2011.11月開催 特別編成「TAT セッション」しゃくやくクラス(2回目:Special PAY FORWARD)

PAY FORWARD:ONSA TAT セッション
2011.11月開催 特別編成「TAT セッション」しゃくやくクラス(2回目:Special PAY FORWARD)


「ONSA TAT セッション」の PAY FORWARD(ご参加者のご感想)です。
Special PAY FORWARD は、9項目の質問に答える形式となっております。
なお、PAY FORWARD の本文中には、ポット(pot)という専門用語が登場する場合がございます。その旨どうぞご了承ください。

●コースの内容 
- 「ONSA TAT セッション」
●もっと読む
- PAY FORWARD(ご参加者のご感想) もくじ

 PAY FORWARD(ペイ・フォーワード)とは「次の人につなぐ」という意味。すでに ONSA WORKSHOP にご参加されて、ひと足先に変化を歩き出した方々から贈られるメッセージです。
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ご挨拶:


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このページを編集するにあたり、あらためてご挨拶を申し上げます。
藤沢優月です。
日本で(おそらく)初めて、東アジアで(おそらく)初めてとなる正規の「TAT セッション」を一緒に受けてくださいましたご参加者の方に、感謝申し上げます。
勇気を出して、ご自身の問題と向き合ってくださり、心からありがとうございました。
そして本ページに「PAY FORWARD ご参加者のご感想(特別編)」をお寄せくださり、心から感謝申し上げます。

車の運転でも、教習所→下道→高速道路と訓練してゆくように。
きちんとした訓練をして、高速道路を走り切れる走力がつけば、高速道路を安全に走り切ることができる。つまり、通常の何倍もの速さでで、問題を乗り越えることができる。

これは、私・藤沢優月だけに起こったことではなく、TAT は催眠やプラセボ(偽薬による思い込ませ)ではなく、量子物理学を基礎とした科学(サイコセラピー)であると考えられているため、きちんと訓練をすれば誰にでも起こると考えられています。
世の中に「100%」というものは存在しないと思いますが、今回は12名のご参加者の方が、実際に変化を実体験してくださいました。

量子物理学の理論が分かっていなくても、理論は施術者の私が分かっているので大丈夫。ご参加される方は、自分が「安全運転」することに、ただ集中していて下されば大丈夫です。
この概念を、みんなで実際にこの目で見、体験し、確認したセッションとなりましたこと、とても嬉しく感謝申し上げます。

それでは、ご参加者の方のご感想・実際の声を、一緒に聞いてみましょう。
TAT という技術がどんなものなのか、どんな前提条件を必要とするのかが、多方向から伝わる気が致します。
同時に、そこに込められた「あきらめないで!」のメッセージに、耳を澄ましていただけたらと願っています



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Y さん しゃくやくクラス


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Prologue)Yさんは、すらりと背が高くて、軽やかな印象の方です。
会社やサークル、おけいこ事などでYさんを見かけた方は、きっとこんな印象を受けるに違いありません。
「しっかりしたお嬢さんだなあ。仕事もできる感じだし、お友達も多そう。自分の意見をきちんと持っているし、経済感覚もある印象。『きちんとした社会人』『順風満帆』『悩みなんて無縁』というのはきっと、彼女のような人のためにある言葉だろうなあ……」

一見すると「悩みなんて無縁そう」に見えるであろうYさん。
そんなYさんに何が起こったのでしょう。
Yさんの等身大の言葉に、耳を傾けてみます。




優月さん、田宮さん、一緒に「TAT セッション」にご参加のみなさん、本当にありがとうございました。

日本初! という「TAT セッション」に参加出来たこと、みなさんと特別な空間を共有できたこと、全てが奇跡であると同時に、必然だったのかもしれないなー、なんて感じています。
セッション後も「ポット」に入れ続けていい、と教えてもらったので、私の生活の中で「ポット」利用は日常の出来事になったのですが、その度にみなさんとの繋がりを感じています。

一緒に、幸せになれるといいですね!!



1)あなたの問題は、そもそも、どんな主訴でしたか?



私はちょうど1年ほど前に、お付き合いしていた人と別れました。
その人とは共依存の関係にありました。

「彼のために私がいてあげなくては!」
「私のことを一番だと言ってくれる気持ちに応えなくては!」
と自分に言い聞かせていましたが、彼の心無い行動や発言にずっと違和感を覚えていて、でもそんなことはないと自分を説得していました。
そして、彼から離れてしまうことを怖いと思っていたのです。

でも、ふとしたきっかけで別れることになり、毎日がとても不安で、「別れてしまった後も何とか繋がりを維持できないか?」ともがくと同時に、一方で、「自立した大人になるためには別れてよかったのだ、一人で頑張ってゆかなくては!」と思う自分もいて、すごくゆれている時でした。

彼と付き合っている時は、彼が機嫌を損ねてしまうのは全て私が悪いから…と思ってしまっていて、時間の大部分を彼に譲り渡してしまっていましたが、別れたことで自分の時間を自由に使えるようになったため、「変わってやろう!」という気合とともに、鋭意 WORKSHOP に参加しはじめました。
共依存関係に陥らないようになること、自分を好きになること、女性が怖い、男性に迎合してしまうなど、人間関係がうまくゆかないこともどうにかしたい、という目標を持っていました。



2)どんな環境、どんな過去を持っていますか?
どんな痛みの体験が影響して、そのような主訴を持つようになったのでしょう。
過去を振り返ってみましょう。
あなたは、どのような体験をしたのでしょうか。




本当のところは良くわかりませんが、私は両親に心から愛されているという実感を持てずに育ちました。
褒められるのは何かをやりとげた時ばかり、何かしたくても「お姉ちゃんなんだから」と我慢、弟のほうにより手を掛ける両親に、自分を気に入ってもらおうと、頑張って期待に応えられるよう努力していました。

小学生の頃には、学校からの帰宅途中に、家に着いたら世界が変わっていて、「あなた誰? うちにはあなたのような子供いませんよ」と言われるんじゃないか? と考えていたものです。
そういう状況の中から、自分にとって特別な相手からは、何が何でも自分を気に入ってもらわなければならない! と思い込んでしまったのかもしれません。



3)ONSA WORKSHOP および TAT セッションで、その過去(正確には、過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)がどんな風に変わってゆきましたか?


WORKSHOP を受ける中で、過去の考えは、今となっては現実的ではないこと、頑張っていた自分を認めること、好きになること、などを学びました。
自分の考えは親をはじめとする祖先から受け継がれているもので、自分が選んだ訳でもないのに、いつの間にか根付いている、ろくでもない考えがあることもわかってきました。



4)TAT セッションを受けるには、どんな前提条件が必要だと思いますか?

ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」 こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること………など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、ご自身の言葉で教えてください。




「TAT セッション」を受ける方は、やはり WORKSHOP などに既に参加していて、きちんと自分のことを現実の中で、行動を通して変えてゆくことができている・できつつある人、あるいは、自分の地道な行動が現実を変えてゆく手段である、とわかっている人が良いと思います。

「TAT が魔法みたいに瞬時に現実を変えてくれる!」と夢見てしまうような人だと、トラウマがなくなったとしても、その後の行動がまずいことになりそうな気がします。



5)もし自分が ONSA WORKSHOP で訓練をしないまま TAT セッションを受けていたら、どんな風であったか、想像して、教えてください。



WORKSHOP、ひいては藤沢さんという人に心からの信頼がないと、一連のセッションは、バカみたいに感じられたかも。
「こんなことで変われるワケないじゃん! フッ…(鼻で笑う)」という受け取り方をして、あまり効果が得られないと思います。



6)ONSA WORKSHOP は、TAT セッションを受けるにあたり、あなたにとってどんな風に役立ちましたか?



日常生活の中で、わけのわからない感情の波を受けることが少なくなりました。
どうしてイライラするのかわからない、なぜ不安になるのかわからない、という場面が色々ありましたが、そういう場面でも冷静でいられます。

また、みんな繋がっている、ということを心から信じられたような気がします。



7)TAT セッションを受けてみた後、1)と2)で書いた問題は、どのように変化しましたか? そしてその変化は、あなたにとって、どんな風に感じた出来事だったでしょう。
あなたの言葉で教えてください。




今でもずっと「親がどう感じるか?」が自分の行動の判断基準だったところがありましたし、弟に対してものすごく嫉妬を抱いたこともありましたが、おさまったようです。
自分は自分と思えるし、他人と意見がぶつかっても怖くなりません。

依存関係については変化がわかりませんが、次に好きになる人とは、そういう関係にならないでいられるように思います。



8)これから ONSA WORKSHOP ならびに TAT セッションを受け、みずからのトラウマに向き合ってゆく方にメッセージをお願いします。また、痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている方に、あなたにしか送れないメッセージをお願いします。



自分のトラウマと向き合うこと、自分自信とちゃんと向き合うことというのは、意外に勇気がいるし、面倒だったりもするし、そうできる人は少ないと思います。
けれど、一度「やる!」と決めたら、道は開けるし、私はこの1年で大分変われたんじゃないか…と思っています。
いつかやらなければならないことなら、気付いたときにやれるのが幸せだと思う。

それぞれのタイミングがあると思いますが、その気になったら覚悟をもって、どうぞしっかり自分と向き合ってみてください。



9)最後に、ここまで歩いてきた自分自身に、メッセージをお願いします。
誰かに遠慮する必要はありません! 思い切ってどうぞ!
感じていることを、素直に書いてみてください。




「倒れずによく歩いてきたね!」「頑張ったね!!」

TAT のあと、胃がムカムカしたりとか、腰が痛かったりとか、色々な痛みの感覚が出てきました。
もしかしたら、今まで殺してきた感覚が甦ったのかも…という気がしています。
ずっと「胃」がどこにあるのかもわからなかったんです、ワタシ。

一方で肩凝りはなくなり、力が抜けていることを実感。私はいつでも私の一番の味方!
これからもずっと一緒に歩いて行こう!!



Epilogue)ONSA WORKSHOP を経て「TAT セッション」を受けられた後、Yさんが、本当に無邪気な笑顔で笑うようになりました。「屈託のない笑顔」とは、きっとこんな笑顔なんだろうという感じです。

「屈託のない笑顔」っぽく笑うことができることと、心から「屈託のない笑顔」で笑えることは、実は大きくかけ離れていることだと思います。
そのことを、体験を一周して教えてくださったのが、Yさんです。
そしてYさんが体験してくださったことは、本当に多くの方が実は抱え、人生のある時にブレイクスルー(突破)する必要がある類いのことなのではないかと感じています。

Yさんが私に教えてくれたことは、「他人がどう見ようとも、自分が違和感を抱いていたら、その違和感は突き詰めてゆく価値がある」ということ。
その結果、自分の中にある、青空のような笑顔と出会える時が来る。

それを別の言葉に直すと、こんな感じです。
「私の人生の持ち主は私なのだから、私の人生を幸せにできる人は、私しかいない。」

自分の人生に、本当に肯定的な意味で責任を持てるのは、自分しかいない。
このことを言葉で言うのは簡単だけれど、体験で一周するのは、とても重みがある。
本当に基本的で大切なことを、体験を通じて教えてもらいました。





その後のストーリー)

TAT セッション(2回目)からほどなくして、私は、ふと声をかけられました。
声の主は、2回の TAT セッションにご参加されたYさん。
このページで、1ばん目にシェアーをしてくださったYさんです。
Yさんは、TAT セッション(2回目)の後に開催された ONSA WORKSHOP にご参加されていて、私に何か話があるようで、最後まで待っていてくださったのでした。


突然ですが、神様って、やっぱりいると思います。
そして、準備ができた人に幸せを分けようと、ちゃんと「その時」を待ってる。

この「SPECIAL PAY FORWARD」の画面を作る頃には、そのことはYさんに、ちゃんと起こっていたみたいです。
Yさんに、何が起こったのでしょう。
Yさんが贈ってくださった文章を、一緒に読んでみましょう。




OFFICE ONSAの皆様、TAT セッション参加の皆様へ

こんにちは。Yです。
今日は、その後私に起こったことを皆さんと共有したいと思い、キーボードを叩いています。
これからお知らせすることは、WORKSHOP で自分のことを知り、更に TAT セッションを受けたからこそ起こったことだと感じています。
このお知らせが、誰かのお力になれることを祈りつつ…。

さて。
私、結婚することになりました。
TAT セッション後の急展開です。
10年来の友人と、付き合うと同時に結婚を決め、既に入籍の日取りや式の日取りまで決めました。
めちゃくちゃなスピード婚です。

私が TAT セッションで選んだことは、
「自然のリズムの中で暮らすこと」
「子供を持つ生活」
の2つでした。
「子供を持つ生活」ということが頭に浮かんだときには、「そうなんだ、私はやっぱり子供が欲しいんだな」と、しみじみ感じたものです。

藤沢さんは著書の中などで、「本当にやりたいことは向き合うのが怖い」と言っていますが、私がまさにそうでした。
(気付くことさえしたくなかったくらい!?)
本当に叶えたい私の夢は、「子供を持つ」「信頼できる相手と結婚する」ということだったのに、避けて避けて避けてきました。

避けてきたというより、もしかしたら直感的に「まだ違う」と感じていたのかもしれません。
あるいは、両親のような夫婦関係になることを恐れていたのかもしれません。
チャンスはなかったわけではないのに、ことごとくスルーして、ここまできました。

今思い返せば、仕事に関する夢は色々かなえてきたのに、「結婚」「出産」「人間関係」ということになると、「あー、出来ればいいけど、無理だよね」と、無意識に蓋をしてきたように思います。
ワクワクリストに項目は書いても、それ以上掘り下げることは一切してきませんでした。

今は、結婚に向けて住まいを探したり、式場を探したり、これからの生活のことを話し合ったりするのがとても楽しく、調べ物なども苦になりません。
これまでは、「ワクワクする」ということが、いまいちピンときていませんでしたが、最近の私は、本当にワクワクしていると思います。


この1年で私は、WORKSHOP での様々な課題を通じて、自分がどんな風に考える性質があるのかを知り、境界線をどのように引いてゆけばいいのかを学び、自分を好きになってゆきました。
それが出来るようになってくると、世の中のうまくいかないことは自分のせいだけではないということがわかり、関わる全ての人に対してキャパが広がっていったようです。

TAT では、
「うまく人間関係が築けないこと」
「男性を汚いと感じてしまうこと」
「お金のことが気になって仕方ないこと」
を扱ってゆきました。
それら、全てのことが功を奏して、今、私は結婚という一歩を踏み出すことが出来た。

今度、結婚することになった人は、少し前の自分では絶対に選ばない人だったと思います。

私は FP (ファイナンシャル・プランナー)なので、経験上おおよその年収と年齢、家族構成を聞くと、今後お金に関するどんな課題があるのか、わかってしまいます。これまでお金のことが気になって仕方ない私は、職業や年収などを聞くと、人間性がどう、という前に、恋愛の対象から自動的にはずすことをしてきました。

それから、叶わない努力を必要としない人、いわゆる居心地のいい人は、これまで「価値がない」と思ってきた節があります。
子供の頃からずっと、親に気に入ってもらおうと、叶わない、不毛な努力をしてきました。そのせいか、これまで好きになる男性というのは、私のことを「あれが足りない」「これが出来ていない」と言う人であり、決して私をそのままで認めてくれるような人ではなかったのです。

ついでに言うと、彼の容姿も好みではありません(笑)。

けれど、色々学ぶうちに、
「大切なことはお金ではないこと」
「そのままで自分を認めてくれる人がかけがえない」
「境界線を侵犯しあわない関係をもてる人がいい」
と思うようになり、気付けば、そんな人が近くにいたのです。

彼も、自然が好きな人です。外で寝転がって一緒に星を眺めたりします。
今は寒いので、毛布や暖かいお茶を準備してくれます。

お互いに自立した一人の人間であることが大切、という意見も同じでした。
また、一緒に助け合い、成長しあえるといいね、と話しています。

私のことを、そのままで素晴らしいと言ってくれます。
(そんなこと言われるの初めてです!)
私たちは休みが違うのですが、式場に一人でも見学に行ってくれたり、住まい候補を確認してくれたり、口だけではなく行動してくれて…。

何より、私が何でも話せる相手は初めてなのです。
それは彼が、私の話すことをきちんと聞き、受け入れてくれるからだと思います。

これまでは、私が何かを言うと否定する人ばかりだったので、あまり自分の意見を言わなかったし、言っても怒られるのではないかといつもビクビクしていました。
(これまで私は、付き合う人とはいつも「共依存関係」だったと自認しています)

私自身、自分が好きではない頃は、相手の非のある部分ばかりが気になってしまって、そこを責めてしまう傾向(母みたい!)がありましたが、今はいいところを見られるようになりました。


実は7年前にも、同じ彼と付き合おうかという話はあったのですが、結局付き合いませんでした。
お互いに、7年前に付き合っていたとしても、うまくいかなかっただろうね、と話しています。
色々な経験をして、今だからこそうまくゆくのだと納得し、このタイミングで良かったと感じています。

今後、様々なことが起こると思います。いいことも悪いことも。
それでも、話し合って協力して、きっと解決してゆけそうだという気持ちです。

こんな風に思える人がいたことに気付けたこと、気付くための訓練をつけてくれたこと、本当に感謝です。
心から、ありがとうございました!!


