ケアーにつながる[2]|「発達障害」を先入観ではなく、きちんと理解していますか?

ONSA WORKSHOP にご参加判断をされる前に
ケアーにつながる[2]|「発達障害」を先入観ではなく、きちんと理解していますか?


| 発達障害の比率は、実際には、どれぐらい?


まず、大切な前提を確認します。
「発達障害」「発達障害」と言いますが、それでは、「発達障害」とは、どんな定義なのでしょう。

発達障害とは、発達障害者支援法には
・自閉症
・アスペルガー症候群
・その他の広汎性発達障害
・学習障害
・注意欠陥多動性障害
・その他これに類する脳機能の障害

であって、その症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるもの、と定義されています。

データ元 |
文部科学省
「特別支援教育について < 発達障害とは」

* 改行ならびに強調等は著者による
* アメリカ DSM マニュアルの変更により、日本語の名称が変更になることもあります


上記は、国による、ひとつの定義です。
かいつまんで申しますと、脳の先天的な器質障害です。

多因子遺伝と言って、基本的に、遺伝によって起こるものです。
ごくごくわずかなパーセンテージですが、出産時の困難や、機能障害を引き起こすような危険な状態によって、脳の障害が引き起こされている場合もあります。
その場合は、「脳機能障害」と、表現を分ける場合もあります。
ただ実際は、そのどちらが原因なのかを、完全につきとめるのは困難です。

「発達障害」は基本的に、遺伝による器質障害ですから、たとえそう気づかれなくとも、生まれた時からあります。
それが、3歳あるいは5歳と、年齢が上がるにしたがって、周りに気づかれるようになります。
言葉の発達や、行動パターンの発達が、通常と少し違っていることで、公に気づかれてくるようになるのです。

逆に申しますと、「発達障害」は、虐待や「育て方」など、後天的な理由が原因で起こるものではありません。


発達障害の発生率は、どれぐらい?

ひとつ前の記事でも触れましたが、いわゆる「発達障害」の発生率は、どれぐらい?

同じく、文部科学省の調査によりますと、ある時の調査では、だいたい6.5%ぐらいという数字が出たことがあります。
つまり、30人学級に2−3人程度。
この数字が報道された新聞記事から、引用してみます。

「書く」「聞く」「計算する」など特定の分野の学習に困難を示す学習障害(LD)の可能性があるのは4.5%。注意力の欠如や衝動性などを特徴とする注意欠陥多動性障害(ADHD)とみられるのは3.1%で、知的発達に遅れのない高機能自閉症と判断されたのは1.1%だった。
(「日経新聞」の報道から)


発達障害の方にとって、いわゆる「障害者手帳」的な存在である、「療育手帳」。現在の、国および都道府県の基準により、「療育手帳」の交付対象になるのは、IQ 70-75未満の発達障害者です。
しかし実際には、これ以上の IQ を持つ発達障害者や、ごくごく軽度の発達障害者も存在します。
ですので実際のところ、全人口の1割程度の比率という計算が、現実としては合っているようです。


「大人の」発達障害は、様相が変わってくる

ところが、この数字。
大人の現場レベルになってきますと、ちょっと様相が変わってきます。


発達障害(注意欠陥・多動性障害(ADHD)、アスペルガー障害、学習障害など)の分野の第一人者である、精神科医の星野仁彦先生。
(ちなみに先生ご自身も、ADHD でいらっしゃると告白されています)
星野先生のご著書、『まさか発達障害だったなんて』(PHP新書)の中に、こんな記載があります。

発達障害者をニートにしないために |

社会不適応の極端な例である「ニート」は、近年の総務省統計局の調査では約89万人いるとされます。
このうち発達障害者の割合は、厚生労働省の調査では二割強とされていますが、約八割とする別の調査もある。実際は把握できていないというべきです。
ただし、私は現在、外来でニートを150名ほど診ていますが、そのほとんどは発達障害者です。もちろん、私が発達障害専門の精神科医であるというバイアスはあるにしても、臨床的には後者のデータのほうが実態に近いと感じます。

