2018.07月開催 「変容(トランスフォーメーション)ワークショップ」しょうまクラス

PAY FORWARD:対面式「変容(トランスフォーメーション)ワークショップ」
2018.07月開催 「変容(トランスフォーメーション)ワークショップ」しょうまクラス


「変容(トランスフォーメーション)ワークショップ」の PAY FORWARD(ご参加者のご感想)です。
なお、PAY FORWARD の本文中には、ワークショップ内で学んだ専門用語が登場する場合がございます。その旨どうぞご了承ください。

●コースの内容
- 「変容(トランスフォーメーション)ワークショップ」
●もっと読む
- PAY FORWARD(ご参加者のご感想) もくじ

 PAY FORWARD(ペイ・フォーワード)とは「次の人につなぐ」という意味。すでに ONSA WORKSHOP にご参加されて、ひと足先に変化を歩き出した方々から贈られるメッセージです。
タイトルはじまり目印

M. N. さん(40代以上/東京都よりご参加) しょうまクラス


タイトル下の線


発達段階のどこでつまずいたのかなんて、そんなのは最初から、母親との関係からつまずいていると思いつつ、実際に知識として聞き、学ぶことは、体感として大違いでした。

満たされない心や経験からくる空っぽのコップに、何となく上手くやっている処世術だけで生きていく苦しさ。
土台のないところに次々と積み重ねていけば、そりゃ崩壊するわ、と納得しました。

そんなことも知らないまま、こんな年齢になってしまってどうしよう、と途方にくれましたが、1年間自分と向き合ってきたという小さな自信が、私を後押ししてくれました。


文節区切りの線


自分と向き合おうと ONSA のドアをたたいてから、積み重ねてきた日々。
たった1年。されど1年。

今からでもやってゆけばいい。
やらないより、やる方がずっといい方向に進める。

そう思えるようになった自分を大いに認めてあげたい。
今あるものを大切にしながら、積めなかった経験を積み上げていきたい。

限りある時間をどう使っていくのか、
真剣に取り組んでいきたいと思います。





タイトルはじまり目印

H. S. さん(30代/大阪府よりご参加) しょうまクラス


タイトル下の線


世界一大好きな S ちゃん(自分)へ

「変容ワークショップ」お疲れ様でした。
本当によくがんばったね。疲れたね。
そして、不思議と楽しかったね。


文節区切りの線


今回のワークショップ・クラスでは、上手にココロを開けていたように感じました。
でも、得意なことや誇りに思うことを話すワークでは、「失敗のデパート」のアタマのなかから探し出そうとしていて、ココロで感じているという気がしませんでした。

私が子供のころ母に得意なことや誇りに思うこと、好きなことを話すと、
「そんなしょうもないことして。恥ずかしい。」
と怒られるか、
「ふ~ん」
と聞いているフリをされて聞いてもらえない、興味をもたれないかでした。

また、父からは
「そんなことお父さんもできるし、お父さんのほうが上手にできる。」
と言われて、私が消える感じがしました。

だから、ワークが始まってすぐはアタマのなかで、
「こんなこと得意なことでもなんでもないんじゃないか?」
と習慣で無意識に自分を裁いていました。
でも、無意識だった習慣に気づけたことが素晴らしいッ!


でも、お仲間さんに話を聞いていただいているうちに、アイディアを形にするは苦手でも、アイディアを考え出す力を持っていることはスゴいことだと思うし、バイト先の仕事で名刺や印鑑などの誤植に気づけたり、何百件とある住所を間違っていないか長時間集中してチェックしたりすることが苦にならないのも私の特技ではないだろうか、と熱く語っている私がいました。


そして、私は小さいころから月や星が出ていたり、お花が咲いていたりすることなど四季や自然を感じたり、小さな変化を見つけたりするのが好きで得意でした。
でも、母に
「ふ~ん」
「そんなことしているなら勉強しなさい」
などと言われ続けたことで
「たいしたことない、しょうもないこと」
だと思うようになったのかもしれません。

でも、月や星などの天体に関する勉強になる本は買ってもらえたので、まったく聞いていないということはなかったのかもしれません。
ただ、やはり聞いてもらえないこと、反応が親から返ってこないことで、私の存在を消されていたようにも感じていたろうなと思いました。