きっと、一緒に WORKSHOP、TAT セッションを受けた方の中にも、色々な変化が起こっているのではないかと思います。
みなさんのご報告も心待ちにしています。


みんな繋がっている。
私の幸せが、みんなの幸せに貢献出来ることを願っています。





むすび)

私たちの目の前には、きっと、「過去」という名のヴェールがかかっているんだと思う。

過去に、「あなたはこうだ」と決めつけられたこと。
いつの間にか、それを
「これが自分なんだ」
「私はこのままじゃダメなんだ。だから……」
と、深く信じ込んでしまったこと。

そういった様々なことが、「今」目の前のことを、見えにくくしている。
だから逆に、目の前を分厚く遮っている「過去」という名のヴェールを取り払うと、目の前にある大切なものが、ちゃんと見えてくる。

そんな幸福なご報告をしてくださった時、Yさんがふと、不安そうにつぶやきました。
「今の彼と、そういう……共依存みたいな関係になっちゃわないんでしょうか。私、大丈夫かな」
Yさんの不安もよく分かる上に、そんなデリケートな質問に、私は大胆にもこう答えてしまいました。
「ワカリマセン!(笑)」

私は占い師ではないので、未来のことは分かりません。
でも同時に、はっきりと分かることがあります。

それは「未来」という時間は、架空であるということ。
そして、私たちが生きられるのは、いつでも「今」であるということ。

「もし不安なら、『今』一緒に、カップルカウンセリングを受けに行ってみれば? そのお願いに『今』『うん』と言ってくれる人なら、きっと未来に何かが起こっても、きっとその時……その時の『今』に、さまざまな問題を一緒に、共に手を取り合って解決してくれる人だと思うよ」

生きている以上、様々な問題はなくならない。
そして、「見えない病」を受け継いだ私たちは、「どうやって問題を共に解決するか」ではなく「誰が悪者なのか」、誰がその問題の責任を引き受けるかに、全てのエネルギーを注ぎ込むようにと教えられてきました。


でも、そのパターンから卒業できたら、大丈夫。
「過去」ではなく「今」に生きられるようになれば、本当に、世界が変わる。
パターンなしでもやってゆけるコミュニケーションの仕方も、しっかりトレーニング済みだから大丈夫。

この道は、自分を大切にしようと決めたYさんが、自分の手足で舗装した道だから、インスタントな借り物ではない道だから、大丈夫。
その舗装は、自分の手で敷石を並べたので、ずっと頑丈。
そして、その上で問題が起こったら、その時の「今」に、また真剣に向き合えばいい。

一歩を踏み出したから、その結果の「今」がここにある。
一歩を踏み出さなかったら、この「今」はなかったんだね。
だからこれは、一歩を踏み出したYさんが、自分の手でつくり出した「今」。

それなら、これからも同じように、自分のために、良い未来……次の「今」をつくり出し続けられると思う。
未来は、過去で決めつけられるわけじゃない。
こんな風に、新しくつくり出してゆける。


「まず、自分の心の中を整える。なぜなら、内側が外側の鏡だから」

そのことを、体験をもって教えてくれて、どうもありがとう。

堂々と、末永く幸せにね!


2011年 師走
藤沢 優月




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K さん しゃくやくクラス


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Prologue)数年ぶりにKさんと再会した日のことは、本当に印象深く覚えています。
そして今現在も、Kさんの勇気と素直さに、山ほどの敬意を抱いています。
Kさんの中に「自分自身を大切にする!」という気持ちが残っていて、その気持ちが K さんを動かしているからこそ、お力になることができていると感じています。それほど、「AC(アダルトチルドレン)」と依存症・依存症を土台にしたコントロールの問題は、根深いものがあります。
そしてこの病は受け継がれたものであり、受け継いだKさんに何の過失もないことが、読み進めてゆくうちに伝わってくると思います。

Kさんと再会した時、Kさんはまさに「自覚のないAC(アダルトチルドレン)の状態」まっただ中でした。そして、自分がどんな現実を作り出してしまっているのかに気づいておらず、かつ「目の前の問題は、運やタイミングや力技で『いつか』何とかできる!」という「コントロールの罠」のただ中にいらっしゃいました。
本当に幸いなことに、Kさんの耳がきちんと開いてくださったので(そうでない方も、たくさんいらっしゃいますので本当に幸いでした!)、私は事実をご説明し、ONSA WORKSHOP を経て TAT セッションに至ることができました。



1)あなたの問題は、そもそも、どんな主訴でしたか?



毎日の生活の中で、不安感や焦燥感から解放されたい。

具体的には、しんどくて、上手くいかないんじゃないか、いつも上手くいったためしがない、自分が頑張らないと事態は変わらない、でもやりたくない、もし頑張ったとしても上手くいかない。
大変な思いをするかも。どっぷり巻き込まれて、離れられないんじゃないか。



2)どんな環境、どんな過去を持っていますか?
どんな痛みの体験が影響して、そのような主訴を持つようになったのでしょう。
過去を振り返ってみましょう。
あなたは、どのような体験をしたのでしょうか。




小学校高学年から始まった、両親の15年位の不和(ひどい夫婦喧嘩)。結婚が間近に迫った私は、両親が離婚すれば、私は解放されて幸せな生活を安心して送れると思い、26歳の時に両親を離婚に導く。
(両親が離婚後、主人と27才で結婚する。)

親戚、親の友人たちも、夫婦不和、浮気、借金だった。
特に母の姉夫婦は、包丁が出てくるほどのもので、幼心に恐怖心を抱いた。

母からは、言うこと聞かなければ、トイレや押し入れに閉じ込められたり、外に放り出されたり、また好きなものを買ってもらえず、嫌いな食べ物は食べさせられた。
潔癖症の母の機嫌を損なわないために、汚さない、ちらかさない、こぼさないように気を使っていた。

父からは、叶うかわからないような夢を見るよりも、公務員や銀行員、大企業の社員という堅い職業選択を暗に示されていた。

夫婦喧嘩はひどい時には、毎日のように繰り返され、そして、決まって二階で勉強していた私は、一階の両親に呼び出され、仲裁役をさせられた。
両親は、私の眼前で、ののしりあい、批判し、責めあった。時には、手が出ることもあった。

私の仲裁は、無駄に終わるのがいつものことだった。
でも毎回呼び出された。
妹は、自分の部屋に閉じこもり、関わらなかった。

最終的に、離婚となり、私は無力感と解放感を味わった。
とどめは、離婚届の承認に、成人しているからと、子供の私にサインを母に要求されたこと。
サインをしながら、この人たちが結婚しなかったら、私は生まれなかったのに、その人たちの離婚届けに、「その私」が、サインしている何とも言えない気持ち。
悲しく、つらかった。
堪えた。
嫌なのにやる自分。



3)ONSA WORKSHOP および TAT セッションで、その過去(正確には、過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)がどんな風に変わってゆきましたか?


過去の考え方や痛みの感覚を、今も引きずっていると思うようになった。
現状を起こさせている。

まだ変わっていっている実感がありません。
気づいたところ、という感じです。

ただ、過去と未来は自分の意識的な選択で、切り離せるんだとわかるとちょっと安心。
自分の人生は自分がコントロールできるんだという感覚が少し芽生えた。
二者択一ではなく、たくさん選択肢はあって、なおかつ自分にとって良いものを選択可能であることを知る。



4)TAT セッションを受けるには、どんな前提条件が必要だと思いますか?

ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」 こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること………など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、ご自身の言葉で教えてください。



  • 人の話を先入観や偏見を持たずに、ただあるがまま聴くこと。
    ただひたすら、聴くことに集中する。

  • 皆でやるんだという気持ち。
    自分だけでなく、皆で良くなっていこうとする前向きな気持ち。

  • 集中力と途中であきらめない気持ち。

  • 優月さん、田宮さん、自分とみんなを信じる素直な気持ち。


5)もし自分が ONSA WORKSHOP で訓練をしないまま TAT セッションを受けていたら、どんな風であったか、想像して、教えてください。


  • 人の話をあるがままに聴けないかもしれない。

  • 自分の心の声を聴く感覚がわからないので、言語化できない
    → 適切にセッションが受けられない
    → 十分なセッションの効果が期待できない。

  • ワークショップの雰囲気(たとえば、藤沢さん、田宮さんに会うことが初めてであったり、会場である明日館などが初めてだと、)に馴れることにもエネルギーを使い、余分な緊張があり、ワークそのものに集中するエネルギーが減るように思う。


6)ONSA WORKSHOP は、TAT セッションを受けるにあたり、あなたにとってどんな風に役立ちましたか?


  • セッションの進め方や、雰囲気を知っている。

  • 自分の問題になんとなく気づいていたり、もしくは、だいぶん確信めいたものがある。

  • セッションの効果をすでに実感しているので、TAT という未だ日本ではなじみのないものに関しても、“善” を前提として取り組む心の下地ができている。
    4つのルールが頭に入っていて、なお且つ実行できやすくなっている。
    知識の体得ができている。


7)TAT セッションを受けてみた後、1)と2)で書いた問題は、どのように変化しましたか? そしてその変化は、あなたにとって、どんな風に感じた出来事だったでしょう。
あなたの言葉で教えてください。




過去に習得した間違った信念(思いこみ)を自覚することが出来たので、行動が出来ていなかったことが分かった。
自分の意思で選択し、変えていくことが出来るのだと思えるようなり、勇気が湧いてきたり、前向きに考えたり出来る時間が増えたり、実際にやってみたり出来るようになってきた。



8)これから ONSA WORKSHOP ならびに TAT セッションを受け、みずからのトラウマに向き合ってゆく方にメッセージをお願いします。また、痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている方に、あなたにしか送れないメッセージをお願いします。



私は優月さんに指摘された通り、答えを自分の内にあるもの(つまりは自分の心の声)に求めるのではなく、外側の他人が言ってくれることの中に求める癖がありました。
だから、いつも不安で、どことなく納得感がない感じでした。

密度の濃いワークショップを受けたことは、もちろんのこと、そのために、日々の日常の中での事前ワーク、そして、ワークショップ後の PAYFORWARD や事後ワークにもしっかり取り組むことで、自分の内面をよく知ることが出来たことが良かったです。
知ること(気づくこと)により、対処の仕方を考え選ぶことができるようになりつつあります。
(小さなことからですが。)

自分の頭の中でよぎるいつもの声が、過去のつらい経験や出来ごと(家族や両親とのやりとり)からやってきていることが分かり、それに捉われて身動きが取れなくなっていることなど、たくさんの気づきがありました。

その日常生活での気づきと、ワークショップ当日に得られる優月さんや仲間からの愛やエネルギー、知識や情報を取り込みながら、変化の一歩を踏み出すことが出来て、もう後には戻りたくないといいう気持ちがあります。

自分から勇気を持って一歩だけ踏み出せば、必ず道は開けます! 大丈夫!



9)最後に、ここまで歩いてきた自分自身に、メッセージをお願いします。
誰かに遠慮する必要はありません! 思い切ってどうぞ!
感じていることを、素直に書いてみてください。




本当に良くなりたいと思って、いつも勇気を出して申し込み(PC画面を、クリック、クリック)し続けてきて本当に良かったね。

ワークもいい加減にせず取り組んでいるから、見えてくるものがあったり、気づきがあるのだと思うよ。
最近は、「ワークの時間 = 灯台の時間」になってるね。
少しずつだけど、確実に進んでいると感じているよ。
自分のこと(人生脚本)を知ることによって、落ち着き感が出てきたね。
自分が自分の人生の手綱を持っているをわかっただけで、だいぶん心が落ち着くものだね。

とにかくあきらめずに、にげずに、ゆっくり、自分の心に正直に、そして大切に…。

私の中のチャイルドちゃん、もう大丈夫、守ってあげるよ。



Epilogue)Kさんと接させていただいて、私が学んだことは、たくさんあります。
特に、まるで自分の過去をダイジェスト版で、あたらめて見ているような気持ちになることが、たびたびあります。それほどに「AC(アダルトチルドレン)」の問題は、ご本人になんの罪もない、残酷な伝播。だからこそ、心が締め付けられます。

同時に、自分自身の経験からも言えることですが、きちんとした対処と再訓練を、怠りなく油断なくしてゆけば、これは完治すること。「そんなこともあった。でもそれは過去。今の私は、その過去を受け入れつつも、まったく別の価値観の人生を生きている!」と清々しく言える時が来る。
私にはそんな時が来ているので、あきらめないで欲しいと強く願っています。
……そして、きっと大丈夫。ご自身が知らずに罹患してしまった「見えない病」に対して、警戒の目を怠らなくなった Kさん。ONSA WORKSHOP にも引き続きご参加くださっていますが、ワークに取り組む姿勢もずっとアグレッシブ。そして以前よりずっと、素敵な笑顔で笑われるようになりました!




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S さん しゃくやくクラス


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Prologue)Sさんをパッと見た方は、「こんな可愛らしい方が、いったい何を悩むことがあるの?」と感じるに違いありません。
職場に1人はいる、おとなしくて気遣いができて、かわいらしいタイプ。どちらかというと童顔なSさん、肌も髪もつやつやしている彼女の外見からは、きちんと自分を大切にしているんだろうという印象を受けます。
意地悪な感じは皆無で、一緒にいても緊張感や裁かれている感じを味わうことはない。
こんなふうに、誰にでも好かれそうな雰囲気のSさん。

そんなSさんに、いったい何が起こったのでしょう。ご自身の言葉で聞いてみます。




1)あなたの問題は、そもそも、どんな主訴でしたか?



