ONSA WORKSHOP | なぜ? なんのために「今」、人生と向き合うのだろう[1]

ONSA WORKSHOP で、安全に自分と仲直りするために
ONSA WORKSHOP | なぜ? なんのために「今」、人生と向き合うのだろう[1]


| どんな、人生の時間を生きたいですか?
時間こそ、とりかえしのつかない、宝。
なぜなら、時間はあなたの「命」だから。


あなたはなぜ、このページにお越しくださったのでしょう。
もしかして、これからお書きするようなことが理由で、ご縁をいただいたのではないでしょうか。

| もやもやした気持ちの正体が、よくわからない

これは、いったい何だのだろう?

何かを探して、偶然、このページを訪ねてくださった、あなた。
何かを探しているのは、もしかして、しじゅう、こんな気持ちにさいなまれることが、あるからではないでしょうか。

どうして、他の人のように、人生を楽しめないのだろう
どうして普通の人は、楽しそうに生きられるのだろう
どうして、あんなに気楽なのだろう
どうして、あれほど単純に、人が信じられるのだろう

あるいは、こんな気持ちは、どうでしょう。

なんで、すぐ立ち直れるの? 反省していないの?
なぜ、あんなにパッパッと、人生の決断をしてゆけるの?

こんな気持ちに、なることは?

私だって、幸せに生きたい。でも、どうしていいかわからない
私に何か「能力」的なものが、足りないの?
このまま、終わりたくない。悔しい……

「人生が、今とは違うものに、変わったらいいのに!」
「できるなら、すべてを最初から、やり直したい」


ふと、そんなことを、ぼんやりと考えてしまう。
そんな気持ちにつかまってしまうことが、どれほど、あるでしょうか。


その気持ちには、理由がある


この、どうにもならない、「生きづらさ」とでもいうもの。
これを逆から考えれば、こんなことが言えそうです。

ホッとする気持ちで、安心して、温かな人生を生きたい。
人を過剰に気にしたり、人の下敷きになったりして、びくびくしながら生きるのではなく……。

人生に肯定されていると、感じたい。
人に温かく囲まれながら、自分らしい、幸せな時間を生きたい。

自分が「やってみたい」と思っている人生に、チャレンジしたい。
人生に応援されながら、生きてみたい……。


「もう、この『生きづらい』感じは、嫌だ」
「苦しい」
「変えたい」

折々にやってくる、そんな気持ちのサイン。
その中には、こんな夢や望みが、入ってはいないでしょうか。

生きづらさは、「変わりたい」のサインでは?
その先に、望む人生があるからこそ、違和感もまた、あるのでは?






| 誰にでも、心から望む人生を、生きることができる


「恵まれた人生」は、特別な人だけのもの?

ところが、そんな気持ちを打ち砕くものといえば、こんな声たちかもしれません。

「それは、特別な人たちだけが、生きられる人生」
「生まれつきの環境に恵まれていたり、特別に、運が強かったり」
「才能があったり、人望があったり……」
「運命によって『選ばれた』人だけが、幸せな人生を生きることができる」
「だって、事実、そうじゃない」

いわゆる「世間の声」は、こんなふうに言います。

でも、それでは納得できないから、さまざまな、いわゆる「自己啓発本」をはしごしてきた。
「こうすれば、うまくゆく!」といった考えだって、いろいろ実践してみた。

ところが、あいかわらず、同じところをぐるぐるしている。
この事実こそ、私が人生に背を向けられている、何よりの証拠では?

「世間の声」が言っていることのほうが、くやしいけれど、現実では?



