2012.07月開催 「時間のためのちいさなワークショップ」はいびすかすクラス

PAY FORWARD:対面式「時間のためのちいさなワークショップ」
2012.07月開催 「時間のためのちいさなワークショップ」はいびすかすクラス


「時間のためのちいさなワークショップ」の PAY FORWARD(ご参加者のご感想)です。
なお、PAY FORWARD の本文中には、ワークショップ内で学んだ専門用語が登場する場合がございます。その旨どうぞご了承ください。

●コースの内容 
- 「時間のためのちいさなワークショップ」
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- PAY FORWARD(ご参加者のご感想) もくじ

 PAY FORWARD(ペイ・フォーワード)とは「次の人につなぐ」という意味。すでに ONSA WORKSHOP にご参加されて、ひと足先に変化を歩き出した方々から贈られるメッセージです。
[ちいさな解説/藤沢優月]

本文中で、ご参加者の皆様が「病気」と表現していらっしゃることは、「共依存」の状態を指します。
「共依存」という用語は一般的に、心理学の世界では、病的な状態を指します。
そしてこの共依存から、様々な付随した症状が芽吹くことが明らかになっています。
共依存について詳しくは、
「共依存- Wikipedia」
などをご覧ください。

同時に、私からひとことですが……。
本当に病んでいる人は、自らが病んでいることにも気づけない。
自身が「病んでいるかもしれない」と気づける人は、その分健康であるということも、お書き添えさせてください。


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M. A. さん(40代以上/神奈川県よりご参加) はいびすかすクラス




藤沢さん、田宮さん、そしてご参加の皆さん、お世話になりました。

終バスに間に合うように急いで帰り、家に着いたら子どもの話を聞き、もうその時点でワークショップ・クラスは「過去」のこと。
感じたことも、うまく思い出せません。

とはいえ、たくさんの気づきがありました。


以前、家で『境界線(バウンダリーズ)』を読んでいたとき、長女に内容を聞かれて、「うちはうち、よそはよそ」と説明したことがあります。
それだけでは、却って共依存に陥ってしまいますよね。
前提に「わたしはわたし、あなたはあなた」がなければ……。

また別のときに、「私は馬鹿で妹は天才」と言い出した長女。
次女の方がテストの点数がいいだけのことなのですが、本人にはコンプレックスのようで……。
「長女は長女、次女は次女」そのままでいいのだから、変なレッテルはつけないでと伝えましたが、「母は母」も一緒に付け加えておけばよかったなあと思いました。


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チェアワークのときに、肩に力が入っていて他人に預けられない、コントロールしようとしている、とご指摘を受けたのも納得です。
道理で、美容院のシャンプー台が苦痛なわけです。

ただ、普段は歯もくいしばりがちなんですが、ワークショップ・クラス中はくいしばってなかったと思います。
くいしばらないよう我慢しよう、ではなくて、自然としていなかったように思います。

涙を流す方もいらっしゃる中、肩の力が抜けず、感情を表すこともない状態でしたが、だからダメなのではなく、今自分のいる位置はそこだと確認して受け入れていたから、歯をくいしばる必要がなかったのかなと思います。
もっとも、帰りの電車では乗り過ごさないようにと緊張して、肩も歯もガチガチでしたが……。

また以前と比べて、呼吸が浅くなっていることにも気づきました。
藤沢さんのお隣で、ちゃんとした呼吸と浅い呼吸の差も体感でき、とてもよかったです。


共依存の話、ワークショップに出るまでは、今ひとつ自分の問題としてとらえきれていませんでした。
夫の家族の問題かなと思っていました。

でも今回、自分の問題であることを受け入れることができたように思います。
ベースは子どものころにあるけれど、問題が深まったのは、やはり母となってからだと思っています。
具体的にどういうことだったのか、無理のないようにゆっくり考えていきます。

共依存は結婚する前、子どもが出来る前に気づくのが理想かもしれません。
でも、純粋に育つ子どもを見ているからこその気づきがありますし、以前は受け入れられなかったことをすんなり受け入れることができると感じています。
もし、お子さんのいらっしゃる方がご覧になっていたら、今からでも遅くはないということをお伝えしたいです。