文節区切りの線


また、私は自分が好きで、好きだと思って大学でエジプト考古学を学び、3・4回生で副葬品について研究史、論文も提出し、大学院では墓壁画について研究しました。
でも、好きなことをしているハズなのに、しんどかった。
勉強しても、勉強しても、満たされなかった。
「エジプト考古学を勉強している私」に最初は酔えたけど、だんだんと醒めていき、嫌いになって、しんどくなっていく自分がいました。

これは、ビーカーの中が空っぽで、ガス欠なのに、頑張って、頑張って見えないゴールに、来るはずのないゴールになぜか必死に向かっていたからなのかなと思いました。

また、「信頼」の基礎部分が発達していないから、私は満たされないし、私がどうして生きているのか、私が誰なのかなんて分からなくて、苦しくて当たり前なんだ、私がおかしいわけではないんだとも思いました。
ビーカーのお話は本などで何度か聞いているのですが、今回やっと腑に落ちた感じがありました。


文節区切りの線


私は、親から住まいや食事、教育は与えられてきたけど、「この世界は怖くない」という世界への信頼、「私はココにいていい」という安心をもらうことができなかった。
ただ、「与えられるだけでいい」存在でもなかった。

そして、そのことで私は私の人生を私自身で生きる力を育てることができなかった。
私は生殺し状態だった。
このことに気づかずにいたら、私はいずれ苦しくなって自分を殺すか、死んだように生きていたと思います。

今回の ONSA WORKSHOP(対面式)で、「私自身で信頼を育てて、自分を知ることで自分の人生を私の力で生きていける」こと、「それには楽しいことを見つけて遊ぶことで育てられる」ことを知ることができて、本当によかったです。


文節区切りの線


私は、生まれ育った環境を恨み、文句を言い続けるのではなく、ある程度吐き出せて満足したら、私は私自身の力で私の人生を笑いながら楽しく生きていきたいです。
そして、外の世界に出て人とつながって、笑いあいながら楽しく生きたいです。

そのためにも、私が何をしたいのか、何をしたら心地よいと感じるのか、何にあこがれているのか、何が得意で好きなのか、私のことをもっと知って、自然に私のままで生きていきたいです。


最後になりましたが、優月さん、一緒にワークに取り組んだお仲間さん、本当にありがとうございました。





タイトルはじまり目印

A. Y. さん(30代/神奈川県よりご参加) しょうまクラス


タイトル下の線


大切な私へ、

あの日、勇気を出して、ワークショップ・クラスに行ってくれてありがとう。
心を開いて、参加してくれてありがとう。
自分の本音を言葉にしてくれてありがとう、とても勇敢だったよ。

ワークショップは、両手では抱えきれないほどの情報量と気づきがありました。
少しでもこぼれ落ちないようにしようと、毎日ワークショップ・クラス当日を思い返しながらクラスで聞いたこと、感じたことをノートに書き出しています。
何度も振り返ることで、1つ1つの情報が定着し、それぞれが立体的に見え、繋がり始めてきました。


文節区切りの線


「変容ワークショップ」。
変容、変化すること。
これまで、いまいち捉えずらかったこのテーマ。

変容は、私の中にある自然の生き物として備わっているもの。
変化を選ぶ、選ばないということではなく、自然に起きること。

私の場合その自然の流れが、外的な要素でうまく流れずせき止められている状態なんだと思いました。
本来なら、変化が訪れた時に適応できる能力や力が育っているはずのところ、私にはそれがないのだと気づきました。


文節区切りの線


愛着についての理解も深まりました。
私にとってここ最近、心に引っかかってるキーワードでしたので、この話が聞けてよかったです。

愛着を巡り、これまでの人生の中で得られなかったとこやうまくいかなかったことが、「だからか」「そうだったんだ」と納得のいく方へと向かい始めています。
理解が1つ1つ私の中に落とされていくと、ホッとして緩み涙が出てきます。

「よかった。」
「これで見えないトンネルから抜け出せそう。」
そんなことを思いました。


なぜか人とある一定の距離以上いつも近づけないこと、どんなに働きかけてもどうしても「1人」を感じていること。
本当はそうありたくないのに、どうしても、どうやっても、何をしても、納得のいく解決はできませんでした。

「あ〜、私はこれからもずっとこのままなのかもしれない。」
「私が望んでいるものって、理想であって現実にはないことなのかもしれない。」
と思っていました。
愛を感じたくても、愛を感じれないことが、とても苦しく、悲しく、孤独でした。

