2015.11-2016.02月開催 「ONSA Web. WORKSHOP(1)コース1/STEP.1」くるまゆりクラス

PAY FORWARD:Web. WORKSHOP コース1/STEP.1
2015.11-2016.02月開催 「ONSA Web. WORKSHOP(1)コース1/STEP.1」くるまゆりクラス


「コース1」のテーマは「時間習慣とこころの習慣」です。
ONSA Web. WORKSHOP では、毎週1課題、全12週にわたり課題に取り組んでいただきます。本 PAY FORWARD は、最終12週目の課題としてお取り組みいただいた、締めくくりのワークです。

●コースの内容 
- 「ONSA Web. WORKSHOP(ウェブ・ワークショップ)」
●もっと読む
- PAY FORWARD(ご参加者のご感想) もくじ

 PAY FORWARD(ペイ・フォーワード)とは「次の人につなぐ」という意味。すでに ONSA WORKSHOP にご参加されて、ひと足先に変化を歩き出した方々から贈られるメッセージです。
タイトルはじまり目印

M. K. さん(30代/東京都よりご参加) くるまゆりクラス




わたしへ

3ヶ月、お疲れさま。やりきったね。
この3ヶ月で私は自分の苦しい習慣と向き合って、少しずつ自分に優しい考え方 方法に変えられるようになったね。
それができなかった今までは本当に苦しくてつらかったよね。

苦しい習慣と自分に優しい習慣の間を行ったり来たりしながら、たくさんのことができるようになった3ヶ月。
確実に力になりました。


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私ができるようになったこと。

こだわっていたSさんのことを手放せたこと。
私がほしいものはSさんからは得られなかった。
お互いの気持ちが通じたり、温かい関係をつくることは叶わなかった。だけどそれを認めて、今の私を迎えてくれるところで私がほしかった関係をつくっていこうと思えるようになった。

そう思えるようになるには、私には自分がしてきたことをありのまま認める力が必要だった。それは、Sさんとのことを通して、私が得たことでもあった。
振り返って間違っているように思えても、その時の自分は精一杯のことをしてきたから、その時間の価値を私が認めること。
これからの時間で後悔することのないように、人に心を開いて向き合うこと。
ほしいものは得られなかったけど、それでもこの経験を通じて得たものがあるとわかった。
それで私はちゃんと手放せたのだと思う。
手放す時は悲しかったけど、今はずいぶん楽になったなって感じる。

私はしなければならないことに苦しめられていたけど、手放し始めることができて、したいこととのバランスがとれるようになってきた。
「完全であれ」を手放し始めた。
楽しむことを優先することができるようになった。


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よろよろだけど、先延ばしの癖をやめ、原因に対処する行動を取り始めた。人の力を借りたり、人の話を素直に聞いて受け入れたり、自分の気持ちに正直になりそれを人に伝えられるようになった。
それで仕事で失敗しても乗り越えられたし、失敗してもアドバイスを受け入れながらプレゼンテーションの練習をするようになった。

人のすることが気にならなくなり、自分、人に前より優しくなれている、優しい方法を選択できるようになってきた。
人へのイライラが前より減って、思うようにいかなくてもそれに気分を流されることなく、今できることで自分の時間を大切にするようになった。状況は同じでも自分の気持ちのあり方が前向きになって、自分の時間を自分でだめにしないようになった。


自分に優しい方法は他にも、心の傷を受け止め、その影響で行動するのではなく、本当に現実をよくするために行動を変えること。
そういったことが私はできるようになっていた。

それで深く気づいたのは、やっぱり自分の過去の痛みを癒さなければ、前には進めないこと。
癒せば自然と力が前に進むほうに使えるとわかった。
癒すのはただ起こったことに気づくのではなく、私が何に傷ついたか気づき、なにが得たかったかを自分が理解すること。その経験から得られたことを理解し、今を生きやすくする考え、行動を選ぶことまでが含まれるのだと思う。

私は癒すことが途中で終わっていたように思う。
今につなげられてなかったように思う。


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それから、できないことを受け入れられるようになった。
私は yes,and と I message が苦手。だけどあきらめず、できてるようにせずできるまでやると決めて、取り組めるようになった。


過去のことで心が痛む時、自分の人生はいつもうまくいかないと自分を苦しめる考えをするのを癖と思えて、やめ始めることができた。
そんなふうに苦しく考えなくてもいいのだ。
どうしたら解決できるか、対処を考えることに集中するようになった。


そして、ひとつひとつの課題が終わっても、毎日意識できるようになってきた。これは大きな変化だなと思う。
私は回復することを焦って進めていたと思う。
年々焦らなくなったとはいえ、それでもまだ焦ってたと思う。
だから学んだことも自分の心で納得して進められてなかったと思うし、なかなか進まないようにも感じていた。
こうして基本に戻ってまだ身についてなかったことがわかって、だったら自分の人生を幸せにするために身につくまでやってしっかり積み上げていこうと思えるようになった。

こうして時間をかけて、現実的に物事を進められるようになっていることも成長している証拠だと思う。


私は基本の時間習慣や心の習慣が今まである程度できていると思っていたけど、そんなことなかった。
自分の日常は基本がしっかりしてなくてこんがらがってたように思う。
もっと自分の気持ちにフォーカスし、自分の時間の中にある他人を外へ出す必要がある。

少しずつ習慣になり始めている状態をもっと定着させて、キープしたいと思い、次も「コース1/STEP.1」に参加することにした。
どんどん先に行かない選択は慣れないけど、しっくりくるからいい選択なのだと思う。


