2013.10-2014.01月開催 「ONSA Web. WORKSHOP(1)コース1/STEP.1」ぱんじークラス

PAY FORWARD:Web. WORKSHOP コース1/STEP.1
2013.10-2014.01月開催 「ONSA Web. WORKSHOP(1)コース1/STEP.1」ぱんじークラス


「コース1」のテーマは「時間習慣とこころの習慣」です。
ONSA Web. WORKSHOP では、毎週1課題、全12週にわたり課題に取り組んでいただきます。本 PAY FORWARD は、最終12週目の課題としてお取り組みいただいた、締めくくりのワークです。

●コースの内容 
- 「ONSA Web. WORKSHOP(ウェブ・ワークショップ)」
●もっと読む
- PAY FORWARD(ご参加者のご感想) もくじ

 PAY FORWARD(ペイ・フォーワード)とは「次の人につなぐ」という意味。すでに ONSA WORKSHOP にご参加されて、ひと足先に変化を歩き出した方々から贈られるメッセージです。
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Y. S. さん(30代/大阪府よりご参加) ぱんじークラス


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わたしに手紙を書くつもりで、書いてみます。

今回は、わたしにとって3度目のウェブワークショップだったね。
体調のことで、途中ほぼ4週間参加することができなかったんだよね。その間は絶対安静だったから、灯台の時間もとることが出来なくて、未来日記も書けなくて、チェアワークも出来なかった。そうしたら、わたしは自分が何を感じているのか全然わからなくなっちゃった。
ウェブワークショップに戻ってきてからも、しばらくはどこから手を付けて良いのかわからなくて、こまったよ。

やっぱり、「灯台の時間」をとることや、『未来日記』に書き出すことや、チェアワークでカラダの重心を整えることは、わたしが自分とつながるために、とっても役に立ってくれていたんだなぁって思いました。これからも、続けていきます。

これを書いている今、わたしは自分のことを、また、ダメだ、だらしない、なんにも出来ないやつだ、っていじめていて、毎日の生活も不規則で、朝は起きるけれど外に出るのがこわくて、午前中いつも寝て過ごしてしまって、それで夜寝られなくなって…の繰り返しで、そんな自分を許せなくてまたいじめて…。って、やってしまっていました。
なかなか前に進めない。出来ないところばかりが目につく。

これが今のわたしなんだなぁ。
朝どうしても外に出られないことも、お昼過ぎまで寝てしまうことも、午後になってあれもこれもやってない、はやくやらなくちゃって焦ってしまうことも、夜になると明日はちゃんと朝から着替えてどこでも良いから外に出るぞって、明日の自分に期待してしまうことも、今までにも、何度も何度も何度も何度も繰り返してきた。
その気になればいつだってこんな生活変えられる、こんなのはほんとのわたしじゃないって、そう思ってたけど、全然変われない。これがわたしの現状。


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今回のウェブワークショップで、わたしは、生活のリズムが不規則になると、自分を責めたり、ぐるぐる考えたり、うまくいかないなぁ…っていうことが増えたり、ネガティブなことばかり考えたりするんだなぁって、実感しました。そういえば、大学時代も、留学してたときも、受験時代も、就活がうまくいかなかったときも、そうだったなぁって、思い出しました。
だからって、とにかくがむしゃらにやるべきことをやっていくのも違う。

わたしが、自分の生活に責任を持てるようになれば、時間も、カラダも、心も、安定してくるんだろうなって、思います。
ウェブワークショップにチャレンジしてみたからこそ、たくさんの、「できなかった」の積み重ねが見えてきました。だから、今回も、やってみて良かったと思っています。

そして、全然変われないってさっき書いたけど、ほんとうはそんなことない。目には見えないけど、自分でもいっつも忘れてしまうけど、もう出来るようになってることが必ずあるんだよね。自分をほめること、もう出来るようになったことを認めること。ウェブワークショップが終わっても、続けていくからね。

そうそう。前回は、「yes, and」も、「i-message」も、いまいちピンと来てなかったんだよ。そのことも忘れてた! 
少し何かがわかったり、出来るようになったりすると、前から出来てたような錯覚がしたり、出来なかったときのことを忘れちゃったりするんだよね。わたし、今回は、たくさんの「you-message」に気がつくことが出来るようになってた。
ちゃんと出来るようになってる。前に進んでた。


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わたしへ。ずっと一緒にいてくれて、ありがとう。今まで、たくさんつらいことや悲しいことや、腹が立つことや、いろんなことがあったはずなのに、ないことにしたり、たいしたことないって思いこんだりしてきて、ごめんね。わたしがわたしを一番大切にしなくちゃいけないはずなのに、無視してきて、ほんとうにごめんね。
優月さんや、ONSA のみなさんや、仲間のみなさんの力をかりて、わたしは、ようやく、少しずつ少しずつ、自分が何を思っているのか、感じているのか、何を頭でぐるぐる考えているのか、キャッチできるようになってきたと思います。それだけでも、とっても大きな一歩だよね。
急には変われないけど、これからも、あきらめないで、「今、ここ」にしがみついて、回復していきたいと思っています。

12週間、一緒に歩いてくれて、どうもありがとう。
これからも、よろしくね。

最後になりましたが、優月さん、ONSA のみなさん、ぱんじークラスの仲間のみなさん。
たくさんたくさん、お世話になりました。どうもありがとうございました。



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H. M. さん(30代/福島県よりご参加) ぱんじークラス


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今、3ヶ月間を振り返って、Web ワークショップに参加して本当によかったなあという思いでいっぱいです。3ヶ月こつこつ取り組んでこられた自分によくがんばってこれたね! えらい! と言ってあげたいです。

最初ワークショップに申し込む時は、忙しい毎日の中で本当に毎週課題を提出していくことができるかな? Web ワークショップってどんな感じなんだろう? どうやって他に参加している方達と一緒にやっていくんだろう? と不安いっぱいでした。

自分の仕事や家族などの状況を考えると今なら何とかいけそう! という判断でえいっと参加の申し込みをしました。
まず、その一歩を踏み出せたこと、本当にえらかった!