今は、私が本来与えられるべきだったことについて興味があります。
私は、本当はどのようにして育てられてもらえたのか。
私が本来与えられるべきだったことを、これから自分で自分に与えていきたいと思っています。


文節区切りの線


そして、「『変容ワークショップ』といえば、この図!」というあの欠かせない、大切な図。
毎回参加するごとに、あの図を切り口にいろんな気づきを得てきました。
今回は、私が回復について取り組んでいることの全体図を見れたと思いました。

今まで、「回復」という1つの大きなボールの中でワークをしていたように思います。
自分の過去に起きたこと、現在の外側の大人としての私のこと、そして、現在の内側の私をケアしていくこと、いろんなワークがこれまでは一緒くたに見え、それを「とにかく」取り組んでいました。

「過去」1つを取っても、その中には、自分が過去に受けたこと、受ける原因となったこと、それを与えた人がそもそも抱えている問題、受けたことによる私への影響、私が本来得るべきだったこと、与えられるべきだったこと、それらの区分けや関係性を平面で見ていました。


今は、これらの違いがだんだんわかるようになってきて、「自分のこうしたい」に対して、「そうなるには、どれにどう取り組んだらいいんだろ?」と考えられるようになりました。
「私のここをなんとかしたい。」に自分で応えられるようになってきました。

そうやって、自分のことを自分でケアできる力がついてきた時、この先にもたくさん取り組む必要がある課題が見えてきました。
その見えてきたものの量やかかる時間の多さに気づくとともに、それによって自分が巻き込まれていた状況の悲惨さも認識しました。
「あ〜、私はこれだけのことを、欠落させて生きてきたんだ」と思ったのです。

でも、もう進む道は分かっているのです。
だから今の本音の気持ちの根底では「大丈夫」と思えています。やりがいがありそうだとも思っています。


文節区切りの線


それから、ワークショップ・クラスで行なったワーク。
シンンプルなないように思えて、とてもパワフルな内容のワークでした。

あの日、優月さんの、優しく柔らかで軽やかな「ポンッ」という後押しのおかげで、「えい!」となかなか出なかった一歩が出せました。私の重い一歩を出してくれた、あの軽やかに感じた後押し、まるで何かの武道で見られる「指一本で、人を倒す」ような感じでした(笑)。

当初は小さな一歩だと感じていました。
でも、実はそうではなく波紋のように広がっていく一歩だと時間の経過とともに思いました。

あの時、私から出てきた「ひとかけら」。
それを落とさないように毎日手元を確認し、握りしめています。


文節区切りの線


「健康な自分になるのも、自分の人生を自分の脚で歩くのも到底無理!」と思っていましたが、今はもう、「私は健康になれる要素を持っている。」という確信を持てていますし、自分の中の愛情が育つ種もちゃんと持っていることはわかっています。

何もないところに、水をやっても芽は出ませんが、「私は、種をちゃんと持っているんだから大丈夫。」と思えるようになりました。

私が今思うことができている、「自分で歩ける」という確信。
これが本来の「しつけ」であり、また、親が子供に生き方として伝えていくことなんだなと思いました。


まだまだたくさん、気づきたい、納得したい、分かりたい、知りたい、ことがたくさんあります。
自分とたくさん話して、相談して、ゆっくり、丁寧に進んでいこうと思います。

クラスでご一緒したお仲間さん。
みなさんの元気でエネルギーに溢れた姿を見て、なんだか幸せな気持ちになりました。
みなさんの心からの笑顔がとても素敵でした。
また皆様の姿をどこかのクラスでお見かけできることを楽しみにしています。





タイトルはじまり目印

T. S. さん(40代以上/北海道よりご参加) しょうまクラス


タイトル下の線


私の人生がきっと大きな変わり目を迎えている中で、戸惑いながら参加した ONSA WORKSHOP(対面式)。
私はこれまで人に貢献するばかりで、差し出すばかりで、もう空っぽでした。
なのに、さらにまだまだ差し出そうとしてるなんて、そんなの可哀そう。自分で自分を虐待し続けることになると思いました。

