ONSA WORKSHOP | なんのために「今」、人生と向き合うのだろう[3]

ONSA WORKSHOP で、安全に自分と仲直りするために
ONSA WORKSHOP | なんのために「今」、人生と向き合うのだろう[3]


| あなたが、あなたの人生を、発見する。
勇気を出して、肯定する。
あなたという存在と、あなたの人生が、
重なりはじめる瞬間です。


心と向き合うのが、大切なのは分かった。
では、具体的に、どうしたらいいのでしょう。
大まかに、4つの段階に分けて、概要をご説明いたします。

| 変化のプロセスは、大きく4つの段階に

人生を「回復する」ための、変化のプロセスが、方程式化できるわけではない

「心と、向き合うプロセス」
「過去を『過去にする』プロセス」
「本当の人生を、回復させてゆくプロセス」

このプロセスの進み具合は、一人一人異なります。
それぞれの方の経験や、ご経験されてきた状況によっても、異なるでしょう。

それゆえ、「変化のプロセスは、こうなっています」と、一概・安易に方程式化できるわけではありません。


プロセスは、混沌としている


ですが、大まかに言ってしまえば、4つの段階に分けられるように思います。

もちろん、4つの段階がそれぞれ、整理整頓されたように、きれいに進むわけではない。
変化のプロセスは、いつも、境界線や境目がわからない。
あいまいで、言葉や形でつかみづらく、混沌としています。


変化のプロセスは、「らせん」状


プロセスが前後する場合も、あるでしょう。
「今は、この段階だ」と自身で思っていても、後からふりかえると「見込み違いだった」などということは、よく起こること。
あるいは、2つの段階が重なり、異なる変化を、同時に経験することすらあります。

人生の変化は、行ったり戻ったり、のぼったり下がったり……つまり、大まかにいえば、「らせん」をたどります。
同じようなプロセスを、違う理解の深みのレベルで、何度も通過するのが普通です。





経験則なら、まとめられる


言葉にしてとらえづらい、「変化」というもの。
ですが、指針がないよりは、仮にでも、指針的なものがあったほうが、わかりやすい。

そのため、ここでは仮に、大まかなプロセスを、言葉にしてまとめてみます。

一般的に言われていること、当事者・体験者としての、自分自身の経験。
そして何より、ONSA WORKSHOP を通じ、多くの「お仲間さん」を拝見していての、経験則をまとめてみました。


4つのプロセスを、名づけてみる

以下まずは、4段階のプロセスに、名前をつけてみます。

第1段階 – 「直面する」 
第2段階 – 「気づく」 
第3段階 – 「学ぶ」 
第4段階 – 「トラウマケア」と「再訓練」

さらに詳しく申しますと、その中身は、こんなふうになっているかもしれません。

第1段階 – 「直面する」
現状と正面から向き合ってみる段階
第2段階 – 「気づく」
ストーリーを語る段階
第3段階 – 「学ぶ」
仕組みを学んでゆく。現状への理解が進む段階
第4段階 – 「トラウマケア」と「再訓練」
現実と再統合する段階

ちなみに、ONSA WORKSHOP 内においては、この4段階を、以下のように位置づけています。

キーフレーズは、「意識して、知って、再訓練」です。
この「意識して、知って、再訓練」を合言葉にして、ONSA WORKSHOP では、ワークショップのプロセスを進めています。

[ 意識して ]
第1段階 – 「直面する」 
第2段階 – 「気づく」 
[ 知って ]
第3段階 – 「学ぶ」 
[ 再訓練 ]
第4段階 – 「トラウマケア」と「再訓練」


それぞれのプロセスの中身が、具体的にどうなっているのか。
順を追って、ひとつずつ、見てみましょう。



| 変化の第1段階
テーマ:「直面する」

| 第1段階 – 「直面する」 現状と正面から向き合ってみる段階

第1段階は、「直面する」

プロセスの第一段階は、「直面する」という段階。
現状と、正面から向き合ってみる段階です。

そして、それがいつかというと、まさに「今」をさします。



あなたが今、この画面の前を、うろうろしている、この段階……。

「自分と向き合おうか、どうしようか」
「この先に進もうか。それとも、見なかったことにしようか」

心にふたたびフタをしようか、それとも、これを「サイン」として読んで、思い切って進もうか。
どうしようか迷っている、今の状態をさします。



心が、「さわさわ」します


この出会いを、何かの「サイン」として受け止めて、心で受け取るのか。
あるいは、見なかったことにして、スルーしてしまうのか……。

心が、さわさわしますね。
それには、こんな恐れが、関係しているかもしれません。


「直面する」ことは、決断を迫られること


もし、自分自身の中の「何か」と直面すると、決めたなら。
それは、現状をブレークスルーしてゆく必要が、生じることをさします。

当然、パワーも時間も、必要になりますね。

そのことを、あなたはおそらく、経験的に知っています。

だから、迷うのです。
「このフタを開けようか」「どうしようか」と。


「直面する」のは、早ければ早い方がいい


経験者・かつての当事者として、言えることがあるとすれば……。
個人的には、きちんと向き合った方がいいという意見を、持っています。

なぜなら、先ほど見たように、根っこにあるのが「機能不全家族問題」の場合。
自然に改善するということは、限りなく、想定しづらい。

逆に、時間が過ぎれば過ぎるほど、積み上がるものが多くなります。
つまり、時間を経れば経るほど、今度は「ほどく」プロセスが、難しくなってゆきます。

つまり、時間の経過とともに、状況が「悪くなる」。
ですので、手をつけるのが早ければ、早いほどいい。


残り時間があればあるほど、有利になるのが、この問題の特徴です。


あなたの力になる方法を、探していい


ちなみにONSA(弊社)は、弊社なりの、得意なサポートがあります。
そして、その方針は、あなたに合わない・しっくりこない場合も、あるかもしれません。

ですので、弊社のサポートが「合わない」と感じても、それでも構わない。
この情報を、いわば「読み逃げ」しても。情報が、最終的にあなたの役に立つのなら、まったく構わないのです。