その「もやもや」から、自由になれる

ところが、こんな意見に、NO と宣言する声があります。
しかも、れっきとした学問。

それが、心理学です。
心理学は、これらさまざまな「不具合」には、きちんとした理由があることを、教えてくれます。


そして、さらに救いがあること。
それは、きちんとした理由が分かるにつれ、解決の方法も、明らかになるということ。


その変化は、誰にでも起こる


「学問? なんだかいきなり、堅い話だなあ」
と思わないでください。

なぜなら、この話。
今のあなたと、たぶん、似たような境遇にいた私に、起こったことなのですから。

そのもやもやから、自由になることができる。
しかも、当てずっぽうではなく、科学的な方法で。

……「あなたは、誰ですか?」
そんな質問が、湧いてくるかもしれません。

詳細な自己紹介は、後にして。
まずは私、藤沢優月(ゆづき)と申します。
2003年から、本の著者の仕事をしております。代表作は『夢かな手帳』シリーズという、時間のシリーズです。

そんな私が、なぜ、このようなメッセージを書いているか。その理由は、追々、自己紹介して参ります。
今はまずは、もう一歩、話を進めましょうか。

なぜなら、このメッセージ。
あなたにとって、大きな岐路になるメッセージに、なり得るかもしれませんから。


| もし、その状態が苦しいなら……。
人生の「初期設定」から、
抜け出すことができる

| 誰の中にも、人生をよくしてゆく力がある


がんばっている。でも、何かがおかしい

まじめで、いろいろな想いを内に秘めたあなたの姿が、見えそうです。
あなたはと言えば、たぶん、こんな感じの方かもしれません。

- がんばりやさん
– きちんと約束を守る
– 提出物などは、期限までにしっかり出す
– 責任感がある
– たとえば学生の時から、いわゆる「すべきこと」を、きちんと守っている
– 基本的に、待ち合わせに、遅刻しない
 遅れたり、責任を全うできないと、強い罪悪感を覚える
– 社会的には、しっかりしている。
 たとえば仕事を持っていたり、あるいは、子育てをしていたりなど

「約束を守る?」
「そんなことは、当たりまえじゃないの?」

あなたは、そうおっしゃるかもしれません。

そうです。
それは、ある人々には「当たりまえ」です。そして、多分あなたも私も、大きく言えば、このグループに入っています。


周りから見れば、「恵まれた人生」に見えるかもしれない


それゆえ、あなたの人生は、周りの人から見れば、「恵まれた人生」や「成功した人生」に、見えるかもしれません。
たとえあなたが、その意見を、どう評価していても。

内心は、
「いやいや。こんなことは、私の望む人生の基準には、ぜんぜん達していない」
そんなふうに、自分を厳しく、責めていたとしても。

あなたは、社会的にきちんとしていて、礼儀作法も知っている方でしょう。


人一倍の、しっかり者かもしれない


とはいえ、いわゆる「誰でもする『失敗』」の経験は、あなたにもまた、おありでしょう。
そして、その「失敗」を、ひと一倍責めるまじめさもまた、お持ちだと思います。


むしろ、「人に頼れないのが、悩み」というほど、しっかりした人であるかもしれない。

社会的に問題を起こしたり、トラブルの元となるタイプの人間ではない。
そのことに、
「それぐらい、当たりまえでしょ?」
と言えるほどの、しっかりした社会感覚を、お持ちかもしれません。

あなたは……

常識感覚を、持ち合わせている
しっかり者で、責任感がある
社会的に、きちんとしている
外面を見れば、「恵まれた人生」を送っているように見える



| 誰も、あなたの心の孤独に、気づかないかもしれない

内側と外側が、どうしてこんなに違うの?

そんなあなたを、周りの人が見れば……。

まさか、心の内に「生きづらさ」を抱えているなんて、想像ができないかもしれません。

また、優秀であるゆえ、なかなか頼れる人がいないことも、皮肉なことかもしれない。
相談したいことがあっても、最後は自分のほうが、相談役になってしまうタイプかもしれない。