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今までたくさん苦しんできたからこそ、もう苦しいことはしたくない。
自分に厳しい方法ではもう進めないとわかった3ヶ月でもあった。
よく歩き通したね。
私が納得するように、私が生きやすくなるように回復を進めていきたい、痛みから自由になりたいという思いを自分が知ることができた時間でもあった。
ありがとう。しっかりやり遂げたね。




タイトルはじまり目印

S. T. さん(40代以上/岡山県よりご参加) くるまゆりクラス




くるまゆりクラスにトライしたわたしへ

お疲れさま、わたし。
12週をやりきったね、わたし。
12週の91日間。
ふり返ってみると、わたしの目に映る景色は少しずつ変わってきた。
ふり返らなければ、クラスが始まった11月9日(月)と今のわたしの違いを感じることはできなかったね。

今、感じていること。
それは、ONSAを見つけた数年前のわたしのアンテナの素晴らしさ。
ONSAと巡り会ったわたしの偶然のタイミングのよさ。
そして、勇気を出して一歩ふみだし、ONSAと繋がった日の判断と行動。
その日以来、いまだに歩き続けているという事実。
わたしがわたしを救うために取り組んできた日々。
いま、現在もこうしてわたしのなかに浮かんできた言葉を綴っていること。
わたしのいままでの営みが、わたしをここまで連れてきた。
こんなふうに、自分の歩みをしみじみふり返っていること。
そんなわたしの過ごしてきた時間の重みと尊さを、じんわり味わっていること。

「よくやってきたね、そして、よくやっているよ。」


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歩みはじめた頃、
一発で、一瞬で変わりたかったし、変われると思い込んでいた。
そのための方法や手段を、WORKSHOP で教えてもらえると思っていた。
答えを教えてもらえれば、あとはその通りにすればいい…と。

笑っちゃうね。
とんでもない思い違いだったね。
いまだから分かる。
いまだから、そう言える。

くるまゆりクラス最終日のいま。
「わたしは、時間をかけて少しずつ『身に付けてきた』んだ」
「わたしが、こつこつ『やり続けた』から、いまがあるんだ」
「わたしが、『トライしている』からこそ、ここまで来たんだ」
こう思えるようになった。

あきらめなくてよかった。
あきらめたくなかった。


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ここまでこれたのだから、これから先もやり続けよう。
そうしたら、どんな景色が見えるようになるのだろう。
いま、どんな気持ち?
まだまだ続くと思うと、切ない感じかな…。
果てしない気もして、その道のりを思うと不安で、ちょっと泣きそうかな…。
それから
やり続けたら、見える景色はまた違ってくるという確信みたいな思い…。
どんなことが起こるか分からない、不安とワクワク感もあるかな…。

そして
わたしなら大丈夫。
やれるよ。
そんな感覚もある。


今日までの歩みを称えよう。
お祝いしよう。
そして、明日からまた一歩ずつ、失敗しながらでもあきらめず歩き続けよう。
いままでもこれからも
わたしがわたしでよかった!!
ありがとう。わたし。


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優月さん、OFFICE ONSA スタッフのみなさま
ありがとうございました。
そして、これからも見守りと伴走をお願いいたします。

くるまゆりクラスでご一緒したみなさん
ともに同じ道をそれぞれの歩幅で、それぞれの歩みで今日を迎えたことに感謝しています。

わたしに幸あれ!
みなさんに幸あれ!
すべての人に幸あれ!




タイトルはじまり目印

Y. S. さん(40代以上/兵庫県よりご参加) くるまゆりクラス




3年ぶり2回目のこのコースは、前回の時よりも、より多くの気づきをもたらしてくれました。
より深く、自分自身と向き合うことができたし、自分の本当の感情に気づくことができたと思います。

私、前に進んでいるなあと認めることができたこと、前回に知識として知り得たことが、まだ身についてないなと感じられたこと。
いいことも、ここダメだったなと思うことも、落ち込んだりもあったけど、総じて前を向けるようになったこと。

できていないことについては、即行動に移せるようになったこと。
しっかりぐるぐる考えてからでしか行動できなかった私が、とにかくやってみようとすぐ行動できるようになっていること。

感じる目線が変わっていること。だから、より私に集中できるようになっていること。
感じる心が変わったから、以前より「今、ここ」に幸せを感じられるようになっていること。

古い習慣にとらわれることも、流されることもあるけれど、以前のようにグルグルと巻き込まれることはなくなった。
断ち切れるようになっている。私が私を全否定しなくなった。私の気持ちに寄り添えるようになっている。

そんなことを感じることができた3ヶ月でした。


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うまくできたことも、落ち込むこともあったりして、このコースを頑張ったからって私の人生がバラ色になるとかないけど、日々着実に一歩一歩進んでいく感じが、今回は心地よく感じられました。
伴走した『未来日記』を読み返してみても、私の本音がたくさん書かれてあって、私が我慢することで様々な物事を成り立たせようとする古い習慣が手放せていないことにも改めて気づくことができました。
習慣って、本当に本当に手強いんだなあと思います。

たくさんの気づきから見えてきたこれからの私の課題に、きちんと向き合いながら、これからも進んでいきたいと思います。
そして、優月さん、クラスのみなさま、ご一緒していただけたこと、感謝します。
どうもありがとうございました。




タイトルはじまり目印

R. K. さん(30代/静岡県よりご参加) くるまゆりクラス




私へ。
昨年の秋の終わりから3ヶ月間、ワークショップお疲れ様でした。
年末年始や個人的な試験も挟み、バタバタとした時間をかいくぐって最終週を迎え PAY FORWARD に取り組めていることを誇りに思います。