このことも含めて、手をつけるのが、早ければ早いほどいい。

自分に合ったサポートのところを探して、まずは、コンタクトを取る。
受け身ではなく、自分から動く。
……なぜならこれは、自分自身の人生に、起こっていることなのですから。

これが、「直面する」という段階です。


「機能不全家族問題」の場合、時間の経過とともに、状況は「悪くなる」
気づいたら、なるべく早いタイミングで「直面する」と楽になる
あなたに合ったサポートに、コンタクトを取ってみるのが得策


「直面する」ことには、勇気が要る

もう少し詳しく、この段階を、見てみましょうか。
なぜ、「直面する」ことは、これほどまでに、勇気が要るのでしょう。

それはきっと、こういうことかもしれません。

長いこと整理しないまま、ただ「ガマン」して、詰め込んできたものたち……。
傷や、負の感情。
二度と思い出したくもない経験や、無理に封じ込めて、「なかったこと」に処理してきた記憶。

そういったものたちが、心や経験、今まで過ごしてきた時間の中に、ごちゃごちゃと入っているからではないでしょうか。



誰でも、全否定されたくない


そのフタを、開けること。
混乱を、目のあたりにすること。

それは、あたかも、こんなふうに誤解して、感じられるかもしれません。

この混乱は、今まで「怠けていた」ツケですよ……とでも、いうように。


この文章に、出会っているということ。
それは、あなたがこの記事を検索できるほどまでには、状況をつかんでいることをさします。
これはつまり、それなりにもう、人生の時間を過ごしてきたことを、さすかもしれません。

いくつかの選択を、実行に移したかもしれません。
自分なりに、その時々で、必死に生き抜いてきたゆえに、今があります。

ところが、その「今ここ」の状況が、「まずいです」と言われた日には……。

今までの人生、今までの選択、今までの壮大なガマン。
それらが、まとめて全否定されるような、得体の知れない恐怖感がある。



過去の時間を、丸ごと否定されたくない


過去に、山ほどがんばってきた。
その延長としての、私の「今」。

その「今」が、「NG です」と断定されるのは、耐えられない。

そんなことは、とうてい、受け入れられない。

折れてしまいそう、日常生活を続ける気力すら、枯渇してしまいそう。
だから「がんばって」、現状維持を続けている……。

本当に、その通りですね。

つい、現状維持を続けてしまう
目の前の状況から、目をそらし続けてしまう
それは、誰だって人生を全否定されたくないから


変化とは基本的に、「よい方向への変化」しかない。無視した時だけ、状況が悪くなる

すでに、そのプロセスを経験した私からは、このような声が、かけられると思います。

大丈夫。
変化とは、そういう風には、できていない……と。


それどころか、だいたいの場合、反対のことが起こるでしょう。


自分を肯定し、本当に心底、自分の今までのすべての選択を、肯定する。
現状を打破する変化とは、そのために起こります。

つまり変化は、たとえ、その表面が不穏に見えたとしても、
「よい方向への変化」
しかないのです。


そのサインを、無視した時だけ……。
状況がもっと悪くなって、「変化の時だよ」と、知らせてくれること。そんな人生の智慧が働いていることを、あなたも私も多分、経験的に知っていることでしょう。


「今」この瞬間にも、方向転換していい


変化した方が、ずっと生きやすくなるから、変化してゆく。
あなたも私も、心のどこか、とても奥深いところで、そんなことを理解しているはずです。

そして、そんな変化を経験するには、思い切って、自分と向き合うことが必要になる。

「直面する」こと。
それは、状況を好転させるために、いずれかの段階で、どのみち避けられません。



肯定的な方向に、人生の舵を、転換してゆくために。
「今ここ」で「直面する」という決断行為は、いつの日か、絶対に必要となります。

「いつの日か」を、延々と先延ばしにしていても、仕方がないですから……。
その瞬間は、一刻でも早い方がいいですから、「今」この瞬間でもいいですね。

変化は基本的に、「よい方向への変化」しかない
たとえ表面上の状況が、どう見えたとしても
現状のままでは納得ができないからこそ、ブレイクスルーが起こる
それゆえ、変化の舵を切ると決意するのが、「今」この瞬間でもいい