私は人間関係が苦手で、うまく人と関われないことに悩んでいました。

たとえば、職場の人とどうかかわったらいいのかわからず、また上司とうまくいかないことが多く職場を転々としてきました。
仕事は、まじめ過ぎるくらいその職場職場で取り組んできたつもりです。
でも、うまくいかない。

どうしてなんだろうか? どうしたらいいんだろうか?
わからなくて、うまくいかなくて、悩んで仕事を変えることの繰り返し。
人に素の自分をどう出したらいいのかもわからないので、心から話のできる友人もいないことに寂しさを感じていました。



2)どんな環境、どんな過去を持っていますか?
どんな痛みの体験が影響して、そのような主訴を持つようになったのでしょう。
過去を振り返ってみましょう。
あなたは、どのような体験をしたのでしょうか。




私は3人兄弟の長女で、自宅が自分が生まれた時はすでに、母親がほぼ一人でお店をやっていました。
そのため母は常に忙しく、母親に甘えたり頼ることはできませんでした。

また、母親からは、私の本来の性格の質を受け入れられてないような感覚がありました。
例えば、私はどちらかというと内向的な性格なのですが、母は常に「積極的になりなさい」と言っていましたし、そんな私の性格を変えるための習い事をさせたりもしていました。
そのため、人に自分の気持ちを話したり、そのままの自分でいては私は愛されない、自分を変えなければ人とはつきあえないと、思っていました。

また、母親が自分の人生の重荷を私と共有しようとしていました。
例えば1人でお店を切り盛りして子育てと家事をすることの苦労、自分は産みたくなかったのに父が男の子がどうしても欲しいと言ったので弟を産んだことの不満、その弟がひきこもりになってしまったこと…様々です。

母親も3人兄弟の長女なのですが、その弟(私の叔父/母の弟)も私の弟と同じひきこもり状態になり、働かないのはおかしいということで、20年くらい精神科に入院させられたうえで、5・6年前に自ら命を絶ち亡くなってしまいました。
そのことが私の弟に重なって見えて、とても気になることでもありました。


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私自身も小学校5年生の時に不登校になり、親や担任の先生とのことで痛みを抱えていました。

私は、学校を休むと母が優しくしてくれることもあって、ちょこちょこ学校を休んでいました。
その時は、たまたま前日にクラスメイトにちょっとした意地悪をされて、何となく学校を休んでしまいました。
あまりにちょこちょこ私が学校を休むので、母親は担任の先生に話をしに行きました。

すると、担任の先生と同じ班の子が家に私を迎えに来たのです。
それだけでも私は恥ずかしくて仕方なかったのに、その担任は私が2階に逃げると勝手に家に上がりこんで後を追って来ました。
そのことに傷つき、土足で自分の心に人が上がりこんでくることのショックと、人への不信感を感じました。

私は、こんなことになってしまった自分が恥ずかしくて、もう生きてはいけないと感じ、とっさに電気コードで首を絞めつけ死のうとしたのです。



3)ONSA WORKSHOP および TAT セッションで、その過去(正確には、過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)がどんな風に変わってゆきましたか?


そもそも、ワークショップを受けていなければ、母親が自分の人生の重荷を、私と共有していたことに気付きませんでした。
家族に何かしらの原因があると思っていたものの、ぼんやりとしていて、はっきりとはわかりませんでした。
ワークショップで自分と向き合うことで、徐々にですが、はっきりと気づくことができたのです。

1回目の「TAT セッション」では、自分が不登校になったときの痛みに取り組みました。
人に自分の痛みを話したことがほとんどなかったので、やはり抵抗感があり、話をしてよかったのだろうかとセッション直後は思っていました。
クレンジングリアクションも強力で、今まで感じないように蓋をしていた思いが出てきているようでした。
でも、それが終わったあとに、心にいきいきとした気持ちが湧き起こってきました。

2回目のセッションで、母親のことと叔父の死のことを話しましたが、話をするまで自分がこれほどにまで重荷に感じているとは思いませんでした。
言葉よりも先に、気持ちや思いが涙になって溢れてきてしまって、自分でも思ってもみませんでした。

セッションで肩の重い荷物がやっと下りたように感じました。
そして私は、自分の人生を生きようと思えるようになりました。



4)TAT セッションを受けるには、どんな前提条件が必要だと思いますか?

ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」 こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること………など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、ご自身の言葉で教えてください。




私が自分の痛みを話すことが出来たのは、その場にいたみなさんが私を裁くことなく、私の話にただ耳を傾けてくれていたからだと思います。
もし、自分の痛みを話して批判されたり、好奇の目で見られたとしたら、たとえ口に出さなかったとしても敏感に感じ取って、自分の正直な気持ちを話せなくなっていたと思います。

それと、まずは自分と向き合い、自分の問題や痛みが何であるかわかっていることも必要なことのように感じます。

そして、心を開くこと。
心を開かなければ、人に自分の痛みを話すことはできないと思うからです。



5)もし自分が ONSA WORKSHOP で訓練をしないまま TAT セッションを受けていたら、どんな風であったか、想像して、教えてください。



もし、ワークショップを受けていなかったら、自分が母親とのことが問題で痛みを抱えていることに気付けなかったと思います。
人の話を、ただ何の判断もせずに聞くということも出来なかったと思います。
それに、場になじめずに緊張してしまって、ここが本当に安全な場所なのかがわからず、自分の痛みを話せていたかどうかわかりません。
そして、自分に何が起こったのかも、何が変化したのかを感じることも出来なかったかもしれません



6)ONSA WORKSHOP は、TAT セッションを受けるにあたり、あなたにとってどんな風に役立ちましたか?



ワークショップでは、まずはその場に自分がいて、今に集中することが必要でしたので、そのことや自分や人を裁かないということ、人の話を集中して聞くことの訓練に役立ちました。
そして、自分と向き合うことで、自分の問題が何であるか気づくことにもできました。
また、この場が安全であることが、ワークショップを受けたことで体感できたことです。



7)TAT セッションを受けてみた後、1)と2)で書いた問題は、どのように変化しましたか? そしてその変化は、あなたにとって、どんな風に感じた出来事だったでしょう。
あなたの言葉で教えてください。




は、やはり恥ずかしいことのように感じることもあるけど、以前のようにそのことを考えたときの、胃のあたりに受ける衝撃のようなものは消えました。

母親や叔父のことに関しては、本当に肩の荷が下りて気持ちが楽になりました。
「これで人生が前に進める」そんなふうに感じています。



8)これから ONSA WORKSHOP ならびに TAT セッションを受け、みずからのトラウマに向き合ってゆく方にメッセージをお願いします。また、痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている方に、あなたにしか送れないメッセージをお願いします。



私は、ワークショップや「TAT セッション」を受けることで、消えることのないと思っていた胸のモヤモヤした塊が消えて、気持ちが軽くなり、本当に楽になりました。
今まで、痛みやトラウマを消したいと思いながらも、それがなくなったらどう生きてていけばいいのかわからず、手放すことに不安を感じていましたが、それが消えつつある今どうやら生きていけそうです。

気持ちを楽にして、自分の人生を生きていってもいいんだと、今は感じています。



9)最後に、ここまで歩いてきた自分自身に、メッセージをお願いします。
誰かに遠慮する必要はありません! 思い切ってどうぞ!
感じていることを、素直に書いてみてください。




本当によくここまで歩いてきました!!
そして、自分とちゃんと向き合って、自分の痛みや問題に気付いて。

これからは、自分の思う最っっっ高の人生を生きていこう!!
これまでの私に、感謝と愛をこめて「ありがとう」。
これからもよろしくね。



Epilogue)TAT セッションの中で、Sさんがただ、ただ泣き続けた瞬間のことを、今でも鮮やかに覚えています。その涙を、皆で温かく見守っていたのですが、Sさんがこの涙を「流してよい」と自分に許可できるまでに、どれだけの時が過ぎたのか、本当に感無量で重みのある時間でした。

Sさんは ONSA WORKSHOP で訓練中の時も、ご自身の感情と繋がるワークが、とても難しそうだったのをよく記憶しています。Sさんにとって「自分の感情や望み、気持ちをあらわす」ということは、それだけ恐ろしく感じられることだったのでしょう。
「解放されていいのだ、もう、私は自由になっていいのだ」
そのことが「頭」では分かっても、感情も含めた全身で理解することに、とても高いハードルがあったように感じられます。
でもSさんはあきらめませんでした。
Sさんのあきらめない気持ち、「私も、自分を大切にするのだ!」という気持ちが細い1本の糸になって、ここまで来た。……もちろん難しかった瞬間瞬間、Sさんは「私は自分を大切にできる!」と実感できなかっただろうことは想像に難しくありません。でも、あきらめずに訓練を続けられたSさんがあったからこそ、迎えられた瞬間。誰かが偶然作ったのではなく、ご自身がきちんとつくり出した結果でした。




タイトルはじまり目印

M さん しゃくやくクラス


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Prologue)Mさんは明るく、涙もろく、素直で可愛らしい印象の方です。背が高くすらっとしていて、自由な印象を受けます。
Mさんが最初にご参加くださった ONSA WORKSHOP で私が話し出したとたん、いきなりMさんが「もらい泣き」をしてしまったのを、本当に微笑ましく覚えています。……私(藤沢)は泣いていなかったので、正確には「もらい泣き」ではないですね。つまり言いたいのは、他人の言葉に「ほろり」とくるぐらい、素直な性質を感じる方がMさんです。

明るく人なつこい、意地悪な感じのない性格は、「きっと友だちが多いんだろうな」と感じる印象。
屈託のない感じは、人と関わるのも上手なイメージを受けます。
そんなMさんに、何が起こったのでしょうか。Mさんの言葉に耳を傾けたいと思います。




1)あなたの問題は、そもそも、どんな主訴でしたか?



他人に触られると違和感を感じる(どんなに親しい人でも)。
声の大きい人・大きな物音が苦手。
自分の顔・身体が好きになれない。
人と温かなつながりを持っているという実感がない。



2)どんな環境、どんな過去を持っていますか?
どんな痛みの体験が影響して、そのような主訴を持つようになったのでしょう。
過去を振り返ってみましょう。
あなたは、どのような体験をしたのでしょうか。




両親は、「最初の子は男の子」と決めていて、女である私が生まれてがっかりした、というようなことを、私が小さいころから何度も繰り返し言ったり、行動に示したりしていました。
父親が私に買い与えるおもちゃは、男の子向けのものばかりだったし、母親はことあるごとに、「あんたが男だったら良かったのに」と言ってきました。

進学の際に、父親に、「お前は女だから学は必要ない。だが、○○(←弟の名前)は男だから、最高の教育を受けさせてやりたい。お前は働け」と言われ、母親もそれに大賛成していました。
小学生の時の夕食時に、その日学校であった面白いことを報告しようと話し出したら、「うるさい! ニュースが聞こえないじゃないか! 黙っていろ!」と父親に怒鳴られ、それからは食卓で父親と話した記憶がありません。
また、日曜日に弟と家の中で追いかけっこをしていたら、父親に、「うるさい! 静かにしろ!」と怒鳴られました。

私は人より毛深く、小学生の時に転校した先で、「ゴリラ」と呼ばれ、ボールをぶつけられていじめられていました。
中学生の時は、「原住民(←毛深い人の意味らしい。今考えると、このネーミングはおかしいと思う)」とクラスの男子全員から呼ばれ、巻き添えを食いたくない女子は、みんな潮が引くように私の周りから離れていきました。
初めて付き合った人が、私の身体を見て、その後すぐに私を振って、とても可愛い女の子と仲良く手をつないで歩いている所を見て、とてもショックを受けました。
「自分が汚いのが悪いんだ。しょうがない」とずっと思っていました。



3)ONSA WORKSHOP および TAT セッションで、その過去(正確には、過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)がどんな風に変わってゆきましたか?


ワークショップを受け始めた時は、自分の人生が上手くいかないのは、自分にはどこか(かなり)悪い所があって、それはもうどうしようもないから、世間の人が持っている幸せは私には無縁なんだ、だから諦めるしかないと思っていました。

いつも孤独だと思っていました。
「どうせ誰も私のことを愛してくれないんだ、だったらもう、自分の好き勝手にやってやる!」と思いながらも、いざやろうとすると自信がなくて、一歩を踏み出すことができずにいました。

ワークショップを何回か経験して、何となくこれが問題点ではないか? ということには気付いていきましたが、それをどうしたら解決できるのかが分からず、また、孤独感は以前よりは小さくはなったものの、依然として感じていました。

TAT のセッションを受け、自分がずっと孤独感を感じていた理由が分かり、それは私自身の存在が悪いせいではないのだ、と本当に心から思うことができて、胸の中のモヤモヤがすっきりと晴れたようになりました。
身体のことについても、私に責任があるわけではなく、そんなに自分をいじめなくてもいいんじゃないか、と思えるようになりました。



4)TAT セッションを受けるには、どんな前提条件が必要だと思いますか?

ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」 こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること………など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、ご自身の言葉で教えてください。




実際に ONSA のワークショップを体験して、「ここでは自分の気持ちを正直に話してもいいんだ」という安心感を持てるようになっている。
また、自分の問題点に何となく気付いていると、「TAT セッション」時に、自分の言いたいことが自然と出てくるんじゃないかと思います。

自然に出てくることが、自分が「解決したい!」と心底思っていることじゃないかな、と思います。



5)もし自分が ONSA WORKSHOP で訓練をしないまま TAT セッションを受けていたら、どんな風であったか、想像して、教えてください。



本当に心を開くことが難しかったかもしれません。
また、他の方のお話に集中できずに、すぐに自分のぐるぐる思考の中へ戻って行ってしまったと思います。

自分の問題点が分かっていないので、「TAT セッション」の時間があっという間に過ぎてしまい、「えっ? もう終わっちゃうの? 私、何も得ていないんだけど…」という感じでセッションが終了してしまったのではないかな、と思います。
(恥ずかしながら、最初のワークショップに参加した時、私はそんな感じでした。)



6)ONSA WORKSHOP は、TAT セッションを受けるにあたり、あなたにとってどんな風に役立ちましたか?



心を開いて、自分のことや気持ちを正直に話すことに抵抗がなくなりました。
そのおかげで、「こんなこと、話してしまっていいのかな?」と思うようなことも話すことができたのだと思います。

また、もやもやしている原因が何となく分かっていたため、セッションの効果がちゃんと出たのだと思います。
(「これだ」というものにヒットしないと、ここまでスッキリできないんじゃないかな、と思います。)



7)TAT セッションを受けてみた後、1)と2)で書いた問題は、どのように変化しましたか? そしてその変化は、あなたにとって、どんな風に感じた出来事だったでしょう。
あなたの言葉で教えてください。




他人に触られる機会が、残念ながら今のところは訪れていないので、機会が来たら、報告させていただきたいと思います。

職場で大きい声を出す人は相変わらずいますが、以前よりは気にならなくなりました。

両親については、今も時々昔の辛い場面が浮かんだりしますが、映画のワンシーンのようにただ流れていくだけで、胸の中がモヤモヤすることはほとんどなくなりました。

身体のことについては、私が悪い訳ではないので、そんなことで自分を責めるのは止めよう、もっと自分を大切にしよう、と心から思うようになりました。



8)これから ONSA WORKSHOP ならびに TAT セッションを受け、みずからのトラウマに向き合ってゆく方にメッセージをお願いします。また、痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている方に、あなたにしか送れないメッセージをお願いします。



私はずっと、自分の人生は上手くいかないまま終わってしまうのだろう、それは自分が悪いからだ、と思っていました。
こんなに醜くて、性格も悪くて、親には愛されなかった自分が、幸せになる訳がない、と。

その反面、「どうせ誰にも愛されないんだから、もう好き勝手にやってやる!」とか思っても、いざ一歩を踏み出そうとすると、足が固まって動かない。
親に愛されなかったから、せめて他人には愛されたいと、相手の喜ぶようなことをしても、相手は別の人を選んで、私の目の前から去っていくばかり。

そんな中、ONSA のワークショップを知り、参加したのですが、1回目のワークショップは、「あれっ? もう終わり?」という感じで、あっけなく終わってしまいました。
他の方の、ニコニコキラキラ輝く笑顔を、どんよりした気持ちで見ながら帰ったのをよく覚えています。