ワークショップ中の3ヶ月間、息切れをして消化不良だった週も正直、ありました。
けれど仲間の皆さんの書きこみや優月さんのメッセージに励まされ、なんとかここまでたどり着けました。
みなさん、ありがとうございました。


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表面上は問題なく生活できているように見えても、なんだかいつも不完全燃焼で人との親密な関係もうまく結べないで30年間生きてきた私。

これは時が経って運命の人と巡り合って解決…なんてことには絶対にならない。
3カ月間のワークショップを経て、改めて私が感じたことです。

私が私のために本気で人生に介入しなければ、事態は一向に良い方向には向かわない。
だから、私は私の人生にこれからも本気で向き合おうと思います。

この3カ月、ワークショップや手帳、『未来日記』手で自分自身と向き合って、やっと回復のためのスタートラインに立てたような心境です。
優月さんの仰っている「回復には時間がかかる」というのも、今ならすとんと腹に落ちます。

長年の習慣は、そう簡単に、変化・定着しない。
だから、一進一退しても、あせらないし、あなどらない。
じっくりと、私のペースで、これからも自分に向き合い続けて行こうと思います。

今まで外側を埋めることにばかりエネルギーを注いで、肝心の内側の成長をほったらかしにしてきた私。
楽しい、嬉しい、ここに行きたい、泣きたい、喚きたい…。
本来の私の声に蓋をして、ずいぶん苦しい思いをさせてきて、ごめんね。
まだまだあなたを助けだすための道のりは長そうだけれど、あきらめずに進んで行くよ。


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私はどれだけ時間がかかっても、もっと自分を大事にしたいし、本当にやりたいことを見つけたいし、一度きりの人生をよりよいものにしていきたい。
私が私の幸せについて真剣に取り組むことを、他人ではなく、まず私が私に許可します。

私は、次の Web. WORKSHOP の「コース2/STEP.1(前期日程)」に進むことを決めました(ちょっと休みたいなあ、という怠け心も覗きましたが)。
完璧に課題をこなすことではなく、できるだけ自分重心の感覚を掴むことを目標に、また、歩いてみようと思います。
たくさんのトライ&エラーができますように!


優月さん、スタッフのみなさん、今後ともよろしくお願いします。
そして今回ワークショップをご一緒した皆さんも、またお目にかかれる機会を、楽しみにしております。




タイトルはじまり目印

Y. A. さん(20代/福岡県よりご参加) くるまゆりクラス




11月から、2月にかけて、この時間をどれだけ大切に生きたいと思ったのだろう。
私はこのスペースで、変わったことがあるのだろうか。

私はとても苦しんでいました。
左脳を使った作業が苦手なのに、それがかなり重要な仕事をしていて、かなり情報の分析・収集・入れ替えが難しい頭でした。

でも、ここですごしていて、毎週の課題を皆様と一緒に提出していくたびに、現状を少なからず確認できたと思います。


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自分を大切にしていいこと。

正直に言って、この課題をまとめている間はひどく気分が悪いままです。
自分が普段考えている、どうやっても解決しないことをさけんでいる私がいる。
取り返しのつかない、後悔した自分がいる。
それでも時は進む。

今の私のスケジュールは、とにかく仕事中や通勤時間、食事を作る時間、掃除をする時間、それ以外の自分好みに彩っていい時間をこまかくしています。
それで、その彩りの時間をすっごく大切にでき始めていると思いました。

最後に、出さない手紙を書いてからかな。
もう理屈で考えても、遠慮しても、足りない部分があっても、どうしてもかなえたい、頑固なところを、「私が叶えてあげないとな」って。
今一度、読み返し、「今の私」であり、「過去の私」であり「未来の私」でもありますね。


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11周目を描き終えた前後、ぽっかり空いたスケジュールに、私が望むことがひとつ。
それは、選択でした。
私は選択を突き付けられました。これは、2年前も…いえ、1年前か。それと同じ状況でした。あの時は無理だと思っていました。
どうにか仕事が変わればと。でもかわりませんでした。覚悟がなかったのです。

私はこの1年間、色々我慢しました。
でも、我慢しても、苦手の克服に動いても、それはだいぶ空回りしていたのです。

そうして、また同じ選択を。
前の時は、私の事情とかみ合わず、お断りしてしまいました。
選択の前後のスケジュールは、違っていたのです。
作品の回収が終われば、もう先生とは会えないなって。私は諦めていたのです。
でも、久しぶりに会って、その前には作品のテーマでやりたいのが出来て、私は色々な物を捨てたり、整理整頓していて、でもどうしても道具や、心を込めて作ったものを捨てれなくて。
もう色々自分を諦めたのです。私にとっては良い方向性で。
「諦めるのを諦める」という形で。

その先生は、昨年と違って、とても私に配慮していただきました。
あなたの都合の良いようにと。作品が小さくてもいい、それでもあなたが「描きたい」という気持ちがあるのであれば、この場所を使って作品作りをちょっとずつしていけばいいと。時間はありますので、後でもいいので考えてください、と。

私は、脳では考えられませんでした。そういう、考えるのが、不確かな未来を想像することが私はもうできなかったのです。
でも、応えたかった。だから、半年であれば、一つのテーマでやりたかったのが一作品仕上げられる。それ以上の、来年の春だとかは考えられませんので、それでよろしければと返答いたしました。そう、もう「ココロ」で答えてしまったのです。でもそれが答えでもありました。

