沢さんに例えとしてやっていただいたことが、私と両親の関係そのもので、あれ私まだいい子ちゃん演じてるんだと気づきました。
私はまだ自分の気持ちに嘘をついているところがある。だから、私が言語メッセージと非言語メッセージが一致していない人になっているんじゃないかと思いました。
あんな心地悪い人になっているなんてショックです。

私は、他のワークショップ・クラスでも恐怖という気持ちがよく出てきていたのですが、それは今にいなかったんですね。
怖いなと感じたらチェアワークをして、しっかり今に戻ろうと思います。そして『未来日記』で、私の本当の感情を感じ取っていくことを続けていきます。

藤沢さん、ONSA の方々、いつも安全な場所を用意してくださり、ありがとうございます。
クラスのみなさん、ペアワークをご一緒してくださった方、ありがとうございました。
みなさんと一緒に私も回復の一歩を進みたいと思います。
ありがとうございました。




タイトルはじまり目印

N. S. さん(30代/宮城県よりご参加) きんせんかクラス




ワークショップ・クラス当日は、少し緊張していました。正直、プレワークが思うように出来ず、スケジューリングしてワークショップ・クラスに参加すれば良かったという後悔があったからです。
横浜に新幹線、電車を乗り継いで来たのだから取りあえず終わった事は仕方がない、当日のワークショップ・クラスに一生懸命取り組もうと思いました。
参加された方々の中には、初めてお会いする方、何度かワークショップ・クラスでお会いする方など皆さんのお顔を拝見して、よし私も本気で自分を変えるために自分自身に集中しようと決意できました。
自己紹介をして、ワークショップ・クラスが始まるころには徐々に緊張が解れていきました。


文節区切りの線


私がそもそも「感情ワークショップ」に参加した理由は、自分自身が共依存であることを自覚し、感情というものを何とかしないといけないと思ったからです。
特に私は、周りから‘優しい’、‘怒らない’と言われることが多く、そう言われるとイラっとしました。
私は、そう言われると心の中で「当たり前じゃん。私は必至で我慢しているんだよ。私の何が分かるって言うの。」と叫んでいました。
我慢・忍耐・他人優先・いい子・大人しい・まじめ。
そんな言葉を言われると、それは本当の私じゃない! と反論したくなる事がずーっとありました。


ワークショップ・クラスに参加して、優月さんから感情についての新しい知識のレクチャー受けて、みんながプレワークで感じた感情を発表し、徐々に感情についての見方が私の中で変わって行きました。
感情を持つことはいけない事。幼稚。人前で泣くなんて恥ずかしい。怒りを覚えると、人と争うことになる。私は争いが嫌いだから、怒りを覚えなければいい。
今思えば、感情をコントロールしようと必死だったのだと思います。
感情はたくさんの事を教えてくれます。感情を無視しようと、抑えようと、無かったことにしようとした事がそもそもの原因だったように思います。


文節区切りの線


「感情ワークショップ」に参加してから、自分の感情を大切にしようと思うようになりました。
それから、他人の感情にも意味があるのだと思うようになりました。
だから、その感情をうまく利用して自分を守るための一つの手段として活用していこうと思います。
もう「感情ワークショップ」を受ける前の自分には戻れない位、今回勉強したことはこれからの人生を生きていくのに大きな力になると確信しています。


それから、二人一組になって感情を感じるという事を行いました。感情を感じるというのは私には難しかったです。
感情を普段から抑え込んでいたので、自分がどんな感情を感じているのか、分からなくなっていました。
過去に感じた感情に今も傷つき、怯えていた事。それから、体が熱くなって私の中に「ふざけるな」という怒りの感情を感じられた事が私は嬉しかったです。
やっと本当の自分を取り戻したと思えたからです。
この感覚を普段の生活の中では感じられないだろうし、あの安全な空間だからこそ、思い切ってチャレンジできました。


優月さん、ワークショップ・クラスに参加された皆さん、安全な空間を提供して下さってありがとうございました。一期一会、あの空間で体験した事を私自身のこれからに活かせるようにしたいと思います。
皆さんこれからもどうぞよろしくお願いします。




タイトルはじまり目印

A. Y. さん(40代以上/東京都よりご参加) きんせんかクラス




今回のワークショップ・クラスに参加して、感情のサインについて知ることができました。
自分が共依存状態だと知ってからこれまで、いろいろな物を読んできたけれど、感情についてこれほどシンプルでわかりやすい説明は初めてでした。

さっそく、日常生活で活かせていると感じています。
感情が湧き起こった時、振り回されるのではなく、「これは自分の何を示しているんだろう」と一拍おくことができるようになりました。

私は感覚が麻痺していると言われています。自分が気付いていない感情もまだまだたくさんあるんだろうと思います。
今回学んだことをスタート地点に、健康な自分を取り戻したいです。

会場で、今までのワークショップ・クラスでお見かけした方が何人かいらして、励みになりました。
藤沢さん、参加者の皆さま、ありがとうございました。




タイトルはじまり目印

S. H. さん(30代/東京都よりご参加) きんせんかクラス




「知ってる」ことと、「出来る」ことは本当に違うんだ!
今回、私がワークショップ・クラスで実感したことです。

ワークで自分の気持ちをはじめて言葉にした時、こんなに自分の心と体がフリーズするなんて思ってもみませんでした。
文字上では散々気持ちを書いてきていたのに。
でも、2回目、3回目とワークを進めていくうち、ウレシイ感情を表現するのもされるのも、怒りや恐怖の感情を表現するのもされるのも、もしかしたらこれは「慣れ」なのかもしれないな・・・と思うようになりました。
もちろん、チェアワークをはさみつつですが。

また、適切に感情を表現することや、感情の4大ボスのこと等、こんなライフスキルが世の中には存在していて、それらを初めから取得出来る家庭もあったのかと思うと、羨ましさと共に、自分の家庭と比較して大きな落胆をも正直感じました。


文節区切りの線


ライフスキルの1つである「トライ&エラー」は偶然ですが、ワーク中(ビルの)管理会社の人が入ってきたお陰で実演を見ることが出来て(笑)良かったです。
1回目は相手は解らないのだからいいけど、何度も何度も境界線を越えてくる人は要注意なんですね。

それで、気がついたことがあります。
私は最近、1度でも私が嫌なことや傷つく言葉をいう人に対しては「この人は危険人物」と決めつけて、距離を置くようにしていました。
でも、私が相手に対してその言葉は嫌だという気持ちを伝えなければ、相手はわからない。だから相手からすればいきなり態度が変わったと「なんなんだ?」だったと思います。

人は、スーパーマンじゃないから何でも察することなんで出来ない。解らなければ、知らなければ、悪気なく同じ言葉を繰り返すことだってある。
そのことで、私はますます相手が嫌いになって、心を閉ざす。そして人間不信になる、というこの悪循環。
私はそんな独りよがりな人間関係しか構築してこなかったんだと気が付きました。
「トライ&エラー」と「感情を相手に伝えること」がこんなに繋がっていたなんて!

ならば

私はこれから、たくさん、たくさん、トライ&エラーしたい。
その先で笑っているであろう自分に、すごく会いたい。
私は今、心からそう思います。




タイトルはじまり目印

Y. W. さん(30代/愛知県よりご参加) きんせんかクラス




優月さん、きんせんかクラスのみなさん、
先日はありがとうございました。
今回も横浜で素敵なワークショップ・クラスに参加でき、心から感謝しています。

私は、「感情ワークショップ」に2回目の参加でした。
2回目でも、プレワークには難航しました。

最初は思考で書いてしまい、これは違う! と思って正直にぐちゃぐちゃに書くようにし・・・
それでも、このぐちゃぐちゃな状態をどうしたらいいの・・・
感情を感じたいって思ってて、たくさん書いてるけど
しっくりこないのは何でなの??

疑問を山のように抱えたまま、ワークショップ・クラスに参加しました。

私にとっては2回目のワークショップ・クラス。
1回目の「こんなの知らなかった!! (衝撃!!!)」がない分
落ち着いてレクチャーを受けられました。
(レクチャー前のお話には、たくさんの衝撃!! と気づきをもらいました。これを聴けただけでも、参加できてよかった・・・と思いました)

レクチャーを受けながら
「あ、これってこういうことかも」
「このこととつながってる」
など、これまでの対面式 WORKSHOP や、現在参加している Web. WORKSHOP で教えていただいたこととあちこちつながって感じられたこと。

あぁ、自分は、たくさんたくさん歩いてきたんだなぁ。
まだまだ先が遠くて、しんどいって思うこともいっぱいあるけど
でもしっかり、一つずつ身につけてこられたんだなぁ

そんなことを感じて、一人でじんわり、嬉しかったです。

同時に、ずっと気になってた「空しい」という感情についてもお聞きでき、とてもよかったです。

2回目のワークショップ・クラスは、1回目の「内容を吸収するだけで精一杯」から
「今の、これまでの自分に、どうつながってるんだろう?」と思いながら参加できるのが、とてもありがたいです。
(それでも、今ここに集中することもがんばりました)


ワークショップ・クラスが終わっての帰り道は、新幹線で爆睡&ちょっとふらふらでした。
あと、お腹のあたりに違和感。呼吸が深くできずに苦しい感じがありました。
落ち着いて参加できたと思ってたものの、やっぱりクレンジングリアクションがくるんだなあと感じました。


文節区切りの線


週が明けて日常に戻っての1週間。
仕事の〆切と Web. WORKSHOP の課題で、バタバタした日々を送っていました。
せっかく教えてもらったことを、活かせないまま日々を過ごしてしまったように感じ少し不安になりました。

せっかく受けに行ったのに、活かせてない感じ・・・
ワークショップ・クラス直後に「これからは知ったことを、実際に使えるようになりたい」と思ったばかりだったのに
それがなかなかできず、私は落ち込んでいました。

でも今日(日曜日)、ようやくの休みに、私はカフェでじっくり振り返りをしました。
プレワーク&当日のメモを読み返し、アフターワークに取り組み・・・

そして気づいたこと。

1ヵ月かけてコツコツ書いた、プレワーク。A4で十数枚。
そこに私の“答え”はありませんでした。

それより、たった2時間×2回。A4で1枚(しかも片面)。
ワークショップ・クラスで書いたメモには、私の心の声がいっぱいありました。

過去のこびりついた感情も、ワークショップ・クラス中に起こった心の動きや変化も、たった1枚の紙におさまっていました。

読むだけで、いとおしい。“私”が、ここにいる。


その時、私は気づきました。

どんなにたくさん考えて、分析して、立派な風にまとめるより
たった1ミリでも、私の心が動くことの方が大事。

私は、心を動かすために、ワークショップ・クラスに参加したんだ。
そのことが、ようやくわかりました。

ワークショップ・クラス中のワークで感じた、イヤなことを言われて凍り付く感覚。
「そんなことを言われたら、私は悲しい」と言う時の、心と身体の震え。自分がむきだしになる感覚。
チェアワークをして、今(大人の自分)に戻る感覚。
過去のことを「もういいや」と思える自分・・・

何より、自分の感情を口にして、むきだしになる感覚。
それを感じたとき、「私は子どもの頃からずっと、自分の感情を出せなかったんだな」「安全な環境にいられなくて、できなかったんだな」ということがよくわかりました。

本当はずっと、私は悲しいって言いたかった。
でもそれを「大したことない」って間引いて、押し込めて、苦しかったんだ。
得られなかった経験の深さと悲しみを、肌で感じられました。

ワークショップ・クラスで、たくさんの体感を得ることができました。
そしてその体感は、私の中に残っています。
日常のせわしさにのまれて、自分の重心を失ってしまったときも
この体感が、灯台のように私を正しい場所へ戻してくれる。
そんな気が、私はします。


文節区切りの線


そして、私はプレワークでは今の仕事での怒りや不満をいっぱい書きました。
それはそれで、今の私が感じてることだから、良しとします。

でも、ワークショップ・クラスに参加して浮かんできたのは、やっぱり過去のこと。
家族とのこと。

あぁ、やっぱり、根っこにあるものと向き合わないといつまでもいつまでも、同じようなことを繰り返しちゃうんだ。
表面上のことだけに対処してては、変わらないんだ。
そう、気づきました。

ワークショップ・クラスでは、安心安全な場で、優月さんのリードを受けて真剣に、シンプルに、自分の心(コア)に触れられる。

だから進みが早いし、変化も大きい。
そう、私は気づきました。


文節区切りの線


アフターワークの一つ、出さない手紙を書いてみて
私の「感情がうまく感じられないこと」は、母との関係にありそうだ、とか
私が「男性が怖い」のは、父の影響もあるけど、兄の影響も同じくらいありそう・・・とか
私の問題のコアが、よりはっきり見えてきました。


感情=過去とつながっているということ、ワークショップ・クラスでもアフターワークでも痛感しました。
日常のちょっとしたきっかけで過去の感情がぶわーっと出て、私をさらってしまう。
こういうことなんだ・・・と、クラス中に体感できました。
そして、レクチャー前に教えていただいた「責めない、完結する」が、とても大事だと思いました。

未消化のまま、手がつけられなかった過去を、丁寧に丁寧に、完結させていきたいです。


文節区切りの線


思えば、当時もその後も、一体どうしていいのかわからないまま放置するしかなかった、過去。
今の私は、少しずつ、片付けていくだけの知識や方法を得て、ヨロヨロとでも、「向き合おう」と懸命に頑張ることができている。

なんだか、すごいな。
よく歩いてきたね、歩けてよかったね、私。
じんわり、嬉しいです。


優月さん、今回もたくさんの知識と支えをありがとうございました。
今回もお会いできたこと、とても嬉しかったです。

きんせんかクラスのみなさん、ありがとうございました。
みなさんのコメントや質問、たくさんの刺激と学びをいただきました。

心にアプローチするための有益な方法を教えてもらって、
そしてそれを実際に使って、“私”を一番知っていくのは、私しかいないんだと
改めて感じることができたクラスでした。

これからどんな自分に出会えるか、ドキドキするけど、楽しみです。
「心を動かす」私に、そしてそれを認められる私に、もっともっとなっていきたいです。
本当にありがとうございました。




タイトルはじまり目印

C. W. さん(40代以上/埼玉県よりご参加) きんせんかクラス




「感情ワークショップ」と「身体のワークショップ」に、2日間続けて参加させていただきました。
初めての2日連続だったのでどうなるか不安でしたが、おかげさまで無事終えることが出来てほっとしています。
優月さん、スタッフの皆さん、そして共に学んだ皆さん、本当にありがとうございました。

1週間ペイフォワードをまとめてきましたが、自分の中で2つのワークショップ・クラスで学び感じた内容が混ざっているなぁ・・・と感じています。
もしかしたら違ったことも書いてしまうかもしれませんが、「この2日間の歩み」として読んでいただけると嬉しいです。


文節区切りの線


私は、感情をキャッチするプレワークをやっている間、なぜかいつもより気持ちが不安定で心が昔に逆戻り(ささいなことで落ち込んだり、子供の頃傷ついた状況を思い出したりしました)している? と感じていましたが、ワークショップ・クラスが始まってすぐ「感情は過去の記憶・出来事とつながっている」と聞いて、なるほどと思いました。

そして、人は意識が約5%で、「無意識=感情」が約95%と聞いて、かなりショックでした。
(* 人は意識が約5%、無意識が約95%と言われている。そして、過去の大半は無意識の座に納まっており、感情と深くつながっていると言われている/編集注)

私は、感情の4大ボスの中では、不安(=今にいない。過去にいる)、罪悪感、怒り、悲しみの順に感じていたのですが、特に不安と罪悪感は、ほぼ毎日感じていました。
私は今に生きていても、ほぼ毎日自分の95%は過去にいる・・・。
(Web. WORKSHOP で、前向きな未来を考えるための時間を持つ・未来を考えるワークが未消化だったのがなぜなのか、腑に落ちました)



文節区切りの線


言われて嫌だったことをペアになって言い合うワークの時、私が言ってもらった言葉は「あなたは大切じゃない」でした。

大人になった今言われても、ショック・痛み・苦しさ・悲しみ・不安を感じました。
(逆に、お相手に言う時も、心が痛みました)

それに対して、自分の感情を表現するワークの時、私は言うのがすごく重く、抵抗感がありました。
(後で、子供の頃の自分が、自分のネガティブな感情を言うのを「言ったら負けだ」「言ってはいけない」「言うもんか」まで思い込んでいたのを思い出しました)
感情を表現することを習慣にするのは、今後も課題だと感じています。

それでも、チェアワークをやった後に同じ言葉を聞いた時、やる前のように苦しくならなくなって、冷静に「相手が相手の境界線の中で思っていること。相手に私を愛する能力がないのだ」と感じました。
「今」に戻った感覚を実感できました。
チェアワークに加えて、感情の意味を知ったことも大きかったと思います。


文節区切りの線


子供の頃、「あなたは大切じゃない」の他にも、私は言語・非言語メッセージを通して、「あなたのせいで」「(私が楽しんだ時に)あなたはいいね」「役に立て」等のメッセージを受け取ってきました。
明らかに・知らないうちに境界線が侵犯されたのだから、当然怒りを感じ、又言われることに恐れをいだき、自分は何か悪いことをしているのではないか? という罪悪感を持った……
⇒再発しないようコントロール(「大したことない」「楽しくないふり」)
⇒こんな自分だから悪い
こんなことを繰り返すうちに、子供の私は自分の感情(好き・嫌い)を見失ったのではないかと、ふと気付きました。
これからは、「安全に距離を置いて」、自分の境界線の中では自分の感じたものに正直でい続けようと思います。
(話がそれたかもしれませんが、ワークショップ・クラスの後気づいたことなので、書きました)

言語メッセージと非言語メッセージが一致しない見本を見た時、私の育った家族はこういうところあったな、と感じました(非言語メッセージも多かった。本当に言いたいことと違うことを言って相手を責めたり、コントロールするパターンも多かったですが)。
今見ると、本当に不自然に感じます。不自然さを客観視に見られて良かったです。