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一つ目の課題は自己紹介。最初から難しかったです。
自己紹介を書くためにこれまでの自分を振り返る段階で、いつもは封印している気持ちがよみがえってきて心が大きく揺れました。そして、クラスの方の自己紹介を読んだときも心が揺れに揺れました。他の方の人生を読んで、自分に重なる部分を多く発見したからです。最初からこんなに心が揺れに揺れている状態で大丈夫かなと心配になるくらいでした。課題に取り組んでいる時だけでなく、普通に仕事をしている時間にも心のガードが外れているような感じでした。
そういう状態から始まり、少しずつペースをつかんでいった3ヶ月間でした。

3ヶ月の中で私は、自分の時間を以前よりしっかりと把握できるようになりました。そして、いつも追い立てられているように感じていた気持ちや自分が何も成しえないまま時間だけが過ぎていってしまっているというような気持ちが少なくなりました。
それは、自分の持ち時間が明確に分かったこと、そしてその中で結構な量の仕事や用事をこなしていることに気づけたからです。
そのことは、自分に安心感をもたらしてくれました。

以前は、仕事場でただひたすら次の仕事、次の仕事と息もつかずにやみくもに仕事に当たっていました。
今は、もっと広い視野を持って仕事ができるようになりました。
仕事中、「お茶を飲む」ことすらできずに常に焦っていた自分が、今は自分のためにお茶を入れ、味わいながら仕事をすることができるようになりました。
こうやって書くとばかみたいな事ですが、自分にとっては大きな前進でした。


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また、大きな気づきがありました。
私は、仕事よりも家族を大切にする生き方をしたいという考えで生きていこうと意識していたはずだったのですが、手帳を見て自分が家族に使っている時間はほんのわずかだったということです。しかも、そのわずかの時間すら大切にしていなかったということも。
自分の思いと行動がこんなにもずれているとは驚きでした。

忙しい毎日の中、自分ができる限り子ども達に愛を伝えているつもりなのに、子ども達がその実感がなかったのはそれ故だったのだなあと行動を改めるきっかけになりました。

また、自分の思いを大切にできるようになってきたことも大きな変化です。
いつも、周りに振り回されていた自分。それは、自分の思いを明確に持てず、自分の行動を周りの人にゆだねていたからだという事に気づけたのです。
自分がこうしたいという確かな気持ちを持って行動すれば、周りもそれに合わせて変化していくということも分かりました。
まだまだ、自分の気持ちをしっかりと捉えることが難しい自分ですが、前よりはずっと自分の気持ちに寄り添っていられる気がします。

その他に、何かに取り組んだとき、できたかできないかの両極端の評価ではなく、ここまではできたと前向きに評価する考え方が自分のものとして身についたことは大きな成果でした。

また、全て自分の理想の通りに状況が整うことはまずないという現実を改めて自覚できたこともよかったです。
今できることをまずはやってみる、そういう姿勢がでてきたと思います。

自分に厳しく、他人にも厳しくというように生きてきた自分が、自分を大切にそして他の人も大切にするという生き方にちょっと方向を変えられた気がしています。

たった3ヶ月のワークショップで、これだけの多くの事に気づかせていただけたのは、藤沢優月さんの力強く温かい確かな導きと励まし、共に歩んでくださったクラスの皆さんのおかげです。優月さんがみんなの頑張りを温かく認めてくださる週毎のメッセージ、本当に嬉しかったです。


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一人で本を読んでいただけではできなかったことが、ワークショップを通してできるようになってきたことの不思議。共に歩んでくれる仲間が存在してくれることの嬉しさ。仲間の書き込みを読ませていただく事を通して自分の事がよく見えてくる不思議。たくさんの事を感じさせていただきました。

3ヶ月間、自分なりに課題に取り組めたことについて、以前の私ならきっと、「そんなの当たり前、他の人はもっと上手にできてるし、もっと成果を上げているよ。まだまだ頑張らなきゃだめ。」と自分に対して思ってしまっていたと思います。
今は、心から自分の事を認めてあげることができます!
「えらいえらい! よく頑張った! 仕事が忙しくてなかなかワークに集中できない時もあった。それでも、最後まであきらめずに取り組めたね。本当によく頑張った!」
と。
これってすごい変化です!

ここで学ばせていただいた事を忘れないように、そして、また自分のペースで一歩一歩これからも歩んでいきたいと思います。

藤沢優月さん、ぱんじークラスの皆さん、3ヶ月間本当にお世話になりました。
心から感謝しています。本当に本当にありがとうございました。



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C. N. さん(40代以上/愛知県よりご参加) ぱんじークラス


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まず、何より、完璧じゃなくていいんだって気付けた事が大きいです。
完璧じゃなくてもいいから、少しずつでも行動して人生をいい方向へ進めていけたらと思います。
そして、もう親の育て方のせいにするのはいいかげん終わりにしようと思いました。
自分の本当に好きなことも探さないと見つけられないこと、そして、好きなことを選んでよいんだ! ってことを教えてもらいました。

せっかくワークショップで学んだのだから、必ず実績して継続していきたいと思います。
ないものに目を向けるのではなく、もう既に持っているものに目を向けて
批判することに時間を無駄にすることなく、よい習慣を身につけていきたいと思います。

もう少し早くワークショップに参加して気付きたかったけれど、気付けたからよかったです。
時間の使い方はまだまだ改善の余地ありだけれど、手帳を味方につけて、今年はもっと笑顔の時間を増やそうと思います!
自分の好きな事が仕事になったら最高です!



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Y. T. さん(30代/島根県よりご参加) ぱんじークラス


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まずは、何よりも3ヶ月、お疲れさまでした!
思っていたよりも時間がびゅびゅーんと過ぎるのを感じました。
時間って加速してるのではないかと思うくらいです。

今回、このワークショップを選んだ理由は、毎日コツコツやることを身につけたかったからです。
私は、何度か対面式のワークショップにも参加しているのですが、日常生活は本当に手強いと実感したので、日常生活を変えるには、ウェブが良いかもと思って参加しました。

そして始まったワークショップは、予想していたよりもハードに感じました。
特にこの3カ月は、こころの中が大荒れで、喜んだり、落ち込んだり、不安に巻き込まれたり、めまぐるしかったので、課題になんとかしがみつくという状態でした。ですが、今振り返ってみると、毎週の課題が戻れるところというか、道しるべになっていたように思います。

今回のワークショップで学んだことはたくさんありますが、特に感じていることは、
  • どんなこころの状態でもあきらめず、自分と向き合うこと
  • うまくできることよりも、今できることをやること
  • 一歩ずつでも進むこと
です。

本当に少しずつ少しずつの歩みですが、参加して良かったと心から思います。
そして、私という土台作りをまだまだしないといけないなと感じています。もっともっと自分を大切にして、どんなときも私の心に私が寄り添っていきたいです。

ONSA のワークショップは、私にとってはいつもすぐに変化するというより、時間がたってからじわじわ効いてくるので、今後どういう変化があるのか楽しみです。


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ぱんじークラスの皆さま、お疲れさまでした!
コミュニケーションルームにはほとんど書き込みができませんでしたが、皆さんの書き込みを読むのが楽しみでした。たくさんの発見があったり、励まされたりしました。本当にありがとうございました!