その先生は大好きな先生で、もういつでも大往生という形で栄光の岐路へ着けるお年なのです。だから、もう今しかチャンスが無いと思いました。
不思議ですね、私に素直になることが、このような答えになるのですから。


この WORKSHOP で、皆さんの心苦しさ、葛藤、そして現在の答え、お別れの言葉。私もともにやってきたつもりでいます。
またしばらく、藤沢優月さんのおすすめの本を読んで、理解を深めていきたいと思います。

藤沢優月さん、運営されているスタッフの皆様、そして、くるまゆりクラスで一緒に学んだみなさん、この3カ月間、お世話になりました。
本当にありがとうございました。




タイトルはじまり目印

C. W. さん(40代以上/埼玉県よりご参加) くるまゆりクラス




12週間、みなさんも私も、本当にお疲れさまでした。

すべての書き込みを振り返ってみて、私は涙が出ました。
私は、12週間の間、本当に泣けるくらい真摯にしがみついていました。
今までの人生で、こんなに自分に真剣になれたことってありませんでした。
3か月間、我ながらよく生きました。


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私は、子供の頃からごく自然に自分の心にうそをついてきました。
(つきたかったんじゃなくて、つかざるをえなかったのですが。それが大人になってからも気付けないまま、ずっと続いていました。)

出来なくて・叶わなくて傷つくのがこわくて、「本当は、もっと出来る」って本気にならなかったり、「どうせ」っていじけて、自分自身と向き合うことをあきらめていました。
自分自身で、自分を大切にすること・真剣にとりあうことから遠ざけて、ずっと自信がないままにしていました。
だから、自分で自分の為に必死になれたことが、シンプルに嬉しいです。


個人的なことを書くと、このワークショップが始まった頃、私は職場での理不尽な出来事に心が荒れ、身近な家族である姉との関係も荒れていました。
今後どうしていきたいのかも分からず、身近な未来の事も決めかねていました。
自分自身が信じられないから、がんじがらめで身動きが取れなくて苦しかった。

でも、今週この3ヵ月を振り返ってみたら、いつの間にか「こんなこともあったけ」と感じる自分がいました。
これまで、こんな風に感じたことはありませんでした。
いやな出来事・失敗したことは、いつまでも現在進行形でネガティブなまま私の中に留まっていたのに。
(私は、ひそかに自分のことを「根に持ちやすい性格」と思っていて、それがコンプレックスの1つだったんですが、自分がそうさせる処世術をしていたということが分かり、すっきりしました。)


それが、今は不思議と心の中がおだやかです。
自分の中が穏やかなせいか、日常のしがない時間が前より大切に思えてきました。
(前は、何かを達成するための時間・人から見て素敵と思われそうな時間以外は、グレーな時間でした。)

「楽しい」「嬉しい」と感じることが、少しずつ増えてきました。
人に振り回されっぱなしだった頃に願った「静かに自分の心と向き合うこと」。
あの頃夢の又夢だったことが、今叶っています。

心が穏やかなせいか、又、自分の弱さや失敗を認め、優しくよりそえるようになってきたせいか、前より自分のことも人の事も温かい目で見られるようになってきた気がします。
(本当の意味での思いやりって、自分を大切にしないと分からないものなんだなぁと感じています。)

最近は、姉とも穏やかな交流をしているように感じます。
(「境界線ワークショップ」の後、姉に対してどうしても理不尽だと感じることがあった時、勇気を出してきっぱり引けたのも大きかったとも思います。)


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自分の現状も、「私は、人並みに家族が作れなかった」「実家で暮らしているのは、自立出来ていない」「これから先も働いていけるだろうか?」「仕事をどうしていこう?」「でも、どうしていけばいいか分からない」なんてぐるぐるしていたんですが、そんな自分も、それはそれとして受け入れられた気がします。

そして、この WORKSHOP 期間中自分と向き合う中で、「私は、その分、自分の時間とお金とエネルギーを回復に使える」という、今の自分のいい面に目を向けました。

どうしても苦手でイヤで受け入れがたい仕事をしたお陰で、「自分の今の仕事は自分がすごくやりたくて得意な仕事ではないけれど、やっていけそう」と思えたし、自分のポジションや人間関係で恵まれている所にも目を向けられました。

そして、自分の今の仕事の中で自分が得意とする面、出来る事にもっと気づいて、自分からそれを活かせるよう働きかけていこう。
会社にもしもの事があった時困らないよう、社会保障や転職活動をする場合の勉強をしよう。
独り立ちするには、私は知らないことが多いから、お金や社会のことにももっと目を向け、少しずつ勉強しよう。

時間もお金も、もっと大切にしよう。
その為に、今は実家にいることを選ぶ。
外側に大きな変化をもとめるのではなく、今は自分の内側を癒し、学ぶのを優先する。


私は、こんなささやかなことを少しずつ決意し、少しずつ動き始めました。
こわくて出来なかった、未来に目を向けることを始めました。
これは、今までの「消去法で、仕方ないからそうする」こととは少し違う気がします。

こんなことでいいんだ。
大きなことも、自分と向き合いながら、まず少しずつ決めて動けばいい。
小さなことでも、自分の心で決め動けるようになってきたことに、ちょっと驚いています。


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そして、気付くのは、自分に真剣になればなるほど時間は足りないということ。
自分の気持ちを見定めるにも、決めるにも、学ぶにも、動くにも。
そのひとつひとつに、思ったより時間はかかっている。