私はもう自分の好きなことに遠慮しない。
自分のしたいことをしたいように、好きなだけやってみる。
子どもの頃にできなかったことを、遅ればせながら精一杯やってみる。

小さな子が思いのままに誰にも遠慮せずに精一杯全力投球するように、私も挑戦してみる。
そしてその中から、本当に自分に合うことを見付けていきたい。
そう思いました。


文節区切りの線


私は私のことを育てなおす。大人に成長していく段階をちゃんと一つずつ踏ませてあげる。
そして、土台のしっかり据わった人生を送ることにする。

信頼を積み重ねられなかった子ども時代を思うと、悔しくて悲しくて涙が出そうになるけれど。
そういう人生を強要されて、たくさんのものを奪われたことは決して消えないけれど、私は私の人生を描きなおすことができる。

新しい人生を歩き出すことができる。
そしてそのための資力も生活力も持ち合せている。

それは私が積み上げてきたもの。
私には培ってきた資質も良いところもいっぱいある。
良く人生投げ出さずに、ここまで来たね。


文節区切りの線


帰り道、私このワークショップに参加して本当に良かった! としみじみ思い、自分に必要なものを私自身が知っていると感じました。
私は何のために生まれてきたのかを知りたいし、それをやり遂げたい。
自分の人生を十二分に満喫して、満足して終えたい。

私はもう自分の人生を先延ばしにはしない。
そう決めました。


自分のために、自分を満たすこと、好きなことを積み上げていくのを考えるのは、何より楽しくワクワクすること。
興味があるのに今まで中々手付かずにいたことを始めようと、早速調べたり準備をしたり、一つずつ取り掛かっています。
失敗することも成功することも自分に許して、私はたくさんの楽しいことに挑戦していこうと思います。


優月さん、スタッフの皆さん、今回もありがとうございました。
当日、ペアになっていただいた方、ご一緒した皆さん、ありがとうございました。





タイトルはじまり目印

Y. W. さん(30代/愛知県よりご参加) しょうまクラス


タイトル下の線


どうして、毎日頑張ってるのに、うまくいかないのか。
どうして、何をしてもむくわれないのか。

他のクラスで「私は」を持つことが回復のカギだと、わかった。
その後、「灯台の時間」や Web. WORKSHOP でも、向き合い続けてきた。
…でも、見つからない。

どうして、私は、空っぽなのか…。

そんな、数々の悩みの理由が、よく、わかりました。
寸分の狂いもなく、スッキリ、ハッキリ、納得できました。

レクチャーされた内容は、ものすごい密度だったと思います。
でも、だからこそ「あぁ、だから私はこうなってるんだ…」、それが腹の底から納得&実感できる。
そんな1日でした。


文節区切りの線


ワークショップ・クラス中
「透明な石につまづいていて、頑張って走ってるのに、進まない」
というたとえがありましたが、私はまさに、人生全般、人生の根幹の部分で、これをしていたんだと思います。

自分の人生の初期の「透明な石」。
それを(あることすら)私は自覚できず、そのうえに一生懸命、自分なりの努力をするけれどもちっとも、うまくいかない…。

そりゃそうだなって、私は思いました。
土台が穴ぼこ…というか、一番初期の土台が全くもってできてない。
その上に、何かを積み重ねていこうだなんて、無理すぎる。


小手先の無理な努力で、自分を日々消耗させ、頑張ってる割に、自分へのリターンがない。

もうそういうの、私はやめたい。
そのためにも、今回のワークショップで、問題の根幹に向き合えたことはすごく大きな収穫だったと思います。


文節区切りの線


「ここまでは、与えられる、だけでいい」
「これからの仕事は、遊ぶこと!」

衝撃的でした。
衝撃を受けた分、「私は、これらをもらってなかったんだな」ということにも気づきました。

人生観が、大きく変わりました。
というか、むしろ、今までいかに私が「真逆」を「これが普通」として教えられてきたか…。
その、あまりの大きさに愕然とします。

知らないで生きていくって、本当にこわい。
だからこそ、知ることができて、本当に良かった。

これからは、もう私に不要なものは、避けることができる。
本当に「わたしのため」になることに、私は時間を使える。


文節区切りの線


親のことについても「私の家も、こうだったんだな」とより深く、納得がいきました。
今までも、他のワークショップでも何度も教えてもらっていたこと。
でもその時は「そうかもしれない、でも…確証がないし」とどこかまだ、私は受け入れられずに、宙ぶらりんでいました。