そして優月さん、ONSA のスタッフの皆さま、最後までありがとうございました。
毎週の優月さんのメッセージがいつも優しく、あたたかくて、安心する場所でした。
また、途中でサイトにアクセスできないことがありましたが、迅速に対応してくださって、安心して最後まで課題に取り組めました。ありがとうございました。



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N. Y. さん(30代/千葉県よりご参加) ぱんじークラス


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第12週目の課題…。
最後だし、公開されるし、だからきれいにまとめたいよねぇとも思うのです。
でも良い子ぶらずに、今思うことを正直に、率直に、書いてしまおうと思います。

「じかんのきろく」をつくるのに、自分の投稿を拾うという行為が、手間もあるけれど精神的に重くて、あぁもうこれ投げ出したい! ってなっています。

これが会社の仕事であれば、日報に「シートをはじめにいただいて、毎週の投稿ごとにはりつけていったほうが、最後に手間もかからず効率的です」と書いているに違いないなと思いました。
そして、この場で効率は求められていないし、まとめるという行為をとおしてこの3ヶ月間すべてを振り返るということをしているわけで、そのあたりも織り込み済みなんだろうなぁ、むしろそれが課題だよなぁと、最後の最後になって、深いため息とともにまとめています。

自分の感じていることを、ありのままを認められるようになりたくて、この3ヶ月でずいぶんできるようになったし、これからもそうありたいので、正直に今の気持ちを書きました。

もしも、はじめにシートを渡されて、都度ペーストしていたら、私は間違いなく読み返していないと思います。
ワークだけでも重いのに、『未来日記』にいたっては、自分の文字が相変わらず上手くなってないのもあるけれど、精神的に重すぎて読み返す気にもならないです…。

今までの人生を振り返って、そうやっていつも、都合の悪いことは無かったことにしようとしてきたなと思いました。
人に見せないだけでは、うっかりすると表に出してしまいかねないから、まるごと無かったことにして、総じて明るい人を演じて、そのうち疲れて、心が折れて、フェードアウトして…。
他人と関わるとき、そして自分へも、いつもそんなコミュニケーションだったなぁ…と思いました。

この3ヶ月は、フェードアウトせず、最後までよくがんばったね。


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「じかんのきろく」を作っていると、投稿が否応なしに目に入ってきて辛いです。
記憶から無かったことにしてきたいろんなことを、3ヶ月間たくさん書きました。
無かったことにしても、本当は私の心に、身体に、記憶は刻まれていて、34年分の3ヶ月の間に書いたことなど、広大な砂漠の砂一掴みくらいだ、とも思いました。

クラスでご一緒した方が、はじめのころに「過去の振り返りをするのは一人では無理だ! と思った」という趣旨のことをおっしゃっていたことをよく覚えていて、私は私の都合で、自分にバランスを崩すようなことがあってはならないと禁じているけれど、私も本当は同じくらい、ひとりで拾えないのだろうと感じました。
この3ヶ月で、すこしばかり(でもとても大きく)荷を降ろさせていただいて、私はだいぶ楽になったような気がしています。
そしてこれはきっと、まだまだ平気なふりをしているだけなんだろうとも思います。
長いこと、そうしてきたのが、幾分軽くなっただけ。
大丈夫なふりができるというのは、本当は大丈夫でない選択を我慢して受け入れている状態が続いているのだ、ということを、きちんとこころにとめておきたいです。


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ここからは、できたことや、よかったことを書きます。

荷下ろしは、抱えているであろうことに対して、相対的に少しではあったけれど、荷物そのものはとっても大きかったのだなと思いました。

降ろした結果、目にはみえないけれど、感覚として大きいのは、体調がずいぶん良くなりました。

まず、去年の春から続いていた咳が、止まったわけではないけれど、薬がなくても大丈夫になりました。
それから、身体中にあった、内臓を爪で引っ掻いたような痛みがだいぶ消えました。
これは、痛かったことすら、ずっと気づきませんでした。
なくなりつつあって、はじめて痛かったんだなぁ…と思いました。
そして、生理が満月に合わせて来るようになりました。
(健康だと満月にあわせて来るという話、諸説ありますが、私は実感として信じているのです。)

それから、早めに解決しておきたい…と思っていたことが、解決できていました。

クラスでは書かなかったけれど、受験勉強を、楽しいって思いたかった。
思い込ませるのではなく、心から楽しいと感じられるようになりたかった。

実は12月半ばに、勉強を再開したのですが、ちゃんと楽しいと感じている自分がいました。

前は、まだできないことを探し、限られた時間にたくさんのことを詰め込み、スケジュールどおりにいかなくてはノルマをこなせていないと落ち込み、できていないことをまた数えるのループでした。
今は全部逆です。講義をイチから視聴し直しながら、これはできる、あれもできる、なんだ結構できるじゃないの! とできるところを数え喜び、はじめから詰め込まないようにしました。


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かつては、自分をノルマをこなすマシーンみたいに扱っていた(というのは、今だからできる表現ですが…)のを、ひとつひとつ、ゆっくり丁寧に、時間をかけてを心掛ける…とやってみても、案外大丈夫と思いました。
もっと言うと、心掛けるというより、気づけばそういうふうにしかできなくなっている自分がいました。