たとえばお金なら、働けば入ってくる。貸したら、返ってくる(返ってこない場合もあるかもしれないですが…)。

でも、時間は誰からも返してもらえない。
だから、大切にする。人や過去に捉われたり、干渉しあっている場合じゃない。
今さらかもしれないけれど、そんなことをしみじみ感じました。

(Web. WORKSHOP 「コース2/STEP.1(後期日程)」で出て来た「時間は戻らない」ってことを、私は1年かけて受け入れたみたいです。基礎に戻ってやり直してきて良かったです。)


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自分に取って変化の感じられた3か月間でしたが、本当にシンプルで小さなことの積み重ねだったな、と思います。
それを、真剣に、失敗しながらでも「やったこと」。
「基礎」を知ることと実際に「やること」って、本当に大事だと感じています。


私は、長い間、自分を認められなくて苦しんできました。
子供の頃に作られた「自分は、特別じゃないからだめなんだ」っていう思い込みも、まだなくなってはいません。
それでも、今は、自分を認める事って特別なことをすることじゃないんだと分かりました。
自分を認めることは、人と比較することでもないし、特別なことをして人からすごいと言われることでもない。自分をまるごと受け入れてくれる人を探すことでもない。
自分の気持ちを上げて、満たしてくれる物を手に入れることでもない。
(「変容ワークショップ」聞いた「自分の外側のものは、自分のかわりにはならない」ってことが、やっと腑に落ちました。)

日常を、自分に関心と時間をかけながら、ほめながら、もう出来たことを認めながら、真剣にコツコツ進んで行くこと。
これだけのことだったんだなぁ。
(でも、これだけのことが、人生を「生きる」そのものなんじゃないかと感じています。)

私は、これを長いこと知らずに、学べずにいたからこそ、前に進めなかった。
でも、知って、実際やって学んだ今、少しだけ前より自信と覚悟をもった自分になれた気がします。

こんなことを、このワークショップで気付き、学べました。

それから、「出来なかったら、戻ってやる」「繰り返しやる」ことの大切さを実感しました。
私は今回2回目の参加でしたが、1回やっただけだったらここまで感じられるようにはならなかったと思います。

今の自分の気持ちを、「平凡な人生、日常なんて下らない」と思っていた遠い過去の自分にも教えてあげたいです。


「変化は心の中から起こる」って、いつかのワークショップで聞いて心に残っていたのですが、最近なんとなくそのことが腑に落ちてきた気がします。

その変化が一時的なものにならないように、又、今回見えてきた自分の問題(子供の頃境界がうまく作れなかったこと、思考・行動の動機が「こわい」になっていること、自分にうそをつく処世術が今も身についていること)に、これからもコツコツとしがみついていきたいと思っています。


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最後になりましたが、ご一緒したみなさん、みなさんがご自分に集中されていたので、私も思いっきり自分に集中することが出来ました。
みなさんの書き込みに沢山気付きをもらい、みなさんの変化に励ましをもらえたおかげで、私もここまでやってくることが出来ました。
本当にありがとうございました。

それから、藤沢さん、スタッフのみなさん、ワークショップを続けて下さり、
本当にありがとうございます。
これからもお世話になりますが、宜しくお願いします。




タイトルはじまり目印

T. Y. さん(30代/東京都よりご参加) くるまゆりクラス




おつかれさま、私!
もう3ヶ月が経ったなんてビックリだね。
始めたのって12月だっけ?
と、思うぐらいにあっという間でした。
手帳を見てびっくり。
こんな前から始めてたんだー。
と、いう感覚です。

手帳がつけられるようになったかというと、むむむって感じはあるものの、
やりたいことは増えました。
あっ。こんな感じ?
これをやりたいから、手帳で時間を見張るってことなのかも?
と、思います。


ちょっと話しはそれるけど、
今まで私は、家をきれいに保つという意味が分かりませんでした。
わからない気持ちが、引っかかってました。
どこでふっきれたかは分かりませんが、
気持ちいいからでいいじゃんって、動ける自分が今はいます。
すごい進歩です。
ちょっとまだ浮き沈みはあるけど、
「止まりそうになる自分をひっぺがせ!」という呪文が効果ありです。
忘れたら、また思い出そう。

『未来日記』のつけ方にも変化があった。
いままでは状況を説明して感想をかこうとするような癖があった。
そうすると書き出しで止まってしまう。
書こうとしていたものが目の前で崩れていってしまう。
なにも書けない。
自分のふたがパコッって閉まって何もでてこなくなる。
苦しかったです。

いまはズバッっと気持ちだけ書いてしまう。
そうすると、わりと出てくる。
いい感じです。


手帳がつけられるようになったかというと難しい。
その前段階でもたもたしている。
まだ自分の中で引っかかっているものがあるね。
試行錯誤って感じだけど、またひとつ手がかりを見つけられた。


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今までの自分の記録を振り返ると、こんなことを書いていたんだっけと忘れている自分に驚く。
たった3ヶ月なのにね。
本当にしっかり取り組めたか、逃げなかったかというと、少し曖昧です。

ちゃんとやるってどういうこと?
分からないけれど、今までの中でいちばん出来たのではないかな。
苦しみながらも最後まで何とかたどりつけた。
まとめまでやっている。
できないなりにやってたと思う。
できないということに向き合いました。


自分で用事をこなそうと取り組むと、時間が前に進み始める。
できたらやろうとか、いまは休憩とか思い始めると乱れていく。
ノートを見るとそれが如実に現れている。
この期間中に利き手が腱鞘炎になってしまいました。
字を書くという事がつらい。
それを理由にさぼり始めたら、気持ちも時間も調子が悪くなってしまいました。
いかん。いかん。

