ケアーにつながる[2]|「発達障害」を、本当に知っていますか? 先入観ではなく、きちんと調べている?

ONSA WORKSHOP にご参加判断をされる前に
ケアーにつながる[2]|「発達障害」を、本当に知っていますか? 先入観ではなく、きちんと調べている?


1 | 発達障害の比率って、どれぐらい?


いわゆる「発達障害」の発生率は、どれぐらい?
文部科学省の調査によりますと、だいたい6.5%ぐらいという数字が、出たことがあります。
つまり、40人学級に2−3人ですね。
この数字が報道された新聞から、引用してみます。

「書く」「聞く」「計算する」など特定の分野の学習に困難を示す学習障害(LD)の可能性があるのは4.5%。注意力の欠如や衝動性などを特徴とする注意欠陥多動性障害(ADHD)とみられるのは3.1%で、知的発達に遅れのない高機能自閉症と判断されたのは1.1%だった。
(「日経新聞」の報道から)


ところが、この数字。
現場レベルになってきますと、ちょっと様相が変わってきます。


発達障害(注意欠陥・多動性障害(ADHD)、アスペルガー障害、学習障害など)の分野の第一人者である、精神科医の星野仁彦先生。
(ちなみに先生ご自身も、ADHD でいらっしゃると告白されています)
星野先生のご著書、『まさか発達障害だったなんて』(PHP新書)の中の文章によりますと、

発達障害者をニートにしないために |

社会不適応の極端な例である「ニート」は、近年の総務省統計局の調査では約89万人いるとされます。
このうち発達障害者の割合は、厚生労働省の調査では二割強とされていますが、約八割とする別の調査もある。実際は把握できていないというべきです。
ただし、私は現在、外来でニートを150名ほど診ていますが、そのほとんどは発達障害者です。もちろん、私が発達障害専門の精神科医であるというバイアスはあるにしても、臨床的には後者のデータのほうが実態に近いと感じます。

『まさか発達障害だったなんて』(PHP新書)より
(* 本ブログは横書きのため、藤沢が数字を英数字に直しています/原文は縦書きのため漢数字表記)


「40人学級」時代から、時間軸を、もう少し大人にして。

発達障害であると気づかれず、また、ケアーされないまま大人になってしまった。
その結果生きづらくて、引きこもってしまった。

ケアーされないまま大人になってしまうと、発達障害を抱えた方は、極端に生きづらくなってしまう。
そのレベルたるや、100人中2-3人という学級調査レベルではなく、ニートの方100人中80人が発達障害を抱えているというのが、大人の「現場レベル」としての実感。



2 |「グレーゾーン」という言葉


これは、大変な数字です。
同時にですが、この数字の差の意味が、私が ONSA に集ってくださる方に、お伝えしたいことともなります。


私はもちろん、発達障害の専門研究者ではありません。だから、ONSA WORKSHOP で、いわゆる「共依存」者と向き合っているさなかに、「ん?」と感じることがあると……。
念のため、大事をとり検査を勧めたりしています。

そして、大変ありがたいことに、ONSA WORKSHOP にお越しの方は、耳をかたむけて下さる方が多いのですよね。
本当に幸いなことに、みんな、ご自身を大切にしようという意識が高い。
(すごくいいこと!)
その結果、素直に検査を受けられる方が、とても多いです。


検査で「大丈夫でした」と言われる方もいらっしゃいますし、いちばん多いのが「発達にへだたりがありますね」と、やんわりと告げられるケース。
いわゆる「グレーゾーン」というやつです。

私の実感レベルでは、「ん?」組の実に8割以上が、いわゆる発達障害の「グレーゾーン」と、実際に診断されたりしています。

ちなみに、この「グレーゾーン」という言葉。
このシリーズ中で、とても気をつけたい言葉です。


ONSA WORKSHOP にご参加の皆さまの多くは、逃げずに向き合う勇気があって、素晴らしいです。

私自身が「共依存だよ」と言われた時も、逃げずに向き合ったので、今がある。
気づくこと、勇気を出して向き合うことは、いつでも、人生を好転させてくれますね。


3 | 旧態然としたイメージとは、だいぶ異なる現実です


ちなみに、「ん?」と感じる基準には、いくつかのポイントがあると思っています。……もちろん、詳しい基準はいくらでも、医療情報で見られます。
今は、発達障害に関する本もたくさん出ていますので、その中でも読めますよ。

その上で、私の中の基準は、科学的知識をもとに、現場経験でつちかった肌感覚。
こんな基準に「あ、私の実感として、当てはまるかも。」と感じる方がいらっしゃる場合は、ちょっと、耳を傾けてみてください。

ポイントは、
・いわゆる、旧態然とした「特別学級」のイメージではない
そして、
・「やるぞ!」という気持ちはあるのに、実際は「できない」
 つまり、単なる気持ちの問題ではないということ。