文節区切りの線


感謝を伝え合うワークの時は、いやな言葉を言い合うワークとは対照的に、言う時も言われる時も心が温かく嬉しくなりました。
そして、「受け取る」時は、とても照れくさかったです。

そこで気づいたのは、私は今まで感謝をちゃんと受け取ってきたかな? ということ。
人の為に何かするのはデフォルトだったから、多分自動的にしてきたし、家族からはやってもやっても心から満足されることはなかった(逆に、私も家族に対して「それ位大したことない」と思ってしまう所があって、素直に感謝出来ない。感謝しないことで、私は仕返ししていたかもしれない)。
自分重心の人から感謝されても、心の奥で「どうせ、私が都合いいからでしょ」「どうせ、もっともっとと言うんでしょ」と、子供のように思っている所があったかもしれない。
ここでも「信頼」の傷が影響していると感じました。

そんな自分に、「今」言ってあげられることは、「大丈夫。今、私は前より境界線を大切に守っているよ」です。


文節区切りの線


それから、私にとって大きかったのが「人が感情的になるシーン」を知ったことです。
私は感情的な相手が怖かったから、逃げたり、相手と同じトーンで返したり、ただがまんしたりと、逆効果なことをしていました。
逆に、自分が感情的になっているのがなぜなのか分からなかったから表現出来ず、未解決になってしまったことも多かった気がします。

私は、家族に対しては「分かってあげたくない」という気持ちがいまだ強いし(自分が「分かって」大切にしてもらえなかった相手に、したくない)、感情を表現するのはハードルが高いですが、知っただけでも感情に巻き込まれて過ごす時間は少なくなるのではないかと思います。


文節区切りの線


私がこの2日間で学んだ1番のことは、自分の感情・身体のサインに自覚的になることの大切さ(=自分で自分の過去の記憶・感情・今のもやもやを解決する)でした。

昔は、肯定的な NO (私が悪いんじゃなくやり方がまずい)を知らず、解決方法を知らないから、問題があってもふたをするだけだった。
今は、肯定的な NO を知り、解放する方法(サインに気付く ⇒過去の記憶・出来事に気付く ⇒チェアワークをして今に戻る ⇒見方が変わる ⇒安全に表現 ⇒解放)を学んだ。

これが常に出来るようになれば、心の奥で「感情」=「人」が怖いから自分で壁を作り、孤独を感じていた自分から少しずつ変われるかもしれない。
「生き方を変える」って、壮大なプロジェクトのように感じていたけれどそうではなく、日常のトライ&エラー1つ1つの積み重ねかもしれない。
今、そんなことを感じています。

なんだか一向にまとまりをみせませんが、これが今の精一杯です。
読んでいただいて、ありがとうございました。
又どこかでお逢い出来たら、宜しくお願いします。




タイトルはじまり目印

A. M. さん(30代/東京都よりご参加) きんせんかクラス




きんせんかクラスの皆様、お疲れさまでした。

私は現在ウェブワークショップを受講していることもあって、今回の参加を決めてから「やめておけばよかったかな・・・」と後悔していました。
それだけ、ウェブワークショップの課題だけで精一杯でした。

けれど、参加して良かったです。
私はここ数ヶ月どん底な気分を味わっていて、「何をやっても上手く行かない!!!!!! 私が今までやってきたことは何だったの!!!!!! きっと私には回復なんて無理なんだ! もう、いくらやっても無理!!!!!!」という思いが頭の中を渦巻いていて私はかなり落ち込んでいました。
私は精一杯ワークに取り組んで、カウンセリングにも隔週で5年間も通っていたのに、こんな絶望的な気持ちになるなんて・・・と、かなりショックでした。

そんな気分だったのでワークショップ・クラスが始まったとたんに押さえきれずに号泣してしまいました。
安全な場で思いっきり泣けたことで、少し気持ちが落ち着きました。ありがたかったです。
優月さん曰く、こういう状態が「底つき」というものらしいです。


文節区切りの線


私は、「感情ワークショップ」には2年前に参加して以来、2回目の参加でした。
正直なことを言うと、2年前に習った内容はほとんど忘れてしまっていました。
おまけに、私は前回の「じかんのきろく」を読み返す気力もありませんでした。
(読み返しても思い出せたかどうかは、あやしかったですが・・・)

今回の2回目でやっと、「ああ! そういうことか」と目の前が開けた感じがしました。
相手が取り乱している裏に隠されたメッセージを理解できて、私が何であのときあんなにイライラしていたのかも納得が行きました。

そして、相手の感情が理解できたからといっても、私は相手に対して、私にできることしかできないよと感じました。またその逆も同じことなんですよね。


文節区切りの線


今回は、私の感情を感じたくて参加をしました。
ペアになってのワークをやってみて、やっぱり私にとって感じることは難しいと感じました。
それでも、身体的な反応はばっちり出ていました。
どうやら、私は頭で考えすぎるようです。
気が付くと頭モードになってしまっています。

そこで、チェアワークの出番です。
何度も教わっているから、私はもうできると感じていたけれど、この場で皆でやると違うなと感じました。

そして、今思い出してもにやにやしてしまうのは、ペアになってお礼を言い合うワークです。何かうれしいような、くすぐったいような、恥ずかしいような気持ちでした。
ペアを組んでくださった方、ありがとうございました!


私はONSAに出会えてとても幸せです。
こうして、ワークショップ・クラスに参加できることもとても幸せです。

これからまた日常に戻っていきます。
教えていただいたことを思い出しながら心穏やかに日々を過ごしていきたいです。




タイトルはじまり目印

T. M. さん(30代/東京都よりご参加) きんせんかクラス




優月さん、クラスのみなさんお疲れ様でした。

クラス終わった翌日くらいは、あれ? あまり疲れてないし、今回は身体にそんなに影響ないのかなと思っていましたが、そんなことはありませんでした。
火・水曜日あたりから頭痛や腰痛、風邪の名残の咳が悪化してきたり・・・と体調の変化に驚きました。

ワークショップ・クラス後は過去の嫌なことがフラッシュバックのように思い出されたりすることもあって、そのときはチェアワークをして過ごしました。
チェアワークすると、モヤモヤっとしていた気持ちも身体が今に戻るから、楽になってくるのを感じました。


文節区切りの線


モヤモヤと思い出されたのは、私のこれまでの決断してきたことって、何だったんだろうか・・・? と。
これまで進路や就職など、人生の選択を行ってきたとき、私は“自分で決断して決めてきた”と信じて、また自分にもそう言い聞かせてきた。
だから、私は自分で決断はできるし、そうやって自分で決めて行動してきたし、と疑うこともしなかった。
でも、ふと、そうばかりでもなかったなと思い始めた。

決断は自分がしたことではあるけど、その基準になっているのが、私の思いではなく、他人様目線・・・(母親や上司、世間体的にどう思われるか、が基準)。
決断したという行為にのみとらわれてて、私の思いはそっちのけになってたんだ・・・、というか、“自分がない”私には、自分の思いはなかったのか・・・と。
この5-8年間、そうやって他人様目線で決めてきてしまうことが多かった。時間もったいないことしてしまった。5年もの間・・・
これまでの私の決断って何だったんだろうと、ガラガラーって音たてて崩れていくような感じがした。

けど、あー、これでよかったんだと思う。
気づけなかったら、また繰り返してしまうから。


文節区切りの線

あと、ワークショップ・クラスの始まる前のお話で、「説教(あなたが悪い)」と「改善(それは役に立たないからやめたほうがいい)」があったけど、私はまだこの2つの差が分からずにもやもや・・・としているのかもしれないと思った。
「改善」のほうを言われても、私の中で、“評価される”と思うと身構えてしまい、怖いという感情が先立ってくる。
評価され、できていない自分はダメなんだと思ってしまう・・・というのが、モヤモヤさせているのかもしれないなと思う。

まとまりはないのですが、このようなことを感じながら過ごしました。

優月さん、クラスのみなさん、ペアになって下さった方、本当にありがとうございました。




PAY FORWARD:対面式「感情ワークショップ」|
2013.10月開催 「感情ワークショップ」すのーどろっぷクラス


「感情ワークショップ」の PAY FORWARD(ご参加者のご感想)です。
なお、PAY FORWARD の本文中には、ワークショップ内で学んだ専門用語が登場する場合がございます。その旨どうぞご了承ください。

●コースの内容 
- 「感情ワークショップ」
●もっと読む
- PAY FORWARD(ご参加者のご感想) もくじ

 PAY FORWARD(ペイ・フォーワード)とは「次の人につなぐ」という意味。すでに ONSA WORKSHOP にご参加されて、ひと足先に変化を歩き出した方々から贈られるメッセージです。
タイトルはじまり目印

Y. I. さん(20代/神奈川県よりご参加) すのーどろっぷクラス




優月さん、すのーどろっぷクラスのみなさん、
そして、勇気を出して参加した私へ。

みなさん、いかがお過ごしですか?
何だかあの日は、一日が濃くてあっという間に過ぎた気がします。


文節区切りの線


私は今、時々現れる高揚した気分と、絶望の中にいるような真っ暗な気分とを行ったり来たりしているような感じです。

クラスに参加したあの日は、たくさんの気づきが貰えたと同時に、すごくショックを受けた日でもありました。

最初、会場に着くなり優月さんから頂いたアドバイス。
薄々、気づいてはいましたが、自分は自覚の薄い共依存者で、しかも(私が感じる限り)同んなじお病気の方と結婚を考えているという事実。

そう言われた時は、すごくショックでした。
疑いながらも、幸せになれることを多少なりとも信じていたのですから。

(* 優月さんへ、これは恨み言ではありません。私はこのことでたくさんの気づきをもらえたと思っています。念のため)


文節区切りの線


また、突き放されるように言われた(ように感じられた)ことにもショックを受けました。
実を言うと、WS が始まってからしばらく引きずっていたくらい。

WS の最初、自分が一番言われて嫌なことをペアの方に言ってもらったのですが、一度目は少しだけ「悲しい」「苦しい」という感情は沸いたものの、2回目は全く何も感じられませんでした。

「選ぶ言葉を間違えたかな?」とちょっと考えてしまいました。
優月さんに「何も感じなかったことをキープしておいて」というようなことを言われました。

そして休憩時間の間、何も感じなかったことについて考えてみました。

私は言われた瞬間、「何も感じられないなんておかしい」と瞬時に自分に制限をかけていたことがわかりました。
間違ってもいいと言われながらも、やっぱり上手にやろうとしてて、思いのほか緊張していたようです。


文節区切りの線


また、気づいたことがあって、優月さんに言われてショックだった一言が、今日選んだ一番言われて嫌な言葉とそっくりだったこと。

何というか、突き放す感じと言ったらいいのか。
それを言われた時のことを思い出して、私は本当に一人になってしまったのだ、という言いようのない不安と悲しみを感じました。

会場では何も感じなかったのに、休憩時間に入った喫茶店で、涙をこらえるのが本当に大変でした。

私の「何かがおかしい」と思う根っこはここにあるかもしれないと感じました。


文節区切りの線


午後は WS で始めてチェアワークのレクチャーを受けました。
我流でやってはいたものの、上手く出来ているのかわからなかったから、これは嬉しかったです。

私のやり方だと、肩に力が入っていたみたいで、チェアワークの最中に優月さんに肩を押さえてもらうと、不思議と力が抜けたのは驚きました。


あれから、迷ったり、頭が混乱したりする時は、毎日のようにやっています。
感情の受け方を教わって、対処の仕方もわかったので、ここ数日はそれほどパニックになることなく過ごせていると思います。

対処方を知らずに生きていた私は、相当大変だったようです。
何度も、WS の最中に「お疲れ様でした」と言われました。

WS 中、「言語メッセージと非言語メッセージを一致させる」ということを習いましたが、あれは目から鱗でした。
自分が普段、どれだけ心のこもってない返事をしていたかがわかりました。
また昔、自分の家庭でどれほど心の入っていない言葉を投げかけられていたかも、わかりました。


文節区切りの線


私は、人の怒りが怖くて怖くて仕方ありませんでした。

いつも何かに怯えて焦っていました。それは今もそうです。
特に職場にいる時は、何かしら恐怖を感じています。
でも、チェアワークで心を落ち着かせる、出て来た感情を感じる。という事を覚えてから、心なしか職場の人間関係が良い方向へ向かっていると感じています。

「心を込めてありがとうを言う」という事を、習慣にしたいと思いました。
WS の練習中は、嫌な言葉を言うよりも断然楽しかったのですが、優月さんから「戦闘態勢になってるよ(笑)」と言われました。

普段、ありがとうは言っている方だと思っていたのに、はたから見るとぎこちないようです。

ペアの方も緊張されていたようで。
でもお互いに次第に笑顔になりながら練習できたのはとても良かったと感じています。


文節区切りの線


健康的な子育て、優しい言葉、感謝の気持ち対してあまりにも慣れていないこと。
私は今まで自分を普通だと思っていたのですが、本当はそうではないようです。

とても、悲しかったです。
私が一体、何をしたんだ! 今まで一生懸命生きてきたのに。
私の人生でしてきたことは無意味だったのだろうか? と、WS のあとは怒りも感じました。

でも、一年前までは、それすらも感じられませんでした。
ただ、「何かがおかしい」とそれだけを頼りに ONSA へきました。


文節区切りの線


やっと、スタート地点に引っかかるくらいまで来たのかなと感じています。
参加された方や、優月さんも言っておられましたが、ここから道のりがとても長いのだそうです。

それでも、私は自分をこのまま見捨てることはできないと思いました。
自分は過去、現在もどれだけ不健康な場所にいるか。
健康的な生活というものがどういうことか。
そしてこのままだと、自分はどういう道をたどるのか、ということが見えてきたからです。

自分の力で人生を歩きたいと思いました。

これからの人生の選択をどうするか、まだどこから手をつけていいかわからないけれど。
本を読んで、ちゃんと勉強して、自分で決めたいと思いました。


文節区切りの線


最後にペアを組んで下さった方、貴重な体験談を話して下さった方々、WS の場を共有してくれたみなさん、主催の優月さん。
本当にありがとうございました。

みなさんに、良い変化があるようにとお祈りしています。

WS の帰り、みなさんともっとお話がしたかったと、後ろ髪引かれる思いであの場を後にしました。
アフターワーク、これから取りかかりますが、「ひとりじゃないよ」スペースでまたお話できたらと思っています。

たくさん、文章を書けました。
お疲れ様でした、私。
これから長い道のりだけど、上手に私を褒めたり信頼したり最初はできないかもしれないけど。

私は私のことを本当に知りたい。
これから、一緒に歩いていこうね。



タイトルはじまり目印

H. C. さん(40代以上/埼玉県よりご参加) すのーどろっぷクラス




藤沢様、すのーどろっぷクラスの皆様
感情ワークショップでは、大変お世話になりました。

今回は人数が少なめで、経験者が多いようでした。
そのためかどうか分からないけど、お話がいっぱいできて、深い話も聞けて、とても充実していたと思います。

実際、一人一人の事情なども出てきて、ちょっとドキドキしましたが、みんな大変な事情にもかかわらず、明るく(いや、そんなことはないのよ、と言われるかもしれないけど)前向きで、藤沢さんのよく言われる「みんな美しくて、尊い」というのが実感できました。

帰りにみんなで、コンビニに行って、いろいろお話を聞くことができたのも良かったです。
少し(沢山?)先を行く人たちががんばっているのを知って、自分も励まされた気がします。

あれから1週間たったけど、みんなどうしてるでしょうか。
私は、すぐ次の日が仕事で、どっぷりと日常でした。
その合間に、ちょこちょこ『未来日記』を書いたり、アフターワークを取り出してみたり。焦らず、止まらず、少しずつ続けていこうと思っています。
ワークショップでの気付きを深めていきたいです。そしてそれを行動にできるようになるまでが、目標です。

あらためまして、藤沢様、クラスの皆様、本当にありがとうございました。



タイトルはじまり目印

A. M. さん(20代/愛知県よりご参加) すのーどろっぷクラス




藤沢さん、すのーどろっぷクラスの皆さま 
WS本当にお疲れ様でした!!
あれから1週間、時間が過ぎるのはあっという間ですよね。

感情の WSを受けてからの今週。
まず最初に、自分のスケジューリングの出来なさを再認識しました。

WS の次の日、夜に早速人とあう予定、次の日からはベリーダンスの自主練、友達のお祝い買い出し等々。
よくもまあ私詰め込んでますね!