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今日は予定を入れなかったのですが、子どもが夏休みで家にいて、なかなか横になる時間が取れず、ただのんびり過ごしています。
もう一度、『境界線(バウンダリーズ)』を読み始めました。
他のお勧め本も、この夏に読んでみようと思います。

とはいえ、はっきりいって頭でっかちの私。
最重要課題は、チェアワークのマスターだと思っています。
焦らず少しずつ、呼吸の練習も含めて、取り組んでいきます。

そして、アフターワークも忘れずに取り組みます。
週末はハンズへ行く予定です。

ありがとうございました。



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M. K. さん(東京都よりご参加) はいびすかすクラス




ステキなマンションに住んで
ルブタンのくつをはいて
ヴァンクリのアクセサリーをして
毎日違うお洋服着て
優雅に暮らせたら幸せだと
本気で思っていました。

お金がなくっても幸せだなんて言う人は、偽善者だ。

いろんなモノを手に入れてるし、わたししあわせだ、って自分を思い込ませていたのかもしれません。

でもステキなマンションも
外車も
高級レストランやアクセサリーも
瞬間的にしか私を満たしてくれなくて
ステキな彼は手に入れると失うのが怖くて不安になる……
しあわせって一体何?!


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チェアワークを行う前、意外としっかり立てていましたが、重心がしっかりしているわけではなく、作り上げた筋肉で立っていただけ……。
チェアワークを行った後の感覚は、全く違うものでした。

まるで、今の私の人生そのもの。
がんばって手に入れたもので立っていられてるけど、苦しい。

自分が病気だってことが、ワークショップ・クラスに参加してよくわかりました。
病気だから治せばいいんだと思えたら、少しラクになれて、今自分と向き合うことと、自分の状態をよく知ることを最優先にしています。

すごく勇気が必要だったけど、参加してよかったです。
ありがとうございました。



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A. I. さん(30代/東京都よりご参加) はいびすかすクラス




藤沢さん、田宮さん、クラスの皆さん、とても充実した楽しい時間をありがとうございました。

ワークショップ・クラスには、先月に続いて2回目の参加でした。
今回もたくさんの「分かった!」瞬間がありました。

スケジュール帳に、睡眠時間を含めた「やらなければいけないこと」を書き込んだ後の自由時間の少なさに驚きましたが、私は現在フルタイムの仕事に就いていないので、自分のために使える時間には恵まれているのかもしれないと思いました。
夢を叶えることを邪魔しているのは外的要因ではなくて、自分自身だということがはっきりしました。
これからは、自分の幸せを心から許可することにします。

そして、時間の使い方の選択と、それがもたらす結果にもっと自覚的になろうと思います。
あと、共依存から抜け出せなかった人たちの末路のお話(ホラー映画より恐ろしい……)を聞いて、さらに腹をくくってやらねば! という気持ちになりました。


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「5億円ゲーム」で浮かんできた夢を要約すると、将来に対する諸々の不安から開放されて、心穏やかに、ていねいに色々創作したいということでした。
草原に囲まれた広いアトリエを持ちたい……など、心に浮かんだものは他にも色々あったのですが、この夢の核心部分は、自分が「今」に集中することですぐ実現するなあ、と。
自分の心構えひとつで時間の質は変えられるし、自分の心が本当に望むことはシンプルだから、実現するのはそんなに難しいことではないのかもしれないと思いました。

「伝統工芸の技術を外国に学びに行く」という夢の因数分解をしているときに、「お金が足りないから無理」という考えに、かなり囚われていることに気がつきました。
飛行機のチケットや学校の授業料など、お金を払って夢に近づくやり方以外にもいろいろあるんですよね。
好きなことを話したり書いたりすることで、同じことに興味を持つ友達をつくったり、行動範囲を広げたり。

どんな結果をもたらすのか分からなくても、夢の種をまく方法はたくさんありそうです。
これからそのことについて、いろいろアイデアを考えてみようと思います。

これから自分がどう変わっていくのか、とても楽しみです。
(今までどうしてもできなかった早起き、スケジュール帳に線を引いただけなのに、今のところ毎日できています。しかも目覚まし無しで! 小さいことですが、書いたら現実になる、ということを実感しています。)

みなさんの夢も叶いますように!