それほどまでに、あなたは、まるで「なにごともなかったように」立ち回るのが、とても上手にできる方だと思います。




どうしても、自分が「よい」と思えない

ですが、自分しか知らない、心の内側はといえば……。

たとえば逮捕とか、たとえば解雇とか、社会的なトラブルメーカーでは、ないはずなのに。
あるいは、リストにしてみれば、たくさんのことを、達成しているはずなのに。

自分でもそれは、とてもよく、わかっているはずなのに。
何度、自分に言い聞かせても、ダメ。

- 自分という存在が、肯定できない。
– 理由はわからない。でも、自己肯定感がとても低い。

– しょっちゅう「がんばって」、周りから評価されていないと、まるで自分が、存在していないように思えてしまう。

– ちょっと「失敗」してしまうと、ものすごく自分を責める。
– 自分は、なんて出来が悪いのだろうと、落ち込んでしまう。


私は「よくない」。


「自分が、ありのままで『よい』と思えない」
「他人の目が、気になりすぎるほど、気になる」

これがきっと、あなたの「生きづらさ」の根っこにある、漠然とした感覚かと思います。


「私は、よくない」
「私は、十分ではない」
これが、あなたの生きづらさの根っこにある、漠然とした感覚かもしれない。


克服するためにがんばっていたら、「立派に」なってしまった


「自分が『よい』と思えない」
それゆえ、「よい」と思える自分をつくるため、次々と「立派に」「達成する」ことを続けていたら……。

他人目線で見た時に、社会的に、それなりのものが築けてしまった。


たとえば、一人暮らしをして、自分で家賃を払っているとか。
結婚しているとか、子育てをしているとか。
きちんと就職して、きちんと職を持っているとか。あるいは、どんどん後輩や部下ができて、職場での立場が、気づかないうちに上がっていたとか……。

行きたいところに旅行に行ったり、ずっと憧れていたことを、習ったり。
「夢」もたぶん、それなりに、かなえてきた。

その時々で、
「これさえかなえば、幸せと感じられる!」
というものを、あなたは折々に、かなえてきたかもしれません。

他人目線から見た時に、「恵まれた人生ね」と、見えるような人生です。


「立派に」は、なった。でも、楽しくない。安心できない。苦しい。


でも、なぜだろう。

「これが、私の人生」
という、しっかりとした感覚がない。
楽しくない。
満足感とか、安心感といったものが、ない。

自分の人生であるはずなのに、まるで、他人ごとのように感じる。


自分の人生のはずなのに、どこか他人ごとに感じる
どれほど「がんばって」も、安心感や満足感が持てない

これ以上「がんばる」ことに、何の意味があるの?


これ以上「がんばり」「達成」を続けることに、疲れ切ってしまった。
がんばってもがんばっても、満足感や安心感がないのに、これ以上がんばることに、何の意味があるの?

これ以上どうやって、満ち足りる人生を築いたらいいのか、わからない。
それを得るために、これ以上の「がんばり」が要るのなら……。正直もう、しんどい。



「これは、私の人生ではない」

いっぽうで、こんな不思議なことも、起こっているかもしれません。

あなたの心は、どこかで
「これは私の人生ではない」
「何かがおかしい」
「でも、何がおかしいのか、わからない」

と、ささやいているかもしれない。

生きたい人生が、たぶんどこかに、きちんと存在している。
決して、頭がおかしくなったわけでは、ない。

こういった、さまざまな要素が、ごちゃごちゃに、ないまぜになった気持ち。
こんな気持ちが、あなたの内側にあって、口に出して言えないまま、閉じ込められている気持ちではないでしょうか。

「何かがおかしい」
「でも、何がおかしいのかわからない」
「これは、私の人生ではない気がする」
でも、そんなことを口にしたら、「永遠の思春期」だと思われてしまう……






| この感覚には、原因も、理由もあります

理由のわからない、ぐるぐる状態

これを仮に、「理由の分からない、ぐるぐる状態」と名づけましょう。
もちろん、ここだけの呼び名で、正式名称は別にあります。

「理由の分からない、ぐるぐる状態」には、原因も理由もある
「理由の分からない、ぐるぐる状態」からは、自由になることができる

この「理由の分からない、ぐるぐる状態」問題。
この状態は、正しい知識を学び、再訓練をすることによって、人生からしだいに消えてゆきます。

本当です。
その変化は、私に起こりました。
そして、その変化は、今この瞬間も、おおぜいの人の人生に、起こり続けています。

「理由の分からない、ぐるぐる状態」……この生きづらさや苦しさ、もやもややぐるぐるは、解決可能。
心理学の知識にもとづいて、正しく「知り」「対処する」ことで、状況を変えることができるのです。