藤沢さんに指摘されて、ぎくっとしたのですが、実際手帳をみて過ごしてみたら、納得しました。
私はスーパーマンかしら(笑)
クレンジングリアクションなのか、身体がだるいのにスケジュールをこなすのはしんどかったです…

時間の問題は私の大きな課題なんだと、知ってたけど思い知った感じです。
いきなりは無理だけど、優先順位をつけて考える練習をしていかないと、と思います。


文節区切りの線


とはいえ、今週は自分のスケジューリングのまずさに気づく余裕ができたようです。
悲しかったりもやっとしたら、とりあえずメモ。
メモしたら、その感情を味わうというか観察してみることを実践してみる。

そうすると、もやっとしてる時の対象って、その時起きてる事じゃなくて、思い出してる昔のまずい気分になった出来事であることが何度もありました。
それに気が付いたら、悲しい気持ちも最初よりずっと軽くなる。

軽くなると、仕事だったり生活だったり他の事に集中ができて、普段より落ち着いて生活できた気がします。
悲しい気持ちは過去の経験の焼き直しという事に、なるほどと何度も思いました。


文節区切りの線


私は対面式も WEB も何度か WS を受けているのですが、ようやく自分と向き合わなくては! という危機感が強く持てた様に思います。
今回いろいろ違った状況や人生を送っているクラスの皆さんとあって、体験談をきいて、驚いたし他人事とは思えなかった。
自分にも起こりそう、予想できてしまう、本当にそう思いました。


内側で問題が起こってるうちに解決・対処した方が、外側に問題が出てきたときよりずっと軽くて済む。
図に書いて説明されたとき「本当だ!!!」と強く感じました。

私はよく「死にはしないから」「命まではとられないから」と言ったり思ったりするのですが、外側の問題はそうじゃない。
死ぬような目にあったり、命・生きていくのに支障がかなりでるというのがわかって、ものすごく怖くなりました。
私にはそうならない自信なんて丸でないのですから。
ここが、頑張る時って本当の本当のようだ…とさすがに段々と逃げられないのがわかってきたかも。


文節区切りの線


今は頑張って向き合おうと思う気持ちと、果てしなく遠く思える見えないゴールに逃げ出したくなる気持ちが半々でいます。
家族問題に触れるのは、悲しくてしんどいので見て見ぬふりをしたい。
でも、その先にある私の未来もどうやら決していいものじゃない。

なら、死なない方で幸せになれるほうの、悲しくてしんどい方に向き合わないといけないなあ。
そんな風に思います。



タイトルはじまり目印

A. M. さん(30代/大阪府よりご参加) すのーどろっぷクラス




今年初めての対面式 WS で、緊張しながらの参加でした。
プレワークで意識して自分の感情に注目すると、思っていたより結構パワーを使うので、大変でした。

ペアになって練習した「分かった。じゃあ、そのことはまた後で話そう」。
このセリフ、今までほとんど言ったことがありませんでした。
人からの問いかけに対し、即答するのが恒例になっているような人間関係の中にいた経験を思い出しました。
そんなコミュニケーションを繰り返していたら、そりゃあギクシャクするよ、と思いました。

自分が接してきた人間関係の中で、嫌だなと感じる瞬間は知らないうちに境界線を侵犯されている、勝手に踏み込まれてしまっているのに何も言い返さずそれを受け入れていたときが多かったんだなと思いました。
チェアワーク中、今までにない体の感覚があって少し戸惑ったのですが、昔の出来事をいろいろ思い出したので、きっと関わりがあるのだと思います。
これからも『未来日記』を続けて、自分に寄り添い探っていきますね。

感情は怖いものだと思っていて苦手意識がありましたが、感情 WS に参加して「実はそうでもないんじゃないか」と思いました。
扱い慣れていなくても、訓練を重ねていけば自分の味方になってくれるのでは、と少しイメージが変わりました。


文節区切りの線


優月さん、クラスのみなさん、当日はご一緒してくださりありがとうございました。
和やかで温かい空間で、落ち着いてテーマに取り組むことができました。

みなさんといろいろお話させていただく中、自分の回復の歩みを振り返ることができたこと、とても貴重な時間でした。
感謝いたします。

以前の自分が足を取られていた時間から、本当に抜け出したんだな、と思いました。
回り道をしたと思っていた時間も、決して無駄ではなかったのだなと、自信になりました。時間をかけて少しずつ変化した私、これからも変化していく私を大事にして、しっかり、現実を生きていこうと思います。
もっともっと自分を信じて、歩みを止めずに進んでいきます。

ありがとうございました。



タイトルはじまり目印

O. J. さん(40代以上/東京都よりご参加) すのーどろっぷクラス




藤沢様 ご一緒したクラスの皆様 当日は暖かなクラスをありがとうございました。

当日は私が想像した以上に少人数でまずびっくり。
そして、いきなり「どうにもならなくなってしまったのね」と藤沢さんに声をかけていただいた瞬間、涙が。
悲しいとか思うまもなく、ボロ~っと涙してしまった自分に動揺。
そして、え~私って共依存なの?? ホントに? となっていると、
WS が開始してその後は1日があっという間に過ぎてしまいました。

自分が嫌だな・やる気が出ないと思っても、それを押し込めて頑張れたのです。自分が仕事場で役に立てているという実感もあったからだと思います。
でも、ここ数ヶ月間自分の存在意義が職場のどこにあるのかわからなくなってしまい、心が迷走。
以前の私だったら絶対しないような、やる気のない態度を上司との面談中に取ってしまったことは私の中ではかなりの衝撃でした。

以前だったら、いつでもやる気のある態度・言動ができたのに。
感情のコントロールができなくなっていると自分の中で注意信号がチカチカしていて、どうにかこの心を抑える方法が何かあれば・・・と思い、感情のワークショップに申し込みをしました。
結果、もっと根の深い部分が発覚したのですが、発覚して良かったと思います。


文節区切りの線


私の心の反応が小さい頃の何かと結びついていることを教わりました。
感情が動く仕組みを教わりました。

ワークショップ後は、自分がカチンとし相手に多少噛み付いたような対応をしてしまったとき、なぜ私は噛み付いたのだろうか? 「ボス(* 感情の4大ボス/編集注)」のどれが襲ってきたのか? と自問するようになりました。
誰かが、感情的に反応しているのを見て、「ああ、助けてほしかったのにあんな対応されたから怒ってる・・・」と観察できるようになりました。
でも、少し気を許すと元の感情の渦に巻き込まれてます。


文節区切りの線


藤沢さんがホームページにあげてくださっている参考図書を数冊購入しました。
ワークショップ受講後・・私本当に共依存なのかな? どうなの? と思うこともありましたが、現在2冊読み終え、やっぱり私は共依存なんだと納得しました。

自己評価が低い。自己否定感。劣等感や罪悪感。断れない。グズグズする。など私にとってはなじみのある日常の感情です。
感じない日は無いというくらいのおなじみさん達です。
ワークショップ後、自分に対する様々な認識が1週間前とまったく別のものになってしまいました。

これから、私の中から何がでてくるのか想像もできませんがひとつひとつ向き合っていきます。
ワークショップに参加できたこと心から感謝しています。本当にありがとうございました。



タイトルはじまり目印

M. O. さん(30代/東京都よりご参加) すのーどろっぷクラス




「ありがとうございました。」
「そうおっしゃっていただけると
私も嬉しいです。」
の練習のことが一番、いま頭に残っています。

この一週間の間に仕事で「ありがとうございました」と言われる機会が4回ありましたが、褒められ慣れていないので、ぽか んとしてしまって、練習してた事が言えませんでした。
だけど、意外と言われていたんだなという事に気づけただけでも収穫で、これは社交辞令じゃないかもしれない、素直に受け取りたいという気持ちになれたのが大きな変化です。

せっかく褒めてくれても、褒められ慣れていないので、自分の事を褒める人=変わった人という風に見てしまっている自分に気づきました。
人と心で繋がりたいのならば、せっかく褒めてくれた人を変な人という目で見てはいけない。そうおもいました。
優月さんがいっていたような温かい心の交流の場でお仕事がしたいです。そのためにもっと心を開いて人と繋がろうと思いました。

あとは、何度もワークショップを受けてきて、進歩してきてる実感の中でもやっぱりまだ私の中で母親の呪縛のようなものが、ねっとりとまとわりついていて、それからの解放が自分の今のテーマなのかなと思い知らされました。

チェアワークを繰り返した後は、「あっそう」と軽く考えることが出来たので正しいポジションを意識して心地よく居たいです。


文節区切りの線


今年は TAT でトラウマがとれて、仕事が決まっただけで自分にとって信じられないような幸せな日々に思ってしまっていましたが、来年の仕事が決まっていないこと、やりたい事があるのに年齢的な焦り、子どもの行動化などがあり、もっともっと変わりたい。
ライフスキルをつけて行くことで、少しずつでも変わるのなら歩みを止めたくないし、夢をやっぱり諦めたくないです。

最近少しずつですが、自分のしたいことを行動しています。
そうすると現実が少しずつだけど、昔の私からしたら夢みたいなことが起こってきてて、そうするとどんどん欲も出てくるし、でもやっぱり行動が夢を叶えるためには追いついていない。
目をそらさずにもう一回手帳とにらめっこ、時間の棚卸しをして 2014年もっと幸せになりたいです。

やはり、対面のワークショップの良さって一気に気づける所だなあと思いました。
他人なのに自分の人生を大きく変えてくれた、良くしてくれる優月さんが不思議な存在に最近思えてきましたが、人間同士って血が繋がってるとか関係ないなって思えてきました。

一緒にワークショップを受けた皆様
ありがとうございました。
優月さん、
今回も、ありがとうございました。



PAY FORWARD:対面式「感情ワークショップ」|
2013.06月開催 「感情ワークショップ」ゆーかりクラス


「感情ワークショップ」の PAY FORWARD(ご参加者のご感想)です。
なお、PAY FORWARD の本文中には、ワークショップ内で学んだ専門用語が登場する場合がございます。その旨どうぞご了承ください。

●コースの内容 
- 「感情ワークショップ」
●もっと読む
- PAY FORWARD(ご参加者のご感想) もくじ

 PAY FORWARD(ペイ・フォーワード)とは「次の人につなぐ」という意味。すでに ONSA WORKSHOP にご参加されて、ひと足先に変化を歩き出した方々から贈られるメッセージです。
タイトルはじまり目印

C. U. さん(20代/富山県よりご参加) ゆーかりクラス




藤沢さん、参加者の皆さん、ONSAスタッフの皆さま、ありがとうございました。

「自分の心の叫びを聞いてあげて」
という藤沢さんの言葉が心に響きました。


私は、自己嫌悪や不安を常に感じているため
自己対話をできている、
感情を感じれていると思っていました。

けれども、感情というサインを発することで
自分の内側が何を訴えようとしているのか
しっかりとらえようとしたことがありませんでした。

感情というのは、わけもなく湧きあがってくる
やっかいものとしか思えず、
私が悪いから、何も変わらないから、と
ぐるぐる考え続けるばかりでした。

きつい感情にひたることが苦手で、
内側からの訴えを聞いて行動していくことは
さらに自信がないのですが……

それが自分の抱える問題の原因なのだと
わかってしまったからには
何とかしたいと思います。


文節区切りの線


共依存なのかどうかは
まだ言われたばかりでピンときていません。
藤沢さんが「怖いよ~」と
おっしゃっていたのが気になり、
紹介されていた本を何冊か注文してみました。

まずはアフターワークを
しっかりやってみようと思います。



タイトルはじまり目印

S. S. さん(神奈川県よりご参加) ゆーかりクラス




優月さん、ゆーかりクラスの皆様、ONSAスタッフの皆様、先日はありがとうございました。

本当にお疲れさまでした。


ワークショップ・クラスの帰り道、ずっと引きつって固かった頬が柔らかくなっているのに気付きました。
左半身の凝りも軽くなっていました。
今までいかに自分の体と感情を無視してきたか、常に力が入って体をこわばらせているか……自分が今、心も体も本当に不健康なんだと気付きました。

今まで体調が悪くても滅多に病院に行かない私が、自分の心の苦しさの為、ワークショップ・クラスに参加したことはとても大事な一歩でした。

そのお陰でとても大きな収穫がありました。


文節区切りの線


1つ目は、自分の問題の正体が分かったこと。
私と夫は共依存だという事実。
私は親から虐待されていたんだということ。


2つ目は、とりあえずの方向性が決まったこと。
離婚届に判を押し、後は提出するだけの状態でしたが、とりあえず保留にしてもらいました。
離婚と同時に転職も考えていたけれど、とりあえず今の仕事はキープ。
そして虎視眈々と回復する。
あと半歩で崖から落ちるのを、なんとか踏みとどまったような気分です。

共依存の末路は悲惨。
決して甘く見ず、焦らず、頑張らない。
自分の感情に注目するのをやめない。


3つ目は、温かくて安心して人とつながれる世界があるらしいと知ったこと。
私も早くそっちの世界へ行きたいです。
暗くて重く沈んだ牢獄から、自分を解放したいです。

ずっと息苦しかった。
本当の健康を味わってみたい。

今から生き方を変えます!
少しずつ、ゆっくりと。



タイトルはじまり目印

Y. A. さん(30代/東京都よりご参加) ゆーかりクラス




私にとって、感情とは厄介者で、「ない」方が良い、抑えるものだと思って、これまでの人生を過ごしてきました。

今回、私は、その感情こそが私らしくいられる鍵を握っていると感じ、参加しました。


私は、ずっと感情を抑えてこれまで生きていたため、人からはよく、「冷静」、「淡々としている」と言われてきました。
私は、そう言われる度、「表現豊かな人になりたい」と思っていました。
そして、そうなれるかもしれないという期待も今回のワークショップ・クラスにあり、行く前は、劇団のように、感情を表現する練習とかするのかなぁと、想像していました(笑)。

実際は、それよりもずっと自然な方法でした。私は、自分が感じた分だけ素直に表現すればいいんだと思いました。
よく考えてみれば、私の予想した「劇団のような~」は、日常生活の中では、どこか無理矢理な感情表現方法で、心と行動が一致していないなと思いました。
そして、だからこそ、私は、自分に感情表現力が「ない」とも、思わなくなりました。
私の感情はちゃんと生きていて、それを感じる事ができるというのは、何よりの答えで、その事に私は今まで気づいていませんでした。


文節区切りの線


私の中で、今回とても印象に残った内容は、自分の抱く感情は、どれもこれも「悪いものがない」という事です。
参加する前は、きっと、クラスの中で自分の感情の意味があからさまになって、とても痛い思いをするのだろうという覚悟でいました。

しかし、クラスの中で、それぞれの感情の意味を聞いたときは、痛むどころか、優しく受け入れてもらえたような気がしました。
本当に、この事を知る事が出来て良かったです。
知ってるのと、そうでないのとでは、全く違うと思いました。
ワークショップ・クラスから数日経った今、すでに、その知識に私は何度も助けられ、心の穴に落ちそうになる私を助けてくれています。


文節区切りの線


そして、今回、私は自分の中で大きい部分を占めている過去のルーツと出会った気がします。
それは、母親から送られた

「できない」

というメッセージ。

私は、ずっとこの言葉にとらわれて、どんな一歩も踏み出せず、何かをしても、寸前や途中であきらめてしまうのだと思いました。
本当に、「呪い」だと思いましたし、同時にとても悔しかったです。

なぜなら、親から直接言われた事がない事でも、自分で自動的にそう考えるようになっていたんだと、気づいたからです。

クラスの中で、優月さんが私の母親が言うであろう言葉をおっしゃってくださった時、実際にその言葉を言われた事がないのに、なんであんなにも涙か出てきたのか、その理由がわかった気がしました。
仕事に関しては、そのように言われた事がなくても、「仕事」を除いたそれ以外の言葉は、私が母から受け取っていたメッセージでした。
それも、「暗」に。

うすうす、気づき始めていたのですが、私の母親のメッセージはとても巧妙で、じんわり、じわじわと送られてきて、直接的な言葉だったり、言葉ではない手段のメッセージも多いように感じています。
私は、その事を意識してこれからの回復の道を歩こうと思いました。


文節区切りの線


私のパートナーとなって真剣に役を演じてくださった、2人の方に感謝します。
私の回復を手伝ってくれて、ありがとうございました。

そして、たくさんの感想を交わした、ゆーかりクラスの皆さん、皆さんの発言のおかげでたくさんのヒントをもらう事が出来ました。

私を滞りなく、クラス参加まで導き、今も、サポートしてくださっている、ワークショップのスタッフの方々、安心してクラスに参加する事が出来ました。
ありがとうございます。

そして、優月さん。
今回も、短時間のクラスで、明解なレクチャーと、何より、練習の場を与えてくださり本当に感謝しています。
練習は私にとっていつもドキドキですが、とてもとても大切だと思っています。


これからは、感情を肯定的に捉えて、もっと自分の事を知りたいです。

心からの感謝をこめて、
ありがとうございました。



タイトルはじまり目印

N. H. さん(東京都よりご参加) ゆーかりクラス




まずは、このクラスを運営してくだった藤沢さんとスタッフのみなさん、そしてクラスでご一緒させていただいたみなさんにお礼を申し上げたいと思います。
素晴らしい時間を提供、共有してくださってどうもありがとうございました。

このクラスは私にとって2回目の対面式クラス参加であり、6月に参加する怒涛の3クラスの皮切りとなるクラスでした。
ONSA スタッフの方の呼びかけで、一番最後、締切直前の滑り込みという感じで参加を決めたクラスでしたが、本当に必要なものが必要なタイミングで巡ってくるとはこういうことかと思うくらい、私は自分の感情、他人の感情というものの扱いに相当苦しんでいるなと思っていた矢先だったので、参加して本当によかったなと思いました。


私は、カウンセリングや心理療法も受けているのですが、その過程で
(1)いかに自分の感情と向き合わず、おろそかにしてきたか。そうせざるを得なかったか。
(2)その分いかに、他人の感情に責任を取ろうと躍起になってきたか。
という事実にぶつかりました。

この人はきっとこう感じているだろう、だから自分が(自分の感情がどうであれ)、この人が感情的にならないために立ち回らなくてはいけないのだ、と常に思ってきました。
そしていつの間にか、それが自分のためなのか、誰か他の人のためなのか、ひいては、いったい誰の感情なのかまるで分からなくなってしまい、ひたすら不完全燃焼の状態の感情を蓄積させて身動きが取れなくなってしまった、という状態に陥っていることに気づきました。

この状況を踏まえて、まずプレワークが発見の連続でした。
日常の中で起きている自分の感情に向き合うというのは初めてのことだったし、いかにどれだけ自分の感情をおそろかにしてきたかを、改めて知ることとなりました。

何かを感じたらメモをしようと思っていたのに、まるでメモが取れない。
つまり、自分が何かを感じているという状態をキャッチできなかったのです。

少し落ち着いて、もう一度1日を振り返り、1週間を振り返り、としていると、ようやく自分の中で何かの感情が芽生えた場面というのを思い出し始めました。
あ、こんなことがあったじゃん、なんか嫌な感じがしたよね、あの時。
という具合に。

そして次に気づいたことは、その感情が未消化のまま、心に蓋をし続けてきたこと。
それが何なのか、十分に感じて受け止める間もなく、中途半端な状態で処理してきたのだということに気づきました。
だから、その感情が何かと言われても分からない。
プレワークの中で列挙されていた感情のリストを見て初めてそれらしいものと一致させられるけれど、本当に自分が感じた感情がそれだったのかということを、今度は頭で整理しようとする悪い癖が邪魔をしてくる。

