Archive List for PAY FORWARD:対面式「お金と自立のワークショップ」

PAY FORWARD:対面式「お金と自立のワークショップ」|
2018.10月開催 「お金と自立のワークショップ」まーちクラス


「お金と自立のワークショップ」の PAY FORWARD(ご参加者のご感想)です。
なお、PAY FORWARD の本文中には、ワークショップ内で学んだ専門用語が登場する場合がございます。その旨どうぞご了承ください。

●コースの内容
- 「お金と自立のワークショップ」
●もっと読む
- PAY FORWARD(ご参加者のご感想) もくじ

 PAY FORWARD(ペイ・フォーワード)とは「次の人につなぐ」という意味。すでに ONSA WORKSHOP にご参加されて、ひと足先に変化を歩き出した方々から贈られるメッセージです。
タイトルはじまり目印

M. N. さん(40代以上/東京都よりご参加) まーちクラス


タイトル下の線


お金は正直だ。

手帳に、仕事や家事の時間、食事や支度などの透明な時間、趣味の時間の3つを書き込んだ後にぽっかりと空いた時間ができる。

何をやっているのか、よく思い出せない。
ここが空いた時間だと仮定したとして、一体何に取り組めばよいのかわからない。

1年前、「時間のためのちいさなワークショップ」で感じたこと、そのままだった。
「あぁ、やっぱり私は成長できていないんだ」とその瞬間はがっかりした。


だけど、ワークショップに取り組むうちに気づいた。
なんとなく無駄にしている時間は、今の私には見えない。
だけど、なんとなく無駄にしているお金は記録さえすれば、見える。わかる。


文節区切りの線


自分が「なんとなくよさそう」なことにお金を費やしていることが浮き彫りになった。
私が「見えないよー」と嘆いたぽっかり空いた時間は、そうやって「なんとなく」で過ごしているんだ、と気づいた。
お金の使い方は、時間の使い方に通じていくのだ。

家に帰った次の日から、早速「仕事の前に、なんとなくコンビニに寄ってコーヒーとスイーツを買う」ことを止めた。
「この買い物は私を豊かにすること?」と問いかける。
コンビニに行かなかった日は「満足の遅延」ができた日にすることにした。


文節区切りの線


「満足の遅延」口座にたまったお金を何に使うのかは、まだよくわからない。
でも「何に使おうか」と考えるのはわくわくする。

エネルギーや時間やお金が「漏れている」感覚がつかめた。
ようやくちょっと掴めたばかりなんだろうけど、エネルギーの流出を止められているという小さなことが、ちょっと自分の心を充実させてくれる。


あと、家計簿を続けることが一度もできなかった私は「できるようになるまであきらめない!」という言葉にとても勇気づけられました。


文節区切りの線


大きく、いきなり、立て直せるわけじゃない。
こうやって、コツコツと少しずつ塗り替えていくんだ。
何も成長できてないなんてことはない。

去年、ワークショップに参加したときに宣言した「新しいことをはじめる!」を行動に移して、今は趣味として続けている。
今回も、ここから。また取り組んでいこう。





タイトルはじまり目印

Y. W. さん(30代/愛知県よりご参加) まーちクラス


タイトル下の線


「お金は語る」
そのことを、深く実感できたワークショップでした。

プレワークでつけた、私のお金の支出の記録。
そこに今までの私は「うまくお金が使えた/使えなかった」という、できた/できないの尺度しか見ることができませんでした。

でも今回、記録をワークショップ・クラスで見ていった時に

「私なんてこんなもん」
「これぐらいで我慢すべき」
「私の本当にほしいものは、手に入らない」
「とにかく、がまん」

そういう、私の生き方の姿勢。
私が、私を普段どう扱っているのか。

それが、ありありと浮かんで見えました。
…びっくりしました。

でも、これは明らかな、具体的な、現実的な「私の記録」でゆるぎないし、ここにあぶり出されたものは誇張でもなんでもない。
私は、普段こんな風に生きて、こんな風にものを見て、こんな風に私を、扱っているのか…。

記録・データはうそをつかない。
それを深く実感しました。


文節区切りの線


そしてまた、こんな風にこの表を見れるようになったのは、ここまでコツコツ、「お金と自立」というテーマに私が向き合ってきたからこその証。
(私は、このワークショップは3回目の参加です。)


このワークショップに初めて参加した時はお金の収支もちっともつけられなくて、お金も自立も、とにかく私はこわくてこわくて、おっかなびっくり、ワークショップに参加していました。

そんな、底の底、初歩の初歩、入り口にも立ててなかった、私。
それが、ワークショップへの参加を経て、お金の収支をつけ始め、失敗していったん放置し、でもまたやり直そうと、自分にあうやり方を模索し…。

長期的に必要なお金を、口座をわけて積み立てるようにし、月のお金は赤字にはならなくても、各費目の支出の波が激しくて予算の立て方がわからない…と、新しい課題にも向き合って。

そうやって、ようやく、おぼろげながらも私の中の「お金の管理」の土台ができてきたこと。
今の私の収入と、支出のバランスや目安が把握できてきた。
つまり「現状把握」ができて、そこへの不安や自信のなさがなくなったからこそ私は、より深い部分…お金と私の生き方、心との関連性を心で、感じ取ることができた。

だから、これまでの私の歩みに、失敗してもまたやり直して、バージョンアップしていった私に拍手を贈りたいと思います。


文節区切りの線


そして、ワークショップ・クラスではまた「お金」と「時間」のつながり…さらに発展して「境界線」とのつながりも、私は深く感じました。

あぁ、そうか、「境界線」…。
前に優月さんが「『境界線ワークショップ』は、基礎で全部のことを言っている」とおっしゃっていたのですがそれがようやく、私は実感できました。


上位クラスにあたる「お金と自立」。
それにも、一番基礎の「境界線」がしっかり関連している。

むしろ「境界線」をしっかり整えれば整えるほど、「お金」も「自立」も、うまくいく。
私が私の考えや芯を持って、それらを扱えるようになる。
すごく大切なつながりに気づけて、よかったです。


文節区切りの線


クラス後、まだまだいつものようにお金を使ってしまって、つい、自分への問いかけを忘れてしまいます。
根深い…この私の習慣。
何度も気づいて、立ち止まって、私のためになる習慣を身につけていきたいです。

その一方で、私は「予算」への考え方で「はっ」と気づきを得ました。
いまいち、私は予算の立て方がわからなくて、毎月、費目ごとに設定しているものの、うまく機能していませんでした。

でも、ちがうんだ。
ただその都度「必要だから」と使って、月の終わりに「赤字にならずに済んだかな」では、ない…。

事前に「今月はこれとこれがほしい。その値段はいくらで…。」とわかる範囲でリストアップして、検討する。
その時に
「ほんとに私、それがほしい?」
「それは私を豊かにする?」
そうやって、私と対話しながら、予算計画を具体的に立てればいいんだ!
そうか!!


…そんなこと、あったり前にみんな、やってるかもしれません。
でも、私にはそんな発想すら、ありませんでした。
なのでここで発見できたことは、私にとって「やった!」です。

気づきをどんどん、私の武器にして、もっともっと、私は、私のお金との付き合い方を私に合っていて、心地よいものにしていきます。
今までも積み重ねて、バージョンアップしてこれたのだから、これからも、私はできます。


文節区切りの線


最後に…。
「自立」に私は、ものすごく遠い遠い星みたいな、そんな「私には手が届かない、相当の努力が必要」なイメージを持っていました。

かつ「これから、私が、それを、本当に、この現実の中でやっていくんだ…」と思って、ずしーーーーんとした、ショックと重みを感じました。

ずっと共依存の、他人重心の「いつか…かもしれない」で30年以上、生きてきた私。
「いつか」「そのうち」「あわよくば」でふわふわと生きてきた私。
そんな私にもショックだし、そんな私が、これから自分で、自分の「自立」をやっていくの??
そのことに、ものすごく重い、全身にのしかかる圧やプレッシャーを、感じました。


まだ、私の「自立」への道は、遠いです。
でも、今日も「灯台の時間」で対話をしていた時に、私は、こんな言葉が浮かんできました。

自立
=私に与えられた人生を、私の好きなように、私が決めて生きられること。
それによって、私が豊かで、満足できて、幸せに生きられるようになる。
それを私が、自分で選択して、かなえてあげられるようになること!

そう思ったら、その「自立」はいいな。
私は、そういうイメージで「自立」に向かっていきたい。


私の願いや夢、ニーズを、私が実現してゆく。

そのために学ぶことや、ライフスキルを身につけること…。
いろんなことが必要だけど、私は、私のために自立したい。
「自立はしなければならないこと」だけど、これだとつい私は「みんなと同じように、普通になれるように、せねばならない」という重荷に変換してしまう。

そうじゃなく、私は、私の心や思いと結びついて、自立への道を歩んでいきたい。
そう思う。

たくさんのことをみっちり学べました。
優月さん、お仲間さん、ありがとうございました!!





タイトルはじまり目印

Y. T. さん(30代/兵庫県よりご参加) まーちクラス


タイトル下の線


私へ

今年の秋も勇気を出して参加してくれて、ありがとう。
私の人生を諦めずに、勇敢に向き合ってくれてありがとう。

よくやった。本当によくやったね!
もう、充分に素晴らしい。


文節区切りの線


いつも思う。
知らないということは、なんて残酷なことなんだということを。

だから、もう、知ってしまったら、以前の様には考えないし、もう見える違った世界が広がる。
たった1つの声かけで、もう、私の世界は変わった。

それは、子供の魔法ではなく、この私の人生。
ドラマや漫画の世界ではなくて、この現実の世界。
私が、今、ここで立っている、生きている世界なんだな。


文節区切りの線


いつも思う。
知ることは、凄いことということを。

途方に暮れてしまいそうな今までの人生と、これからの人生に想いを馳せる。
どこから手を付けたらいいのか、何にもする気が起きない。
やることはいっぱいあるのにな。

そんな時こそ、自分に優しくあろう。
ゆっくりでいいよって。

今まで、いつも頑張って頑張って生きてきた。
もう、いいやん、ゆっくりでいいよって。


だから、目の前にある、その日の仕事に集中。
家事に集中。育児に集中。
夜更かしから、また、たっぷり睡眠に戻して。

そしたら、あっという間に1週間が経っていた。
私、1週間乗り切ったんだ。


文節区切りの線


いつも誰かに駆り立てられていた気がする。
親に、世間に、いつしか自分に。

もう、そんな生き方ではなく、自分のために生きていたい。
自分の幸せのために生きていたい。

美味しいご飯を食べたい。
座って洗濯物を畳みたい。ちゃんと畳んでタンスにしまいたい。
食器を溜めないで、流しは綺麗にしていたい。

気がつけば流れてしまう時間を、しっかりと自分のものにしたい。自分のために使いたい。
そんな人生をこの手で作っていきたい。いこう。


優月さん、ご一緒した方々、共にいてくださり、ありがとうございました。
ONSA WORKSHOP(対面式)に参加することで、また歩いていくパワーが充電されます。
本当にお疲れ様でした。またお会いしましょう!





PAY FORWARD:対面式「お金と自立のワークショップ」|
2017.10月開催 「お金と自立のワークショップ」あおばクラス


「お金と自立のワークショップ」の PAY FORWARD(ご参加者のご感想)です。
なお、PAY FORWARD の本文中には、ワークショップ内で学んだ専門用語が登場する場合がございます。その旨どうぞご了承ください。

●コースの内容
- 「お金と自立のワークショップ」
●もっと読む
- PAY FORWARD(ご参加者のご感想) もくじ

 PAY FORWARD(ペイ・フォーワード)とは「次の人につなぐ」という意味。すでに ONSA WORKSHOP にご参加されて、ひと足先に変化を歩き出した方々から贈られるメッセージです。
タイトルはじまり目印

M. K. さん(30代/東京都よりご参加) あおばクラス


タイトル下の線


「お金と自立のワークショップ」に参加して、よかったなと思っています。
今までずっと、悩んできた、自分の毎日のやることの多さにストップをかけられたからです。
これができたらどんなにいいだろうか、と思いながら、これまでやってきたけれど、ようやく、ようやく! 手放していけるのではないか、と感じています。


文節区切りの線


ワークショップ・クラスを境に、考え方が変わってきて、何をするかよりも、自分がどうありたいかに注目するようになりました。
慣れない私にとっては、けっこう大変です。
わからない時もあるし、自分の感じていることに正直になるのは怖いです。

それでも、この自分に問いかける作業をすることのほうが、たくさんのことをしていた時より手応えがあります。
この変化が流れてしまわないように、自分に問いかける習慣を続けていきます。
このワークショップを通じて、以前から変えたかった行動が変えていけるとは思っていなかったので驚きです。


文節区切りの線


私はお金の記録をつける習慣はついているので、「BE の支出」を心がけつつ、自分の人生プランと、自分の一生を自分で支えるためのマネープランを立てることに取り組みたいと思います。

長期間のマネープランはどうやったらいいかわからず、手をつけていなかったのですが、まずは勉強するところから始めてみようと思います。
時間をかけて少しずつ、自分の人生の目標とともに進めていきたいです。





タイトルはじまり目印

Y. A. さん(20代/福岡県よりご参加) あおばクラス


タイトル下の線


秋の ONSA WORKSHOP(対面式)、「お金と自立のワークショップ」に参加させていただきました。

精神的な疲労でいっぱいです。


文節区切りの線


ワークショップ・クラス当日までのワークを、お金について3日坊主でしたが、とにかく日が開こうとも書き込みました。

すると、本当に1日で使うお金の量が重なると、気持ち的に沈んでいったり、ここは上手くできた! と喜んだり、お金のことだけでも感想がどんどん出て来ます。

更に月々の定期的な支払い、支出と収入のバランスを考えると頭を抱えました。

28歳で久しぶりに、しかも自分のお給料で今年から一人暮らしを始めて、初めは財布を閉めようと考えいても、「これにかかる、あれにかかる、あ、このこと忘れてた」と緩んでいくお財布。
これは良くないと、奮起して日本橋の会場まで足を運びました。


文節区切りの線


ワークショップ・クラスで味わったのは、「私の家庭では、健康的なお金についての関わり方を学んでいない」と、「自立を促せ切れない訳だ」と納得もしました。

お金は、自立の中で目に見えて分かりやすく私へ教えてくれる、「危険と安全のサイン」だとも思えました。
私が現実を直視するたびに、自立に関わる境界線、感情、不健康さ、自己不全感が襲うのは、「見直す余地がある」と云えます。

お金はもっと高度なもので、銀行員クラスの人じゃないとちゃんと関われないんじゃないか、と勝手に思ってもいましたが、これから学んでいいな、動いていいと思えました。


文節区切りの線


「自立」の視点での「お金」の関わり方を学ぶと、私の「夢」についても考えていいな、と思え、「自立は現実的で、健康的。その道に夢がある。」という考えが生まれました。
まだまだアフターワークもありますので、一つの ONSA WORKSHOP(対面式)で学んだことをまとめていこうと思います。

「お金と自立のワークショップ」を開催していただいた藤沢優月さん、ONSA STAFF さん、一緒に参加された皆さん、お世話になりました。

秋の始まりは風邪をひきやすい為、体調管理にお気をつけください。
お疲れ様でした。





タイトルはじまり目印

M. T. さん(40代以上/岐阜県よりご参加) あおばクラス


タイトル下の線


わたしへ

このクラスに参加してくれてありがとう。
正直、まだまだ消化しきれてなくて、いっぱいいっぱいだね。
難しいことだけれど、また一歩一歩練習していこうね。


文節区切りの線


私がこのワークショップに参加しようと決めたのは、少し前に仕事を辞めたこともあり、これから生活やお金の使い方も変わるだろうから、ちょうど良いタイミングかもしれない…と思ったからでした。
でも、実際のワークショップは、仕事の有無など関係なく、いつも通り「自分の人生」に関係するものでした。