「選ばれた人」だけではなく、誰にでも起こりうる


なんでそんなに、自信満々?
なぜなら私自身が、この変容体験の、経験者だから。

そうです。
私は「当事者」として、このメッセージを書いています。
ちなみに、私の経験は、弊社 Website「message」の欄にも、少し書いてあります。
もし、よろしければ、どうぞ。

私は、この「理由のわからない、ぐるぐる状態」の当事者です
当事者だからこそ、足場のふにゃふにゃした不安定感や、際限のない不安の感覚が、わかる気がします


その苦しみから、自由になれる

「理由の分からない、ぐるぐる状態」の中を、ただ、生き続けること。
それは私にとって、とても苦しかった。
不安で、孤独で、しんどすぎて、無理でした。

そのため、ありったけの勇気をふりしぼって、行動したのです。
この「理由の分からない、ぐるぐる状態」を、脱出するために。

今ふり返ってみた時に、その選択のほうが、絶対によかった。
ふり返っても、後悔がない。


それゆえ、このことを知らせるために私は、本の著者をしています。


「選ばれ人」にだけ、起こる変化ではない。望めば、誰にでも起こせる


同時に私は、目撃者でもあります。
自分以外の人々が、この「理由の分からない、ぐるぐる状態」から脱してゆくのを、日々目撃している立場でもあります。


私と同じ、「理由の分からない、ぐるぐる状態」から、脱するために。弊社(ONSA)が主催している、ONSA WORKSHOP に、多くの方々をお受け入れしています。

何が、起こっているのでしょう。
その方々の人生に、私と同じことが起こっているのです。
その奇跡を私は日々、目撃しています。

つまり、この「理由の分からない、ぐるぐる状態」からは、脱出可能。
気づいた時からずっと続いている、漠然とした苦しみの状態からは、自由になれるのです。


奇跡は、誰か特別な人にだけ、起こる変化ではない
誰でも望めば、この「ぐるぐる状態」から、自由になれる



| 現状にとどまるという選択を、やめてみる

同じ生きるなら、幸せなほうがいい

同じ生きるなら、人生は、幸せな方がいいですね。

「そんなこと、当たりまえ」

そう、おっしゃるかもしれません。
たいていの人は、反射的に、そう答えるでしょう。

ですが、人は皮肉なことにしばしば、現実には、こんなことをしてしまいます。
決して幸せとは感じられないにもかかわらず、現状にとどまって、「よい変化をしない」ことを、選び続けてしまう。