ただ湧き出たものをそのまま受け取り、感じ、感じ切る、ということをしない習慣がすっかり板についていたのだな、という気づきも得ました。

こういう意味で、プレワークからして非常に意義深く、興味深いものでした。
「自分の」感情のことなのに、こんなに何もわかっていなかったなんて思っていませんでした。


文節区切りの線


クラス当日、まず知識的な側面でとても役立ったのは
「人が感情的になるシーン」
というものでした。
確かに、他人や自分が感情的になる具体的な場面を思い出すと、3つの大きなカテゴリーに落ちていきます。

特に私の場合、ここ数か月で苦しんできたことの根底にあるのは
「わかってほしい」
という思いだったな、ということが分かり、苦しかったのも当然だったんだ、と少しすっきりした気持ちになりました。


文節区切りの線


実際のワークでは、実際に日常で起きたことを題材に、自分の感情ときちんと向き合う練習ができました。
私の場合、自分の中で感情が芽生えると、瞬間的にそれを否定しようとする力や、そこの疑いをかけようとする力が加わっていることに気づきました。

本当は、自分自身がそれをきちんと受け止め、わかってあげないといけないのに、
「ちょっとムカッとするけれど、でもこんなことで怒る自分の方がおかしいのではないか」
と思うことで蓋をしている。
プレワークで掴みかけていたことを、より繊細なレベルで理解することができたと思います。


午後のワークでは、「今」の自分として感情と向き合い、対処する仕方を学びました。
まずチェアワークですが、最初の2回くらいはどんなに力を抜こうとしても体のどこかが緊張していましたが、何度か繰り返すうちに心地良くなっていきました。


文節区切りの線


自分の感情を伝えるワークでは、いつもの私ならとっさに蓋をしてしまう癖を意識的にどかして、出てきた感情をそのまま感じ切る練習になりました。

感情は湧いてきていい。
私が感じたことは正しい。
それを一番わかってあげなくてはならないのは目の前のだれかではなくて、私自身。

だから、言葉の爆弾をぶつける必要はない。
何も言わなくてもいいかもしれないし、もし言うならおだやかに伝えるので十分。
なぜならば、自分がちゃんとわかっているから。

同じように、他の誰かも同じように自分の感情を引き受けるのだから、私が誰かの感情の責任を負う必要はないのだ、ということを「体感」できた時間でした。
今まで頭でしか理解できていなかったことなので、これを「体感」するというのは、私にとっては画期的な出来事でした。


文節区切りの線


まだまだ、現実世界に出て行けば、すぐにできないことばかりだと思います。
実は、このクラスを受けた日の夜から翌日の朝にかけても、ある人とのやりとりから、思わずその人の感情に責任を取らなくてはいけないと一生懸命になりかけた自分に気づき、チェアワークをして気持ちを落ち着かせたりしていました。
今までなら、そのまま迷わず誰かの感情に巻き込まれて苦しんでいたと思いますが、少なくともそこで一歩立ち止まる、ということができるようになっていける気がします。

自分の感情を無視するというのは、30年以上の時間をかけて作られた自分の中の悪しき習慣なので、まるっきり変われるまでは時間がかかるとは思います。
だけど、これまでも少しずつ確実に変わってこられたのだから、自分には変われる力がある。
自分や他人の感情というものには、嫌でも毎日のように晒されながら生きることになります。

今回「なるほど!」と思えたことを大切にして、日々の出来事を通じて地道に、そして確実に、自分の感情を取扱う練習をできたらいいなと思います。


文節区切りの線


今回のクラス、後先を考えず、ちゃんと「今」にいられたなと思います。
時折、藤沢さんの説明などを聴きながら
「それはあの時の場合だと……」
とか
「今後、誰それとまたこういう状況に陥ったら……」
とか、今以外のことが私の邪魔をしにきましたが、藤沢さんが
「目の前のあることだけに集中しよう。今日できるだけのことをしよう。」
とおっしゃってくださったので、とにかくその場にあることに集中できました。

このことは、今回に限らず、今後受講するクラスなどでも意識して取り組んでいきたいなと思います。


本当に素晴らしい機会をありがとうございました。
そして今後も ONSA のワークショップにはお世話になると思いますが、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。



タイトルはじまり目印

S. T. さん(40代以上/岡山県よりご参加) ゆーかりクラス




「感情ワークショップ」に参加して、正直しんどいし、毎日疲れています。
このしんどさは、クレンジング・リアクションなのか、慣れ親しんだパターンから抜け出そうとしているからなのか???

ふり返ってみると、私はプレワークからすでにしんどくて、疲れていました。
今まで感じないように、感じても無視して封じ込めてしまうことに慣れ切っていた自分の感情。
意識し始めると、だんだん感情を感じるようになり、それがしんどいし、疲れるし。
”感じる” ”サインを感知する” って自然なことなのに、私はずっと不自然な自分で生きてきたのだなと悲しくなりました。


WORKSHOP CLASS 当日、特に後半のクラス。
私は恐れ(不安)を感じて、しんどくて、疲れていました。

私が体験談を話した後、Aさんの体験談を聞きました。
私の体験談より、Aさんの体験談の方が「なんかいいなあ~」と感じました。
その後、Aさんの体験談から藤沢さんの話が進んでいったように感じた瞬間、私の中でセルフトーク始動。

「私は、この場で求められている内容を話せたのか。私の体験談は誰の役にも立たなかったのではないか。」
「いやもっと、違うことを話せばよかったのに。もっとさらけ出してもよかったのに。カッコつけてさ。」

周りの人々の反応や、周りの人にどう思われたのかがとても気になって。
また、藤沢さんが参加者の方を「○○ちゃん」と呼び、私の名前を「○○さん」と呼んだ瞬間、セルフトーク激増。

「やっぱり、可愛い子は○○ちゃんと呼ばれるんだ。」
「○○さんと呼ばれる私は可愛くないんだ。」
「○○さんと呼ばれる私は、さほど重要じゃない、価値がない、相手にされていないんだ。」

後半クラスが進行している最中に、モヤモヤグルグルの中に入り込み、自分を裁く裁く。
藤沢さんの話も、頭上を通り過ぎていくし。


文節区切りの線


チェアワークを繰り返す中で、次第に ”今” に戻ることができました。

何回も藤沢さんに
「力入れなくても、人間は立てるんですよ。」
と言われるけれど、自分の身体なのにリラックスできなくて。

何回目かの練習で、ふと力を抜いても体はブレないという感覚がつかめた時、
「こういうこと!?」
と半信半疑。
藤沢さんが正解を与えてくれる訳でもなく、この感覚は自分にしか味わえないから、自信がなくて。

それでも、その後も自分の身体が揺れはするものの、中心に戻ってくる感覚に
「たぶん、きっと、これでいいんだ!!」
と思えました。


文節区切りの線


帰り道。
私は四六時中、
「何か言われる! 来るぞ!」
って、常に立ち向かう・構えていることに気付きました。
身体にキュッと力を入れて、気を張って、

「応じなければ、言われることは何でも聞かなくちゃ」
「下手しないように、失敗しないように、完璧に」
「相手の要望や要求をしっかり聞かないと!」
と、無意識に受け入れていることにも気が付きました。

また、私にとって ”聞く立場” ”聞いてほしいと言われる” ”相手の話を聞く” ことに大きな壁が付随していると気付きました。
どれだけ、「答える」「応じる」「対応する」ことにプレッシャーを感じていたのか自覚することができました。
自分の人生ではなく、他人に好かれるための人生を生きてきました。

このことを自覚した今、慣れ親しんだパターンに戻れず、日々戸惑っています。
以前なら応じていたことが今は全くできないし、しようとも思わない自分をどう扱っていいか、どうふるまっていいか戸惑うし。
慣れたパターンに戻した方が、周りとも仲良くやれるんじゃないか……そんな気持ちに襲われ、周りの人へのふるまいにも戸惑うし。

だから、投げ出してしまいたくなるし、くじけてしまいそうにもなる。
それでも、自分の人生を取り戻したいから、自分を大切に守ってやりたい。
毎日、葛藤しています。
そして、やっぱり行き着く先は「少しずつ気長にやっていこう」。


文節区切りの線


今回の「感情ワークショップ」。
今まで参加した WORKSHOP の中で、一番自分にとっての衝撃がやってきたことを、このペイ・フォワードに取り組んでみて感じました。

藤沢さん、ONSA スタッフのみな様。
今回も貴重な機会を提供してくださり、ありがとうございます。

そして、参加者のみな様。
共に、「感情」に取り組むことができたことを、うれしく思っています。

最後に、私へ。
「『感情ワークショップ』に飛び込んでくれて、ありがとう!」



PAY FORWARD:対面式「感情ワークショップ」|
2012.07月開催 「感情ワークショップ」ひまわりクラス


「感情ワークショップ」の PAY FORWARD(ご参加者のご感想)です。
なお、PAY FORWARD の本文中には、ワークショップ内で学んだ専門用語が登場する場合がございます。その旨どうぞご了承ください。

●コースの内容 
- 「感情ワークショップ」
●もっと読む
- PAY FORWARD(ご参加者のご感想) もくじ

 PAY FORWARD(ペイ・フォーワード)とは「次の人につなぐ」という意味。すでに ONSA WORKSHOP にご参加されて、ひと足先に変化を歩き出した方々から贈られるメッセージです。
タイトルはじまり目印

Y. S. さん(神奈川県よりご参加) ひまわりクラス




皆様
お疲れさまでした。

頭の芯がじぃんと痺れている感じがします。
「強強打破」、休憩時間中に目にした文字です。

今まで周りの方に
「欲がない」
「おもい切りがない」
「もっとガブリといけばいいのに」
と、言って頂いて。

でも、自分の中の「えいやっ」って気持ちが持てなくて、どうしても持てなくて、迷っていました。

何も足りなくないはずなのに。
準備は全部整ってるはずなのに。

流れてくる回転寿司を眺めて、ただ眺めて、本当に食べたいものって何だっけと、気力弱めに眺めている。
スイッチって、どうしたら入るのかなあと、また考えて。

「強強打破」って、強烈な眠気覚ましなんだよと教わって、知らなかったの恥ずかしかったですが、腑に落ちるものがありました。
眠気覚ましが必要なのかも知れません。
それも超強力な。
「精神を覚醒させろ」、そんなメッセージを受け取ったような気がします。


文節区切りの線


今まで、何かを決めてしまうことが怖かったのです。
自分の感覚を疑って、望みはあっても、その望みは本当に本当? と、迷ってぐだぐだにしてしまっていたと思います。

感情は鮮度がいちばん!
ワークショップ・クラスを終えた今は、なんだかそんなことを感じています。
だから、ぐだぐだ考えずに。
帰りの電車の中、まだ家にも帰っていない状態で、これを送信してしまいます。

ご一緒した皆様、田宮さん、優月さん。
ありがとうございました。
今までで、いちばん穏やかな、安心した気持ちで受けられたクラスでした。
ご縁に感謝します。



タイトルはじまり目印

T. T. さん(30代/千葉県よりご参加) ひまわりクラス




こんにちは、優月先生。

ワークショップ・クラスでは、私自身初めての参加とあり、分からないことだらけで、ご迷惑をおけしました。
時間を大切にせず、何も感じず日々過ごしていたから、遅刻もしたんだと思います。
近々、時計を買おうかなと思います。

また、人は危険回避、生き抜くすべを身に付ける為に、良くも悪くもご先祖様さまからの遺伝子を受け継いでいる。
それも、脳が七世代前から。
感心したし、どうも似てる仕草や行動が思い当たりました。

人の身体と心の構造に、興味がわきました。

チェアワークも実践でき、それを体感できる手だてになりました。



タイトルはじまり目印

A. M. さん(30代/東京都よりご参加) ひまわりクラス




私は今まで、感情を表に出すことも、感じることも、安全ではないと感じていました。
幼いころから、感情を出すと嫌なことに巻き込まれたり、気付いてほしいのに気付いてもらえなかったりしていたからです。

しだいに心を閉ざしていった私は、いざ人と関わろうとすると、人と関わることが不安で仕方がない。
人の中に居場所が見つけられない。
私は、誰からも受け入れられない。
こんな思いが、頭の中をぐるぐるかけめぐるようになってしまっていました。

そして、そんなどうしてもぬぐえない感情には、過去からのつながりがありました。
WORKSHOP CLASS 中に、ペアになった方にそのことを話すと、怒りの感情がどっと出てきて、次に悲しみの感情があふれ、涙が出ました。

文節区切りの線


私は、悔しかった、さみしかった、怖かった、守ってほしかった。

お母さん、なんで私を守ってくれなかったの……。

私にとってお母さんとは、得たくても得られなかった愛の象徴でした。

ひとしきり泣いて、チェアワークをしたあと、
「悔しいけど、もう手放してもいいかも……。」
と思えました。

両親は私に、世の中は安全だと教えてくれなかった。
でも、その両親もまた、その両親から世の中は安全だと教えてもらえなかったのだと思う。

私は、今気付けたからよかった。

これからは、自分で自分に、
「そんなに怖がらなくてもいいよ、安心していいよ、大丈夫だよ」
と、声をかけてあげたいと思います。

これから、少しずつ人に慣れて、安心できる関係を築いていけるようになりたいです。


文節区切りの線


私は、今回の WORKSHOP CLASS でも、たくさんのことに気付きました。
過去の私は、本当にがんばって生きてきた。
でも、やり方が分からなかったから、つまづいてばかりだった。
そんな自分が嫌だったけど、それは、私のがんばりが足りなかったわけではなく、ただ知らなかっただけ。

もう、私は自分を責めずに、受け入れてあげたい。
今までありがとう。
これからも、よろしくね。


ひまわりクラスの皆さま、お疲れさまでした。
そして、一緒にペアを組んでくださった方、ありがとうございました!

優月さん、今回もパワフルな WORKSHOP CLASS や、あたたかくて安全な空間を提供してくださり、感謝いたします。
田宮さん、私はあなたがいてくださると、ホッとします。

いつもありがとうございます。
これからも、よろしくお願いいたします。



タイトルはじまり目印

A. T. さん(神奈川県よりご参加) ひまわりクラス




藤沢さん、そして参加されたみなさま、先日はお疲れ様でした。
私は初めてのワークショップ・クラスでしたが、とても充実した時間が過ごせました。

あんなに眠かったのに、あんなに心? カラダ? が疲れてボーっとしてたのに、カラダが、アタマが、ワークショップ・クラスでやったことを覚えているなんて、なんとも不思議な感覚です。

今回、自分の感情に振り回されている日々が続いてたため、「感情ワークショップ」に参加しました。
日々を過ごすのがとても辛く、もやもやの中でうずうずしていたときに、このワークショップの案内を見つけ、藁にもすがる思いで、えいっ! とボタンを押した次第です。


文節区切りの線


プレワークをやってる間も、ワークショップ・クラスを受けている間も、どんだけ私は感情に対して知識がないんだ! ということを思いました。

プレワークをして、自分の感情を少しずつですがキャッチできるようになり、ワークショップ・クラスを受けてから、自分が厄介に思っていた感情の受け止め方が変わりました。
それって感情をうやむやにするのではなく、自分で解決する方法が見つかったような、そんな感じです。

今まで生きてきて、今考えると、今回学んだことのヒントはたくさん転がっていたような気がしますが、こうやってきちんと教えていただいたことによって、自分の中で知識として残り、対応方法を身につけることができたんだなと思います。

ワークショップ・クラス後は、とてもニュートラルな状態です。
(もう本当に、ニュートラルってこんな状態なんだ! と実感しています!!!)
周りからは「元気ない? 笑わなくなったね」といわれていますが、囚われていた過去や未来から開放され、今に存在している感覚すらありますが、それって今までに感じたことない状態なので、ちょっと困惑・複雑です。


文節区切りの線


実は、ワークショップ・クラスを受ける前までは、ひとつの物事に対する感情に囚われていたのですが、ワークショップ・クラスでは、そのことでは「ない」ものに対してのワークを行っていました。
あの場にいって、自分が心からネックに思っていたことを表に出すことができて、その感情を吐き出すことができたのだと思います。

そして、泣きじゃくる私をそっと受け止めてくださったパートナーの方には、本当に感謝しています。
とっても暖かい安全な場所でした。

今まで、やらなければいけないことばかりに目を向けていましたが、このワークショップを機に、自分がどう感じるか? に重きを置いて、日々を過ごしていこうと思います。
そして、また変化があったときには、必ずやご報告させていただきます!

