誰もあなたの心の孤独に、気づかないかもしれない

INFORMATION | なんのために「今」、人生と向き合うのだろう
誰もあなたの心の孤独に、気づかないかもしれない


| なぜ、このページにお越しくださったのでしょう。
「お役に立てたら、嬉しい」
そんな気持ちで、記事をご用意しました。


| もやもやした気持ちの正体が、よくわからない

これは、いったい何なのだろう?

何かを探して、このページを訪ねてくださった、あなた。
何かを探しているのは、もしかして、こんな気持ちにさいなまれることが、あるからではないでしょうか。

どうして、他の人のように、人生を楽しめないのだろう
どうして他の人は、楽しそうに生きられるのだろう
どうして、あんなに気楽でいられるのだろう
どうして、あれほど単純で、許されるのだろう

あるいは、こんな気持ちは、どうでしょう。

なんで、すぐ立ち直れるの? 
なぜ、すぐ手放せるのだろう。反省していないの?
どうして、あんなにパッパッと、人生の決断をしてゆけるのだろう。

そうでない私には、何か「能力」的なものが、足りないのだろうか。
気にしすぎなのだろうか。

くよくよしすぎ? 
周りが言うように、いろいろ難しく、考えすぎなのだろうか……。


「あーあ……。人生が、今とは違うものに、変わったらいいのに」
「誰か、他の人の人生と、とりかえたい」


こんな気持ちにつかまってしまうことが、どれほど、あるでしょう。

もし、そうなら……。
私と、おそろいですね。


その気持ちには、理由がある

「あなたは、誰?」という話を、はじめる前に……。
せっかくです。
もう一歩、話を進めてみましょうか。

この、どうにもならない、「生きづらさ」みたいな感覚。
これを、逆から考えれば、こんなことが言えそう。

ホッとする気持ちで、安心して、温かな人生を生きてみたい。
人を過剰に気にしたり、ぴーんと緊張して、生きるのではなく。
表面上は、平気なふりをしているけれど、内心、他人の反応にびくびくしながら生きるのは、とても疲れる。

人生に肯定されていると、感じたい。
優しい人たちに囲まれながら、自分らしい、幸せな時間を生きたい。

「やってみたい」と密かに憧れる人生に、チャレンジしたい。
人生に応援されながら、生きてみたい。

何より、自分を自分で、本当に肯定したい。
自分を肯定している人たちの、あの独特の輝きと落ち着き、「オリジナル」な感じが、本当にうらやましい……。


「もう、この『生きづらい』感じは、嫌だ」
「苦しい」
「変えたい」

折々に押し寄せてくる、こんな気持ち。
その気持ちは、逆算して、あなたが本当に生きたい人生や夢を、教えてくれてはいないでしょうか。


| 誰でも、心から望む人生を、生きることができる

「恵まれた人生」は、特別な人だけのもの?

それを、一瞬にして打ち砕くのは、世間にあふれた、こんな声たちかも。

「それは、特別な人たちだけが、生きられる人生だよ」
「生まれつきの環境に、恵まれていたり、特別に、運が強かったり」

「才能があったり、人望があったり……」
「前提条件のいい人たちが、幸せな人生を、生きることができるのよ」

「いい歳をして、何を夢みたいなことを言っているの」
「そういう風に生きられる人たちは、子どもの頃から、すごい努力をしてきたのよ」

でも、どこか、納得できない。
少しでも、ヒントに近づきたい。だから、さまざまな「自己啓発本」的なものを、はしごしてきた。
「こうすれば、うまくゆく!」という考えも、実践してみた。
それこそ、ありとあらゆる種類を。

あなたも、そうですか……?
実は、私もそうでした。


その「もやもや」から、自由になれる

同じ停滞・ぐるぐるに影響されていた私の場合ですが、意外なところに、出口がありました。

それは、謎めいたものでは、ありませんでした。
それどころか、すっきりとして、隠されてもいませんでした。
何の怪しさもなく、王道中の王道。

「ああ、ここにありましたか」
みたいに、ど真ん中にありました。

しかも、これがいちばん、大事なことなのですが……。
理屈でも、体感でも、社会的にも、世界観も理解できる。

「ああ、納得できる!」
「私のことが、説明されている!」
「それなら、大丈夫だ。信頼できる」
「しかも、単に1人の人が、個人的に言っているわけではなくて、大勢の良識ある人たちが、真剣に言っていることなら……」