再開したときは、正直なところ「自分と向き合い続ける日々は今日で終わり。今日からは受験生に戻らなきゃ」という気構えでした。
ところが、以前のような努力を強いてみようとしても、できなくなっている自分がいて「これがいろんな人が言う、歳をとると身に付かないよってことなのかも…もう無理なのかな」と、思うこともありました。
それでも、自分にちょうどいい具合を探すことをやめずにいようと思い、試行錯誤していたら、ちゃんと、私にとって良いバランスが見つかった気がしています。

歳を重ねたのも事実かもしれないけれど、習慣の変化なんだと思っています。
3ヶ月で、習慣は変えていけるのですね。
そして、ぜったいに一人では無理だったな…と思っています。

9月から受けつづけていた対面のクラスも含めて、4ヶ月間思い切って勉強をお休みして、集中して受講し続けた甲斐があったなぁと思いました。

そして、自分と向き合う時間をつくることは、やめてはならないなと思いました。
可処分時間を全て勉強にあてたところで、放っておいても心から沸き上がってくるあれこれを処理できなくなって、結局勉強時間だって空回りになってしまうのだ、ということにも気づきました。

それなら、はじめから、きちんと「灯台の時間」をとって私の心と向き合おう。
そのほうが、私の時間は幸せに循環していくのだと、気づいたのです。


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最後になりますが、クラスのみなさんへ

3ヶ月間、お世話になりました。

世間でよく聞くような「誰にだって人には見せない辛いことはある」というような表現に、私は違和感をもっていました。強い憤りを感じていたとも言えるかも、とも思います。
「だからあなたのそれはたいしたことではない」と言われているような感じだったり、「人の痛みをないがしろにするような表現」のようであるとも、ずっと感じていました。

みなさんとご一緒させていただいて、はじめて、その言葉を言葉のとおりに肯定することができました。
なにか結論のあることではなく、プラスでもマイナスでもなく、ただ言葉のとおり、そうなんだな…と思いました。

いつかは卒業する場所ですが、「コース1」ですし、またどこかでお会いできるかな…とも思っています。
そのときはまた、よろしくお願いいたします。

まだまだ寒い日もつづきますが、お体ご自愛くださいね。

こころより、ありがとうございました。



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M. S. さん(30代/東京都よりご参加) ぱんじークラス


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わたしへ

12週間、おつかれさま。

12週間すべて課題書いて、提出完了したね。
今までのわたしは、そんなの当たり前だって思ってきていたけれど、
これってもしかして、すごいことなんちゃう?
ぜんぶ、どの回も正直に、その時の本当に思っていることを書いてくれて、
ありがとう。
だから、わたしの”核心”に、またわたしが触れられたよ。
ひとつも隠さなかったあたし、本当にありがとう。

私は、合ってなかったんやなぁって、わかった。
そのなか、一生懸命、何回も何回も、合わないものに挑んでたんやね。
合わないものを合うように変えようとがんばってた。自分や相手のこと。
てばなせやんかったんやね。

私は、ほんとうに、ここに合ってなかったんやなぁ。
なんとか受け入れよう、受け入れられようってものすごい根性の努力してた。


私が、私のことだけ見ていてあげていいって、いまふっと思った。

もう、ほんとうに、いいんだなぁって。
ここではなくて、この人じゃなくて、この人達じゃあなくて。

今まで、仲良くしたいなら、心地よく働きたい、居たいなら、
なんとしてでも努力して相手を理解すべき、喜ばせるべき、役に立つべき、優しくすべき、
助けるべき、ハラを割って本当のことを言うべき、励まし、いたわり、思いやるべきって思ってた。
ほしいなら、それぐらいの根性見せろよって。そんぐらいやれよって。
だから、逃げるなんて、他の場所、他のひとを選ぶなんてもってのほかって。

そうじゃあなくていいんだなぁ。

これって、私が親にしてほしい、親ならわたしにすべきって思ってきたことだった。

もう、”そう” でなくて、ええんやな…
あたし

うん、もうええ…

なみだがでます。


わたしは、もうやらんでいい、もうやめてええんや。

もう、わたしは、
すてきな場所、すきなこと、すきなひと、ここちいい場所、人達…
そんな人達と一緒にいていいんだな。
おだやかに、やすらかに、たすけてもらって、たのしんで、
わらいあって、たよって、かわいくあまえて、ないて、だきしめあって。
ほんとにいろいろいろいろと、人生をたのしんでいいんだな。
ゆるし、ゆるされて、
愛し、愛されて、生きていいんだな。

どうもありがとう。
おつかれさま。

POI



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S. H. さん(30代/神奈川県よりご参加) ぱんじークラス


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「自分の心に正直に生きる」「迷ったときは心が高鳴る方を選ぶ」「借金はしない」
私はこれをこれからの自分に約束する。
これさえ守っていれば大丈夫。必ず幸せになるから安心してね。
自分の本心に正直になったら、堂々と生きられるようになった。これは大きな発見!
人目を気にして自分の本当の気持ちをごまかして生きていたとき、人の目を見れなかったよね。本当に辛かった。
これからはもっと楽で気持ちいい生き方を選んでいこう。

初めて ONSA のワークショップを受けてからまだ7ヶ月しかたってないのに、その間に離婚・引越・退職・転職・留学と大きな決断をして、次々と実行していったね。すごいよ。
全速力で人生の方向転換をしているよね。自分でもすごく勢いがあるのを感じているし、前しか見ていない自分にも気付いている。この調子でどんどん進もう!
みんなの言う通り、この決断力と実行力が私の長所なのかもしれないね。
もしかしてこれはちゃぶ台返しでは? と不安になる時もあるけど、スピードは緩めたくないからこのままどんどん加速しよう。
一刻も早く共依存の世界を脱出しよう。

こんなに勇気が出るのは、ONSA という心の支えがあるお陰だね。本当に感謝しています。
留学先からもワークショップ続けたいけど、難しいのかな?


