ケアーにつながる[4]|「あれを、こうしておいて」「うん、分かった」……。訳が分からないすれ違いが起こっている。

ONSA WORKSHOP にご参加判断をされる前に
ケアーにつながる[4]|「あれを、こうしておいて」「うん、分かった」……。訳が分からないすれ違いが起こっている。


1 | 「あれを、これしといて。」「うん、分かった」……って、何?


ひとつ前の記事でもお話ししましたし、後でもお話ししますが……。
ご自身で「あれっ? 『不思議ちゃん』って、私のあだ名だった」と思われた方。
インターネットで、さらなる情報を集めてみて、「あれ?」が「もしかして?」ぐらいに膨らんだら。勝手に自己判断をせず、なるべく早く、発達障害の検査を受けることがポイントです。

そうすれば、白か黒か、はたまた「グレー」……「グレーゾーン」なのかが分かる。
そして「あっ! グレーゾーン以上に該当する!」と分かったら、なるべく早く、発達障害専門のケアーにつながること。


そのためのヒントとなりうる、実感レベルの情報をお出ししたいと思います。
以下を読んで
「あれっ?」
と感じた方は、さらに情報を調べてみてください。


発達障害の方が、できづらいこと。
それは、「あれを、これしといて。」「うん、分かった」です。



2 |「あれを、これしといて。」


発達障害でない方……いわゆる定型発達の方は、意味が分かりますよね。

「ねえ、あの時の『あれ』さ〜」
とか
「ちょっと。あれ、これしといたよ」
「あれを、これしといてよ」
なんていうこと。

これを、全部指示語で言われたとしても、全部分かる。
あるいは、笑う。

「『あれ』と『これ』だけで会話するようになるなんて、年だよ」
「お前さ〜、『あれを、これしといて』って、ひとっつも分からないんだよ」
なんて、からかう人もあるかもしれません。

でも、いずれにせよ、意味するところは分かりますよね。
理由は、その「あれ」「これ」に該当するものが、空気の中に書いてあるから。
空気の中で、しっかり共有している。

空気の中に存在しているから、目には、見えないけれど。
でも、空気の中で「あれ」と「これ」を共有しているので、指示語で、会話の用が足りる。



親しくなればなるほど、その環境や職場に慣れるほど、「指示語やりとり」は増えてゆきますよね。

私も『夢かな手帳』を作る時に、編集者に
「ちょっと、去年の『あれ』ね」
なんて言っても、不思議とお互い「ああ、あれね」と分かります。
15年も一緒にものづくりをしていると、共有する空気感も、増えてゆきますから。


3 |「あれを、これしといて。」……って、何?


でも、「空気の中に書いてあること」が、脳特性によって、見えづらい/見えないなら、どうだろう。

発達障害の方に特徴的なのが、
「今の指示語が、何をさすのかが分からない」
ということです。
よく起こるのが、話の文脈が、途中で追えなくなったりすること。


つまり、こういう仕組み。



たとえば、「これして」に該当するものが、追えない。
結果、頻繁に「今のは、どういう意味ですか?」となってしまう。

「あれっ? 今、指示語が追えてなかったな」
ということが、ONSA WORKSHOP 中にて頻繁に起きた場合。
私はほんのりと、発達障害を疑うことにしています。



たとえば、こんなことがあります。
ONSA WORKSHOP(対面式)ワークショップ・クラスの中で、
「というわけで、皆様。それぞれが、いつも通り『やるべきこと』を、それぞれ、しっかりやってください。……以上終わり!」
と締めて、どっと笑いが起こり、クラスクローズになることがあります。

この「やるべきこと」が
・「クレンジング・リアクション」への注意と安全対策
・PAY FORWARD 提出
・「アフターワーク」提出
ということは決まっており、わざわざ言葉で言わなくとも、共有できている。
だからこそ、それらをはしょることで、「しっかりやれよ!」が強調されます。

でも、「?」というお客様のリアクション。
「やるべきことって、具体的に、何?」

「やるべきこと」という曖昧語の中身が、言葉で、具体的にひとつずつ指示されなければ。
それらを空気の中から引き出すのは、発達障害の方にとって、とても難しいことであっただろうと思います。
発達障害の方は、直前の言葉に登場した以外のものを、指示語で追うのが、とても苦手のようです。



4 |脳特性、いろいろ。それゆえ、いろいろなパターンがあるようです


発達障害の脳特性は、本当にそれぞれ。

脳の特性として、「空気の中にあるもの」を追うのが苦手な分野ごとに、
・注意欠陥・多動性障害(ADHD)
・アスペルガー障害
・学習障害(LD)
・高機能自閉症
などなど、ざっくりと種類分けされています。
ざっくり種類ごとに、主立った特徴も、本当にそれぞれ。詳しくは、発達障害の専門サイトで検索してください。


その上で、本「ケアーにつながる」の記事の目的は、「あれっ?」と気づいてもらうこと。
気づくきっかけに、なること。

その結果、検査に足を運べたら、万歳です。
検査を受けて、該当しないならそれでいいし、該当したら、まさに命拾い。

(命拾いの理由は、後で話しますね)


このような目的を持っているゆえ、難しい言葉で説明するのではなく、「あれっ?」と気づきやすい言葉で話したい。
発達障害の脳特性、「見えづらい」を参考に、以下を聞いてみてください。