「このままじゃ、まずい!」と、どこかで思っていたのでしょう。
私はそれから何回かワークショップに参加しました。

ワークショップでは、自分自身と向き合うことを余儀なくされ、正直言って、見たくないことを見なくてはならないこともあり、辛かったりへこんだりすることもありました。

それでも、ごくごくゆっくりではありますが、「どうせ駄目だ」から、「どうにかしたい、いや、するんだ!」に気持ちがシフトしていったと思います。
その証拠というのとは違うかもしれませんが、もし私の気持ちが変わっていなかったら、私は「TAT セッション」に申し込まなかったのではないかと思います。
「行ったって、どうせ無駄だよ。何も変わらないよ」と思って、はなから諦めていたと思います。


私はまだまだ歩き始めたばかりで、やっと自分の人生を考えるスタートラインに立てたかな、という位なのですが、胸の奥にずっと感じていた、重苦しく、真っ黒でモヤモヤしたものが消えていて、それだけでも、ここまで歩いてきて良かったな、と思います。

私は幸せになりたいです。
そう素直に考えられるようにもなりました。

ワークショップと「TAT セッション」を通じて自分と向き合うことを続けてきて、本当に良かったと思います。



9)最後に、ここまで歩いてきた自分自身に、メッセージをお願いします。
誰かに遠慮する必要はありません! 思い切ってどうぞ!
感じていることを、素直に書いてみてください。




わたしへ

初めてワークショップに参加したのが遥か遠い昔のように感じられるけど、でも実はそんな昔のことではないですね。
そんな、「遠くへ来たなあ…」という感慨を持つほど、あなたは以前とは変わったのかもしれません。

最初のワークショップはぼんやりしているうちに終わってしまい、他の参加者の方のキラキラ輝く笑顔を、どんよりとした思いで見ていたことをよく覚えていると思います。
自分が駄目人間に思えてならなかった。

次にワークショップに参加した時、藤沢さんから受けた指摘が、身体をグサッと貫くくらいの衝撃で、そこから自分が抱えている問題について、きちんと目を向けるようになったのではないでしょうか。
今では本当に藤沢さんに感謝ですよね。

何回かワークショップに参加して、実は自分の家族には問題があったこと、それにずっと影響を受け続けていることが分かり、自分の人生が上手くいかない理由が何となく分かってきました。
でも、分かったからと言って、過去はもうどうにもならない、現在の両親は相変わらず昔のままで変わっていないから、期待をするのは不可能に近い(第一、それを待っていたら、時間がどんどん過ぎて行ってしまう)、あなたの周りにいる人たちは、昔と比べたらずっとましになってはいるけれども、それでもまだ違和感を感じてしまう人が多かったよね。

そして、あなたにはとても強い自己否定感があって、「私はどうせ駄目だから。こんな汚い人間は、誰も愛してくれないから」と諦めて生きようとしていた。

いつも孤独を感じていて、でも、それを認めると辛いから、見ないフリをして。


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「TAT セッション」の情報が出た時、「私よりずっと辛い思いでいる人がいるんだから。私なんて、大したことないし」と最初は思っていたけど、「男の人に手を握られると、こわい」という話を読んで、ふと思い当ることがありましたね。
あなた自身、どんなに好きな人でも、触れられると鳥肌が立つことがあり、そこまでではなくても、何となく違和感を感じてしまうことはしょっちゅうだった。

「もしかして、私にも何かトラウマがあうのかも…」そう思って、思い切って「TAT セッション」に申し込んだのは良かったと思います。
結果、セッションを受けて、あなたの中のトラウマが判明したから。

それは、ずっと「そうかも」と思っていたことで、それが明らかになっただけかもしれないけど、ずっと心の中で引っかかっていて、それがあなたの色々なことの足を引っ張っていた要因でもありましたね。

「TAT セッション」が終わってしばらく経った後、あなたが思ったことは、「もっと自分を大切にしよう」ということでした。

本当に心からそう思えて、自分でもびっくりしたようですが、それだけあなたは自分を大切にして来なかったのかもしれませんね。
きっとものすごく大切なことに気付いたのだと思います。気付けて本当に良かった。


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そして、ふと、沢山の人たちに対する感謝の気持ちが湧きあがってきて、涙が止まらなくなりましたね。
数多くの、心理学やそのほかの様々な方法を考えたり実践してくれた人たちは、きっと「苦しんでいる人たちを、何とかして救いたい、幸せになってもらいたい」と思って本を書いたり実践したりしてくれているんだ、ということに気付いたら、そしたら、自分は決してひとりではないんだ、顔も知らないどこかにいる人(あるいは過去いた人)に支えられているんだ、と思えて、本当にありがくて、嬉しくなりましたね。

もちろん、いつもワークショップで(多分)汗をかきながら頑張っている藤沢さん、田宮さん達にも盛大な感謝の気持ちを送りたくて、そのためにも、感謝の言葉だけでなく、自分自身の人生を幸せに歩いて行こう、それがきっと皆さんへの恩返しになるんだ、と思いましたね。

この場を借りて、沢山の方に感謝の気持ちを伝えたいと思います。

顔を知っている方も、知らない方も、沢山の方、本当にありがとうございます。

そして、私、今まで本当にありがとう。
これからも、どうぞよろしく。
もう、どんどん幸せにしてあげるから、びっくりすんなよ!

ではでは。(^^)



Epilogue)「山ほど幸せになっちゃってください!」
それが、私が今、Mさんに心から贈りたい言葉です。私たちは「欠点もあり、完璧ではない。それでも、自分ってなかなか素晴らしい!」と自分を肯定した分だけ、自身の可能性を広げてゆけるのだと、私も感じていますから。

ONSA WORKSHOP で最初にMさんと出会った時のことを、私はよく記憶しています。
家族歴やデータからの事前分析では、Mさんの問題は、決して容易な問題ではありませんでした。「この方は、時間と根気を覚悟する必要があるかもしれない」と感じるほどのものでした。でも同時に私も、データは問題解決に有効でこそあれ、それが未来を決定づけるわけではないと信じています。

それを事実で証明するかのようにMさんは、持ち前の素直さと努力家な性格、明るさで、乗り越えてゆきました。そして気がつけば、「あっさり」と言っていいほどの早さで、自分を肯定することができるようになっていました。
心理学の教科書に書いてあることからは、信じられない速度です。
「人の力はすごい。可能性はすごい。人は、こんなに短期間で変わることが可能なんだ」
これが、私がMさんから教わったことです。




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M さん しゃくやくクラス


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Prologue)Mさんの印象は「しっかりした大人」という感じです。
私の記憶によれば、はじめて何らかの接点を持ったのは、たしか「ONSA 青い鳥 CAFE」の時だったと思います。Mさんが、実験台に立候補してくださったので、会話を交わした記憶があります。
席に戻る時、少し緊張して照れたように「にこっ」と笑った笑顔に、「ウソのない方だな」と直感的に感じたのを覚えています。

しっかりと自分を持っている印象なのに、控えめでいられる・協力的な印象。
きっとご自身に穏やかな自信を持っていらっしゃるからではないか、そんな風に感じた記憶があります。

そんなMさんの人生には、どんなことが起こっていたのでしょう。ご自身の言葉で教えていただきましょう。




1)あなたの問題は、そもそも、どんな主訴でしたか?



お付き合いしていた男性との関係に悩んでいました。
彼との不適切な関係(* 世間的に不適切と認識されている関係)を終わらせる……別れるではなく自分のものにする……ために、自分の本音は相手に隠し、ツライ想いはなかったことにして、心の奥底に押し込んで過ごす毎日でした。
彼が自分の思い通りにならないという不満が、職場での人間関係にも悪い影響を及ぼしていることに気づきながらも、彼を手放す勇気がありませんでした。

自分なりの努力で自分を楽しませること(趣味や人との交流)をしていても、自分の根っこの不自然さを感じていたので、心が重いグレーな曇り空でした。
気づいたら、年を取って何も残らない不安と孤独感がいっぱいで、私みたいな人間にはこのくらいの人生が似合ってる、と思っていました。



2)どんな環境、どんな過去を持っていますか?
どんな痛みの体験が影響して、そのような主訴を持つようになったのでしょう。
過去を振り返ってみましょう。
あなたは、どのような体験をしたのでしょうか。




精神的に不安定だった父が、力のままに暴れたり、母を無視したり、暴言を吐いたり、手のひらを返したように発する「猫なで声」に翻弄されてきました。
両親が私を介して会話をする(○○って言って、の伝書鳩状態)がイヤだったけど、父と母の関係を維持するのは私の役割だと思い、頑張っていました。
でも、自分が利用されているように感じていて、強い怒りもありました。

付き合っていた彼はワーカーホリックで、体調がどんどん悪くなる一方なのに、仕事をやめることができない人でした。
約束をしてもドタキャンは当たり前で、「仕事・体調不良・実家の用事」と、言い返したら私が悪いみたいな理由だったので、私は不満を押し殺し「大変だね」「大丈夫?」「頑張りすぎないでね」という言葉で励まし続けました。
私は彼の印籠(仕事・体調・実家)との綱引きにほとほと疲れ、ガッカリすることにもとても疲れていました。



3)ONSA WORKSHOP および TAT セッションで、その過去(正確には、過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)がどんな風に変わってゆきましたか?


彼との関係での違和感(不快感)を、思い出すことができるようになりました。

これまでは、私の力不足で事態が好転しないと思っていましたが、自分のやろうとしていること、やり方が間違っていたことに気づきました。
私が彼や両親から離れることは、薄情なことだと罪悪感がありましたが、他人の問題を私が解決することはできないということが納得できました。
両親も、今は関係が良好なので、彼らがよければそれでいいと思えるようになりました。

私が一番先にやらなければいけないことは、誰かを救うことではなく、自分の問題に向き合い、幸せに向かっていくことだと思うようになりました。



4)TAT セッションを受けるには、どんな前提条件が必要だと思いますか?

ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」 こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること………など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、ご自身の言葉で教えてください。




他人に理解されず自分だけが抱えていた違和感や、口に出して言えなかった苦しいことを認めてシェアすることは、とても勇気がいることなので、安全な空間はみんなで作るという意識があること、4つの約束を守れることがとても大切だと思いました。



5)もし自分が ONSA WORKSHOP で訓練をしないまま TAT セッションを受けていたら、どんな風であったか、想像して、教えてください。



納得したフリをしたり、できたような気になったり、表面的なイベントのひとつになっていたと思います。
半信半疑で、他の方の苦しみを理解しようともせず、「宗教っぽい」とか「私は輪に入れない」と心を開こうとはしなかったかもしれません。



6)ONSA WORKSHOP は、TAT セッションを受けるにあたり、あなたにとってどんな風に役立ちましたか?



場所や、人や、雰囲気に、イチから緊張しなくてよい安心感がありました。
安全な空間であることを信じることができ、今は苦しくても絶対自分のためになると確信が持てました。

が、そこまでの信頼がある中でも1回目の TAT では帰りたくなり、2回目の TAT では消えてなくなりたい気持ちになり、ワークショップのときのことを思い出して踏ん張ることができました。



7)TAT セッションを受けてみた後、1)と2)で書いた問題は、どのように変化しましたか? そしてその変化は、あなたにとって、どんな風に感じた出来事だったでしょう。
あなたの言葉で教えてください。




彼のことで罪悪感に襲われることが少なくなってきて、以前は楽しかったことばかりが思い出されていましたが、だんだん傷ついたことが浮かぶようになってきて、私はツライのを我慢していたんだと思うようになってきました。

過去の家庭環境についても、小さな女の子がけなげにも両親の間を取り持つだなんてかわいそう、と思うようになりました。

目の前の高くそびえる灰色の壁が、自分で腰をあげれば何とか飛び越えられそうな高さになったような気がします。
自分が変わることへの不安や恐怖感が軽減された気がします。



8)これから ONSA WORKSHOP ならびに TAT セッションを受け、みずからのトラウマに向き合ってゆく方にメッセージをお願いします。また、痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている方に、あなたにしか送れないメッセージをお願いします。



私は、自分の思い通りにならないとき、怒りをコントロールできず物を破壊したり、荷物をすべて路上に放り投げたり、電車に何度も飛び込みたくなったり、そんな衝動の経験を何度かするたびに、自宅で暴れていた父を思い出し、大嫌いだった父と同じことをしている自分は最低だと思っていました。
気性の荒さや理不尽さは、遺伝で死ぬまで治らないと信じて疑いませんでした。

人間をとても残酷な生き物と感じていて、自分を否定するものに対しては全力で排除しようとしていました。

やりたいことがない、意欲がないのがしんどくて、いろいろな本を読み、素晴らしい人たちの話を聞いて、自分を高めるためと我慢して我慢して、譲って譲っても、幸せな気持ちは長くは続きませんでした。
変わりたいと思い一歩を踏み出したときも、「もう遅すぎる」とくじけそうになったことが何度もあります。

でも、課題に向き合うたびに、ひたすらに不安で孤独な時間が以前より短くなっていることに気づき、重い荷物を自ら背負い込むことはないんだと思えて、生きるのがずいぶん楽になってきました。
今がつらくてしかたのない人が、変わることの魅力に気づけて歩き出せますように。



9)最後に、ここまで歩いてきた自分自身に、メッセージをお願いします。
誰かに遠慮する必要はありません! 思い切ってどうぞ!
感じていることを、素直に書いてみてください。




わたしへ。

TAT、そして「SPECIAL PAY FORWARD」は超難産でしたね。
途中でくじけそうになっても、最後までやることがとても大事なことだとワークショップで学んだから、よく頑張ったと思います。
おつかれさまでした。
今でもときどき、さみしさや罪悪感が顔を覗かせるけど、そういうのも含めて、行ったり来たりで変わっていけるんだと思うから大丈夫だよ。

「不適切な関係」は、経験した年数分だけ癒す時間が必要と本で読んで、それも手放せない(これを成就させないと)という焦りになっていたよね。
長い間、苦しいおもいをしていたのに、同じ年数分立ち直るのに時間がかかるだなんて、そんなの私の人生がかわいそうすぎる! と思えるようになったのも、ワークショップと「TAT セッション」のおかげだね。
ご縁をいただけたことに感謝の気持ちでいっぱい。
ありがとうございました。

「TAT セッション」の後半戦と「境界線のワークショップ」のプレワークの時期がかぶっていて、がぜん「境界線のワークショップ」が楽しみ & 絶対ガーンってなるから不安だね。
でも、「TAT セッション」後は、職場での人間関係もビックリするくらい気にならなくなってきたし、ってことは、「境界線のワークショップ」でまた次の扉が開く予感がしているから、頑張っていこうね。



Epilogue)私は今、Mさんが TAT セッションにご参加くださって、本当によかったと感謝しています。
セッションの時にご本人にもお話ししましたが、Mさんのように落ち着いた方が、なんでセッションに参加する必要があるのか、本当に外に出しづらいMさんの主訴を正直にうかがうまで、私にも皆目分からなかったからです。

この「不適切な関係」に関しては、もともと関係がどうしても秘密裏になるので、データの取りようがないのが現状かと思います。ですが心理学の様々なデータをかじると、けっこうなパーセンテージの独身女性(27歳から34歳ぐらいまでに特に多発の印象)が、決して自分は意図しないままに、気づけばいつのまにか「不適切な関係」に巻き込まれている……そんな印象を受けます。
確固としたデータが取れないことと、秘密の上にも秘密を必要とするため、この悪循環に、想像以上に多くの人が秘密裏に巻き込まれていることを、巻き込まれている本人は知らないように思います。それどころか「自分はいけないことをしているのだから、助けを受ける価値なんてない」とすら思っているように感じます。そして「自分が悪いからこんなことになるし、こんなことをしている自分はますます悪い」と、すべてを自分の中だけに抱え込んで、ますます下向きのスパイラルを進んでいるように思うのです。

