2012.08月開催 「TAT セッション」おれんじクラス(2回目:Special PAY FORWARD)

PAY FORWARD:ONSA TAT セッション
2012.08月開催 「TAT セッション」おれんじクラス(2回目:Special PAY FORWARD)


「ONSA TAT セッション」の PAY FORWARD(ご参加者のご感想)です。
Special PAY FORWARD は、9項目の質問に答える形式となっております。
なお、PAY FORWARD の本文中には、ポット(pot)という専門用語が登場する場合がございます。その旨どうぞご了承ください。

●コースの内容 
- 「ONSA TAT セッション」
●もっと読む
- PAY FORWARD(ご参加者のご感想) もくじ

 PAY FORWARD(ペイ・フォーワード)とは「次の人につなぐ」という意味。すでに ONSA WORKSHOP にご参加されて、ひと足先に変化を歩き出した方々から贈られるメッセージです。
タイトルはじまり目印

M. K. さん(30代/神奈川県よりご参加) おれんじクラス


タイトル下の線


(* ご本人のメッセージも、一緒にお届けします)

藤沢さん、田宮さん、おれんじクラスのみなさん。
お元気ですか?

「WebEx セッション」後、今日までに3回のセルフセッションをしました。
私のクレンジング・リアクションは、最たるものが「眠気」なので、人生の夏休みと言わんばかり可能な限りで昼寝を満喫しています。

みなさんと時間を共にしたセッションが、遠い昔のような気がしてます。
でも、ペイフォワードを書きながら、みんなも頑張ってるんだろうな~と思うと、自然に笑顔になって、励まされています。
参加できて本当によかったです。
ありがとうございました。

P.S.
みなさんにうちの猫を「かわいい」と褒めていただいて、とてもうれしかったです。


1)あなたの問題は、そもそも、どんな主訴でしたか?



他人の問題に意識を持って行かれること。
他人の問題を解決してあげなきゃ、と考えはじめてしまうこと。

目の前(主に職場)で問題が起こると、こうすれば問題は解決できるのに、でもそれを言っても、相手は聞き耳もたないし、感謝されないし、私ばかり大変になるし、どうせ、どうせ……という考えでいっぱいになっていました。

お付合いしている人がいるときは、その人の問題のことで頭がいっぱいになりました。
トラブルを抱える友人の話に解決案を提示しても、実際に問題が解決することは少なく、友人からは感謝はしてもらっても、本人はその方法を実践しない、ということへの不満。

たとえ私が一生懸命になっても、問題が解決しないことに対しての無力感。
でもその一方で、問題に関わらないことを選んだときの「見捨ててしまったのでは?」という罪悪感。


「境界線」について学び、現実として関わることをやめることができても、意識の部分でどうしても切り離せませんでした。
その場にいても、その場にいなくても、つい考えてしまう。
他人のことで頭がいっぱいになってしまうのは大問題だと思い、テーマにしました



2)どんな環境、どんな過去を持っていますか?
どんな痛みの体験が影響して、そのような主訴を持つようになったのでしょう。
過去を振り返ってみましょう。
あなたは、どのような体験をしたのでしょうか。




父親が母親に暴力を振う家庭に育ち、私は両親の間を取り持つ役割を与えられていました。
私は母の味方でしたが、母は私の言葉にはあまり耳を傾けてくれませんでした。

父は、私には悪く思われたくなかったようで、私の目の前では大声を出したり母に暴力を振るうことはありませんでした。
でも、私がいなくなると母を罵倒し、暴力を振るっていました。
私がいないと母は父にぶたれてしまうという、緊張の毎日でした。

私は、リビングとは襖一枚隔てた隣の部屋で寝ていたので、眠ると始まる父の大声と母の泣き声が怖くて悲しくて仕方ありませんでした。
ひとしきりケンカが終わり、父が夜中に出かけていくと、ホッとしました。
無言で荒れた部屋を片付ける母を手伝いながら、父のことを恨みました。
それと同時に、暴力を振るわれても、離婚を勧めても家を出ない母が、子供の私には理解できませんでした。
結婚とは、人格を無視されたり暴力をふるわれてもやめられないんだと思いました。

10歳のある夜、いつものように父の大声が始まり布団の中で泣いていた私は、ふと
「どうして私がこんな人たちのために泣かなきゃいけないんだ」
と思いました。
以後、私が両親の不仲のことで涙を流すことはなくなりました。
私が泣いても、お願いしても、両親の仲はよくならない。
私は家族をあきらめました。

私が子供の頃の母の印象は、神経質でピリピリしている人でした。
友達を家に入れてはいけないと言われ、まれに許可が出て部屋で遊び始めると、30分もたたないうちに「ちょっと」と呼び出され、友達を帰すよう言われました。
電話も3分を超えるとヒステリックに怒られ、その声を友達に聞かれるのがイヤでした。

うちは、他の家とは違うらしい。
でも、私にはどうすることもできませんでした。



3)ONSA WORKSHOP および TAT セッションで、その過去(正確には、過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)がどんな風に変わってゆきましたか?


もう終わった。
これは過去のこと。
両親も、それぞれの人生を一生懸命だったのだろうと思えるようになりました。

怒り、恨み、後悔を、考え続けるよりも、これからの自分の人生のことを考えたいし、誰かの関心を得るために、自分の心を曲げて生きるのはもうたくさんだ、と思いました。



4)TAT セッションを受けるには、どんな前提条件が必要だと思いますか?

ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」 こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること………など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、ご自身の言葉で教えてください。




自分が変わる必要があるということに気づいていること。
「変わりたい」と心から望むこと。
他人と比べないこと。裁かないこと。
信じること。(TAT、藤沢さん、仲間、そして自分)

TAT は誰でも受けられるけど、その後の日常生活に戻っていくことを考えると、セッション後の安全装置として ONSA WORKSHOP の経験があったほうがいいと思います。



5)もし自分が ONSA WORKSHOP で訓練をしないまま TAT セッションを受けていたら、どんな風であったか、想像して、教えてください。



TAT に依存していたと思います。
そして、周囲の問題のある人に、TAT を強要していたんじゃないかと思います。

変えるのは他人ではなく自分だということを、ONSA WORKSHOP で自覚できたから、それをしないで済んだのだと思います。



6)ONSA WORKSHOP は、TAT セッションを受けるにあたり、あなたにとってどんな風に役立ちましたか?



自分の問題に気づくためのプロセスを、安全に歩むことができたと思います。
私は、自分の人生の問題には全くの無自覚でした。

得た知識を他人を変えることに使い、事態が好転しないことに怒りや疑問を感じつつ、そしてやっと、得た知識は自分のこととして使うということが理解できました。
なので、TAT も自分のためであることが、第一の前提として理解できるようになったと思います。

クレンジング・リアクションの説明を、WORKSHOP のたびに何度もしていただけるので、TAT 後も落ち着いて過ごすことができました。



7)TAT セッションを受けてみた後、1)と2)で書いた問題は、どのように変化しましたか? そしてその変化は、あなたにとって、どんな風に感じた出来事だったでしょう。
あなたの言葉で教えてください。




先日、さっそく職場でトラブルが起こり、意識をもっていかれそうになりましたが、ひと呼吸して少し落ち着くと、冷静に分析している自分がいました。

周りを巻き込んで不平不満を言っているけど、結局この人はどうしたいんだろう? とか、自分は正しくて相手は間違ってると一歩も引かず言い争ってるけど、この二人はすごく似てる、とか。
そんな見方ができてる自分に驚きです。

両親のことに関しては、生き方を改めるのは父だ! と強く恨んできましたが、その後、私が家を出て、父が変わって、母との関係が好転したにも関わらず、今度はそれ(暴力)がなかったことになったように感じて、それも許せないと思っていたんだな、ということに気づきました。

私は、自分を苦しめた両親が何かを楽しむことを禁止して、自分自身にも楽しむことを禁止していたんだと思います。

母のヒステリックに関しては、母は私に嫉妬していたのかもしれないと思いました。
「妻には暴言、娘は溺愛」という図式。
もし自分が妻だったら……と想像すると、冷静ではいられないように思います。
私には子供は育てられない、絶対虐待してしまうと信じていた根っこが、このあたりにあるのかもしれません。

父の暴力のインパクトが強くて忘れていましたが、子供の頃、母にぶたれたことがすごくショックだったし、18歳で上京した一番の理由が、母の情緒不安定だったことを思い出しました。
私には、まだまだ降ろす荷物がたくさんありそうです。

両親のいいところ、好きだったところも少しずつ思い出してきているので、父は他界したのでこの願いはかないませんが、母が生きているうちに両親のもっと若いころの話や、私が小さかった頃の話、楽しかった頃の話を聞いてみたいと思いました。



8)これから ONSA WORKSHOP ならびに TAT セッションを受け、みずからのトラウマに向き合ってゆく方にメッセージをお願いします。また、痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている方に、あなたにしか送れないメッセージをお願いします。



今は光が見えなくても、必ず変われるから大丈夫。
かつての私がそうだったから、確信をもって言えます。
自分を責めるのは、もう終わりにしていいと思います。

ものの見方を変える訓練は、一生の宝物になります。
心、時間、お金を他人に譲り渡すんじゃなく、ご自身のために使ってあげてください。

信じてやってみようかな、と思ったら一歩踏み出してみてください。
私は心から応援しています。
みんなも応援しています。
私もそうやって、ここまで来ることができました。



9)最後に、ここまで歩いてきた自分自身に、メッセージをお願いします。
誰かに遠慮する必要はありません! 思い切ってどうぞ!
感じていることを、素直に書いてみてください。




わたしへ

いま、ここにいることが、まだ信じられない瞬間があるよね。
毎日毎日、怒って、泣いて、絶望していた「あの頃」は、ほんの数か月前のことだよ。

あきらめなくて、よかったね。

このおだやかさをじっくり味わないともったいないから、自分を責めるのはやめようね。

ずっとやらずにいた観葉植物の植替えをしたら、鉢が変形するくらい根詰まりしていて、これは私だ、って思ったよね。
表面上は問題なく見えるけど、ずっと息苦しかった。

植替えに自信がなかったけど、自分で調べて、自分でやってみて、根付きますようにって祈ってお水をあげていると、なんだか植物がのびのび喜んでいるように思えて、うれしいよね。

そういうの、聞いてくれる誰かをいつも求めていたけど、いまは、誰かにわかってもらうために必死に頭を使うよりは、自分の心の中でそっと大切にしたいって思ってる。
大きな変化。

これまでは「結婚 = 私には無理!」だったのに、TAT セッション後に「結婚」というワードに対して「これからするよ~」と、自分の中からのんきな声が聞こえて驚いたよね。
続けて「子供は?」と聞いたら「それはまだわかんない~」だって。
私って正直。
自分のこと自分に聞くって、すごく頼もしいね。

いまの自分のままじゃ知識も足りなくて不安だから、本を読んで勉強してから、あせらずパートナーを探そうね。
いま一人で本当によかった~って思ってる自分にもびっくりだ。

私はまだ、自分を大切に生きることを始めたばかりの一年生だから、多くのことを欲張るのはやめようね。
ひとつづつ、周りにも支えてもらいながら、歩いていこう。
ありがとう、みんな。ありがとう、自分。



タイトルはじまり目印

T. Y. さん(40代以上/千葉県よりご参加) おれんじクラス


タイトル下の線


1)あなたの問題は、そもそも、どんな主訴でしたか?



人との距離を縮められなかったこと。
押し付けられることに、大きな怒りを感じること。
行動するとき時間に縛られてしまうこと。

自分が近づきたいと思った人に何かを聞こうとしても、これを聞くと相手を傷つけて怒らせてしまうんじゃないか、とか、わたしのことを受け入れてくれないんじゃないか、と怖くて、自分からいろいろと聞くことはできませんでした。
相手から近づいてくれるとうれしいけれど、自分から近づくことはできなかった。
なにか聞こうとしたときに、のどにひっかかりを感じて、聞こうとしたことも飲み込んでしまうことがありました。

もうひとつ、職場や家族から理不尽なことを押し付けられたと思ったら、大きな怒りを感じていました。
それが買い物にいくとか、おみやげを配るとか、とても些細なことで、後から考えるとなんであんなに怒ったのかわからないようなこともありました。
だいたいはムッとしたまま飲み込んでいたけど、トゲトゲしい言い方をしたり、モノにあたることもありました。

また、必要以上に時間に縛られていました。
この電車に乗って帰ろう、と思うと、何があってもその時間までに行かなければ、と思ってしまう。
1本あとの電車でもかまわないのに。



2)どんな環境、どんな過去を持っていますか?
どんな痛みの体験が影響して、そのような主訴を持つようになったのでしょう。
過去を振り返ってみましょう。
あなたは、どのような体験をしたのでしょうか。




母親の影響が大きかったように思います。

自分にはよくわからないまま、ひどく怒られたり、それについて、こちらの言い分をほとんど聞いてもらえなかった気がする。
何かを言うと、かえって攻撃されて、わたしは何もいえなくなり、その怒りをずっと自分の内側に抱えたままでした。
わたしの考えや思ったこと、言い分をちゃんときいてくれる、とは思えなかった。

何をいったら怒られるかわからないので、無意識のうちに自分からは人との距離を縮めようとしなかったり、押し付けられることについて大きな怒りを感じていたりしたと思います。

また、とてもきちんとした人で、いつも時間には間に合うように準備をしていて、待っていました。
わたしは出かける時間まで用意をしていて、よく「なにぐずぐずしてるの」「まにあわへんやんか」と叱られていました。

たぶんその影響もあって、必要以上に時間どおりに、時間にあわせて行動しなければいけない、と自分を縛っていました。
時間を守っていれば、きちんと予定通りに進むはず。
時間を守らなければどうなるかわからない、というのも怖かったのだと思います。



3)ONSA WORKSHOP および TAT セッションで、その過去(正確には、過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)がどんな風に変わってゆきましたか?