家事をするのも支障があるけど、やり方を変えればいいのだ。
時間をゆっくりめにしたり、便利グッズを使ったり。
やらないのではなく、できるやりかたを見つけていく。
そのほうがすっきりする。
自分が生きる感じがする。


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ワークショップに初めて参加したときのことを思い出しました。
私は、PAY FORWARD で仕事も結婚もするって書いた覚えがあります。
いま、実際にそうなっているなって思います。
ワークショップに参加するごとに、ひとつひとつ近づいていきました。
好きな人に会いたい。
そんな想いが出てきたときもありました。
本当にほしいものは封印していました。
思いもしなかったけど、私は幸せな家族がほしかった。
普通の生活がほしかった。
のどから手がでるほどに飢えていた。
それをずっと封印していました。
そのことが分かってよかった。

これからももっと自分を解き明かしていきたいと思います。
このワークショップでご一緒した皆様ありがとうございました。




タイトルはじまり目印

N. I. さん(30代/広島県よりご参加) くるまゆりクラス




私は自分の時間を大事にして、自立出来るようになりたい…。
そう思って WORKSHOP に参加することにして、あっという間に3か月が経ちました。

課題に取り組んでいる最中も仕事や人間関係のゴタゴタに巻き込まれて、意識していないと自分のための時間がどんどん消えていって、自分がイメージしている時間と実際に過ごす時間の差が大きくひらいていることを痛感しました。

一つ一つの課題は難しくないように思うのですが、実際に取り組んでみると私はなかなか大変でした。
自分の心の声が良く分からず、上辺だけ整えてとりあえず課題を提出すればいいかな…という状態に何度かなりかけ、いやいやそれじゃ自分はダメダメなままだ! と踏ん張ろうとするけど、上手く踏ん張れず転んでばかり…の繰り返しでした。

上手くいかないことだらけでしたが、改めて3カ月を振り返ってみると、自分がどんな時間を過ごしたいのか、自分が何を嫌だと思い何を好きだと思うのか、ボンヤリと見えてきたように思います。
課題に取り組むことで自分の声を記録する習慣が少しずつ身についてきて、その記録を振り返ることで自分の気持ちや進みたい方向が見えてくるのだなと実感しました。

それから、やっぱり仲間がいるのは心強いです。
WORKSHOP に参加されている皆さんに直接お会いすることはないですが、皆さんの書き込みを読んで新しい気付きや元気をもらったり、失敗してもまた頑張ろうって思えます。

しんどかったけれど、WORKSHOP に参加して良かったです。
自分の気持ちや心の声を記録することをこれからも続けていこうと思います。




タイトルはじまり目印

K. K. さん(40代以上/宮城県よりご参加) くるまゆりクラス




2度目のこのコース、年末年始、公私ともに忙しい時期を含んでいました。
それでも、いえ、だからこそやって良かったと思います。

世の中がせわしなくなったり、人づきあいが多くなるこの時期、例年恒例の行事やムードに流されて、それが本当に自分の時間を費やしてやりたいことなのか、どうなのかも考えることができたからです。

ずいぶん自分の本音もわかるようになってきたし、自分を認めること、ほめることもスムーズにできるようになってきたし。
私の生活が大分穏やかになり、これが私の生き方なんだと思えるようになってきました。
昔あこがれた、羨ましがられるような華々しい生活じゃありません。
むしろ地味だし、うまくいったかと思った途端に、格好悪い失敗をしたりもします。
でも、借り物ではない、私の生き方。
生身の私が生きている時間。

生身だから、ずっこけて怪我をすることもある。
その怪我のせいで、物事が滞り、残念な思いをすることもあるし、挽回できる方法を脳みそに汗をかくほど考えて、決死の覚悟でやってみたら案外するりとうまくいくこともある。
偶然うまくいったことじゃないからこそ、また同じ方法を再生することができる。
それは私がこれから生きていく中での財産。


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「私らしく生きるための練習」だなんて、
そんなことをしなくちゃいけない自分の過去を恨んだことは数えきれないくらいあるけれど、
恨み言を言っている間に、先人たちが考えてくれた、うまくいく方法を身につけた方が楽に早く自分の生き方に近づくことができる。

それがすごくよくわかりました。
私はまた次のコースで練習することで、私らしい生き方をすることがより早く実現できるようになりたいと考えています。

いっしょに3か月間頑張ったみんなが、それぞれの幸せを手に入れることができますように。
ありがとうございました。




タイトルはじまり目印

H. E. さん(30代/愛知県よりご参加) くるまゆりクラス




無事に年を越せました。

くるまゆりクラスのみなさま。(私を入れて、13人もいた!)
ご一緒してくださって、ありがとうございました。

毎月お金をよけてくれている私にもありがとう。
おかげで、私の毎日の心と体の安全と安心を、なんとか、ギリギリのところだと感じるけれど、なんとか確保できていると思います。
(お、いいね! できてきてることだね!)