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H. S. さん(30代/静岡県よりご参加) はいびすかすクラス




藤沢さん、田宮さん、スタッフのみなさま、そしてクラスをご一緒したみなさま、先日はお世話になりました。

まずは、お礼を。
田宮さん、コピーをとりに行ってくださってありがとうございました。
とても助かりました。
(案内紙に「持ち物はなし」と書かれていたのを、素直に信じておりました……)

今回初めての参加でしたが、何となく未来への道すじが見えたような気がします。
チェアワークで「今、この瞬間」を体験し、自分の足で歩き出す感覚の片鱗をつかむことができました。
また、漠然とした夢を因数分解してスケジュールに組み込んでいく方法を知り、いつも考えるだけで終わってしまい、実行に移せない私の原動力となると感じました。

ワークショップ・クラス中、
「まだ、やり直せる」
「決めるのは自分」
と繰り返しおっしゃっていた藤沢さんの言葉を胸に、学生時代をすごした街に取った宿で、
「自分が自分で自分の環境を作っていくんだ!」
と、決意を新たにした日でした。


みなさま、ステキな時間をありがとうございました。



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Y. S. さん(神奈川県よりご参加) はいびすかすクラス




お疲れさまです。
今年は、これで最後にしようと臨んだワークショップでした。

これで区切りにする。
それは、ワークショップ以外にもありました。
職場も、統廃合により、いまの環境は区切りとなります。

ワークショップ・クラスは、とても穏やかでした。
でも、悔しいワークショップ・クラスでもありました。
埋もれ火のように、深いところから熱く悔しい。
たくさんワークショップに出たけど、何も変わった感覚がなく、恐ろしく何かが変わった回でした。

いちばんは、そう。
分かって欲しいという気持ちが、払拭されたということ。
心の底で、私以外の誰もこの気持ちは分からないと感じたこと。
私が見つけなければ、無いことと同じにされてしまうということ。
悔しくって、何も言いたくないぐらいです。



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H. E. さん(30代/愛知県よりご参加) はいびすかすクラス




はいびすかすクラスのみなさま、優月さん、田宮さん、先日は、ありがとうございました。
それから、おつかれさまでした。

目を閉じて、ぐるっと順番に、それぞれのお顔と、おっしゃっていたことを思い出してみたりします。
子細はゆっくり忘れてしまうかもしれないけれど、でも、ひとりじゃないことが、とてもとても心強いです。
無事にクラスが開催されて、お会いできて、同じお時間を過ごすことができて、本当に嬉しいです。


「これは『クレンジング・リアクション』だから大丈夫大丈夫」
と唱えつつ、でもこの1週間、嫌なことばかり考えてしまって最悪な気分で、ぐるんぐるんしながら、何度も、優月さんの「日々これ好日、今日も一歩ずつです。」(藤沢ブログ「日々是好日」 2012年7月25日)の記事を読みました。

ようやく!? と自分でツッコミたくもなるのですが、クラスが終わって、記事を読んで、ようやく、ものすごくハッキリと、私ってずっと「共依存」の状態の中にいるんだな、と実感できました。

これまでの自分の人生は、自分で選んできたと思う。
ずっとそう思っていたし、たしかに、そうだったと思う。
でも、選択の基準というかベースが、自分が判断するという選択肢がなかった状態で、それはまるで健全でなかったんだな、と。
そして、そのことが、つい最近までハッキリ認識できないくらい、私はずっと長いこと、自分を見ることができなかったし、自分を知らなかったんだな、と思いました。

怖い。
30数年の時間、私は何を選んでいたんだろうって思いました。


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思い返す限り、いつの選択も、「あなたの承認」が第一だった。
あなたの機嫌を損ねないか、それだけがとにかく重要だった。
あなたの平穏が、何よりの私の望みだった。
そのためなら、何でもしたかった。
だって、あなたが平穏であれば、私の家は、家族は、何とか平穏だったから。

多分、これが、私が長いこと抱えているモノなんじゃないかな、と思いました。
これが、私の、シンプルだけど、でもなかなか根強いパターンなんじゃないかな、と。
頭に、たたきこんでおこうと思いました。