勇気がいるのは、最初の一瞬だけ


「直面する」

とはいえそれは、一人では、到底恐ろしくて、できそうにない。

なぜなら……。
サポートなしで「直面」できていたら、多分もう、とっくにできている。


一人では、できそうにないなら、励ましが必要です。
具体的には、サポートの力を借りて直面すると、楽になります。


必要なのは、最初の一瞬の勇気だけ。
すぐに、その勇気の何十倍もの安心で報われることに、気づくはずです。

「直面する」ことには、勇気が必要
それゆえ、サポートの手を借りてもいい。全部、一人で抱え込まなくともいい





時間がたつごとに、状況は難しくなる

「直面する」
このプロセスを、言葉で書いてみましたが……。

そもそも、そんなに簡単なことだったら、あなたは今、ここにいらっしゃらないかもしれない。

同じことの繰り返しになり、恐縮です。
ですが、ぜひ、向き合われてほしいのです。

時間が過ぎるごとに、状況が難しくなってしまったであろうこと。
どんどん、躊躇の度合いが、増していったこと。

そのことを、もう一度ご自身の心と、話し合われてみてほしいのです。


決して、責めることなく、ただ
「自分をいちばん大切にする選択は、何だと思う?」
と、あなたご自身の心と、対話してみてほしいのです。


「直面しない」ことは、いずれにせよ、疲れ果てる


なぜなら、今までの経験はおそらく、こんなことを、暗に語っているかもしれません。

このまま、時間が進んでゆけば。
それは、状況が、もっと難しくなるであろうことを、指し示していること……。



経験者・当事者としての私自身はといえば、こうでした。
「直面する」ことを避け、ぐるぐると逃げ迷い、あれこれ考え、ぐずぐずと躊躇することに、疲れ果ててしまったのです。

「こんなに疲れるなら、いっそ、直面した方が楽」

私自身は、そんなふうに、観念したのです。

そうして、今に至ります。
「直面する」の最初の勇気は、出して十分、報われたものとなりました。

直面することに、躊躇するエネルギーもまた、疲れ果てる
そのエネルギーを丸ごと「直面する」ことに注いだ方が、よほど生産的で報われる


「その瞬間」は、光にいちばん近い

サポートの現場では、慣用的に、こんなことが言われています。

「真っ暗闇の瞬間は、いちばん、光に近い瞬間」

あるいは、

「問題が何かがわかったら、50%は解決したも同然」

と。


人はみな、似たようなところで躊躇する


なぜ、このような慣用句が、語り継がれているのでしょう。

それはきっと、こういうことです。

あなたご自身だけではなく、私自身だけでもない。
人は皆、きっと、似たようなところで躊躇します。

状況がいよいよ難しくなり、
「もう無理だ」
「もう、この荷を担ぎ続けるのは、無理だ」
と、限界をむかえた段階で。
重い腰をやっとあげて、サポートのドアを叩きます。



人が助けを求める時には、切羽詰まっている


「どうしようもない」
「もう限界だ」
そんなところまで、なんとかがんばり切るのは、あなたご自身が、責任感にあふれた大人だから。


ですから、いざ「直面しよう」とした時。

こんなふうに、「どん詰まり」「進退窮まった状況」は、必ず発生します。
人が助けを求めるのは、たいてい、こんなふうに切羽詰まった状況。

それゆえ、今までの選択や努力、「がんばり」を価値下げする人など、サポートの現場にはいないはずです。
(もしいたら、そのようなサポートは、そっと避ける智慧の、ひとつとなりますように)


心がささやいた時が、「直面する時」


元当事者の私からは、ひとこと、
「とはいえ、あまりにも、粘り過ぎないように」
「あまりにも、引っ張り過ぎないように」
「なぜなら、時間がもったいないから」
「時間ととももに、どんどん状況が難しくなり、すべきことが多くなるから」

というアドバイスを、置かせていただきます。

ですから、このページのいちばん上で、こんなことを書かせていただいたのでした。

「心が、ささやいたら。それが、『直面する時です』というサインかも」
と。

「直面する」と決めた時には、状況は悪くなりきっているかもしれない
それでも、躊躇する必要も、恥ずかしがる必要もない
「真っ暗闇の瞬間は、いちばん、光に近い瞬間」
「もういやだ」と感じた時こそ、方向転換をするべきタイミング



サポートは、専門知識を持った人たちから来る

ちなみに、直面する際の手助け・サポートの手。
それは、友達とか、身近な知り合いとか、そういったところから来るものでは「ない」でしょう。

それどころか、しばしば、反対のことが起こるかもしれません。

友達や知り合いに話して、たとえば、こんなアドバイスを返された経験は、おありではないでしょうか。

「問題のない人なんて、いない」
「親になってはじめて、わかることもある」
「時間が、解決するものもある」
「感謝の気持ちを忘れたら、終わり」


あるいは、アドバイスまで受けないものの、
「どうせ、そう言われるのが、おちだなあ」
と感じたゆえ、何も言わずに胸にしまっておいた経験が、多々あるかもしれません。


道案内ができる人を、注意深く選ぶ


機能不全家族問題の、複雑にもつれあった糸。

それをほどくために、サポートの手を求めるべき相手。
それは、いつも接している、周りにいる人々では、多分ないでしょう。

そうではなく、この世界観に熟知した、専門知識を持つ人々。
その人たちこそが、あなたが「直面した」時に、本当の意味で、道案内ができる人々です。


その人々の手助けによって、当事者としての私はやっと、もつれた糸のはじをみつけて、糸をほどきはじめたのです。
あなたにも、同じ選択をお勧めします。

サポートを求めるべき相手は、友人や家族・知人ではない
「機能不全家族問題」の世界観を熟知した、専門知識を持つ人々。その人々こそが、サポートを求める相手






| 変化の第2段階
テーマ:「気づく」

| 第2段階 – 「気づく」 ストーリーを語る段階


第2段階は、自分と向き合う段階

「直面する」
「一歩を踏み出す」

そう決めたら、次にすることがあります。
それは、このようなことです。

安全な場所で、自分自身に起こったことのストーリーを、少しずつ、正直に語りはじめることです。
「安全な場所で」というところが、ポイントになります。



深刻度に応じて、場所を選ぶ


ふたたび、同じ指針が登場します。

つまり「安全な場所」とは、友達とか、知り合いとか、そういったところは、さしません。
そのような場所を、想定をしてもいません。
そのような状況下では、話しても、理解してもらえたり、心底の共感を分け合えることは、ないかもしれません。