具体例を挙げてみます。

ちなみにこの具体例は、誰か特定の方をさしていません。
15年の中で経験したことを、「平均抽出したらこうなった」という形のようなものだと、理解してくださいね。


4 |まじめさとの辻褄が、合わないポイントがある。


ONSA WORKSHOP にお越しくださる方は、たいがい、社会に出られています。
働いている方も、いらっしゃいます。
完全に引きこもってしまって、出てこられないという方は、そもそも、ONSA WORKSHOP にまで来られません。

つまり、ONSA WORKSHOP に参加しようという時点で、すでに、皆さんに、ある程度の社会性があります。
それどころか、社会や会社で、少なくとも表面上は、じゅうぶんやってゆけている場合が多い。

本当に感じがよくて、きちんと会話が往復できる方が多い。
つまり、この段階ですでに、いわゆる「発達障害=特別学級でのケアーが必要」といった旧来のイメージとは、そもそも異なっています。


ここがポイントです。

おしゃれもしてきて、きちんとしていて、社会にも出ている。
結婚している場合もあるし、お子さんを育てている場合もある。

ところが、「ん?」というポイントがある。
この「ん?」の感覚に、私は注意することにしています。


その「ん?」がどんなポイントかというと、

その方の、ある種のまじめさ、熱心さ・ひたむきさ
それに比して、あるレベルでの「理解できなさ」、現実レベルでの「できなさ」


この段差が大きい場合は、それが「機能不全家族問題」由来のものなのか、あるいは「発達障害」由来のものなのか、特に注意するようにしています。

そして必要ならば、医療機関で検査を受けるようにと、お薦めしています。
検査を受ければ、自分に何が起こっているのか、データとして、しっかり分かりますから。


5 |日常レベルの、本当に地味なこと(自己管理・改善)が、できづらい


社会の中でも、何とか生きられている。
場合によっては、すごく努力している。

それなのに、あるレベルでは、何かが決定的に「できない」。
どんなにがんばっても、ある部分が、心が悲鳴を上げるほど「できない」。

「どんなにメモをとっても、似たような間違いを、何度も繰り返すようなのです。びくびくしています。上司の爆発が怖い。『できない子』扱いをされているのが、本当に辛いです」

「時間管理といったことが、どうやってもできない。『夢かな手帳』でがんばっているんだけれど、気づくと、生活レベルでめちゃめちゃになっている」


「誤学習」という概念を教えてくれた方もいます。
一人や二人ではありません。

「原理を『理解した』、言っていることが『分かった』時点で、なぜか『できた!!』と思ってしまう。現実には行動に直していないのに、理解した時点で、『できた! クリアした!』に、なぜかゆきついてしまう。だから、そこでやめちゃうんです」


この脳の「誤学習」により、時間管理とか生活管理とか、お金管理とか、そうじとか、家事がうまくできないとか……。
はては、不健康だと分かっている習慣を、あらためられないとか。現実を破壊すると、体験から何度も分かっているはずのことなのに、なぜかやめられないとか。
そういった、現実の「生活レベル」に必須なことが、いつまでたっても「改善できない」→「できない」のままになってしまう場合が、とても多い。

なんで、こんなことが起こる?



6 |自分自身を、新しい目でとらえ直せる。温かな目で見ることができる。


「なぜ?」を知るまえに、いつでも大切なことがあります。

それは、科学的な情報にもとづく正確な理解は、いつでも人生を救ってくれるということ。
心理的にもそうだし、現実レベルでは、もっとです。

正確に知ること、学ぶことで、破滅的な人生から救われます。



ONSA WORKSHOP につながってくださった方の中で、ご自身が発達障害だと理解した方は、「ああ……」とおっしゃることが多い。

今までは、自分が劣っていて、他の人のようにできない「ダメ人間」だと思い込んでいた。
ところがその理解は違って、あるレベルで、しっかりとした理由と原因があった。


そのことが理解できて、いろいろなことの辻褄が、合うようになってくると……。
「ああ、そういうことか!」

あるレベルでは、確かにショックかもしれません。
でも同時に、肩の荷がおりるような想いをされる方が、多いようです。



訳も分からなかったことの辻褄が、少しずつ合ってきた。
新しい目で見てみると、今までいろいろ不可解だったことが、理解できてきた。

「ああ、私は『おかしい子』『困った子』『不出来な子』ではないんだ」
「私が抱えている生きづらさには、理由もあるし、解決方法もあるんだ」


そんなふうに感じられる方が多いということをお書き添えして、次にゆきます。

「おかしい」とか「不出来」という、ある種、迷信的なレッテルに縛られている状態ではなく。きちんと「知ってゆく」ということは、本当に大切です。
「知ること」が、人生を変える、第一歩目です。





TO TOP