現状維持は、苦しいけれど、ラク


つい、現状維持をしてしまう背景には、いろいろな理由があります。

怖い。
先が見えない。
保証がない。
また失敗したら、どうしよう。
落ち込んで、立ち直れない……。

とてもよく、わかります。

でも同時に、こんなこともまた、言えます。


自然と決意がつく瞬間など、永遠に来ない


躊躇する理由がなくなる瞬間など、永遠にやってきません。
これもまた、事実です。

おそらく、死ぬ間際になっても。
「人生を変えない」……自分の幸せを、自分に最優先でプレゼントしない理由もまた、なくならないでしょう。


「変える」と決意するからこそ、一歩を踏み出せる
自然と決意がつく瞬間など、永遠に来ない
「〜なら、〜していい」という、厳しい条件がなくなることもまた、永遠にない


苦しい「生きグセ」の中に、とじこめられている

今までは、たとえばこんなふうに、生きてきてしまったかもしれません。
もちろん、無意識にです。

自分の人生なのに、自分のことはそっちのけ。
二の次どころか、五の次、六の次。

では、自分の時間や、エネルギーはといえば……。
時間やエネルギーを、他人にじゃぶじゃぶ費やして、他人の物理的なめんどうや、精神的なめんどうを見ることで、忙しい。

でも、そんな他人はといえば、感謝してくれるどころか、まるで「当たりまえ」みたいな態度。


平静をよそおっていても、ハラの中はぐらぐら


そのような生き方の、渦中にあった頃。
当事者であった私はといえば、怒りに満ちていました。

表面は平静をよそおっていても、ハラの中は、怒りでぐらぐら。

「私はこんなにしているのに、どうして他人は、応えてくれないの?」
「返してくれないの?」
「どうして、私ばっかり?」

とても、苦しい生き方でした。
自分とも切り離され、そして、周りとも切り離されていました。


でも、それ以外にどうしたらいいのか、分からなかったのです。
また、どうやって、その「理由の分からない、ぐるぐる状態」から脱したらいいのかも、分かりませんでした。

脱することができなかったのは、「どうしていいか、わからなかった」から
何に巻き込まれているのか、どうしたら脱出できるのか。正確な知識を知らなかった



| 変化とは、過去を否定することではない

「変化」とは、過去を否定することではない

私は今、「理由の分からない、ぐるぐる状態」から脱して、ここにいます。

どうやって、そうするの?
どうやって、変えてゆくの?

その答えは、長い長い話になります。
ですが、かいつまんで、ひとこと。

今までの人生を、叩き壊すのではなく。
ひとつずつ学びながら、ひとつず手にとって、自分にとって要るものと要らないものを、よりわけてゆくことができます。


「理由の分からない、ぐるぐる状態」に、変化をもたらすこと。
それは……

今までの人生を、叩き壊すことではない
否定することでもない
ひとつずつ学びながら、要るものと要らないものを、よりわけてゆく

なにか外側の力に、安易に頼るのではなく。
学び、練習することで、自分の内側に、力をつける。
ためにならない環境から、自分の力で、足を引くことができる。


練習が要りますが、できます。


もっと、幸せを増すこともまた、できます


同時に、こんなことも、できるようになります。

それは、大切にしたい人たちを、もっともっと、大切にできるようになること。

もっと交友を深めたい人、もっと、大切にしたい人。
もっともっと、仲良くなりたい人……。
大切な人たちと、もっとよい関係になれるように、練習することもまた、できる。


あなたの中に、力が育ってゆく


あなたが学び、練習することで、自分の中に、力が育ってゆきます。

自分の人生にとって、役に立たないものから、遠ざかる
大切にしたいものを、大切にする力を、育てることができる
人生を、幸せに変えてゆくことができる

いつまでも、不確かな「誰か」や「何か」を探して、さまよって。不安定な状況に、身を置いたままでいなくとも、よいのです。

そうではなく、あなたの内側に、もうある力を使うことで……。現状や、人生を変えることができます。

あなたにも、誰にでも。
みずからの人生を善いものにしてゆく力が、必ず備わっています。







| 「機能不全家族問題」
それが、この「ぐるぐる状態」の正式名称です

| この状態には、正式な名前があります


名前も、方法も、確立されています

「やっかいなものから、遠ざかることができるのか」
「大切にしたいものを、もっと大切にすることが、できるのか」
「それなら、幸せに生きられそう」

そうです。そして、無責任に、提案しているわけではない。
しかも、私にだけ、奇跡が起こったわけでもない。


正式名称は、「機能不全家族問題」


かいつまんで申しますと、この「理由の分からない、ぐるぐる状態」問題。

その時々の流行で、いろいろなニックネームで呼ばれていますが、正式名称があります。
「機能不全家族問題」
という名で呼ばれています。

確立された現象で、ずっと昔からある問題。人類の歴史・家族の歴史とともに、脈々と、存在する問題です。

「理由の分からない、ぐるぐる状態」には、「機能不全家族問題」という名前がついている
今にはじまったことではなく、歴史のある症状であり、問題


独特の「不安定さ」が、人生の土台に影響を与えた


「機能不全家族問題」とは、簡単に言いますと、こういうことです。

愛情たっぷりの、安心安全で明るい、一貫性のある家庭環境ではなく……。
どこか不安定で、安全性や一貫性のない(うすい)家庭環境で育った。その結果、人生の土台が不安定なまま、ただ年齢のままに、成長してしまった。


そんな中でも、決められたことは守り、「これが正しい」とされていることを、せいいっぱい選んできたはずです。
過剰なワガママを言わず、その時々を、必死で乗り切ってきた。