『まさか発達障害だったなんて』(PHP新書)より
* 本ブログは横書きのため、藤沢が数字を英数字に直しています/原文は縦書きのため漢数字表記


「30人学級」時代から、時間軸を、もう少し大人にして。

ごくごく軽度の発達障害であるため、学校レベルの検診には、引っかからなかった。社会で、何とかやってゆけていた。

それゆえ、発達障害であると気づかれず、また、ケアーされないまま大人になってしまった。
その結果、生きづらくて、生きづらくて、どうしようもない。



| 「グレーゾーン」という言葉


これは、大変な数字です。
同時にですが、この数字の差の意味が、この記事をお読みいただいている皆さまにお伝えしたいことともなります。


ONSA WORKSHOP で、いわゆる「共依存」者と向き合っているさなかに、「あれ?」と感じることがあると、念のため大事をとって、検査を勧めています。
それは、上記のような

- 行政あるいは学校の検診で、きちんと見つけられるパーセンテージ
– 検診で気づかれないまま、大人になってしまったパーセンテージ


の差に、大きな懸念を感じているからです。


「グレーゾーン」という、微妙な言葉

ちなみに、ONSA WORKSHOP ご参加者の現実レベルで申しますと、念のための検査で「大丈夫でした」と言われる方も、いらっしゃいます。
いちばん多いケースが、「発達にへだたりがありますね」と、やんわりと告げられるケースです。
いわゆる「グレーゾーン」というやつです。

ONSA WORKSHOP の現実レベルでは、「あれ?」組の実に8割以上が、いわゆる発達障害の「グレーゾーン」と、実際に診断されています。


ちなみに、この「グレーゾーン」という言葉。
この案内記事の中で、いちばん気をつけたい言葉です。


| 旧態然としたイメージとは、だいぶ異なる現実です


ところで、「あれ?」と感じる基準には、いくつかのポイントがあります。

詳しい基準はいくらでも、医療情報で見ることができます。
今は、発達障害に関する本もたくさん出ていますので、その中で読むこともできます。


「ある程度の社会性がある」という事実

その上で、こんな基準に
「あ、私の実感として、当てはまるかも」
と感じる方がいらっしゃる場合は、ちょっと、耳を傾けてみてください。

この「あれ?」のポイントは、以下のようなものです。

POINT |
・いわゆる、旧態然とした「特別学級」のイメージではない
・「やるぞ!」という気持ちはあるのに、実際は「できない」「動けない」。
つまり、単なる気持ちの問題ではないということ。

ONSA WORKSHOP にお越しくださる方は、その大半が、社会に出られています。
働いている方も、いらっしゃいます。
完全に引きこもってしまって、出てこられないという方は、そもそも、ONSA WORKSHOP に来られません。

本ページをご覧になっている方も、多かれ少なかれ、似たような状況でいらっしゃるかもしれませんね。

つまり、
「うまくゆかない原因を知ろう」
「いろいろ、調べてみよう」
「ONSA WORKSHOP に参加してみよう」
という時点で、すでに、ある程度の社会性があると言えるのです。


つまり、この段階ですでに、いわゆる
「発達障害=特別学級でのケアーが必要」
「発達障害=手帳の対象」
といったイメージとは、そもそも異なっていることに、気づけるでしょうか。


こここそが、ポイントです。


「噛み合わない」感じがしたら、「あれ?」と思ってみる

おしゃれもして、社会にも出ている。
結婚している場合もあるし、お子さんを育てている場合もあります。

ところが、「あれ?」というポイントがある。
この「あれ?」の感覚に、きちんと耳を澄ませると、大きな成果が得られます。

その「あれ?」が、どんなポイントかというと、このようなもの。

POINT |
・ある種のまじめさ、熱心さ・ひたむきさ
・それに比して、あるレベルでの、現実世界における「噛み合わなさ」


この段差が、大きい場合。
その場合は、それが「機能不全家族問題」由来のものなのか、あるいは「発達障害」由来のものなのか、特に注意する必要があります。

そして必要ならば、なるべく早く、医療機関で検査を受けることを、強くお勧めします。
検査を受ければ、自分に何が起こっているのか、データとして、しっかり理解できるからです。