これまで、この過去のことは特に考えたこともなかったのですが、自分の中に心の痛みとともに残っていて、無意識のうちに自分を縛っている行動や感情とつながっていることに気がつきました。
小さいころのことだったけど、わたしはひどく傷ついていて(そのころはそれもわかっていなかった)、その痛みをずっと抱えていたんだ、と思いました。
ただ、母親はそういう方法しか知らなかったし、母親自身も縛られているのだと思います。



4)TAT セッションを受けるには、どんな前提条件が必要だと思いますか?

ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」 こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること………など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、ご自身の言葉で教えてください。




必要なことは秘密をもちださないこと。

あとは

自分が変わりたい、という意志をもっていること。
自分自身に正直でいられること。
セッションで安心して心を開けること。

これができると、内側の変化が感じられるんじゃないかな、と思います。



5)もし自分が ONSA WORKSHOP で訓練をしないまま TAT セッションを受けていたら、どんな風であったか、想像して、教えてください。



自分の問題がわかっていなかったので、参加しなかったと思います。
参加すれば一生懸命やると思うけど、自分が何に取り組むべきかわかっていないので、表面的なことに終わっているかも。

また、藤沢さんにも、周囲の人にも、心を開くことはできなかったと思います。



6)ONSA WORKSHOP は、TAT セッションを受けるにあたり、あなたにとってどんな風に役立ちましたか?



どの問題に取り組むのか、自分で見つけて決めることができるようになりました。
感情の知識を使ったり反応してしまうことに注意して問題を見つけ、境界線の知識もあわせて問題を特定し、思っていること、感じることを書きながら、問題の原因にアタリをつけています。

この方法で自分で問題をみつけて、ある程度のことならセルフセッションを続けていけると思うし、TAT で無意識のひっかかりをとったあとも、自分がどの方向に進みたいのか、自分で見つけて確かめながら進んでいけると思います。

WORKSHOP のプレワークからアフターワークまでを通してやってみることで、どういう流れで自分の変化をみていけばいいのかがわかりました。
また、変化がおこることがどういうことなのか、だいたいのイメージがあるので、変わることをそんなに恐れなくなっています。



7)TAT セッションを受けてみた後、1)と2)で書いた問題は、どのように変化しましたか? そしてその変化は、あなたにとって、どんな風に感じた出来事だったでしょう。
あなたの言葉で教えてください。




以前は無意識に反応していたようなことも、ひっぱられる力が弱くなって、自分で考えてどうするか決めることが、ずっとラクにできるようになりました。
きっちりと時間を決めずにでかけても気にならなくなったし、そのときの流れに任せることができるようになった。
人に話しかけるときも、前ほど緊張することがなくなりました。
ノドのひっかかりも、今は感じていません。
押し付けられたときにムッとする感じはありますが、それについてどうしようかな、と考える余裕がもてるようになりました。

小さいころのことは今でも、もっとわたしの話を聞いてほしかったと思います。
でも、今は思い出しても、以前感じていた強い悲しみや、やり場のない怒りに巻き込まれる感じはありません。
母は母なりに、精一杯わたしを大事に育ててくれていました。



8)これから ONSA WORKSHOP ならびに TAT セッションを受け、みずからのトラウマに向き合ってゆく方にメッセージをお願いします。また、痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている方に、あなたにしか送れないメッセージをお願いします。



わたしにとって、一番勇気が必要だったのは、自分に問題がある、と認めることでした。
わたしはずっと、自分はちゃんとしていないといけない、間違ってはいけない、正しくないといけない、と思っていたので、自分に問題がある、なんて人に知られたら、絶対にわたしから離れていってしまう、と恐れていました。
自分の世界が壊れてしまう、と思うほど、強く怖がっていたみたいです。

でも、問題を認めて、本気で取り組もう、と思ったら、それから本当に変わりました。
最初に一歩を踏み出すのは、すごく勇気がいる。
ワークショップで、今まで誰にも話せなかったことを初めて話すときは、本当に怖かった。
でも、世界は壊れなかったし、パートナーの人はまとまらないわたしの話を、暖かく最後まで聞いてくれました。

自分のことをわかっているのも、一歩を踏み出せるのも自分しかいない。
今までの自分の世界がすべてだと思っていたけど、そうではない見方や考え方もあるのかも、というのがすこしずつ見えてきて、思いきって飛び込んでみても大丈夫だった。
自分の嫌なところ、辛いところ、だめなところを見せても大丈夫だった。
自分は意外と強かったし、ゆっくり、少しずつ変化したかなと思っていても、一歩一歩がつながって、けっこう遠くにきたかもしれません。

自分で向き合おう、と決めたら、ワークショップはわたしの支えになり、助けになりました。

今いる場所が自分のすべてで、みんなもそうなんだろうと思っていたけど、ほんとはぜんぜん違った。
それは、後になってからわかったことです。

一緒に TAT を受けた人たちは、わたしの支えになります。
他にもしっかり自分と向き合っている人がいる、ということをわたしは知っているから。

前回ご一緒させていただいた、TAT の第二走者の方たちのことも、ときどき頭に浮かびます。
みんな、それぞれの場所で、笑顔ですごされているといいなぁ、と思っています。

TAT セッションが終わった後の笑顔はみんなとてもステキで、ほんとうに印象的です。



9)最後に、ここまで歩いてきた自分自身に、メッセージをお願いします。
誰かに遠慮する必要はありません! 思い切ってどうぞ!
感じていることを、素直に書いてみてください。




向き合う、ということ。
自分の中とちゃんと向きあったほうがいい、と考えて、今年はいろんなワークショップに参加しました。

なんか、これはちょっとひっかかってるな、とか、なんか、いろいろ持ちすぎじゃない? と感じて、少しずつ自分が進む方向を変えてきたね。
感覚や感情を信じても大丈夫、自分を信じても大丈夫と思えるようになった。
ゆっくりと進んできたかな、と思ったけど、大きい壁を乗り越えた気もする。

ちゃんと向き合う、と決めてからは、ほんとに逃げなかった。
自分で見ないようにしてきたことに向きあうのはとても心が痛むし、すごくしんどいけど、これまで、外に出せなかったこと、やりすごして、終わりにしてきたはずのことは、ずっと自分のなかに抱えていた。
今まで嫌なことや辛いことがあっても、全部飲み込んできた。

助けを求めて手を伸ばすこともできなかった。
わたしは助けてもらっていいって、思ってなかったから。
全部自分でできないと、って思ってた。


ここまで、よくきたと思う。
今振り返ると、ほんとうによく来たと思う。

向き合うときの心の痛みも、今までは感じられなかったもんね。

自分で前に進めるように、と思ってセルフセッションに参加したけど、きっと、これまでと違う、自分で決めたやり方で進めると思う。
自分がなにを感じているか、前よりずっと大切にできる。

今日の夕焼けはきれいだったね。



タイトルはじまり目印

N. S. さん(30代/宮城県よりご参加) おれんじクラス


タイトル下の線


1)あなたの問題は、そもそも、どんな主訴でしたか?



私は、自分の口臭や体臭が、周りの人の迷惑になっているのではないかという事に悩んでいました。
特に、口臭の悩みは深刻でした。

悩み始めたきっかけは、職場の人達が私と話している時に、鼻元を手で覆い隠す仕草を頻繁に見かけていたからです。
私以外の人と話す時は普通なのに、私と話す時とはあきらかに違うと感じていました。
また、私が母の口臭も臭く感じる時があったので、もしかしたら遺伝しているのではないかと不安に思いながら、母にその事も言えない状況でした。
だから私は、自分との距離があまりにも近くなると、周りの人に迷惑をかけてないか、嫌われたらどうしようと、人と接するのが次第に怖くなって行きました。

もう一つは、母や祖母の勧めで今の仕事を選んだ事に対する感情を、手放したいという思いでした。
その事をずっと恨んでいて、仕事に対してはやる気が湧かず、空しさばかりを覚えてしまう事が私のネックになっていました。
自分の好きなことを仕事にすることが、私には無理だと諦めていました。

それから、私は集団の中で行動するのが苦手でした。
仕事は割り切っているけれども、それでも仕事仲間との雑談でさえ、時々何を話せばいいんだろうと悩んだりしていました。
集団の中では、自分の考えが否定される確率が高まり、出しゃばりで目立ちたがり屋な印象を与えることがないように細心の注意を払って、ほぼ発言する事はしませんでした。
なぜなら、嫌われて、自分が傷つく事に耐えられなかったからです。
周りとうまくやって行くための術は、自分自身を押し殺す事と思っていたからです。



2)どんな環境、どんな過去を持っていますか?
どんな痛みの体験が影響して、そのような主訴を持つようになったのでしょう。
過去を振り返ってみましょう。
あなたは、どのような体験をしたのでしょうか。




職場での人間関係で挫折した事がありました。
私は職場で人目もはばからず、無意識に溢れ出す涙を抑えきれず、よく泣いていました。

「私はどうしてこんなに仕事ができないの」
「この人(職場の上司)に嫌われたらおしまいだ、どうしよう」
「なぜ好きでもない仕事を続けなきゃいけないの」
「どうして自分ばかりがいつも辛い思いをして生きていかなきゃ行けないの」
と、自分や他人に怒りの感情を持っていました。

次第に生活もおかしくなってきました。
化粧をするのが億劫、部屋も片づけられず散らかり放題、食事はコンビニで済ませ自炊をすることも嫌になっていました。
過食になり、本当に辛い日々でした。
なんでこんな辛い思いして、生きているのだろうと考え、死にたいと思うこともありました。
毎日毎日、仕事に行くのが嫌で仕方がなかったです。
そしてついに、私はうつ病になりました。


文節区切りの線


また、小学校の頃に、女子にイジメを受けた経験があります。
私は勉強がよくできて、スポーツも得意な子でした。
真面目で先生の言う事はよく聞く子だったので、先生に可愛がられていたと思います。
クラスの女子は、その事をよく思っていませんでした。
私はクラスに居ても居なくてもいいような存在、空気のような存在として小学校3、4年生を過ごしました。
唯一、同じような扱いを受けた友人の1人とは、2年間ほぼ口を聞いた事がなかったと思います。
だから、3人以上の集団はすごく怖いし、自分は目立ったらダメだと地味な言動を心掛けていました。

ちょうど私が小学校3年生の頃、母が病気をしました。
手術を受けることになりました。
私は辛かったし、母に甘えたかったけど、自分がイジメを受けている事を母が知ったら、悲しむだろうし心配をかけるだろうと思い、自分の気持ちをいう事をグッと我慢していました。

また私は、お姉ちゃんだからしっかりしなきゃいけないんだと、毎日毎日行きたくない学校を休まず通い続けました



3)ONSA WORKSHOP および TAT セッションで、その過去(正確には、過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)がどんな風に変わってゆきましたか?


イジメを受けた事、うつ病になった事、どちらの過去も、自分にとっては自分の中だけに隠して置きたい出来事でした。
けれど、ワークショップや TAT を受けて、自分の中にいつまでも過去の嫌な出来事を縛りつけて置くことの方が、段々と私にとってはしんどくなってきました。
なぜなら、胸にムッと痞えていた出来事を話して、それを安全な場所で聞いて貰えると、心がスーッと落ち着くからです。

話す前は、こんな事話してドン引きされたらどうしようとか、こんな恥ずかしいこと言って頭おかしい人と思われるのではないかと、内心ドキドキしていました。
でも、バンジージャンプのように思い切って「えいや!」と飛び込んじゃえば、意外と平気だったし、次に過去の事を話す時は、頭で考えず自分の身に任せて、過去の体験や感情を話せるようになったと思います。

口臭の問題も、最低限自分がケアすれば OK と思えるようになりました。
まだちょっと気になる時もありますが、徐々にセルフセッションでトラウマを消していきたいと思っています。

また、仕事は自分の責任で変えることも自分にはできるんだと、認識を変えることができました。
具体的に自分が何をしたいかはまだわからないですが、いつまでもそこにいないという選択肢も自分の中にはあるんだというイメージが、しっかり自分の中にインプットされました。



4)TAT セッションを受けるには、どんな前提条件が必要だと思いますか?

ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」 こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること………など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、ご自身の言葉で教えてください。




過去を恐れず、過去と向き合う勇気が必要だと思います。
思い出すのも嫌な過去の体験を、自分の胸の内に秘めたままにすることを辞めて、解放してあげる事が必要ではないかと思います。
その方が楽だし、前に進めると思います。

どうせ変わらないという思いや、そう簡単にはうまくいかないという、自分の中から発せられる言葉を一旦辞めた上で、ワークショップに取り組めば必ず変われると思います。
その事は、TAT にも通ずるので、自分の古い考えを手放すことが必要だと思います。



5)もし自分が ONSA WORKSHOP で訓練をしないまま TAT セッションを受けていたら、どんな風であったか、想像して、教えてください。



TAT セッションの中で、本当の自分の取り除きたい主訴を隠して、周りの人におかしな人と思われないようなテーマを、みんなの前でシェアしていたと思います。
だから、さほど深刻な悩みでもない事を言うと思いますので、何も変わらないと嘆いていたかもしれません。

もし、ワークショップの訓練がなければ、私の悩みと周りの人の悩みを比べ、私の悩みの方が深刻とかマシとか、自分と他人を比較する習慣から抜け出せなかったと思います。
その結果、問題を解決する方法に目を向けずに、無駄に時間を過ごしてしまうのではないかと思います。



6)ONSA WORKSHOP は、TAT セッションを受けるにあたり、あなたにとってどんな風に役立ちましたか?



ワークショップは、人との繋がりを感じられる安全な場所という、絶対的な安心感がありました。
それがあったお蔭で、自分の問題と向き合う事が出来ました。

ワークショップを一緒に受けた仲間の存在も、大きかったと思います。
皆さんと真剣に、自分自身と向き合う事ができる場所がワークショップだったので、とても貴重な空間でした。

いろいろなテーマのワークショップが開催されているので、自分に合ったテーマを、自分と相談しながら決められる種類の豊富さも、私は助かりました。



7)TAT セッションを受けてみた後、1)と2)で書いた問題は、どのように変化しましたか? そしてその変化は、あなたにとって、どんな風に感じた出来事だったでしょう。
あなたの言葉で教えてください。




私にとって、人に嫌われる事は最大に怖いことで、その事を避けるためならば、自分の感情や気持ちを押さえつけること、我慢することが当たり前の感覚になっている事に気づきました。

愛情を受け取るための、私の小さい頃からのパターンはこうです。
自分が我慢さえすれば周りがうまくいく、自分さえいい子にしていれば、迷惑をかけなければ、自分は愛されるんだと思っていました。

自分の人生の責任を取る事から逃げて、嫌だけど安全な場所で仕事を続けているパターンはまさに、私が小さい頃イジメを受けて、嫌だけど我慢して学校に通い続けている事が源にあると気づきました。



8)これから ONSA WORKSHOP ならびに TAT セッションを受け、みずからのトラウマに向き合ってゆく方にメッセージをお願いします。また、痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている方に、あなたにしか送れないメッセージをお願いします。



私が体験して来た過去の事は、今となっては全て必要な体験だったと思っています。
恥じる体験は何もなく、私がその時々を精一杯生きてきた証です。
時に頑張り方を間違えて、病気になり辛くて人生をあきらめそうになった事もありました。

私が立ち直るきっかけになった、自分の中から湧いた言葉があります。
それは、「自分にしか自分は変えられない」です。

病気をしたすぐの時は、母が私を理解してくれない、祖母が私を甘やかしたからだと母や祖母に罵声を浴びせ、お互いにさんざん悲しみあいました。
祖母は、私の事で神頼みもしてくれたようです。
職場の上司が悪い、そもそもなぜ好きでもないあの職場に就職させられたんだと、身内以外の人や自分の境遇も憎み始めました。
でもそれを続けても、一向に何も解決されず他人は変わらないし、空しくなっていました。

今となっては、変えることのできる自分の問題に目を向けて進んできた事は、間違いではなかったと思っています。
そして、ワークショップは頭で理解するのではなく、体験を通して身体と心を使って全身に染みついた新しい考えだから、一生使えるものだと思っています。



9)最後に、ここまで歩いてきた自分自身に、メッセージをお願いします。
誰かに遠慮する必要はありません! 思い切ってどうぞ!
感じていることを、素直に書いてみてください。




就職して間もない頃、いつも笑顔で笑っている年配の女性を、凄く羨ましく思っていたよね。
いつもニコニコ、自然体。
楽しそうだなって、世の中こんな人もいるんだと思ってたね。

その頃、私はスピリチュアルな本に嵌っていて、笑顔でいれば幸せは舞い込みます……いつも笑顔でいるように笑顔筋を鍛えましょう……という本の文面を食い入るように見つけ、幸せになるために職場で笑顔を作っていましたね。

でも、あれはきっと、とても不自然な笑顔だったでしょうね(笑)。
なぜなら、心はいつも他人に嫌われないように不安でいっぱいだったし、自分の意見を押し殺している事に、怒りを感じていたから。
意識した笑顔が、5分も持たなかったよね。

今、あの時憧れていた年配の女性のような自然な笑顔を、いつでも私が作れていることに、最近気づいたね。
トイレに行ったときに、鏡の中の私に向かって「いつもありがとう、大好きだよ」と微笑みかけると、満面のとっても自然な笑顔が映しだされる。

私は自分を褒めてあげたい。
よくここまで頑張ってきたね。
自分をあきらめなかった。
自分と向き合うことを辞めなかったことが、とってもえらかった。

これからもよろしくー。
人生は最高だぁー。



タイトルはじまり目印

Y. W. さん(30代/愛知県よりご参加) おれんじクラス


タイトル下の線


(* ご本人のメッセージも、一緒にお届けします)

優月さん、田宮さん、おれんじクラスの皆さん、お元気ですか?
特別ゲストのにゃんこちゃん(かわいい!)も登場の、スペシャル TAT セッション、私の人生でとても大切な時間になりました。
素敵な時間を分かち合ってくださり、本当にありがとうございます。


1)あなたの問題は、そもそも、どんな主訴でしたか?



自分の過去の記憶や感情と、うまくつながれないこと。
自分のことよりも、周りの人の問題解決を第一優先し、自分を大切にすることが後回しになってしまうこと。

頭では「そんなことしなくてもいい」と重々わかっていても、ついつい、他人重心の行動をとってしまう。
そのパターンから抜け出せなくて、苦しい。

そんなことを、1回目と2回目それぞれのテーマにさせていただきました。



2)どんな環境、どんな過去を持っていますか?
どんな痛みの体験が影響して、そのような主訴を持つようになったのでしょう。
過去を振り返ってみましょう。
あなたは、どのような体験をしたのでしょうか。




自分の過去を振り返ると、小学生に上がるか上がらないかくらいの年齢のとき、「あきらめた」瞬間が思い浮かびます。

それは多分、小さい頃の家族の不和……父と母の仲がうまくいかず、冷めきっていたことが関係しています。

父は、お酒や性的なものへの嗜好がひどく、中毒状態で家族を顧みない状態でした。
それに対して母は、仕事に出て家計を支え、忙しいなか家事をこなし、私と兄の子育ても、ほぼ1人でやってくれていました。

そんな母も子どもの頃、父親(私にとっての祖父)から肉体的・精神的な虐待を受けていました。
その痛みや悔しさを、涙ながらに私にこぼした時の横顔。
仕事や家のことの忙しさでパンク寸前になって、家の片隅で涙を押し殺す姿。

そんな姿を目の前にした瞬間
「私がいるから、お母さんは自由になれない」
「お母さんは母親である前に1人の女性なのに、私がいるからこの家から出ることもできず、お父さんと別れることもできなくて、苦しいことばっかりになってるんだ」
という考えに、全身を打たれた記憶があります。


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私の人生の本流が凍りついたように止まった感覚。
私の言葉でいうと、それが「あきらめた」瞬間です。


あの時から、何をしても、どんな素敵な選択肢や可能性が目の前にあっても、どこか、自分のものではない人生を生きているような、遠くぼおっとした感覚に包まれるようになりました。
自分の人生を生きているのは私なのに、TV の中の出来事を見ているような感覚。

そんな感覚に包まれつつ、それを「当たり前」と軽視して
「それよりもっと頑張らなくちゃ」
「あれもこれも、まだまだ足りない。休んじゃいけない」
と、自分で自分にあれこれ背負わせて、毎日をせわしく過ごしてきました。

そんななか、優月さんの本とめぐり会い、ONSA の WORKSHOP に参加し……少しずつ自分の思い込みを解いて、感覚を取り戻していくことができました。
運良く最初の TAT セッションに参加させていただくこともでき、大きな重荷や痛みがどかっと一掃されました。

それはとても清々しく、ありがたい貴重な経験でした。
けれど、過去の重荷が取れたとき、ようやく覗き込むことができた私の内側は、「何もない」状態だったんです。

ぽかんと空いていて、何もない状態。
自分はどんな存在なのか、これからどう生きたいのかも、さっぱりわからない。
その空虚さにのまれそうになったり、恐怖や落ち着かなさを感じて、“なじみの古いもの” で埋めたがる自分もいました。


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でも、もう古い行動パターンは繰り返したくない。
力を借りて重荷が取れたんだから、勇気を出して頑張って、自分を取り戻して、自分らしい人生を生きたい。

そう思って
「自分の過去や感情と繋がるために、いらない思い込みを全て外したい」
ということを、1回目のテーマにしました。


また、上記のような生き方と関連し、自分の肉体的・精神的疲労を無視しても、周りの人の問題解決を何よりも優先してしまう、というクセに苦しんでいました(プライベート・仕事ともに)。

問題に思えることや悩んでいる人がいると、手を出さずにはいられない。
自分の仕事だけでもオーバーワークなのに、他の人も手が出せない仕事があると、気になってそわそわし、結局自分から手を出して、自分の負担を更に増やしてしまう。
その結果、物事は安全に終わるけど、自分はボロボロになってしまう。
さらに「この人に任せれば安心」と信頼してもらえるのは嬉しいけど、自分のキャパを越えた仕事がどんどん入ってきて、困ってしまう。

そんなことの繰り返しで、オーバーワークで身も心も耐えられなくなって退職。
→ 新しい職場でも頑張りすぎて、同じような状態に……。

そんな悪循環から抜け出したい。
他人の問題解決でも、私が手を出さなくてもいいものもあるはずだから、ちゃんと線引きして支え合いたい。
自分を大切にすること、自分の人生を生きることを第一にしたい。

そんな想いから
「他人の問題解決よりも、自分を大切にすることを選べるようになりたい」
ということを、2回目のテーマにさせていただきました。



3)ONSA WORKSHOP および TAT セッションで、その過去(正確には、過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)がどんな風に変わってゆきましたか?


1回目・2回目ともに、すんなりと各テーマの重荷が抜けていきました。
それはもう、すんなりと(好転反応で身体がだるいのはありましたが)。

事前インタビューに書き連ねた、テーマに対しての悩み・苦しみ……セッション前まであんなに重く、私の人生全般にのしかかっていて、「こんなの、どうやっても解決できないよ」状態だったのに。

セッションが終わって、そのメモを目にしたら「なんじゃこりゃ」状態でした。
「誰が書いたの、これ? 私?」みたいな感じです。
遠すぎて私のことじゃないみたいで、読んでいるだけで
「そりゃーこんなこと思い込んでたら、誰だって生きる気力がなくなっちゃうわ」
「こんな思い込みを持ちながらも、よくがんばったのう、私」
と、自分をやさしく抱きしめてあげたいような気持ちになりました。
こんな苦しい想いをさせてごめんね、と。

そして
「私、なんでこんなことを真実だって思い込んでいたんだろう。
思い込みよりも、ずっと多くの選択肢や可能性が、この世界にはある。
そして私には、それを選んで受け取れる力があるんだ」
ということが、とても自然に感じられました。

その後は、身体のだるさ(異常に眠い、ぼんやりする、軽い吐き気がある)が1~2日程続きましたが、「好転反応だな」とわかっていたので、しんどいながらも心は落ち着いて「無理せずいよう」と受けとめられました。


1回目のセッション翌日は、いつも以上に会社の先輩の言動(境界線侵犯)にイライラしたり、心の波が乱れやすく、ちょっと振り回されそうになりましたが、
「でもこれは、自分の感情と繋がりやすくなったからなんだ」
とすぐ思えて、安定を取り戻せました。

2回目のセッション後も、先輩の仕事があぶれていたとき、いつもの自分なら手伝ってまきこまれて大変な目に遭うけど、
「でもこれは先輩の仕事、私が自分を犠牲にしてまでやらなくても大丈夫」
という落ち着いた気持ちをしっかり持ち、行動に反映することができました。
その時、自分への信頼感がぐっと増したように感じられて、嬉しかったです。

もちろん、必要な時は手伝うし、どうしようもなくなって巻き込まれることもあります。
でもそれは、会社や他の人の仕事の進め方の問題であって、私のせいではない。
巻き込まれても、自分の無意識で「選んだ」のではなく、状況によるところが大きい。
そういう風に物事を見極められる動体視力が身についてきて、自分を必要以上に責めることも格段に減りました。


そんな心の安定感、「私はこういう考え方、生き方を大事にするんだ」という芯があること。
それが得られたおかげで、状況に振り回されずに、落ち着きや自分の感覚を取り戻せるようになりました。
それをとても嬉しく、あたたかく幸せに思います。



4)TAT セッションを受けるには、どんな前提条件が必要だと思いますか?

ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」 こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること………など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、ご自身の言葉で教えてください。




ONSA の WORKSHOP の「4つの約束」が守れること。
人のサポートはありがたく受けつつ、自分の力で必要な変化を起こしていけると信じ、主体性を持ってセッションに臨めること。
好転反応があるとわかっており、それへの対処や心の準備ができていること。

TAT セッションで心の大きな重荷や思い込みが取れた後、自分の人生を落ち着いてつくるための知識があること。
(境界線や感情、身体のサイン、変容など、優月さんの WORKSHOP 各種で教えていただける知識があること)



5)もし自分が ONSA WORKSHOP で訓練をしないまま TAT セッションを受けていたら、どんな風であったか、想像して、教えてください。



TAT で思い込みや重荷が取れても、その後どう生きていいかわからず、混乱や焦りに襲われたり、古いパターンに再び飛びついてしまうと思います。

もちろん私も、頭で「違う」とわかっていても、なじみのパターンに戻りがちなことが、今も多々あります。
それだけ、なじみのパターンは強力だとしみじみ実感しています。

また、上記のようなことをして「結局、TAT も効かなかった」と誤解してしまうかもしれません。
(TAT に力がないのではなく、自分の根本的な問題が解決できてないだけなのに。)
TAT の強力な力を活かせず、変容のチャンスを逃してしまう可能性もあるかなと思います。



6)ONSA WORKSHOP は、TAT セッションを受けるにあたり、あなたにとってどんな風に役立ちましたか?



私は初回(1年前)のTAT セッションは、「時間のためのちいさなワークショップ」「身体のワークショップ」参加後に受けました。
そして今回の TAT セッション は、さらに「境界線ワークショップ」「感情ワークショップ」「変容(トランスフォーメーション)ワークショップ」参加後に受けました。

そのため、自分の感情の出所や意味、境界線の状態がわかったり、『未来日記』で自分の中心に戻る習慣を持つことができていました。
もちろんまだまだトレーニング中ですが、1年前より安定した土台ができていたと思います。

おかげで、今回の TAT セッション後も、身体と心が不安定になることもありましたが、落ち着いて受けとめ、今の自分の状態をあたたかく理解することができました。
イライラしやすくなったり、波があっても、自分を責めずにいられたので、好転反応も穏やかに受けとめ、流していくことができました。

物事や状況、自分の感情や変化についての動体視力が鍛えられていたおかげで、以前より安定した状態で変化を受けとめることができ、気づきも早かったです。

そしてなにより、WORKSHOP に参加した経験から、「自分は変われる。だから大丈夫」という変化に向けての信頼感・安心感が増していたこと。
これがセッションを受けたり、変容のプロセスを歩いていくにあたって、最適な状態(安心して心を開く)を作ってくれたと思います。



7)TAT セッションを受けてみた後、1)と2)で書いた問題は、どのように変化しましたか? そしてその変化は、あなたにとって、どんな風に感じた出来事だったでしょう。
あなたの言葉で教えてください。




テーマについて、もう悩まなくなりました。
過去については、「必要なものはちゃんと思い出していける」という安心感を得るとともに、こだわりがすっと抜けていきました。

過去も大事だけど、なにより大切なのは、今の自分とこれから。
だから、過去より今に自分の心と身体を戻して、今ここから望む人生を楽しめばいい。
そう思えて、心も身体もとても軽やかになりました。

問題解決についても、落ち着いて自分の芯を持った上で関わり方を選んだり、状況を受けとめられるようになりました。
無闇に手を出しまくるのではなく、
「これはこの人の問題だから、この人が解決できる。私が手を出さなくても大丈夫」
と、相手の力を信頼するようになったり、
たとえ自分の意志ではなく巻き込まれることになっても、
「断らない私はダメなんて責めなくていい。むしろ頑張ってる。えらいなぁ」
と自分を褒めたり、あたたかく見守る心でいられるようになりました。

そしてなにより、今回のセッションを経て
「私は、私のことが、ありのままで大好き」
「私は毎日よく頑張ってる。えらいなー」
「折角の人生。私の好きな世界で、好きなペースで生きていいよ」
そんな風に思えるようになれたことが、とてもとても嬉しかったです。

何もしてない、ふつうの私。
そんな自分もいいなって思えるようになれたことが、なにより嬉しい!
ふつうばんざーい、と思って心をのびのびさせていると、あれやってみようかなーなんていう嬉しいアイデアも自然と湧いてくるようになりました。
「自分らしい人生を生きなくちゃ…」
なんて肩に力が入ってた時は、ちっともうまくいかなかったのに。
とても不思議で、でもこの感覚は間違ってないという確認があるから、安心 & 嬉しいです。

これまでの WORKSHOP でも
「自分を好きになりたい」
「大切にしたい」
ということを繰り返し心に描いてきましたが、今回の TAT で、それが一気に体感レベルで理解できました。
私を好きでいるって、こんなに自然で、こんなにあたたかいものなんだ。
それが体感で得られたこと、きっと一生消えない宝物になると思います。
だから今、まだまだ状況に改善の余地はあっても、とても幸せです ^^



8)これから ONSA WORKSHOP ならびに TAT セッションを受け、みずからのトラウマに向き合ってゆく方にメッセージをお願いします。また、痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている方に、あなたにしか送れないメッセージをお願いします。



おひとりおひとり、悩みやテーマも違うし、深さもそれぞれだと思います。
そんななか、私が言える言葉がどれだけみなさんの心に届くのかはわかりませんが、私が歩いてきた道を振り返って、確信を持っていえることは
「自分に必要なことやご縁は、必ずもたらされる」
「変わりたいと願う自分の意志が大きなカギ」
ということです。

優月さんはもちろん、私の変容にはたくさんの人の存在と励ましが力を与えてくれました。
同時に
「変わりたい」
「自分らしく生きたい」
という自分の意志と努力が、私をここまで導いてくれたと思っています。

私も、何度も暗闇に落っこちました。
今でももがもがするし、ぐるぐるするし、同じパターンを繰り返すこともしょっちゅうです。

でもそれは人間だから、しょうがないことで、いいやって思えるようになりました。
その代わり、気づいたら早めにケア(『未来日記』で心を整理する、自分と対話して仲を深める、ゆっくり休みを取るなど)するように心がけています。
そういうことをコツコツ繰り返していくうちに、自分の波もつかみやすくなって、無理せず自然にうまくいくよう、変わっていけるんだと実感しています。

うまくいくことも、うまくいかないことも、両方織り交ぜての変化の道のりだから、自分にやさしい気持ちで、心がピンときたら、ぜひ変容の一歩を踏み出してみてください。
今の自分にこなせるステップで、変化は訪れてくれます。
(ちょっと疲れたら、休めばいいんです。ひと呼吸おいても、変化のプロセスはちゃんと続いていきます)
必要なサポートも、必ず入るようになっています。
無我夢中で走ってきた私ですが、そう実感しています。

逢ったこともない私ですが、あなたが自分らしく幸せに生きてくださることは、私にとっても幸せです。
心にその時が訪れたら、どうぞ、一歩を踏み出してみてくださいね。
歩き出すとすべてが始まりますよ。
応援しています ^^

(ちなみに WebEx セッションについて、私もそこまで PC に詳しいわけでもなく、「対面の方がいいなぁ」なんて思っちゃうアナログ人間でしたが(笑)、ご案内いただくメールやマニュアルで、安心して環境を整えることができました!
自宅で受けるセッションでも、効果は変わりなくありますし、対面とは違う意味や効果も感じられて、とても良かったです。
優月さんが安心の場をしっかり作ってくださるので、対面と同じように臨めました。
WebEx セッションで参加を迷う方もいらっしゃるかと思いますが、とても面白い経験ができますので、オススメですよ~ ^^)



9)最後に、ここまで歩いてきた自分自身に、メッセージをお願いします。
誰かに遠慮する必要はありません! 思い切ってどうぞ!
感じていることを、素直に書いてみてください。




私へ

今までがんばってくれて、ほんとうにありがとう。
ここまで来れて、ほんとうによかった。
心と身体がふわっとほどけて、幸せな気持ちで満たされてるのが嬉しいよ。

私は私のことが大好き。
がんばってる時も、うまくいかなくて落ち込んじゃう時も、どんな私もそのままで、まるごと大好きだよ。

最初から、みんなそうなんだよね。
ありのままで十分、許されてるし素敵なんだ。
ただ、それを忘れてしまってるだけ。
だからこうして、思い出すことができてほんとうに良かった。

これから、うんと楽しいことをしよう。
私の好きな世界で、好きだなぁと思える人たちと一緒に、やりたいことをどんどんやっちゃおう。
人生は、一回きりなんだから、楽しまないと損だよ!

これから、一緒に生きていく毎日が楽しみ。
ほんとうにありがとう。
そして、これからもよろしくね ^^



タイトルはじまり目印

T. S. さん (30代/北海道よりご参加) おれんじクラス


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(* ご本人のメッセージも、一緒にお届けします)

まず最初に、優月さん、田宮さん、そして参加された皆さん、今回も本当にありがとうございました。
先日の1回目の PAY FORWARD を読んで、私達は繋がっていると、改めて感じ温かな気持ちになりました。
セルフセッションでも、皆さんと繋がっていたあの時間を思い出しながら、少しずつ前に進んでいきたいと思っています。


1)あなたの問題は、そもそも、どんな主訴でしたか?



心配事が多すぎる。
いつでも誰かの何かの心配をしてしまう。

いつも緊張して、お腹が不調になる。



2)どんな環境、どんな過去を持っていますか?
どんな痛みの体験が影響して、そのような主訴を持つようになったのでしょう。
過去を振り返ってみましょう。
あなたは、どのような体験をしたのでしょうか。




幼い頃から、父の言動でいつか母が死んでしまうのではないかという不安に怯えてきました。
自室で階下からの怒鳴り声を遠くに聞きながら、心配で心配でよく泣いていたものです。

両親が亡くなる夢を見ては自分の涙で目が覚め、夢だと分かっているのに泣き続けてしまう。
以前よりは減ったものの、今でも忘れた頃にそんな夢を見ては泣き、どうしてそんな夢を頻繁に見るのか分からずにいました。
今回の事前課題で、子供の頃からの不安がそうさせていると思うようになりました。

最近では1年前から、弟に関する両親の揉めごとにも巻き込まれ、それを機にこれまで以上に父が暴言を吐くため、母が病気になるのではとひどく不安になり、どうすることも出来ない無力感に一人泣くこともありました。

そんな両親のところに滅多に帰らない自分に罪悪感も感じていましたが、前回の TAT で、そのことで自分を責める必要はないと、線を引くことを学びました。


仕事のこと、家族や友人のこと、毎日の何かについて私はいつも不安を感じていて、夢の中でもその心配をしていました。
現実だったのか夢の中だったのか分からなくなるほど、寝ている間も仕事をしていたり。
心が休まりませんでした。

いつでもお腹の調子が悪いことも、私の不安材料でした。
それも子供の頃から抱えてきたものの延長上だったのかもしれないと、TAT 後に気が付きました。
いつでもそればかり気になってその場に集中できず、トイレに通っても治らず涙が滲んでくる。
そんなことを繰り返しては、どうにもならないのに自分を責め続けていました。



3)ONSA WORKSHOP および TAT セッションで、その過去(正確には、過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)がどんな風に変わってゆきましたか?


TAT セッションを通じて、夢の原因やいつでも不安に思う理由が、子供の頃からの記憶にあったことに気が付けました。
今思うと容易に気が付きそうなものですが、その繋がりに全然気付かずに生きてきました。

セッション後は、不安を感じそうになると、その手前でふと気が付いて冷静になれる。
意味もなくそんなに不安ばかり抱えなくてもいいと思える。
自分の中で不合理に繋がっていた何かが切れたような、そんな感じに変化しています。



4)TAT セッションを受けるには、どんな前提条件が必要だと思いますか?

ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」 こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること………など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、ご自身の言葉で教えてください。




4つの約束」が守れること。
心を開く訓練が出来ていること。
優月さんや一緒に参加するメンバーを信頼できること。



5)もし自分が ONSA WORKSHOP で訓練をしないまま TAT セッションを受けていたら、どんな風であったか、想像して、教えてください。



WORKSHOP の雰囲気になじめず、自分に向き合うことに集中できなかったと思います。
心を開くって何? どうして皆は上手に出来ているの? 私が話すことはどう思われる? 等と、ぐるぐると考えるだけで終わってしまったかもしれません。



6)ONSA WORKSHOP は、TAT セッションを受けるにあたり、あなたにとってどんな風に役立ちましたか?



安全で安心な場であることを知っていたからこそ、心を開いて話すことが出来たと思っています。
これまでの WORKSHOP を通じて、他の参加者の痛みも、自分の痛みも、皆で分かち合えることを身をもって理解していることは、重要だと思います。

人の話を裁かずに聞ける、相手もそうしてくれている、これまで積み重ねてきた信頼関係を信じられる。
それがあって初めて、自分がその場に集中できると思っています。



7)TAT セッションを受けてみた後、1)と2)で書いた問題は、どのように変化しましたか? そしてその変化は、あなたにとって、どんな風に感じた出来事だったでしょう。
あなたの言葉で教えてください。




3)にも書きましたが、私の中の不安に思う間違った回路がどこかで切れたような、そんな感じです。
問題が全く無くなった訳ではありませんが、いつでも自分の中心に置いてきた問題を、そこから退かすことが出来たと思います。


今回参加する道すがら、足がすくむような気持ちになりました。
こんなこと話せるのかな、恥ずかしくないかなと、怖気づくような気もしました。

だけど、参加してまた新たな一歩を踏み出せたと思っています。
そして、また色んなことに気が付けた。
参加した他の皆さんがシェアしてくれたことで、また色々と思い出すことも出来ました。

「どうして私はこうなんだろう……」と思うことが自分のせいではなかったから、訳も分からず頑張ってきた自分をもっと大切にしてあげようと、一層思うようになりました。


セルフセッションでもあり少しずつの変化とはいえ、徐々に体の感覚も変わりつつあります。
そして、セルフセッションを学べたことで、何かあればいつでも自分でセッションが出来るという安心感も大きな支えになっています。

何があっても揺れずに、いつでも自分自身でいられるようになりたいと願い続けていた、その大きな一歩を進めたように感じています。



8)これから ONSA WORKSHOP ならびに TAT セッションを受け、みずからのトラウマに向き合ってゆく方にメッセージをお願いします。また、痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている方に、あなたにしか送れないメッセージをお願いします。



どうしてこんなに生き辛いんだろう。
どうして私は普通じゃないんだろう。
どうして家は普通の家庭じゃないんだろう。
家族が一番という人は、どんな風に育ったんだろう。
思えば、子供の頃からずっとどうしてどうしてを繰り返してきました。

そして、それは自分が悪いのだろうと思い込んでいました。
それ以外に理由が見付からないから、そう育ってきたから、それしか考えられませんでした。
幸せになりたいけれど、自分にはその価値がないようにも感じていました。

自分が悪い訳ではないのに、幼い頃からの記憶で苦しい思いをし続けている。
その理由も分からずに、ただただ自分を責め続けている。

WORKSHOP で「そんなのおかしい」という優月さんの言葉を聞いて、私も心からそう思いました。


自分の問題はそう大きくないし、世の中には大変な人たちがもっといっぱいいる。
そんな風に思ってきましたが、私の問題はそう小さくもなかった。
そして、その原因は私自身ではなかった。

そのことに気が付けたことが何よりも貴重で、険しい道のりを迷いながらも、転んで擦り傷だらけになりながらも、そこに辿り着けたことを幸運に思っています。
そして、辿り着けた自分を誇りに思えるようになりました。


あきらめなければ、きっかけさえあれば、きっと辿り着ける。
自分が悪いから、努力が足りないからこんな辛い思いをしている訳ではないことに気付いて、今よりもっと幸せになってほしい。

そのことを多くの人に知ってほしい。
そして、勇気を持って一歩を踏み出してほしい。

私の言葉が少しでもその背中をそっと押せたらと、願っています。



9)最後に、ここまで歩いてきた自分自身に、メッセージをお願いします。
誰かに遠慮する必要はありません! 思い切ってどうぞ!
感じていることを、素直に書いてみてください。




今回も良く頑張ったね、私。
これまでなら他人に話すなんて考えられないようなことを、迷いに迷って、でもそれに向き合おうと決めて、ちゃんと話せた。
それって大きな前進。

答えの出ないどうしてを繰返してきたけれど、もうそんなことは考えなくて良いよ。
破片で残っている不安は、ゆっくり少しずつ手放していけばいい。
そして、何か起こっても、またセルフセッションで対処していける。
だから、私は大丈夫。

私は、日々どんどん私のことを好きになっていくね。
今までほんとに頑張ってくれてありがとう。
ふと振り返ると、遠い道のりを一生懸命歩いてきたことに気が付いて、感慨深く思うよね。
足取りは確実に軽くなっているから、これからもずっと一緒に歩いていこうね。
そして、道の先は明るく輝いているから、もっともっと幸せになっていこうね。

ありがとう。そしてこれからもよろしくね。



タイトルはじまり目印

A. M. さん(30代/東京都よりご参加) おれんじクラス


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(* ご本人のメッセージも、一緒にお届けします)

「TAT セッション・セルフセッション・トレーニング」を受けた皆さま、こんにちは。
優月さん、今回もお世話になりました。

TAT セッションをご一緒した仲間とまたお会いできたことが、幸せでした。
これからお互いに、一つ一つ幸せを積み重ねていきたいですね。
温かいセッションをありがとうございました。


1)あなたの問題は、そもそも、どんな主訴でしたか?



私がとても困っていたことは、対人関係で言いたいことを言えないことでした。
また、人の表情を「読んで」しまうので、人の顔を見るのが怖くて、首から下しか見られないことが度々ありました。

職場での人間関係や友人との付き合いは、基本的に受け身で、自分から積極的に近付いていけないのが悩みでした。

それから、人との距離が近くなりすぎると、相手との境界線があいまいになってしまい、私のすべてを受け入れて! とばかりに、相手との会話の中心が、私の悩み相談や愚痴ばかりになってしまうこともありました。

そんな関係が続くと、相手は私を嫌いになっただろうと考えて、これ以上嫌われないように、私から相手との距離を取ってしまい、よそよそしくなってしまう、という感じでした。
相手が男性の場合は、少し優しくされると好きになってしまいそうになるので、相手は何も悪くないのに避けてしまっていました。

他人とのほどよい距離感が私にとっては、とても難しいことでした。
親しくなっても、結局は私から離れていってしまうと考えると、新たな人間関係を結ぶのが怖くなってしまいました。
そのうちに、人といても気を遣い過ぎて疲れるし、一人でいる方が楽だと思うようになっていきました。

人を求める気持ちがあるのに行動に移せず、孤独感がつきまとっていました。
もういい大人なのだから、いいかげんにこんなことは止めたいと思っても、いつも同じパターンに巻き込まれてしまっていました。



2)どんな環境、どんな過去を持っていますか?
どんな痛みの体験が影響して、そのような主訴を持つようになったのでしょう。
過去を振り返ってみましょう。
あなたは、どのような体験をしたのでしょうか。




私は、幼いころから人に対して緊張しやすかったため、自分から積極的に人と関われず、常に受け身でした。

私には保育園からの友達がいて、今でも会って食事をしたりします。
幼いころは、その友達が私を積極的に引き入れてくれたので、一人ぼっちにならずにすんだけれど、小学校4年生頃から、その友達は私以外の友達と遊ぶようになって離れていきました。

ちょうどその頃、新学期のクラス替えがあって、4年生までずっと同じクラスだったその子とクラスが分かれました。
私は、その子にも先生にも裏切られたような思いで、悔しくて悲しくて号泣しました。
それ以来、その子とは少し距離ができて、一緒にいてもそれまでのように楽しくはなくなってしまいました。

あの時の号泣は、学校中の話題になってしまうくらいすごかったみたいですが、今では、あの時離されたのは良かったと思っています。
あのまま一緒にいても、お互いに未来はなかったかなと思うからです。


その後の私の人間関係は、なぜかいつも、私をわかってくれそうな誰かにべったりくっついて、でもなぜかいつも上手くいかなくて、自然消滅を繰り返していました。

私はいつもさみしかった。
そのさみしさが、過剰に人を求めすぎていたのだと思います。
幼いころに見捨てられた小さな子供は私の中で、「さみしいよ」と叫んでいました。



3)ONSA WORKSHOP および TAT セッションで、その過去(正確には、過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)がどんな風に変わってゆきましたか?


ONSA WORKSHOP に参加することで、自分自身に意識的になることができました。
自分が抱えている問題に気付いてショックでしたが、ONSA WORKSHOP では、それをゆったりと見守ってもらえたので、自分で自身それを癒していこうと、腹をくくることができました。

人付き合いは相変わらず苦手分野ですが、以前のように極端に怖いと感じることは少なくなってきました。
それから、自分を尊重するという視点も WORKSHOP で気付かせていただきました。

少しずつ自分を大切にする行動がとれるようになって、心が穏やかな方向に向かってきています。
自分を責める声も、ほとんど聞こえなくなりました。



4)TAT セッションを受けるには、どんな前提条件が必要だと思いますか?

ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」 こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること………など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、ご自身の言葉で教えてください。




私の場合は、自分の過去を意識したとき、この過去から自由になりたい! と強く思いました。
そして、もうそれを手放してもいいと思えたから、TAT セッションを受けようという気持ちになったのだと思います。

知ることって、本当に大切なことだと思います。

知って、ショックで泣いても、ONSA WORKSHOP では受け止めてもらえます。
恥ずかしいとか馬鹿らしいとかいう気持ちは少し脇において、自分にも他人にも心を開いていられたら、きっと大丈夫だと思います。



5)もし自分が ONSA WORKSHOP で訓練をしないまま TAT セッションを受けていたら、どんな風であったか、想像して、教えてください。



私が、自分の問題に気が付く前に、何もわからないでその痛みが消えてしまったら、すごく不安になって、痛みが消えた空白にまたいらないものを詰め込んだり、自分をいじめたりしてしまったかもしれません。
知ってから手放せたのが、私にとってはとてもよかったです。



6)ONSA WORKSHOP は、TAT セッションを受けるにあたり、あなたにとってどんな風に役立ちましたか?



私は、ONSA WORKSHOP で訓練を受けていくうちに、自分の問題に気付けたので、前向きにその痛みを癒そうと思えました。
自分の過去や、対人関係パターンなどを知ることができていたので、その痛みが消えても、同じパターンを取らないように意識して行動することができたのだと思います。

また、私には TAT セッションでのクレンジング・リアクションが、普通の ONSA WORKSHOP より強く出ました。
クレンジング・リアクションがどんなものか体験して、分かっていたので、不安が少なく、自分をいたわってあげられたのだと思います。

また、トラウマを意識することは、痛みをともなうことで、ワークに向き合う中で、つらい気持ちになってしまうこともありました。
そんな時でも、できない自分を責めずに、「つらかったね」と言ってあげる視点が、ONSA WORKSHOP を受けていくうちに養われていったのかな、と思います。



7)TAT セッションを受けてみた後、1)と2)で書いた問題は、どのように変化しましたか? そしてその変化は、あなたにとって、どんな風に感じた出来事だったでしょう。
あなたの言葉で教えてください。




TAT セッション・セルフトレーニング後、人が怖い……は、以前より怖さが減ったかもしれません。
人は私からみんな離れていく……意識的な行動パターンを取っていれば大丈夫、と思えるようになりました。

私の行動パターンは、今、冷静に見つめなおしてみると、「共依存の行動パターン」そのものという感じで、いろんなことに巻き込まれたり、巻き込んだり、健康な状態ではなかったなと思います。
今思い出すと、とても恥ずかしいけど、あの時はそのやり方しか知らなかったし、できなかった。

過去はもう戻らないから、これからの習慣を良いものに変えて、積み重ねていこうと思えるようになりました。



8)これから ONSA WORKSHOP ならびに TAT セッションを受け、みずからのトラウマに向き合ってゆく方にメッセージをお願いします。また、痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている方に、あなたにしか送れないメッセージをお願いします。



ONSA WORKSHOP の最大の目標は、「自分を大切にする」ということなのだと思います。
どんなに辛いことがあっても、自分で自分を守って大切にしてあげたら、きっと生きて行くのに絶望してしまうこともなくなるのではないか、と思っています。