「そうか、そうだった…。仕事をしている、していないとか、そういう小手先の話ではないんだよね…。トホホ…。」というワークショップの始まりでした。

回復の道も歩き続けて、少しずつ慣れてきたところもあって、少し気を抜いていたのかもしれません。
いつも通り「ドーン!!」といくつも衝撃を受けて、想像していたよりずっとぐったりと疲れて帰ってきました。

でも、なんだか「もやっ」として先がよく見えていなかったものが少し見えてきた気がします。


文節区切りの線


「お金」は自分にとって、よくわからないものでした。
お金にまつわるものを「一度、整理したい」と思いながらもなかなか手を付けられず、何年も時間が過ぎていました。

ワークショップの中で、まずその状態自体が、「共依存の『いつか』思考」からくるものだと知りました。
これは本当に、痛い事実でした。
自分のいたるところに共依存の影響が出ているのだと、がっくりしました。

そして、それが「共依存」ということなのだろうと思います。
「共依存」だと自覚はしていて。
でも、今「本当にそれがどういうことなのか」がやっとわかりかけてきた気がします。本当に手ごわくて根強いです。


文節区切りの線


ただ、それがわかるようになってきたのは、やっぱり回復の道を歩いてきたからだと思いました。
今回、自分で漠然と感じたのは、「これは次のステージに来たのではないか」ということです。

今までも自分と向き合ってきましたが、それに「現実」が加わったというか。
うまく言えませんが、「実践モード」に入った気がしました。
なんだか自分が巨大な階段に足をひっかけて、「うんうん」言いながらよじ登っている感じです。


「とうとうこれに手を付けるのか…」と不安な気持ちと、「どうすればいいのかがわからなかった」ことを「どうしていけばいいのか」がわかって安心する気持ちがあります。
そして、「よし! やったるで!」というこれまでにないくらい、手帳と真剣に向き合っている自分がいます。


文節区切りの線


そして、今回の中で
「時間の漏れ = エネルギーの漏れ → お金の漏れ」
が、なるほど…という感じでした。

私は時間もお金も本当の意味で「自分のため」には使っていませんでした。
なんとなく使っていました。あまり考えずというか…。
ただ、「消費する」という感じでした。

「自分がしたいことがわからない」「何が好きかわからない」から「時間」を目的なく「なんとなくそれっぽく」ダラダラ使う。
それは、「時間」「お金」「エネルギー」に共通しているのだと教えてもらって初めて気が付きました。

ショックというか、あまりに納得しすぎて「ほ~…」という感じでした。
今は、今までの自分に本当に頭を抱えたいくらいですが…。


でも、「やったるで!」モードなので、まずは自分ができることをしていきたいと思います。

・手帳を通じて時間と向き合うこと
・家計簿をつけ始めたので続ける
・「満足の遅延」貯金箱を買った(久しぶりの貯金箱選びにワクワクしました。)
・失敗を恐れない

また一歩ずつ、進んでいきたいと思います。


文節区切りの線


そして、藤沢さんが言われた「自分のためになることしかしない」(こんな感じだったと思うのですが…)は、とても印象的でした。

自分は「自分のためになることをしてきたか?」といえば、ほとんどありませんでした。
とてもわかりやすいな、と思いました。
これからはそのシンプルな言葉を自分に問いかけていきたいと思いました。


クラスのみなさん、お疲れさまでした。
藤沢さん、今回もパワフルなクラスをありがとうございました。





タイトルはじまり目印

Y. W. さん(30代/愛知県よりご参加) あおばクラス


タイトル下の線


「お金と自立」
私にとって、どちらも「こわいもの」でした。

しなければいけないのだけれど、
何をどこから、どうしていいかわからない。

そんな八方ふさがりの中で、
私はまったく進めず、困り果てていたんだと思います。

でも、今回このクラスに参加して、
たくさんの実感を得ることができました。


文節区切りの線


私は、このワークショップは2回目の参加なので、
基本の内容は「以前聞いたもの」ではあるのですが
理解度や「あぁ、そうか」「そういうことだったのか」と
腑に落ちる部分がとても多くありました。

それはきっと、プレワークで
「できない」なりに懸命に取り組んでみたこと。

今回の参加までに受け続けた ONSA WORKSHOP(対面式)、
Web. WORKSHOP で、私と向き合い続けてきたこと。
そのすべてが私の土台になって、
今回の学びを支えてくれたんだと、私は力強く思います。


文節区切りの線


あとは、1回目のワークショップ後に
いろいろ、自分なりにお金の整理をして
新しい口座を作ったり、保険に加入したり、お金の話を聴きにいったり…。

そういうベースができていたから、
今回の学びで、もう一段上にジャンプできたんだと思います。

また、その時に家計簿にチャレンジして
「続かなかった…。」という経験があったからこそ、
今回は違う方法を試して「これなら私も続けられる」というのを
見つけることができました。

なので、過去の私にも感謝! です。


文節区切りの線


共依存や、親の問題で
私は、お金や自立について、健康的に学ぶことができませんでした。
そんな状態だったのに、私は
「お金も自立のことも、大人になったら、自然とできるだろう。」
なんて、思っていました。

でも、現実は当たり前ですがそうではなく、
私が学んだり、身につけていない分だけ
「お金」も「自立」もうまくいかない。
周りにも聞けなくて、どうしていいか、わからない。

内心は「やばい」「このままじゃまずい」と、焦っていました。
でもその焦りとは裏腹に、
「…ま、でもそのうち何とかなるでしょ。」とやり過ごす…。
ワークショップ・クラスで指摘された共依存の症状、
まさにそれを、私はしていました。

そのことに不安や怖れを抱きながらも、
でも自分でどうしていいかわからない、
そんな状況で、何年も何年も、心細く私はやり過ごしてきました。


文節区切りの線


このワークショップがあって、本当に良かった。
改めて深く、私はそう思います。

こんなワークショップ、他にはない。
「お金と自立」の問題の本質と、
具体的な方法を、たくさん学ばせてもらいました。


私が、本当に共依存の生き方をしているんだ…ということ。
「共依存」「お金」「時間」の密接すぎる関係。
別皿の問題ではないこと。
本当に、根は、ひとつなんですね。

「お金」「時間」が、私の共依存の深さをあぶり出している。
そのことを、今の私は深く実感しています。
その関係を、アタマ理解よりさらに進んで理解できたこと
本当によかったなって、思いました。


文節区切りの線


ワークショップ・クラス後、私は
年間での大きめの支出を、毎月積み立てる計画を立てました。
それに連動した、目的別の口座を作りました。
毎月の固定費を改めて洗い出し、家計簿アプリに最初に入力して、
あとは日々の変動費の管理に集中できるようにしました。

週の真ん中でちょっと買いしそうになったときも
「やっぱりいらないな」と思って、満足の遅延ができました。
手帳も、「私の1時間の価値」を意識して、時間を工夫するようになりました。
今は、家計管理の本を読んでいます(おもしろい!)。

このクラスを経て私は、お金が怖くなくなりました。
むしろ「知れば知るほど、私の味方にできる」と
心強く、思えるようになりました。


文節区切りの線


これまでの私は、お金も手帳も
「うまくいかないかもしれない。だから、やらない。」でした。

でも今の私は
「うまくいかないかもしれない。でも、今の自分なりにやってみよう。
やってみた分だけ、明日は、来週は、もっとうまくできるようになる。」
と思えるようになりました。

実際、この1週間の時間の過ごし方を経て
「ちょっと疲れたな…。」と詰め込みすぎてしまう私のクセを実感。
「回復に向けて努力すること」は大事にしつつ
「休むこと」「素直に今を楽しむこと」
そんなバランスを模索していくのが、次のステップだなぁと思っています。

そしてこれは「お金」についても言えること。
ほんと、「お金」と「時間」の使い方は連動してるなぁ…と感じています。

トライで大事なのは
「うまくいったか」という結果じゃなくて
「それで私を知ることができたか」のような気が、私はします。
私を日々知って、私自身と現実、目指す夢に向かって、少しずつ調節していく。
まさにオーダーメイド。
トライ&エラーは、日々の私との対話だと深く知ることができました。


文節区切りの線


私はずっと「いつか…」思考でやらない、をくり返していましたが
同時に「…のせいで(できない、無理)」と
何かのせいにすることで、自分の「できなさ」から逃げていました。

でももう、逃げるのはやめにします。

逃げるより、知って、ひとつずつやってみて、
学んで、対話して、フィードバックして、変えてゆく。
その方がうんと楽しいと思えたからです。


このワークショップで「私は」の重要性も、うんと感じました。
同時に「私は」があるお金の使い方は
(クラス中に、優月さんが実例で教えてくれたこと)
なんて輝いているんだろう!! と
私の心がぱぁっと明るくなりました。

私も、そんなお金の使い方がしたいです。
そういう「使う」は、私の人生と心にしっかり残るし、
むしろ何倍にもなって返ってきてくれるから。
お金を「使う」ことに、前向きになれたのもうれしかったです。

そのためにも、練習、練習です。


文節区切りの線


優月さん、クラスメイトのみなさん、
ありがとうございました。
みんなと「はぁ~~~…」というため息を
何度もつけてよかった(笑)。

重かった分だけ、クラス後はしっかり浮上できる。
ひとりじゃなかったから、しっかり受けとめて、持ち帰ることができました。

ありがとうございました!





タイトルはじまり目印

S. T. さん(40代以上/岡山県よりご参加) あおばクラス


タイトル下の線


プレワークで「ようやくここまでたどり着いた」と記し、ワークショップ・クラス当日を迎えました。

「お金」のことは、いつか直面する必要があることだと薄々気づいていました。
「自立」については、ずっと私のテーマだと思って取り組んできたつもりでした。


文節区切りの線


ワークの始まりから、とんでもない事実に直面しました。
というより、自分の弱さや甘さを突きつけられた気がしました。
いつも、どこかで逃げてきた詰めの甘い自分、言い訳をして慣れたパターンに陥る自分、そんな自分を「仕方ないよね」と甘やかしてきた自分を自覚することからはじまりました。

お金のことなのに…いや…お金のことだから、より現実的に自分の境界線がこんなにも緩々なんだとわかりました。
Web. WORKSHOP で、実際の自分の労働に対する時給を計算したのに…。
日が経つうちに、過去のことにして「まあ、いっか…。」とまたしても逃げていました。


文節区切りの線


時間にもお金にも…どちらにも私の行動パターンが、明確に表れていました。
「NO」が言えない、何より自分はどうしたいのかが今一つわかっていない、そんな自分にショックを受けました。

そして、最もショックを受けたのは、他人の言動や問題解決にこんなにも即返している自分…。
しかも、そんな自分に自覚がないということでした。


どこかで、「まあ、いいか…。」と他人を自分の境界線内に招き入れている自分に直面しました。
自分の心に問いかける時間も与えず、高揚した気分で応じている私は、他人にとってどれだけ都合のよい人だったのだろう…と思いました。

熱心に勧められたり、「限定」とか「あなただけ」とか「特別」という、私にとって毒性のあるキャッチコピーにあおられてきたことを痛感しました。
それだけ私は、だれかからの「評価」や「承認」を無意識に求めてきたのだと気付きました。
それは、だれかにとっての「特別な存在」とか「必要な存在」になること…。
つまり、「一人ぼっちにならない」ため…。
周りで流行っていることや話題になっていることに、自分を合わせてばかりきたことがわかりました。


文節区切りの線


ワークが進むにつれ、私にはどんどん「このままじゃいけない」と焦る気持ちがでてきました。
「このままじゃあ、本当に私の人生はとんでもないことになる」と思いました。
同時に、「なんとかしなきゃ!」いや「何とかしたいし、何とかする!!」そう思いました。

他人の問題を何とかしなきゃと肩代わりする時間もお金もない。
もうこれ以上、私を差し出すのはいやだ!!!
心に強く思いました。


文節区切りの線


日常生活に戻り、正直、今までの慣れた行動パターンで対応しようとする自分を感じます。
まだまだ、人から良く思われたいとか、どこかブザマな自分を見せるのが怖いとか、そんな自分がいます。

「ようやくここまでたどり着いた…。」と思っていましたが、道のりのあまりの長さに、途方にくれています。
それでも、私のためにいま1度基本に戻って、歩き続けたいと思います。





タイトルはじまり目印

M. T. さん(40代以上/東京都よりご参加) あおばクラス


タイトル下の線


ワークショップ・クラス終了後のこの1週間は、生理的なものとクレンジングリアクションとが重なり、本当に心身ともにきつい1週間でした。
泣いたり体を使ったりしたわけでもないのに、とにかくだるくて眠くて、身体がドローッとしていて、仕事して眠るので精一杯でした。

ぼーっとしてもやもやしているのは感じるけれど、それ以上に何かを感じたり考えたりするのは、できなかったです。頭が崩壊した感じに近かったと思います。心も身体もエネルギーがなくて、やる気以前…っていう感じでした。


文節区切りの線


ようやく、それらが抜けてきて思うのは、裏を返せばそれだけ衝撃が大きかったということだと思います。
ワークで学んだ知識の衝撃にやられ、消化不全でやられた…という感じです。

お金を通して、自分のことをみてみる…ことは初めてだったし、これまで他人のために使ってしまったお金とエネルギーと時間が、あまりに莫大だったのもあり、その莫大さにやられてしまった…ということしか、今は言えない感じです。
時間の蛇口の元栓を閉めずにきて、時間を湯水のように使い、ここまできてしまった…。

今はまだ受け止め切れていない感じがするし、まだ、点と点でしか考えられてなくて、自分の中のつながりや腹に落ちる感じがないのですが、しがみついていける力はこれまでで培ってきたから、少しずつ目の前のことと向き合っていきたいと思っています。


文節区切りの線


ハードルの高いお金のことと、向き合った自分によく頑張ったねと言ってあげたいです。
そして、これからまた一緒に取り組んでいこうね、と。

優月さん、クラスでご一緒したみなさん、ありがとうございました。
大変だったけれど、とても有意義な時間でした。





タイトルはじまり目印

S. H. さん(40代以上/東京都よりご参加) あおばクラス


タイトル下の線


こんにちは。
ワークショップ・クラスが終わって1週間、お金に対して少しだけ変化があるように感じます。


文節区切りの線


今回受講して思った事。
「満足の遅延」の意味が以前より明確になりました。
買い物だけではなく、何かを選択する時、「それは思い出に残る?」と考えるようになりました。

買いたい時に買いたいモノを買えないことは不幸だと非言語メッセージで教わった自分。だから、買えないとストレスだったし、大きな買い物は決まって「ボーナス一括払い」。

でも、思い出したんです。小さい頃の事。
欲しいものがあって、何度もおもちゃさんの前を通って想像して、まだ残ってるかドキドキして。お年玉をためてやっと買いに走ったこと。
夕方、晩ご飯が出来るのをお腹をすかせてすかせて待って食べた時のごはんの美味しさ。
忘れていました。


文節区切りの線


何でも簡単に手に入る状態が、シアワセだと思い込んでいた。
でもそれは、豊かな気持ちや時間とはま逆な気がします。

私は、豊かな毎日を送りたい。
本当に欲しいモノを大切に使いたい、着たい、食べたい。

時には疲れてセンサーが鈍ってしまうことも、これからきっと多々あるけど、たくさん「灯台の時間」をとって自分と向き合って豊かな人生を歩んでいきたいです。
そんなことにも繋がる、このワークショップ凄いです(笑)。

今、冬のボーナスで買いたい「浄水器」選びが楽しいです。
こういう感覚を取り戻して、変に悲観することなくお金と向き合っていこうと思います。
これからだ~!