ありがとうございました。



タイトルはじまり目印

S. M. さん(30代/東京都よりご参加) ひまわりクラス




優月さん、ONSA スタッフの皆様、
ひまわりクラスの皆様へ

時間を共有できたこと、とっても感謝しています。

ワークショップ・クラスを終えて感じていることは、日々、沢山の感情が生まれるのに、感情について本当に何も知らなかったということ。

私は、頭で考えていることも、自分の感情だと思っていました。
色々と考えて考えて自分で答えを出し、けど現実の気持ちは違くて……そのことが、とても苦しく、なぜなのだろう……と、思ってました。

でも、頭で考えていることは、“こういう風になりたい” の理想であり、現実ではそのようにならないのだから苦しくて当たり前だと、今なら分かってあげられる。

ワークショップ・クラスで、相手の方に話を聞いてもらっている時も、色々なことに話がとび、自分でも「何を私は訴えいるのだろう」と、思ってました。
今回もいい意味で、そして私の期待どおりに優月さんにガッツリと、感情だと感じていた頭で考えることができなくなり、本当の意味で、きちんと心で向き合う状況に触れたのだと思います。

だから、初めは支離滅裂だったものが、練習してきちんと触れたら、それをどう言葉に表現することすら分からなかった。
それほど、今まで誤解して生きてきたのだと思います。

今は、頭で考えようとすると頭痛が起こり、「違うよ!」と、教えてくれるかのようです。
だからアフターワークも、じっくり、じっくり時間をかけて、心に聞いて取り組んでいます。


文節区切りの線


アフターワークを取り組み始めて気づいたことは、ワークショップ・クラスの最中でさえも、相手がこんなことを求めていたんだ……と思ったほど、相手を気づかっていたこと。
けど、心の中の私は、こんなにも
「私を見て! 気づいて! 愛して!」
と、訴えていたこと。

今まで、素直にそれを認めてあげていなかったんだ、と気づきました。
この気づきは、私にとってすごく大きな気づきの予感がしています。
この気づきを大切にして、私にもっともっと語りかけてあげたいと思ってます。

ペイ・フォーワードで、ひまわりクラスのみんなに再会できるのを楽しみにしています。



タイトルはじまり目印

M. K. さん(30代/神奈川県よりご参加) ひまわりクラス




優月さん、田宮さん、クラスのみなさん。
お元気ですか?
ワークショップ・クラスおつかれさまでした。
ありがとうございました。

ワークショップ・クラス後は、疲れて眠くて、少しお腹がゆるくなりました。
その後、首と肩甲骨周りに強い詰まり感があって、息苦しくなったり、イライラが溜まったりするので、チェアワークを繰り返して日々を乗り越えています。


私は、「怒り」の感情を軽蔑していました。
幼いころ、父が表出する怒りはとても恐ろしくて理不尽で、絶対に許せない! と、私自身も強い怒りを感じていました。

この ”怒り地獄” に巻き込まれているときは、自分は狂人かと思う程で、大人になってからも私を困らせていて、ただ、ここ数年表出することななかったのですが、ワークショップ・クラスから5日後に突然 ”怒り地獄” が出てきたので、なんとか安全に処理(布団をめちゃめちゃに叩く)しながら、
「他人をどうにかするんじゃなく、自分をどうにかしたい」
と思いました。

ワーク中に気づいたことは、私は心を閉じた状態で日常を送っているようだということ、心を開くことがいいことだと頭ではわかっているけど、それをすることはとても怖いことだと思っているということ、素直な笑顔をとても素敵だと思っていながらも、「絶対笑ってやるもんか!」という、自分にとって何の得にもならないことに執着しているということでした。

まだ、頭も心も整理がつかない状態なので、アフターワークで自分が何を感じるか観察したいと思います。

ワークショップに参加できて、よかったです。
みなさんのご多幸をお祈りします。
ありがとうございました。



タイトルはじまり目印

C. K. さん(30代/神奈川県よりご参加) ひまわりクラス




藤沢さん、スタッフの皆さん、ワークショップ・クラスに一緒に参加した皆さん、ありがとうございました。

ONSA のワークショップに参加したのは2回目です。
去年初めて参加した時は、何となく雰囲気になじめず、最後まで不完全燃焼で入りこめなかった、という印象が強かったのですが、今回は「ちゃんと参加できた」と思います。

1つには、席が良かったと思います。
前回参加の経験から、どちらかというと及び腰で、できれば後ろの方の窓の脇とかに座りたかったのですが、道に迷った結果(会場までの道はしっかり確認していたので迷わなかったのですが、なんと池袋駅構内と会場の建物の中の両方で迷いました)ワークショップの会場に着いたのがぎりぎりとなってしまい、一番前の藤沢さんの隣の席しか空いていませんでした。

「しまった……」と思ったのですが、他に選択の余地はなく……。
でも、そのお陰で、藤沢さんの人を安心させるような雰囲気を近くに感じ、却って緊張しなかったような気がします。

考えてみると、私は学校の授業でも何かを観に行くときも、基本的に前の席が好き。
後ろの席はなんだか集中できず、先生や演者を遠くから眺めているだけになってしまうことが多いので、偶然でしたが今回の席は何かにきちんと取り組むときの自分に合っていたのだと思いました。

ワークショップ・クラスは不思議な空気で、後から振り返ると夢の中にいたみたいです。
私も含め、みんないい大人なのに、いっぱい泣いて、でもそれが自然な感じで。
特に後半のワークになると、みんな疲れて、頭もぼんやりして、難しいことが考えられなくなって。
外の雨も、室内でみんなで自分の感情に向き合う雰囲気を作るのに、一役買っていたのではないかと思います。

文節区切りの線


今回のワークで難しかったのは、自分が言われたくないネガティブなフレーズを見つけて、それをパートナーに言ってもらって、それに対して「i‐message」で答えること。
適切な言葉を見つけられていないのか、言葉に対する自分の感情が鈍くなっているのか、これといった感情は出て来ませんでした。
前回参加したワークショップでも似たようなワークがあったのですが、その時も反応できなかったので、もう少し自分の感情を知るように意識しよう、と思っています。

逆に、ポジティブなフレーズ、言われて嬉しい言葉の方は、言う側も言われる側も、特に無理をしなくても自然に笑顔になって、楽しい気分になれる。
ネガティブな言葉を相手に投げるときは、言われる側だけでなく、言う側もなんとなく気分が良くないなと、言っている時の気分を、当たり前のことかもしれないけど、ワークを通して改めて知ることができました。


最後に、「ひまわりクラス」という名前が好きです。
向日葵は、特に自分が好きな花というわけではないのですが、夏の暑い中、太陽に向かってまっすぐに立って大きな黄色い花を咲かせる、そんな力強いイメージがあります。
最初にクラスの名前を知った時、明るい気分になりました。

以上、とりとめもなく書いてしまいましたが、読んでいただきありがとうございました。
ワークショップ・クラスでパートナーを組んでくださった方にも感謝いたします。



タイトルはじまり目印

M. S. さん(30代/東京都よりご参加) ひまわりクラス




藤沢さん、田宮さん、先日はお世話になりました。
ひまわりクラスのみなさん、皆さんと一緒にあの場を共有できてよかった。
ありがとうございます。

今回のワークショップは、前半クラスの途中から片頭痛、後半は疲労感を抱えつつでしたが、今やることをとにかくやりきった、という充実感もありの一日でした。

翌朝起きたらまた頭痛が襲ってきましたが、比較的ゆっくり過ごしたせいか、体調も2~3日でもとに戻りました。


いつも漠然と襲ってくる、不安な気持ち。
人に嫌われるんじゃないか、という恐れからくる不安。
「感情ワークショップ」に参加した理由は、この「不安」感情とちゃんと向き合いたいと思ったからです。

クラスが始まる直前、藤沢さんから
「今日は、家族問題をテーマにワークをしてみよう」
とアドバイスを頂きました。


文節区切りの線


私は、家族とは現在、物理的な距離を置いているので、会話はたまにする程度です。
自分の気持ちが乱されることがなくなるので、この方がいいと思って、大学を卒業してからずっと(一時期母と二人暮らしをしていましたが)親と離れて暮らしています。

でも、そうすることで、自分が親に対して本当はどう感じているのかが、あいまいになっている気がしました。
クラスで自分の気持ちを伝える時、感じていることをつかみきれず、ストレートに言葉にできなかったからです。

自分には、まだ抑えてしまっている感情があるんじゃないか。

人と接するときや、何か行動する前に胸に「もやっ」とくる不安感にしても、過去に感じた何かの感情が引き金になってるのかもしれない。
その感情に引っ張られるから、「今」にいれなくて、いつも不安ばかり抱えてしまうのかも知れない。

もっと自分を知るために、「今何を感じているか」はこれからも気にしてみようと思っています。


文節区切りの線


後半のペアワークは、困難の連続でした。
3分間自分のことを話す場面では、私はその場から逃げ出したくてたまりませんでした。
上手に相手に解るように話さなきゃと焦れば焦るほど、うまく伝えられない。

こんな話、聞いている側に飽きられないか。
それが不安で、自分の感情どころではなく……。
完璧に「今」にいませんでした。

一方、お相手の方は、自分の気持ちを確かめるようにゆっくり、間をもって話してくださったのが印象的でした。
自分と対峙する、向き合う、ということを目の前で学ばせていただいたような時間でした。


ペアを組んでいただいたMさん、本当にありがとうございました。
ポジティブ・フィードバックでかけてもらった言葉は、あったかくて優しくて。
呼びかけてもらった私の名前、想い、感謝……ひとつひとつの言葉が胸に響きました。
私もそんな風に、自分の気持ちが相手に伝わるような会話ができるようになりたい。
心からそう思いました。

そして田宮さん、雨の中ポカリスエットを買いに出て下さり、本当にありがとうございました。
おかげで生き返りました(笑)。

ワークショップ・クラスを終えた今、もっともっと自分と仲良くなりたいと思っています。

みなさん、本当にありがとうございました。



タイトルはじまり目印

S. O. さん(30代/山形県よりご参加) ひまわりクラス




ひまわりクラスのみなさん、藤沢さんをはじめ ONSA スタッフのみなさん、このたびもお世話になりました。

今回のワークショップ・クラスでは、感情について学ぶことができ、感情の仕組みが分かり、少しだけ自分のことが、そして他人のことが許せる気持ちになりました。

それから、幼いころは意識することもなかった自分の家族が、機能不全であったこと。
今でもそのことをひきずって生きていることにも気づきました。

私のマイナス思考は、私の生い立ちが関連しているなんて、思ってみませんでした。

ワークショップ・クラスに参加しなかったら、一生知らずに生きていたかもしれません。

これからは、しっかり「今」に生きたいと思います。



タイトルはじまり目印

I. T. さん(20代/愛媛県よりご参加) ひまわりクラス




優月さん、田宮さん、ひまわりクラスの皆さん、
その後、いかがお過ごしですか?
先日は皆さんのおかげで、とてもいい時間を過ごすことができました。
どうもありがとうございます!

今回のワークショップ・クラスでも、いろいろ気づくことがありました。

私は、感情より先に頭が動くほうなので、このワークショップで感情についてじっくり取り組んでみて、本当に良かったです。
「感情」というと、自分の中ではやっかいなものというイメージだったのですが、そうじゃないんだと実感できました。

それから、やっぱり、自分の心の声や感情に耳を澄ますことは、とても大事なことなんだなと思いました。
つい他の人と比べてしまうけど、それが自分の望んでいるものではないことだってある。
大切なのは、自分の望みを知っていること。
そして、それに向かって行動することなのかなと思いました。

最後に、ワークショップ・クラスで相手をして下さったMさん、どうもありがとうございました ^^
途中、胃が痛くなったりもしましたが……(笑)、とてもいい経験になりました。



PAY FORWARD:対面式「感情ワークショップ」|
2012.03月開催 「感情ワークショップ」はなみずきクラス


「感情ワークショップ」の PAY FORWARD(ご参加者のご感想)です。
なお、PAY FORWARD の本文中には、ワークショップ内で学んだ専門用語が登場する場合がございます。その旨どうぞご了承ください。

●コースの内容 
- 「感情ワークショップ」
●もっと読む
- PAY FORWARD(ご参加者のご感想) もくじ

 PAY FORWARD(ペイ・フォーワード)とは「次の人につなぐ」という意味。すでに ONSA WORKSHOP にご参加されて、ひと足先に変化を歩き出した方々から贈られるメッセージです。
タイトルはじまり目印

R. I. さん はなみずきクラス




はなみずきクラスのみなさん、藤沢さん、田宮さん、先日はありがとうございました。

すごく濃いワークショップ・クラスで、消化できてるのかよくわかりませんが、クレンジング・リアクションも出てるのかよくわかりませんが、今は少しゆっくりした、穏やかな時間にいる気がします。
今までより少しゆっくり、ちょうどいい感じです。

最初は気づかなかったけど、怒りの感情を感じてたり、頭で分析したり考えすぎだったって気づけて、体験できました。

パートナーさんと「ありがとう」の言葉を笑顔で言い合ったときは、「ああ、人に笑っていいんだ」って思って、ぶわって感情があふれてきました。
今まで笑顔で満足したら、もっとこれをやれって、上を目指せって言われるような気がして、感情をうまく出すのができませんでした。
でも、今はそんなこと言う人いない。
もっと人に笑おうって思います。

パートナーさんが喜んでくれたのも、すごい嬉しかった。
初めて会った人と、こんなに心から通じあえた気がしたのも初めてで、何も考えなくてもいいんだって体験できた。

心が楽になれたり、温かくなれたり、いろんな瞬間がありました。
日常生活でも、心がほかほかしてたい。
そのために、攻撃的でない「i‐message」を使っていこうと思います。
これからも、ゆっくりした穏やかな時間の中にいようと思います。



タイトルはじまり目印

A. M. さん はなみずきクラス




藤沢さま、みなさま

3月11日の「感情ワークショップ」では大変お世話になりました。

周囲の意見に振り回され、自分の意思がなく(表現できない)、ぐったり疲れてしまっていた事、仕事終わりに不安な気持ちが湧いてくる事を、何とかしたくて参加しました。

初めての参加だったので、非常に緊張し、感情移入できない部分もありましたが、藤沢さんが「できなくてもいい、ここは安心できる場所」と繰り返し話してくださったので、「私は今日はここまででいいんだ」と思う事ができました。

自分の気持ちを、こんなに素直に言葉にしたのは初めてです。
話せた事、言葉にした事自体に感情がゆれて、涙が出てしまいました。
ペアを組んだ方、話を聞いて下さってありがとうございました。
そして私に、心に思っている想いを話して下さって、ありがとうございました。

後半ペアを組んだ方と帰りが一緒になり、途中まで一緒に電車で帰りました。
4回目の参加だったそうで、「i‐message」やヨガなどに取り組むことで体調も良くなり、楽になったと話されていて、実際に変容できている方の話を聞けて、勇気を頂けました。
ありがとうございました。
またどこかで会えたらいいですね。



文節区切りの線


当日終了後は、頭がガンガン痛くなって吐きそうになりました。
今も頭痛がします。

即返してしまうとか、人の境界線に入ってしまうとか、過去との紐付とか、他人を裁いてしまうとか、他人と比べるとか……。
全部自分に当てはまります。
気づけてよかったです。

とは言っても、日常に戻って早速、即返したり、他人と比べたり……、と相変わらずな自分がいます。
最初から全部は出来ないと思うので、小さなことから、出来ることから取り組んでいきたいと思います。
チェアワークは日課にします。

また、私は家族問題のケアが必要なのは薄々わかっていたのに、何となくフタをして生きてきました。
今回の AFTER WORK が終わったら、まずは『インナーチャイルド―本当のあなたを取り戻す方法』を読む事から始めたいと思います。

今、私の大好きな某アーティストの歌が、ずっと頭の中をぐるぐる回っています。
今の私の心境にぴったりな歌詞です。
 ♪何かに押しつぶされそうになってもそれを跳ね返す強さを持ってよ
 ♪君にできないことはない、君は君らしく君で居ればいい

素敵な時間をありがとうございました。



タイトルはじまり目印

M. K. さん はなみずきクラス




藤沢さん、田宮さん、そしてはなみずきクラスのみなさん、ワークショップ・クラスお疲れ様でした。

ワークショップ・クラスが終わった後の、率直な感想としましては、なんだか頭の中がすかっと、晴れ渡っているそんな感覚です。

ONSA のワークショップは、初参加でした。
追加募集があり、日程としては問題なく、後は自分の気持ち次第でした。
そのときに、藤沢さんがブログで何度も書かれていた
「準備が整うことは、きっといつまで経っても来ない。えいっ!! と踏み切る感じ」
という言葉が、わたしの背中を押してくれました。
まさにその通りでした。
勇気出して、えいっ!! って踏み切って、本当に良かったと思います。


文節区切りの線


プレワーク時は、過去のことを思い出して、いらいら・どんより…はぁ…って感じでした。
こんな苦しいことばっかり思い出すなんて、もういやだ! って思っていました。

ワークショップ・クラス当日、心を開いて自分の声を聞く最初のワークで、自分の感情を表現しようとしたとき、事実説明になっていたことに気づき、
「自分がどう思っているのか・感じているのか……」
最初は、正直よく分かりませんでした。

でも、ワークを重ねるにつれ、言語メッセージと非言語メッセージがだんだん一致してきて、
「わたしって、こう感じていて、それをシンプルな言葉で表現できそうかも」
と気づきました。

そして、2回目のワークショップ・クラスのはじまり、藤沢さんに
「今までみんながんばってきた。うまくできないからここにいる。うまくやろうとせず、ありのままの感情を心開いて感じてみて」
といわれ、涙が出てきました。


文節区切りの線


私は今まで優等生、いわゆる “いい子” を通してきて、「こう言えば正解」みたいなことを、自動的に口にすることが多かったように思うのです。
優等生の答えを出すようがんばってきて、その答えにたどり着くまでのプロセスにあった様々な感情……本当はこう思う(けどそれは言ってはいけない)……を、すっとばしてしまったから辛かったんじゃないか、ふとそう思え、
「今までようやってきたわ、がんばらんくてもいいんだ、ありのままのわたしでいい」
と思えたら、涙があふれてきたのです。

そして、チェアワーク、いままでも自己流でやってはみたものの、いまいちな感触でしたが、今回やってみて、こんなに身体の中に芯が通ったかのようにどっしりと構えられ、頭がリセットできることに気づけて、なんだか笑えてきました。


わたしは、今回のワークショップに参加して「自分はこう思った」、その感情を心から大切にしていいんだということに気づけました。
そして、「感情の BIG4」の正体を知ることができ、これから少しは、冷静に自分を振り返ることができそうかな。
そして、その感情を相手に伝えるならば、「i‐message」で境界線を守って伝えられるよう、訓練していこうかなって感じです。

これからもクラスのみんなの顔を、そして、このワークショップで知識として学んだことを思い出して、毎日を過ごしていきたいと思います。


最後に、ペアを組んでくださった方、クラスのみんな、そして藤沢さん、田宮さん、本当にお世話になりました。
ありがとうございました。



タイトルはじまり目印

A. N. さん はなみずきクラス



こんにちは。
時が経つのは早いもので、ワークショップ・クラスから一週間が経過しようとしています。

優月さん、田宮さん、クラスでご一緒した皆様、その節は大変お世話になりました。
特に、自己紹介中に恥ずかしさのあまり「あっ」と声を上げて皆様をびっくりさせてしまった事、今でも申し訳なく思っています。
どうぞお許しくださいませ。


優月さんには申し訳ないのですが、クラスの二回目は片頭痛が酷くて、あまり身が入りませんでした。
吐き気とズキズキする頭で受けたので、直前の指示もすぐに忘れてしまう有様で、ポカリスエットも試したのですが、もう駄目でした。
なので、プレワークも含めてお話します。