それが、心理学。
王道ど真ん中の、心の学問です。

心理学いわく、私たちが感じてる、これらさまざまな
「違和感」
「不思議な気持ち」
には、きちんとしたルーツと、理由がある。
理由が分かるにつれ、解決の方法も、明らかだと告げています。



私に起こった変化なら、誰にでも起こり得る

「……ところで、あなたは誰ですか?」
そんな質問が、湧いてくるかもしれません。

私、藤沢優月(ゆづき)と申します。
2003年から、本の著者の仕事をしております。代表作は、『夢かな手帳』シリーズという、時間のシリーズ。

そんな私が、なぜ、このようなメッセージを書いているか……。

なぜなら、さっきの「心理学」の一件が、人生を変えたから。
「苦しさの中を匍匐前進していた人」
から、
「望む人生を、生きる人」
へと、私を変えたからです。

だから今は、この体験を、多くの方々と分かち合っています。
誰もが、自分の望む人生を、「本当に」生きるために。



| 誰の中にも、人生をよくしてゆく力がある

がんばっている。でも、何かがおかしい

あなたに、いったん話を戻しまして、もしかしたらあなたも、私と似たタイプかもしれません。
もしかして、こんな感じの方でしょうか。

– 基本的に、がんばりやさん
– きちんと、約束を守る
– 提出物などは、期限までにしっかり出す

– 責任感があることは知っているし、
「責任感が強い」と言われる
– たとえば学生の時から、提出物など、
いわゆる「すべきこと」を、きちんと守っている

– 基本的に、待ち合わせに、遅刻しない
遅れたり、責任を全うできないと、強い罪悪感を覚える
– 社会的には、しっかりしている。
たとえば仕事を持っていたり、あるいは、子育てをしていたりなど

「約束を守る?」
「そんなことは、当たりまえじゃないの?」


そうですね。
なぜなら、多分あなたも私も、このグループに入っていますから。


周りからは、「じゅうぶん」に見えるかもしれない

まじめで、社会的にきちんとしている、私たちの人生。
「外側」から見れば、
「ふつうに、恵まれた人生」
「ふつうに、十分な人生」
に見えるかもしれません。


でも内心の、あなたの孤独や傷、空虚感。

「たぶん誰も、本当のところの私の気持ちなんて、わからない」
「『なにさま?」と言われても、でも……。内心で、私の望んでいる人生の基準には、ぜんぜん達していない」
「私の人生は、『これじゃない』」

あなたの、本当のところの気持ちや、胸を締めつけるような違和感、虚無感。
時間的には、けっこう生きてきたのに、「まだ、自分の人生が、始じまってもいない感じ」。
心の深いところにある、そのことは、誰も知らないかもしれません。