タイトルはじまり目印

T. Y. さん(40代以上/千葉県よりご参加) あおばクラス


タイトル下の線


このワークショップは2回目で、まだまだわたしの中には知らないうちに親から受け継いだお金の価値観、考え方があるんだろう、それを知りたいと思って受けたのですが、自分のあり方を再確認する時間になりました。


文節区切りの線


自分が使ったお金も、金額だけでなくどうしてお金を払ったのか見てみると、そのとき自分がどういう状態だったのか見えてくる。
わたしの買い物は自分がほんとうにやりたいことのためのお金より、日々の忙しさから目をそらすための買い物のほうが多かった。
そんなに無駄使いしているつもりはなかったのに、自分がほんとうに欲しいものにはお金を使っていない。

自分がほんとうにやりたいことに、時間とお金をつかっていない。
いつか、用意ができたら。
いつか、機会がやってきたら。
そう考えて、自分がやりたいことに向き合わず目の前の、他の人のことに時間を使ってしまう。

わたし自身が、自分のために「いま」行動をおこすことから逃げていた。
それに気づけたのは、ほんとうによかったと思います。


お金の使い方、時間の使い方。
どう使うかで自分が今何に向かっているかが見えてくる。
これまで自分が本当にやりたいことのために使ってこなかった。自分が本当はなにをやりたいのか、わからないまま、ただなんとなく自分を助けてくれそうなこと、気をまぎらわせてくれそうなことにお金を使っていた。

だから、わたしの中には、積み重なったものがないんだ。
わたしの中になにも残さないまま、お金も時間も流れてしまっていたんだ。


文節区切りの線


ほんとうに自分が好きなことなら、自分の中に時間とお金をかけた積み重ねができていたんだ。
ほんとうに欲しいものなら買っていい。
欲しいものを買うお金はちゃんと作れるよ、といっていた藤沢さんの言葉がやさしく聞こえました。

お金と、(時間と、)自分の内側とのつながりが、前回より深く感じられたワークショップでした。
あらためて自分の「いま」を考える時間になりました。





タイトルはじまり目印

C. W. さん(40代以上/埼玉県よりご参加) あおばクラス


タイトル下の線


毎回感じることですが、ワークショップ・クラスがほんの1週間前のこととは思えず、ずっと前のことのような気さえしています。

今回は、プレワーク中もワークショップ・クラス当日もどこか「『自立』はともかく、『お金』は(自分なりに勉強してきたし、コストダウン出来るものはしているし、財形もしているし…服とかに浪費するのは空しいと分かって、やめられているし…)割と大丈夫じゃないか?」と思っているところがありました。

が、今になってボディーブローのようにじわじわきいてきた感じです。
向き合うのがつらくて、正直、また逃げ出そうとしていました。
でも、自分を大切にしたいから、今書けることを書きたいと思います。

(ここからは、読んでいただくのに心苦しいですが、丁寧語ではなく書かせて下さい。)


文節区切りの線


まず、「自立は『推奨』ではなく、『しなければならない』」に痛みを感じた。
あー、あの頃知っていたかった。
子供時代や学生時代に知っていたら、もっと真剣に自分の職業について考えて選べたかもしれない。

プレワーク中に気付いたことだけれど、私に取っての(というか、私が母から受け継いだ考えは)「自立=相手の気に入るようにして、条件のいい男性に養ってもらうこと」だった。
(今までも何となく分かっていた気もするけれど、今回逃げようもなく明らかになった感じ。そんなことないと分かっているはずなのに、どこかに「お金は、どこからか入ってくる」という楽天的な感覚があったのは、ここからきているかもしれない。)


そして、私はそれに抵抗感を感じ反発していたこと。
ずっと、「私の人生には、何かあるはず」と思っていたこと。
でも、あの頃はその「何か」が分からず、いつの間にか諦めてしまっていたこと。
その意味での「自立」が出来ていないから、今もどこかに後ろめたさや劣等感を持ってしまうのではないかということ。

「あの頃」超えられなかったテーマは、今も私の中にある。
私がし残してきたことの1つは「自立」だった。
そう感じた。


文節区切りの線


今回扱った「お金」は、目で見たり触ったりも出来るもの。
でも、最終的に突き当たるのは、「自分とは何か?」「自分はどう生きたいのか? 何をしたいのか?」だった。
いまだそれが分からない私には、ずばっときた。

「シャーロック・ホームズが『通帳(お金の使い方)を見れば、その人が分かる』と言った。」のは、さすが! と思った。

私は、ある程度自分のお金を管理出来ていると感じていたけれど、使い方の弱い所にちらちら私の弱い面や悩み、今の自分自身が現れている。

過去では、人に「いいね」「すてきね」と言われる為に、服やアクセサリー、化粧品、習い事、外出全般にお金をかけていたこと。
そんなことに沢山時間とお金を使って、「いつか」人生がひらけるのを「待っていた」こと。
(「共依存者は『いつか』思考。『今ここ』からずれている。」の言葉が、痛かった。)

今は、ふっと気を抜くと、現実逃避の為に読む本やまんがを買ってしまったりしている。
私はたしかに音楽を聴くのは好きだし、生の音には癒されるからごくたまにコンサートにも行く。
でも、いつの間にか「それって、そんなに好きだっけ? 聴きたかったっけ?」という演目まで予定に入れようとしていた。

「自分がない。そして、自分が本当に楽しいことが分からないから、自分の代わりになるものを外側から引っ張ってくる。」という過去の為にならない習慣を繰り返している。
表面的な何かが止められたからといって、「根っこ」が解決した訳じゃないんだよね…。

そして、これは
「自分の価値をお金で証明しようとすること」
「DO のお金(一時の快楽の為、他人重心のお金)」で
もあると思う。


文節区切りの線


ワークショップ・クラスで聞いた通り、時間とお金は連動していると思った。
空虚な時間が続く時、空虚なお金もまた出て行っている。

それから、私は人の為に使っているお金は少なかったけれど、それは「色々な人間関係はあるけれど、自分の境界線を大事にした結果、人の為に出て行くお金が少ない」からじゃない。
そこには、「私は人との関わりが少ない」「孤独」「又、他愛ない好きな話を出来るような温かい関係を作りたいと思いながら、人を避けたい気持ちもある」「どうしていきたいのか分からない」という痛みと悩みが隠れている。

改めて思い返すと、ここ数年想い出に残ることない。
「お金は、資産・想い出になって残っていくもの」
「想い出に残るのは、”BE” の使い方をした時だけ」
という言葉の重みを思い出す。


今の私の行動の動機の根本には「不安・恐れ」と「人に関心を持ってもらいたい・認められたい」(まさに、自分が傷ついた所で止まっている。それに「いつか」思考かも? 未来の理想の自分のことを想ってばかりで、今の等身大の自分を認めてないかもしれない。)がある。
行動を制限するのも、「人に責められたくない。笑われたくない。」という思いだと思う。


「依存症を治さないと、お金の使い方も治らない」って、その通りだと思った。
私は、以前より表面上のお金の使い方の問題は改善してきているけれど、根(依存症)の部分はまだ癒されていないと感じる。

私の心は、私の全てと繋がっている。というか、私の言動全ては私の心を表しているのだな…と感じた。


文節区切りの線


その他に印象に残ったのは…、

・「恐怖からお金をためるのではない。『使うため(目的のため)』にためる。」
私は、お金を貯める目的が恐れになっていたみたいだ。
「自分はどうありたいのか? その為にどう使うのか?」に目を向けて行きたい。

いらない物を捨てられないから物で溢れている、自分の部屋も思い出した。
お金も部屋もやりたいことも「自分が何なのか、どうしていきたいのか分からないから不安で、自分の境界線の中に何もかも取り込んで手放せない」状態なのかもしれない。

・「生涯の保険を買う」
私は、保険でも何でも「10年先、20年先をどうありたいか考えて、逆算して計画を立てる。その為に、今、何にどれだけお金を使うか決める。」って発想はなかった。
今ないと困る保証については考えていたけれど、収入がなくなってからの保険料の支払いには意識が向いていなかった。
目からうろこだった。

・何か物を買う時の基準を持つ。「それは好きか? 長持ちするか?」
…これを学ぶ為に、ずいぶん浪費した。
「自分」がないと、お金もロスする。


文節区切りの線


このワークショップは、特にプレワーク時点での学びも多かったと思う。

「お金のことを言うのは、品がない」「使ってはいけない(貯金しないといけない)」「自分を楽しませるために使うと、悪いことが起こる」
そのくせ、「お金は、どこからか入ってくる」という楽天的な感覚。計画性がなかったこと。
「あなた(私)には、お金をかける価値がない」と思い込んでいて、自分の為にお金を遣うのが怖かった頃があったこと。

私が思い込んでいたことは、原家族(ほぼ母)のコピーだった。
これは、実際にやってみないと気付けないことだったと思う。


文節区切りの線


何だか、落ち込んだことばかり書いてきてしまったけれど…。

ずっと自立とお金に向き合いたいと思いつつ、日常生活や日々のワークで手いっぱいで、日頃のお金の使い方にはなかなか手が届かなかったから、今回しっかり時間を取ってワーク出来て良かった。

今の自分の状態もはっきり見えたし、自分が何にいくら使っているのか明らかになっただけでも、なんだか安心した。
(私は目に見える(お財布から支払う)お金は意識していたけれど、給与から引かれる税金・社会保険料や口座振替・カード払いのものは、途中まで無意識だった。改めて書き出してみて、今さらながら「こんなに払っていたんだ」と実感。生きているだけで、本当にお金はかかる。IC カードで払う交通費も無自覚で、料金値上げしているのに驚いてしまった。)


文節区切りの線


ワークショップで教わったことも、実際出来ることやってみた。

満足の遅延口座を作ること。
怖いけど、自分の1時間当たりの単価を計算してみること。
実際計算してみると、思ったよりかなり安くて、のけぞりそうになった。
「好きか」「長く使えるか」に加えて、物を買う基準に出来ると思う。

少し手間はかかったけれど、やってみると結構楽しかった。
自分に出来る事を増やして行くことは、楽しい。
「今『出来ること』を実際やっている=進んでいる」と感じられるからかもしれない。
それに、こういうことは、私は割と苦にならないし、結構得意かも?
新たな発見だった。


文節区切りの線


お金の講座・セミナーは世の中に溢れているけれど、これだけ基礎をはっきりと言ってくれる場所は、ないのではないかと思います。

私には、実際にやってみないと分からないことばかり。
挑戦してみるだけでも価値がありました。

この PAY FORWARD が、気になっている方の背中を少しでも押せますように…。
読んでいただき、ありがとうございました。


最後になりましたが、藤沢さん、スタッフの皆さん、共に参加された皆さん、本当にありがとうございました。
いつも自分の気持ちをうまく言葉に出来なくてもどかしいのですが、今回も皆さんの笑顔に出会えてほっとしたし、幸せでした。
これからも、宜しくお願いします。





PAY FORWARD:対面式「お金と自立のワークショップ」|
2016.10月開催 「お金と自立のワークショップ」きたひかりクラス


「お金と自立のワークショップ」の PAY FORWARD(ご参加者のご感想)です。
なお、PAY FORWARD の本文中には、ワークショップ内で学んだ専門用語が登場する場合がございます。その旨どうぞご了承ください。

●コースの内容
- 「お金と自立のワークショップ」
●もっと読む
- PAY FORWARD(ご参加者のご感想) もくじ

 PAY FORWARD(ペイ・フォーワード)とは「次の人につなぐ」という意味。すでに ONSA WORKSHOP にご参加されて、ひと足先に変化を歩き出した方々から贈られるメッセージです。
タイトルはじまり目印

K. K. さん(40代以上/宮城県よりご参加) きたひかりクラス


タイトル下の線


お金と自立。
どちらも生きていくのに現実的に必要なものだけれど、色んな人の思惑も入り込んでいて、きちんと自覚していないと奪い取られてしまうもの。
時間(=私の人生、命)も同じ。
気付かずに奪われてしまっていて、私のものなのに私が私のために使うことができなくなってしまう可能性のあるもの。


文節区切りの線


「お金の使い方は、意識しないと親とすっかり同じやり方をしていく」と言われて、確かにそうかもしれないと思った。
親はあまり多くはない収入だったようだったけど、日常生活をひどく切り詰めることはせず、私たち姉弟を公立の学校に入れ、老後の蓄えや、住み替えもできていた。
それは一見良いことだけど、「食べることと寝ることだけが幸せ。退職したら時々旅行に行ったりしながら、のんびりする。」なんて言っていた母は、退職後、認知症になって、趣味人だった父が趣味の時間を削りながら世話をしている。
確かにのんびり、なのかもしれないけど、きっと彼女が思っていたのとは違うよね。


私は自分の趣味も楽しみながら、生活も貯蓄もそれなりに出来ている。
確かにこれは両親の生活やお金の使い方を足したようなものと言えなくもない。そして、終いのことだけはとりあえず考えているけれど、人生後半の働き方や生活の仕方について、漠然としか考えていないことは、母と同じ。
でもね、私は孫ほど年下の介護者にこども相手みたいな言葉づかいで話しかけられたり、独りで生活できない状態になったりするなんて、絶対嫌だよ。自分独りでは生活できなくなったり、折角の貯蓄が介護をされるためだけの費用になったり、誰かずるい人に付け込まれたりして奪われてしまったりするなんて絶対絶対嫌だ!!! 

でも、今、具体的に考えて、今から行動しなければ、退職してからこの世を去るまでの時間の過ごし方まで、母と同じになるかもしれない。
思っただけで、ぞっとする。
私が最期まで幸せでいるために、私の時間もお金も誰かに盗られるわけにはいかないし、つまらない誰かのことを考えて過ごす時間や、私の幸せに直結しない出費はもったいない。その時間やお金は自分の身体を気持ちよく整えるためや、自分の心を豊かにするために使えば良いじゃない。
そうしたら身体も心も健康でいられる時間が、より長くなるかもしれないし。
ぼんやりなんかしていられないよ。


文節区切りの線


大切な喝を入れてくれた優月さん、いろんな気付きをくれたご一緒させて頂いた皆さん、本当にありがとうございました。
早速スマホでも使えるエクセルの家計簿を作り、支出については「出るを制す」とつぶやきながら自炊を復活させ、手帳で時間や行動予定の管理を今までになく真剣にやり始めました。
WORKSHOP で涙と共に出てきた、自分が過ごしたい将来の姿ももっと具体的にして、徹底的に追い求めていきたいと思います。
アフターワークでもよろしくお願いします!