家族の中にいる間、多分、このパターンをベースに、ずっと私は生きてきた。
高校卒業後に実家を出ても、他の方法を知らなかったから、深く、となると、同じやり方でしか、人と関われなかった。
大事にしたかった人に対しても、他の方法を知らなかったから、私はそういう愛し方しかできなかった。
その人と、うまくいかなくなっても、でも私から別れるっていう選択肢が、私にはなくて、結局、7年も時間を費やしてしまった。
今度こそ自立したいと思って、何とかその人と別れて、ボロボロでヨレヨレで、色んなとこにぶつかったり、沈みかけたりしながら、7年たって、ようやく、今、ここ。

過ぎた時間は戻らないから、悔やんでも仕方ない。

でももう、全部放り投げたくなっても、考えないでいい楽さに流されてしまいたくなっても、誰かに自分を預けてしまいたくなっても、ぜったい、そうするわけにはいかない。
ようやく、自分を大事にしていいってことも、私はここに居てもいいんだってことも、実感できるようになって、この実感は、ぜったい、手放したくない。
もうパターンには、のまれたくないし、負けたくない。

痛切にそう思います。
ぼんやり、ではなく、はっきり「共依存」の状態の中にいる自分を自覚できて、今回、クラスに参加して、本当によかったな、と思います。


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春先くらいから、勢いよすぎて転んだり、周りに大迷惑をかけてしまったり……、うっかり大事なところで流されてしまったりしながらも、初心者なりに、歩き始めてみて、その結果、少しずつ世界の幅が広くなって、選択の複雑さも、少しずつ増す感覚です。

そんな中で、「ドーバー海峡」に挑まなくってもいいんだ(というか、まだ挑んじゃだめ!)っていうのも、大きな発見でした……。
波にのまれたりしつつも、そうしたら、岸とか、プールのふちで休んで、「灯台の時間」をたくさんとって、ちょっとずつ泳げる距離を伸ばしていけばいいんだって、しっかり、理解しました。

……本当に、今回クラスに参加してよかったです!


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そういえば、クラスの中で出てきた「夢」に、私はすこぶるがっかりしました。
この1週間、何にもしたくなかったのは、気落ちしてたせいもあるんじゃないかと疑わしい。
諦めて、受け入れよう、と思うのですが、まだ、ちょっと乗り越えられないでいます……。
家族なんて、見たくないし考えたくないし、でも、欲しいものっていえば、結局これしか「知らない」ような感覚だったりもします。

いま冷静に考えると、お金はまったく関係ないのだけれど、あの時、私は、「5億円あったら、私の家族は幸せになれるのに」って考えて、泣けて仕方なかった。
「もっと早く、もっと大きい病院に連れていってあげていれば」っていう母の言葉に、どこか私はずっと縛られていたのかもしれない。

でも、それは戻らない過去のことだし、それは、私の家族の問題の原因では、断じて、違う。
本当の問題が何なのか分からなかった私が、取り違えてずっと心に覚えていたことなんじゃないかな。
これも、気が付けて、本当に、よかった。
スマンってそっと思います。

でもとにかく、私を縛るのも、幸せな気持ちを呼ぶのも、家族だなんて、ため息です。
そこまで、どれだけ、長い道のりなんだろう。

去年9月に初めて参加した「ONSA 青い鳥 CAFE」のレクチャーのタイトル、「私って、どんな存在なんだろう」。
また改めて、ここからスタート、そんな気持ちです。
「私」は、どうしたい? 何が好き? そんな自分のニーズを拾うのは、まだすごく難しいです。
集中する時間がどうしても必要。

1日1日を大事にしたいけど、泣き言でいっぱいで、疲れきって、オロソカにしてしまう日もある。
でも、諦めないで、何度も私のために時間をとって、心にきいて、バランスを整えて、具体的に展開して、作戦も考えて、私にとってたった1人の自分を大事に、選択して、行動していきたい。


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……それから、私は、ちょっと「現実的」で「賢い」選択をするように、心がけた方がいいなって思いました。
感覚も大事だけど、うっかりそればっかりになってしまいそうになるのは、あんまりにも危ない。

もっと、しっかりしたい。

家族をつくりたいって夢をかなえるとしたら、その先だなって思います。

まず「私」です。
それなくして、どんな夢がかなっても、幸せにはつながらない。
ゆっくり、ゆっくり、ひとつずつ、大事に、丁寧に。
自分を信じて、まっすぐ、すすみたいです。