年末は、私の「やりたい」のひとつをかなえるべく、リュックをせおって、ハイジっぽい宿に一泊したね。
すてきだった。
年末の駆け込みだったけど、楽しかった。
楽しかったねえ。
また行こうね。
今度は、どこに行こうか。


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傷つくのは、一生懸命だからだったからだなって、私は私の傷を肯定したい気持ちでします。
ちゃんとできなかった、うまくできなかった、要求通りにできなかった。
外側の声をきいて、それにこたえて、生存権を得ようと一生懸命になっていたので、「また」できなかったことに落胆して、「やっぱり」できない自分の能力に失望して、私は生存権を得損ねて、深く自分の存在を改めて疑って傷ついていた…。
整理できかねているのですが、そういう感じです。

がんばってきたんだねって、改めて感じます。
この痛いのも、生きているからこそよね、とも感じます。
心がうごいて、涙がでるのも、まさにそう、心があるからこそよね、って感じます。

一昨年のことになってしまうのだけれど、私は「TAT セッション」を受けたあとで、ああ、これから私は高校生のころの私の感情を取り戻しにいかなくちゃ、と思いました。
長い時間をかけて、そのころの私の感じていたこと(主に殺意レベルの怒り)にアクセスしてきたと思います。

ああ、もうそろそろ、十分…もういいんじゃないかな…という感じがあります。
怒るってめちゃめちゃエネルギーを使うんだなーと学びました。
シンプルに言えば、「もー疲れた…!! クタクタだよ!! もういい…もういいよ…。」です。
きれいにまとめようとしてないか私? という不安はあれど、もうこりごり、十分に満喫? しました、という感じ。

もう十分。
さあ、次にいこう。
私は、私を大事にしよう。
私の人生を、私は生きよう。
私のこころを、私は大切にして、日々の時間を生きていこう。

ひとはひと。
わたしはわたし。

それでよし。
そこがいい、もともとのところ、もともと居たところに、戻ってゆこう。

うわー書いていると心が前向きになります。
戻る、もどるもどる、そっちがいい! 断然!!
戻ります!!


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それから前よりも、「ひとりじゃない」ことを、私は少し学んだと思います。
私は確かに自分勝手で、自分のことしか考えていない。
(そういう段階を経て、成長していくんだから、それは、それでいい。そこを守りながら育ててゆくのが、必要があれば「ひとりじゃないよ」してサポートを借りてゆくのが、大人の私の役目なんだよ。)

同時に、この世界で、それはもういたるところに「場所」があって、生きてるかぎり、何かしらその場のなかで影響をしあっているということも、うすうすと、見ないフリをしているところもあって、たぶん本当はヒシヒシと感じている。
「私は、ここで、機能している」という感じは、社会のなかで「はたらく」上で大事なことに思いました。

それから、もし私に機能している家族があったら、私はこういうことを体感を通して学びたかった、と思いました。

「私は、このままで、何をしても、しなくても、ここに所属している」「私はただここに“居る”だけで、この場所で機能している(=存在していてOK)」
「私の存在は、尊重される」
「私の感情は、私の成長は、私の言葉は、私のニーズは、私の希望は、私のチャレンジは、守られ、実行をサポートされ、失敗したときは慰められて、また勇気を出すことを励まされ、あたたかく見守られる、私のあらゆる思いや行動には、そうされるだけの価値がある」
「そして、私と同じように、他の人も、そうされるだけの価値がある」

知識だけじゃなくて。
コースのなかでじゃなくて。
ああ、それがよかったって、日常のなかで、私が、そう感じました。

プライドじゃなくて、リスペクトがいいな。
無理矢理でなく、内側からわき上がる、そういう思い、エネルギーを待ちたい。
待ちながら、いま私にできることを、ひとつずつ取り組み、準備をしていたいと思います。
私にはそれしかできない、そうだよな、そうだった…。
それで、できることをやっていれば、本当に十分。
それを認めてあげないなんて、自分に、ごくあくひどうな仕打ちだわ、と思いました。


投稿を読み返していて、「人間であるな」っていう禁止令が私にかかっているのでは? ということを私は書いていました。
これって、ある意味で「女子であれ(=私であるな)」ってことかもしれない、と何となく思いました。

いつぞや「”女子力” とか、そういうのは、どうでもいいんですよ。」って言った、美容師さんの卵の男性に、私は「お」と思って、妙にクリアに覚えている。
「お、そうだ、私もそう思う」と思ったのかもしれない。


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病院に、通い始めました。
電話だけのところも入れると7月から探し始めて6件目、そこに通っています。
「ここなら大丈夫そう」という感じは、私にはとても大事なことで、まだ緊張はするけれど、もし何かあったら相談できるところがある、というのは安心感があります。
それに病院だけじゃなくて、公共のサービスもあることも知っている。
近頃行けていないけれど、受け入れてくれる自助グループもある。
カウンセリングも、困ったらメールをしていい、らしい(しないと思うけれど、いいと言われているというだけで、私はなんだか安心する)。

安全である=私を守る、というなら、私は私を守れている、少しずつできているように思います。
部屋の片づけをしている最中、ふと開いた数年前の未来日記に、私が「安全第一ってどういうことだろう…。」と書いているのを見つけました。
分からなかったんだよね。
それくらい、私は安全とはほど遠い感覚のなかで、生きてきたってことだと思ったよ。

今も分かっているかといわれると、試行錯誤している状態だけれど、少し、どういうことか分かってきたように感じる。
私も歩いている、進んでいる。
大丈夫。
大丈夫。


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それから、部屋の片づけも、もう少し進んだ。
いや、めちゃめちゃがんばった、この3ヶ月(たまにワークショップより優先してしまうほど…)。
3年くらいかけて、ようやく「あともう少し」という気がする。
私が居心地がいい、と感じる、そういう場所にしたいです。
「帰ってきたい」と思いたい。
ただいま帰りました、いってきますって心を込めて言いたい。