プレワークは、『未来日記』に「感情が動いた現在の出来事」、「その時の感情」、「結びついている過去の出来事」を書き留めていくのですが、最初は記録程度にしか思わなかったものが、結びついていることや、感情のパターンなどをまとめていくうちに、段々と気持ちが落ち込んでいきました。

『未来日記』は夜にまとめたのですが、蓋をしていたものと直に向き合うことになるので、却ってもやもやして、寝付くのが遅くなったりします。
私はパニック発作持ちなので、ショックが大きいと胸痛の発作が起こるのですが、前日もやもやしていると、翌朝は酷い発作で目が覚めます。
(注:発作で死ぬことはありません)

多分、自分としては、それだけ隠しておきたかったことなのでしょう。
ですので、ワークショップ・クラス当日は、かなり重苦しいものを引きずりながら、会場へ向かいました。
冗談でなく、溜まった緊張のエネルギーで体が爆発するのではないか、という気さえしていました。

でも、身が入らないながらも2回のワークショップ・クラスを受けた後には、自然と足取りが軽くなっていたのです。
足が疲れていたので、足のむくみをとるハーブのシートを貼って寝たら、次の日には体全体がとてもリラックスしていました。
シートのお陰かな、とも思いましたが、今考えたら、ワークショップ・クラスで抱えているものを全て降ろしたからだ思います。


文節区切りの線


ワークショップは2回受けたのですが、「感情ワークショップ」は特にプレワークがきついという実感があります。
でも、過去ときちんと向き合うというのは、悩んでいる方こそやっておいた方が、後が楽ですよ。
当日休みたくなっても、会場までだるい体を引きずって行くことをお勧めします。

最後に、1回目、2回目でそれぞれパートナーを組んで下さった方、どうもありがとうございました。
お二人と組めたことが一番嬉しかったです。
要領を得ない私を温かく見守ってくださって、本当にありがとうございました。



タイトルはじまり目印

S. I. さん はなみずきクラス




優月先生、田宮さん、はなみずきクラスのみなさま
先日は、ありがとうございました。

何度か WORKSHOP に参加して、やっと気がついたことは、下手でもいいから、抱えている問題を話さないと、癒されることも、前進することもできないと思い、今日、沈黙をやぶろうと決心して PAY FORWARD にむかっています。

心を開くこと、話すこと、質問することが難しい私は、先立って出てくる感情は、「恥」でした。
トラブルに巻き込まれたり、精神的ストレスや、緊張を感じる環境に繰り返し身を置いているうちに、痛みの感情が激怒となって表れるようになっていました。
慢性的な喪失によって、自己否定感は強まり、過食や強迫行動・強迫観念として反応がでてきていることに気がつきました。
言葉を発することはありませんが、時に、卑猥な言葉が出てきて、そんな自分が怖くなり、苦しめられます。

そんな痛みを取り除こうとコントロールすればするほど、悪化するばかりです。
本当の私を他人に知られまいと、よく見せようとか好かれようとしている自分がいて、肝心の私の感情を閉じ込めてしまって、気づくことができずにいました。

私にとって表現が難しい感情は、「悲しみ」と「嫉妬」です。
なぜなら、弱さにつけこまれるのが怖いからです。

私にとって感情は、どこか厄介なものでした。
感情は、当たり前のものだと知った今、まずは、もっと自分の感情を理解したいです。
私のことを分かっているのは、他の誰かではなく、私自身なのだと、心から感じることができました。



タイトルはじまり目印

Y. O. さん はなみずきクラス




藤沢さん、田宮さん、ご参加された皆さん、先日はありがとうございました。

私にとって、今回のワークショップ・クラスは難しいものでした。
初めに、厄介な感情から過去につながる出来事を思い浮かべることが難しく、何となくは浮かんできたのですが、それが一番の原因かどうかは曖昧なまま進んでいきました。
けれども、引っかかりを感じていたのは確かなことで、後半からのワークでは、自分のその時(幼い頃)の正直な気持ちが出てきたときは、納得しました。

実際にその感情につながっている、人から受けた言葉を、ペアになった方に言ってもらった時は、ドキッとして考えが止まってしまう感じになり、泣きたい気分になりました。
不安と感じていた感情でしたが、その瞬間、恐れになっていました。
2回目からは、その恐さも少しずつ和らぎ、相手の感情、相手の考えなんだな……と少し落ち着いて受け止めることができました。

今回の一番の気づきは、自分が知らず知らず、人と自分を比べてしまっていることを知ったことだと思います。


文節区切りの線


前半は自分の感情がつかめず、ワークについていけているのか不安になり、
「これでいいのかな? どうして出てこないんだろう……」
の連続で、休憩中は
「ちゃんと心が開けていないのかな」
とか
「集中が足りないんじゃないか?」
「もしかしてその感情は、実は私にとってあまり大きいものではないのかな?」
等、悶々と原因について考えていました。

多分、藤沢さんに質問をしても、私の感覚的なことなので仕方のないことと思いつつも、できればこの機会を十分に活かしたいと思う気持ちが大きくて、恥ずかしく思いながらも質問させて頂きました。
藤沢さんの「わかりません」は穏やかに聞こえ、自分でもわかっていた為か、ちょっと自分が滑稽に思えたりしました。
でも、質問できて本当に良かったです。

それが、人と比べていることだとわかったこと。
頑張らなくていいんだ、できなくてもそれが現状で、それを受け止めることが糧になるんだと、頑張っていないからできない訳じゃないんだと、そう思うとホッとするというか、私は頑張れないことに罪悪感を感じてしまうようです。

自分に正直になる。
前回参加したワークショップでそう決めたのに、まだまだ実際にはそうできていないことを知ることにもなりました。
質問できたことで、後半は気持ちが楽になり、リラックスして臨めました。
本当にできないことも沢山のことを教えてくれています。


文節区切りの線


そんなワーク中にはなかなか出てこなかった私の感情ですが、帰りの電車の中で思い出した事がありました。
幼い頃の私は、感情を表に出すことをあまり許されてこなかったということです。
顔に負の感情を出すことは、相手に対して失礼なことだという考え方が、今の私にも残っています。

そのことをキーワードに、小さい頃にあって、時々思い出す出来事が思い浮かびました。
それは、ワークで取り組んだ言葉や感情に通じるものでした。
ちゃんと出てきていたんだと思いました。
自分のことを信じきれない気持ちも、やはり私の大きな課題だと思います。


最後になりましたが、ペアになってくださった方へ、感想を丁寧に伝えてくださって、ありがとうございました。
前半のワークでペアになり、帰りに声をかけてくださった M さん、温かい言葉をありがとうございました。
すごく励まされました。
焦らず、自分のペースで進んで行こうと思います。
そして只お話できたこと、とても嬉しかったです。
ありがとうございました。



タイトルはじまり目印

A. G. さん はなみずきクラス




藤沢さん
田宮さん

先日のワークショップ・クラスでは大変お世話になりました。

当日は、実はあまり乗り気ではありませんでした(笑)。
足が向かないというか……。
前回のワークショップの時に、セルフトークに耳を傾け過ぎて、心を開いていないことを指摘されたので、また出来なかったらどうしようと思っていました。

ワークショップ・クラスが始まる前に、藤沢さんにアドバイスをもらいました。
それは「自分の手に負える範囲でやること、その境界線を知ること」でした。
それまで、自分ではあまり言葉の意味がわかっていなかったのですが、今ではその意味がよくわかります。

私は、ワークショップに何度も参加しているのですが、悪い意味で慣れてしまっていたので、初心に戻ってひたすら心を開くように、セルフトークをしないようにしました。
途中で頭が痛くなってきましたが、それでもやり遂げたくて必死でした。

「感情ワークショップ」は、私の知らないことばかりでした。
自分では意外にも怒りが出てきたので、本当はたくさん貯めてたんだな~と感じました。
今は、受けて本当によかったと思っています。

ワークショップ・クラスの後、クレンジング・リアクションもきました。
今回は足が筋肉痛になりました。
こんなことは今までなかったです。


文節区切りの線


以前、「身体のワークショップ」に参加した時のプリントを読み返したら……思い当たる節がたくさんありました(笑)。
やっぱりな~という感じです。

まだ TAT までは届かないですが、もっと心の筋力を鍛えられるように、穏やかに、しなやかになれるようになりたいと思いました。

一緒にワークショップに参加された皆さんも、そうありますように。



タイトルはじまり目印

T. Y. さん はなみずきクラス




これまで感情は、自分の中に閉じ込めるか、爆発して相手に投げつけてしまうものでした。
感情的な人も、どう扱っていいかわからず、ニガテでした。

ワークショップ・クラスで感情を探っていくと、自分の内側の声にたどりついた感じです。
ちゃんと見ていくと、内側に大きな感情がかくれていて、感情が大きく深いほど、心の声が切実だったのかな、と思いました。

”怖い” と恐れていた気持ちが、本当は大きな悲しみだったのがわかり、お互いに理解しあいたい、という願いが、心の底から出てきました。
これがわかっただけで、本当に安心できました。

そして、その感情と気持ちをきちんと伝えることができると、相手とのつながりが強くなった気がします。
もしその願いがかなわなかったとしても、耳を傾けてくれて、自分の本当の気持ちを伝えられるだけで十分、と思えます。

これからは、自分に対しても、周囲の人に対しても、感情の揺れを前より恐れなくなると思います。
感情があるから、心の痛みを感じることができる。
感情がどういう意味を持っているのか、どう伝えれば伝わるか、わかったので。

反射的に反応することは気をつけよう、と思って、でも、無理に押し込めず、自分の感情とゆっくりとなかよくできるといいなぁと思っています。



タイトルはじまり目印

A. N. さん はなみずきクラス




優月さん、田宮さん、参加者の皆様、
ワークショップ・クラス当日はありがとうございました!
そして、おつかれさまでした。

あの短い時間の中で、ものすごくエネルギーを使ったのを感じました。
自分の疲れ方にびっくりしたくらいでした。

帰り道は「こんなに気持ちが楽なのは初めてかも」というくらい、穏やかなリラックスした感じだったのですが、次の日から数日は、一転してしんどくなって、カラダもだるいし、力が出ないし、精神的にも何もかもがうんざり! 全部もう嫌! という感じでした。
これがクレンジング・リアクションだといいなぁと思いながら、水分をたくさんとって、どうにか過ごしました。

一週間近くたって、やっとちょっと落ちついたかなぁと思います。

しんどい最中は「とにかく実家を出たい」という気持ち(焦り)が強かったのですが、今はそれも少し落ちついて、現実的にお金のことを考えよう、好きなことをやるのとどっちが大事かな? と思っています。

ワークショップ・クラス当日、特に優月さんに「人とくらべないで」と言っていただいたあとの後半は、真剣にワークに向き合うことができたと思います。
正直、ワークで経験したことは、まだ「何がなんだかわからない」という感覚ですが、アタマで理解してまとめようとしてしまいがちな私にとっては、それでいいことにするのも、大事なのかもしれません。


文節区切りの線


この一週間の中で、印象的な出来事が二つありました。
一つは、ワークショップ・クラス当日に友だちから来た、私が誘いを断ったことに対するお怒りのメール。
「あぁ、いま私、知らないうちに境界線を侵犯されたから罪悪感を感じたんだ!」
と思ったら、とても楽になりました。

もう一つは……最後のワークで何度も言ってもらう練習をした「言われたい言葉」を、どういう風の吹き回しか、うちの母が口にしたこと。
嬉しいだけではない、怒りとか、悲しみとか、いろんな思いが複雑によぎりましたが、練習のおかげでどうにか、まずは「ありがとう」と言えました。

ワークショップ・クラスの日の帰り道の穏やかな感じ、あの感じを体感できたことが、何よりもよかったと思っています。
あの感じが持続して、普通の状態になったらいいなぁと思います。
なれますように。

ありがとうございました。



タイトルはじまり目印

M. S. さん はなみずきクラス




「感情ワークショップ」に参加させていただきました。
私の3つの気づきをここに書きます。

1つめは、ポジティブな「i‐message」の練習でのこと。
相手の方へお礼を言った時、また、相手の方からお礼を言ってもらった時、私は涙があふれました。
「わかろうとしてくれてありがとう」
相手の方も、私と似たシチュエーションの会話を練習にされていました。

意外だったのは、お礼を受け取って涙がでたこと。
今まで私は、いろんな相手をわかろうと、たくさんエネルギーを使ってきました。
両親とのパターンがルーツです。
相手は何も言わない、本音を言わない、聞いても答えない、なぜ怒ってるのかわからない、どうしたらいいんやろう、わかってあげなくては、こわい、不安……と、ぐるぐるとしてきたんです。

何も言わない相手を理解するという行為は、私にとって、とてもエネルギーを使うことでした。
察するといっても、当たるかどうかわからないし、外したらまた怒ってるし、相手を察せられない日本人ぽくない私はやさしくなくて、あかんのかな……と思って、がんばってわかろうとずっとしてきました。

でも、もう疲れていました。
だから、お礼をもらった時、あなたを想ってるよ、わかろうとしたいよって、この気持ちが伝わったように感じて、私はうれしかったです。


文節区切りの線


2つめは、悲しみ、辛い、傷ついた感情をシェアして、私は「人から私への ”理想”」が恐いと感じていたことに気づきました。
これも、小さい頃からの私のパターンのルーツのひとつでした。

感じるままに、泣きながらシェアして口から出た言葉が教えてくれました。
「もうそんな理想にはなれやん」
「そんなんですきになってくれても、そんなんあたしとちゃう」
「もうできやん」
「もう無理なんよ」

私は、親から「払ったお金に見合う子」「こんな子であるように」という、彼らの理想と比較され、他の子と比較されて育ちました。
今、書いていても悲しくて、涙が出てきます。
生きのびるため、嫌われたくない、愛して欲しい、だから期待に応えるためにがんばってきた、でも信じられないくらい傷ついてきた私に、気づきました。

私は、小学校中学年くらいから、親や家族とあまり会話せず、不遜な態度をとるようになっていましたが、そんな外側であっでも、内側では愛して欲しいためにがんばっていたことに気づきました。
本当に、信じられないくらい、私は傷ついていました。


文節区切りの線


3つめは、本当に、今も日常のほとんどの時間を、他人の機嫌に左右されていたこと。
怒りや不機嫌にびくびくしたり、良くしてくれたらほっとしたり、私の『未来日記』は、他人の機嫌のメモでいっぱい。
私が感じているのは、不安、恐い、怒りが大半でした。

怒っている人に何かされるんじゃないか、罰を受けるんじゃないかとびくびく。
特に男性や上司、同じ場所に居続けなくてはいけない人(会社など)に対して反応していました。
その人が目の前にいなくても、ひとりで頭でぐるぐるその人のことを考えていました。
わたしのせいなの? 何かしたのかな? と身体は緊張して、思考が走ります。
他人重心で、毎日一喜一憂でした。

これも、ルーツは両親や家族との関係です。
私の父親や祖父は、普段だまっていて突然激怒していました。
また、その理由を言わないことをしていました。
部屋へひきこもったり。
母や祖母は狼狽して、おずおず機嫌をとったり、距離をおいておびえたり、腫れ物に触らないという対応をしていました。
私もそうしていました。
恐いから、私も怒った風に相手に接するのですが、その態度の後ろでは怯えていました。


文節区切りの線


3つを書いていて、小さい頃からの私のパターンをもっと知る事ができてよかった……。
また自分を知る事ができて、私はうれしいです。

私の両親は、ネガティブなことに「ひたすら耐える、我慢する、放っておく」ことをしますが、ずっと耐えてたのは私もなの? と、また自分をわかってあげられた。
私は自分を、いい人じゃない、優しくない、女性らしい優しさの無い、自分勝手な人だと思ってきました。
親や他人に言われたことがあったから。

でも、相手を察せられなくて、相手の理想になれなくて、相手の機嫌をとれないから、私は自分勝手な人です、って何かそれおかしくない? ちがうんじゃないのか……? と、ポジティブな疑問をもてました。
ずっと ONSA の WORKSHOP で訓練してきたから、こんな問い直しができるようになった……。
境界線の大事さ、「i‐message」の力を、今も、より大事に大切に感じています。

自分の感情のパターンを知って今、やっぱり私は、私を守ってあげたい。
本当に自分のこころに確認できました。
もっと、私の境界線を大切にする行動をして、「i‐message」の練習をして、私を大切にしたい。
もっと、私を大切にして愛していたい。
胸の痛みごと、過去のすべて、何もかも全部。
そして、私が私のままで心地よくあれる、お互いの境界線を尊重し合える人達と出会って、共に時間をすごしたい。
私は、人生を楽しみたい。


文節区切りの線


今回も、私のこころからの感謝を捧げます。
藤沢優月さま、田宮さま、ご一緒できた皆様、ワークでペアになれたお二人の方へ。
読んでくださったあなたへ。

ありがとうございました。
Thank you.