本質的な意味での口答え少なく、賢く、状況を乗り切ってきた。
誰よりもがんばって、求められる期待に、応えてきたはずです。


土台の不安定さが、次々に「ずれ」を作っていった


ところが、時間とともに、次々と、進学や就職といったライフイベントがやってくる。
その時々で、なかば訳も分からないまま、必死に、決断を積み重ねた結果……。

もともと、この人生に対して、「これは私の人生」といったような、ぴったり感はなかった。
どこか、この人生の「お客様」のような、感じがしていた。
いつか、自分にとっての「本物の人生」が、はじまるような気すらしていた。

それなのに、ますます
「これは、私の人生ではない」
「私が、この人生の当事者ではない」

という感じが強まっている。
その理由は、不安定な土台の上に、他人に遠慮した決断を、いくつも積み重ねたからです。


もともとは、あなたの責任ではない


こんな「ぐるぐ状態」。
もともとのルーツは、機能不全の家族に由来しています。
不安定な、生まれの家族を土台として、その上に、積み重なってしまった問題といえます。

つまり、それは本来、あなたの責任で生じたことではない。
それなのに、あなたがその人生の当事者であるゆえ、今はあなたに、問題が降りかかっている。


この「機能不全家族問題」。
こんなふうに、とうてい言葉には言い表せないほど、理不尽な問題です。

「機能不全家族問題」は、もともとは、あなたの責任ではない
不安定な土台が、問題のルーツになっている
その土台の上に、100%自分のものとは言い難い選択を重ねていったら、望む人生から迷子になってしまった
そして今は、本当はどう生きたいのか、自分の心が、わからなくなってしまっている



| 過去だけでなく、「今ここ」に影響を与えている問題

過去だけではなく、「今ここ」に影響を与えている問題。だから、やっかいなのです

人には決して、声を大きくして言わないけれど……。
でも、事実として、不安定な家庭環境で育った私たちは、本当に意識しないレベルで、常に人に気を遣っています。

無意識のアンテナを張り巡らせて、常に空気を読んで、不安定な環境を生き抜いてきました。


何がオッケーで、何がダメなのか。一貫性も、よくわかりませんでした。
それゆえ、全力で空気を読みました。
そして、その習慣は、今でも、無意識の「生きグセ」として、脈々と残っています。

ところが、そのクセが、私たちを「今」、苦しめています。

つまり、私たちの日常には、こんなことが起こっているのです。

自分の意見やニーズよりも、
「人にどう見られるか」
「人がどう感じるか」
を、無意識に優先してしまう。

そちらの方に、より、注意関心が奪われてしまった結果……。
私たちは、一種「自分がない」状態に、なってしまった。

他人のニーズや、他人の機嫌に、あまりにも焦点を合わせすぎてしまった結果。自分に焦点を合わせることが、できなくなってしまった。
……というか、それがどういうことなのか、実感として、さっぱりわからない。

自分が何をしたいのか、どう生きたいのか、わからない。
それゆえ、しじゅう権威ある人の意見や、その時々に「正しい」とされる意見を、うかがってしまう……。

頭では、わかっているはずです。
他人の意見なんて、きりがないと。


世間の人は、みな、好き勝手にモノを言いますね。
しかも、その時々で「正しい」「権威だ」とされる意見も、ころころ変わります。


小手先の「こうすれば、こうなる」的な方法では、終わりが来ない


つまり、この状態。

この、「理由の分からない、ぐるぐる状態」。
それは、あなたが、あなたを確立するまで……。あなたが、あなたの人生を再発見して、大切に確立するまで、終わりがこない状態なのです。

「理由の分からない、ぐるぐる状態」は、あなたが、あなたの人生を大切にする習慣を構築するまで、終わりが来ない
あなたが、あなたを大切にする習慣を構築すれば、不安定さや不安から、自由になれる



| 過去を「完了する」。すると、「今」が実感できてくる


過去を「完了する」。すると、「今ここ」に戻れる

終わりがない、不安定な状態。
では、当事者である私が、その状態をどうやって終わらせたかというと、自分の人生を再発見して、大切に確立しました。

不安定な形とはいえ、とっくに育ってしまった、「私」という存在。
それを、ふたたび「育て直す」には、時間とエネルギーが、かかりました。
でも、そうしてよかったと、今は思っています。