| 誰も、あなたの心の孤独に、気づかないかもしれない

どうしても、自分が「よい」と思えない

簡単な言葉で言ってしまえば、いわゆる「自己肯定感」が低い。

他の人は、なんで自信を持てたり、堂々と人生を生きていられるのだろう。周りから認められるような、抜きん出た何も、持っていないのに……。


私たちはといえば、もっとたくさんのものを、犠牲にしています。

リストにして並べてみれば、たくさんのことを、達成しているはず。
それを達成するためにかけてきた、時間やエネルギーも半端ない。

周りの役にも立つし、迷惑もかけない。
問題解決を引き受けたり、人を助ける。自分がガマンしてまで、他人を、優先する気持ちもある。

行きたいところに、旅行に行ったり。ずっと憧れていたことを、習ったり。「夢」もたぶん、それなりに、かなえてきた。

「これさえかなえば、幸せと、感じられるはず」
その時々で、あなたは折々に、そんなことを、かなえてきたかもしれません。


でも、なんで?
そんな「その他大勢の人」は、どんどん、自分の幸せを見つけてゆく。
でも、私はといえば……

– 自分という存在が、肯定できない。
– 理由はわからない。でも、自己肯定感がとても低い。……というか、その存在が感じられない。

– しょっちゅう「がんばって」、周りから評価されていないと、まるで自分が、存在していないように思えてしまう。

– ちょっと「失敗」してしまうと、ものすごく自分を責める。
冷静に考えれば、大したことではないかもしれないけれど、延々「自分反省会」から抜けられない。

– 自分は、なんて出来が悪いのだろうと、落ち込んでしまう。

「自分が、ありのままで『よい』と思えない」
「他人の目が、気になりすぎるほど、気になる」

もしかしたらこれが、「生きづらさ」の根っこにある、漠然とした感覚かもしれません。



「これは、私の人生ではない」

「これは私の人生ではない」
「何かがおかしい」
「でも、何がおかしいのか、わからない」

もしかしたら、心が、そうささやいているかもしれない。

同じ体験をしたことのある私なら、このことを、こう言い換えたいです。

生きたい人生が、きちんと存在している。
だから、それとは違うものを経験していると、逆算して、違和感を覚える。
決して、あなたの頭が、おかしくなったわけではない。

たぶん今、とても大切なことに、気づこうとしている瞬間なのかもしれません。



| この感覚には、原因も、理由もある

「理由のわからない、ぐるぐる状態」

話のイメージを、うまく共有するために。
この状態を仮に、「理由の分からない、ぐるぐる状態」と名づけましょう。
もちろん、ここだけの呼び名で、正式名称は、別にあります。

この「理由の分からない、ぐるぐる状態」問題。
大丈夫、人生から消えてゆきます。

本当です。
その変化は、私にも、起こりました。
そして、今この瞬間も、おおぜいの人の人生に、起こり続けています。

「理由の分からない、ぐるぐる状態」

この生きづらさや苦しさ、もやもややぐるぐるは、解決可能。

心理学の知識にもとづいて、状況を変えることができるので。
しかも、心理学という学問で、しっかり研究されている分野ですから、道も王道ですよ。


その違和感から、自由になれる

本当に幸いなことに、私は、この状態からの脱出者でもあり、同時に、目撃者でもあります。

かつての私は、当事者でした。
全身全霊をかけて、必死に、この「ぐるぐる状態」から、脱出しました。
そして今は、目撃者。
たくさんの人々が、この「理由の分からない、ぐるぐる状態」から脱してゆくのを、毎日、目撃している立場でもあります。


私と同じ、「理由の分からない、ぐるぐる状態」から、脱するために。弊社(ONSA)が主催している、ONSA WORKSHOP に、多くの方々をお受け入れしています。

もう一度、言いますね。
この「理由の分からない、ぐるぐる状態」からは、脱出可能。

おそらく、あなたの人生の中で、気づいた時からずっと続いている、漠然とした苦しみの状態。
息苦しくて、生命の感覚がなくて、自分の人生という実感がない。
この状態からは、刻々、自由になれるのです。



| 現状にとどまるという選択を、やめてみることもできる

同じ生きるなら、幸せなほうがいい

「じゃあ、なんですぐ、そうしないの?」
あっさり、そう言われてしまうかもしれませんが、でも、現状維持をしてしまう背景には、いろいろな理由がありますね。

怖い。
先が見えない。
「保証」がない。
「また」失敗したら、どうしよう。
いよいよ、自分がポンコツだと証明されるみたいで、落ち込んで、立ち直れない……。

私の場合は、こんな気持ちを持っていました。
怖かったのです。
何度も、それこそ何百回も期待して、失望してきたから。
代わりに、このことと直面するのを避けるように、ひたすら「自分のことはそっちのけ」状態を、作っていました。

具体的に、どうしていたかというと……。
時間やエネルギーを、他人にじゃぶじゃぶ費やして、他人の物理的なめんどうや、精神的なめんどうを見ていたのです。
「周りから見て、立派で思いやりがあること」
で、自分を忙しくしていました。


がんばれば、周りからは、感謝の言葉をもらえます。
反対に、まるで「当たりまえ」みたいな態度の人もいました。

でも、他人の態度が、そのどちらであっても。
内心私は、こんな気持ちを抱えていました。

「私は、こんなにしているのに、どうして、応えてくれないの?」
「同じものを、どうして返してくれないの?」
「どうして、私ばっかり?」

とても、苦しい生き方でした。

でも、どうやって、その
「理由の分からない、ぐるぐる状態」
から脱したらいいのかも、分からなかった。

分からないから、向き合う勇気もありませんでした。

そして、あいかわらず知っているやり方、
「他人のめんどうを見て」
「『ありがとう』という言葉や、つながりっぽいものを感じて」
「自分と向き合うことからは、(無意識に)目をそらす」
このやり方を、やめることができませんでした。


まるで「第二の皮膚」というぐらい、なじんだやり方。
私はそれしか、他人とつながる方法を知りませんでした。

でも、気持ちも現実も、どんどん苦しくなってゆきました。
必死に、ひた隠そうとしていましたが、現実も、どんどんほころびてゆきました。


これが、私に起こっていたことです。
あなたももしかして、似ているでしょうか。





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