私は裁判官ではありませんから、白黒をつける立場にはありません。でもその代わり、
「あなたが辛いと感じたら、あなたが『心から幸せ』と感じられない関係をやめ、自分自身を大切にするために、助けを求めて。あなた自身が幸せになっていんだよ。自分自身を許し、価値を認め、癒す。だからこそ、その関係をやめられるし、自分も他人も肯定できるよ」
と言いたいです。
まず、自分をいちばんに癒すことの大切さと、その本質的な重要さに、あらためて気づかせてもらえた。だってそれ以外に、本質的・現実的な解決策はなさそうだから。それが、Mさんから私がいただいた贈り物です。




その後のストーリー)

Mさんからのメールが届いたのは、まだ ONSA の業務がスタートしていない、新年もあけて早々のことでした。

なんと言ったらいいのでしょう。
このご連絡をいただいた時、新年のしーんとした静けさや神聖な雰囲気とあいまって、ものごとの流れの不思議さを感じました。

私たち TAT セッションのメンバーは、「秘密を持ち出さない」の約束のもと、この SPECIAL PAY FORWARD に記されているよりももっと多く、もっと深い様々な情報を共有しています。親御さんの残された様々な習慣の元で苦しまれ、それが明らかに導線となり、いわゆる「不適切な関係」に巻き込まれ、本当に本当に苦しまれていたMさんのこともです。

去ってゆく人は、物理的な姿形が去ってゆくだけでは、決して私たちの元を去りません。
心を整理し、想い出を整理し、その人を許し手放し……。ひとつひとつが決して易しくはないそのプロセスを丁寧に完了して、はじめて、その人は「過去の人」となります。
そうして私たちは、「今」に進み出すことができるのです。

わたし藤沢は、学生時代に父を亡くしました。自らの実体験からも、心理学の一般的な考え方から言っても、親との別れはとても難しいテーマであることを想いました。

Mさんにその後、何が起こったのでしょう。
ご本人からいただいたメッセージを読んでみます。




こんにちは。

TATのSPECIAL PAY FORWARD 読ませていただきました。
感動しました。

あの日みんなが差し出してくれた大切な言葉の数々を思い出すと
いとおしい気持ちでいっぱいになります。
そしてYさんのその後の急展開! とてもとーっても嬉しかったです。
素直に「うらやましい~!」と大きな声で言いました(笑)。


TAT の仲間たちがコメントを発信してくれていて勇気づけられました。
私もその後の様子をもっと早くお伝えしたかったのですが
(2011年)12月20日に父が突然亡くなり、考えることがたくさんありました。


本当の意味での気持ちの整理にはまだ時間はかかりそうですが
ひとつ、しみじみと思ったことがあります。

ONSA WORKSHOP、そして TAT に参加して本当によかった。

もし丸腰の状態でこの事態に臨んでいたら、必要以上に自分を責めて
ボロボロになるまで自分をいじめ続けたかもしれない。
母や兄への罪悪感から、誰のためにもならない選択をしていたかもしれない。


自分を大切にすること、役に立ちました。
ありがとうございました。

たくさん泣きました。
そしてそれでいいと思えました。

だから自分なりに父とのお別れができました。
ありがとうと言えました。


私の幸福のPAY FORWARDにはまだ時間がかかりそうですが、
TATで取り上げた問題はしっかりと過去になりました。
ありがとうございました。

それをお伝えしたくてメールさせていただきました。





むすび)

「TAT セッションで取り上げた問題が、しっかり過去になっただけでも、すごいことだよ」
あの場を共有した人なら、誰だってそう思うはず……。
このメッセージを読んだ時、私は強く、そう感じました。

それほどまでに、Mさんが幼少の頃から無意識に刷り込まれた
「男性とはこういうもの」
「私の親とは、こういうもの」
「私とは、こういうもの(だから仕方ない)」……
そして、そこに由来する様々な問題は、とても重みがあったことを、皆で共有しているはずです。


ワークショップはじめ、変化変容に関わらせていただいていて、時々本当に不思議に思うことがあります。

それは、ものごとは、不思議なタイミングの連鎖の元に起こることがあるということ。
そして、進み続ける人に、神様の手は優しいということ。

親御さんとのお別れのテーマを、まるで蝶が変容するように、ふわりと乗り越えてゆくMさん。
一般的に言って、どれだけ難しいテーマかを知っているだけに、あらためて感じること。

「人の力は、すごい」

新春の、素敵な贈りものです。
このちいさな、……でも本当はとてつもなく大きなメッセージが、必要な人の心に響きますように。


2012年 新春
藤沢 優月




タイトルはじまり目印

S さん しゃくやくクラス


タイトル下の線


Prologue)Sさんは、お母さんです。このページですでに取り上げさせていただいたKさん同様、すでにお子さんがいらっしゃいます。
そんな中、「どうしても焦燥感から解放されない/そして、されたい!」という印象で、ONSA WORKSHOP にお越しになりました。またその解決方法として、ご自身では「もっと夢をかなえれば、もっと達成すれば、もっと立派になれば、私はこの状態から解放される」と思われていたようでした。
これは、AC(アダルトチャイルド)が典型的に陥るコントロールの状態ですが、Sさんは、そのことに対して無邪気なほどに自覚がなかったご様子であったのを、よく記憶しています。

AC(アダルトチャイルド)の問題は、世代を伝播します。そしてSさんがお子さんを大切に想われていることは明白でしたので、どうしてもこの問題を乗り越えたいと思いました。
「この問題」……世代間を伝播してゆく、誰にも罪を押し付けられない「見えない病」の情報を告げられた時のSさんのショックは、いかばかりだったろうかと思います。伝える方も、今までこんなに頑張っていらっしゃった方に、さらに追い打ちをかけるようなことを伝えるのですから、いっそ神仏にでも祈りたい気持ちになります。でも実際は、ご本人の強さ……人間の中にある強さと可能性、素晴らしさに賭けて、思い切って行動を起こすしかありません。

Sさんの人生に、どんなことが展開されているのでしょう。Sさんの言葉に耳を傾けたいと思います。




1)あなたの問題は、そもそも、どんな主訴でしたか?



自分を大切にしなくてはいけない、自分重心に考え行動しなければならない事が、学んでいくうちに分かってきました。

だけど、どうしてもココロの中の声がそれをさせてくれないように感じていて、そこから抜け出せませんでした。

それが小さい時に封印した自分の感情であり、それ以上傷付かない為には、自分よりも他人を優先して生きていく方法が一番いいと思い込む事で、全てがうまくいくと信じていたパターンからの脱出だったように思います。



2)どんな環境、どんな過去を持っていますか?
どんな痛みの体験が影響して、そのような主訴を持つようになったのでしょう。
過去を振り返ってみましょう。
あなたは、どのような体験をしたのでしょうか。




機能不全家族の中で育ったゆえの、インナーアダルト。共依存。

自分に自信がなく、両親に気を遣い、他人に気を遣い、誰かに何かをしてあげる事でしか自己の存在を確かめられませんでした。

いつも相手の中にしか自分を見出せないので、些細な事でも相手に否定されると、自分を全てを否定されたように感じ。
ますます自信がなくなり、ますます相手がどうして欲しいか考えて行動するようになっていきました



3)ONSA WORKSHOP および TAT セッションで、その過去(正確には、過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)がどんな風に変わってゆきましたか?


WORKSHOP では、どうしてそれが起こったのか、自分にはどのような傾向があるのか、どうすればいいのかを学びました。

「TAT セッション」では、分かっていてもどうしても切り離せなかった、感情とカラダにしみついた痛みを切り離して頂きました。



4)TAT セッションを受けるには、どんな前提条件が必要だと思いますか?

ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」 こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること………など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、ご自身の言葉で教えてください。




信じる強さと、頭で考えずココロで感じることが出来る事。

自分の問題のルーツの痛みがどこで、どういう風に痛いか感覚で理解している事。

無理せず、本当に思っている事、抱えている問題をココロを開いてシェア出来る事。

仲間の話をココロを開いて聞き入れられる事。

秘密は持ち出さない事。

ナビゲートして貰っている時も疑わず、委ねられ、溢れてくる感情を押し殺さない事。

……が必要だと感じました。



5)もし自分が ONSA WORKSHOP で訓練をしないまま TAT セッションを受けていたら、どんな風であったか、想像して、教えてください。



自分の問題がどこにあるか、どうしてそうなったのか、どうすればいいのかまるで分からなかったので、どういう風に変化したのかがリアルに感じられなかったのではないかと思います。

WORKSHOP に参加するまでは、自分の問題を人に話すなんて考えられませんでしたし、自分の生きていく苦しみが家庭環境にあったなんて夢にも思いませんでしたので、他の方のトラウマを聞いても、自分とは関係ない、それぞれが違う問題を抱えて生きている、としか思えなかったと思います。

それに、「TAT セッション」でトラウマが取れて次に進んだ時に、前の痛みが取れて前に進んだ感覚が感じられず、次々に大変な出来事が襲って来るように思ってしまったと思います。



6)ONSA WORKSHOP は、TAT セッションを受けるにあたり、あなたにとってどんな風に役立ちましたか?



どうしてこんなに苦しい思いをして、今まで生きてきたのか。

それには理由があり、自分の本当の声を聞く練習と、独りではないという勇気を感じられる場所でした。
知識と、安全な場所と、訓練の必要性を教えて頂きました。

そして、痛みの原因を明確にしてくれる事に役立ちました。



7)TAT セッションを受けてみた後、1)と2)で書いた問題は、どのように変化しましたか? そしてその変化は、あなたにとって、どんな風に感じた出来事だったでしょう。
あなたの言葉で教えてください。




原因が分かっていても、どうする事も出来ないと感じる感覚を封印するのではなく、起こった事実を受け入れるのですが、その時に感じた、今も同じように感じてしまうココロの痛みだけを切り離す変化でした。
絶対に一生取れないと思っていたココロの痛みを、今は思い出しても感じません。

そして、その時はそう考えるしか出来なかった小さな自分を認めてあげられた事で、今まで絶対に出来なかった、自分の事を大切に思う気持ちを知ることが出来ました。

私にとって、これは奇跡です。



8)これから ONSA WORKSHOP ならびに TAT セッションを受け、みずからのトラウマに向き合ってゆく方にメッセージをお願いします。また、痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている方に、あなたにしか送れないメッセージをお願いします。



私は『夢かな手帳』の中にあった「あなたはあなたの人生を生きていないかもしれませんよ」という言葉に導かれ、1年かけてここまで来ました。
WORKSHOP に初めて申し込むのには、3日3晩悩みました。

WORKSHOP で初めて自分のココロの言葉を聴いた時は、とてもビックリしたと同時に、どこかでやっぱりと感じていました。

1歩を踏み出す原動力になったのは、ココロの奥底で「もう限界。助けて」と叫んでいた本当の自分だったのだと、今は思います。

それから、境界線、共依存、インナーアダルトと、自分と自分の過去に向き合って行くのは、本当に苦しく受け入れがたく、何度もいつものパターンに逃げ出して殻にこもりたくなりました。

だけど、知ってしまうと後には戻れませんでした。
真実を受け入れ、正しい道を選択する方が、生きて行くのが楽しそうなのが分かるから。
人生を楽しむなんて無縁だと思っていた自分にも、残された人生楽しんで生きられるかもしれない。

そして、今自分が断ち切らないと、後世に悪いパターンを引継ぎ、自分の子供たちも自分と同じように、苦しい人生を送ってしまうことになる。
それだけは絶対にしたくない…と必死でここまで来ました。

気が付くのが遅かった分、まだまだ先は長く決して楽な道のりではそうだけれど、あの時、もし WORKSHOP に申し込んでいなかったら、今頃私は一体どうなっていたのだろうか…と思うと恐ろしくなります。

勇気を出して良かったと、心の底から思います。

そして、行ってみて、藤沢さんからのしっかりしたナビゲート、その時必要な知識を学ぶとともに、こんなにも沢山の人が同じように悩んでいる事に驚き、独りじゃないんだと頑張る勇気を貰いました。

あきらめないで。
まず一歩前に踏み出す勇気を出して欲しいと願い、幸せな未来を祈っています。



9)最後に、ここまで歩いてきた自分自身に、メッセージをお願いします。
誰かに遠慮する必要はありません! 思い切ってどうぞ!
感じていることを、素直に書いてみてください。




今まで、これを乗り越えれば、この資格を取れば、きっと幸せになれる…と、自分を振り返る時間もとらずに、頑張って歯をくいしばって生きてきたね。

認めて貰いたかった、頑張れば誰かが認めてくれると思ってた。
でも、いくら資格をとっても、誰かの為に身を削っても、何故か満たされず、次はこれ、その次はこれと、きりがなかった。

どれだけ頑張れば、私は幸せになれるんだろうかと、疲れ果ててしまった時『夢かな手帳』に出会ったね。

小学校の頃から、好きな言葉は「忍耐と努力」。
初詣では「今年こそ自分に勝てる強い自分になれますように」と祈願していた小さな私。

まさか自分と仲良くなることが幸せへの道だったなんて。

もっと早く知りたかった。
そしたら、こんなに大きな代償を背負わなくて済んだのに。


文節区切りの線


だけど、今知ることが出来た。
そして、トラウマとも切り離して貰えるチャンスを頂けた。

諦めちゃいけないよ。
まだ頑張れる。また頑張れる。

今までは間違った方向に頑張ってしまっていた。
正しい知識を学び、目を閉じて自分の声に耳を澄ませば、迷った時もきっと道が見えてくる。
そうやってここまでたどり着いたんだから。

きっと明るい未来が待っている。
最後のセッションで見えたもの。

そして、私は独りじゃない、皆と繋がっている。
だから、辛くても前に進もう。

私が生まれてきた事にはきっと意味がある。
そして、辛い出来事にもきっと意味がある。

私が幸せになる為に。



Epilogue)Sさんから学んだことは、たくさんあります。

子どもは親を想うあまり、自分の感情にフタをして「私の家族には何の問題もない。ただ、私がもうちょっと『いい子』になれば、お父さんもお母さんも私を認めてくれる。私が悪い子なのがいけないだけだから、お父さんもお母さんも悪くない」と、自分の親を無意識に守ります。
そうやってこの「見えない病」は世代間を伝播してゆきます。

でも親の方も、子どもを想い、こんなに勇敢に建設的な行動を取ることができる。そのことを、みずからの行動を以て教えてくれるのがSさんです。
Sさんが、ほぼ無自覚なまま ONSA WORKSHOP に来られて、少しの時が経ちました。そして今、心理学の教科書に記されている、回復のためにかかる常識的な時間よりずっと速い速度で、Sさんは進んでいらっしゃいます。
どうぞ焦ることなく、階段を踏み外すことなく、1歩ずつ進んでいってほしい。
「遠いは近い。」 
Sさんが奇しくもおっしゃっていたように、「自分と仲良くなることが幸せへの道」だと、知識と体験の両方を通じて、私も思います。そしてそれだけが唯一、関わる全員が幸せになれる道だと思います。
もう、しっかり歩き出していらっしゃるので、大丈夫大丈夫。
せっかく積み上げているのだから、最後の1歩まで、油断なく歩き通そう。……そんな言葉をお贈りしたいです。




その後のストーリー)

「みんな、どうしているかなあ?」

ONSA 第2回目のTAT session を経て、そんなことを想っていました。
そんなある日、Sさんからふらりと、メールをいただきました。

メールを拝読して、「皆それぞれ、旅の途中」という言葉が浮かびました。
私たちはきっと、何らかの不思議なご縁で出会いますが、お互いに教えたり教え合ったり、気づいたり分かち合ったりして、人生を進んでゆくのだと思います。

私(藤沢)は、たくさんの方の力をお借りして、健康な人生に戻ることができました。
今はそれを、ONSA を通じて、同じ苦しみにある方にお分けしています。

そして、私も学び続けています。
特に、確信を持って言えることは、
「人はみんな強い。そして、誰もが大丈夫。全員が、輝くものを、その人の中に持っている」
ということ。
当たり前だけれど、私(藤沢)が特別だから、健康な人生に戻れたというわけじゃない。
あなたが今どんな境遇にあっても、あなたにだって「素晴らしい人生」という選択肢がある。
「今よりマシな人生」ではなくて、「素晴らしい人生」。

