ケアーにつながる[4]|「あれを、こうしておいて」「うん、分かった」……。訳が分からないすれ違いが起こっている。

ONSA WORKSHOP にご参加判断をされる前に
ケアーにつながる[4]|「あれを、こうしておいて」「うん、分かった」……。訳が分からないすれ違いが起こっている。


| 「あれを、こうしておいて。」「うん、分かった」……って、何?


ひとつ前の記事でもお話ししましたし、後でまた、お話ししますが……。
ご自身で
「あれっ? 『不思議ちゃん』は、私のあだ名だった」
と思われた方。

インターネットで、さらなる情報を集めてみて、「あれ?」が「もしかして?」ぐらいに膨らんだら。
勝手に自己判断をせず、なるべく早く、発達障害の検査を受けてみてください。

そうすれば、白か黒か、はたまた「グレー」……「グレーゾーン」なのかが、分かる。
そして「あっ! グレーゾーン以上に該当する!」と分かったら、なるべく早く、発達障害専門のケアーにつながることが肝心です。


このページでは、そのためのヒントとなりうる、実感レベルの情報をお出ししたいと思います。
以下を読んで
「あれっ?」
と感じた方は、さらに情報を調べてみてください。


ポイントがあります。それは、指示語が苦手な場合が、多いということ

発達障害の方が、特に、できづらいこと。
それは、
「あれを、こうしておいて。」
「うん、分かった」
というタイプの、指示語を使ったコミュニケーションです。



|「あれを、こうしておいて。」


発達障害でない方……いわゆる定型発達の方は、こちらの意味が分かりますよね。

「ねえ、あの時の『あれ』」
「あれを、こうしておいたよ」

定型発達の人は、このように、全部指示語で言われたとしても、全部分かります。
あるいは、笑いますね。

「『あれ』と『これ』だけで会話するようになるなんて、もう年ですよ」
「『あれを、こうしておいて』と言われても、ひとつも分からないよ」
こんなふうに、からかわれることも、あるかもしれません。

でも、いずれにせよ、意味するところは分かります。
分かる理由は、「あれ」や「これ」に該当するものが、空気の中に、しっかり書いてあるから。
空気の中で、「あれ」も「これ」も、しっかり共有しているのです。

空気の中に存在しているゆえに、目には、見えない。
でも、空気の中で「あれ」と「これ」を共有しているので、指示語で、会話の用が足りてしまいます。



POINT |
指示語の中身は、空気の中に書いてある
それゆえ、空気の中から、「あれ」や「これ」に該当するものを取り出せばいい

共に過ごす時間が長くなったり、共有するものが、多ければ多いほど。
指示語によるやりとりの比重が、多くなってゆきます。

著者である私も、編集者に、
「ちょっと、去年の『あれ』ですが……」
などと言っても、不思議とお互い「ああ、あれね」と分かります。
長いあいだ、一緒にものづくりをしていると、共有する空気感も、増えてゆくためです。


|「あれを、これしておいて。」……って、何?


でも、「空気の中に書いてあること」が、脳特性によって、見えづらい/見えないなら、どうなるでしょう。

発達障害の方に、とりわけ、特徴的なことがあります。
それは、
「今の指示語が、何をさすのかが、分からない」
ということです。
よく起こるのが、話の文脈が、途中で追えなくなったりすることです。


つまり、こういう仕組みとなります。



たとえば、「こうして」に該当するものが、脳特性ゆえ、見えない。
見えないゆえ、追えない。

結果、頻繁に
「今のは、どういう意味ですか?」
という現象が、起こってしまう。


指示語がみえづらかったら、ちょっと疑ってみる

「あれ? 今、指示語が追えていないかもしれない」
ということが、ごくごく頻繁に起きた場合。
ほんのりと、発達障害を疑ってもよいかもしれません。


指示語の中身が、言葉で、具体的にひとつずつ指示されなければ。
それらを自力で、空気の中から引き出すことは、発達障害の方にとって、とても難しいことであろうと思います。



|あれっ? と感じたら、ちょっと調べてみる


この特性ゆえ、発達障害の方は、「もし〜なら」という、「ごっこ」が苦手な場合があります。


「ごっこ」遊びは、見えない空気を読む遊び

「ごっこ」遊び。
それは、目のまえに、文字としてない遊び、空想の中で組み立てられる遊び。
それゆえ、当然「見えづらい/見えない」遊びです。


発達障害の脳特性を持っている人にとって、
「頭の中にあるおにぎりが、目のまえにある前提で、おままごとをする」
「頭の中にあるヒーローのコスチュームを、着ている前提で、ヒーローごっこをする」
ということは、非現実的なほど、高度なことです。


「もし〜なら」が、見えづらい場合。ほんのりと、疑ってみる

たとえば、ONSA WORKSHOP 中で、「ロールプレイ」などを行う場合。
ロールプレイとは、「もし〜なら」という仮定で、成り立っている練習です。
もちろん、そのままを、現実では行いません。
(そしてここが、かなり重要な前提です)


現実で、そのまま行わないことを前提に、極端に誇張して、「もし〜なら」練習を行う。
たとえば、お母さんに「バカ!!」とじかに言わないことを前提に、言葉を発する練習をしたりします。

