ケアーにつながる[3]- こう見えているらしいことを、理解したい。特性であることを、きちんと理解したい。

ONSA WORKSHOP にご参加判断をされる前に
ケアーにつながる[3]- こう見えているらしいことを、理解したい。特性であることを、きちんと理解したい。


1 | こう見えているらしいことを、理解したい。特性であることを、きちんと理解したい。
大胆に、理解してみる


いわゆる「発達障害」と言った時の、一般的なイメージ。
それは、いわゆる特別なケアーが必要な、特別学級のイメージだったかもしれません。実際私が、いわゆる発達障害をよく知らない、多くの方と接する中でも、イメージはそういったものでした。


でも実は、ちょっと違うんだなということを、情報として分かち合った方がいい。
これがおそらく、「グレーゾーン」に属する皆さまの、苦しみの原因のように思いますから。

まずは図で理解して、その後、専門家の意見も聞いてみます。

ONSA WORKSHOP で、ご説明をする時に。
「スペクトラム」とかいう専門用語よりも、これが分かりやすかった! と評判のやり方を試してみます。
ひとつずつ、理解をしてゆこう。


2 | 「ふつう」ではなく、「定型発達」という言葉があります


いわゆる、私たちが「ふつう」と呼んでいる世界は、こんな感じ。
ちなみに、「ふつう」というのは、100人いれば100通りの「ふつう」があります。
ですので、「ふつう」をかっこに入れさせていただきました。

専門用語で「定型発達」という言葉がありまして、これが、いわゆる発達障害でない人のことをさします。
発達障害ではない、「定型発達の人」の世の中の見え方は、たぶんこんな感じ。



「実際には見えないんだけれど、まるで空気中に、文字が書いてある感じなのよ」と、私は説明しています。

そうすると、発達障害の方は、
「ええ!? 本当に書いてあるの?」
とおっしゃいます。
でも、そんなことはなくて、これはもちろん「たとえ」。

「実際にはね、実物の文字はないの。でも、空気の中に『ああすべき』とか『ここでは、こうふるまうべき』といった感じの『見えない文字』が、まるで耳なし礮一の世界観みたいに、書いてあるんだよ。まるで、見えそうなほどだよ」

いわゆる「定型発達」人は、この「空気を読め」に、とても苦しめられますよね。

「空気って、空気の中に、何もないし」
……とはいえ、よく見ると、確かに「何かがある」。

これが、いわゆる言語化されていないメッセージ・非言語メッセージというやつで、

・社会常識(=「常識でしょ」の部分)
・その場での、適切なふるまいかた
・本音と建前
・していいことと、場を外れたふるまい
・「それは理想だけれど、現実は違うでしょ」という差
・周りに合わせた、適切な行動
・いわゆる「ふつう」

など、文字で明文化されていない、でも確かにある「何か」の部分です。



3 | 「空気を読め」は、しんどい。でも、少なくとも「読める」


この、空気の中に漂う「何か」を読みながら生きることは、時にしんどいことです。

私(藤沢)も、たびたび書籍の中で、この「空気を読め」について、取り上げていますよね。
ONSA WORKSHOP に来てくださる、機能不全家族問題に巻き込まれた方も、この部分が特に「しんどい」と言います。

空気を、読みすぎてしまう。
あっちにもこっちにも、気を遣いすぎてしまう。

ところが。
それが起こるということは、逆に見えない「何か」は、見えなくとも「存在する」ことになる。

実際の文字として、形はないけれど。
でも、空気の中に確実に描かれている「何か」は、事実として、存在することになります。

私たちは、その「何か」……「常識でしょ」や「普通」「これぐらいが適切」「この場で言っていいことと、『そりゃまずいだろ』という微妙な線引き」とかいうやつを、巧みに読みこなしながら、何とか日々を暮らしています。



でも実は、この「見えないけれどある」ものが、本当に見えない場合がある。

本当に、見えないし、うすぼんやりとしか感じれない。
私の理解では、これが、いわゆる発達障害の、脳特性のしわざと理解しています。


3 | 「抜けて見える」ことは、実はとってもしんどい


例として描いてみると、こんな感じ。
ちなみにこれも、「たとえ」ですので、「私はこんなふうに見えていない!!」と、からまないでくださいね。

大胆に理解するために、大胆に「たとえ」ています。
ですので、ここは、からむポイントではないです。



いわゆる発達障害の方にとって、「空気を読め」が、こういうふうに、抜けて見える場合があるといいます。

・ところどころしか、見えない。
・あるいは、「ぜんぜん見えない」場合もあるという。
・とぎれとぎれなので、意味がつながらず、分からないこともある。

本当に、人それぞれだと言います。



そして、これは実は、とてもしんどいことだと思います。


英語で、考えてみてください。
英語を話す人なら、分かると思いますが……。単語力も増え、文法も理解してきて、自分で「分かるところ」と「分からないところ」が、分かるようになってきた。
そうなるまで、辛くありませんでしたか?