Sさんのストーリーは、そんなことを予感させる表現に満ちています。
その後のSさんに何が起こったのか、みんなでSさんのお話を聞いてみましょう。




藤沢優月さま

いつもありがとうございます。
ブログを読ませて頂き、いつも自分軸に戻ることを心して過ごしております。

そして、満を持してスタートされた TAT セッションを受けられた皆様の PAY FORWARD を読ませて頂きました。
皆さん勇気を出して向き合っていらっしゃいますね。
そして、第1回にご一緒させて頂いた方が、再び参加されているのを知り感慨無量です。

TAT を体験させて頂いてから、少し時間がたちました。
ご一緒させて頂いた方はどうしていらっしゃるかしら・・・と思いつつ、私は自分の人生を生きることを心がけながら日々過ごしております。

きっと、その後の様子をお知らせしていくことが、迷っていらっしゃる方の少しでもお力になれるかもしれないと思っていましたが、私の中で探していた答えが見つからず今日に至りました。
ずっと探していた自分への問い・・・「私はどうして生まれて来たのだろう」という子供の頃から自分に投げかけて来た問いです。

TAT は本当に素晴らしい体験でした。
あれから、まだまだ「全治」ではありませんし、問題が全て解決したわけではありませんが、過去に縛られることなく、自分を責めることなく……以前とは比べ物にならない程、穏やかな日々を送っております。

いろいろな天災、事件が起こる中、普通に毎日生きられている今を、こころから幸せに感じて感謝しています。
改めて Tapas さま、優月さまに感謝の気持ちを伝えたいのと同時に、この TAT の素晴らしさを1人でも多くの方に体験して頂きたくてメールさせて頂く事にしました。


過去のトラウマから切り離して頂けてから、私はまず「自分を癒すこと」を「とにかくやってみる」事にしました。

「とにかくやってみる」・・・それは TAT を受ける前には「失敗するかもしれない」から怖くて出来ないことでした。
でも、失敗は「ただのお知らせ」である事を学んだので、「とにかくやってみる」事から始めました。

気になる本を片っ端から読み、気になるセミナーに出かけていき、気になる方のブログを読み、気になる言葉を『未来日記』に書き、良さそうな事は出来ることからやってみる。
私には時間があまりないと思っているので、躊躇している暇はありませんでした。
おそらく「思考の癖・・・アダルトチルドレン」への道を歩き始めているように思われる長男も、もうすぐ12歳になろうとしています。
子供との「信頼関係」を築く時間・・・13歳までに、私は「全治」して子供たちに正しい道を教えてあげたい。
それにはまず、「自分」を癒すことからだと信じて。

そして、気になる本、人、セミナーどれをとっても根本は、
「自己肯定感をたかめる事が必要。そのためにはまず自分を癒す。おのずと周りが癒される。なぜなら皆ひとつだから」
のメッセージ。

以前の私だったら「そんな事どうやってやるのよ。やりたくても出来ないよ」と思ったに違いありません。
本当にやりたくても出来なくて、余計に苦しかったからです。

でも、私は確かにあの時、理解はできなくても、科学の力である TAT で「切り離す」ということを体感しているので、潜在意識で皆がつながっている事を信じる事が出来るようになった・・・というか信じざる得なくなった。

この世の中、目に見える事が全てではないと言う事が、腑に落ちました。
だって、体感してしまった今の自分がいるから。
そして、世の中にこんなにもその事実を語って、呼びかけてくれている愛ある人達がいる事を知りました。

今は自己ヒーリングを学んだり、シーソーの法則や、鏡の法則がある事を知り、今生での自分の使命・・・「私はどうして私として生まれて来たのか」を今の私なりに、最近感じる事が出来ました。

どうして、今の時代に、この両親の元に私として生まれて来たのか。
今までの、辛く苦しい経験はどうしてだろうか。

人は死ぬまで生きている、生かされているのならば、私が今存在していることには意味があるらしい。
最近になって心に浮かぶのは、共依存だらけのこの環境の中でそれに気付いた私、そして子供に引き継ぎたくないと思う私の使命は、今生で自分を癒し、ここで断ち切る事ではないだろうか。
ずっと探していた答え・・・これが本当にそうなのかは分かりませんが、今の私にはしっくりきました。
そして、ONSA のワークショップでの経験の積み重ねと TAT の体験がなければ、絶対にいまの私はなかったと確信しています。

だからこそ、もっと多くの方に TAT の体験を通して、自分なりの幸せを探して欲しいと痛感しています。
それには、やはり第一走者として走らせて頂いた私たちが、自分の経験をシェアしてバトンを渡して行く事が大切なのではないかと思っています。

もう次の方も走り出されていますよね。
時間がたつと、感じる事が変わって来ます。優月さんはそれでいいとおっしゃっていました。
そして、シェアして行くことで自分も癒されると。

本当にそうだと思います。
私は今、ここまで来ました。私には優月さんのように苦しんでいる方を直接サポートする事は出来ません。
でも、自分の経験がどなたかの小さな希望の光になって少しでも勇気になるのなら、喜んでお力になりたいと思っています。
1人でも多くの方が幸せを感じられることが、私の、そしてみんなの幸せになる事を知ったからです。
これも私の使命なのかもしれません。

もし良かったら迷っているかたへ、メッセージをお伝え頂けたらと思います。



ーーー 第一走者として TAT セッションを受けさせて頂いたSです。

今回 TAT を受けた方々の PAY FORWARD 読ませて頂きました。

本当に大変な体験を手放すべく、とてつもない勇気出して向き合って来られたのだと思います。
本当にお疲れ様でした。

そして、第1回でご一緒された方がもう一度受けられた事も知り、傷の深さを思うと胸が痛みました。
本当に本当にお疲れ様でした。
これからが楽しみですね。

私は、TAT でトラウマから切り離していただいてから少し時間がたちました。
当時の辛く苦しい記憶は思い出の1ページとなり、今ではそれも今の自分を創る必要な経験だったのかもしれないと思っています。
もちろん、切り離して頂いた今だからそう思えるのですが……。

その後の私は「自分を癒すこと」をひたすら続けています。
もちろん問題が消えて無くなった訳ではありませんし、すぐにどうしたらいいか分かるわけではありませんでした。
でも、ワークショップで学んだ事が道しるべとなり、自分を信じて進む事が出来るようになりました。

今は日々の些細な出来事に感謝しながら、生きている事が幸せだと感じられるようになりました。
以前の私からは想像できません。奇跡です。
それは、全てを読んできて下さった優月さんが一番分かって下さっていると思います。


そして、前に進みたいけど迷っている方に是非お伝えしたいのです。
「勇気を出してまず1歩進んでみませんか?」と。

「『やる』事を選らぶ事も、『やらない』事を選ぶ事も、同じだけの『勇気』を使っている」と聞いた事があります。
同じだけの『勇気』を使うのならば、『やる』を選んでみませんか?

「人生ではベストなタイミングで、ベストな人と出会い、ベストな出来事が起こることを選択できる。」
と本で読みました。

私とあなたは会うことは無いかもしれません。
でも、あなたがこれを読んで下さっているのも、偶然でなく必然だとしたら、大切な出会いの一つだと思うのです。
私の苦しみに比べたら、あなたの苦しみは比べのもにならないぐらい悲しく辛いかもしれません。
でも、あなたが生まれてきて今存在している事自体が、この世の中に必要とされている事実だと思います。

同じ生きていくなら、その苦しみを切り離して、自分の幸せの為に歩き始めてもいいと
「ちょっとの勇気」を出して、「やってみる」事を自分に許してあげて欲しいのです。

人は不合理、非論理、利己的です。
気にすることなく、人を愛しなさい。
 
あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。
気にすることなく、善を尽くしなさい。
 
目的を達しようとするとき、邪魔立てする人に出会うでしょう。
気にすることなく、やり遂げなさい。
 
善い行いをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう。
気にすることなく善を行い続けなさい。
 
あなたの正直さと誠実さとがあなたを傷つけるでしょう。
気にすることなく、誠実でありなさい。
 
助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。
気にすることなく助け続けなさい。
 
あなたの中の最良のものを世に与え続けなさい。けり返されるかもしれません。
気にすることなく最良のものを与え続けなさい。

気にすることなく最良のものを与え続けなさい。
あなたは、あなたであればいい。

私の『未来日記』の1ページ目に書いてある、マザーテレサの言葉です。
1人でも多くの方が本当の自分に出会える事を、心から祈っています。 ーーー 


むすび)

「本当に、本当に本当に、その通りだよね!」
と、心から感じました。

今回のメッセージばかりでなく、Sさんのシェアーを最初から読んで、贈りたい言葉を思いつきました。
それは、多くの共依存/アダルト・チルドレンの方に、贈りたい言葉でもあります。
Sさんもきっと、同じ想いじゃないかなと思います。

私自身が、不健康のど真ん中に生まれ、その状態が「当たり前なんだ」と思い込んで生きつづけ。苦しすぎて、それでは、どうにも生きられなくなり……。
Sさんと同じような道をたどって、心の健康を回復し、今に至ったから、実感をともなって言えること。

それは
「どうぞ、幸せに。……『立派に』ではなくて、『幸せに』。」



そして。
真実に大切なことがありまして、それは、誰でも……本当に全員が、何かしらの才能を持って生まれているということ。
これが本当に、文字通りの事実だと思います。

その才能とは、天性の明るさ、ものごとを前向きに見る力かもしれない。
ひとつのことを、コツコツやってゆく力かもしれない。
「お調子!」と言われるほど、度胸があることかもしれない。
誰だって……本当に誰だって、ギフト(才能)を持って生まれてきている。

自分が授かったギフト(才能)を受け止めて、活かして、幸せに生きること。
「立派に」ではなくて、「幸せに」。
その方が、何百倍も満ち足りるから。

誰かの目線を意識して、「立派にしなければいけない」とおびえていた私。
その頃の私には、もう二度と戻りたくありません。

私は、立派に見られることよりも、私自身をありのまま肯定して、生きたい。
私の場合は、それが「書く」という職業に落ち着いたわけですけれど、もちろん、これを読んでくださっているあなたが愛していることなら、何だっていいと思います。

素敵なお母さんになるよ! でもいい。
愛する人と、温かな家族を築く……でもいい。辛い人間関係を経てきた人には、これは、まるで夢みたいな悲願ですよね。だから、自分のいちばん素直な気持ちを大切にしてほしいと思います。

こんな風に、人の「夢」って、それぞれ「自分サイズ」。
そして、その「自分サイズ」が満たされた時、もう「借り物の」「立派な」人生なんて欲しくなくなる。
それが「全治」ということなんじゃないかと、私は思います。

生きていると、問題はなくならないし、チャレンジ課題だって次々出てくる。

「でも、それでもいいや。これが私の人生だし、気に入っている」
そういう心で生きられる状態を「全治」というのだと、私は思っています。


Sさん、今回はシェアーをしてくださって、本当にありがとうございました。

SさんがSさんの人生、幸せを見つけ、愛してゆくこと。
幸せに生きてゆくこと。
不思議なのですが、それが私にとっても、すごく幸せです。

マイペースで!
そして、またぜひ ONSA に寄って、旅の具合を知らせてくださいね。
(藤沢優月)




タイトルはじまり目印

Y さん しゃくやくクラス


タイトル下の線


Prologue)Yさんを知っている人ならみな、「明るくて性格が良く、気遣いができる方。Yさんとなら、誰だって一緒に居たくなるよ(だって楽しいもん)」と、口を揃えて言うと思います。
何かを犠牲にするとか、誰かを下敷きにするとか、そういう考えとは無縁で、温かい。
会社でだって、きっと頼りになる存在。
そしてプライベートでは、どこの親戚の中にでも1人はいるであろう、子どもがまっさきに懐く、明るくて優しくて、笑い好きなお姉さん。
これがYさんを形容する時に、誰もが感じる言葉だと思います。

そんなYさんに、何が起こったのでしょう。Yさんの言葉に耳を傾けたいと思います。



1)あなたの問題は、そもそも、どんな主訴でしたか?



子どもの頃の家族関係、そこから受けた傷にずっと囚われていたこと。

それ故に自分への評価が低く、
「こんな過去を持っている自分は、人より努力しなければならない」
「努力して、あれこれしっかりできて、ようやく人並みになれる」
という思い込みを常に抱いており、いつも自分を追い立てていたこと。
到底できっこない理想を掲げては、自分にムチ打っていたこと。

また、家族内でも自分の感情を抑えて、必要な役割(いい子、仲介者、母の擁護者など)を演じていたため、友人などに対しても自分のことを素直に話すことができず、大人になった今でも自分の本音を表現するのが苦手で、つい隠してしまうこと。
(これまではそれで普通と思っていたけれど、ここ1~2年でそのクセに苦しみを感じるようになり、何とかしたい、でもそうしたらいいかわからない…の繰り返しでした。)



2)どんな環境、どんな過去を持っていますか?
どんな痛みの体験が影響して、そのような主訴を持つようになったのでしょう。
過去を振り返ってみましょう。
あなたは、どのような体験をしたのでしょうか。




父・母・兄の4人家族でしたが、父は昔からお酒を飲み、家族を顧みない人でした。
兄と私の世話は母に任せきりなのに、時に父親の権限を一方的に振りかざしてくるタイプの人でした(それでいて自分は具体的には何もしない、無責任なところもありました)。
また性的嗜好がひどく、家族のいる部屋に平気でそういう類いの雑誌などがあったり、冗談半分で子どもの私の身体にも触れてくるようなことが度々ありました。

母は、そんな父に冷めながらも、働きながら私と兄を育ててくれました。
ですが、母も子どもの頃に親から虐待を受けており、その話を小学生の頃から折に触れて聞かされ、その度に
「私は迷惑をかけないようにしなくちゃ」
という緊張と、
「私は生きてても手がかかるばかりで、いらない存在なんだ。いっそ消えちゃえばお母さんの負担も減って楽になるのに」
という無力感を募らせていました。

兄とは、小さい頃は仲も良かったのですが、成長するにつれ距離ができ、高校生くらいになると、私のちょっとした動作にも怒りを向けてくるようになりました。
暴力は振るわれていませんが、冷たい目で私の存在を全否定してくる姿に、私は恐怖と緊張ばかりおぼえました。

そんななか、私が高校生の時に、父と兄が激しく衝突し、一歩間違えれば事件になってしまうような事態が起こりました。
その出来事をきっかけに、父とは別居し、現在も顔を合わせることはほとんどありません。
そしてまた、私もこのことは誰にも言わずに、日々を過ごしてきました。
「言わなければ誰にも知られることはなく、これまでと変わらない私でいられる」ということに安心感も覚えましたが、誰にも言えない秘密を持っていること、自分の内の悲しみや苦しみをわかってもらえる人がいないこと、嘘をついている自分で人と付き合っていることに、後ろめたさを感じるようにもなりました。

こんな過去を持っている私だから、人一倍頑張らないと、このマイナスは埋められない。
でもどんなに努力しても過去は変えられないから、私は結局汚い人間のままなんだ。
だから、誰かが私を好きになってくれても、嘘をついて付き合うことになるし、好きな人を私の暗い過去に巻き込みたくないから、言うこともできない…。
…という悪循環の中、ずっとさまよい続けていました。



3)ONSA WORKSHOP および TAT セッションで、その過去(正確には、過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)がどんな風に変わってゆきましたか?