でも、これはなかなか分かっているけど難しい……。
だから、転んでもあきらめないで、私も失敗しながらやり続けていきたいと思います。

今、「私は TAT セッションまで受ける必要があるのだろうか」と思っている方もいらっしゃるかもしれません。
私も以前は、そう思っていました。
でも、自分で早々に決めつけてしまわず、「自分掘り」を続けていったら、きっと色々な発見があると思います。
自分だけで気が付くのが難しいと思ったら、本を読んだり、WORKSHOP に参加していくうちに、見えてくるものがあると思います。

「自分掘り」の最中はつらい時もあるかもしれませんが、その先には明るい光がきっと見えるはずです。
私にとっては、本当に「夜明け前が一番暗い時間」だったなと思っています。

今、体調を崩してワークに向かえない方もいらっしゃるかもしれません。
そんな時でも、どうか、できない自分を責めずに、そして、あきらめないでほしいと思います。

ここに集う方々は、何かきっと見えないつながりがあるのだと思います。
あなたの幸せは、きっと私の幸せであり、ここに集う方々の幸せなのだと思います。

自分を大切に、一緒に進んでいきましょう。
必要な方が、必要な助けを得られますように。



9)最後に、ここまで歩いてきた自分自身に、メッセージをお願いします。
誰かに遠慮する必要はありません! 思い切ってどうぞ!
感じていることを、素直に書いてみてください。




私へ、「TAT セッション・セルフセッション・トレーニング」無事終わったね。
お疲れさま。
自分で自分を癒していけるのが、すごくうれしいし、希望を感じるね。

ONSA WORKSHOP を受ける前の私は、自分の人生がこれ以上何とかなるなんて、考えられなかったね。
生きづらいのも、人間関係がうまくいかないのも、私の性格が悪いから、私の見た目や性格が可愛くないから、もうどうしようもないと思っていたね。
でも、少しずつ正しい知識を知るうちに、原因はそこじゃないかも知れないと気付いたね。

自分の感情を表に出さないようにすることや、言いたいことを言わずにおとなしくしていることで、幼いころの私の安全は保たれていたかも知れない。
でも、今も同じ方法を取り続けているから、上手くいかないことがたくさん出てきてしまっているんだよね。
私はもう子供じゃないから、新しい方法を学んで、試していかないといけないね。
新たな方法を試すのは、きっと怖いと思う。
その恐怖も、TATセルフセッションで少しずつ癒していきたいね。

今まで、他人に自分の人生をゆだねてしまっていた私にとっては、自分で自分を癒せるというのが、とても素晴らしいことだね。
今までは、私の痛みを癒してくれそうな、人や物を探し求めて、たくさんの時間を無駄にしてしまったし、たくさんの人間関係も壊してしまった。

でも、私を癒せるのは、私しかいなかったんだよね。
これからは、自分を癒しながら、世の中と良いお付き合いをしていきたいね。
支えてくれた家族にも感謝だね。

まだ少し怖いけど、一緒にやっていこうね。

これからもよろしくね。



タイトルはじまり目印

M. S. さん(30代/東京都よりご参加) おれんじクラス


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1)あなたの問題は、そもそも、どんな主訴でしたか?



私が、男性と関わるとき起こるトラブルがあり、自分が幸せでないのに繰り返していることをどうにかしたかったです。

ひとつめは、ある男性から「見捨てられた」という感覚があって、本人が退職してもう物理的にいないのに、気になり続けていたこと。
本人がいた頃も、私に個人的な好意を感じたり、私の存在を大切に扱ってくれるような言動もないのに、異様に気になって私から機嫌をとったり、関心をひこうとしていたことです。

ひきずっていたのは、2年半も前からです。
初めてお酒を飲んだ夜、この男性から「好きな人はいない」と話をされた後なのに、抱きしめられてセックスをしたいから部屋へ行きたいと言われ、ものすごい力で引っ張られました。
私にとっては急すぎたことと、「好きな人はいない」と本人が言っていたことに混乱して、何とか離れてその場は別れたのですが、もし本当は私を想ってくれていたのならと思い、翌日話そうとしました。
そうしたら、本人はまるで覚えていないように、まるっきりその話に触れず、何度か話そうとして食事の約束をしてもはぐらかされたり、忘れていたり、逃げられ避けられることを繰り返し体験しました。

私が不可解な感じがしたのは、本気で記憶が消えてしまっているように、または改ざんされてしまっているように、本人はまるで悪いとも思っていない感じがしたことです。
その男性は穏やかなソフトな印象なのですが、それがまったくそのままで、私は異様な印象を受けました。


文節区切りの線


それなのに、私は、本人の夢や母子家庭の話を聞いてあげなきゃと、真夜中まで2回お話につきあいました。
でも、また翌日何も無かったように接されました。

話していて、私と感覚が合うのかもしれないと最初は思っていたのですが、別の場所では全然違うことを言っていて、自然に感覚が合うのではなく、自分の嘘やつくり話で私が喜んでいたりコントロールされているのを見るのがおもしろかったり、自分を嫌わせない為の作り話が多かったということに気づきました。
それを、私は合うかもと思っていました。

あったことをなかったことにされる。
普段の会話に嘘やつくり話が多すぎる。
それがわかっていても、どうしても気になり続けてねばってしまい、気にかけて話しかけていました。


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ふたつめは、男性の上司や先生、年上・目上の方達に対して、上からものを言われたり、私に選択権を与えないままに何かさせようとコントロールされるのを感じると、瞬間に激怒がピークに達してぶち切れてしまいそうになること。
私は、その場はなんとか抑えて内に込めた声で応えるのですが、それは裏面交流(* TA・交流分析用語/編集注)で、少し後から慇懃無礼な態度で、軽蔑、怒りをあからさまに表現した言動で対応してきました。
復讐をこめて皮肉やぼそっと冷酷なことを言ったり、相手が察して欲しいのではないかと想像できても、気づかないわからないフリをして見捨てました。

この激怒は、私以外の事に対しても起こって我を忘れてしまい、自分が幸せでない結果を手にしていました。
男性から女性へ、また性別が逆でも、強者から弱者へ、社長から社員へ、親会社や取引先から圧政を受けているように見える、上から下へ強いるようなシーンに出くわした時です。
なぜこんな不正や不当がゆるされるのかと、身体が冷えたように止まり、目の焦点が定まらないくらい激昂する怒りでした。
「ふざけるなよ……」と、人目も TPO も気にせず、怒りのオーラを出しました。

また、人が裏では陰口を言っているのに外面では迎合したり、あきらめるようなところを見ると、
「なぜ闘わないのか」
「なぜ守らないのか」
「なんでそんなことをされて平気なのか」
と、怒りを感じました。

単なる会社での出来事でも、殺してやる、死ねばいいのに、ぐらいの憎悪でした。
そのときの自分の顔、目つきを見られたり、気づかれたときには、あわててポーカーフェイスと、飾った柔らかそうに聞こえるだろうと作った声で話したりしました。


このふたつでした。
ワークシートで振り返ってみて、繰り返しの最初の記憶は25年も前で驚きました。



2)どんな環境、どんな過去を持っていますか?
どんな痛みの体験が影響して、そのような主訴を持つようになったのでしょう。
過去を振り返ってみましょう。
あなたは、どのような体験をしたのでしょうか。




機能不全家庭、共依存、お金のトラブル、様々なアディクション、AC、ネグレクト、境界線問題に対して自覚のない家庭、環境で育ちました。
何かあっても隠す、触れない、言わない、見てみないフリをする、あったことをなかったことにする、うやむやにすることが多かったです。
家の事も、自分達家族の事も、私の事も。

私が育った環境にいた人は、家や自分のことを「恥ずべきこと」「恥ずべき存在」だと思って、心底染み付いているような感じがあったことに気づきます。
自分や周りを蔑んでいました。
意識しないくらい奥深くのベースにあった感じです。


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育った場所は地方で、近隣は親戚や同じ血筋から分家した家々が多く、巨大な樹形図でまとめられる地域でした。
育った頃はわかりませんでしたが、近所に精神障害が発症した女性のいる家庭がありました。
また、遠い所から来る知らない家にお金を借りてまわる女性や、養母にはさみを持ち出して激怒するお嫁さんのいる家庭がありました。

私の家の食事の時間の会話は、近所の噂か、テレビの批判ややっかみ、誰かの批判、もしくは TV を見て無言でした。
あとは、隣の家と土地の境界線問題、叔母一家の自己破産の問題、私と誰かをくらべて誰かをほめる話でした。
とてもつらかった。

あらためて、私はたのしい食事の団らんを何十年も体験していない事に気づいて、愕然としました。
よくある普通の家族のたのしさが、たくさん欠落していたと、あらためて気づかされました。
思い出せる想い出がほとんどなかったからです。


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祖母や両親は、自分達が離婚経験者の再婚同士であることを恥じ、また私がひきこもって中学、高校で登校拒否をしたり、外で出ないこと、外の人を避けたり恐くて外に出ないこと、社交的で明るく楽しい中学生、高校生でないことを恥ずかしいと思われているように、私は感じていました。
「お金かかってんのに行かんのやったらやめるか!」
と母に怒鳴られました。

私は、小さい頃、姉と母がお小遣いが少ないと話している二人の会話を、影で聞きました。
私の習い事が多いせいだと説明していたのがショックでした。
不登校の頃も、生活費や学費のことで親に迷惑をかけていると思ってきました。


母の出身高校で、トップ校に入学したときも本当は何をしたいのか何もなかった。
教室でひとりになることが多く、ひとりでいる恥ずかしい子と思われているのではと、人の目が異様に恐くて早退と欠席ばかりしました。

いつも「小さい頃は目を輝かせていたのに。先生にもよそのお母さんにもほめられたのに。中学、高校なんて一番楽しいときなのに」と言っていました。
今の私をぜんぜんみてくれない。
今の苦しんでいた私を、よその子だけでなく過去の私とすら比べて、否定し責めました。
そして、昔は人から私がほめられて自分の鼻が高かったんだと、小さい時すら私のことを想ってくれていたのではなかったの? と、つらかった。

中学、高校時代の彼女はそうでも、私には私の苦しさ、小さい頃から積み上がってきていた痛み、葛藤が毎日を襲っていたのに、本気で私をおかしいと評価している。
私にとって残酷でした。


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大学は実家から逃げるためで、たまたま受かった学校でした。
だから、心から楽しめる何かをしていたわけではありませんでした。
だから、より申し訳なくて自分を責めていました。

大学卒業して仕事が決まらず、うつの症状が出始めていた時も、母に
「あんたにいくらかかってると思ってんの!?」
と怒鳴られたとき、からだも頭もとまりました。
時間がとまったようでした。
その瞬間何も感じていませんでした。
ショックだとわからなかった。
WORKSHOP を受け始めてやっと感情を思い出したくらい、止まっていました。

母も父もですが、普段は穏やかそうな印象の人です。
ただ外で穏やかでも、溜まってぶち切れるとものすごい言葉、エネルギー、態度がでます。
別人のようです。
だから、差が激しすぎて余計に恐かった。
まるで今の私です。


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私は親のお金を食いつぶす、恥ずべき存在だと自分の事を思ってきました。
お金をもらう価値のない、さぼっている、能力のない、恥知らずの穀潰し。
辱めを受けて当然の、おかしい不遜な欠陥人間だと思っていたように思います。

今の会社でも、外面はがんばって、でも内側の恥ずべき自分がばれると、惨めでどうしようもないから、がんばっているように見せないような有能な私を演じながらも、私はいるだけで赤字の存在なんだと、自分を責めていました。
だから、そのように私を扱う人達、機能不全家族の再現を目の当たりにしていました。
相手に怒りを感じ、相手を軽蔑しながらも、深いレベルで私こそが私を軽蔑して、そのように扱われて当然だと、同意していたんです。

恥の反対は、誇りでしょうか。
また、恥に似ているのは自尊心の低さかな。
あらためて、自尊心や誇りってどんな感じのことをいうだかろうと、私はわからないのではないかと気づきました。
他には「さびしい」も。

母は、前夫と結婚したこと離婚したことを、自分が若くて親のいうことをきかなくて失敗したと言っていました。
前夫との子供である姉に、かわいそうなことをしたとも。


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父親のことで、思い出した感覚がありました。
彼は刑務官でした。
小学3年生のとき、学校で父の仕事をひとりひとり言う時に、母からか警察関係よと以前からにごされていたので、何か言うのはおかしいことなのかなと思って、学校で私自身の感覚ではなかったのだけれど、言いづらそうに言いました。
同級生の子から好奇心から驚かれたら、先生が気を使ったように「難しいのよ」と言いました。
先生からも気を使われるなんて、そんな特殊な仕事、言ってはいけないんだと思った感触が残っています。