おそらく語るであろう、そのストーリー。

その深刻度に応じて、きちんと安全に守れた場所にかぎって、安心感と守秘義務のもとで、語ることが必要となります。
重ねて、手助けができるのは、この世界観に熟知した、専門知識を持つ人々です。


行くべきところは、「安全な場所」
この「安全な場所」は、機能不全家族問題を熟知した、専門知識を持つ人々によって作られ、維持されている


安全な場所で、自分自身と対話する

「ストーリーを語る」とは、いったいどういうことでしょうか。

それは、こういうことです。

自分自身のストーリーを、語るということ。
それは、言葉を変えれば、安全な場所で、自分と対話するということ。


「自分のストーリーを語る」ということ
それは、「安全な場所で、自分と対話する」ということ


重要なのは、あなたと、あなた自身の対話


言葉を変えれば、
「話を、持ち出さない」
「自分に集中」
「他人の問題に介入しない」
など、一定のルールが設定されている場所、安全に配慮がなされている場所で、自分と対話することをさします。


誰かの意見を必要としているわけでは、ないのです。

あなたが、あなたご自身の感じていることや意見を、知るためにすることなのですから。
つまるところ、あなたとあなたの対話が、いちばん必要とされているのです。


「自分のストーリーを語る」段階。
あらためて、この行為が、友人に語るとか、一定の意見を持った人に「語る」行為とは一線を画することが、よく理解できるでしょう。


心の重荷に、あらためて、気づいてあげる


当事者としての私もそうでしたが、あなたもきっと、たくさんの言えない想いや重荷を、心に抱えていらっしゃると思います。

もはや、「ない」ことにしてあるぐらいかもしれません。
あきらめの気持ちとともに、どこかで一線を引いて、生きてきたかもしれない。

あなたの中には、そんな想いが、たくさん置かれていて、重なり合っているのではないでしょうか。
「今さら言っても、どうせ、なんともならない」
と。

そして、ある意味、それはそうなのです。
がんばりやで、賢いあなたにとって、今さらわめき散らしたり、恨みをぶつけたりする必要性が見出せないこと。
その感覚に、とても共感ができます。






あなたが、あなたのために、あなたを理解する

ストーリーを語るということは、そういうことではない。
「どうせ、もう、過ぎたことだ」
と、理解をスルーしてしまうことでは、ない。


先ほども言いましたが、まず第一に、あなたが、あなたのいちばんの理解者になるために、することです。
あなたが、あなたという人を理解するために、あなたの経験してきたストーリーを、あなたに語ることが必要なのです。

あなたが、あなたのことを、きちんと知ること。
そのことではじめて、あなたが、あなたの親身なサポーターになれますから。


そして、この役割を、あなたの代わりにできる人は、この地上で一人もいません。





変化とは、あなた自身を大切にするゆえ起こる、路線変更

大丈夫、安心してください。
変化とは、すべてを叩き壊すことではない。

友人のほっぺたを、いきなりひっぱたいたり、全否定したりは、しないでしょう。
それと、同じです。


そうではなく、あなたの人生に、最初から最後までつきそってくれる、「あなた」という人間。

変化とは、
「その人間の話を、まずは最優先で聞こう」
この選択を、することをさします。


別の言葉で言い換えるなら、
「私の欲求は、私がいちばんに、かなえようよ」
「なぜならこれは、私自身の生きる、私の人生なのだから」
という意味になります。


あなたの人生では、あなたが最優先人物


現状に変化をもたらすために、取捨選択をする。
そのためには、取捨選択の基準になる、自分自身の意見を理解することから、スタートです。


あなたの友人は、友人自身のことを、いちばん大切に考えますね?
そしてあなたも、そのことに、異存はないはず。

それなら、あなたが、あなたのことをいちばんに考えることにも、本来は、誰も異存がないはずです。


本音と向き合うためには、守られた環境が必要


そして、そうするためには、ニュートラルな環境が必要。

たとえ善意だとしても、友人や先輩の反論や意見、
「こう言ったら、どう思われるだろうか」
などを気にする必要のない環境が、必要となります。

あなたご自身の、掛け値のない本音と、向き合うために。
安全な状況設定が、絶対に必須となるのは、そのためです。


あなたが、あなた自身を理解するために、あなたと対話する
それは徹頭徹尾、自分自身の味方になるため
この世の中で、あなたの味方になってあげられる人は、あなた一人だけ
自分の味方になるために、自分の本音の心が知りたい
それを知るために、「安全な場所」「安全な状況設定」は、絶対に必要な条件





サポートは、種類に応じて使い分ける

……とはいえ、いきなり「あなたのストーリーを語ってください」と言われても、それは無理です。

テーマなしでは、語りづらいですので、導線を用意しておきました。
それぞれのステージで、いちばんキーとなる、気づきの導線です。


これが、ONSA WORKSHOP の提供しているうちで、いちばん得意なもののひとつ。運営者が、体験者(当事者)であり、かつ文筆業であるという特性を、じゅうぶんに生かしています。
言葉のスキルを活かして、あなたがあなた自身のことを語りはじめる「導線」を、安全に提供しているのです。