| 日常レベルの、本当に地味なこと(自己管理・改善)が、できづらい


社会の中でも、何とか生きられている。
場合によっては、すごく努力している。

それなのに、あるレベルでは、何かが決定的に「噛み合わない」。
どんなにがんばっても、ある部分が、心が悲鳴を上げるほど「噛み合わない」。

どんなにメモをとっても、似たような間違いを、何度も繰り返すようなのです。上司の爆発が怖い。「できない子」扱いをされないか、びくびくしながら過ごすのが、本当に辛いです。

時間管理といったことが、どうやってもできない。「手帳」を使って、がんばっていて、自分では「できているつもり」。でも、気づくと、生活レベルでめちゃめちゃになっている。


「誤学習」という概念を教えてくださった方もいます。

原理を「理解した」、言っていることが「理解できた」という時点で、なぜか「できた!! これで大丈夫!」と思ってしまう。
つまり、現実には行動に直していないのに、理解した時点で、「できた! このことはもう、クリアした!」と、なぜか結論してしまうのです。

だから、そこでやめちゃうんです。
つまり、行動しない。
すべてが、頭の中で完結してしまっている。
その結果、現実の行動レベルでは、いつまでたっても「できない」まま……。

同じところを、ぐるぐる回っている感じがします。
何かが、噛み合わないのです。
そして、言われてみれば当たりまえなのですけれど、自分ではそのことに、気づきづらいのです。


この脳の「誤学習」により、このようなことが起こります。

POINT |
時間管理や生活管理、お金管理、そうじや家事が、うまくできない。
不健康だと分かっている習慣を、あらためられない。
現実を破壊すると、体験から何度も分かっているはずのこと……過度な「しがみつき」や、感情の暴発。相手が嫌がってしまう、しつこい行為などを、なぜか、やめられない。
他罰的であることに、なかなか気づくことができない。慎重に指摘されると、気がつける場合もある。

そういった、「現実を維持してゆくために必要なこと」が、いつまでたっても
「改善できない」→「噛み合わないまま」
になっている場合が、とても多いのです。

なぜ、このようなことが起こるのでしょう。


| 自分自身を、新しい目でとらえ直せる。温かな目で見ることができる。


「なぜ?」を知るまえに、いつでも大切なことがあります。

それは、科学的な情報にもとづく正確な理解は、いつでも人生を救ってくれるということ。
心理的にもそうですし、現実レベルでは、もっとです。

正確に知ること、学ぶことで、破滅的な人生から救われます。


理解できたなら、解決方法があるということ

ご自身が「発達障害」だと理解したとたん、「腑に落ちた」とおっしゃる方もいらっしゃいます。

今までは、自分が劣っていて、他の人のようにできない「ダメ人間」だと思い込んでいました。
でも、その理解は、間違っているのですね。

自分は「ダメ」なのではなく、ただ、目にとても見えづらい、障害があるというだけ。
あるレベルで、しっかりとした、理由と原因があったのですね。


そのことが理解できて、いろいろなことの辻褄が、合うようになってくると……。

あるレベルでは、確かにショックかもしれません。
でも同時に、肩の荷がおりるような想いをされる方が、多いようです。


私が抱えている生きづらさには、理由もあるし、解決方法もあるのですね。

私は、「おかしい子」「困った子」「不出来な子」では、ないのですね。


「おかしい」とか「不出来」という、ある種、迷信的なレッテルに縛られている状態ではなく。
きちんと「知ってゆく」ことで、納得のゆく理解をすることができます。

しっかりと知って、納得のゆく理解ができることは、本当に大切です。
なぜならそれは、その方の人生を、守る行為ですから。

そして、「知ること」はいつも、人生を変える、第一歩目です。





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