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ONSA で習った知識は少しずつ役に立ってきている。
人に対してイライラした時、「あ、完璧であれのドライバーが働いてるな」とか「境界線に踏み込んでるな」とか自分の感情の理由に気付いて冷静に考えられるようになった。
自分の感情の理由が分かれば、自分に何が起こったのか理解できる。
これもとても大きな事。
今までは訳も分からずただもやもやと嫌な気分になったり、自己嫌悪したりとストレスが溜まる一方で生産性がなかった。

「yes and」コミュニケーションや「i-Message」の練習はこれからの課題だね。
英語では意識して「i-Message」で話す癖をつけよう。
「yes and」もやってみよう。
それでうまく行くんだから使わない手はないよね。

課題提出できなかった週は自己嫌悪でふてくされて投げ出したくなったこともあったね。でもこれは「完璧であれ」ドライバーのせい。もう自分を責めたりしなくていいんだ。

人目を気にしたり、自分の好きな事をやるのに罪悪感を抱く事が少なくなったね。
お父さんに留学について渋々承諾を受けた時はちょっとへこんだけど、自分を曲げる事はなかった。
それでも大事な人には心から応援してもらいたいって思ってるんだな。これも依存かなあ?

仕事・留学準備・ボランティア・趣味・人付き合いなど沢山のことを調整して同時に進めるなんて、スケジューリングがうまくなってきたのかな?
忙しいと手帳と離れがちになるから気をつけてね。
それから「まずは自分」だよ。
自分に優しく、自分重心で、自分を満たすこと、忘れないように。



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H. E. さん(30代/愛知県よりご参加) ぱんじークラス


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ぱんじークラスの[ room 2 ]のみなさま、まだ見ぬ[ room 1 ]のみなさまにも、それから優月さん、ONSA スタッフさま。
3ヶ月、本当に、本当に、お世話になりました。
それから、おつかれさまです!

「長かったな…疲れたな…」というのが、いまの私の感想です。

そんな私にとって長かった時間を、ご一緒させていただけました。
本当に、ありがとうございました。(_ _)


回復したいのに、したくない。
生きたいのに、生きたくない。(← 死にたいわけではなくて、生きたくない、なのです)
大人になりたいのに、なりたくない。

こんなところを、いったりきたり、押さえつけたり、あたまと心でゴンゴン葛藤してしまうので、今が、こんなにぼんやりと重たい状態なのかもしれないです。
そういう状態は状態で状態なので、それは仕方がないと思って、今の私にできるだけ、この3ヶ月の「よいこと」を探して、私を認めてみようと思います!

…そうは思うものの、いま私は、改めて、私は空っぽなのだなぁと思っています。
同時に、私には、私がやっぱり本当によくわからない。
わからないので、空っぽの今のこの時間の上に、私の時間を積み上げていきたくても、悔しいほど、やりようがない。
悔しいし、空っぽなのは、とても虚しくて辛いし、早く! 早く! 何とかしたくてたまらないのです。


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今の自分に向き合って、根っこを掘ってみて、癒やせるところを癒やして、そういう作業を優先しながら、そういう作業とは「私を知る」という作業でもある、だから優先しながら、私と仲良くなっていこう。
教えていただいたことを、私なりに理解してみて、そうやって「私の時間」を積み上げていく方が、ずっと安全で、豊かなものになるだろうと、私は確かに想像しました。
それで、私もそこからやるのだ! と決めて…、決めて、今、やってみているところ…。

本当にいつも真摯に向き合って、丁寧にやっているか、と思うと、ちょうど今みたいに、「早く! 何とかしたくてたまらない」気持ちで、「もーいやだ!」と、しょっちゅう投げたくなってフテてスネていたりします…。

十分、私にできるかぎり、私は私のために、粘っていると思う。
そんなブルドーザーみたいに、根こそぎやってやろう、という私の中に出てくるイメージは、たいへん乱暴で、私にやさしくないし、現実的ではないと思う…。
もう誰も否定したり批判したりできないのだから、「今で十分なのよ、ありがとう」って。
丁寧に、あたたかく、やさしく、そうやって私が私を認めてあげて、今はもう安全だし、大丈夫なのよって思います。

今回も本当に実感したのですが、根っこまで戻って「私を知ろう」とすると、そうすると、穏やかに流れていたはずの今の私の時間は、一気に「どうでもよくなって」崩れていきます。
感情の増幅装置があって、私探索っていうラベルのついたスイッチを押すと、だんだん動作が乱暴になって、もうしばらく制御不能~みたいな感じです。
オイオイなんでそこまで崩れるねん!!! と、他人事のようになって、ツッコみたくなるほどです。

そんな中で、一歩、一歩、目の前のひとつずつに、なんとか取り組んで行こう、という姿勢や意識を保つのは、私のように気がつくといつもどこかへ飛んでいきたいらしい人にとって、ひとりではとても難易度の高いことだと思っています…。
正直にいえば、ひとりでなくても、難易度が高いことだと深く感じています…。
そういう意味でも、この3ヶ月もまたお世話になれて、本当にありがとうございました。


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いかにして、そういう「ちょうどいいところで止まるのが難しい(それが習慣になってる)」私と、「安心」を感じながら、この世界の時間を、私を守りながら安全に、しかも、私や人と愛や優しさを感じながら、ひとつずつ夢をかなえながら生きていけるか。

こんな私が、この先にどれほどのものを望めるのかしら、と思うとひたすら辛くて悲しくなってしまうのですが、そういう外側の基準からではなく、視点を変えて、「私から」見てみれば、たぶん、本当に、今、歩いている道がそうなのだと思います。
他人基準の「どれほどのもの」も望めないけれど、私サイズの私の夢は、今私の前にある時間の延長に、今もあるし、未来にもあるのだと思います。

いかに、私がそこに価値を感じられるように変わっていけるか。
褒めて、認めて、「よいこと」を探して、空っぽの私の中に、大切に受け入れて、大事にしていけるか。
「どうでもいい…めんどくさい…」という無気力な私を一気に癒やすことはどうも難しそうなので…(癒やすと書きながら、今は根絶をイメージをする私です…)、癒やしながら、私を褒めてあげて、認めてあげて、「よいこと」を探してあげて、そうしながら、私を大切に受け入れて、私を大事にしながら、時間を歩いていけるようになるか、ということです。

そんなことが、今後も、ひきつづきのテーマなのだと感じています。
まだ、山ほど「こんなの嫌だ!!!」って言う私と向き合う必要がある、とも感じています。
書きながら、すでに今はへこたれそうな気持ちですが…、私はひとりだけど、同時に、ひとりではないのです。