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はいびすかすクラスのみなさまへ。

改めてになりますが、私は、ひとりじゃないことを、とても心強く、ありがたく思っています。
お会いできて、本当に嬉しかったです。
私の夢も、あなたの夢も、かないますように。
ふんばりつつ(ちゃんと、ふんばれているといいです)、祈っています。


それから、優月さんへ。

教えていただいたミラーワークも、チェアワークも、昨年の「身体のワークショップ」の翌日から、毎日毎日、私を守ってくれています。
「灯台の時間」は、まだ流れていってしまうことがあるけど……、何とか定着させたいです。
ペイ・フォーワードも、ライフジャケットって本当にそうだなって、何度も実感しています。
何かに挫けそうになるたびに、懲りずに何度も何度も、読みにきます。
それでも、あれ? あぶないかもって思ったら、また、ワークショップにもお世話になりたいです。

旅は、とにかく安全が第一。
きっと、それがいちばん近道。
先週、何だか、心から、そう思えました。

あのいっぱいのスケジュールを拝見して、あの中で、きっと、めいっぱいのワークショップを開催してくださってるんだなって想像しました。
本当に、感謝します。


田宮さんにも……、今回も、信頼できる場所とお時間を、心から、ありがとうございました。
また、お会いできますように。



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A. M. さん(20代/愛知県よりご参加) はいびすかすクラス




藤沢さん、田宮さん、はいびすかすクラスの皆さま。
ワークショップ・クラスお疲れ様でした。

自分ではそれなりに手帳を使って、スケジュールを把握してるつもりだったのですが……やってみてびっくりしました。
寝る時間や仕事等を抜いた、本当に使える時間が、こんなに少ないだなんて!!

私の場合、1日1時間半ぐらいがなんとか自分の時間でした。
(でも、もう少し早く寝たいのと、残業したら1時間もない ;;)
道理で、毎日やらなきゃいけないことを、こなしたら終わってしまうわけですよね。
手帳に空白でも、実際は家事だったり何かによって埋まっていたことが、目でみて初めて分かりました。
汚くなってやったこの手帳が、現実の私とちゃんとリンクしたんだなあ、と不思議な気分でした。

誰のために自分の時間が使われているかの話の際、改めてスケジュールをみて、ものすごく笑ってしまいました。
だって6月の予定をみたら、半分以上の土日が、自分以外のための予定でうまっていたんです。
今まで自分でいれているのだから、私のための予定と思い込んでいたのですが、振り返って考えたら
「別にそう行きたくもないいけど……」
「しかたないから……」
と感じるものばかりで、これが誰かのために使っていることなのかと、今までの自分に大丈夫だった? とおもわず聞きたい気持ちになりました。


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後半のやりたいことをあげるワークは、ほぼ眠っていたい、としか自分のやりたいことが出なくて、困っていました。
チェアワークをして、自分に聞くと
「眠っていたい、誰もいない、安心できるところで」
というのが何度も何度もでてきました。
もしかしたら、私の求めているものは、眠ることより安心なのかも……。


今回のワークショップ・クラスで1番印象的だったのは、本を見て納得したつもりになっていたけど、実は出来ていなかったことでした。
もう一度、手帳と本を読んで、じっくり、完璧を目指すのではなくて、ゆっくり取り組んでいこうと思います。

ありがとうございました。



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M. S. さん(30代/東京都よりご参加) はいびすかすクラス




2012年7月22日、「時間のためのちいさなワークショップ」に参加させていただきました。

私は、2009年にも、このワークショップに参加しました。
(その時が)初めてのワークショップ参加でした。

あれから2年半ほど経って、私はとても変わりました。
ここまで来た私に、感謝と愛を贈りたい。
藤沢さんと田宮さん、時間の旅のとちゅうでお会いしたたくさんの仲間へももちろん、私の心からの感謝をお伝えさせてください。
ありがとうございます。
とても。


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スケジュールに、仕事や寝る時間、家事や生活のための時間をズバッと線で引いてしまうワークをして、本当にあぜんとしました。
時間が一気にさっぴかれてしまって、平日などはほとんどないやん! みたいな。
こういうまざまざとした現実を見ると、恐くなりました。
どうしよう、と途方にくれました。