多くのサポートは、ピンポイントのサポート


ここで、実際にポイントとなる区分けを、少し説明します。

カウンセリングやセラピー・医療機関でのサポートといった時、どのようなイメージを持たれるでしょう。
これらに従事されている方々の仕事を、ひとことで表現するなら、いわば、「ピンポイントでのサポート」をさします。

医療機関ならびに、それに準じるサポートは、基本的に、ピンポイントでの「問題対処」のサポートとなります。


ちょっと、図を見てみてください。




沈んでいるピークの時に、その「沈み込み」を乗り越えるためのサポート。
医療機関や、カウンセリング・セラピーで提供しているサポートが、この種類のものであるといえば、イメージがつきやすいでしょうか。


たとえば、問題がうつ状態やうつ病なら、投薬でコントロールします。
うつ状態が落ち着いてきたら、今度は、その状況を具体的に解決できるように、カウンセリングを提案される場合もあります。

もちろん、これが全てとはいえませんし、すべての医療機関ならびに、それに準じるサポートが、同じ方針をとっているとは言えません。
ですが、症状が消えれば、サポートは基本的に、終結します。


「根っこ」の「生きグセ」は、依然健在


ですが、不思議なことに、こんなことが起こる場合が、ないでしょうか。

たとえば、うつ状態・うつ病の症状が過ぎ去っても、なぜか時間を置いて、ふたたび同じような状況に陥る。

別の形で、あなたにも、心当たりがあるかもしれません。
たとえばですが、こんなことです。

とても苦労した「その人」が過ぎ去っても、なぜかまた、似たような人があらわれてくる。
「人」は変わっているのに、「パターン」は終わっていない。


そのうち、疲れ果ててしまう。
私には、何かを解決したり、状況から自由になる力など、ないのではないか。
これはもう、「カルマ」なのではないか……。


根本解決をしないなら、繰り返し表出してくる


これでは、根本解決にはなりませんね。
そして、このやり方で根本解決できないのには、理由があります。

機能不全家族問題に由来する、役に立たない「生きグセ」。
それは、たとえるなら、「生活習慣病」と同じようなもの。

つまり、基本の「考えグセ」「生きグセ」といったものに、変化をもたらせなければ。当然ながら、パターンは、あいかわらずのままです。

それでは、時間の経過とともに、いずれ症状となって、また問題が表出してくる。

いたって、方程式通りのことが、繰り返し起こってくるのです。


根本的に、「生きグセ」を見直す


この不幸な輪廻から脱するには、根本的に、「生きグセ」を見直さなければなりません。

つまり、学ぶことが、必要となります。
自分が、自分を理解してあげるために……です。


「がん」や「大腸炎」とかいう、表面上の「症状」がおさまったからといって、生活習慣を根本から変えなければ、再発する。
それゆえ、栄養や運動、身体のしくみ、生活習慣を学び直す。
それと、同じしくみですね。

無理をすれば、ふたたび「弱いところ」にくるのは、時間の問題として、目に見えているからです。


サポートの、役割が異なる


この「学ぶこと」の部分が、医療機関やカウンセリング・セラピーでは、担えない・担いづらい部分となります。
彼らの役割や貢献を、否定しているという意味ではなく、「役割が違う」のです。


賢い医師やカウンセラー・セラピストは、このことに気づいています。
そのため、ONSA WORKSHOP には実際、医師やカウンセラー・セラピストのバックアップを受けながら、ご参加になる方が多々いらっしゃいます。





根本的な変化は、受け身では起こせない


人生の局所問題に対処するには、医療機関やカウンセリング・セラピーが、とても有効です。

同時に、人生の「生きグセ」を根本的に変化させるには、「学ぶこと」が必要。

そして、そのためには、自分と向き合い、徹底的に自分のストーリーを語り、自分を理解してゆくことが、不可欠になります。

安全な環境の中で、自分のストーリーを語ること。
自分自身を、徹底的に理解してゆくこと。

この行為が、学び、人生コースを変えてゆく上での、絶対的な土台となります。


そこに、優劣はありません。
重ねて、役割が異なるだけなのです。


必要に応じて、サポートを組み合わせる


ちなみに、この記事を読む段階で、もうすでに「直面」していて、カウンセリングやセラピーに通っていらっしゃる方も、いらっしゃるかもしれません。
その方々には、そのような状態で ONSA WORKSHOP のドアを叩いてくださる方も、多々いらっしゃるとお書き添えしておきます。

医療機関や、カウンセリング・セラピーと、「あなた自身を語る」場。厳密に言えば、役割が異なる
医療機関やカウンセリリングは、問題にピンポイントで対応する
一方で、「生きグセ」のようなものは、そう簡単には変わらない
「生きグセ」を変えてゆくためには、「生活習慣病」を癒すようなイメージが必要
あなたが、あなたご自身のことを、徹底的に理解することを、援助してくれるような場が必要
それぞれ役割が異なる。そのため、必要に応じて、サポートを組み合わせる



| 変化の第3段階
テーマ:「学ぶ」

| 第3段階 – 「学ぶ」 仕組みを学んでゆく。現状への理解が進む段階


第3段階は、本格的に「学ぶ」段階

3段階目は、本格的に「学んで」ゆく段階です。

あなたに、何が起こったのか。
仕組みを学んで、自分のことを理解しはじめる段階です。

目的はもちろん、このぐるぐるを、根本的に解決するためです。



「反射反応」の中でなく、学問の中で、理解してゆく


同じような状況に、気づけば、何度も何度も、巻き込まれてきた。
同じようなことで、自分を何度も傷つけてきた。

過去に、起こったこと。
その時の、自分の気持ち。
今までの、自分の歴史……。

そういったことを、大きな枠の中で、きちんと理解してゆくのです。

しかも、
「自分が悪い」
「自分のがんばりが、足りないからだ!」
という、「反射反応」の文脈の中ではなく。
心理学という学問の文脈の中で、正確に理解してゆきます。