私は、へこたれそうで泣き言を言う私に、「甘えるな!」とも「泣きごとを言うくらいならやめろ!」とも、「大げさ」とも「嫌らしい」とも、もう誰も言わないから、私も言わないから、安心してほしいな、と思います。
安心して、少し休んで、落ち着いて、それから勇気や力を集めて、そうして、また歩けばいいよ、と思います。
私は、私がそれができるように、しっかりスケジュールをつかって、私の時間や、生活をしていくための仕事を守っていかなければ、と思います。
重くて重くて、それでつい、早く! 軽くなりたい! 何とかしたくてたまらない! と思うと思うのだけれど、時間も仕事も一気に軽くなったりしないから、ひとつずつ、本当にひとつずつ、やっていこうと改めて思います。


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わたしが、大事にしたい、何度もそう決めたい、私に。

11月に、4kmのジョギング大会に出て、行けたでしょう。
あれは、とてもよかったと思います。
どんどん周りに誰もいなくなって、寂しかったし、やっぱり私は誰もいない方がやりやすいのかな…という気持ちにもなったけど、とにかく無理ない私のペースで、そうして自分に集中して最後まで走れました。
ものすごく嫌なのに無理やり走らされるという記憶を、自分の意思で走る、という記憶に上書きできたような気もしていて、すごくよかったです。
ありがとう。

10月から、毎週、ヨガにも通っているでしょう。
朝起きる度に、行く度に、ああ今日もちゃんと無事に来れた…って安堵しているばかりだけど、私は、もっと褒めてあげたいです。
今度こそうっかり忘れるかも、起きれないかも、間に合わないかも、迷惑かけるかも、そんな不安を山ほど抱えながら、何とか続けようとがんばっていることを知っているので、もっと褒めてあげたいのです。
とっても偉いし、そういう私に、大丈夫だから、もっと安心して、楽しめるといいねって思います。
今は、安全だから大丈夫だよって思います。
うっかり忘れても、人間だし、完ぺきなんかないし、私は責めないと決めたから、本当に大丈夫だよ。
そのときは、一緒に落ち込むし、一緒にどういう対処がいちばんいいか考えよう、だから大丈夫だよって思います。

お金のことも、そうやってヨガをして、回復にも使って、同時にやっぱりやりたいことや、欲しいものもあって、生活もして、家賃も払って、何度も調整したり予算をとりなおして、時間と同じように、流れをいっそう把握していこうって、12月から少し流れを見直しているよね。
一気には難しいと、予想どおりにやっぱり実感しているけど、「できることから、はじめた」ことを、私は褒めてあげたいです。
1年前から、何となくだったけど、ゆっくり準備して、そうしてはじめたことだから、本当に「よくはじめられたね」って褒めてあげたいです。

部屋の中も、少しだけすっきりしました。
あんなに処分したのに、こんなにまだある、ことが驚きでもあるけれど、この3ヶ月で、私の部屋は少しだけ軽くなりました。
私も、少しだけ、軽くなったかもしれない。
こういうことも、コツコツやっていくことなのだと思います。


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それから、年末年始には、素晴らしい時間を本当にありがとう。
本当に夢みたいなのだけど、確かに夢ではなくて、私の夢がひとつ叶いました!
思い切ってくれて、本当にありがとう。
そして、私は、また旅行、したいです(笑)。

「できてない…」「できないなんて嫌だ!」という私に向き合えて、それも「できたこと」だと思います。
「できてない」ことを見ないフリしようとする私を捕まえられて、「できない! こんなの嫌だ!」って言ってもいいんだよって、そういう会話を何度もできました。
素晴らしい体験だったと思います。
(書きながら思いました、今度は、「うまくできなくてもいいんだよ」って付け加えてあげたいです。)

「恥ずかしいよう…泣」という私にも、なんとか! あたたかかく向き合えました。
「そうだよね、恥ずかしいよね」って言いながら、一緒に身悶えて、「何がどうして、こんなに私は恥ずかしいんだろう?」と思いを巡らせました。
小学生にもなってお漏らししたことも恥ずかしかったし、こんなに豊かな日本に暮らしているのに、食べものを人と分け合いたくないことも恥ずかしかった。
服がちんちくりんなのも恥ずかしかったし、髪の毛をうまくまとめられなくてボサボサしているのも、何でもないフリをしていたけれど、本当はいつもすごく恥ずかしかった。
間違えることも、うまくできないことも、場にそぐわないことも、本当に恥ずかしかった。

…かった、でなくて、間違えたり、うまくできなかったり、場にそぐわない自分、というのは、今も恥じいってしまいます。
直近の優月さんのブログで「『誇り』と『プライド』。自分の足で立つということ」という記事を拝見して、こんなに身悶えるほど恥ずかしい私は、つまりきっとプライドのかたまりなのだわって思いました。
気がつくたびに、何とか捨てていけるようになるといいです。
気がつくだけでもう、ひと仕事! という感じかもしれない。
それでもいいから、私は重いプライドは要らないので、捨てていけるようになろうと、これは決めました。


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今のところ、「相違(あって当然のもの)」や、「感情(ただあるもの)」を、肯定的に受け入れる体験を過去にできなかったので、それでひたすら「恥ずかしい」のかしら、と捉えています。
(場にそぐわない、というのは、もう少し大人な話かもしれないので、今の私には背伸びせず、保留なテーマかもしれない…とはいえ、私も大人なのでそうそう保留にもできないけれど…)

「私も大事にされる価値があるんだよ」「私も大事にされていいんだよ」ということも、このワークの間に再発見しました。
言ってあげるたびに、「いいんだ~」って嬉しくて、ほっとした気持ちになります。
「発見」と言いたくなるくらい、私は、「私も大事されてよい存在だ」ということが、よく分かっていなかったです。
「私に、あたたかく、やさしくしてあげられるようになろう」がゆっくり浸透したところもあって、もうひとつ、分かってきたのだと思います。
だから、これも、できてきたことかなって思います。

そういえば、それなら、それを丸ごと体験してしまおう! と思って、思い切ってアロマリンパマッサージ体験に行きました。
この方のお仕事のやり方いいなぁと思ってブックマークしてあった、ずっと行きたかったお店です。