ただ、藤沢さんの手帳のページをみせてもらえて、書き込みの多さにびっくり!
そして、こんなに書き込んでいいんだ! と思えて、救いと希望を感じられました。

なぜか私は、きれいに整理されてる風に書かないといけない、と思っていました。
見にくくなったら、より混乱した印象を私に与えてしまうから。
見た目も機能も、両方兼ね添えた美しさがすきなのに、見た目重視な考えに偏っていました。

でも、見た目によゆうがあるように見えたとしても、現実の時間はかなり押せ押せになっていて、
「いいえ、わたし大丈夫です!」
という、見て見ぬフリから降伏できた気分です。

今書いていて気づきましたが、人に対しても私の見方の癖がコレです。
外見や見た目によゆうある人は、必ず中身もよゆうあるにちがいない、と思っていました。
お金や持ち物もそう。

そういった人に、よゆうをわけてもらおう愛してもらおうと、私の価値を認めてもらおうと、変な関心をもって関わろうとする癖がありました。
子供から親へ求めるように。
ちょうどワークショップ・クラス前日に、私は、このことから男性に対して大しっぱいをしていました。


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時間の使い方に対しても、境界線に対しても、言葉や態度も行動も、PACでいうA(* 交流分析の用語/編集注)ではなく、「mind-set」と「OLD DATA」で、私の女としての価値を認めてもらおうと、変な関心から反応しました。

私は共依存で、共生関係でした。
私のスケジュールには、他人の予定はほぼありません。
でも、ひとりで自分や他人のことを考え続ける、書き続ける、悩み続ける、という症状がありました。

現実に他人が予定に入ってはいなくても、頭にはずっしりと居る。
時間を食っていました。
きっと、その他人と現実に関わったとしたら、私も他人でスケジュールを翻弄されることになるだろうと思えました。

私は病気でした。
だから、もう繰り返しちゃいけない。
いまから 100%やめる。
それを、しない。
私から、私に対して ”それはNOよ。” を言ってあげる。
それをします。

今までなら、こんな大しっぱいのぶり返しをやったら、自分を責めていたろうと思います。
でもそれでも、また練習してゆけばいい、今日もスタートです、それでも大好きよ、ひとつひとつまたやってゆけばいい、大丈夫よ、と自分に声をかけられています。


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実は、私は「コツコツ、ひとつひとつ積んでゆく」という言葉や、それをいう人が苦手でした。
じめじめしていて、静かで、地道で、飲み込んで耐え抜くみたいな暗いイメージが嫌だ、という思い込みと、私がそれをできないと思ってきたから。
一気にやってしまうほうが、勢いがあって気持ちよくて、性に合うとも思っていました。

ただ、あらためて、自分への OK のまなざしや、心のやさしい声とまた一緒にやってくことこそが、「コツコツ、ひとつひとつ積んでゆく」なのかな、それだったらやってみたいし、やってゆきたいな、と今思えました。
微笑みのあるすてきなイメージの方が、私は好きだな。

ワークショップ・クラスを受けていておもしろいのは、メインのテーマはもちろんのこと、いろんな私の「mind-set」や「OLD DATA」に網の目のようにつながって、気づけるところです。

これからは、今回の大しっぱいも、これからのいろんなしっぱいも、UPDATE を確かに私がわかって、よりハラの感覚を磨きたい。
もういまから、未来を確実に変えていくことに意識をむけます。
やっと、それができるようになりました。


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ワークショップ・クラスの時間のあの場所では、ほっとできて、やさしくて、ほんわ~とした気分で、やってみたいことをお話しました。
「公園に行って触りたい犬を散歩してる人にたのむ」
本当にすぐできることで、実は後で気づいたのですが、通勤途中でたまにやっていることでした。
でも、意識してやってはいなかった。
ワークショップ・クラスの次の日から、意識して犬の散歩をする方を探していました。

実は、近所の公園に犬はあまりいなくて(暑いから?)朝の通勤時間の方が遭遇率が高くて、お話できる率も高いことに気づきました。
小さいチョコチョコしたキュートな犬さんより、大きめでのんびりした感じの犬や、日本の犬が好みなんだなわたし……でもあんまり歩いてない……とちょっとさびしかったり。