壊れた考えで、壊れたものは治せない


なぜ、科学的な学問の文脈の中で、正確に理解するのでしょう。

とても重要な理由があります。
自己流・反射反応の中で理解すると、必ず、
「自分が悪い」
「自分のがんばりが、足りないからだ」
と、自分を責める方向になってしまいがちです。


これを慣用的に、こんなふうに表現することがあります。
「壊れた考えを使って、壊れたものは治せない」
と。

あなたもきっと、この穴の中に、数え切れないほど落ちたことでしょう。
そして、とても苦しまれたことでしょう。

でも、自分を大きな文脈・きちんとした知識ベースの文脈の中で見られるようになると、自分を、優しく許せるようになります。
……というか、あなたご自身はそもそも、いつでも、許されなければならないようなことは、しなかったはずです。

「生きグセ」に、自己流で対処しようとすると、必ず「自分責め」の状態になる
「壊れた考えを使って、壊れたものは治せない」


正しい文脈の中で、理解する


「ほかならぬ自分自身が、自分を誤解していた」
「ものすごい勢いで、責めていた」
「その上、否定していた」


正しく学べば、そんな事実が、発見できます。

あなたは、敗者にも、「何かが足りない人」にも、ならないでしょう。
そうではなく、自分自身に対する敬意といたわりの気持ちが、時間がたつにつれて、湧いてくることでしょう。



正しく理解すると、癒しや許しは進んでゆく


「許そう」
「許すのが、正しい行いだから」
などと、肩に力を入れなくとも。

正しい知識を学び、安全な場所で、自分のストーリーを語ること。
自分と対話し続けることで、自然と、理解が進んでゆくでしょう。

学ぶことで、ご自身の置かれた状況が、さらに理解できることでしょう。

ご自身の置かれた状況を、正しく理解すること。
そのことで、癒しや許しのプロセスが、自然と進んでゆくのです。


科学的な文脈の中で、自分に起こったことを、正しく理解する
正しい理解だけで、自然と、癒しのプロセスが進行してゆく


正しく理解すれば、誤解は解ける

そのプロセスは、たとえば、こんな例に似ているかもしれません。

歩いていたら、突然後ろから、ドスンとぶつかられました。
持っていたアイスクリームは、地面に落下。べっしゃりと、地面に模様を作ります。
「なんだ、こいつ」
という怒りの気持ちで、あなたは振り向きますが……。


そこにいる方を見ると、今までの気持ちが、すーっとおさまってゆきます。
そこには、盲人用つえを持った方が。

もちろん、あなたのアイスクリームを落としたことなど、知りません。
ただ、
「すみません」
と言いながら、つえで何かをさがしています。


起こったことを、正確に理解する


「起こったことを、正確に理解すること」
それはきっと、これと似たことでしょう。

あなたは、盲人の方に怒りがわくどころか、
「大丈夫ですか?」
と、声をかけるかもしれません。

「すみません、なにか、ご迷惑をおかけしてしまいましたか?」
と言われなどしたら、
「いえいえ、大丈夫です」
と言いながら、地面の黄色いマークを、一緒に探してあげるかもしれません。
あなたの心に、敬意と思いやりの気持ちが、湧いてくるかもしれません。


あなたを責める人は、誰もいない


あなたご自身に対しては、どうでしょう。

もし、あなたが、ご自身に起こったことの大変さや、正確な状況を、正確に理解したとしたら。
多分、同じことが起こらないでしょうか。

懸命に生きてきた、あなたご自身。
それを責める人が、誰かいるでしょうか。



自分を責める声を、もう、とめよう


あなたの中の、あなたを責め続ける、誰かの声。

その声は、もうずっとずっと過去に、終わっていたことかもしれません。
あるいは大変なことに、現在進行形で続いていることかもしれない。

でも、いずれにせよ、細胞レベルで、焼きついてしまった声かもしれません。

もし、そうなら……。
細胞レベルでの恐怖を取りのぞいて、あなたご自身の人生を、安全に健やかに、回復させてゆくこと。
それが、私たちが、する必要のあることではないでしょうか。