タイトルはじまり目印

S. H. さん(40代以上/東京都よりご参加) きたひかりクラス


タイトル下の線


想像していたものと全く違いました。

お金と自立と聞いて、「私、出来てるし」と思って昨年受講しなかったのですが、受講してみて昨年、受けてればなぁ。と少し後悔。
お金は、お金でしかなかったけど、時間もお金なんだということがはっきり解ったことが私にとってはとても大きな気付きでした。


文節区切りの線


時間が本当に本当に大切で、かけがえのないものだと再確認してから、少しづつ毎日が変わっていくから不思議です。自分にとって、必要が無い人間関係、保険、買い物、食べ物が明確になりました。逆に必要なものがクリアになってくる。

毎日スーパーに通っては、必要のない割引品を買って何となく食べていた食事も、食べたいものを買い、満足感を感じるようになりました。
ちょっと考え方を変えただけで、毎日の生活が違う景色に見えてくるから不思議ですね。


新しい知識を学ぶことが今、とても楽しいです。

特に仕事時間は、そんな気持ちがぶっ飛んでしまう位の出来ごとに遭遇したり、一瞬で子どもの私に戻ってしまうことが度々ありますが、なんか、意味の解らない不安感やいらいら感が無いってホントに人生が軽くなる。
そして、私の知らないことがまだまだたくさんあるのかと思うと楽しみで仕方ないです。


文節区切りの線


・シアワセの権利を自ら放棄しない
・コントロールしない
・ちゃんと人と、関わる
・自分を信じる

この4つが今の私にはお守りの言葉になっています。

いっぱい転んで、いっぱい笑いたいなぁ。
いっぱい泣いて、いっぱい成長したいなぁ。
こんなところまでこれた自分と、優月さん、「きたひかりクラス」のみなさんに感謝です。

来年の ONSA WORKSHOP(対面式)で、またお会いできたらいいですね。





タイトルはじまり目印

A. M. さん(30代/愛知県よりご参加) きたひかりクラス


タイトル下の線


優月さん、クラスの皆さん、ワークショップありがとうございました。

このワークショップを今回のタイミングで受ける事ができて良かったと強く感じています。
ワークショップ・クラスのはじめに、「ここまで進んできたから分かるようになる」というような事を言われ、最初はよく分かりませんでした。進んでいく内にその言葉が納得できました。
とても現実的で、新鮮な目線を知る事ができたワークショップ・クラスだったと思います。

私は自分が前に進んでいるかどうかは、いつもはっきりわからなくて不安でした。
だけどワークショップ・クラスの内容を ONSA に出会ったばかりの私が聞いても、今と同じ気持ちにはならなかったと思います。

きっと How to 的な感覚で真似をしていた思います。
それでは結局同じ所に戻ってきてしまうのに。
気付けた分だけ私は進んだのかなと、少し自信になりました。


文節区切りの線


お金と時間の尊さをすぐに忘れてしまいます。
長い間、私は私のお金と時間は自分ためのものだとは思ってなかったから。自分のために使う事に罪悪感がありました。
心から楽しい事や、やってみたい事をするのも「私だけいい思いをしていいの?」みたいな気持ちになっていました。だから本当に好きじゃない2番目や3番目、もっと言うと誰かが良いという事に、お金も時間も使ってきました。

自分の資源を使いながら、他人の顔色を伺ってばかりいました。
今回はっきりとその不自然さに気付けて本当に良かったです。

それから仕事の時給換算は衝撃的でした。同時に妥当な所だと納得しています。
私は自分の仕事に自信がありません。
「こんなんでいいの? ダメに決まってる!」という批判がいつも私の中にありました。

天井の見えている給料、やりがいを感じない仕事内容、求められない状態にぐるぐるしていました。私自身が自分の好きでやりたい事を仕事に出来ていないという事も関係していると思います。
なので、この学生アルバイトのような金額は実は見合った対価なのでは? と思いました。そしてこのままの状態で行った時、私に待ち受ける将来を想像できました。「ワーキングプア」は決して他人事ではないと突きつけられた気がします。私が自立して自分らしい人生を送るにはスキルが必要という事が、実感として感じられました。


文節区切りの線


とはいえ言うほど簡単じゃないので、正直尻込みしています。
作ったきり利用していなかった口座を「満足の遅延」口座にしてみました。してみたけれど、衝動的にお菓子を買ってしまったりしています。買ってから、ここで満足の遅延口座に「つもり」で入れたらよかったんだ! と気付いたりしてます。気付いて振り返る分だけ進歩したのかな??
だらだらとついた習慣を変えるのは、簡単ではないようです。

「見ないフリ」と「考えない」「選ばない」で損なってきた今までから、どれだけ私は失ってきてるかを、まず認めたいと思います。怖くて不安でやりたくないけど、やらないともっとひどいことになるのがわかってきました。
アフターワークにしがみつきながら進めて行こうと思います。

ありがとうございました。





タイトルはじまり目印

Y. S. さん(40代以上/兵庫県よりご参加) きたひかりクラス


タイトル下の線


今回のワークショップ・クラスでも、いま私に必要なテーマの知識を得ることができて、本当によかったです。ガーンとなることはたくさんだったけど、今気づくことができたのは、私にとって財産になると思います。

私は父の価値観を受け継いでいて、生き方も言われたとおりに生きているし、その上お金に対するものもそっくりだったことに気づいてショックでした。
プレワークをしているときに、あれっと思っていたけど、それがワークショップ・クラスでストンと入ってきて、うなだれました。

そして、すべてのワークが繋がっているんだと改めて感じました。
いろんなワークショップに参加して、知識は得ているけど、自分の身につくまで「できる」ができていないものが、はっきりわかりました。
また、藤沢さんがレクチャーのなかで言っていたことが、『未来日記』で書いた自分なりの答えや気づきと一致したことがあって、進んでいる方向はこれでいいんだと思えることもあって、ホッとできる部分もありました。


文節区切りの線


お金についても、たぶんこれからもいっぱい失敗すると思います。
でもそこに気づくことができるようになっていると思います。今までと同様に一歩ずつの積み重ねをして、お金の習慣を身につけられるよう「できる」まで続けてやっていきます。

自立「できる」ようにやっていきます。
ここはもう絶対掴みたいって強く思いました。

今回も、自分ができるところまでやった自分を褒めたいと思います!

藤沢さん、ONSA スタッフのみなさん、今回もありがとうございました。
クラスのみなさん、ワークショップ・クラスで時間を共にすることができて、感謝してます。ありがとうございました。





タイトルはじまり目印

T. S. さん(40代以上/北海道よりご参加) きたひかりクラス


タイトル下の線


私は今まで自分にいろんな制約をかけてきたけれど、私は自分の幸せを遠慮なく選んでいい。
私は自分の幸せをもっと願っていいって思ったら、ワークショップのはじめから、涙が勝手に溢れてた。

「私は幸せになる価値がある」ってアファメーションを使ったり日記に書いたりしていたけど、心の底からそう思えてはいなかったのかもしれない。
自分に我慢させて、幾つも理屈をつけて合理化して、無理やり自分を納得させようとしてきたけど、私の心は違ってた。
ワークショップ・クラスの最初に優月さんに言ってもらったことが心に沁みた。


文節区切りの線


あれから1週間。時間が経つにつれ、自分の幸せを何より優先させたいと、益々思うようになった。
お金とは生き方。
自ら自分の意思で生き方を選んで、近づいていくために、何をするか何ができるか。一つずつ考えてチャレンジする。

ワークショップ・クラス直後からは、両親のことを思い出しては何度も悲しくなった。
まるで私が親を捨てようとしてるかのような切ない気持ち。
両親との別れとか、いなくなってしまうんじゃないかという不安で、涙が出た。

以前なら、そんなことを思って口にすれば、本当に亡くなってしまうんじゃないかと本気で思っていた。
自立しようとしている私の中で何かが起こっているのかな。

捨てるつもりはないけど、面倒を見るつもりもない。
私はこれ以上搾取されない。


文節区切りの線


クレンジングリアクションは、胃痛とだるい感じが辛かった。週中には体がだるくて熱っぽいのが酷くなり、思いきって会社を早退し、たくさん寝た。
それから、思ったことをついそのまま口にしてしまったり。かといって険悪になったりもしていないから大丈夫。

ワークショップ・クラスの中で、当日すぐには分からなかったことも、時間が経てこういう意味だったのかな…と思うようになってきたことが幾つもあって。
時間を置いて、徐々に理解できることが増えてきて。これでいいんだなって思う。

私の中で、自立への覚悟みたいなものができて、それに対する抵抗勢力もいて、すぐには消化できなかったことが少しずつ飲みこめてる。
いつのまにか胃痛はおさまった。


この1週間だけでも、欲しいものを探して目を開いていれば、自然と視界に入ってくる。
少しだけどいつもより早く退社して、考えながらお金を使ってる。
ネットで新規口座も申し込んだ。

それもこれも、自分のニーズを知らないと始まらない。だから私は自分の本当に欲しいものを本気で探す。
そして、本気で手に入れようと思う。
それができるって心から思えることが、本当に嬉しくて温かな気持ちになる。
それもまた幸せに思う。





タイトルはじまり目印

A. Y. さん(30代/東京都よりご参加) きたひかりクラス


タイトル下の線


こんにちは、
優月さん、「きたひかりクラス」の皆様いかがお過ごしでしょうか?

私は今、このワークショップ・クラスを受けることがどれだけ幸運なことなんだろうと、クラスを振り返りながら思っています。そして、共依存のわたしにとって「お金と自立」というテーマは、とても大切に取り組むべきものだと改めて思いました。
同時に、このテーマは共依存のわたしにとって大切なテーマなのに、一番目を背けがちなテーマでもあること。

きっとこのテーマが、共依存者にとって必要だと感じてクラスが設けられたとは思うのですが、いち参加者として、このテーマが ONSA WORKSHOP(対面式)に存在していることに、ほんと感謝です。

クラスでもらったレジュメを読み返していると、根気強く読まないと目を背けがちになる内容が並んでいます。それだけわたしの中にそれらが育っていないんだなと思います。
人生にとても大切なトピックだと思うので、『未来日記』に貼り付けて、何度も読み返して今週一週間を過ごしました。


ワークショップ・クラスから数日たち、落ち着いてきた今思っていることは、生きるにあたり、何をするにしても、自分発信。

自分がどうしたくて、どう動きたいか、それらは自分で行動すること。
全て自分。
わたしが何もしなければ、何も起きない。

実際のところ、何も起きないわけではなく、日々人と関わりながら生きている以上、周りの人達が作り出す波は常に起きていて、それにどんどん流され、いろんなものを取られ奪われていくんだと思いました。
冷静になれば当たり前なのかもしれないけど、わたしにはこれが全く見えていませんでした。


文節区切りの線


私は、クラスのワークで行った、自分の時間をお金に換算した時の値段に、とても考えさせられました。
その値段はとても衝撃で、その興奮が収まるのにしばらくの時間が必要でした。

確かに、値段は衝撃の何者でもありませんでした。
でも不思議と、落胆やその状況を恨むような気持ちにはなりませんでした。

私は、その値段になったのは自分で選択した結果だとどこかで納得している部分がありました。
数字として現れる前から、今の状況を自分で選択しているという責任のようなものがあったので、ある程度覚悟はしていたのかもしれません。それでも、その数字と対面することは、わたしを前に進める起爆剤として十分値するものでした。

わたしは、「一刻も早く、少しでも前に進もう。」と、その時これまでそれとなく感じていたその思いを、くっきりはっきり強く思いました。
「ここにとどまる理由はない」「とどまりたくもない」と思いました。


文節区切りの線


私はワークショップ・クラスの中で気付かされた言葉がありました。
「自立は孤立ではない」
クラスで何度も出たフレーズです。
自立をすることは、孤独になったり、一人ぼっちになったりすることではない。
だから、自立をしてもいい。自立は悪いことではない。
そんなメッセージのこもった言葉だと思いました。

同時に別の角度からもこのメッセージを私は受け取りました。
というのも、私は自分の「自立」というのをどこかで作り上げていたんだと思いました。

わたしが自立をしていたと思っていたその状況は、孤立でした。
それをわたしは自立していると証明したり、次に行くステップのチケットの条件を満たすような感覚でいたような気がします。


クラスで改めて「自立」というものを学びました。
「自立」は、私が思っていたように、冷たくて、硬くて、寂しいものではなく、自分の軸は持ちながらも、人と関わり合いながら、自分の人生を育ててゆく、しなやかで、温かなものなのかなとイメージしました。


文節区切りの線


そして、「お金」。
お金は、「ある」「ない」が問題なのではなく、「お金」というものとの関わりが問題なのだと思いました。「お金」との関わりを健康なものにすることは、自分を大事にすることだったり、守ることなんだと思いました。

私の「お金」との関わり方は実践して練習するのみだと思います。
去年の私よりも、上手になっているのだから、きっともっと上手く関われるようになるはず。
私は、買い物をするとき、気持ちよくお金を出したいし、自分の経済状況に納得をしながら、生きれるようになりたいです。


文節区切りの線


私は、これからの1年という時間を有効に使える種をもらった気がします。
自分なりにその種を植えて、自分なりに試行錯誤しながら育てていきたいと思います。
そして、来年の秋のワークショップ、何を受けるかはまだ決めていませんが、そのワークショップの時にまた自分の成長の収穫をしたいと思います。

優月さん、サポートスタッフスタッフの皆様、そして、「きたひかりクラス」のお仲間さん、おかげさまで、今回も充実した時間を過ごすことができました。
ありがとうございました。





PAY FORWARD:対面式「お金と自立のワークショップ」|
2015.10月開催 「お金と自立のワークショップ」これっとクラス


「お金と自立のワークショップ」の PAY FORWARD(ご参加者のご感想)です。
なお、PAY FORWARD の本文中には、ワークショップ内で学んだ専門用語が登場する場合がございます。その旨どうぞご了承ください。

●コースの内容
- 「お金と自立のワークショップ」
●もっと読む
- PAY FORWARD(ご参加者のご感想) もくじ

 PAY FORWARD(ペイ・フォーワード)とは「次の人につなぐ」という意味。すでに ONSA WORKSHOP にご参加されて、ひと足先に変化を歩き出した方々から贈られるメッセージです。
タイトルはじまり目印

Y. W. さん(30代/愛知県よりご参加) これっとクラス




このクラスで私は、自分がどれだけ不健康で、病気かを実感した。
そんな状態でいろんなことをこねくり回したって、うまくいかねーや、
ようやく、それをハラに落とすことができた。

このクラスに出るまで、お金と自立は、私には手も足も出ないテーマだった。
でも、今の自分の不健康さのまんま、進んでいったら、
起こりうるであろう、恐ろしい状況、暴力、問題…。

それを思ったら、自立とお金は、私の一番の味方だって、気づいた。
あんなに怖くて、一番遠くに追いやっていた、自立とお金、
それこそが、私を安全に、しっかりと守ってくれる大事なものだって、気づけた。

生きるための正しい知識を、きちんと教えてもらえること、
間違っていること、不健康であることを、きちんと指摘してもらえること、
そのかけがえのなさを感じた。
日常では、なかなか教えてもらうことができない。
教えてもらえなかったら、私はまだまだ暗闇の中を自己流で進むしかなかった。
いつまでも、迷い子のまま、大変な方へずんずんと進んでいただろう。
ストップと、方向転換を促してもらえて、
本当に、ありがたかった。

自分の目標をつかむことも、本当に大事だと思った。
自分が「心からこうなりたい」と思えるものをつかめたら、
そのための努力(お金に関わること含む)は、自然と「やろう」「やりたい」と思えた。

それは、ふわふわとした「やりたい」ではなく、
私を大事にするんだっていう、強い強い決意。私との約束。
義務ではなくいい意味で「やらなくっちゃ!」と目が覚めた。


自分とつながることは、こんなにも物事を堅実に進ませてくれるんだって、
実感できて、よかった。


文節区切りの線


クラス後、私は早速行動した。

  • ・毎月の収支表をエクセルでつくった。
  • ・満足の遅延口座をつくった。
  • ・貯蓄プランの相談を申し込んだ。
  • ・いろんな商品が目につくときも「これは私にとって本当に必要?」と問いかけるクセをつけた。
  • ・BE/DO・HAVE の消費から、「私が私のニーズをつかむことが何より大事(形はそれに付随するものだから、ニーズさえ外さなければ柔軟に選べる)」って、実感できた。
  • ・母親に、家のことや相続のことを質問した。