年末の旅行みたいに、いつもの毎日が楽しくなる。
暮らすことって、毎日の時間に無理なく手をかけて生きることって、きっと本当は楽しい(という予感がする)。
そういう時間がいい。
地に足をつけて、私が、私のために、そういう時間を過ごせるようになりたい。


私の自分の心をごまかす癖がなくなったわけじゃない。
減ったわけですら、ないと思う(日々ある)。

私の話を聞いて欲しくて欲しくて、「あ…盛ってた…。」ということもある。
そういうときは、ああまた嘘をついてしまった…と私はへこむ。

お話しをしたくて、きっかけを探して、また心にもないことを言ってしまった、また。
また嘘をついてしまった…と私は落ち込む。


私の行動が、生き方が、まったく誠実でないのは、もちろん健康な生き方ではないけれど、いちばんは、そういうことをしてしまった時に、私を軽蔑したり、責めたり、生存権を取り上げたりして、トライ&エラーを許してあげられない生き方が、いちばん問題で健康的ではないんじゃないか。

そういうことを感じながら、少しずつ、私は、私のまいにちを過ごせるようになってきたと思います。
できないことの方が、まだ多い、忘れてることの方が多い。
でも、違和感があって、へこむ。
今までは、へこむ私もないことにしていたと思う。
本当は、あったのに。

「変わりたい」「こうありたい」というのは、ほかでもない、私自身の内側からでてきている「わたし」の意志のエネルギーだと思います。
そう思ったときから、私のなかの「私」は、うまくいえないけれど、力を得て、少しずつ「私」のなかに、時間をかけて、積み重なっている。
「思い」はちゃんと私のなかにある。
そういう「思い」を、周りのひとに比べて、私はどうして私のなかで束ねて、芯のとおったしなやかでパワフルな強さとして、感じることができないのか、少し悲しいし、もどかしくもあるけれど、もう少し時間をかけて、遅いは早いだった、だから大切に育ててゆけるといいです。
だって、ちゃんと、私のなかに、あるのだから。


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ここまで書いてから、うわべだけで書いているみたいで、不安も一緒にどんどんおそってきて、提出ができませんでした。

嘘つき。
口先ばっかり。

職場のトイレの鏡にうつる私のなんとも心許ない顔に驚きます。
髪をバサリと切ったので、表情を隠す余地がない。

信じるって、それも意志のエネルギーだよ。
負けたりしない。
踏ん張って、私は、私を守って、しあわせだなぁっていう時間を増やしていく。

胸が苦しい。
そんなの、私にできるわけない、こわい。

だいじょうぶ、できるよ。

正直に言うと、私も怖いのだけど、右も左も上も下も真っ暗で、それでも、歩こう。
この道を歩けるのは、わたし、ひとり。

誰も責任を取らない、わたしの人生。

そして賢く。
自動操縦していると、破滅的な方にまっしぐらです。
そんなのは怖いし、嫌だ。

私はもう少し、地ならしがいりそう。
足元をしっかり、もう少し、時間をかけて取り組んでいきます。
引き続き、よろしくお願いします。




タイトルはじまり目印

S. H. さん(30代/新潟県よりご参加) くるまゆりクラス




この12週間で起こった外側の大きな変化は、退職したこと・彼氏と別れたこと・新しい出会いが増えたことです。
内側では葛藤や苦悩、喜びや楽しみなど浮き沈みが激しく、熟睡できない日々が続きました。

このワークショップ1週目の頃は、自分が空っぽで、劣等感が強く、絶望感いっぱいの状態でした。
それで、私の今回のテーマは「自己肯定感」でした。

今、私を一番褒めたいのは、12月1日から毎日自分褒めを続けていることです。
また、無理して頑張ることや、いい人でいることをようやく手放すことができました。
まだ親の視線が気になるけど、遊ぶことも徐々にできるようになっています。

人前で泣くことができました。
苦しいと訴えることができました。
よいことに目を向けられるようになってきました。
人から綺麗と言ってもらえることが増えました。
気のない約束をキャンセルできるようになりました。
1人の人に全てを求めるのではなく、たくさんの人に少量ずつ分散してニーズを満たせるようになりました。

初対面の人と会うのに抵抗がなくなりました。
それは自己肯定感が上がって、人が離れていくことを恐れなくなり、堂々としていられるようになったからだと思います。
12週目を終えた今は毎日が楽しいと思える状態になっています。
1週目に立てた目標に概ね向かってると思います。


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11週目の出さない手紙を投稿できなかったのが心残りです。
11週目・12週目は気が緩んで、あっという間にスケジュール帳が真っ白になってしまいました。
退職して空いた時間が、灯台の時間ではなく、LINE をしている時間に占拠されてしまいました。

私の時間管理スキルは脆く、まだまだ習慣化していません。
今、私はスマホ中毒の状態だって分かっているのにやめられなくて、本当に依存症って蟻地獄のようだなあと感じています。
これからしばらくは ONSA 以外でケアを受けることにしましたが、Web. WORKSHOP は私の命綱だったので、それを手放すとどうなっちゃうのかちょっと不安です。


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私は飽きっぽくてこれまでの人生で何も積み重なっていない、自信がないと嘆いていました。
今は、好奇心旺盛で経験豊富で新しいことにチャレンジする勇気と行動力があると解釈しています。
仕事やお金のことなどまだまだこれからですが、精神的には好転してきました。
「時間」「境界線」「書く」の基礎を忘れず、繰り返し強化していきたいと思います。


ONSA を通じて出会った皆様に心より感謝しています。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。





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