私も、辛かった経験が、いくつもあります。
辛さの原因は、やはり「何が分からないのかが、分からない」ということだと思います。
「全部、分からないわけではない」
「でも、ところどころ、聞き取れない」
という場合。
これが、辛い。


なんだか、周りでワイワイと話が進んでゆく。

でも私は、肝心な文章とか、単語とか、何か致命的なものが聞き取れなかった。
でも、周りは聞き取れているみたいで、私を置いて、どんどん話が進んでゆく。

とりあえず、笑顔で相づちは打つけれど、私だけ理解していなくて、辛い。


英語ならば、こんなふうに、客観的に理解することも、できますよね。
でも、日本語と日本語の間で、これが起こっている場合は、すごく気づきづらい。

「だって私、日本語は分かりますし」
「国語は、得意でした」
「本を読むのは、好きです」
当然です。

同じ日本語ですから、字面通りの言葉は、理解できている。
意味も分かる。

でも、なぜか、現実でうまくゆかない。

なぜ?
なぜならば、発達障害の方の脳特性では、空気の中に書いてある「見えない文字」が、読みづらい/読めないから。


それゆえ、人に誤解されたり、細かなミスが続いたり、なぜか「それは、おかしいよね」と、ことあるごとに言われる。
言われるなら、まだありがたい方で、そっと距離を置かれることもある。

こうなると、傷つくどころの話ではないです。
ちょっと繊細な方ですと、「自分が、どこかおかしいのでは?」と、じゅうぶん思ってしまう。

そうして気に病んでいるうちに、社会に居続けることや、人と関わりをもつことが、怖くなってしまう。
鬱っぽくなってしまう。
実際、発達障害の方は適切なケアーを受けなければ、二次障害として鬱症状を来す確率が、とても高いといいます。

(そうなってほしくないので、私は今、こんなに一生懸命になっていますよ)


でも、そもそも。
それは、あなたの何かが「おかしい」のではなくて、脳の特性だったら?

いわゆる「定型発達」の人に見えているのと同じ「空気」の見え方が、していなかったら?
「空気を読む」の空気の中の文字が、脳の特性の問題で、ぜんぜん見えなかったら?


それは、人柄の問題とは、別次元の問題になってきますよね。


4 | 発達障害の人によって、脳特性も違う


興味深い記事があります。
引用させていただきます。

発達障害の方のケアーをされている「NPO 法人 日本インクルーシブ研究所」の、中谷美佐子さんのブログからです。

今、私が説明をしたのと同じような説明が、別の言葉で書いてあります。
よかったら、見てみてくださいね。

本音と建前、言語と非言語コミュの難しさ

本文中にも、「ちょっと脳のタイプが違います」という言葉が、出てきます。
いわゆる「空気を読む」ということが、きわめてきわめて、きわめて苦手ということが、書いてあります。

そうです。

いわゆる発達障害は、脳特性が、ちょっと違う。
しかも、「どう違うか」も、これまた人それぞれ。



これも、大胆な「たとえ」なのですが、右のような見え方の場合もあるし、左のような場合もある。
脳特性の違いで、見え方も違ってくる。

見え方も違うので、上記リンク先のページに出てきたように、
「好きにしなさい!」
という言葉を、字面通り本当に
「好きにしていいんだ」
と、脳が解釈してしまう場合もある。

それゆえ、本当に好きにしてみたら、怒られた。
ご本人にすれば「なんで!? 好きにしていいって、言ったじゃん!」ということになる。

「好きにしなさい!」は、「定型発達」の世界では、「それは、してはいけない! もう、いい加減にして」という意味になります。
ところが、空気の中の文字が読めない……同じ前提を共有していないせいで、同じ言葉なのに、意味を共有できない。


5 | 実は、とても大変なことなのです


実際、ONSA WORKSHOP にお越し下さった方も、
「不思議ちゃん」
というあだ名であったと告白してくださる方が、とても多いです。


発達障害の方の側に立てば、見えないモンは、見えない。

ですから、見えていないものを「読め」と言われても、無理。

それゆえ、結果的に「えっ? 何でそこで、それをする?」という言動や行動になってしまうことが多く、「不思議ちゃん」扱いをされることが多かったといいます。


もっと言えば、仕事場などでは、決して自分はそんなつもりはないにも関わらず、とてもお辛い想いをされた方が多い。

仕事(事業)は基本的に、収益を上げる場所。
自分の能力を提供することで、ひきかえに、対価を得る場所です。

そのため、誰もが一から十まで全部、丁寧に説明はしてくれませんよね。
仕事場はスクールではありませんし、いわば全員が、収益を得るための「戦闘要員」。それぞれ、自分の仕事があります。

いわゆる「察する力」「応用力」というやつが求められます。
言い換えれば、「空気を読む」「気を利かせる」「譲り合う」ということが、デフォルトで求められたりしますよね。

その「空気」が、読みづらい場合。
そして、ご自身が発達障害である自覚がない場合。

空気的なものが理解できず、意図していないのに誤解を生んだりして、とても辛い想いをされるケースが多い。
ONSA WORKSHOP にたどり着いてくださった発達障害の方は、このような体験が多いと、告白してくださいます。





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