中でも、母親に家のことを質問できたのが、大きかった。
言い出すときは、どんな反応が返ってくるか、ドキドキしたけど、
聞けばあっさり、いろんなことを教えてくれた。
相続のことや財産状況など、いろんなことが明らかになった。
私が懸念していたことも、「それはない」ってわかって、ほっとした。

なぁんだ、
私が「親にお金のことは聞けない」って何十年も思い込んでたこと、
本当に、単なる “思い込み” だった。
こんなに気楽に聞けるもんだったのか…。

同時に、お金に関することは、本当にいろいろな意見や考え方がある。
みんなが、自分が信じている/感じていることこそ正しいって、思っている(ように私は感じる)。

中でも、お金に関わっている人(銀行の人や FP の人)の意見は、
正しいものもあるだろうけど、すごくこっそり、「売る」意図も織り込まれているんだろうな。
メリットは言うけど、デメリットは「あえてふれない」ことで、気づかせない。

(よく考えてみて。そこまで努力しないでお金が増えていく、うまい条件って、
何かのからくりや引き換えにするものがあるんだよ)

そんな仕組みも、巧みに織り込まれている可能性がありそうって、私は思った。
これは、ワークショップ・クラス後の1週間で自分なりに動いてみて、
自分の耳で聞いて心で感じて、気づいたこと。

きっと、答えは無数にあるし、その中で失敗も成功もあるだろう。
でも、最後は、私のことは私が決める。
人にいろいろ助けてもらいながら、冷えた頭で、落ち着いて一つずつ、
私にとってベストの方法を選んでいこう。
大事なことだから、立ち止まって時間をとって、じっくり考えればいい。
自分で考えたり、調べたりするほど、私は私のためになる選択ができる。


文節区切りの線


私は、多分、幻想の、ものすごくハードルが高い “自立” を目指して、動けずにいた。
(仕事で素晴らしく社会貢献して、1人で何でもテキパキ決められて、
自分らしさも失わず、いつも笑顔でキラキラと輝いているような…。
そんな、つくり込まれた雑誌のようなことこそ “自立” だと、私は本気で信じていた)

でも、このクラスで正しいことを教えてもらってつかんだ “自立” は、
現実的で、地に足がついていて、
私が一歩ずつ積み重ねていくことで、できてゆくもの。

私が私のために行動することで、手にすることができるもの。

もう私は、一足飛びの「魔法の解決法」「一発逆転」を掲げて、
私を現実から切り離すことを、しない。
ぬくぬくした夢の世界に留めて、私を危険な目に遭わせることも、しない。

私は私にできることを、一つずつやっていく。

失敗してもいい。
失敗を受けとめられる自分になりたい。
自分の弱さやできなさに、正直でいられる強さも、私は育てていきたい。

私はもう、飛ぶ夢を見ない。
自分の足で、歩いてゆく。
そうやって、私を守る。私を生きる。

たくさんのことを教えてくれた優月さん、ありがとうございます。
おかげで、目が覚めました。
しらふって、大事ですね。
何度もこけるでしょうが、何度もこの感覚に戻ります。

クラスの皆さん、ありがとうございます。
皆さんの正直な分かち合いのおかげで、私も自分のことにたくさん気づけました。
1人では、決してここまで消化できませんでした。

最後に、よくやった! 私。
勇気を出して、自分の一番弱いところを見たね。
だからこそ、こうやってぐんと、前に進むヒントがつかめたよ。

私は、自分の力で立ち上がることができる。
本当に私に必要なものを、私に与えていこう。
一つずつ、私に確認しながら、進んでいこう。
休んでもいいし、助けを求めてもいい、
私の望むことに、辿り着くことが大事だから。

きっとこれが、私の本当の自立のスタート。
遅いとか恥ずかしいとか、もうそんなことで自分をちくちく責めない。
ハラをくくって、ここから始める。

そのための勇気と後押しをくださったみなさんへ、
本当に、ありがとうございました。




タイトルはじまり目印

T. Y. さん(40代以上/千葉県よりご参加) これっとクラス




自分の世界がどれほど現実と離れているのか、突きつけられました。
わたしはこうなるべき、というところにはすぐいけるものだ、いかなければならない、と思ってた。
そのことに気づいてもいなかった。

そして、思ったことを現実にするにはその過程がある、ということ、ひとつひとつ積み上げている過程があるということをわかってなかった。
共依存の「魔法の考え方」って、いや、わたしは現実的だよ、と思ってたけど、このことだったんだ、と腑に落ちました。


お金の使い方も、時間の使い方も、「自分がない」ことをくっきりと示していました。
自分がほんとうにしたいことではなく、自分が一時いい気分になれるもの、自分をよく見せるものに多くの時間やお金を使っていた。
自分には価値があるんだ、ということを証明するために、たくさんのお金を使ってました。

自分がない。自分がわかってない。だから自分のためにお金や時間を使えない。
そして、「ない」自分を「ある」ように見せるために、ほんとうにたくさんのお金を使っていたんだ。
洋服、化粧品、音楽、映画、旅行、趣味、講座…。
わたしは自分がわかってないのに、自分を知っていて、自分を軸に生きてる、と見せようとしてた。

自分が本当に必要なものを考えるんじゃなくて、こんな人だと思ってもらえたらいいよね、と見せたい自分のためにお金を使ってた。
でも、一時の楽しさだけ。ずっと長続きするわけじゃない。
無駄遣いが怖くてお金を使えないのに、ほんとうに必要な自分のためのお金を使えず、自分の価値を証明するためのお金を「投資だ」と思い込ませて、使ってた。

「ちゃんと考えているし」と思ってた一人暮らしも、そのための時間もお金もぜんぜん使ってなくて、これじゃいつまでたってもできないよ…。

いままで、自分がぼんやりと「まあ、お金ってなんとかなるよね」と思っていたんだ、ということにも気づかなかった。
そしてそれは甘いのだ、ということにも気がつかなかった。

ほんとうに自分がどんなに現実と離れていたか、幻想の世界にいたのか、つきつけられてすごくショックだった。


ワークショップ・クラスのあと、お金と時間のために自分で決めた目標があるっていうのはしっかりしてるし、迷いがなくて気持ちが楽。
そして、進んでいる感じ。それは小さなひとつだけど、これ、という確かな感じがあります。

自分をよく見せるための買い物をしなくなったら、そのための時間も使わなくていい!
そうなるとかなりすっきりします。その時間を自分のためにまわせる。

お金の使い方で、こんなにも自分の考え方が見えるとは思っていませんでした。
そして、ずれがわかって本当によかった。

わたしは共依存にほんとに本気でとりくまなきゃ。
共依存がわたしの人生すべてに影響している。

そう気づいたクラスでした。
ほんとに大きな変化だと思います。




タイトルはじまり目印

N. O. さん(30代/東京都よりご参加) これっとクラス




お金と自立のことは、ONSA に通い始めてしばらくしてから、ずっと自分のテーマでした。
だから、今回このワークショップが開催されるのを知って、迷うことなく参加を決めました。

しかし、自分にとって、とっても不得意な分野だったのでプレワークが心理的に向き合いづらかった。
けれど、私にとってできるだけで取り組みました。

当日のワークショップ・クラスは、本当にあっという間に感じました。
が、私の中で価値観がガラッと変わりました。
お金の使い方も変わりました。

自分の中にあった考えの習慣や、親から受け継いだものがどのように不健康だったのかわかりました。
私は、自分が求めているものにお金を使っていなかった。
だから、これからは、今までより幸せなお金の使い方ができると思います。

自分が巻き込まれているものが何か、少しずつわかってくるごとに、重さを感じるけれど、目が開かれてくるごとに、確実に生きやすくなっている。
これがあるから頑張れているのだと思います。

現実と向き合うことは、けっこうな重量感があって、それに私はけっこうくじけそうになっているけれど、人生をけっしてあきらめない。回復にしがみついていきたい。
私には、教えてくれる人がいるし、目が開かれてくると、怖くてたまらない。
私は、もう自分をだまし続けることはできない。

ワークショップ・クラス当日は、とても有意義でした。
参加者の皆様、優月さんありがとうございました。




タイトルはじまり目印

Y. T. さん(30代/島根県よりご参加) これっとクラス




本当に本当に参加して良かったです。
お金と自立と時間がこんなにもつながっているなんて、知りませんでした。

ONSAのワークショップに参加し始める以前から、何となく
「お金とうまく付き合えてない」
「お金に関することは苦手」
と思っていました。
私にとってお金はとてもハードルが高いものでした。
とても怖かったので、長い間見て見ぬふりをしてきました。

でも、ONSAのワークショップに参加するようになって、共依存の勉強をしていくうちに、お金の問題を何とかする必要がありそうだと思い始めました。
そんな時、このワークショップが開催されることを知り、「これだ!」と思い、参加することにしました。

まず、「自立は必須」であることに衝撃を受けました。
頭では分かってたつもりだったけど、どこかで「いつか何とかなる」と甘えていました。
私、病んでるなって思いました。

そして、こんなにも共依存が根深いものだということに改めて愕然としました。
私がしているお金の使い方はもちろん、考え方や価値観、生き方まですべて原家族のコピーでした。


お金に対して「よく分からない」という認識であること。
良いものを買っても使わずにしまいこんでおく癖。
計画性はなく、欲しければ「えーい、買っちゃえ」という買い方。

もう、全部コピーです。
衝撃です。
お金も時間も「他人」と「いつか」のために消えていました。
とても痛かったです。
でも、仕組みが分かって、目の前が晴れてきました。
何よりもまず、共依存から回復し、健康になることが本当に本当に大切だと思いました。


ワークショップ・クラスで教わった方法は、優月さんがおっしゃっていた通り、ごく当たり前のことかもしれまんせんが、私にとっては当たり前とは思っていませんでした。
それくらい、歪んだ世界にいるんだなと思いました。

ワークショップ・クラスで教わった方法は、とても現実的なことでした。
現実的だから、現実を生きられるのだと思いました。

この現実という地に足を着けて生きていく。
ひとつずつ、ひとつずつやっていこうと改めて決意しました。


そして、私は自立すると決めました!
怖い気持ちや不安な気持ちはあるけど、決めました!

それから、いかに日常が手強いものだということを改めて確認できました。ものすごい引力です。
あっという間に共依存の世界に飲み込まれます。
私は今、そういう環境にいるんだという事実が身に染みました。脱出しなければと強く思いました。

お金も自立も自分を守るため。
このことを知ることができただけでも大きかったです。
勇気を出して参加した自分を褒めたいです。


「これっとクラス」のみなさま、お疲れさまでした。
お金も自立も怖いことだったので、仲間がいると思うだけで心強かったです。
ありがとうございました。

優月さん、ONSAスタッフのみなさま、お世話になりました。
安全な場所と時間をありがとうございました。




タイトルはじまり目印

N. T. さん(20代/東京都よりご参加) これっとクラス




今回のワークショップを受けるまで、私はぐるぐるの状態にいました。一人で絶望の気分でいて、課題にもなかなか取り組めない状態でした。そんな状態でも参加したのは、やっぱり根底でこのままじゃいけないって思っていたから。
そして、今回参加して本当によかったと思います。「私」を繋ぎ留められたと思う。


参加して、まず、打ちのめされました。
グサグサと痛いところをつかれました。でも、私はそれを受け止めないといけない。

自立は、絶対しないといけないこと。

私はどこかで「女性は自立しなくてもいい」って思ってたことに、参加しながら気づきました。それは父と母を見ていて、そしてそう教えられていたんだと思う。
自立ということから逃げたくなっていたのも正直な気持ち。
でも、それは私が自分で自分の人生をダメにしていることだとも気付きました。


今回は、知識を得ることはもちろんだけど、自分と本当にちゃんと向き合えているかということを突き付けられたワークショップだった。

お金の使い方も親のコピーになっている。お金のこと以外のこともコピーになってしまう。
私は自分が依存症で、病気の状態であることをもっと自覚しないといけない。
優月さんが「病んでる環境にいる状態で回復はありえない」と言っていて、ああそうかと思った。
病んだ環境にいる限り、子供の頃から刷り込まれた悪習慣が繰り返される。そんな中で回復しようと思っても、できっこない。
もっと家から離れないとと思った。

病んだ環境で親や兄弟を恨むことにエネルギーを使うんじゃなく、そのエネルギーを自分の為に使っていこう。

逃げたって問題は追いかけてくる。
立ち向かっていかないと何も変わらない。

これは私との戦いであり、「私の人生」なんだと思った。

今回参加して本当によかった。
優月さん、参加された皆さん、ありがとうございました。




タイトルはじまり目印

A. M. さん(30代/東京都よりご参加) これっとクラス




原家族の振り返りをしてみようと書いていったら長くなってしまいました。何だか、Web. WORKSHOP(ウェブ・ワークショップ)の課題みたいになってしまいましたが、今の私の感じていること、考えていることを素直に書き留めてみたので、このままで投稿してみます。
よろしくお願いいたします。


私の両親は、お金を扱う仕事をしています。
それだからか、お金にはとてもシビアでした。

幼い頃私は、週に100円のお小遣いがもらえ、それを持って、駄菓子屋に好きなものを買いに行っていました。お小遣いの金額は、私の年齢が上がるにつれ、少しずつ金額が増えていったものの、いつでも最低限しか与えてもらえませんでした。
お年玉は自由に使っても良かったので、そのお金で1年間やりくりしていました。
それでもある時、そのお金で母にプレゼントを買ったら、「無駄遣いして!」と怒られたこともありました。

私が親から何かを買ってもらえるのは、誕生日とクリスマスだけでした。
それも、何がいい? と聞いてはもらえず、中身は本などが多かったです。
ある誕生日には、「これじゃないのがよかった」と言ったら、暗い部屋に閉じこめられ、反省するまで出してもらえませんでした。泣きながらケーキを食べていたら、「泣きながら食べたら消化が悪くなる! 泣くな!」と言われました。こんな意味不明で理不尽なことも日常茶飯事でした。

そんなお金環境だったので、私は、家の中に落ちている小銭を集めて、母に「もらってもいい?」と聞き、「いいよ」と言われればウキウキして貯金箱に入れていました。そんな私を見て母は、「まるで守銭奴だね」と言っていました。
洋服はいとこのお下がりが多く、私はそれには疑問を持たず、与えられたものを着ていました。お下がりだとかそうでないとかに関わらず、私は与えられたものは何でも、大切に大切にしていました。
母に買ってもらった筆箱は6年間使いました。物を大切にしていたというより、失うのが恐くて手放せなかっただけのような気もしています。


私の子どもの頃は、住んでいる土地柄か、お金持ちの同級生がまわりにたくさんいました。
私は誰とでも普通に遊んでいましたが、母は、お金持ちに対してあまり良いイメージがないみたいでした。私の友達のことを悪く言われるのは、私は嫌でしたが、私がお金持ちの子と金銭感覚が違うなと違和感を覚える時もありました。

それは、私がお小遣いでライトノベルを1冊ずつ買い足していたときのことです。私がその友達に本を貸してあげると、友達はその本が気に入ったようでした。しばらく経ってから友達の家に行くと、本棚には私の貸した本のシリーズがずらっと揃っているのを見せてくれました。
友達はもしかしたら私を喜ばせようとしたのかも知れませんが、私は何だかひどくがっかりしてしまい、その本に対する興味も失せてしまいました。1冊ずつ集める楽しみはないのか!と、怒りとやるせない気持ちを感じました。