Love,



タイトルはじまり目印

A. K. さん はなみずきクラス




私と感情の関係は、どこかずれているような、ねじれているような、そんな関係の気がしていました。
前のワークショップで、優月さんに「感情ワークショップ」をおススメされ、自分でも何か手掛かりが欲しくて、今回参加しました。

参加してみて振り返ってみると、どうも私は、言語と非言語が一致してないのかも、という事に気がついてました。
自分の非言語(表情や姿勢や仕草)って、その場では自覚しにくいですね。

ペアワークで、もう一度やってみて、と言われて、まだ顔がこわばってたらしい自分に気がつきました。
やっぱり、気持ちや感情を伝えるのって、プラスの事でも、マイナスの事でも、私にとってはとても勇気がいる事です。
勇気がいって、どきどきしてるから、たぶん顔も仕草も硬いのだろうな。

何回かワークを繰り返し、そして最後にはペアの方に、
「さっきよりやわらかくなってるし、気持ちは伝わってきたよ」
と言って頂いたとき、じんわりと安心し、喜ぶ気持ちで、ほっとしました。

気がついて、少しずつ繰り返してやってみれば、できそう。
日常でも、非言語の表現が自然に出るような心持ちをしていきたいと思いました。


文節区切りの線


それから、開始前に、これまでのワークを見てきている優月さんから頂いたコメントも、印象的でした。
私が「悩み」と思ってたことが、実は「原因」なのかも、と気付きました。
視点がちょっと変わって、今後に取り組む姿勢にも影響を頂いた気がします。

ひとつひとつ、丁寧に。
忘れそうになっても、落ち着いて思い出そう。
そういう姿勢を持って、これからやって行きたいです。
そして近いうちに、私のなかに溜まっているどんよりした何かが、さらさらと溶けて流れていきますように。


優月さん、田宮さん、事務局のみなさま、
今回もありがとうございました。



タイトルはじまり目印

N. S. さん はなみずきクラス




先日は「感情ワークショップ」に参加させていただき、ありがとうございました。

感情って一体なんなんだろう? そんな疑問や、自分があんまり今まで感情を表に出したことがないことから、何となく窮屈な思いをしていたことがきっかけで、参加する事を決めました。

私は、感情の中でも特に「怒り」を日々の生活で感じたことは、あまりありませんでした。
しかし、よくよく自分のこころと対話してみると、結構怒りの感情を持っていて、自分で見ないようにしていた事に気づきました。
失敗してもいい、できなくてもいい、でも思い切ってここで自分の怒りの感情を表現してみよう! と決心し、ワークショップ中に怒りをぶつけてみました。
そしたら、自分でもびっくりするくらい身体が熱くなって、悔しい気持ちや、やりきれない思いが出てきました。
このことを体験できただけでも、自分では OK って思いました。

それから、自分の感情を伝えることを実践したときは、自分が言ったときも、言われたときも、とてもこころが温かくなりました。
自分の感情は自然に発生したものだから、それを大事にして、この感情が起こるという事は自分が今どう感じているのかなぁ、という事に気づいてあげたいと思います。

優月さん、田宮さん、クラスのみなさん、ありがとうございました。



タイトルはじまり目印

Y. W. さん はなみずきクラス




優月さん、田宮さん、はなみずきクラスの皆さん、
素敵なワークショップをありがとうございました。
おかげさまで、今回もとても心地よい環境・時間で沢山のことを学ぶことができました。

「感情」がテーマの WORKSHOP。
感情がそのままで出せて、本当に良かったです。
ペアになってくださったお二人と、安心してトライできる場所を作ってくださった優月さん & 皆さんに感謝です。

ずっと「こんな感情は出してはいけない(感じること自体もダメ)」と封印していたもの。
それを出してみたら、私という存在が、すっと立ち上がってくるのを感じました。
私の場合、それは怒りの感情だったのですが、出しながら「あ、これが私……」と、不思議と生命力を感じることができました。

そして、自分が中心に戻っていく感覚がしっかりしてくるごとに、口にしてた怒りの感情も、自然とおさまっていきました。
「あ、これはもう過去のことだ」
「すごーくごっそりあるかと思ったけど、3分もあれば結構話せるものだな」
と、自然と区切りがついて、
「それに必要以上にとらわれるより、今ここで生きている私を大切にしたい(主役にしたい)」
と思えました。


文節区切りの線


前半にペアになってくださった方、私の何十年もの怒り(怖い~!(笑))を、ただ黙って受けとめてくださり、ありがとうございました。
おかげでたった3分でスッキリしました!
最後に、「そうだよね」と同調してくださったちいさなサインも、とてもとても嬉しかったです。
何気ないことでしたが、
「私が感情を出しても、受け入れてくれる人はいるんだ」
と、人を信じる勇気をもらいました。

後半にペアになってくださった方も、ありがとうございます。
感情を出す練習に、思い切ってトライできたことももちろんですが、感情を「受ける側」になった時も、沢山の気づきをいただきました。

自分の気持ちを分かってもらうために、私は
「どう言ったら相手に分かってもらえるだろう」とか、
「できるだけ穏便に伝えるには、こういう言い回しで……」とか、
あれこれ考えすぎて、うまくできないかもと自信がもてず、結局言わないまま……で、不満や我慢がたまる一方でした。

ですが、今回相手の方が、ただシンプルに自分の気持ちを伝えてくださるのを受けて、
「正直に気持ちを言うだけで、こんなに伝わるんだ」
と思いました。
人の心に響くのは、人の心なんだ。
頭で一生懸命何とかしようとしてた私に、とてもシンプルな答えを教えてくれました。


文節区切りの線


そして……私から見たら本当に素敵で、可愛らしい雰囲気の方だな~と思っていたのですが、その方がご自分の笑顔と良さに心を開いて涙をこぼされた時、私は本当にきれいだなと思ったんです。
その方の感受性の豊かさと、周りを思うあまりに封じ込めてた優しさが、そっとこぼれでるのを見て、とてもあたたかい気持ちになりました。

ご自分で勇気を出して「変容」を受け入れたからこその、瞬間だったのだと思います。
貴重な時間を共有できて、とても嬉しかったです。
これからも、その素敵なご自分を輝かせていかれることを、心から祈っています。

最後の「プラスの感情を伝える」も良かったです。
これをしたらすごーく! 楽しくて & 嬉しくて、
「あーもうさっきみたいな暗い感情で自分をいっぱいにするより、どうせなら楽しい幸せな感情でいっぱいにした方が人生お得だな!」
なんて思っちゃいました。^^
帰り道では、ごきげんに鼻歌まで歌ってた私(笑)。
でも、幸せってこんなとこからでいいんですよね。


文節区切りの線


そして…… ワークショップ・クラスからちょうど1週間後の今日、私は母に、自分の気持ちを思い切って言うことができました。
言う瞬間は、やはり少しためらったり、また今度でもいいかな……と揺らいだりもしましたが、でもせっかくの機会だし、私は正直になるんだと思って話し始めました。
まだまだ、たどたどしいところや、つい言葉を和らげてしまうところもありましたが、それでも、練習で学んだ通り「私はあの時こう思った」ということだけを素直に口にすることができました。
前よりずっと落ち着いて話せることができた自分も、嬉しかったです。

(多分、相手にわかってもらおう・相手を変えようという気持ちが、素直に抜けたからだと思います。ただ、自分の気持ちを口にできるだけでも十分に嬉しいんだ、と気づけたおかげです。)

母も、それを以前よりゆったりと、ただ聞いてくれて、とても嬉しかったです。

私の家族関係は今でもいろいろありますが、苦しかった根っこには、単に「コミュニケーション不足」もあったのかな、と思えるようになりました。

そして今日、またひとつ素直に話す体験ができたから、
「これからはもっと、何でもないことも話してみよう」
「小さかった頃に叶えられなかった家族との触れ合いも、これから取り戻していこう」
そんな風に心で思えるようになって、とても嬉しいです。


文節区切りの線


優月さん、今回も素敵に明るい笑顔で、パワフルな WORKOSHOP をありがとうございます。
前半のレクチャーだけでも、参加できて良かった! と心から思いました。
(ほんと、これを知らないでよく生きてきたな~と思いました。)

優月さんの WORKSHOP のいいところは、
「しっかりした知識 + 現実に使えるスキル」がしっかり学べるところです。
先日の「境界線(バウンダリー)ワークショップ」でもそう思いましたが、今回の「感情ワークショップ」でも改めてそのことを実感し、すごいな~と思いました。

この「日常で使える(気休めではない)」ところが、優月さんの WORKSHOP の一番の魅力だと思っています。
プレワーク & アフターワークのおかげで、学んだことを日常に定着させられるのも、更に気づきが得られるのも、他にはない素晴らしいポイントだと思います。

今回も素晴らしい「変容」の時間をありがとうございました。
全てのはじまりであり、ゴールでもある「自分を好きになること」。
それを、これからも楽しんで & 心の声を聴いて、実践していきたいと思います!



タイトルはじまり目印

T. N. さん はなみずきクラス




藤沢さん、田宮さん、そしてはなみずきクラスでご一緒したみなさん、暖かい時間をありがとうございました。

さて、ワークショップを終えて帰宅したときに、すぐにこわ~い現実が待っていました。
母の、
「どうしてもっと早く帰ってこないの!」
という、いつもの感情的な、怒りのひと言でした。

もう、何を言ってもムダ、というあきらめの感情から、私は何も言い返しませんでしたが、何でも自分の思い通りにしようとする母と父、そして、その事にこたえることが「信頼関係」だと勘違いしている(と私は思います)二人には、どうしたものかと思い、ホトホト疲れました。

このワークショップで感じたことは、
「感情は、ひとつではなく、いろいろなものが折り重なっている」
ということでした。
そして、詳しいレクチャーを受けたときに納得。

私は、周りからは「穏やかな人」とよく言われますが、その奥にはさまざまな感情を出さないように、押さえつけてきたふしがあります。
感情をニュートラルにしてきたつもりが、実は感情を押さえつけてきた。
何も感じないふりをしてきたのです。

劇的に、急に変わるということはないのかも知れませんが、「『i‐message』で伝える」「あえて何も言わない」という方法を自分で選択する、という自覚が身に付いたというだけでも、大きな収穫だったと思います。

どうもありがとうございました。

また、何回かワークショップを受けるにしたがって、顔見知りの方ができるのもうれしかったです。

また、お逢いできるといいですね。
そのときは、気軽に声をかけてくださいね。



タイトルはじまり目印

H. E. さん はなみずきクラス




優月さんが、折にふれて言葉で伝えてくださるとおり。
時間には限りがあって、そのかけがえのない大切さ、重み、それから、愛しい感じ。
本当にそうだな、大事に過ごしたいなって、『未来日記』に向かっていると、ふとふと感じます。

会場に向かう電車に揺られる朝にも、終わってホテルに向かう道でも、何度でも、改めて心に刻みたいな、と思いました。

だから、2012年3月11日、「感情ワークショップ」のクラスで、一緒にまたお時間を過ごさせていただけて、それに最後に、あんなにあったかい気持ちを、みんなでシェアできて、とても嬉しいし幸せです。
ペア組んでくださった方の涙がきれいで、やさしくて、かけていただいた言葉が嬉しくて、思い出すと、今も心がゆっくりあったかくなります。

素敵なお時間を、本当にありがとうございました。


文節区切りの線

今回のワークショップ・クラスで、多分、ずっと知りたかった「感情」について学ぶ機会を得ることができて、とても嬉しく思います。

たとえば、火とか包丁とかと同じように、安全に扱えるっていう知識を持っていれば、気持ちを人に伝えることの怖さが、うんと減るなって思いました。

これはひとつの切り取り方でしかないけど、私は小さい頃、たくさんむちゃくちゃに投げられる感情に、混乱したし、傷ついたし、とにかく怖かったな、と思います。
もう少し大きくなると、不幸そうな態度を示すことしか、感情を出せない自分も、すごく悲しくて恐ろしかった気がします。

感情をぶつけることは、人を傷つけることだと、身にも心にもしみて感じていて、うっかり誰かにぶつけてしまわないように、そんな怖いものは、何とか閉じてしまおうとも思ってた気がします。

もっと大きくなると、自分の人との関わり方が浅くて、その上、社会的にもうまくないのは明らかで、だから、大事にしたいと思った人が、もっと関わりたいって言ってくれるほど、まっすぐ向き合えなくて、それで、たくさん傷つけてしまって、そういう自分が許せなかったし、全然信じられなかった。


文節区切りの線


でも、今は、「知ってる」から、感情のことだけじゃなくて、私を大事にする感覚も、境界線の概念も、変化に関する知識も、ぐるぐるした時もすぐに「今」に戻れるチェアワークも、「i‐message」の使い方も、信頼できる安全な空間で、うんと集中して心を開けるクラスに居るときの感覚も。

だから、だから、安心して、大好きなひとに大好きって言っても大丈夫だよって。

ずっとずっと、ただこの「安心」が欲しかった気がします。
こんな大きなたからものみたいな実感、夢みたいです。
夢みたい。


文節区切りの線


そして、こういうのが、私だけじゃないっていうこと。
辛いな、これ必要かも、やってみたいなと思って、えいっとお申し込みをする。
そうしたら、あなたがそう思うなら、それはあなたにとって正解だから、どうぞあなたらしく取り組んでみてくださいって、とても適切な距離感で受け入れていただける。

そういう機会と場所を、その辛さが社会的にはクリティカルでない(でも辛かった)私みたいな人でも、求めたら出会えるように、提供してくださっていることが、切実に、ありがたく思います。

優月さんへ、私に、かけがえのない時間を教えてくださって、本当にありがとうございます。
知ってるよ☆ って言ってくださる気がするけど、私、優月さんが、ONSA が大好きです。


文節区切りの線


年始から、少しずつ、自分でこっちかな…? と思う方に、変化を圧してみて、いま、毎日の環境が少しずつ動きはじめている感覚です。

ただここじゃないって全身で思うだけで、目的地も何となくな状態で、年齢を聞かれるたびにちょっと驚かれて、大丈夫なの? と真顔で心配してもらって、
「何ができるの?」
って聞かれて
「何もできないかもしれないです…」
そんな答えしか絞り出せなくて、どうしてなんだろう、って思ったり。

そんな中で思うことが、ワークショップの「ワーク」でなくても、「灯台の時間」を毎日意識してとれることが、ひとつ次のテーマかも。

田宮さんが、帰り際に「ぜひまた」っておっしゃってくださって、すごくすごく嬉しかったです。
その日を楽しみに、ゆっくり大事にひとつづつ、変化は楽しんで、「過去」が大きくでてきたら、ひとつひとつ「今」とバランスを取りながら、まっすぐ丁寧に自分と、周りの世界と向き合ってすすんでいきたい、そんな気持ちです。

焦らないで、今の私だけじゃなくて、とってもがんばってきた、これまでの私も、大事にしてね。
忘れないでね。


改めて、目を閉じて、みんなで手をつないで、よろしくねってしていただいて、本当にすてきなお時間を、心から、ありがとうございました。



タイトルはじまり目印

N. I. さん はなみずきクラス




藤沢さん、スタッフのみなさん、クラスのみなさん、こんにちは!
先日はどうも有り難うございました。

今の気持ちを上手ではありませんが、お伝えします。

ワークショップ参加前の私は、ちょっとした事にすぐに腹を立て、いつも他人の(そして自分の)欠点ばかりを見ていました。
『未来日記』には、「怒り」の文字ばかりが目立っていました。
自分も他人も、失敗をするとこの世の終わりのような暗い気持ちになり、その気持ちを何日も引きずっていました。
いつもモヤモヤした気持ちを抱えていましたが、ワークショップに参加して、自分の気持ちと向き合い(相当怖かったです……)、感情の対処方法や、感情にはどんなサインがあるのか教えて頂いたことで、自分の中で何かがホワっと変わりました。

将来のことを何となく不安に思う時間や、昔の「嫌だったこと」が頭の中をグルグル回る時間が減りました。
以前のようにイライラっとする事もありますが、感情を長引かせることや、イライラすること自体が少なくなりました。
比較的落ち着いて、自分が何をどう感じているのか整理することが前より出来るようになり、「フラットな感じ」で時間を過ごすことが多くなりました。


文節区切りの線


ワークショップ・クラスは、私にとって非日常的な時間でした。
参加直後は、ワークショップ・クラスの内容も覚えていて気持ちも穏やかですが、日常生活に戻ると参加前の自分に戻るのではないか、とちょっと心配していました。
でも、大丈夫でした。

今でも、以前のネガティブな考え方の自分がひょっこり出てきて、感情の渦に巻き込まれそうになります。
その度にチェアワークをして、『未来日記』に感情を書き留め、藤沢さんの言葉を思い出しています。
そうすると、私の環境は今までと同じはずなのに、良いことが目に留まるようになりました。

クラスの皆さんに励まされ、自分の感情と向き合う勇気が持てました。
藤沢さんの「正しくなくても良い、完璧にしなくても良い」という優しい言葉に、心が本当に軽くなりました。

以前の自分と新しい自分の間を行ったり来たりしていますが、これからも少しずつ向き合いたいと思います。

ワークショップに参加することが出来て、本当に良かったです。
ありがとうございます!