でも今回、このワークショップ・クラスでレクチャーを受けていたら「あぁ、全部のつじつまが合う…」!
私の家も、きっとこうだった。

そして今の私のむなしさや自分のなさにも、ものすごくしっくりくる…。
少なくとも、私の体感としては Yes だ。
そのことを、私は深く実感できました。


文節区切りの線


不思議なもので…きっと、これまでの私なら、私の家に起きていたことを知るほどに「がーん…」となって、泣いて、絶望にくれる…。
それで精一杯だったと思います。
(事実、そういうワークショップの思い出も、私にはあります。)

でも今回は、ここまでくっきりはっきり、わかってしまったら
「親のことは、もうどうでもいい」
「それより、これからの私にできることに集中しよう!」
と、ぐっと、清々しく舵を切ることができました。


私は「私はダメなんだ…」で落ち込むのではなく「これから、私がどうしていくのかが勝負だ!!!」と、気持ちが変わりました。

それはきっと、気休めとかではなく「合理的に、こうなっている。仕組みがある。」ことに頭ではなく私の心身、全部を使って納得したから。
無理矢理、そう思い込もうとかしていないから。

私の中の「理解」「納得」が、ようやく追いついたんだと思います。
そのために、コツコツ歩いてきて、本当によかったと思いました。


文節区切りの線


納得すれば、人は変われるんですね。
もちろん、これからも親に対する感情は、たくさん感じていこうと思います。

でももう「親に期待する」のは、やめよう。
というか、できないよね! と思いました。


私は、「親」ではなく「私」に重心を切り替えます。
私の人生、「親」がものすごいキーになって、今があります。
でも、そうだとしても、これからの人生をつくっていけるのは「私」。

私には、私がいるから、大丈夫。
そういう、心の変化も感じられて、とても嬉しくなりました。


文節区切りの線


クラスの前半は、「生まれた時からゲームオーバー」と知って一体どうすれば…と、途方に暮れました。

でも後半は、打って変わって「私」に集中できて、今と私にもどって、人生を立て直すためのヒントを、たくさん見つけることができました。

書くこと、話すこと、ただ、話を聴いてもらえること…。

シンプルながら、その方法の効果も、改めて実感しました。

書き上げたリストを元に、私の現実でどう埋めていくかそれが次の課題です。


リストのひとつ「入浴剤を買って、のんびりお風呂に入る」は、しました!
私の日常に、うれしい時間が増えました。
でも、やってみて「なんかちょっと物足りない…」と感じ、もっと、ほっとする時間自体がほしいのかなぁと気づきました。

うん、こうやって一歩一歩。
私の心と体、今で感じながら、たくさんフィードバックして、私の人生を、生き直していきたいです。


やり始めるまでは「できるのかなぁ…」って不安にもなるけど、でもきっと、そんな壮大な、大げさなことじゃ、ないですよね。
少なくとも、私ができるサイズに、小さくすることはきっとできる。
日々私と対話しながら、感じながら、進んでいきます。


文節区切りの線


最後になりましたが、優月さん、今回もすごく密度の濃いワークショップ・クラス、ありがとうございました!
クラスの内容もさることながら、レジュメの内容の濃さにも、私は深く感動しました。
(他のワークショップも!)

ワークショップ・クラスが終わった後の、再訓練にすごく役立っています。
ほんと、クラスが終わった後の日常は、さらに嵐のように感じて気づけばすぐにおなじみのパターンに戻ってしまうのですが、このレジュメを見返すことで、教えてもらったことや、クラスの雰囲気を思い出すことができます。


「実際に、やれる」の実践度もすごく増していて、感動です…!
クラス中「時代に合わせて、自分も日々アップデートしてゆく」と教えていただきましたがまさにそれの「生きた例」として示してくださり、勇気づけられます。
ONSA さんの回復の場につながれて、本当によかったです。

ありがとうございました!