そんな事があったからか、親の影響からか、私はお金持ちに対して嫌悪感を持つようになりました。
ちなみに、その友達は医大に進学し、今はお医者様です。私とは全くお育ちが違うわ…と遠くを見つめたくなります。
私がせこせことお小遣いやお給料を貯金しているのがバカみたいに感じてきます。
私と同じように、こんなちまちまお金を稼いでもしかたがないと、昼間の仕事を辞め、水商売の道を選んだ友人もいました。
それを思い出すと、お金っていったい何だろうと思ってしまいます。無いとこまるけど、そこまでして稼がなければ生きていけないとしたら、そうとう苦しいなと感じました。


私はお金持ちのことを、色眼鏡で見てしまうことが多いですが、私も、自分の持ち物や住んでいるところを話題にするときに、お金持ちと勘違いされないか、妬みの気持ちを持たれないかと気を使ってしまいます。
どちらも重心が自分に無いので苦しいです。

高校生になってからは、様々なバイトを経験して、何とか自由に使えるお金を増やそうとしていました。
がんばってかなりバイト代を稼ぎましたが、私は裁断机やミシン、布など、値の張る物を買ってしまうため、いつも手元にお金がありませんでした。ミシンは10万円くらいしましたが、何度か故障と修理を繰り返した後にまた10万円の別のミシンに買い換えました。
裁断机は実家に置いておいたら、妹に捨てられてしまいました。
他にも今になって探すと見つからない物が複数あります。

私の持ち物はほとんど、私が汗水たらして稼いだお金で買ったもので、今買い直すとかなりの金額になってしまいます。
私たち家族は本当に境界線があいまいだったのだなと思います。怒りと悲しみを感じます。


私の母の口癖は、「働かざる物食うべからず」でした。
私は小さい頃からお手伝いをしつけられ、だんだんと私の担当する家事は増えてゆきました。
食事の前にテーブルを拭くこと、配膳、夕食の食器を洗って、それを拭いてしまうこと、布団の上げ下ろし、自分の洗濯物は自分で洗うことなど…。
それを時給にしたら、かなり稼いでいたのではないかと思います。でもお小遣いは少なかったです。
母は、食べさせてもらっているだけありがたいと思いなさいと言っていました。母の育った家庭環境からすれば、母も「働かざる者食うべからず」だったのだと思います。

私は、手伝いの中で、唯一、洗濯だけは自分でやると決めてやっていたので、今でも洗濯だけは好きです。
他の家事は、やらされていた感が強くて、今でもあまり好きではないし、やっていても楽しくありません。できればやりたくないと思ってしまいます。正直、家事が嫌いです。


新卒で職に就いて、自分で使えるお金が増えました。
私はバイトを始めたころ、キャッチセールスに引っかかってしまったことがあったのですが、ここで、こりずにまたキャッチセールスに引っかかってしまいました。
私は、しばらくして一人暮らしを始めました。私がしたいと思っていたのではなく、私と父との折り合いが悪いので、母が「早く家を見つけて出て行きなさい」と言ったからでした。
一人暮らしをしてからは、給料の半分以上が家賃で消えていきました。母が「夕食は食べに来てもいいよ」と言ったので、夕方になると実家へ寄って夕食を食べていました。夕食を食べに行くときは父となるべく会話しないように、そそくさと食べて帰りました。そんな私を父も母も不満に思っていて、「お父さんに挨拶をしなさい!」とよくイライラをぶつけられていました。

私の一人暮らしは、ボーナスまで使い切ってカツカツだったけれど、楽しかったです。少ないお金の中から、歌舞伎やバレエを観に行ったり、習い事をしたりするのも楽しかった。何より、食器を洗え、風呂に入れと口うるさく言われなくてすむのが安心しました。


数年後に夫となる人と付き合い始め、そのまた数年後に一緒に住もうと言われました。私はこの自由を手放したくなかったから、すごく渋っていたのだけれど、根負けして一緒に住むことにしました。結婚してほしいとも言われたのだけれど、今すぐは嫌だからもう少し待ってと言って4年も同棲生活をしてしまいました。今思うと、夫はよく待ってくれたものだなと思います。
夫と一緒に住むようになってからやっと貯金ができるようになりました。なので、私には結婚前の貯金というものがありません。
実家暮らしの友達の貯蓄額を聞いて悔し涙を流していました。
そして、貯蓄が増えてきたころ、積立投資を始め、損を回収できずに売ってしまうという失敗をしてしまいました。私には、まとまったお金があると、何かしたくなってしまう性質があるようです。


結婚してからは、私がいつ会社を辞めてもいいように、私のお給料は全て貯蓄に回し、夫の稼ぎだけでやっていけるような仕組みを作りました。それがあったから、今住んでいるマンションの頭金も払えて、とても快適に過ごしています。
ただ、実家と父の家から歩いて15分位の距離に買ってしまったのは失敗だったかなとも思っています。家を買うのはもう少し回復が進んでからにすれば良かったな、少し早まってしまったかなという思いもあります。
今から家を転居することはできないし、現実的で無いと感じています。
もう子どもは小学生で、こんなことで転校させるわけにもいかないし、夫も納得しないだろうし、買い換えるとなったら、また大きなお金を失ってしまいます。加えて、私は地元以外の場所を知らないので、他に移るのはすごく不安なのです。
けれど、家を買ったのが失敗だった! もうだめだ! と結論付けてしまうのは0か100か思考だと思うので、今できることをしていきたいと思います。


ワークショップ・クラスが終わってから私がしたことは、父のメールアドレスを受信拒否に設定したことです。
今まで、頻度はそう多くはなかったけれど、子どもの誕生日や小学校入学などの際に、父からメールが来ていました。私はその度に吐き気がしていて、気分が復活するのにかなりの時間がかかっていました。
小学校入学のお祝いのお金をもらったとき、メールが送られてきて、私はそれを見て「いまさら普通のおじいちゃんぶるんじゃねえ! 気持ち悪いんだよ!」と、身体中にむしずが走るようでした。
父からお金をもらうことも、飼い慣らされるような気がして嫌でした。
今は父とはほとんど会うことはありませんが、妹が実家に戻ってくる時などに、父が来る夕食会があったりするので、それに参加しないなど、できることはあるような気がしています。
そして、母からも更に距離を取っていこうと思います。

これを書いているときに、母が「牛肉を注文しすぎたから、おすそ分けに行くよ」と言って家までやってきました。
玄関先でそれを渡してもらって終わりかと思ったら、家の中まで入ってきて、頼んでもいないのに「あんたのうちのこれが気になってたんだ」と、持参したスポンジで流しを掃除し始めました。それがなかなか大がかりで、なかなか終わりそうにありませんでした。
もうそろそろ夕食の支度をはじめたいな、早く帰らないかなと私はイライラし始めてしまいました。しばらくたって、このまま黙っていたらあと1時間は居そうだと思ったので、「ありがとう、もう大丈夫だよ。そろそろ夕食も作りたいんで、もう台所あけてもらっていいかな」と母に言いました。母は、「わかった」といいながらもなんとなく不機嫌そうに帰っていきました。母が30分くらい家にいただけなのに、私は気分がドーンと落ち込んで、泣きそうになりました。

そして、夕食を食べ終わり、お風呂でひとりになったとき、無性に泣けてきました。
この気持ちは、まだONSAとつながる前の感覚に近いと感じました。この日の昼間はひとりで平和にペイフォワードを書いていたのに、母の登場によって一気に4年半前に引き戻されました。
母はまだ私にとって、こんなに影響力があるんだと、ショックでした。

母が家を訪れるまでは、実家と距離が近くてもなんとかやっていけると思っていましたが、そう甘くはない気もしてきました。
かと言って、今すぐに何とかはできないので、様子を見ながらやっていくしかないですね。
こういうことがあると、本当に落ち込みます。
何で私はまたこんなことに巻き込まれなければならないの! と怒りと悲しみが湧いてきます。
もう父とも母とも関係の無いところに行ってしまいたいです。


文節区切りの線


親とお金の関係

父は、趣味でアルトサックスを吹いていて、始めは20万円の物を使っていたのが、次に40万円のものに買い換えていました。そのほかに、家にはギターが2本、エレクトーンが1台ありました。
私は、ピアノを習っている友達がうらやましくて、私も習ってみたいと言ったけれど、音楽の習い事は、お金がかかるからか、させてもらえませんでした。ピアノを置く場所も無いくらい家が狭かったのもあるとは思いますが。また、楽器を父が教えてくれるということもありませんでした。なので、私は楽器全般が苦手です。音符も読めません。歌うのは少し得意でした。

父は、良いものが好きでした。そして、他人からの評価の高い物に価値を見いだしていたように思います。アマゾンなら☆5つのような。
アルトサックスもそうですが、テレビやオーディオは SONY、球団は巨人、新聞は朝日…のような万人に受け入れられやすくて、安心感のあるブランドものが好きだったように思います。

父は、高い物は買うけれど、自分の必要な物だけを厳選して買うという感じでした。
それでも、妹が吹奏楽部に入るからと、何十万もするクラリネットを買ってしまったこともありました。
そのクラリネットは有名なメーカーのものだったらしいのですが、妹は、吹奏楽部に1年もいなかったので、ものすごく無駄な買い物だなと思いました。妹曰く「唇が痛いので、私にクラリネットは向いていない。練習が大変すぎて疲れる」ということでした。
私も楽器はできないので、誰にも活用されることなく、今も実家の押入のどこかに眠っていると思います。妹はそういうことを平気で悪びれずにやります。高校時代は剣道部に入って、道着と道具一式を買ってもらったのに、「竹刀でたたかれると痛い」と、それも辞めてしまいました。
私は高校までラケット1本しか買ってもらわなかったのに、この格差は何なんだ! と当時は怒っていました。

父はテニスも趣味で、私が軟式テニス部に入るときはラケットを買ってくれました。
私はそれを長いこと使いました。
父は、自分の興味のあることや、長く使えそうな物にはお金を出すのかなと思います。

あるとき、父は、高そうな電子辞書を買ってきたこともありました。けれど、少し使って、そのあと使っているところを見ていません。あれはどこへ行ったのだろうか…。
ワープロも買っていましたが、あまり使っているのを見たことが無く、私が絵を描いたりして遊んでいました。

父は持ち物がものすごく少なかったです。仕事に着ていくスーツと小物を入れる引き出し、タンス2段分くらいの衣類しかありませんでした。
もしかしたら、ここは自分の居場所じゃない、オレはいつでも出ていけると思っていたのかなと想像してしまいます。

浮気をして長期間家を留守にしたこともあったので、そういったことをするために結構なお金がかかっているはずです。

そしてとうとう、父は家を出て自分の為にマンションの部屋を買いました。
退職金でローンの残りを全て支払ったようですが、老後のお金はどうするんだろうと思ってしまいます。
父は地方公務員で、60歳で一度退職し、再雇用でまた働いています。70歳を過ぎてもやる気さえあれば働き口があるようなので、気持ち的には余裕なのでしょうか。母も同じ職種なので、仕事を失わない限り生きていけると思っているのかも知れません。

それから、父はお酒をたくさん飲んでいたし、何かというとスナックに行っていたので、酒代もばかにならなかったはずです。
スナックの雰囲気やアルコールの、「フワッ」と気分を上げてくれるものが父には必要不可欠だったようです。

父は年に何度も奈良へ一人で旅行をしていました。どうやら、奈良学文化講座というのに参加していたようです。


母は、浪費家でした。雑誌などをたくさん買ってくるものの整理が苦手で捨てられないので、それが椅子やテーブルの上に積みあがり、下手にさわると雪崩を起こすこともありました。
物を持たない父とは対照的で、父が部屋が散らかっていることにイライラして爆発するのは、いつものことでした。

母の買い物は場当たり的で、いいなと思うとつい買ってしまうようです。
母は、私が一人暮らしをしたくらいの頃から、スタイリストについてもらって洋服を買いに行っていました。私も一緒について行ったことがあるのですが、スタイリストの先生が「これ似合うわよ」と言った物は、「じゃあ、買います」とポンポン買ってしまっていて、お金の使いすぎじゃないかと、見ていて不安になりました。また、その先生には謝礼と交通費と先生のお昼ご飯代を支払っていて、私は一緒にお昼ご飯を食べながらもモヤモヤ~っとした嫌な気分に包まれていました。
母は、今でもそれを続けているようです。
その先生は、センスはそこそこいいとは思うのですが、今は仕事が減って、母は「私が養っているみたい」とグチをこぼしていました。

私も就職したての頃は、母と一緒にその先生に洋服を見立ててもらっていて、1シーズンに10万円以上洋服代に当てていたこともありました。
私は、数回それをやったあと、「お金が続かないので、次からはもう行かないことにする」と、一緒に行くのは止めました。
私はそれまで、母と買い物に行って、母にお伺いを立ててから購入を決めていました。
母は、私が自分で服を買ってくると、必ず批判をしました。
私はそれが嫌だったけれど、自分はどれが欲しいのかもわかりませんでした。母の言うことは絶対で、逆らうと恐ろしいことが起こると信じていました。
今はだいぶ母とは距離が離れ、母はもう私の服装には何も口出ししません。

また以前、母とネイルサロンに一緒に行っていた時期もあったのですが、行く度に母がお昼ご飯をごちそうしてくれて、ありがたかったけど、私はそんな母との時間が楽しく感じられませんでした。そんなことを思う自分を責め、そう思わせる母にせつなさを感じました。なぜか苦しかったです。
今は誘われても母と買い物には行きません。

母は、私が小学生の頃宝塚にはまり、友達と誘い合って通い詰めていました。それが今でも続いています。
私も母の影響で一時期かなりハマりましたが、今はもう観ていません。
また、母は占いにも凝っていて、占いの先生をカウンセラーのように頼っていました。父が浮気相手のところに住んでいて不在だった頃からそれは始まりました。今でも細々と続いているようです。母は、「行くたびに料金が上がる」と文句を言っていました。

母の使ったお金は膨大だったようで、貯金の半分ほどを使ってしまったようでした。父が母に「預けていた」と思っていたお金を、母は「父がくれた」と思っていて、それを湯水のごとく使い込んでしまい、父と大喧嘩になったようです。

それから母は、私が小さい頃から、食材には気を使っていて、無農薬野菜の宅配を頼んでいました。
母は、私が専門学校生で妹が高校生の頃がいちばんお金のやりくりが大変だったと言っていました。
そんな頃も高い食材を買うことは止めませんでした。良い食事をしていれば、この家の問題が全て良くなる、食べ物が悪いと人は精神を病むと本気で思っているようなところがあります。

母が高そうな美顔器と化粧品を買ったこともありました。それが母の肌には合わなかったようで、顔が真っ赤に腫れ上がっていきました。母はそれを、「毒素がでているだけだから、もう少ししたら直るはず!」と言っていました。


母は、私に「お金が無い!」と言っていたけれど、上に書いたような無駄を無くせば、かなり余裕のある生活ができたのではないかと思います。
私を大学に行かせるくらいのお金も作れたのではないだろうか。
私の両親は、子どもの将来より自分たちの目先の欲求の方が重要だったんだなと思う。
そのお金は両親が稼いだものだから、両親のものだけど、何かくやしい。

両親は、自分の趣味や好きなことにはお金を出すけれど、自分に興味の無いことには出し渋る傾向がありました。
特に、お金の援助、現金を渡すということにすごく抵抗を感じていたように思います。
結婚式でも、「あんたの保険を解約したからそのお金を渡すね」といって、そのお金をもらいました。周りの友達の話を聞いていると悲しくなるような少額でした…。
その保険で、以前母は、保険のセールスマンの勧めにしたがって預け換えをして損を出してしまったことがあったようです。両親がそのことでケンカをしていたときに、もれ聞きました。