5 |あれっ? と感じたら、ちょっと調べてみて。


発達障害の方は、「もし〜なら」という、「ごっこ」が苦手と聞きます。

目のまえに、文字としてないもの、空想の中で組み立てられるもの。
それらは、当然「見えづらい/見えない」。

だから、「もし〜なら」という仮定・仮説の話の進め方が、苦手だそうです。



実際に、ONSA WORKSHOP 中で「ロールプレイ」などを行う場合。
ロールプレイとは、「もし〜なら」という仮定で、成り立っている練習です。
もちろん、そのままを、現実では行いません。(← ここ、かなり重要な前提です


現実で、そのまま行わないことを前提に、極端に誇張して、「もし〜なら」練習を行う。
たとえば、お母さんに「バカッ!!」とじかに言わないことを前提に、言葉を発する練習をしたりします。
そのこと自体に、学習効果があり、意味がある。
これが、ロールプレイの考え方。

ところが、このロールプレイを
「ワークショップで、いいことを習った!」
と、即現実で試してみる方がいらっしゃる。

案の定、ものすごいトラブルになってしまいますよね。
もちろん、大炎上です。メラメラです。そして、ご本人は傷ついてしまう。
ところが本人は、
「練習が足りなかった」
「相手が悪かった」
「失敗した」
「まだまだ、ヘタだった」
とか思っていらっしゃる場合が多い。
そうではなく、「これはそもそも、現実ではやらないという、お約束」。この大前提が、すっぽり見えていない。
これも、「ごっこ」「もし〜なら」が見えづらい脳特性らしい現象です。


ふんわりして、ほっこりした雰囲気の方が、多いように思います。
この雰囲気が、発達障害の方の、魅力でもありますね。

おそらくですが、「もし〜なら」という、「ごっこ」が苦手なこととも、関係しているかもしれません。
定型発達の人は、
「もし、この方法で成功しなかったらどうしよう」
「もし、想定外のことが起こったら?」
「もし、〜なら?」
「もし」
「もし……」
と考えすぎて、苦しくなってしまいます。
文字通り、「もし」という未来の心配に、つぶされてしまうのですね。

発達障害の方は基本的に、目のまえに存在しないことを、空想の中で何パターンも展開して、仮定して検証することが苦手。
いわゆるシュミレーション……「空想模擬実験」が苦手。
それゆえに、「もし」「もし」「もし」「もし」……というふうに、未来の心配に、つぶされづらいかもしれない。
そのせいか、ガリガリ、ぎすぎすしていない、ふわっとした雰囲気がある方が多い。


一方で、この特性が、悪い方に出る場合もあります。
「もし〜なら」というシュミレーションを、定型発達ほど行わないため、安易に「理解した → できる!」と思い込んでしまう場合があるといいます。

たとえば、安易にビジネスなどをスタートして、現実として、回せなくなってしまうことが起こってしまう。「おかしい」と思って検査をしたら、「発達障害でした」と判明したというケースも、「ご本人談」として聞き及びます。


音や光に、極端に敏感、あるいは鈍感な場合があると聞きます。
味にも敏感、あるいは、極端に鈍感な場合があるようです。


定型発達の人が感じるのとは、違うやり方で、感情を感じる場合があります。
脳の特性の関係なのか、感情を頭で処理している場合があると聞きます。

人の表情から、相手の感情を読み取るのが、苦手な場合があります。
たとえるなら、
「歯が見えているので、笑っている」
以外の表情の差が、うまく分からない場合があります。
そのため、こまやかな表情のうつりかわりを仲立ちにした、感情のやりとりが、しづらい場合があります。
同様の理由で、ご本人の表情の変化が平坦、あるいは突然・極端な場合があります。


空気の中に書いてある文字が、読み取りづらいため、「極端な誤解」をする場合があるといいます。
お相手が善意で言った言葉も、空気の中の文字が見えづらい/見えないゆえ、曲解して、悪意に取ってしまう場合もあるようです。



やはり脳特性なのか、記憶が平坦である場合も、あるといいます。
つまり、定型発達の人のように、時間がたつにつれ、忘却が「起こらない」という場合があるようです。

そのため、ものすごい過去のことを、まるで昨日起こったことのように、鮮明に覚えていられる。
40年経ってから、過去の恨み言を、まるで昨日のことのように鮮明に持ち出されて、相手がぎょっとしたというケースも聞き及びます。
何年も前のことを、繰り返し繰り返し、「今」起こっていることのように、鮮明に繰り返し語ることもあるといいます。


脳が「分かった」と誤学習する場合があると聞きます。
よく聞く話は、「分かった → できた!」に、誤学習する場合です。


周りは「できていないじゃん」と思うのですが、大人になると、誰もそんなことに、わざわざ口をつっこんでこない。
これもまた、社会の「見えないお約束」。
大人のマナーです。
ところが、誰も指摘してくれないゆえ、何度も何度も同じところでつまずき、同じ間違いを繰り返す場合があります。……もちろん、悪意や、わざとではなく、です。



どうでしょう。
これらのうち、気になることがあったら、インターネットなどで、さらなる情報を調べてみることをお薦めします。

重ねて、「あれっ?」と感じることがあったら、動いてみてください。
大人になったら、自分を守れるのは、まずは自分だけです。





TO TOP