あの、訳のわからない「生きづらさ」を抱えたまま、誰のものかすら、よくわからない荷物を背負ったままで。
「自分の人生」と呼べるものを生きることなく、ただ延々と日々を生き、人生の時間を終えるなんて、耐えられないことでした。
その、あまりの重さと理不尽さ、延々とした終わりのなさに、燃え尽きていたと思います。



過去と向き合い、過去をひとつずつ「完了する」


この生きづらさを抱えて、毎瞬を生き続けるなんて、もう無理。
そうやって、「がんばり」の心の糸が切れて……。

私がしたことは、サポートの力を借りながら、自分の過去と、必死で向き合ったことでした。
一人では、無理でした。


そしてそれは、過去を「投げ捨てる」行為ではなく、「黒歴史」を消したわけでもない。
そうではなく、ひとつずつの過去と、ていねいに向き合うことで、過去を「完了した」のです。


過去と向き合うことは、重いこと


みずからの過去と向き合うことは、重いことです。
そして、一人ではきっと、できないでしょう。

なぜなら、生き抜くために、必死でフタをした「過去」という時間の中には、無力感や絶望、怒り、悲しみ……さまざまに絡み合った想い出が、整理されないまま、封じ込められているからです。


でも、そんな過去をふり返って、過去を認め、本来あるべき場所に、優しく「置き直した」からこそ。
過去を「過去とした」からこそ、まったく新しい「今」が、スタートしはじめました。


過去と向き合うと、「今」がはじまる


過去を「見なかったふり」にするのでもなく、「なかったこと」にも「黒歴史」にもしない。
過去の混乱も含め、自分自身と向き合い、せいいっぱい、自分を理解する。
その作業を、徹底的に行ったことで、私ははじめて、過去から自由になれました。


そうしたら、不思議なことが起こりました。
過去から自由になれたことで、私の「今ここ」もまた、自由になれたのです。

過去と向き合う
過去を、ひとつずつ「完了する」
すると、過去が本当に「完了する」
「今ここ」の時間に、戻ってこられる


誰もが、幸せになるために、生まれてきた

だからこそ、これを書いています。
そして、本を書き、ONSA WORKSHOP(ワークショップ)を主催しています。

同じことを、あなたにも、おすすめしたいです。
理由は、そうすることで、どれほど楽になるか……。そのことで、どれほどの重荷や理不尽から解放されるかを、自身の体験として知っているから。

たとえ、人生のさいしょに、どんな環境に生まれたとしても。
誰もが、本当に安心して、幸せな人生を生きてほしい。そうできると知っているからこそ、そうなってほしい。

この安心の感覚を生きないで、人生の時間を終えるなんて、本当に残酷なことですから。






| 私は、心をこめて、私の人生のめんどうを見ます

人生を回復させるための情報は、隠されていない

では、そのために、どうできるのでしょう。
過去を完了させて、「今ここ」の時間を生き返らせるために、何ができる?

概要については、本当に簡単に、次のページ(準備中)にお書きしています。

ちなみに、「どうできる?」ということの概要を扱い、また説明しているのが、ONSA WORKSHOP のプログラム全部。
壮大なお話、壮大な旅となります。
ですから、次のページでは、本当に基礎的な構造だけを説明しています。

ちなみに、だからといって、何も隠されていません。
「機能不全家族問題」については、本もたくさん出ています。

ですので、本などを読んで、調べることもまた、可能です。


ONSA WORKSHOP は、人生の「残り時間」を意識している


ONSA WORKSHOP では、文筆業である私の専門技術と選択眼で、様々な情報をまとめ、最新の情報にアップデートして、知識や解決の方向性を、わかりやすく提供しています。