また、偶然見つけた脳幹の調整に行ってみてから、直後に「わー!」と思ったほど、前よりたくさん呼吸ができるようになりました。

手帳を見返して、「私も大事にされていいのよ、大丈夫よ」と言いながら、私なりに、そんな風に色々やっていたなぁと思い出しました。
他にも、食器を新調してみたり、入浴剤を買ってみたり、昔大好きだったお香を思い出して取り寄せてみたり、クリスマスイベントに行くために仕事を休んだり、ヨガのワークショップにも行ったよね。
眺めていて、確かに、やってみよう~と思ったら、すぐ行動できるのは、私のよいところでもあると思いました。
じっくり考えた方がいいことも、すぐやろうとするので気をつけた方がよいけれど、よいところでもあると思ってみたい、と思いました。


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それに、手帳を見ていると、「何もかも、どうでもいい…めんどくさい…(=もうこんなの嫌だ)」という無気力になる時間が、この3ヶ月は少なかった気がしました。
2012年夏の「時間のためのちいさなワークショップ」から、夢かな手帳の時間軸をうんうんと押し続けてきて、ようやく、何となく、「…すこしだけ変わったかも…」と思えました。
どうでもよくて無気力になる時間は、私にとって大問題なので、そう思えることがすごく嬉しいです。
またもう少し仲良くなれるように、諦めずに、こつこつ続けていきたいです。
(…今は疲れていてそんな気になれないのですが、少し休んで、そうして、また。)

小さいころ、私は、ずっと誰かに助けてほしいと思っていたのですが、(思っていたというか、これも、今でも「思っている」って気がつきます…)、その反動で、誰もかも助けられるほど、すごく素晴らしい神さまみたいな人になりたい、と思っていたのかもしれないと、ふと思いました。
私は、そんな「誰もかも助けられるほど、すごく素晴らしい人」にはなれないし、ならなくていいし、それより私は「すごく私らしい(だから素晴らしい)私」でありたい。
本当に、私は、ただ私でありたい、あれるようになりたい、と思います。

空っぽで、残念なほど何もできない、ヒョロヒョロでメソメソした私が出てきても、「これも本当の私だ」と認められる、どんな「私」がでてきても、自分で自分を叩きのめしたりしない私になってあげたいです。
私が、安心して、私の中に出てこれるようにしてあげたい。
まだちょっと…だいぶ…、あやしいと思うので、引き続き練習、そして訓練あるのみです。


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「私の幸せ」は、私と、人と、あたたかく、まっすぐに向き合って生きていけること。
それが遠すぎて、今私はキレそうになって、本末転倒な状態に陥っているのかもしれないです。
もっと、小さい「私の幸せ」も、たくさん、見つけておくといいかもしれないね。

そう思って、見渡せば、私の周りは、幸せばかりです。
この Web. WORKSHOP も、おおきな幸せのひとつです。

今ここに立っているだけのことが、なかなか難しい私に、そこから離れないよう、しっかり毎週サポートをいただけて、私は本当に幸いです。
仲間がいる、という感覚をいつも感じていられる場所にいられて、私は本当に幸いです。
わたしがいる場所が、優月さんの過去の勇気や決断、その積み重ね、さらにスタッフさんの日々のサポート、そういう繋がりの上にあって、本当に奇跡みたいだと思える時もあります(忘れている時もあります)。
もちろん、私がいまやっている仕事も、目の前に広がるどんなこともそうだと思うのだけど、仲間がいるというリアルな実感とともに、私がそう思い至れるのは、いつもここから、そんな気がします。

色んなことを、ついと私から離れて「高望み」して、すぐに苦しくなる「私」。
それも「私」だし、こうして書いておいて、忘れないようにして、少しずつ、すぐに苦しくなってしまう私の習慣も、動かしていこうと思います。

改めて、ぱんじークラスのみなさま、本当にありがとうございました。
6人て、私にとってとてもちょうどよくて、心地いい素敵な人数でした。
目を閉じて、お一人お一人のお名前と一緒に、輪になって、手を繋いでいるイメージで、ありがとうってお伝えします。
私の今のあたたかい気持ちと一緒に、届きますように。

二度と同じときのない、大切なお時間。
ご一緒させていただいて、それから、ご一緒してくださって、本当にありがとうございました。



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C. W. さん(40代以上/埼玉県よりご参加) ぱんじークラス


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思えば、「もう、やるしかない!」と覚悟を決めて web ワークショップに飛び込んでから3か月、長いようで本当にあっという間でした。
(覚悟を決めたものの最初はおっかなびっくりで、3か月完走出来るか不安でした。仲間の存在や優月さんの応援のおかげでなんとかやってこられました。とても感謝しています。1人だったら、途中で投げ出していたかもしれません。
ありのままの自分を認めてもらえること・応援してもらえること・1人ではないと思えることは本当に暖かくて、何より自分と向き合い表現するための勇気をもらえました。)

その間、対面式ワークショップもあり、日々の生活・仕事の上でも様々なことがあった中必死にしがみついてやってきて、我ながら本当によくやっていたなと思います。

私は、今までの人生で自分が「生きた実感」を感じられないまま過ごしてきてしまった所があるのですが、この3か月を振り返ると確かに自分は「生きていた」と感じられました。
(自分の為にこんなに一生懸命になれた時間は、今までなかったかもしれません)
今の心境をうまく表現する言葉がなかなかみつかりませんが、「感無量」ってこんな気持ちをいうのかな? と思っています。

3か月のワークを通して学んだこと・気づいたことは沢山あって、何から書いたらいいのか整理しきれないのですが、取りあえず自分にとって大きかったことを書いてみます。


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私は長いこと「他人重心」で「自分の気持を表現しない(する発想もなく、表現方法も学べなかった)」習慣で生きてきて、いつの間にか「自分が本当はどういう人間なのか分からない」「自分の人生のはずなのに、どうなりたいのか分からない」「人として生きていくための軸や処世術が、自分には身についてないんじゃないか?」という状態になり、家族や他人の状況に合わせて(振り回されて)生きるようになっていました。

それもそのはずでした。
「手帳をひたすらつける」ワークをやって実感したのですが、そもそも自分の自由に使える時間は本当に少なかった。
私は、そのわずかな時間を人のため優先して使い、過去のネガティブな人間関係・出来事を思い出しては心が乱れて、「今」の自分に注意を向けていられなかったのでした。
(必死になってワークに取り組むうちに、心が乱れる出来事があっても「時間には限りがある」と思い直して、引きずらないようになってきました。又、自分に集中出来ている時は、人のことは気にならず楽しくさえなってきたので、驚きました)