あなたの中の、あなたを責め続ける声。その声を、とめる
細胞レベルでの恐怖を取りのぞいて、人生を健やかに回復させてゆく
自分に、安心を与える。それが、すべきこと





正しく理解する世界は、温かな世界

自分自身を理解する、ということ。
それはこのように、たとえば「見下したり」「哀れんだり」することとは、何も関係のないこと。


「敗者になる」という心配も、必要のないものです。

あなたが、敗者になることもない。
それどころか、実際に起こるのは、心が温まることかもしれません。



確かに、変化の山登りの傾斜は、それなりです。

でも、そこから見えてくる景色は、美しいもの。
そして、温かさと優しさ、敬意に満ちているものです。


自分自身との友情が、復活します


あなたの素晴らしさを再発見できたり、あなた自身に対する、あなたの誤解が解けたりすること。
あなたご自身との、友情が、きっと復活します。

そして、その友情は本当は、今まで一度もとぎれたことなんて、なかった。
そんな温かいことに、気づけるはずです。


あなたの人生を「回復させる」ということ
それは、自分との信頼を取り戻すこと
自分との友情を、取り戻すこと






| 変化の第4段階
テーマ:「トラウマケア」と「再訓練」 

| 第4段階 – 「トラウマケア」と「再訓練」 現実と再統合する段階

第4段階は、「トラウマケア」と「再訓練」の段階

「トラウマケア」と、「再訓練」の段階です。
……といっても、特別に大それたことをするわけでは、ありません。

「学ぶ」の深度を、もう一歩強めるイメージです。


旧い方法から、別の方法へと、シフトしてゆく


「これだから、うまくゆかなかったのだ」
「自己流で、ただ『がんばって』いるだけでは、そもそも解決するはずが、なかったのだ」

そう学び、心底、理解した後……。
人生にとって役に立たない、旧い方法を手放します。

その代わりに、別のやり方を取れるように、現実対処の方法を、変えてゆくのです。



同じ傷を、再生産しないようにする


まさに、ここが問題となります。

別の、もっとよいやり方を知らないなら、どうなるでしょう。
あいかわらず同じ方法で、現状対処することになりますね?

そうすると、その結果は、どうなるでしょう。
当然、同じ傷を、再生産してしまう。


「別の方法を、知らない」
ただそれだけで、現状から脱せられないばかりか、同じ傷をふたたび、再生産してしまう。

「らせん」の輪は、一向に上に向きません。
同じ輪を、ただひたすら、回っているような状態に、とどめ置かれてしまいます。
それでは、苦しみの輪廻から、出ることができません。


傷と痛みを、再生産していたら。いつまでも、痛みから出られない
「別の方法を、知らない」 ただそれだけで、痛みの輪廻が起こることがある


条件反射の反復行動を、止める

心の傷は、「条件反射の傷」とも言うことができます。
つまり、似たようなシーンに出くわすと、つい反射的に反応してしまうといった、それです。


おそらく、実体験として、とてもよくわかりますよね。

条件反射の、反復の傷。
これは、脳と筋肉レベルで学習してしまった、反射行動と言われています。


つまり、本来は学習しなくともよいことを、しっかり「学習」してしまった。
それゆえに、つい反射的に反応することで、痛みを繰り返し、再体験してしまう。


傷を再生産しないよう、「再訓練」してゆく


このパターンを今度は、「アンロック」してゆく。
つまり、意識的に、「解除」してゆくのです。


旧い方法を、反射的に取らないよう、再訓練してゆきます。

傷を、再生産しないこと。
傷を再生産しない、別の現実対処の方法を、後天的に「再訓練」してゆくこと。


そのことで、心の余計な重荷を、おろしてゆくことできます。


「それなりに役立っていた、痛い方法」以外の選択肢を、後学で再訓練する


古くてためにならない方法でも、その方法が必要だったのは、それはそれなりに、役に立っていたから。

つまり、他の方法を知らなかった。
それゆえ、次善の方法であっても、ないよりは、ましだった。

逆に言えば、もっと健やかな代替案を知らないなら、トラウマをおろしたところで、あいかわらず、古い方法を使ってしまう。
それでは、いずれまた、トラウマを背負うような状況に、おちいりやすくなる。


幸福になる「ライフスキル」を、再訓練する


ですので、こんな工夫が必要です。

空いたところに、今度はすかさず、
「人生を幸せにするために、役に立つ方法」
を、再訓練して入れてゆく。

現実のためになって、幸福な現実を作ってゆける、健やかな現実対処の方法。
新しい「ライフスキル」を「再訓練」して、そちらを使うようにするのです。


新しい方法を、練習する。
新しい方法で、生きてゆく。
その繰り返しが、とても重要になってくる段階です。

もっと幸福な結果を生み出す方法を、後天的に覚えてしまうことが、とても必要な段階となります。


役に立つ、幸せを増す方法に頼る


「自分の人生のためになる、新しい方法を、再学習する」
つまり、役に立たない古いやり方を、別の方法で、上書きしてしまうのです。


もっとよい、別のやり方を知っていれば。
そして、練習することで、現実に「できる」ようになれば……。

古い方法に頼る必要が、なくなります。
ひとつ、またひとつと、旧い輪廻から、解放される段階です。


痛みをもたらしていた、旧い方法から卒業する
それには、生産的な新しい方法を、後学で「再訓練」する
痛みが多く、役に立たない方法を、生産的な方法で「上書きする」



再訓練は、新しい「演技」を覚えることとは異なる

この現実世界の中で、安全に、幸せに生きてゆくための、再訓練。
この部分は、ONSA WORKSHOP が、もっとも得意とするところです。


新しくて、もっと幸せな人生を作ってゆく。
そのための、肯定的な訓練をするのです。


ひとつずつのステップを追うことが、重要


ですが、その際に、とても重要なことがあります。
このページの上部で出てきた、この図を思い出してください。

第1段階 – 「直面する」
現状と正面から向き合ってみる段階
第2段階 – 「気づく」
ストーリーを語る段階
第3段階 – 「学ぶ」
仕組みを学んでゆく。現状への理解が進む段階
第4段階 – 「トラウマケア」と「再訓練」
現実と再統合する段階