TAT を受けたことで、
「こういう過去が自分には確かにあった。でも今はそれをただの出来事の一つとして思い出すだけ。以前のように感情が激しく、かつずっと引っ張られることはない。このことは確かにあったけど、それと今の私は別のことだ」
と思えるようになりました。

私1人の責任ではない、だからそんなに背負うこともないということが、自然と感じられるようになりました。

何かに感情をとらわれそうになっても、すっと落ち着きを取り戻して、気持ちを見つめられるようになりました。



4)TAT セッションを受けるには、どんな前提条件が必要だと思いますか?

ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」 こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること………など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、ご自身の言葉で教えてください。




自分の痛みや苦しみの感情とまっすぐに向き合えること。
(解決には至らなくても、苦しみを持っていることをそのまま感じたり、その内容を書いたりできること。)

変化に関する体験があり、「自分は変われる」という確信を持っていること。

変化の時にいろいろな感情が出てくることを、体験を通じて理解していること。

自分だけでなく、周りの人の変化も見守れる心の土台があること。
(場に集中できる、話が聴ける、人を比較したり裁いたりしない。)



5)もし自分が ONSA WORKSHOP で訓練をしないまま TAT セッションを受けていたら、どんな風であったか、想像して、教えてください。



まず、自分の問題にここまで向き合えなかったと思います。
扱うテーマも「とりあえずこれくらいにしておこう」と、本命の大きなものではなく、もう少し手前の小さいものまででブレーキをかけていたと思います。

ワークショップを受けて「私も変われるんだ」という確信があったこと、優月さんのワークショップは初対面の人たちとでも、本当に安心して心を開けるということを知っていたから、これまで人に話したことの少ない、自分にとって大きな問題に思い切ってトライできたと思います。



6)ONSA WORKSHOP は、TAT セッションを受けるにあたり、あなたにとってどんな風に役立ちましたか?



優月さんのワークショップはクラスを受けて終わりではなく、その前後にプレワーク・アフターワークがあるので、自分と向き合う力や、やり方を、身につけられるのがとてもいいです。

おかげで、今回の TAT で自分の根っこの問題と向き合うのにも、しっかり集中して、自分の感じているものを全部出し切った上で、「TAT セッション」に望むことができました。

また、そのプロセスがあったからこそ、自分の心の奥底にある苦しみや悲しみも明確になり、「絶対にこの問題を解くヒントを見つけよう!」という覚悟を決めることができました。
それが TAT の効果を更に高めてくれたのでは、と思います。



7)TAT セッションを受けてみた後、1)と2)で書いた問題は、どのように変化しましたか? そしてその変化は、あなたにとって、どんな風に感じた出来事だったでしょう。
あなたの言葉で教えてください。




自分の身に、本当にいろいろなことが起こっていたのだな、と改めて思いました。
(こういう出来事があったと頭ではわかっていましたが、その大変さを改めて感じました。こんな体験したら、苦しくて当然だよと思いました。)

そして、自分は子どもで、まだ自立して生きる力もないなかで、家族の複雑な問題にさらされ、とても不安だったのによく頑張ったね、と抱きしめてあげたくなりました。

過去は消せない、確かに起こった。
でもそれと今の私は、もう切り離してもいいんだ、って素直にそう感じられるようになりました。

そして、これまでは苦しみも抱えながらも、どこかで
「私が頑張れば、お父さんはよくなってくれるかも」
「いつか本当の家族になれるかも」
という想いがあり、でもどんなに努力しても何も変わらない現実に落胆し、自分の頑張りがまだまだ足りないんだと責めていましたが、その考えが絶対正しいわけじゃないんだと思いました。

憧れるけど、《世間一般の理想の家族像》に振り回されるのはもう止めます。
こういう家族であることは、私1人の責任ではないし、私1人の努力だけで何もかも完璧に変えることはできない、と知ることができました。
もちろん、何かの流れで変わっていく可能性もあるけれど、理想通りにならないからって私を責めるのはもう終わりにします。

清々しく、そう思えるようになって、とても気持ちが落ち着きました。
そして、自分の中の感情をいろいろ感じられるようになってきました。
いいものだけじゃなく、押さえ込んでた怒りや悲しみなどもあり、戸惑うこともありますが、きっとこうやって、自分を生きることをゆっくり取り戻していくのだと思います。

自己表現も、すぐにできるようになった! わけではありませんが、うまくできない自分も、ありのままの自分なんだって思えるようになりました。
気持ちがうまく言えなくて、思わず泣いてしまう自分の方が、何でもないふりして隠してしまう自分より、恥ずかしいけどずっといとおしいなって思います。

そうやって、一歩ずつ進んでいきたいと思えるようになりました。
過去に囚われていたエネルギーがなくなったので、「現実的な力が欲しい」と思えるようになりました。

今の自分と、目の前にいる人を幸せにできる力を身につけていきたい。
新しい願いが胸にわいて、とてもあたたかく思います。



8)これから ONSA WORKSHOP ならびに TAT セッションを受け、みずからのトラウマに向き合ってゆく方にメッセージをお願いします。また、痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている方に、あなたにしか送れないメッセージをお願いします。



1人1人、歩いてきた道・過去は違うと思います。
その重みを比べることはできないし、他の人の方が大変そうな過去を背負っていると分かっても、自分の苦しみが軽くなるわけではないと、私は思います。

私はずっと過去に、他人に囚われていました。
それによって自分を認識していたので、他人優先の生き方しか知らず、今になってようやく、「これでは苦しい」と気づけた = スタートラインに立てた、という状態です。

正直いって「もっと早く何とかできていれば」とも思いますし、「そもそもこんな問題がなかったらな」とも思います。
「こんなに我慢して、頑張って生きてきたのに、これまでの努力はなんだったの!?」とも思います。

でも、今回 TAT を受けて、私が心に思うのは
「人って、ほんとうに変われるんだな」
というあたたかい気持ちです。
そして、そんなきっかけをくれた TAT を受けられたことに、心から感謝しています。

優月さんがブログで書かれた
「その人になんの責任もない痛みから、解放されますように」
という言葉が、とても胸に沁みました。

その願いやあたたかい想いを受け取って、過去の痛みから今の自分を切り離すことができたこと。
そんなきれいな、光のような変化を体験したら、これまで強力に私を縛っていた過去は、かすんでしまいました。

「変わりたい」という決意と、「私は変われる」という確信が、ほんの少しでもあれば、人は必ず変われると、私は信じています。

そしてそう思った時に、必ず力を貸してくれたり、支えてくれる人とのご縁にも恵まれると私は思います。

私はこれからも、あちこち迷いながら生きていくと思いますが、今回見つけることができた、素直な自分と手を取り合って、心の声と相談しながら、一歩ずつきれいな光のある方へ進んでいきたいと思ってます。



9)最後に、ここまで歩いてきた自分自身に、メッセージをお願いします。
誰かに遠慮する必要はありません! 思い切ってどうぞ!
感じていることを、素直に書いてみてください。




ワークショップ・TAT 合わせて、とっても濃い2ヶ月だったね。
でも、自分が期待していた以上の変化や、実りを受け取ることができて、本当に良かったね。

その変化は、優月さんや田宮さん、参加者の皆さんに支えられて得られたものだけど、同時に、「変わろう」と思い、直感を信じて踏み出した自分の一歩が引き寄せたものだということ。
そのことを誇りに思って。

どんな出来事も変化も、まずは自分のちいさな一歩が大切なんだ。
だからこれからはほしいと思ったものには「ほしい」と素直に言おう。
心が望むところへ、自分を連れていってあげよう。

それはワガママなんかじゃなく、世界でたった1人の自分を生きるということ。
結果を恐れないで。
今、自分の心と結びついて生きることが何より大切なんだよ。
そしてその幸せは、必ず他の人にもつながっていくんだよ。

ここまで、頑張ってくれてありがとう。
苦しくても歩き続けてくれたから、今ここに辿り着けた。
これからも道は続くけど、心の声と一緒に、私の望む幸せの方へ、楽しみながら喜びながら、進んでいこうね。



Epilogue)Yさんがはじめて ONSA WORKSHOP を訪ねてくださったのは、すでに数年前のこととなります。そして数年後、ふと再び ONSA WORKSHOP を訪ねてくださいました。その直後に、TAT の募集がありました。
遠隔地に住むYさんには、東京に来てくださることが容易ではないと思われるため、本当にご縁とタイミングだと感じています。

そんな中、Yさんから学んだことは山ほどありますが、特に(Yさんと共に)強く言いたいことがあります。
それは、いわゆる「近親相姦」という出来事は、ニュースやワイドショーで見るよりずっと件数が多く、また想像よりずっと頻繁に起こっているという、心理学のデータ上の事実についてです。
「近親相姦」というのは、家庭という密室で行われる暴力ですから、外に知れることが非常に少ない。
同時に、子どもにとって味方であるはずの親が、加害者である行為です。圧倒的な強者である親(現実的な事実として、子どもの生存権を握っている存在)から、圧倒的な弱者(生存権を親に握られている存在)である子どもに向けられる暴力が「近親相姦」です。
そのため、この暴力を受けた子どもの傷は深く、子どもはショックを受け、その事実をひたすら隠そうとします。記憶がすっぽり抜け落ちて、「どうして私は、こんなに自分を『汚い』と感じるんだろう」という症状だけが残る場合もあります。

Yさんがこの問題の存在を伝えてくれ、そして手放すことができたおかげで、不幸にも「近親相姦」を受け、誰にも言えず悩み、自分は一生この傷から自由にはなれないんだ・汚いままなんだと悩んでいる(正確には「誤解している」)方にも、強い希望が開かれたと感じています。
TAT は、感情と身体感覚を切り離すことができる技術です。
「あなたに何の罪もない」その出来事から、自由になることができる。
Yさんの経験は、それを力強く裏付けしてくれたと思い、Yさんの勇気に深く感謝しています。




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H さん しゃくやくクラス


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Prologue)Hさんの印象は、「まるで日だまりような方」というものです。

Hさんも含め、私たちが全員大人になって、それなりの年齢になった時。
それぞれの個性があらわれる、相応の年齢となった時に、「ねえねえ、おばちゃ〜〜ん!!」と子どもから無条件に懐かれ慕われるような存在。子どもの頃、大人に対して疑心暗鬼だらけだった私でも、もし子どもの頃にHさんに出会っていたら、無条件で安心できていたと思われる存在感。
ギラついていなくて、のんびりしていて、そのまますーっと余裕のある大人になってゆくような印象を受けるのが、Hさんです。

そんなHさんに、何が起こったのでしょうか。Hさんの言葉に耳を傾けたいと思います。




1)あなたの問題は、そもそも、どんな主訴でしたか?



1つは、自分を身ぎれいに整えることへのおっくうさ、そのくせ「美しさ」に対するコンプレックスを常に感じていた。
他人と比較する自分。
いろいろな本を読み、アタマで分かっていてもついつい比較することがやめられない。

もう1つは、何かアクションを起こすとき、常に「父」を基準に、父に何と言われるかを考えてしまう自分がイヤだった。
そして、そういうことが分かっていながら、いつも変わらない(変えられない)自分。



2)どんな環境、どんな過去を持っていますか?
どんな痛みの体験が影響して、そのような主訴を持つようになったのでしょう。
過去を振り返ってみましょう。
あなたは、どのような体験をしたのでしょうか。




1つ目は、母の周囲の目を気にする発言や行動、美しさに対するコンプレックスや無関心を装うことなどを感じていて、自分もその価値観を受け容れていった。

また、父に関しては、独断的な態度や発言、それにより家庭内の和が乱れることの息苦しさを感じていた。



3)ONSA WORKSHOP および TAT セッションで、その過去(正確には、過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)がどんな風に変わってゆきましたか?


すうっと抜けるような感覚。事実は事実として残っているし、記憶もちゃんとしているんだけど、自分と切り離された事として感じられる。
その出来事や思い出と適度な「距離感」ができた。



4)TAT セッションを受けるには、どんな前提条件が必要だと思いますか?

ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」 こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること………など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、ご自身の言葉で教えてください。




  • TAT という技術を信頼し切れること。アタマで分かろうとしないで、体にまかせること。

  • 他人を、そして自分をジャッジしないこと。

  • セッション中、この場に居続けること。

  • 変わろうと覚悟できる、決められること。

  • 問題である痛みと向き合う時、「分からないよ」「これでいいのか分からないからやらなかった」と逃げずに、分からないなりにもまっすぐに取り組んでみられること。



5)もし自分が ONSA WORKSHOP で訓練をしないまま TAT セッションを受けていたら、どんな風であったか、想像して、教えてください。



実は、痛みを持つ友人のことを思い浮かべ「TAT を受けたら、彼女も生きやすくなるだろうな」と考えたりしました。

しかし、彼女がワークショップで行うような日常の積み重ねがないまま受けた場合、「自分や他人を裁かない」「自分を卑下しない」「自分の問題にまっすぐ向き合う」という考え方を、その場で受け容れることができるかな、と思いました。

そして、何より TAT をいきなり知っても、これで変わると信頼しきれるだろうかと思います。
TAT を単なるテクニックと捉え、その後の生活になじませられるだろうか、とも思いました。



6)ONSA WORKSHOP は、TAT セッションを受けるにあたり、あなたにとってどんな風に役立ちましたか?



一番大きいところは、ONSA のワークショップを経験しているということは、自分のトラウマという痛みをカミングアウトするという大きな冒険をするにあたって、ONSA、藤沢さん、一緒に受ける仲間を信頼できることです。
その絆がすでにできあがっているということが、TAT の技術の高さはもとより、安心してぶつかっていける基礎として大きいと思います。
悩みが違っていても、それぞれが解決へと向かう同じ方向性を共有しているという感覚がとても強く、またそれが心強かったです。

また、トラウマが取れスッキリしたすき間に、どうでもいいスケジュールを詰め込む自分がいて、戸惑いましたが、ワークショップや手帳のおかげで、自分と向き合うことで、それに気づき、調整することができました。
その訓練がなかったら、日常の波に飲み込まれていたと思います。



7)TAT セッションを受けてみた後、1)と2)で書いた問題は、どのように変化しましたか? そしてその変化は、あなたにとって、どんな風に感じた出来事だったでしょう。
あなたの言葉で教えてください。




どちらも幼少からひきずっていた問題だったにも関わらず、「まあ、そういうこともあるさ」と事実として受け止め、「その先」を考えられるようにった。
あれが原因だから…と原因をつつき回すクセが止まった。
この変化が、そのセッションの時間内に起きてしまったことが衝撃だった。

そして、その後も自分にしっかり根付いており、そのことが本当に問題だったのかどうか、自分でも疑わしくなるくらい、ウエイトが軽くなっている。



8)これから ONSA WORKSHOP ならびに TAT セッションを受け、みずからのトラウマに向き合ってゆく方にメッセージをお願いします。また、痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている方に、あなたにしか送れないメッセージをお願いします。



TAT が他のグループセラピーと決定的に違うこと。

それは、他人から見たら「大丈夫だよ! そんなこと」「それはあなたのせいじゃないよ!」と言われるかもしれない。
本当にそうかもしれない。

でも、私(=自分)にとっては、そうは思えず、生きづらくしているコアな部分であり、大問題。
そういうものって人それぞれであり、それこそ他人目線で計れるものじゃない。
だって、自分が生きにくいのは、事実なのだから。

それを、グループワークの場合は、他人である誰かから励まされたりアドバイスされて、一瞬は気分が高揚しても、うちに帰ってしばらくすると、「そうは言ってもねえ……」と逆戻りしてしまうことが多いと思います。

でも、TAT の場合、自分自身がセッションを通じて自分自身で癒してゆく。
そこに一緒にいる仲間と、時間と問題をシェアしてもらうけど、仲間からはもちろん、藤沢さんからもアドバイスやジャッジ、励ましは一切なし。
(問題への取り組み方、切り込み方の方向性に対するアドバイスは、希望があれば藤沢さんが助言していました。)
みんなはその場を支えてくれる仲間であり続けてくれる。
この場がかけがえなく貴重な空間でした。


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そんな中、自分自身も含め、皆で過去の痛みをシェアすること。
「その場で言葉にして言えるだろうか、自分は…。」
最初はそんなとまどいがありましたが、「ここらでもう変わりたいのだ」と覚悟して臨んでいるパワーが部屋を満たし、同時に藤沢さんがきっとどのワークショップでも創り出す「安全な場」という空間のおかげで、皆が勇気を出して自分のことに取り組んでいました。
その姿はとてもステキでした。
きっと、私自身もステキだったのでしょう。

それぞれが抱える問題はどれも大変で、1人1人違っているけど、でも皆つながっていていて、その場にいる皆さんの話に自分の過去を思い出し、胸が痛み、涙が出ました。
そして、その想いをそうっと共有するポットに入れてゆきます。
それこそ次々とたえまなく、自分から溢れるままに入れていく感じです。

そして、セッションが終わると、どの方もその悩みが大小の差はあれ、小さくなるのです。
さっきまであんなに苦しそうに、絞り出すように涙しながら話していたのに、
「ま、いっかって感じです」
とか
「しょうがないですよねー、って気がします」
という劇的な変化!!