声をかけると、飼い主さん達の反応も、犬の反応もさまざまで、おもしろかったです。
いろんなペアがいるんだなぁとも。
この人が、このわんちゃんとペアとは意外! などなど。

そして、私の行動にも発見がありました。
犬に触らせてもらうと、私は犬に「ありがとう」と、とてもやさしい愛の声でお礼を言っていました。
自分でもびっくりするような、やさしい気持ちのこもった声でした。
飼い主さんにお礼を言うときは、ちゃんとしなきゃと、ちょっと緊張したわたしモードでお礼を言っていました。
ただやっぱり、たのしくて、うれしかったな。


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そして、現実の生活の時間にもどって、気づいたこと。
帰り際に、藤沢さんからメッセージをいただいたことでもあるのですが、「転職」のこと。

私は、たくさんワークショップやセッションを受けてきて、本当にだいぶ毎日が楽になってきていました。
8割強は定時に帰り、人との衝突もだいぶ踏みとどまるようになって、別にこのままのんびりペースで、いつか流れにまかせていいのかもな、仕事も生きる分の収入得てそこそこやって、もしかしたら仕事たのしむ人生は私の夢じゃないのかもな……なんて、ちょとぼけ~っとした気分が最近ありました。
長年の戦場での緊張しっぱなしが解けて、ほうけた気分でした。

ただ、現実の生活の場にもどって「このままでいい」と私は思っていない。

ワークショップ・クラスでは、やさしい空間で安心できて、突拍子もないことは出てこなかったけれど、ふわっと思いついたことを言わせてもらって、やってみて、楽しくてうれしかった。
これは本当です。

ただ、自分のゆめを生きている実感をもっていて、輝いて楽しそうでおだやかで、でも真剣に学んでいて、しっぱいしても自分の味方で、歩んですすんでいっている人を目の当たりにすると、なんともいえない切ない感じの憧れ、はがゆさがとまらない。
応援しているし、こころから喜びたいのに、あと一歩で思いっきり笑えない。
きっと伝わってしまう。

それがはがゆくて、相手に申し訳ない気持ちや、どうしたらいいのっていう不安、恐れがあります。
前ほど激しい嫉妬はおさまったけれど、私はもういいや、なんて言えない。

自分のゆめを生きる、仕事に打ち込んでいる人から、収入のためだけに想いのない仕事を適当にやってるだけなんだなこの人、ろくな能力もないのにお金穫るだけ、自分の都合だけでやってんだなって軽蔑され、距離をとられるのが本当に辛い。


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仕事の内容は、どうしても想いをもてず、その人達と確かに私は違うけれど、心は、仕事に想いをもって生きたいって私も思ってるし、私そんな人じゃないのにって言いたい。
私を外側が合わないからってだけで決めつけて、誤解して、裁いて、ジャッジしないでって。
私だって本当にすきな打ち込める仕事をして、自尊心をもって、こころから笑って満たされていたい。
でも、私のしごとが何なのかわからない。
こんなぐるぐるがあります。

だた、今書いていて気づいたのは、もし私が夢のしごとをして生きる人なら、今の私のような人を、深い思いやりをもって見られるようになるだろうな、ということ。
どれだけもどかしくはがゆく感じるか、あきらめられず、やきもきする、暗い中それでも歩いている、歩いてきたことを、涙がでるような愛おしさを感じるだろうな。
そして、私を外側だけでジャッジするのなら、たとえ自分の夢に注力している人だって、私にとってはロールモデルにはならないな、と今わかりました。

私は、傷もなやみも暗い道のことも、自分のすべてを覚えていて受けとめてきた、
人を想う夢のしごとを生きる人に出会いたいし、私もそう在りたいな。
そう、夢のしごとはやりたい。
夢を生きたいです。

だから、また心の声を聞く。
書く。
スケジュールする。
フィードバックする。
あきらめない。

私は、夢をかなえます。


藤沢さん、田宮さん、あの時間でご一緒できた仲間のみなさま、ありがとうございました。
そして、読んでくださったまだ見ぬ仲間のあなたへ、ありがとうございます。
こころから感謝を。Thank you so much !!
Love,




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