又、私は健康的なコミュニケーションの方法を学べなかったため、言いたいことがあってもうまく表現出来ずに、新たな「もやもや」を作り出したりしていました。
(自分の言葉で自分の気持を表現するって、本当に大事だと気付きました。私は言いたいことがないのではなく、自分の感じたことに向き合って表現する習慣がなかっただけでした。聞いてもらえる環境があった3か月間、私は自分を表現することが出来、その結果、いつもより安定した気持ちで過ごせたように思います。実際の生活でも、表現した結果自分の思い通りにならなくても、こだわりが残らなかった気がします。逆に、「表現しないこと」が問題を大きくしていたのではないかと気づきました)


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そんな時間を積み上げていたら、いつまで経っても自分を理解できるはずもなかったし、そんな自分を責め追い立てていた時間は今思うととても重苦しくて、自分にかわいそうなことをしていたな…と思います。

私は確かに自分にとって負荷のかかる環境で成長したけれど、大人になった今の自分を大切に出来ず苦しめていたのも自分なんだと、ワークを終えた今は素直に思えます。
(問題なのは過去の出来事ではなく、いまだに捉われ続けていた自分なのですね)
自分(の誤った方法)が原因なら、正しい方法を学んだこれからは少しずつプラスの方向に変わっていけると思います。

それから、もう一つ大きかったのが、色々ある日常の中でワークをするため試行錯誤する内に、「少しずつ進む」ということを覚えたことです。

私は「やりたいことにチャレンジしたはずなのに挫折した」ことがあります。
その時は「時間がないこと」が原因と思っていましたが、今は「計画の立て方・時間の使い方」がまずかったのだな、と思います。
「夢」とか「目標」を一気に達成しようとすると気が重くなるけれど、少しずつ進むなら私も何か望んでいいのかもしれない、そんな小さな希望を感じました。

感じたことをうまく表現出来ているか分かりませんが、これが今の精一杯の気持です。
受講を迷われている方の背中を少しでも押せたら幸せです(実際やってみないと実感出来ない気づきが沢山あるので、少しでもやってみたいと思ったら勇気を出してみて欲しいな、と思います)。
長くなってすみません。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。



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J. O. さん(40代以上/京都府よりご参加) ぱんじークラス


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大事なことに何度も何度も気づいた WORKSHOP でした。
もっと自分のために時間をとっていい。
楽しいと思う時間がないから、毎日がつまらない。楽しくない。しんどい。
満足する時間がないから、中途半端に心をなぐさめることをして、大事な人生の時間をグレー時間にしてしまう。

だから、私が楽しく過ごす時間、満足する時間をスケジュール帳の予定に書き込んでいい。
それを自分に許していいってこと。
何かを頑張ったご褒美であっても、なくても。
許可制じゃない。

何度も気づいたので、何度でも書きます。

楽しい人生を送りたいなら、スケジュールに楽しいことを取り込めばいい。
誰にも遠慮しなくていい。私自身にも。
私の人生なんやから。
自由なんです。

私の人生に楽しいことがないのではなく、私が「選択」して楽しいことをしていないだけ。
ここ1年、楽しくないこと、つらいことに囚われがちだっただけ。

その原因だった女性上司のこと、参加する前に比べたら、意識を持っていかれる時間が減っている。
何か言われても、反応し過ぎないようになってきた。
よいこと、よい傾向。

人には良い面と悪い面の両方があって(本当は単純な二面性じゃなく、多面性を持ってる思うけど、今は置いておいて)、私が良い面に焦点を当てるようにすると、相手も良い面で対応してくれるように思う。
恐がらず、心を開いていれば、温かなつながりはちゃんと手に入るんです。
これも、今回のワーク中に気づいたこと。

スケジュール帳の使い方は相変わらずで、まだ上手くお付き合いできないけれど、これは今後の課題。
いっぺんに何もかも上手くできることはないのだから、あきらめないで少しずつ少しずつ。


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3ヶ月間、よくがんばったね。
前半は仕事と職場で取らされた資格の勉強に忙しくて、睡眠時間削ってフラフラになりながら、書き込んでました。
後半は、前半の疲れが出たのか、クレンジングリアクションもあったのか、疲労感でいっぱいで、課題を意識できない週もあったけど、なんとかしがみついてここまで来れたし、そのときの精一杯を投稿できたのだから、自分を褒めてよしとします。

最後に、この Web.WORKSHOP の機会をくださった優月さん、スタッフのみなさまに感謝申し上げます。

一緒に取り組んだぱんじークラス room2 のみなさんにも感謝と、親愛の気持ちをこめて。
ひとりだと『未来日記』の中で堂々巡りを繰り返すことが多かったけど、みなさんの書き込みに気づきをもらえて一歩一歩進めることができました。ありがとうございました。

私たちは優月さんが言うとおり「始めた」人たちで、「続けている」人たちもいる。
そんな私たちはきっと「あきらめない」人たちで、これからも自分のために「歩き続ける」人たち。
だから、応援しています。みなさんのことも、私のことも。
この先、また私の時間が崩れて、しんどくなったら、一緒に歩き続けるみなさんのことを思い出します。

また、いつかどこかで笑顔で会えたらいいな。
それまで、お元気で!



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C. K. さん(30代/東京都よりご参加) ぱんじークラス


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最後まで手を離さなかったんだなあ、というのが素直な感想です。
12週間、引っ越し、海外2週間等、申し込む前から、自分がそもそもインターネットの繋がらない状況に何度も陥ることはわかっていましたが、それでも最後の最後にはきちんと手を離さない状態に戻っていること、を目標に進めてきました。

結果的に2度、ワーク提出が間に合わなかったのは反省ですが、そこでくさらず続けて本当によかったと思います。
一人だったら諦めていたことを、仲間の力で乗り越えた気持です。
長くて短い12週間、私に必要なのは、まずアクションしてみることだったなあと改めて思います。達成度よりもアクションした12週間をほめてあげたいです。
課題がぐっと明確になるとともに、自分も実は少しずつ成長しているのではないかと気づく場面もあり、ほんの少し希望が見えてきました。
これからもあきらめずにしがみつき続けようと思います。

最後に、クラスのみなさん、どうもありがとうございました。お互いに自分の人生を楽しめますように!!!





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