今の実家のマンションを買うのを決めたのも母で、50数平米のマンションで、子ども部屋になりそうな部屋が4畳半一部屋しかなく、将来手狭になることは想像すれば分かるはずなのに、「あの場所が気に入ったから」と、購入を決めてしまうところなど、将来を思い描けない人なのかなと思う。


文節区切りの線


私は、両親を見ていて、夫婦円満がいちばんの節約になるということを感じました。浮気や別居、憂さ晴らしの買い物など、夫婦仲が悪いとお金がかかるんだなと思っています。


私と両親のお金遣いの似ているところは、

  • - 私は何かを買うなら本物で良いものが欲しくなってしまう。良い物を使うのは長持ちするものを選ぶことでもあるけれど、良い物を使うことで、生活の質が上がったような気分を味わえるからというのもあると思う。
    また、ネットで安い物を探して買うよりは、信頼できる店で定価で買う方が価値を感じる傾向がある。父、母にも同じ傾向があった。

  • - 私は、良い精神は良い食事から! と、急にマクロビオティックを始めようとするなど、極端な行動にでてしまい、材料を揃えたり道具を揃えたりして、予算がオーバーしがちになる。けれど、あれこれ揃えても結局面倒でやめてしまう。
    マクロビオティックの通信講座に申し込んでから早6年、一度も教材を開いていない…。母もこういうところがあったな。

  • - 私は贅沢をしているつもりがないのに、少し高い食材やお菓子を買ったり、外食をしたりしてお金が出ていってしまうことが多い。良いものを食べることで自分の価値を上げたいと思ってしまう。
    食べているもので人を判断したり、決めつけたりするのは母と似ている。母はよく、「あんた、そんなもん食べてるから病気になるんだよ」「子どもにはもっといいものを食べさせないと!」と私に言っていた。私が月の食費がなかなか減らせないのは、このあたりのことも関係していそうだと思う。

  • - 私には、価格の高い物は良いものだという意識がある。
    つい、家電は最新の上位機種にばかり目が行く。それがいくら高かろうと、たとえ使わない機能ばかりであろうと、下位の安くて性能の劣る機種では満足できないと感じてしまう。更に、中古はよほどのことが無い限り、選ばない。
    これは父の影響を受けていると思う。

  • - 私は、自分に肯定的なストロークを与える習慣が無いので、物で紛らわせようとすることが多い。
    父は、アルコールやスナック通い、浮気。母は洋服や宝塚、雑誌など。私は、ハウツー本や雑誌を買うこと、舞台を観るのにお金をかけすぎることがやめられなかった。

  • - 私は、学ぶことにお金をかける。けれど、通信講座は投げ出しがち。
    家には母が投げ捨てた通信講座の残骸がゴロゴロあった。私も、通信講座は終えられた試しがない。でも、懲りずに何度も挑戦しては、結構まとまったお金が出ていってしまう。

  • - 私は、自分を変えてくれる何かを探し求めている。
    母は美顔器、洋服。父は電子辞書やワープロ、アルトサックス。私はエステと化粧品、数々の通信講座など。手っ取り早く物を得ることで自分の価値を上げようとする。

  • - 私は、舞台やジャズコンサートなど、エンターテインメントにお金をかけていた。素敵な踊りや衣装やセットを見ていると、自分の人生が彩られたように、一瞬気分が持ち上がる。そういうものが好きだった。今はもう、たくさん観過ぎてお腹一杯だし、それを観に行く時間も惜しい。
    私の舞台好きは、小学6年生の頃、母に宝塚に連れて行ってもらったことを発端としている。キラキラした舞台を観ていると、生活の嫌なことを忘れられ、数日ハイな気分でいられた。

  • - 私は、よく考えずにひらめきで投資などに手を出して損をしてしまう。相手の口車に乗ってお金を取られる。株式投資やキャッチセールスにかなりまとまったお金を投じてしまった過去がある。母は保険、父も何か知らないけれど、何かやっていた。

  • - 私は、人との触れ合いにお金をかけすぎる。友達と定期的に行く食事会や整体や鍼灸、合わないと気付いているカウンセラーとの面談などにお金をかけてしまう。
    母はスタイリストの先生との買い物、占い、友達と行く舞台など。父はスナック通いと浮気。
    母は、スタイリストの先生や占いの先生の文句を言いながらも離れられていない。
    私も整体師さんや、以前通っていたカウンセラーさんなど、一度関係を持つと離れられないような気がしてしまう時がある。ずるずる通い続けてその分のお金を失ってしまう。
    父の浮気相手って、いったい何人だったのだろうと思います。一人の人とずっと付き合っていたのか、今も付き合っているのか、実は一緒に住んでいたりして…あー嫌だ。私には関係のない世界へ行ってほしい。

  • - 私は、生活が毎月予算内に収まっていないのに、毎月寄付をしていた。
    昨年、よく考えた末、寄付をやめた。自分の生活も回っていない今は、するべき時ではないかもと思った。私が昔読んだお金の本に、「あなたがまだ若くて、月の収入が少なかったとしても、年に1パーセントは寄付をしよう。それは回りまわって自分にかえってくる。」というのを本で読んで、素直に実践していた。寄付をやめると電話した時に、「7年間ありがとうございました。」と言われ、7年も続けていたのか! と驚いた。
    母は、よくユニセフなどに寄付をしていて、その影響もあると思う。
    私は、寄付はしたほうけれど、やっぱり、月の貯金を切り崩してまでするものではないと、今の時点では思うようになっている。


文節区切りの線


ワークショップ中は、原家族とのお金の関係について、あまりピンと来ない部分があったけれど、こうして書き出してみると生き写しだ! と思いました。私はいつでもこういったことに引っ張られる可能性があるということなだと気が付きました。心当たりがありすぎて恐いです。
こんなことに囚われて、お金も時間も失ってしまうなんて悔しすぎる。そして、実際たくさん失ってしまったことも実感しています。すごくもったいないお金と時間の使い方をしてきてしまいました。今回、気付いたことを意識して、これからの時間を過ごしてみようと思います。


文節区切りの線


私がこのワークショップに参加したのは、いつも月の予算を2~3万円オーバーしてしまうのをなんとかしたかったのと、これから再就職する際の自立の方法について知りたかったからでした。でも、まずは基礎のこと、基礎となる心構えと意識改革が必要なのだなと思いました。
お金の記録は付けていてとても楽しかったです。私には、ワークシートのシンプルな形式が合っていたようです。私はどうしてもパソコンを開くとネットサーフィンを始めてしまうので、これからも手書きで記録を取り続けていこうと思います。


お金の記録を付けてみて、私は大きく無駄遣いはしていないけれど、ちょこちょこ買ってしまう甘いスイーツやパン、ご褒美のケーキなどにお金を遣ってしまっていることに気が付きました。私は私の寂しい心を紛らわすためにそれらを利用していました。

最近思うのは、お菓子は食べても食べても満足感が無いものだなということと、食べたあとに胃もたれなど嫌な気分が残るなということ、私はそんなにお菓子やスイーツを欲していないのではないか、ということでした。
それより私が欲しいのは、肯定的なストロークだったようです。
私は今まで、それを他人から得ようとして失敗し続けてきたので、これからは自分で自分を認めていこうと決めました。
この数日間、「大丈夫。私は良くやっているよ」と自分にいたわりの気持ちを持つようになりました。そしてお店でお菓子を手に取りそうになったら少し立ち止まって考え、コンビニにはなるべく近寄らないようにしながら過ごしています。

これから、少しずつでもお金が予算内に収まるように修正していけたらいいなと思います。
そして、予算内よりさらに少し支出を減らして、満足の遅延口座に入金できたらいいなと思います。ワークショップ中に申告したDO/HAVEの額を減らしても、まだ我が家の月の予算からは赤字なので…。
これは毎日記録を取り続けて、地道に軌道修正していくしかないですね。

私は今まで、自分の為に満足の遅延をするというよりは、将来の不安から仕方なく買いたいものを我慢するという感じだったので、苦しみばかりで楽しくありませんでした。
今、お金と自立についての心構えが変わって、この考え方なら楽しみながらやっていけそうだなと思っています。
私のお金漏れ対策も、今10個くらい考えました。これは、つねにメモを持って見返していきたいと思います。


文節区切りの線


この秋、「交渉のためのアサーティブ・トレーニング」と「お金と自立のワークショップ」に参加してみて、私には社会で生きていくためのスキルは普通にあると感じました。今まで、私は何もかもダメで、何もまともにできないと感じていたので、これは大きな発見でした。そして、私が生きにくいのは、共依存症だからだなのだ! と、あらためて気が付かされました。

今回、お金を通して私の考え方や行動のパターンを見てみることで、私と依存症との関係がくっきりわかりました。私がまた懲りずにやってしまっていることにも気付けました。

このワークショップに参加して、「私は、もう病気なんだ」と良い意味で腹をくくれました。
私の足場はすごく不安定だし、私は、自分が油断ならないと感じます。このまま放っておけば、いつか破滅を引き起こすのではないかと警戒もしています。

なので、今の私に必要なのは、自分に集中すること、自分重心でいること。
私はこれを何としてでも身につけなければならないと感じました。
そのために、自分で自分に肯定的なストロークを与えること、自分に温かな気持ちで接すること、それらを通して、信頼を満たしていくことが必要だと感じました。
そして、いちばん重要なのは、他人に自分を満たしてもらおうとする気持ちから脱することです。

今まで私は、私が私を満たすなんて無理! だと思っていました。だから、足りない分を他人から奪ってでも得てやる! もらえないなら引きこもる、と無意識に行動してしまっていました。
私は、それをもうやめたいです。
他人から何かを満たしてもらいたいという誘惑から、意識的に離れます。またやってると気付いたら、気付いた自分を褒めて冷静になって、私は自分で自分を満たすんだった! と思い出していきます。
そして、誰かに寄りかからずひとりで立っていられる自立した人になりたいです。

もう使ってしまったお金や時間は戻ってこないけれど、私がこれからの将来に、大きくお金を失わないためにも、今参加できてよかったです。


当日優月さんに言いそびれてしまったので、ここでお礼を言いたいです。
「今日、ここに来られて良かったです。ありがとうございました。」
クラスをご一緒した方々、
「皆さんと一緒にワークができてよかったです。ありがとう。」
スタッフの皆さま、
「いつもお世話になっております。安全を保っていただいて、ありがとうございます。これからもお願いいたします!」

最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。




タイトルはじまり目印

A. Y. さん(30代/東京都よりご参加) これっとクラス




「お金と自立のワークショップ」は私にとって、「目が覚める」ワークショップでした。

クラス当日、本題に入ってほんの数行目の優月さん言葉で、「ブワッ!」と目が覚め、そのあとも、いくつかの目が覚める言葉が、私の中心にダイレクトに飛び込んできました。
それは、パンチを食らったり、体を揺さぶられて嫌々起こされるというよりは、私が持っている力で起こさせてくれたという感じで、自らの力で自然と目が覚める、という感じでした。

ワークショップ・クラス前後の私の『未来日記』は、自分のその変化をすごく分かりやすく表していて、ワークショップ・クラス前は、「誰がこうした、あの人がこういった、ぐるぐる」、「もしあれがこうなったら、ふわふわ、ふにゃふにゃ」といった内容で埋まっていたのですが、ワークショップ・クラス後の私の『未来日記』は「(ビシッ!)生きる!」と自分の中心が律された様子の内容に変わりました。

例にとれば、ワークショップ・クラス翌日の私の『未来日記』の一行目は、「決意する」です。とても、わかりやすいです(笑)。
気持ちと連動したこの言葉の変化はとても大きな変化だと思います。
自分一人では容易にできないと思いました。


文節区切りの線


今回、私の中で魔法の言葉になった言葉があります。

「それは、私を豊かにする活動?」

この言葉、私にとってとても効く言葉になっています。
心の中で自分に問いかけると、「パッ」と気持ちを切り替えて自分に集中できます。

今までも「自分に集中」と心がけていましたが、なかなかうまくできなくて、難しさを感じていました。
今思うと、それは、他人を優先することを、どうにもこうにも止められなかったからだと思います。
他人の重心に乗りきっていて、そこから離れることに難しさを覚えていた気がします。

けど、この言葉にすると、目的は一緒だけど、重心が自分始まりだと感じます。
始まりが自分だからか、とても切り替えやすいです。
とても潔く「バサッ」と切り離せます。
やっぱり自分が一番大事です。

仕事場で、「あの人が…」と考え始めたら、この魔法の言葉を自分に問いかけ、自分に戻り、「数分間の取り戻し」を積み重ねています。
「数分の収入」です。
一日の終わりの気持ちが前よりも「自分重心」で終わっていて、「一日を生きた! よし!」と、自分と確かめ合う気持ちになりました。


自分にとってこのコースは少し早いテーマなのかな? と思っていましたが、分からない、ピンとこないながらも参加して良かったです。
いつ始めても、一番始めは大体そんなとこからなんだと思います。
それに、今の私にとって必要なこともちゃんとそこにはあって、私は今の自分に必要な分を持ち帰ればいいんだと思いました。
気負わず、飛び込んだ自分の勇気に、満点です。

今回1年分くらいの宿題をもらったと思うので、それを元に来年秋までの時間を丁寧に過ごしたいと思います。
どれも私の「命」に関わること。
そしてその私の命を守るのは私です。

一つ一つ消化し、コツコツ進んでいきたいと思います。
小さな達成の積み重ねです。




タイトルはじまり目印

A. I. さん(40代以上/愛知県よりご参加) これっとクラス




「お金と自立のワークショップ」に参加して本当によかったと思う。
いくつもの大切なギフトを得ることができた。
自立もお金も、ワークショップ・クラスが終わる時には怖いものではなくなり、感想にもあったけど、私にとってもそれは好きなもの、味方のものになった。

最初に「私たちの親は、私たちが自立できるように、自分で生きていけるように育てなかった」と聞いてハッとした。
それは本当に心の中に入ってきて、ああそういうことだったのかと腑に落ちた。そうだ、思い返したら、両親ともそういう風に私を育てなかった、むしろ、彼らの気分の面倒を見てくれるのに都合のいい子に育てられた、とはっきり分かった。
それがわかっただけで何かすごく納得して次に進めた。

そして、自立とお金はつながっていることが明確に理解できた。
私は、「私はこういうことがしたいから、こういう仕事についてこれだけのお金を貯めて、いつ頃に実現させたい」と考えて人生を送っていない。その生き方はよくわかるし手が届きそうな気もするけど、今実際の現実の私は、そこから遠く離れていることも実感した。

そういうのがないから、そういう生き方をしていないから、私の時間の使い方も、仕事の仕方も、お金の使い方も、主にだんなさん、そして他人の目を意識していることが、ワークから、目に見えてありありと分かった。
本当にお金と時間と自立はすべてきれいにつながっていた。

いまの私の習慣は、原家族から受け継いだものだということを、今回初めて認識できたが、どうしていままでこれがわからなかったんだろう。
私のお金の使い方で一番大きな問題は、貯金による満足の遅延をして、自分の生活に安心感をもたらすこと、また現実的に何かあったときのためのお金をいくらか用意しておいて、現実の自分の生活を守るということへの、習慣も発想も意識もないことだった。

これが、両親から受け継いだものだって、なぜ認識できずに来たんだろう、そして、それが全くの不健康な生き方であることも、どうして今までわからなかったんだろう。
それが「病気」ということなんだろう。
もっと考えていくと、その「生活に安心感をもたらすことができない」両親の生き方の根底には、「どうせ自分たちに幸せな未来なんかない」という感情があった。だから、彼らはいつも、自分のためになることはせず、自分たちが苦しい状況にとどまり、不幸に居続けた。
そのさらに根底には、「いつか誰かが助けてくれる」という考えが確かにあった。母なんかもっと明確にそれを言葉にしていた。