タイトルはじまり目印

T. M. さん はなみずきクラス




藤沢さん、田宮さん、クラスのみなさん

先日はありがとうございました。

ワークショップに参加するのは、自分の環境の変化もあり悩みましたが、参加してよかったです。
私は、感情を感じなくなっていたと思っていたことが、感情を抑圧してしまっていたということにきづかされました。
実際にやってみると、抑えられていた感情があふれだし、それも自分が最初思っていた感情だけでなく、別のものも絡んでいたことに驚きました。

ワークショップ・クラスが終わってからは、人が感情的になるのはどういう時かがわかり、すると私は助けてほしいときに怒りを感じることが見えてきました。
しかもそういうときって、自分から助けてほしいことを言葉にできていなかったりするのでした。

藤沢さんが、ワークショップ・クラス中に何度も話された、「できていなくってもいい、そのことがわかることが大事」ということが、私にとって一番の壁なのかなと思いました。
「できないこと」=「だめなこと」……と、どうしても思ってしまい、認められずにきたんだなあと。
後半のワークではそのことを知り、受け入れることがほとんどでした。


文節区切りの線


2大感情を言われたらどんな気持ちになるか……では、気づいた感情がなかなか書けなかったり、「i – massage」で感情を伝えるワークでも最初は困惑していたし、”人から責められている” ことが、私の中では事実としてあるものと当然のように思っていて、藤沢さんから「それは本当かどうかわからないよね?」と言われて、はっとしたりしました。

ワークショップ・クラスに来るまでは、きっとこんな自分を責めてしまうのだろうけど、今はできないことに気づけてよかった、できないくらいに重いものがあるんだね、少しずつ進んでみよう、と思えます。

毎日の生活では、また元に戻ってしまうのでは……と不安もあるのも、素直な気持ちです。
焦らずに、ですね。

本当にありがとうございました。



タイトルはじまり目印

M. T. さん はなみずきクラス




たくさんのことが、一気に動いた時間でした。
でも、何となく、これまで起きてきた様々な流れが、一気にそこへ注ぎ込まれたような、そんな時間でもありました。

「感情ワークショップ」を終えて、私はようやく、giftedである自分を嘆くことができた気がします。
それは私に能力も与えてくれたけれど、それ以上に、自分の心や体を大切にすることを、わかりにくくさせてきました。


文節区切りの線


アクセルを踏んだら、ひとつのことだけで焼き切れる。
他のことは、寝食すら難しくなる。
それでも走っている間はいいけれど、終えた途端、それまで踏んでいた時間の倍近く、何も感じられない状態に入ってしまう。
そうして失った信頼やつながりは、とっかかりもなく高速回転する崖を登り続けなければ、再び手にできない――。
それが、私にとっての常識であり、社会でした。

10年来の夢をあきらめたのも、それを追い続けることと、社会的物理的生存とが、秤にかけられたためでした。
どうかこの想いが欲が死ねますように、と、実家に帰る道々祈っていたことを、今でも覚えています。

gifted のひとりであることは、大学卒業後に診断されました。
けれども、ものすごく曖昧な診断名だったことなどもあり、私は私自身の特性を尊重していいことに気づけませんでした。
知っていく「真実」への驚愕は大きく、おまけに多数派の考えも半端にわかるものだから、余計に自分の感覚が信じられなかった。

多数派にも少数派にも属せない、宙ぶらりんな状態は、私に何かを求めることを封じさせました。
私は、私なりに身を守り、境界線を守り、自分で心地良いと思う生活のために、あれこれ試していいのだと、知ることすらできなかったのです。
むしろ、社会生活の中で迷惑をかけないように、自分の欠けを知られないように、観察と分析を繰り返していました。

私の giftは、1点飛び出した能力と引き換えに、境界線の築き方を覚えさせなかったのだと、今は感じています。
成人近くまでその存在に気づかせなかったほど、それは徹底したものでした。


文節区切りの線


それでも私は、社会の中で働かなくてはならなかったし、人の中で生きていかなくてはならなかった。
家族の中で状況判断を繰り返し、薬の助けを借りながら就労先を探し、振り回す自分の体と周りの社会にしがみついて。

とにかく正社員になれという母親の圧力から、就職も果たしましたし、今の職場は興味深いところだとも思っています。
就職しなければやらなかっただろう様々なことも経験させてもらっているし、このご時世に、内容も条件も破格的にいい。
それでも、そこで働く違和感は消えませんでした。

gifted であることを知った時、私はそれまで遣ってきたすべての言葉を失いました。
何を言おうと、それは心から理解したものではなく、学んできたパターンの抽出に過ぎなかったから。
「嘘」でしか、なかったから。
私が求めることを封じてしまったのも、それが一因だったのでしょう。

それでも、執着や欲は死に切れず、技の名残をふるった諸々を、事情を知らない仲間たちは楽しんでくれました。
そうして喜んでもらえるのは、私にとって愉悦に近い幸福でした。
金銭的な余裕ができたことで、皆に直接会いに行けたのも楽しかった。
それまで知らなかった分野のお陰で、欠けていた能力が伸びるという不思議な経験もしました。

つい寝食を忘れたり、終えた後で倒れたり、不安定になるのは変わらないけれど、小出しにすれば何とか社会生活と並行させられる。
直接の夢はあきらめても、私が鍛えてきた技術で喜んでもらえるなら、それでいいじゃないか。
――震災までは、そう思えたのです。


文節区切りの線


震災と、その後の電力不足が突きつけた問いは、私を根幹から揺さぶりました。
”それは限られたエネルギーを消費させてまで行うことなのか?”
”言葉も語ることも失ったお前が、貴重な資源を奪ってまで行うようなことなのか?”
”娯楽も人を救う無駄も世界中に溢れている中で、ただ己の欲を満たすために電力を使うことが、許されるとでも思っているのか?”

それは、根深く私に突き刺さった、私の震災でのトラウマでした。
事態の深刻さがリアルタイムで伝わってくるだけに、誰に話すこともできない傷でした。

簡単に返せる答えならありました。
gifted として語ればいい。
当事者に見える世界を、本音を、社会や関係者は切実に欲しがっているのだから。

でも、私はそれが嫌だったのです。
当事者であることを認めたくなかったと言うより、当事者であっていいのかわからなかったから。
わかりやすい診断名は否定されている曖昧な私が、当事者という枠の中で語るのは怖かった。

何より私にとって、自分の感覚や心情は、従うほど社会から弾き飛ばされ、後から苦労するものでした。
そしていつしか、圧倒的な不信の対象になっていたのです。
震災以降、それは自分の能力まで含み、私自身の自己無能感へつながっていきました。

非常事態が長期戦に切り替わろうとする頃、私は条件付で再び作りはじめました。
友人の誕生日プレゼントだから良い。
潜在的な需要があるようだから良い。
まだこの傾向は存在しないようだから良い。
求めてくれる知らない人々がいるから良い――。
自己不信は消えませんでしたが、ともかくそれで少しずつ、私は以前の生活を取り戻そうとしていました。


文節区切りの線


やがて生活が忙しくなり、倒れやすくなったために、時間を少しでもうまく配分しようと、手を伸ばしたのが「時間のワークショップ」でした。
そこで指摘された問題は、私をさらに無能感と絶望に叩き落としました。
(藤沢さんを恨んではいませんよ、念のため。)

gifted であることを知らされた時以上に開かされた目には、血みどろすぎて触れることすらできない、傷だらけの子供が見えました。
頭の望むほどたくさんのことはできないのだ、とその子供は――心は初めて告げました。
家族がいない間に声を上げて泣いたのは、久しぶりだったかもしれません。

子供の回復を優先すると、もともと余裕の少なかったスケジュールは、みっしりと埋まってしまいました。
私が仕上げたいと望んだものは少しずつ進めていましたが、それすら所詮「嘘」なのではないかと思うと、気が落ちました。
何より、それが自分の重ねてきた技術の集合体であるだけに、同程度の技術があれば誰にでもできることを私は知っていました。
そういう人物が世界中に、歴史中に、大勢存在することも。

あなたが作ったものたちは私達に必要なのよ、と言ってくれる人はいました。
あなたには才があるのだから責任を果たすべきだ、と告げに来る人もいました。
けれど、再び言葉を失った私にとって、それらはひどくむなしく聞こえました。

私が語ることは、多かれ少なかれ、gift や問題の当事者としての言葉にされていく。
口にするほど汎用化され、よくあることに飲み込まれて、はみ出たものはお前の気のせいだと告げられる――。


じゃあ、なんで私は私じゃなきゃならないんだ。


それが、ワークショップで訴えた私の悲しみであり、重い「器」を包んでいたものでした。
そうして「器」をひっくり返すしかなくなった時、一気にあふれたのは悲しみの涙ではなく、身を灼き焦がすほどの悔しさでした。
プレワークでは一切出てこなかったその感情に、私はようやく、自分を痛めつけていた理由を悟ったのです。

それは、満足に能力をふるえない悔しさであり、それを許さない自分や環境への悔しさであり、感じたままであることが否定され続ける悔しさでした。
縛られなければどこまでも遠くへ行けるのに、社会で生きるために矯められなければならないことへの反発であり、人とありたいがためにそうできない悔しさでした。

私はただ、何に属さなくても、感じたままを受け入れ形にすることを、許されたかった。
当事者だからではなく、被害者だからでもなく、ただ私の感覚や思考を、私のものとして聞いてほしかった。
多数には迷惑な考え方だとされ、口にすればありがちか気のせいと弾かれる、諸々のことをただ認めてほしかったのです。
そのための手段だった夢を、手離した後も。

クレンジング・リアクションを越えて、今はひどく心もとない気持ちでいます。
かさぶたを剥いだばかりの肌みたいに、すぅすぅする。
脱皮したばかりのやどかりは、こんな気分なのかもしれません。


文節区切りの線


ずいぶん長くなりましたが、最後にもう少しだけ。

ワークショップ前半の方。
感情を話している時と感想の時、声のトーンが違うことに、実はびっくりしていました。
たくさんお話してくれてありがとう。
あなたの怒りを語る声は、あなたの心の強さだと私は思います。

ワークショップ後半の方。
発表も含め、たくさんのフィードバックをありがとうございました。
心を開く、というずっとわからなかった感覚が自分なりにつかめたのは、あなたのおかげです。

引きあわせていただいた S さん。
曖昧な話を、ただ受け止めていただいて、ありがとうございました。
思い返せば似たようなパターンが、結構いっぱいありました(汗)。
アドバイスを受け止めつつ、歩いてみようと思います。

藤沢さん、田宮さん。
まずは安全な空間と、大量の「鼻セレブ」をありがとうございました。
前回以上にべしょべしょだったので、実は割と本気で使いきるかと思いました……。
ワークショップ・クラスの2日ほど前から、何となくそーだろうなー、と思っていたことを藤沢さんに指摘されたので、安堵したような、気まずかったような、複雑な気持ちです(笑)。

頭の声と心の声の区別がつくようになってきたので、心もとないながらも次の道を探しています。
特性からオーダーメイドなんですから、余計に聞いてやらないと、ですよね。
もういいよね、と言えるように、楽しみながら頑張っていくことにします。
ありがとうございました。

最後に、ここまで読んで下さってありがとうございました。



タイトルはじまり目印

Y. S. さん はなみずきクラス




優月さん、田宮さん、ご一緒した皆さま

お疲れさまでした。
この1週間、とても長かったような気がします。
(まだ1週間しかたっていないんだ、という気持ちです。)

プレワークの最中は、イライラがピークに達して「何で申し込んでしまったのだろう」と、思っていました。
そして、しっかりと出来ていないことに不安を覚えていました。
こんな状態で、ワークショップを受ける準備が整っているのだろうか、という気持ちも持っていました。
現実に、いま起こっていることの感情というより、むかしあったことに対する想いばかりが浮かんできてしまうのです。

ワークショップ・クラスの当日の朝も、大泣きしました。
そして、悲しみの感情ばかりで、怒りの感情が出てこないことにも、とまどいがありました。
私にとっては、人を怒れるということが大切なことだ、という思いがあったからです。
それでも、出てくるものは悲しみ以外になかったです。
いまは、それは出すしかなかったのかなあと思います。

言われてイヤなことを言ってもらう時にも、言われて悲しいことにしか思考がいきませんでした。
でも、実際に言って貰ったら、全然悲しくありませんでした。
自分の頭の中で言うことばと、他の人の口を通して言うことばには、大きな違いがありました。

そして、私が気持ちを伝えて、感想をフィードバックして頂いた時には、大変申し訳ないことに(パートナーの方ごめんなさい)、
「何も分かっていないのに。分かったようなこと言わないでよ。」
という感情が上がってきました。

だけど、それも素直に書きとめておきました。
本当はこの気持ち、その当時に私が周りに抱いていた感情でした。
いまは、それが分かるから安心して、すっきりしています。


文節区切りの線



自分の感情を境界線の中にとどめて、相手に安全に伝えるという方法は、初めての知識でした。
がまんして言わないのではなく、自分の気持ちをしっかりつかまえて、感情ではなく気持ちを伝えるというのは、清々しい感じでした。
最初は、気持ちが溢れてしまって、相手の方から「戸惑った」という感想を返して貰いましたが、静かに気持ちを伝えた時に、相手の方が心で味わってくれたというのが表情で伝わってきたので、不思議な心境でした。

相手の方の話しを聞いた時は、言っている言葉が頭に入ってこなく、ぼや~っと靄がかかったようになってしまい、相手の方の単語には無かったはずなのに、ただぽつりと「悲しい」という感情が残りました。
その方が、もう一度伝える言葉を考え直された後に、私が最初に感じた想いと同じになっていたので、非言語メッセージだったのかなということと、「ああ、ちゃんと分かるんだ」と、いうこと。
自分の感覚を大切にしていいのだということに、安心しました。

「ポジティブメッセージ」は、思い出すたびに心が温かくなります。
相手の方の素敵な笑顔が、心にずっと残っています。
「ありがとう」ということに対して、「どういたしまして」と、お互い心を開いてやり取りしただけなのに、表情が和らいで幸せな気持ちになりました。
私もきっと同じかおをしていたのかな。
あの笑顔を思い出すたびに、胸があたたかくなります。


文節区切りの線


この1週間は、ぼ~っと色んなことを思い出すことが多く、何かに集中したりする事とかが難しかったです。
ただ、気持ちは精力的に動いている感じで、人といる時にも自分をもって穏やかにいれたし、母ともたくさん話す機会がありました。

日々のこつこつに関しては、まだ訓練が必要だな……と思うのですが、自分の中での変化はちゃんと前に進んでいるみたいです。
それは、とても嬉しいです。

皆さんと一緒に、受講できたこともとても嬉しいです。
あのクラスの時間を思い出すと、楽しくなります。
実際は、たくさん泣いていたのに~(笑)。
またワークショップ・クラスでお会いできるかなと、顔を思い浮かべてみるのも楽しい余韻です。

皆さまの一歩も守られたものでありますように。
私も、もう一歩あるいてみたいです。
ありがとうございました。



タイトルはじまり目印

A. Y. さん はなみずきクラス




藤沢さん、田宮さん、ご一緒した皆様、先日はありがとうございました。

PAY FOWARD の提出が遅くなり、申し訳ありませんでした。
ワークショップの感想からは少し外れてしまうかもしれませんが、ワークショップ・クラス後に感情を大きく揺さぶられる出来事があったので、そこで感じた事を PAY FOWARD に代えさせてください。

実は、ワークショップ・クラスの翌日に、叔父が亡くなったという知らせを受けました。
母からの電話でその事を聞いた時、自分でも驚く位の感情のうねりがこみあげて、涙が止まりませんでした。
泣きながら、「なぜ私はこんなに泣いているのだろう?」と自分でも不思議に思うくらいの涙で、そして同時に、お通夜とお葬式に行きたいと思いました。

叔父の訃報を聞いてから1日経ち、あんなに涙がこみあげてきたのは、彼の甥っ子の事があったからじゃないかと、ふと思いました。

彼の甥っ子は、数年前に小児性の白血病で若くして他界しているのですが、その時にどうしても仕事が抜けられず、お通夜とお葬式に参列できなかった事への申し訳なさを、ずっと感じていました。

普段はその気持ちは無意識に隠れていても、甥っ子の命日に彼とお墓参りに行くと、波が大きくなるという感じでした。
その当時、仕事で精神的にも肉体的にも追いつめられていて、当時の記憶は私にとってあまり思い出したくないものだったので、その事もあり、自分の中であまり感じないように凍結していたのだと思います。


文節区切りの線


今回、叔父の訃報を聞いた事で、叔父が亡くなった悲しみと一緒に、無意識の中で抑えていた彼の甥っ子への気持ちがこみあげてきたのだと感じました。
そして、叔父のお通夜とお葬式に参列したいという気持ちは、彼の甥っ子の時に出来なかった事をしたい、という代償に近い気持ちがあったと思います。

お葬式の時に叔母が、「遺影の写真は○○ちゃん(私)の結婚式の時の写真を加工してもらったの。だから○○ちゃん(私)が来てくれてうれしかった。」と私が来た事を喜んでくれて、不謹慎かもしれないけどうれしかった。
両祖父母の顔も見る事ができて、あぁ、来て良かったと思いました。

そして今日、ふと「この世で話せなかった分、私が甥っ子のいる世界に行った時に、いっぱい話をしよう。」と思えるようになりました。

藤沢さんの 3月11日のブログ(日々是好日「別れるということ。生きるということ。」/編集注)も、最初に読んだ時とは違う感覚で、じんわりと自分の中に広がっていくものを感じています。


文節区切りの線


叔父の訃報を聞く前に、「感情ワークショップ」に参加する事ができてよかった。
叔父の事も、そして時間はかかってしまったけど、彼の甥っ子の事も、ちゃんと悲しんで悼む事ができた気がします。

「お祝いの席は欠席しても後があるけど、お悔やみはその時を逃したらもうない。」
彼から、人から聞いて深く納得したという言葉を、今回彼から聞いて、私も深く納得しました。
命とのお別れの時には、その時自分のできる最大限の事をしたいと、今回の事で感じました。

またひとつ、自分の中の大きな山を越えられたような気がします。
ありがとうございました。



タイトルはじまり目印

N. N. さん はなみずきクラス





はなみずきクラスに参加してみて、今回、実感として、指の隙間から落ちていくように心に残らなかったのは、何故なんだろう。
しんどかった気持ちだけが、覚えている。
心の声を聴くこと、出来なかったことも覚えている。
まだまだ、心の声を聴けていないな、私、自分を大切に出来てないなって思ったことも、覚えている。
そして、一番しっくりきていないのは、「感情ワークショップ」ってなんだろう?? ってことでした。
(ワークショップに参加してるのに!!)

クラスの後の、一週間とちょっと、ずっと、どうして? と思っていました。
PAY FORWARD を目の前にすると、こんなこと、書いていいのかな? と躊躇してしまい、なかなか書けない自分がいました。

でも、正直にいうなら。
「情報」なんだと思います。

心にもやもやを残したまま、クラスを後にした私。
今回のワークショップ・クラスで、私、何か持ち帰れたのかな?
何も残らなかったかもしれなかった。
それとも、気づいていないだけかもしれない。
でも、もやもやの原因もなんとなく、わかっているような気はする。


文節区切りの線


それとは別にして。
優月さんがワークショップ・クラスで、全身で伝えようとしてくれていること。
本やワークショップ、ブログでも伝えてくれていること。
繰り返し、繰り返し、仰ってくれていること。
どのワークショップでも、ひとつ、ひとつ、スキルを伝えようとしてくれていることは、ワークショップでワークの内容が異なっていても、言葉が違っていても、きっと根底にあることなんだろうな、と感じました。

「心で生きるために」
「心で生きたいから」

私も。
自分をもう少し生きやすくするために。

今は、そのもやもやを大事にして、『未来日記』に向き合っていこうと思います。
優月さん、田宮さん、そして、クラスの皆さん、ありがとうございました。




TO TOP