「できれば、『第4段階』だけでいい」

誰でもつい、そんなふうに思うでしょう。

手っ取り早いほうが、誰にとっても、いいに決まっています。


再訓練は、新しい「演技」を覚えることではない


ですが、話はそうはゆきません。

順番にこそ、意味があります。
つまり、「第1段階」「第2段階」「第3段階」……1、2、3と順番に、通過する必要があります。

そうでないと、表面だけ撫でた知識は、そのまま「演技」になってしまうからです。


この地点こそが、とても重要なポイントです。
そしておそらく、誰しもが何度も転び、何度も挫折感を味わった、まさにそのポイントではないでしょうか。


大切なのは、プロセスを通過すること。あなたの、本音の心とともに


私たちは、表面をとりつくろって、演技することは、得意ですね?
そうやって、気づかれないように場をおさめることは、ある意味、得意技です。


「こうすればうまくゆく」という、いわゆる自己啓発本みたいなものを暗記して、がんばって、演じてきました。
でも、苦しさは、変わらなかった。

その理由が、わかるでしょうか。

私たちが本当に、私たちの心の本音に、心底、徹底的に、耳を傾けないからです。
自分と向き合うプロセスを、真剣味をもって、通過しないからです。


「それっぽいこと」を演技しても、どのみち、うまくゆかないのです。


プロセスを、深く経験すること。そのこと自体に、意味がある


当事者としての私が、そうであったように……。
おそらくあなたも、似たようなことを、たくさん経験されてきたはずです。

たとえば、それっぽい本を読んだり、講座をとったりして、
「こういう時は、こう言う」
「こう振る舞う」
と教わったり。
でも、心はぜんぜん、楽になりませんでした。

ですから、この穴に落ちないようにします。

「第1段階」「第2段階」「第3段階」……。
1、2、3を、「心とともに」通過して、第4段階に至る。

この順番であり、そして、経験するプロセスすべてに、意味があるのです。






人生の時間は、幸福なほうがいい

あなたご自身も含めて、このページにたどりついてくださる方……。
そして、これを書いている、体験の当事者としての、私も。

これらの人々はおそらく、今まで誰よりもがんばり、誰よりも耐え、誰よりも大きな苦労を背負ってきたと思います。
おそらく、自分自身でも、どれぐらいの苦労を背負ったかも、わからなくなるほどでしょう。

あらためて、立ち止まって、経験の「棚卸し」をする時。
あまりの重荷の重さに、ぎょっとしてしまうほどかもしれません。

それゆえ、これから後の人生は、もっと優しくて、もっと幸福なほうがいい。



幸福な世界のほうへ、お引越しする


ご自身を犠牲にして、我慢して下敷きにして、成り立つ世界観ではなく。
これから出会う誰とも、……相手にも、自分にも、幸福で肯定的な選択になればいい。

とても単純で、言い古された言い方でいえば、「WIN – LOSE」の世界観ではなく、「WIN – WIN」の世界観。
敗者がいることで、勝者がいるような世界ではなく、お互いに、幸福を分け合える世界です。


そんな世界がある?
もちろん、確かに、あります。

そして、どうせなら、そちらの世界に住むほうが、いいはずです。
でも、その方法を知っているなら、とっくにそうしているはずですよね。


これから後の時間は、そんな人生が、つくれたらいいですね。
きっと、大丈夫です。

人生は、巻き込まれてゆくもの、巻き添えになって終わるものではない。
そうではなく、人生は「創ってゆく」ものだから、大丈夫です。


限られた時間。人生は、幸福なほうがいい
そうすると決めて、選択することができる
なぜなら、人生は「創ってゆく」ものだから


誰の中にも、人生をつくる力がある


あなたにも私にも、その力があります。

誰の中にも、自分自身が本当に望む人生を作り上げる力が、きちんと収められている。
それも含めての、「この人生」です。



自分の手で、自分の幸せを、作ってゆく


それにはまず、しなければならないことがあります。

自分自身を、この大きな不全感から、解放するのです。
罪悪感と自己否定、罰すること、責めることの世界観から、解放するのです。

生きる上で、大きなエネルギーが戻ってきます。
そのエネルギーをもってして、今度は、幸せな人生を、作ればいいのです。


これが、ONSA WORKSHOP で提供しているもの。
そんな方法を、「お仲間さん」と一緒に、再学習しています。

幸せな新習慣を、一緒に再訓練してゆくことは、大きな喜び。
そして、弊社の得意技です。


人生は、いつからでも変えられる

「機能不全家族問題」。
このことに、あなたが巻き込まれてしまったのは、あなたのせいではない。

本当に、不運なことでした。


それゆえ、誰かがそうしてくれるのを、このまま延々と待っているのではなく。
あなたがあなたの手で、その世界からあなたを、出してあげませんか?

ずっと耐えて、ずっと苦しんでいるよりも、ずっといい。

その先に、また別の人生が、あるのです。
人生は、いつからでも変えられます。



人生を幸福にする力は、あなたの中にちゃんとある


変化を選択する理由。
それは、今までの人生が「まずかったから」ではない。
「ポンコツだから」でも、ないのです。

変化を選択する理由。

その理由は、「この選択は、苦しみが多いから」。

苦しみが多いゆえ、今度はもっと、喜びの多い人生の方が、よいように思いませんか?

一度しかない人生。
大切な、この時間。

あなたに、そうする力が、あるからこそ。喜びの多いほうへと、変化を起こせると、内心で知っているからこそ……。

あなたは今、ここを訪ねてくださったはずです。





[ 文責 ]
藤沢優月(文筆業)
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