タイトルはじまり目印

Y. T. さん(30代/兵庫県よりご参加) しょうまクラス


タイトル下の線


私へ

やっと受講できたね。
受講出来て良かったね。

ここまでやっと来れた。もっと早くに受ければ良かった。
でも、あの時の私はそれどころじゃなかっただろうな…。

だから、よくやったね! うん、ほんとよくやった。
今の私の精一杯だ。本当に素晴らしいよ。誇りに思うよ。


ずっとずっと、こんな気持ちになりたかった。
それを探して、探し廻って。
でも、どんな事をしても、この空虚感は埋まらなかった。

やっと、自分で自分を満たせるようになってきたね。


文節区切りの線


知らなかった事を学んだおかげで、1週間経とうとしている今、いろんな事が芋づる式にあれよあれよと繋がっていき、目紛しい時間を過ごしています。

本当に、私は、よく生きてきたなと思う。
よく、今、生きているなと思う。

それは、やっぱり生きたかったから。
心の底に、生きたいよ! って言う叫びが、いつもあったから。
そんな気がしています。


文節区切りの線


私の好きな事は、「歌うこと」。
そう思ったけれど、どんどんズレていく感じがしました。
きっと、それは、これです。

母はコーラス部でした。昔から、母のためにオルガンを習い、母の弾くピアノで歌っていた。
私が上手に弾くと喜んだ。歌うと喜んだ。
そんなこと。そんなことでした。
その為、私は、コーラス部に入り、吹奏楽部に6年間もいた。
実は、辞めたかった。ずーと辞めたかった。


私が、本当に好きだったのは、工作だったのかもしれません。
工作番組を見ては、すぐに作って遊んだ。
作るのは、私にとっては容易いなこと。サクサク作って、友達にもあげる。

学校に持って行って、みんなが遊ぶのが嬉しかった。
図工の時間も大好きだった。
粘土で創った「バナナを食べる象」は、賞をもらった。
他でも、飾ってもらったりした。絵も貼ってもらったりした。

時間を忘れて、作った。
何よりも楽しかった。


いろんな検索をしたら、造形教室が出てきた。
子供の時に、造形教室に通っていたら、私はどんなけ幸せやっただろうと思った。
想像しただけで、涙が出た。

美術の大学に進んでいたら、私は、どんな仕事に就いただろう。
造形作家の人が、「昔観ていた工作の番組を、今、自分が作っているのは、とても幸せなことです」と書いていた。
私にもそんな道があったのかもしれない。そう思うと、胸がはち切れそうだった。


古民家が好きなのは、大好きだった祖母を思い出すからだと解った。
お盆と正月に行く祖母の温もりが、大好きだった。

食べたことのないアイスクリーム、大きな昆布巻き、縁側、線香の匂い。
介護の仕事で、高齢者を選んだのも、きっとここからなのかもしれない。

何をすればいいか…目の前に、舞い上がった砂が静かに落ちてきて、水が透き通って、向こうが見えてきた様に思う。


文節区切りの線


本当に、残酷な幼少期だった。
本当に。

我が子に、同じ事を繰り返す危険が減った。
これは、本当に救われた。

どうしたらいいのかも解った。
知らなかったから不安だった事が、明確になった。
目の前で泣く我が子に、どうしたらいいかも解った。

あんなに泣いていた子が、すぐに笑っていた。
あー、これが子供なのだ。健康な子供なんだ。
私は、どんなけ、子供を生きれなかったのだろう。
我が子に、自分を重ねることなく、そして、自分が感じる気持ちも解って、私の「今、ここ」は、安心出来るようになった。


本当に、受講して良かった。
なんなら、今だから、良かったのかもしれない。

全てが繋がっていく…。
学んだ事が、繋がっていく…。
そして、私の人生が、生きたかった人生が、未来へと繋がっていく…。





タイトルはじまり目印

Y. S. さん(40代以上/兵庫県よりご参加) しょうまクラス


タイトル下の線


今回は2回目の参加でした。相変わらず信頼でつまづいているのはよくわかっていたけれど、今回はそこをどうにかしたくて、もう一度参加しました。


ワークショップ・クラスで気づいたことは、自分を肯定的に見ることが苦手だということ、自分を褒めることがまだ苦手だなということでした。
頭では相当分かっているつもりなのに、心を深く感じていけば、動きたくない無駄だからという声が聞こえてきて、今の現状と一致してました。
そういう選択をしているから、目の前も一向に変わらないんだと思いました。


いまさらだけど、もっと自分と向き合っていこうと思いました。
そういう時間をたくさん自分に与えていこうと思いました。

そしてたくさんの楽しいことにチャレンジしていきたいです。
そうやって一歩ずつ成長していけるように変わっていこうと思います。

優月さん、クラスのみなさん、ありがとうございました。






TO TOP