そのこと自体に、学習効果があり、意味がある。
これが、ロールプレイの考え方です。

ところが、このロールプレイを
「ワークショップで、いいことを習った!」
と、即現実で、試してみる方がいらっしゃる場合があります。

案の定、ものすごいトラブルになってしまいます。
もちろん、大炎上です。そして、ご本人は傷ついてしまう。

ところが本人は、
「練習が足りなかった」
「相手が悪かった」
「失敗した」
「まだまだ、ヘタだった」
と、思っていらっしゃる場合が多い。

そうではなく、
「これはそもそも、現実ではやらないという、お約束です」

この大前提が、すっぽり見えていないのです。

これも、「ごっこ」「もし〜なら」が見えづらい脳特性らしい現象です。


POINT |
「〜と仮定して、進めます」
という前提が、見えづらいことがあります。
そのため、文字通りに受け取り、「噛み合わない」ことがあります。

「ごっこ遊び」というのは、実は、高度な遊び方です。
それゆえ、「ごっこ遊び」をスタートする3歳から5歳頃に、発達障害が気づかれることがあります。


明るく朗らかな方が、多いかもしれない

ふんわりして、明るく朗らかな雰囲気の方が、多いように思います。
この雰囲気が、発達障害の方の、魅力でもあります。

「もし〜なら」という、「仮定」「ごっこ」が苦手なこととも、関係しているかもしれません。

定型発達の人は、
「もし、この方法で成功しなかったらどうしよう」
「もし、想定外のことが起こったら?」
「もし、〜なら?」
「もし」
「もし……」
と考えすぎて、苦しくなってしまいます。
文字通り、「もし」という未来の心配に、つぶされてしまうのです。

発達障害の方は基本的に、目のまえに存在しないことを、空想の中で何パターンも展開して、仮定して検証することが苦手です。
いわゆるシミュレーション……「空想模擬実験」が、苦手と言えます。

それゆえに、「もし」「もし」「もし」「もし」……というふうに、未来の心配に、つぶされづらいかもしれない。
そのせいか、ガリガリ、ぎすぎすしていない、朗らかな雰囲気がある方が多い。


周りを混乱させるタイプの失敗が、多いかもしれない

一方で、この特性が、悪い方に出る場合もあります。
「もし〜なら」というシュミレーションを、定型発達ほど行わない。
そのため、安易に
「理解した → できる!」
と思い込んでしまう場合が、あるかもしれない。


たとえば、安易にビジネスなどをスタートして、現実として、回せなくなってしまう。
そんなことが、何度も続いて、「おかしい」と思って検査をしたら。実は、「発達障害でした」と判明したというケースも、「ご本人談」として聞き及びます。


POINT |
良くも悪くも、「そのままズバリ」の現実が、見えづらいことがあります。
良く出ると、気にしすぎずに、朗らかでいられます。
悪く出ると、現実とかけ離れるゆえ、大事に至ることが多くなります。

音や光に、極端に敏感な場合があります。
あるいは逆に、鈍感な場合があると聞きます。
味覚も同じで、とても敏感、あるいは、極端に鈍感な場合があるようです。


他人の、細かな表情を読み取るのが、苦手かもしれない

人の表情から、相手の感情を読み取るのが、苦手な場合があります。
たとえるなら、
「歯が見えているので、笑っている」
以外の表情の差が、うまく分からない場合があります。

そのため、こまやかな表情のうつりかわりを仲立ちにした、感情のやりとりが、しづらい場合があります。
同様の理由で、ご本人の表情の変化が平坦、あるいは突然・極端な場合があります。


空気の中に書いてある文字が、読み取りづらい。
そのため、「極端な誤解」をする場合が、あるといいます。

お相手が、善意で言った言葉。
でも、空気の中の文字が見えづらい/見えないゆえ、曲解して、悪意に取ってしまう場合もあるようです。



POINT |
表情がうまく読み取れないことで、相手の感情が、わかりづらいことがあります。
そのため、言葉の文字だけを取って、悪意に感じてしまう場合もあります。
発達障害者が、一般的に「他罰的である」と言われるのには、性格の問題等ではなく、このような「見え方」の理由があるかもしれません。


記憶の機能が、独特の動きをする場合があるかもしれない

脳特性なのか、記憶が平坦である場合も、あるといいます。
つまり、定型発達のように、時間がたつにつれ、忘却が「起こらない」という場合があるようです。

そのため、ものすごく過去のことを、まるで昨日起こったことのように、鮮明に覚えていられる。
40年経ってから、過去の恨み言を、まるで昨日のことのように鮮明に持ち出されて、相手がぎょっとしたというケースも聞き及びます。
何年も前のことを、繰り返し繰り返し、「今」起こっていることのように、鮮明に繰り返し語ることもあるといいます。

その逆もまた、あるといいます。
たった昨日言ったことも、綺麗すっきりと忘れてしまうケースも、あるようです。


気になったら……。もう少し、調べてみることができる

どうでしょう。
これらのうち、気になることがあったら、インターネットなどで、さらなる情報を調べてみることができます。

重ねて、「あれっ?」と感じることがあったら、まずは、動いてみることができる。
大人になったら、自分を守れるのは、自分だけです。





TO TOP