「みずからの、過去と向き合う」という、ただでさえ、重い作業。
その作業を、なるべく整理されたものにすることで、一種の「時短」をするのです。

サポートを必要としている方々が、人生をすこやかに「回復」された後。楽しく生きられる時間を、なるべく多く残すためにです。

「機能不全家族問題」に関する情報は、隠されていない
さまざまな本やソースから、誰でも調べられる
人生に、安全安心・幸せを感じられるようになった時。人生の貴重な「残り時間」を、楽しんでほしい。ONSA WORKSHOP は、その点を大切に考たワークショップ



| タイム イズ ライフ
いちばん大切なものは、時間。

| 人生の持ち時間は、大切なものです


「時間」が、いちばん大切な宝。

そう。
人生でいちばん大切なものは、時間です。

なぜなら、時間は、命そのものだから。

あなたの時間が、終わる時。
それは、あなたの命が終わる時です。


私たちは誰しも、この地上で、時間の上を生きています。
そして、その時間には、限りがあります。

人生の時間には、かぎりがある。
残酷だけれど、これが、事実。


時間は、1日24時間。誰にでも平等にやってくる


たとえあなたが今、まるで「消化時間」のような、気の進まない時間を生きていたとしても。
「ああ、いつになったら私の人生は『はじまる』んだろう」
と、ため息をつきながら、生きていたとしても。

どういう気持ちであっても、時間は、同じように過ぎてゆきます。


時間は、心を反映している


限られた時間を、生きるということ……。

どういう気持ちで、同じ時間を生きるのか。
心のありよう次第で、時間の中身は、大違いになります。

時間に限りがあるからこそ、時間を大切にし、人生の中に、最高の想い出を刻んでゆく。
「生きなければならない」ということは、こんなふうに、喜びにもなりえます。


自分に、時間の刑罰を課さないで


同時に、時間を生きることは、苦しみにもなりえます。

たとえば、人生から、あなたなりの目的を取り上げ、ただ時間だけを与える。

目的も意味のない、それでいて、延々と続く時間……。
これが、いわゆる「無期懲役」という刑罰のコンセプトですね。


目的もないまま、ただ自分をいじめて、責めて生きる時間は、とても苦しいこと。
その苦しさを、私たちは、嫌というほど知っているはずです。


あなたがあなたに、無期懲役の刑を、課してはいけない。
その刑は、あなたには、ふさわしくない。

なぜなら、その状態はそもそも、あなたの本質とは、まったく関係のないルーツ……「機能不全家族問題」から発しているだけなのですから。


時間は、命と同じ重さ

Time is money という表現があります。
でもこれは、正確な表現では、ありませんね。

正確に言えば、Time is Life です。

人生で、いちばん取り返しのつかないものは、お金ではなく、時間です。

時間は、命と同じ重さ
あなたの命が終わる時が、あなたの時間が終わる時だから

時計の針は、巻き戻すことができない


本気で、この人生を変えると決意し、行動を開始した、その道のりの先……。

「もう、疲れた。生きたくない」が、「生きるのが楽しい」に変わる時。
そんな瞬間は、必ず来ます。

そしてその時、泣きたくなるほど欲しくなるのは、時間です。



どのような価値観のもとで、私たちが、日々を生きようとも。
人生の時間は今も、刻々と過ぎています。

そして、時計の針は、二度と巻き戻すことができないのです。


それなら、同じ時間です。
自分を愛して、肯定して、山ほどすばらしい経験をプレゼントして、過ごしたいと思いませんか?
そしてそれは、この人生で、可能です。




| 「この人生を、幸せに生きる」ことを、夢の一つにすることができる

「自分らしい人生を、発見する」 それを、夢のひとつにできる

「この人生を、幸せに生きる」ことを、あなたの、夢の一つにすることができます。
大きな夢です。


当事者としての私には、かつてそれは、遠い夢物語に聞こえました。
でも今は、以前は夢だった以上の人生を、生きています。


あなたをとどめている力を、前に進む力に変えることができる


あなたが、この人生でしたいことは、何ですか?
本気で「その人生」をかなえる一歩を、今、踏み出してみませんか?

その現状に、あなたを留め続けている、その力。
その力を、現状を打破して、変化してゆく力に、変えてゆくことだってできるのです。



変化のための力は、あなたの内側に、ちゃんとある


あなたにも、あなたの望む人生があり、それを実現する力もまた、持っています。
力は、内側に必ずありますから、大丈夫です。

そしてその力を使って、あなたの夢を、あなたに実現してあげられる人。
それは、他ならぬ、あなたお一人だけです。





[ 文責 ]
藤沢優月(文筆業)
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