その後、自分から父の仕事を言ったりすることはありませんでした。
自分ではなぜなのかわからないけれど、なにかいけないらしい、妙な空気を感じたから。

中学の学習教材の訪問販売の人が来た時に、父の勤め先を聞きました。
父と母が言いづらそうに、場所だけあいまいに言いました。
相手もわかったのか、「(その場所がどういう場所か)どことはちょっと言えませんけども……」と言いました。
この時にも、何か本当に異常な仕事なのかと小学校からの感覚を強めました。

高校の時に、クラスメイト2人にゲームセンターに誘われて行ったのですが、睨んでいるのか? と同じ年くらいの女子グループにからまれました。
私たち3人は恐くて逃げて、建物の奥にある倉庫に飛び込んだのですが、そこに電話がありました。
とっさに父の職場が近いことを思ったのですが、私は躊躇しました。
連絡すれば、父の職務上、影響力は女子グループに対して大きいと思えました。


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でも、私が考えたのは、自分の父親の仕事がクラスメイトの2人にも、そして、もしこの問題が高校にも伝達されたら、クラスや高校中に私の父の仕事がばれる。
私の父は、一般の人には隠さないといけないような、人から忌み嫌われ、避けられ関わってはいけない仕事をしていることが、ばれる。
私まで、白い目で見られる。
その恐怖で、私は3人の中で一番影響力のある、助けを得られるだろう電話をかけませんでした。

その後、事務所の責任者であろう男性が、私たちを見つけた店員に呼ばれてきましたが、迷惑そうに邪険に出て行けという風に言われ、助けてもらえませんでした。
絶望的で、恐くて3人で建物から逃げました。
私は、「ごめんな、わたしなんにもできやんかった」と何度も泣いて謝っていました。

3人とも自転車を置いて、事情を話して迎えにきてもらうことにして、親を待ちました。
その間、私は一緒にいた2人のうちの1人にクラスメイトに、手を握ってもらっていました。
すっかり取り乱して、恐くてたまらなかった。
まだ近くに、さっきの女子グループがいるんじゃないかって。


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普段は、私ともう1人の子のほうが冷静で落ち着いていて、芯があって、声や話し方がはっきりしていて、気持ちが強そうでした。
でも、手をつないで一緒に待ってくれていた彼女は、女子グループの前でも、負けないで落ち着いていました。

教室ではあまり自分で前に出ない子で静かそうだったから、彼女を自分より下だと見くびって、軽蔑していたんです。
何か言われても、なぜか癇にさわって言い返したくなりました。
私は偉そうにしていました。

この事件後、私は彼女を避けて、冷たくしました。
自分の情けなさを見られてしまったこと、後に書く自分が恐れてしなかったことの罪の意識、自分の素を、弱さを知られてしまった、普段が虚勢だったとばれてしまったからきっとばかにしている、今度は私が見下されて弱い立場にされるに違いない、と、彼女を恐れました。
感謝は言ったと思いますが、距離をおきました。

家に着いて、事情を父と母に泣きながら話しました。
父は、自分に電話をかけたら、その建物の上層部を知っているから言ってやったのに、と怒りました。
父は、普段何も言わないのですが、怒りをだすときは、蔑視を含んだような、怨念、非常に恐ろしいエネルギーを含んで言います。
激しいものも、ぼそっと皮肉や恐いことを言うときも。
やっぱりそうなるだろうと思っていたことを、父が言いました。

家族は、私は恐いというだけで泣いていると思ったと思いますが、私は恐怖と一緒に、自分の考えや、それに基づいて自分がやったことに、自分自身を責めて、なんて子供なんだと、とんでもない罪、なんてことを考えて親におもっているのかと責めて、申し訳なくて泣いていました。
10代で人前で泣いたのは、この1回だけです。


文節区切りの線


この、私の、父、母、姉、祖父、祖母、叔父、叔母、従兄弟、育った地域、学校、教師、土地、地域、会社、上司……もっとひろく言えば日本、に対して。
実家の持ち物、父の職業、実家の兼業農家・農業であることに対しても。
この、私の中にある、これら自体に対して「怒り」「軽蔑」「蔑視」していることを恥ずべきだと、私は、私に最大に罪の意識を持っています。
辱めを受けて当然だ、と。
こんなことを思っているなんて、私はなんて人間なのかと、最高に責めてきました。

ものすごく小さい頃は、こんな感覚は持っていなかった。
いつからか自分の身の回りのすべては、恥ずべきこと、恥ずべき存在だとしていました。
これこそ「外からもらったもの」でした。
父も母も自分自身を蔑んでいる、祖父母も、叔母も姉もどこかで、そんな感じがしていました。

また、両親や人に対しての蔑視にはこんな声がありました。
なんで大切なものを守らないのか、守ってくれなかったのか、闘わなかったのか、
闘わないのか、なんでそんなに言いなりで隷属するのか、真っ向から立ち向かわないのか、
なんで裏面で操るしか、すりよる方法しかしないのか、
そんなの穏便に? 卑怯で臆病なだけじゃないか、情けない、奴隷やんか、と。


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手が震えてくる、身体が凍るような怒りが嘘な感じもしなくて、自分が間違っているとも思えない、私は正しいと、両極端な感じに葛藤してきました。

でも、逆に、外側から自分が関わったものが攻撃されたときは、一転して全面的に怒りから闘うんです。
日本人の境界線の特徴とも似ているように感じて。
何なんだろう、これは?

父も母もそうでした。
母は「家族だから」と言いました。
でも、普段は守ってくれない。
無関心。無視。
だから、両親が本気になるのは、義務感もあるだろうけど、外から批判されないように、家族を守っている自分達のイメージを守りたいのかな、結局自分達のためなんじゃないの、と思いました。

メンツというのは、こういう意味なのかな。
また私を裏切って土壇場で逃げて、見捨てるんじゃないの。
誰かと比較して、ひどい言葉を言うんちゃうの。
こんなことではまりこむ私は、被害妄想でひねていて、私の方が悪い人間なんじゃ?
いや違う!
等々……私の頭は泥沼でした。


文節区切りの線


愛なのか、何なのか私にはもうわからなかった。
疑いや憎しみが深く、傷も痛いままでした。
私は混乱していました。

そして、TAT session で知った、子孫祖先とのつながり、源という考えを思うと、私の家系、私個人の歴史から積もってきた考え、感覚、感情もあるけれど、この感覚は、大元、源泉は私個人だけから始まったのじゃなくて、もっと大きな何かにも、私のこの感覚とつながっていて、在るのかもしれないと、今思いました。

そして、振り返って思います。
私の主訴の2つは、表裏で繋がっていました。

主訴のひとつめに書かせてもらった男性のことです。
落ち着いて振り返ると、外見はちがっても経歴や感じが父に似ており、また私が、父にこうあればいいのにという+αをくっつけたような感じがしました。
こういう父なら話を聞いて愛せるのに、許せるのにという私のエゴ、欲求不満からくる強迫行動でした。
私は、父に愛された、体温を感じる優しさ、抱きしめてほしかった、愛されていると感じたかったんです。

また、ふたつめは、父を始めとした私の今までの関わってきた人への、恨みの復讐をしているように感じました。
ひとつめの主訴に書いたことの復讐です。
男性、父親への復讐と思えました。
まったく別の所へ、復讐が増して吹き出していました。



3)ONSA WORKSHOP および TAT セッションで、その過去(正確には、過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)がどんな風に変わってゆきましたか?


過去を思うと感情が沸き上がって、竜巻みたいに吹き上がってゆく感じ、とにかく不安を感じていて、恐くて、分析しつくす行動であったのが、「そうやったんやな……。」と、ただ痛い、じわ……っと胸に少し重いような痛みを感じています。
感じをただ感じるように変わっています。

本当に、過去から来ていたんだと、つながりがわかるように変わってきました。
本当に、過去が今にあってしまっていたと、わかります。
私は、「外からもらったもの」で考え方、見え方に影響をうけていました。
人生を左右するほど大きくハンドルを渡していました。

「そうなんやったんやな……。」と、ただ思う。
ただ、胸に痛みを感じる。
そこでとまっていられるように変わっています。



4)TAT セッションを受けるには、どんな前提条件が必要だと思いますか?

ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」 こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること………など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、ご自身の言葉で教えてください。




自分に、本気で癒したい痛みがある、と本当に自分でわかっていること。
人のお話を、本当に聴けること。



5)もし自分が ONSA WORKSHOP で訓練をしないまま TAT セッションを受けていたら、どんな風であったか、想像して、教えてください。



その場しのぎの1発参加、アトラクションみたいな感覚で終わっていたと思います。
直後はいい気分かもしれない、または効果が感じられず不満で終わったかもしれない。
大事なじぶんの時間とお金の価値を投げ捨てて、しかもその自覚なく終わる。
でもやっぱりとまた繰り返して、自覚なく時間とお金を浪費、自分を責める、ONSA に怒りをぶつける恨む、関係破壊……これが、もっとも私が望まない結果です。

そして、最も大事な日常生活で、継続して効果を感じられていない、確かな知識に基づいた継続してやってゆく必要のあることを、私がわかっていなかったと想像します。



6)ONSA WORKSHOP は、TAT セッションを受けるにあたり、あなたにとってどんな風に役立ちましたか?



4つの約束」が、もっとも大きな意味があったと実感しています。
大きな結果を産む。
だから、いちばんむずかしい約束だと私は思うし、だからこそ WORKSHOP と TAT session で大きな効力を発揮して役に立ちました。
いわずもがな、日常生活でも。

そして WORKSOHP で、藤沢さんから確かな心理学の知識とフォローをいただきながら、今の自分の mind-set, OLD DATA, 病気、傾向を、みとめられるようになってきたことが、役に立っています。
今の私のそのままの姿を見たら、逆に自分を信じられるなんてびっくりです。
それだけはやったらあかん、と思ってきたことこそ、驚きの結果を生んでいることに気づきました。

だから、TAT に臨んでいるときも、自分を信じられていました。
藤沢さんや仲間のことも。
私は、他人を信じることがとても恐いのだと、WORKSHOP を経て TAT に臨んでわかりました。

私は藤沢さんに憧れていました。
ただ、妙な怯えと不信がいつもありました。
いつも、憧れに駆り立てられるような気持ちと、嫌われているんだ、だから攻撃されたりあの人ほど親切にしてもらえないんだ、私は好かれないんだ、態度が悪いから責められるかもしれないという緊張と、きちんとしなくては、そしたら見直してもらえるかもしれない、また一方では騙されるのではないかと疑っていました。
源泉は、私の過去の傷、親との傷です。
投影と転移、再現。
これをも、TAT をかけます。


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そして、他人を信じる、信頼するというのは、どういうこと、感触なんだろう?
そして、先ほど書かせてもらった誇り、自尊心ってどういうこと、どんな感触。
あと、健康な自然な責任ってどういうこと、どんな感触。
あらためて、私に必要な、得たい、もっと確かに実感したいことだと、見つけました。
私の夢のひとつになります。

私の夢って、ものすごく人生の最初からあるようなことなんだな。
あまり意識しないようなこと。
もしかしたら、あたりまえでしょって言われちゃうかもしれない。
もっているひとには。
もしかしたら、その人には当たり前すぎて、言葉にもできないくらい。
だから、聞いても不思議そうな顔をされて終わってしまったりするかも。

でも、私は、その感触を得たい。
心と精神と身体で。
そしたら、まったく自分の実体験としてもっていられて、私の言葉でお伝えできるよな。
あと、ずっとわからない「さびしい」って言葉の感覚、これを体験としてわかりたい。

こんな風に、一見解決していないようにおもえるんだけれど、私はそれでくずれてしまっていないこと。
私のまま立っていること。
これは、ワークショップを重ねてきたからできているんだと思うんです。


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TAT session を終えたあとも、自分のことを自分でフォローしてゆく、地面に足のついた感じがあります。
藤沢さんの言葉をかりると、基礎体力、筋力がある感じ。

TAT で魔法のように、世界が変わる、すべての問題が自動的に解決するのではなく、TAT で変わるのは私でした。
その意味で、私の見え方が変わるから世界が変わって、問題に対して私の相対し方が変わって、解決へ向かうんです。
そのスピード感が早いから、感動的な魔法や、何もしていないのにすべてが好転したように感じるのですが、自覚がソフトでも自分が何か変わったから、世界が変わるんじゃないかな。
藤沢さんのご本にいつも書いてくださっていることが、やっとそうだな……と思います。

私の場合、変化の自覚はソフトですが、確かに世界の見え方が変わっています。
私でない人から、外からみたら、もっと大きな変化を感じてくれているのかもしれません。
例えば、仲間からきれいになったと言ってもらえました。
そんなのわからなかった!(笑) なんて風に。

総じて、変わりない世界をまた歩き進む中、ワークショップで学んだ基礎体力と筋力は役に立っています。



7)TAT セッションを受けてみた後、1)と2)で書いた問題は、どのように変化しましたか? そしてその変化は、あなたにとって、どんな風に感じた出来事だったでしょう。
あなたの言葉で教えてください。