これはまさに
共依存!!!
何回もクラスのなかで藤沢さんの言葉にあったことだ、
「いつか誰かがなんとかしてくれる」
これを受け継ぎ、疑いもしない私も、まさに共依存だ。

自分のモヤモヤや、何かおかしいという違和感があっても、具体的に対処するのが遅く、まるで他人の人生のような気がする。
くるしいけど、いつか別のところで私の人生が展開する、もしくは「もういいや…」。

そういう、幸福な自分の人生への諦めというか、放棄、それもしっかり両親をなぞっていることに気づいた。

洗い出したらきりがないくらいだ。
だから、私はこうしたい、だからそのために…と考えたときにすぐさま出てくる「でもどうせ未来なんかない・私は生きてくのに疲れちゃった」という感情に、負けてはいけないとおもう。

とても苦しいけど、それはそもそも、健康な感情ではないんだ。
それを越えてそれでも私の幸せな人生のために今ここでできること探し、やり始めることに、お金、時間の使い方が付いてきて、それが自立…自分で自分の人生を守り、進めていくことが始まって行くんだと、いま、ワークから数日たっておもっている。


文節区切りの線


話が前後するけど、私は、自分の状態に危機感をあまり抱けていないこと、当事者意識が低いことも改めて知り、本当にその時はガッカリして言葉もなく、ひたすら猛烈な頭痛に耐えながらクラスにしがみついていた。目標が出てこなくて、一番重要で至急の目標であるはずの、だんなさんから離れる、さえ出てこなくて、あのときはみんなの目標を聞きながら泣きそうだった。

どんなにひどいストレスや精神的暴力に晒されても、まだそこから逃げれない、どこか自分のことではない気がする。
それを乗り越えられず繰り返して、どんどん疲れてエネルギーもなくなりかけてる、それを自覚したことも、大きなギフトだった。

そして、私は満足の遅延ができず、買い散らかすわけではないが、我慢して貯金することができない。
それは子どもの頃得られなかった、欲しいものを買えない不自由とか、不当な我慢を強いられることへの復讐心でいっぱいだったからだったが、今貯金をすることで当時得られなかった生活の安心を自分に与えられるということを藤沢さんが言った時に、ほんとうにほろほろと涙がでた。

ああそうか、私は生活に安心感をとても求めていたんだと、本当に初めて思った。
初めて、初めて思った。
そしてもう我慢せず買うことや復讐はいらなくなった。


それから、私は、私自身がほぼ9割方原家族のコピーをしていることが分かった。
これは、本当に重大なことだった。
生活に安心感をもたらす行動ができないのは、きれいそっくり私の両親の生き方だった。

それで両親は幸せですか? と聞かれて、即座に首を振った。
自覚がないけど、このままいくと私も同じ運命だ、あたり前だ、同じことをしているのだから。
苦しい、苦しい、どうやったらもっとそれに自覚的になれる? 現実的な危機感をもてる?


私は、回復を「する」ということは、自分が原家族をコピーしていることを知り、それが不健康だと自覚し、そして、それを手放して健康なスキルを実際に身につけることを、習慣化するまで「やる」ことだと、思った。
長く回復に取り組んできたけど、やっと「共依存」がなんなのか、回復を「する」ことはどういうことなのかが分かった。

まだクラスが終わり数日しかたっていないが、具体的に教えてもらったことを実行している。
これがほんとうに私を救ってくれるのか、いまの私には古い習慣の方が慣れているからまだ実感ができない。

でも、でも、続ける。
続けてみて初めてわかるはずだ、やらなかった時と比べて。

そしてそれが自分の人生を自分で守り歩いていることだって。
まだ習慣にもできてないうちからなにも決めつけれはしない。
絶対に「ああ、私、両親とは違う生き方をして、違う人生を歩んでる。地に足がついてる。この生き方の方が気持ちがいい。あれはなんて悪い夢のなかにいたんだろう!」と思える日がくるまで、習ってきた健康な具体的なスキルを続ける。


文節区切りの線


なんか、レポートみたいになったけど、私が1日ほんとにお葬式みたいな暗い顔と頭痛で、でも精一杯しがみついて得てきたことを、絶対に忘れたくないから、読み返してもはっきりわかるように書き残しておくね。

いっぱい私のことを知ろう。
そして、健康な方法を、習慣になるまでやろう、やり続けるよ、かならず。

これが悪い夢だって思うから、こんなので一生終わりたくないから。
私にも、地に足をつけて私のために生きることができるから。

そしてね、私には未来なんてない、って骨の髄までしみ込んでしまった両親の悲しい生き方に気づいたのだから、私はそれを手放してゆこう。
気づけた勇気を讃え、感謝するよ。

それは、両親の生き方だった、そして「私の生き方ではない」。

私は両親のコピーでも、両親のおもちゃでもないのだから、私は私が心地よく幸せな考え方を選んでいいし、選ばなくてはいけないよね。
私は、両親とは別の命を持った1人の人間だから。
私は、私なのだから。
もう、彼らに気を使わなくていいんだよ。彼らと違うことをしても何も罪悪感を感じることはない。

それさえもきっと両親の悪習慣の受け継ぎ。
自分を押し殺して親戚を養い続けて破産してしまった両親の受け継ぎ。

私は、そこから学ぼう。
同じ苦しみを味合わないように。


クラスでご一緒させていただいた皆さんありがとうございました。
お名前を覚える余裕も、話しかける余裕も全くなく、私、笑顔さえなかった気がしますが、つないだ手が温かだったことはこころに深く残りました。
ほんとに温かだったです。
ありがとうございました。




タイトルはじまり目印

Y. O. さん(30代/和歌山県よりご参加) これっとクラス




藤沢さん、これっとクラスに、参加された皆さん、先日はありがとうございました。

当日は、本当に次々と、今まで目を向けられなかったり、曖昧にしてきた事を、目の当たりにして、途中で、手が震える感じがしたり、動機がしてきたりして、精神的にも、身体の面でも、一杯一杯になりました。
それ程、今まで向き合うことが、怖かったことなのだろうと思います。

特に後半のワークの、BE と DO/HAVE の違いが自分の中ではっきりしなかったりして、その為か、私は、時間とお金をあまり、他の人へは使っていないのかも…等と思っていたのですが、終盤に差し掛かった頃、自分の中での BE のつもりの物は、BE ではなく、やはり、人からどう見られたいのか、ということに繋がっているのだということを感じてきました。

私は最近、スキンケアに興味があって、そこに、お金をかけていたのですが、自分が、興味があって、ワクワクするものは、私が心から欲しくて、嬉しいのだから、自分の為に、良いお金の使い方をしてきている、等と思っていたのですが、少し違っていたのかも…と思えてきました。

それまでは、私は、自分の好きなもの、自分の感覚がいいと思うもの、ワクワクするものさえ、よくわからなかったので、最近少しずつ、自分の好きなものが、わかるようになって、嬉しくなっていたのですが、そのお金の使い方は、人から良く見られたいということの、気持ちの表れなのかもしれないな、とも感じました。

また、そういった買い物の仕方で、自分の気分を良くさせることに、お金を遣って、自分を現実から、マヒさせていたのかもしれない、とも感じました。自分を自立から遠ざけているという事なのではないかと思います。

自分の好きなもの、ワクワクするものを感じて、大切にすることは続けていきたいことですが、それが現実逃避になっていないか、自分の本当の目標や、望みの為になるのか、優先順位を、落ち着いて、その度、考えられるようにしていきたいと思います。
方向を間違えてしまいそうになっていました。

藤沢さんの、お話の中にあった、回復とは、具体的に、外側も変化することだという話は、私の思っていた回復のイメージとは、違っていて、驚きでした。
私は、都合よく、依存した部分を残しながら、自分の人生を良くできるし、回復できる、と考えていたのかも知れません。
多分そうなのだと思います。

次々と出てくる、私にとっての、新しい発想や、知識に、頭がついていかず、クラスの皆さんの発言を元に、こんがらがった考えを、ほどいていくと、少しずつ、わかってくることもありました。


文節区切りの線


コミュニケーションルームでも書かせて頂いたことですが、自分の価値をお金で証明しようとしない、と言うことについて、私は、人は持ち物や、見た目ではわからないもの、と家族から道徳的に教えられて、そういう考えは持ってはいけないと思っていて、考えの表には現れづらいのですが、やっぱり、外側の事に注目してしまう、自分がいるのがわかります。

多分、私に、そう教えたはずの家族も同じで、口では、価値は、外側のことではわからない、と言うけれど、権威や肩書、目に見えるもので、判断している部分が大きいと思います。私の家族の中では、本当は思っていることを、そう思うべきではない、という考えで、覆い隠されていることが多くて、私の心は、まだまだ複雑に、問題を見えづらくしているのだな、と思いました。

まだ、理解できていないことも沢山あると思いますが、今回、お金と自立について、向き合えたことに、自分を褒めたいです。そして、自立すると決意することについて、また、心がそこから離れて、ぐらついてしまうのではないか、と不安にもなりますが、私は、私の為になることを、選んでいきたいし、自分の人生に積み重ねられることを、してきたいと思っている、この思いを本当に大切にして、これからのことを変えていきたいと思います。

まずは、アフターワークに取り組みたいと思います。
藤沢さんの、我慢は美徳ではない、と言う言葉が心に残っています。自分の為にならない我慢や、自分を大切にできなくする我慢を手放していけるようになりたいです。




タイトルはじまり目印

N. S. さん(30代/宮城県よりご参加) これっとクラス




優月さん、ワークショップ・クラスに参加されたみなさんお疲れ様でした。
ありがとうございました。

お金の事とこんなに真剣に向き合ったことはなかったと思いますが、ワークショップの課題を自分なりにやったと感じるまでこなす事は今回もできませんでした。
が、今回のワークショップで、共依存とお金と時間がこんなにもガッツリ絡み合ってる事に、恐ろしくなりました。


知識として、自立をする事が必須と分かりました。
何度も何度も聞いた共依存から脱することの大切さ。
わかったふりは私の得意分野。
なんで真剣になれないんだろう。
人生をどうして甘く見てしまうんだろう。
病気だからなんですね。

病気を治してからじゃないと、新しい事を始めてもうまくいかないだろう。この感覚は本物な気がします。
片手間で出来る問題じゃないから、しっかりと向き合いたいと思います。
過去にも戻れないし、未来にも行けない。


私が悪い訳ではなく、私の悪い癖です。
見たくなかったけど、しっかりと向き合わなければならない事に、今回も気付かされました。

なんとなくこのまま回復をすれば、うまくいきそう。中途半端で、結局ズルズル長引いてしまってるんだなぁと思います。


こうした方がいいと言われると、なぜかそれとは違うオリジナルな方法を試したくなる癖があります。
私はみんなとは違うのよって、なぜか思ってしまいます。
本当に向き合わなければならない事は、どこか外側にあるのではなく、いつでも私自身の中にあって、それを癒さない限り進んだと思っても逆戻りしてしまって同じところをぐるぐるしていることにようやく気がついた気がします。

本当には自分の家族のことと向き合いたくなかったのが、今回も露わになって、あ~~って叫びたくなりました。

でもいつも今ここから、前向きに進むより方法はないんですね。


回復を優先させる事、共依存を治すことに全力で向き合ってみます。
病気と言われるとすごくピンと来ます。
いくら私は大丈夫と言っても、結局は病気のもと=共依存に向き合わなければ、それはまた時間をロスすることになるからですね。

重いテーマに向き合った自分に本当にお疲れ様と褒めてあげたいなと思います。




タイトルはじまり目印

K. M. さん(30代/長野県よりご参加) これっとクラス




ここ数年、ずっと悩みの種となっていたお金について、そして自立について、じっくり向き合う場を用意してくださり、ありがとうございました。

気持ちの面でどうにかしないといけないことも多い私ですが、同じくらい物理的な改善も必要としているので、待ってました! というテーマでした。

その反面、とても混乱していて向き合いづらいテーマでもあったので、聞いていても心がうっとなって固まってしまったり、頭がこれ以上考えることを拒否したりしようとするので、「今、ここ」に集中することが大変でした。
だから、グループワークで良かったです。

私が言葉にならずに困っている部分を他の方が言葉にしてくださったり、似たような状況や参考になる状況をシェアしてくださったことで、よろよろながらも学びを深めることができました。
参加者の皆さん、ありがとうございました。


私も、本当によく粘ったね。
偉かったよ。
今回、とても気分や体調が落ちている時期でしたが、がんばって会場まで行けた自分を褒めます。
行って良かったです。

ショックを受けたことがたくさんあり、じゃあどんなことを意識してこれからやっていったらいいかのヒントもたくさん見つかったので、実りの多い時間になりました。

後は、私がそれらを実行に移せるかどうかだと思います。
そこが一番の難関です。


文節区切りの線


ショックを受けたことの1つでもあるのですが、私は相変わらず、不安だらけで自分で決められない人でした。
自分のニーズが分からず、自分の決断に自信が持てません。
そして、それらは共依存から来るのだと、改めて突きつけられました。

そのことが、お金の使い方にも大きく影響していました。
時間の使い方にも、大きく影響していました。

分かったのだから、次にやることは「変えていく」ことなのですが…。

ワークショップ・クラスを終え、現実に帰れば、やはりぐらぐらしてしまいます。
欲しい物は大抵自分の本質とは関係の無いものですし、今はまだ我慢ができているけど、満足の遅延からは程遠い精神状態です。
自分の安心のためにお金を取っておくことが出来ていません。

一朝一夕に変わることは難しそうだけど、諦めずに粘るしかないなと思っています。
本当にそれは必要? 私を豊かにする? としつこく問いかけて、正直な気持ちに従おうと思います。

と同時に、やっぱり心のケアも続けていかなければいけないな、と痛感しました。カウンセリングやクリニックの予約を入れて、そちらも少しずつ進めていこうと動いています。


文節区切りの線


苦しい日々ですが、ワークショップ以降意識できていることもいくつかあります。

ひとつ目は、「自分の時給を薄めない」ということです。
残業をしないようにがんばっています。
その分、仕事中は意識を集中させようとしています。

ふたつ目は、「記録をちゃんとつける」ことです。
エクセルで、とりあえずの家計簿もどきを作ってみました。
やってみて改善していく必要がありますが、今まで市販の家計簿が面倒くさくて困っていたので、「自分に合ったやり方を自分で工夫する」というのは、目から鱗でした。
そんなことにも自分で気づけなかったのか…と正直思ってしまったのですが、
気づけて良かったよね? 実践していこうね、と思い直して、さっそく始めています。


あとは、一番の目標を早く自分の身につけたいなと思っているところです。
今回、私が自分で選んだ一番の目標は「自分を投げ出さず、怖いものに立ち向かう勇気を持つ」でした。

まだ、出来ているとは言い難いです。
相変わらず、「もう嫌だ!」と投げ出したくなることもあるし、怖くて動き出せなくなることもしょっちゅうです。

だからこそ、このアフターワーク期間を大事にします。

ひとりじゃないよスペースにこまめに顔を出し、何度も自分の目標を思い出すようにします。
皆さんそれぞれの試行錯誤を見ながら、自分のことを自分で面倒みるんだ、と思い出します。
負けそうになっても、負けても戻ってくるを繰り返して、アフターワークが終わる頃の自分が、少しでも自分に優しくなっているであろうことを信じて、しがみつき続けたいと思います。

見えてくれば見えてくるほどしんどい状況ですが、先を行く優月さんのように、「人生を楽しむ」が目標に出来る日を目指して、何とか歩き続けたいです。

この度は本当に、お世話になりました。





TO TOP