あった過去はそのままです。
それに関わった人も変わりません。
そのままと私には思えます。

問題で書いた人には、より風当たりが強くなった人も出てきました。
私が変わったからです。
恐れとこわさを感じます。
でも、私は辱めを受ける必要はない。

Clever に在ろうと、私自身の内で、私の為に学ぼうとトライをします。
彼らはそのままにする。
私は私に重心をもって、私にいます。

辱め合い、人を落として自分を上げ、自分を落として人を上げる。
こんなレースは、私は本当にもういい。
おべっかが異様に嫌いだったのは、この辱め合う感じが、私の恥ずべき感覚を刺激していたからでした。

わたしはわたしのそばにいる。
たとえ、大きな流れの中、この問題の結果がどうなったとしても、わたしはわたしのそばにいた、ということが深い自信、安堵を覚えるのだとわかります。
藤沢さんや仲間のことをも想って、支えにさせてもらいます。


身体の感覚は、ただ痛いと、じわ……っと胸に感じています。
私の過去のいろんな地点から現在まで続いてきていたこと、その地点の私の痛み、ひきずって繰り返しそのように生きてきた時間分の私へも、大変だったね……と、私を想って涙がでる。
巻き上がっていた粉塵が、水中に沈んでいるような、胸の痛みをただ感じているように変わっています。
詳細な分析をしまくるのではなく、ただ感じるままでいられています。
「そう、ここで学ぶのよ」と、深くやさしい、でも確りとうながすように、その地点のこと、今までのこと、直近のそれらへの内省、深く自分に言うために、すこし重みのある胸の痛みの感覚がある感じです。
学んで、この痛みもまたポットに入れて、TAT をかけます。



8)これから ONSA WORKSHOP ならびに TAT セッションを受け、みずからのトラウマに向き合ってゆく方にメッセージをお願いします。また、痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている方に、あなたにしか送れないメッセージをお願いします。



私は、自分を恥ずべき存在だと思っていました。
だから、辱めを受けて当然だと思ってきました。
だから、私に奇跡は起こらないし、私には効かないし、長い時間がかかって、無理と思っていました。
こんな強烈な言葉なのに、意識することもないほど根底にずっとありました。

これへ今の私は逆に、「なぜですか?」と問いたい。
自分に聞いてみて、本当に何も答は無いんです。
ない。
驚きました。

そして、わたしはわたしをゆるします。
何もかも。
もういい。

辱め合うのが普通の、痛みのありすぎる人間関係に浸ってきていたこと、胸が痛い。
「自分を大切にするって、どういうことなんだろう?」
今まで何度も読んだし、何回もノートに書いてきたのですが、あらためて、本当に純粋に、自分に初めて問いかけられている気分です。
まっさらに、この質問を自分にできるように私は変わりました。


たくさんのことがありました。
痛み、事件は今へつながっていました。
痛みの地点で、置き去りの感情と私を見つけました。
痛みを私は感じられるようになりました。
痛みを知らなかったら、こんなに深い優しさはもてなかった。
ぜんぶひっくるめてそのままのわたしと一緒にいられるようになった。
仲間を人を想えるようになった。
何が私にとって大切かを拾い、自分を守ることを想えるようになった。
だから、私は痛みの経験に感謝をしています。
ありがとう。

これだけは言ってはいけないと思ってきたことほど、私は気づけました。
恥ずべき私を今度こそ公言してしまうと、手に力が入らなくなるほど恐かったんです。
でも、そんなことはなかった。
言った後の自分以外のことは私はコントロールできないけれど、そんなことをしても、私は大丈夫でした。
それでも、私は私をみられています。

痛みを想って。
大丈夫です。
どうか、あきらめないで。



9)最後に、ここまで歩いてきた自分自身に、メッセージをお願いします。
誰かに遠慮する必要はありません! 思い切ってどうぞ!
感じていることを、素直に書いてみてください。




ありがとう。
もう見た目や外側のことで、わたしをどんな人かなんて決めつけられない。
もうそんなことはいいんだ。

とても深く、広くて、自由。
わたしはどんな存在なんだろう?
どんな人なんだろう?

わたしを尊敬する。

ただ、あいしています。

ありがとう。だいすきよ。



タイトルはじまり目印

S. M. さん(40代以上/東京都よりご参加) おれんじクラス


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1)あなたの問題は、そもそも、どんな主訴でしたか?



機能不全家庭に育った為、生きている感覚があまりありませんでした。

他人の中にしか自分を見いだせず、もっと頑張ればきっと認めて貰えると、常に目標を設定して頑張り続けました。
そして目標を達成しても、決して自分を褒めることは出来ず、もっとこれをすれば、今度こそ他人からも、そして、自分も自分を認められるようになると、もっと頑張り続けました。

でも、どんなに頑張って目標を達成し続けても、自己肯定感が高まることはなく、満たされる事はありませんでした。

前回の TAT で、その辺りは切り離せたのですが、今度は、気を付けているのに同じ事を自分の子供たちにしてしまっているのではないか、子供たちも自分と同じ苦しみを味わってしまうのではないか、という不安と恐怖にかられました。



2)どんな環境、どんな過去を持っていますか?
どんな痛みの体験が影響して、そのような主訴を持つようになったのでしょう。
過去を振り返ってみましょう。
あなたは、どのような体験をしたのでしょうか。




父の転勤で東京に越して来ました。
そこで、なじめなかった母に必要以上に、執拗に叱られました。

父がぎりぎりのお金しか母に渡さなかった為、母は仕事に出るようになりました。
私の為(せい)だと思いました。
母が仕事に出たのは、私に不自由な思いをさせたくないからだ。
だから、母が悲しむような事はしないように、言わないようにしようと、自分の意見よりも、相手の望むことを推測して合わせるようになしました。

そして、自分が我慢すれば全てがうまくいくんだと、思い込むようになりました。



3)ONSA WORKSHOP および TAT セッションで、その過去(正確には、過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)がどんな風に変わってゆきましたか?


「自分を大切にしなくてはいけない」となんとなく聞いて、そうしてみたくても、どうしても出来なかった理由が分かりました。

今まで誰も教えてくれなかった、境界線や自分重心の大切さを知識として学び、安全な場所で実践させて貰えて、段々とアタマでなく、ハラで感じる事が出来るようになりました。



4)TAT セッションを受けるには、どんな前提条件が必要だと思いますか?

ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」 こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること………など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、ご自身の言葉で教えてください。




境界線や自分重心、時間の大切さ、失敗してもいいと知る事、俯瞰してみる重要性を知っている事。
その場と、皆と自分、そして変われる事実(TAT)を信じること。
自分でも気が付いていない、その時溢れ出る想いをアタマで止める事なくシェア出来る事。

委ねる勇気。
受け取る勇気。

もちろん、心を開く、裁かない、持ち出さない入(* ONSA WORKSHOP「4つの約束」/編集注)は、最低限の必要条件だと思います。



5)もし自分が ONSA WORKSHOP で訓練をしないまま TAT セッションを受けていたら、どんな風であったか、想像して、教えてください。



1人では、自分の一番見たくない問題を直視するのは難しいし、受け入れがたいので、何をポットにいれたらいいのか分からないかもしれません。

そして、TAT 後、時間がたてばたつほど、「出来事」は思い出せても、その時の「痛み」を思い出せない程切り離されるので、パターンで問題を繰り返していた場合は、また同じ事を繰り返すかもしれません。

そして、一番昔のコアな問題をクリアすると、次の今に近い問題が降ってくるかのごとく現れるので、それを受け止めてまた向き合っていく方法を WORKSHOP で学んでいないと、現実的に厳しいと思います。



6)ONSA WORKSHOP は、TAT セッションを受けるにあたり、あなたにとってどんな風に役立ちましたか?



まず、自分の過去の経験と思い込みが、今の自分を苦しめている事すら知らなかったので、その事実を知り、受け止め、対処法を安全な場所で学ぶ事が出来ました。

今までなんとか見ないようにしてきた辛い過去に向き合うことは、とても苦しく、受け入れがたい事なので、1人では乗り越えられなかったと思います。
そして、自分ひとりではなく、同じような悩みの人が沢山いることに勇気づけられました。

この苦しみは、自分のせいでも、親のせいでもなく、正しい知識を知らなかった為に受け継がれてきてしまった習慣で、勇気をだして本気で治したいと思えば、治せるものだと知る事が出来ました。



7)TAT セッションを受けてみた後、1)と2)で書いた問題は、どのように変化しましたか? そしてその変化は、あなたにとって、どんな風に感じた出来事だったでしょう。
あなたの言葉で教えてください。




今回はセルフセッションでした。
不安は的中し、私だけ(WebExシステムに)画像が繋がりませんでした。
以前の私ならかなり動揺したと思いますが、それも失敗というより事故と受け止め、支障なくセッションを続けられました。

何かトラブルやアクシデントに直面した時、動揺はしますが、そこに呑み込まれてしまう事なく、落ち着いて客観的に見るようにしようと思える、もう一人自分がいます。

自分で TAT セッションするのは、言葉も紙を見ながらでしたし、集中しきれませんでしたが、時間がたてばちゃんと問題は切り離されて、あんなに不安で考えると涙が出てしまうほどだったのが、それは自分の思い込みで事実ではないと、客観的になれる自分をもてるようになりました。



8)これから ONSA WORKSHOP ならびに TAT セッションを受け、みずからのトラウマに向き合ってゆく方にメッセージをお願いします。また、痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている方に、あなたにしか送れないメッセージをお願いします。



私は特別ではありません。
ほんの少し前まで、何も知らずに「全部自分が悪い」と思っていました。
息を潜めて生きているのに、誰かに認めて貰いたかった。
そして、せっかく誰かが褒めてくれても、本当は素直に受け取りたいのに受け取れない。
そしてそんな自分に、自己嫌悪と罪悪感……。

もし読んで下さっているあなたが、思い当たる事があるのなら、あなたが悪い訳ではない事を知って欲しいです。
そして、あなただけがそんな思いをしているのではない、という事を分かって欲しいのです。

忘れてしまいたい過去を、掘り起こすのはとても苦しい。
でも、今まで味わってきた苦しみに比べたら、乗り越えられる苦しみです。
なぜなら、明るい未来に向かっている事を感じられるから。
そして、苦しいのは、あなたが優しくて頑張り屋さんの証だから。
だから諦めないで下さい。

TAT は本当に素晴らしいです。
1人でも多くの人に、この素晴らしいセッションを受けて貰いたいと、心から願っています。

どうか、この素晴らしさが伝わりますように。
そして、1人でも多くの方が、勇気ある一歩を踏み出せますように。



9)最後に、ここまで歩いてきた自分自身に、メッセージをお願いします。
誰かに遠慮する必要はありません! 思い切ってどうぞ!
感じていることを、素直に書いてみてください。




凄く凄く凄く勇気をだして小さな一歩を踏み出してから、だいぶ時間がたったね。
最初はビックリして、受け入れがたくて、まさか自分が? と信じられなかった。
でも、あまりに当たっていたので、アタマから水をかけられたような衝撃だったのを、今でも鮮明に覚えているね。

苦しくて、何度も何度も、やめて元に戻った方が楽なのではないかと、逃げる理由を探した。
でも、見つからなかった。
それは、事実を知ってしまったから、そして未来の光を感じてしまったから。
そして、何より自分の代で、絶対に断ち切りたいと決めたから。


TAT は本当にトラウマを切り離してくれて、心底ビックリしたよね。
自分の事が「好き」だと言える日がくるなんて思ってなかった。

でも、一つクリアになると、見えていなかった現実に近い問題がバーンと立ちはだかってビックリ。
だけど、もう逃げる事は出来ない事がわかってしまった。
だから、時間がかかってもひとつづつ、向き合って乗り越えてきた。


文節区切りの線


今見ている景色は、あの頃とは全然違う。

勇気を出して新しい世界に飛び込んでみたら、いい人って沢山いて、そのままで素敵だよっていってくれる友達が沢山増えた。

こんな日が来るなんて、夢にも思ってもいなかった。

だから夢も諦めないで、自分らしく生きていきたい。


まだ、大変な事も問題もなくなってないし、泣きたい事もあるけど、それはきっと、大切な何かを知らせてくれる道しるべ。
乗り越えられない問題は起きないし、逢うべき時に必要な人とは出逢える。

だから、支えてくれる人達を信頼して、なにより自分を信じて、内なる声に耳を傾けて、立ち止まらずに歩いて行こう。

人生の終わりがくる時、「いろいろ経験できて楽しかった!いい人生だった!」って、笑って感謝しながらかえって逝く。

楽しみだね。
楽しもうね。
せっかく望んで生まれてきたのだもの。

諦めないで! まだまだ行けるよ! 頑張れ! 愛してるよ!




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