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私は、たびたびその変化に笑い泣きしてしまいました。
それは、決して「そんなにアナタ、簡単に変わっちゃっていいの!?」という意味でなく、その抱えていたものの重さが分かるからこそ、私を含め、みんなの心に、これまで長く長くのしかかっていたものが、ここまで化けちゃったそのふっきれた表情の変化に感動してしまったのです。

12人が目の前で証明してくれたからこそ、これは特定の人だけに効くオマジナイではないですよ、と自信を持っていえます。
ただ、セッションの受け手としての心構えは大切だと思います。

思い切って、心を開くこと。
理解できなくてもいいから、信じてドドーンとぶつかってみること。
逃げない、ごまかさないこと。
そうすれば、必ずうまくいくと思います。

きっと「TAT を受ける」と決めたら、その瞬間からすでに何かが動き出すのではないかと思います。



9)最後に、ここまで歩いてきた自分自身に、メッセージをお願いします。
誰かに遠慮する必要はありません! 思い切ってどうぞ!
感じていることを、素直に書いてみてください。




2008年夏、「ワクワクすることって、よく言うけど、それがよく分からないんだよねー」と思い、ワークショップに初参加したね。

その後、だいぶ時間とのつき合い方もうまくなったし、自分とも付き合えるようになってきたけど、やっぱりイマイチ「やりたいこと」が分からない。どうも、なんかひっかかりがあるんだよな、と思い過ごしていた時。
「TAT セッション」の案内をブログで見て、その時間の長さに0歳児の子どもの託児やその他のスケジュールと悩みつつ、参加を決めたね。

今、本当にやってよかった! と心から言えるよね、お互い(自分と自分で)。

今だって仕事にしたいこと、「やりたいこと」が分かったわけじゃない。
占いじゃないからさ。

でも、今までひっかかっていたものがとれたから、なんかクリアだよね、心も体も。
まさに、ノドにひっかかっていた魚の骨がとれちゃった、みたいな。
今までは何を食べても、骨が気になって味に集中できなかったのに、すっきりしたから、何を食べてもおいしい! みたいな感じだね。

2回の「TAT セッション」を終えて、10日以上経って振り返ってみると、なんだかまるで自分の中を波紋が広がっていくように、TAT がさぁっと自分をなでていったような気がするね。
ずっと引っかかっていたトラウマがその波紋が通り過ぎた後は、別物に変わってしまった感じだね。
なんとなく、自分がクリアな感じ。

ここからは焦らずに行こう。
一つ一つ、目の前にあることに向き合っていれば、何かが見えてくる。
1年前に信頼できる人からそれを言われた時、分かったつもりでも不安だったのに、結局同じ結論に至っちゃったよ(笑)。

でも、自分が変わったので、その言葉の意味が今はよく分かるよね。
ホントにお疲れさま。
くれぐれも、せっかく片づいたスペースに余計なものを詰め込まないように、注意していこうね。



Epilogue)私は自身が子どものころ、本当にいろいろな重い・暗いことを抱えた子どもでなくてはならず、無邪気な子どもでいることができませんでした。
だからこそ、確信を持って言えることがあるような気がしています。
それは、子どもはピュアーなので、本当に重要なものを見分ける力があるということ。そして、たとえどんなに傷つけられたとしても、子どもは、その力は失っていないということ。
実際、とても美しかった友だちのお母さんが、とてもぴりぴりしていて、すごく怖く感じたのを鮮やかに覚えています。その家ではその後、おばあちゃんが灯油をかぶって自殺されたそうです。

奇しくもこの職業に就いていて、私は強く確信しています。これはHさんの気にされていた外的な美醜関係の問題とはまったく関係なくですが(HさんはHさんご自身の外的な美しさを、しっかり持っていらっしゃいます!)、外側の……時が経てば消えてしまう美しさ以上に、内側の美しさの方が、数千倍価値があるのではないかということです。

子どもがキャアキャアと寄ってきて、ホッとくつろぐ。
無邪気に、無防備な顔で、家族が笑う。動物も足元に寄ってきて、のんびり寝転がる。
ご自身から発せられている、内的な美しさ(時を経ても決してなくならない、本物の美しさ)がその場をつくり出しているのだから、それが世にいう……そして、皆がこぞって欲しがる「幸せ」というものではないかと、私は感じています。
「灯台下暗し」(試しに1回、ちょっと掘ってみようよ)という言葉を、愛を込めて贈ります。




タイトルはじまり目印

A さん しゃくやくクラス


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Prologue)ONSA WORKSHOP に初めていらっしゃった頃のAさんの印象は、本当に控えめで、おとなしい方というものでした。
「何かを抱えている」ということが、(訓練を受けた)私にはひと目で分かる印象です。
同時に、目が澄んでいて、存在感の綺麗な方だと感じていました。

Aさんの特徴として、きちんとした理性が発達していて、ものごとを整理して考えられることが挙げられます。控えめな印象ながらも、とてもひたむきで、「やる」と決めたことに前向きに取り組む、強い意志を感じました。
同時に、「感情」から距離があると感じました。
ONSA WORKSHOP を受け訓練を重ねてゆくうち、訓練はすごく上手にでき、現実対処力はめきめきと上がってゆきます。そのように、Aさんがとてもひたむきだからこそ、Aさんが「感情」……嬉しいとか悲しいとか、怒っているとか幸せだといった「感情/実感」との距離を縮められたらいいというのが、私の密かな(でも強い)願いでした。

Aさんに一体、何が起こっていたのでしょう。Aさんの言葉に耳を傾けてみます。




1)あなたの問題は、そもそも、どんな主訴でしたか?



私は、ずっと対人関係が上手くいかず、生きづらさを感じていました。

他人から、認めてもらえないことがものすごく怖くて、自分から人に近づいていくことができませんでした。
私から人に近づけば、「私は必要の無い人間で、誰も私の事を見てくれないし、みんな私から去って行く」のが証明されてしまうようで、人に近づき過ぎないように自分を抑えていました。

どうせ私は何をやってもダメなんだから、夢をかなえるなんてきっと私には無理という思いが、打ち消しても、打ち消しても、湧きあがってきてしまっていました。

それでも、あきらめたくなくて、もがいていましたが、何をやっても達成感が無く、毎日は同じことの繰り返しにしか思えませんでした。
何をしてもつまらないし、生き続ける事に意味を感じられませんでした。

私は、生きていくことが苦痛でたまらなくて、
「ああ、もうやだ。死にたい死にたい」
と、いつも心の中でつぶやいていました。

ずっと誰かに理解してほしかったけれど、人を信頼して心を開く事ができませんでした。
愛情に満ちた人間関係を築きたいと思いながらも、それがどういうものか想い描くことができませんでした。

結婚も出産も経験しましたが、夫や子供は愛情をいっぱいくれるのに、私には受け取り方がわかりませんでした。

人と一緒にいても、いつも孤独でした。



2)どんな環境、どんな過去を持っていますか?
どんな痛みの体験が影響して、そのような主訴を持つようになったのでしょう。
過去を振り返ってみましょう。
あなたは、どのような体験をしたのでしょうか。




私の両親は私が幼い頃、よく喧嘩をしていました。

始めは口論から始まり、だんだんとエスカレートしていくと、父が机をひっくり返したり、物を投げたり、母を殴ったり、投げ飛ばしたりするのが、夕食のいつもの光景でした。
父を怒らせないように、地雷を踏まないようにすごく気をつけていたのに、なぜかいつも踏んでしまい、爆発させてしまうのでした。

私が夕食を食べているとき、父は、「背筋が曲がっている」「食器を引きずるな」「食器の持ち方が悪い」「ひじをつくな」「こぼすな!」など、私の悪いところを見つけてはゲンコツで殴ってきました。
はしゃぎすぎたり、喜びすぎたり、悲しみすぎたりすると父の機嫌が悪くなるので、だんだんと感情を表に出さなくなっていきました。

私が10代になった頃、父は仕事が忙しくなってきたようで、夜遅くに帰って来ることが多くなり、夕食時のゴタゴタは減ってきました。

父が帰って来る時間には、私も母も妹も寝ていました。
いつだったか、はっきり覚えていないのですが、父は寝ている私の唇にキスをしてくるようになりました。

私はある時、父の息づかいを近くに感じてそれに気が付きました。
ものすごく気持ちが悪くて、私に何が起こったのか理解ができませんでした。
私が気が付くまでに何回されたのかわかりませんが、気付いてからは、仰向けで寝ないようにしたり、布団をかぶって寝たりしていました。

母にはしばらく言えませんでした。
私にだって信じられないことを、母が信じてくれるとは思えなかったからです。
幼い頃から、母は私が父に折檻をされていても助けてはくれなかったし、今回もどうせ言っても無駄だろうと思っていました。

でも、どうにも耐えられなくなって、勇気を振り絞って母親にそのことを伝えました。
父は翌日から別の部屋で寝るようになりましたが、父も母もまるでそんなことが無かったかのように振る舞っていました。

それからしばらくたって、父と私が口論になったときに、私がそのことを持ち出して、父に怒鳴りながら文句を言いました。
すると、母が飛んできて私を平手で殴ったのです。
それでもめげずに父に怒鳴っていた私に、母は何度も何度も平手打ちをしてきました。

私はとてもショックでした。この家には信じられる人が一人もいないと思いました。

そのとき、私の心は完全に死にました。



3)ONSA WORKSHOP および TAT セッションで、その過去(正確には、過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)がどんな風に変わってゆきましたか?


ONSA WORKSHOP に参加して、スケジュール帳をつけること、「今、ここ」にいることが習慣になると、自分の限界を知ることができ、時間の雪崩を防ぐ事ができるようになりました。

自分を少しずつ好きになって、自分を思いやる行動が取れるようになると、周りの人の私に対する対度も変わってきました。
いつも嫌味なことばかり言う会社の先輩が、優しい言葉をかけてくれるようになったりもしました。

また、「境界線(バウンダリー)WORKSHOP」では、私がいつも陥ってしまうパターンが家族問題にあるということがわかって、とてもショックでした。

私はずっと、独りでも寂しくない、独りでも生きていけると思っていて、それが自分の強さだと考えていましたが、本当は寂しかったことに気が付きました。

私は本当は父や母に愛してほしかった。
でも、それは叶えられなかった。
これからも叶えられることはないのだと思います。

これからは私が私を愛していくしかないのだと強く感じました。



4)TAT セッションを受けるには、どんな前提条件が必要だと思いますか?

ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」 こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること………など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、ご自身の言葉で教えてください。




ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること……など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、教えてください。


ONSA WORKSHOP の4つの約束が守れることが大前提だと思います。

また、ONSA WORKSHOP を通じて、習慣が変わってきていること。

変化に対する知識や、現実的な対処の方法を少しでも訓練できていること。

クレンジングリアクションがどのようなものか体験していること、それに耐えられる心の強さがあること。

自分に何が起きたのか、それが今の自分にどんな影響があるのか分かっていること。

自分の体験を話す心の準備ができていること。

そして、自分のトラウマを受け止め、自分を責めない土台として、自分が好きになってきていることが重要だと感じました。



5)もし自分が ONSA WORKSHOP で訓練をしないまま TAT セッションを受けていたら、どんな風であったか、想像して、教えてください。



自分と向き合うことができず、そもそも何がトラウマだったのか、その源が何なのかが分からなかったと思います。

もし、それがわかっていたとしても、いきなり深い部分の痛みを正直に話す事はできなかったのではないかと思います。

また、クレンジングリアクションを病気と勘違いして、病院に駆け込んでいたかもしれません。

自分が嫌いなままでは、トラウマが取れたことを喜べなかったかもしれないし、自分も他人も裁いていたかもしれません。



6)ONSA WORKSHOP は、TAT セッションを受けるにあたり、あなたにとってどんな風に役立ちましたか?



「TAT セッション」では参加者のみんなでお互いの心の深い部分を分かち合います。
そこで、自分に正直に、勇気を持って一番大きなトラウマにチャレンジすることが、お互いの癒しになることを体験しました。
私は、「境界線(バウンダリー)WORKSHOP」や、「トランスフォーメーションWORKSHOP」などで、自分の思いをシェアすることを体験していたので、自分の思いをなんとか落ち着いて話す事ができたと思います。

また、1回目と2回目のセッションの間、今まで感じた事が無いような、ものすごい寂しさや、気分の落ち込み、体のだるさを経験しましたが、その時も「これはクレンジングリアクションだから」と自分に言い聞かせて乗り越えることができました。
クレンジングリアクションの知識や経験があって、本当によかったと思いました。

そして、スケジュール帳をつけることによって、時間が安定していたので、つらい時でも仕事や家事などを続ける事ができました。
『未来日記』につらい思いを吐き出せたので人間関係が壊れませんでした(笑)。



7)TAT セッションを受けてみた後、1)と2)で書いた問題は、どのように変化しましたか? そしてその変化は、あなたにとって、どんな風に感じた出来事だったでしょう。
あなたの言葉で教えてください。




「TAT セッション」を受けてからは、過去のトラウマを思い出しても、自分がグラグラせず、安定していられるような感じがします。

私の家族問題はまだ依然としてありますが、それと向き合うことが怖くなくなってきて、私には乗り越えていけると思えるようになってきました。



8)これから ONSA WORKSHOP ならびに TAT セッションを受け、みずからのトラウマに向き合ってゆく方にメッセージをお願いします。また、痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている方に、あなたにしか送れないメッセージをお願いします。



私はずっと、私の人生が上手くいかないのは、自分の頑張りが足りないせいだと思っていました。

「自分の性格が悪いからこんなことになるんだ! ダメなやつ!」と自分を責めてばかりいて、自分を大切にするという選択肢が全くありませんでした。

他人の目線や価値観ばかりを優先しすぎて、長い間、自分をどこかに置き忘れてきました。

私は無意識のうちに、私に起こったつらいことを見ないように、感じないようにしていたため、自分の自然な感情や、幸せを感じる心も押さえ込んでしまっていたのだと思います。

それでも、どうしても私らしい生き方がしたいと ONSA WORKSHOP に飛び込みました。
ONSA WORKSHOP でワークをこなしていくうちに、自分の心の声を聞けるようになってきました。
そして、少しずつ、自分を好きになれるようになったり、幸せを感じることができるようになりました。

以前は、「生きることは毎日同じ事の繰り返し、人生長すぎる! 苦痛だ!」としか思えなかった私の心に、希望の光が見え始めてきたような気がします。

習慣を変えることで、人って変われるんだと、実感しています。



9)最後に、ここまで歩いてきた自分自身に、メッセージをお願いします。
誰かに遠慮する必要はありません! 思い切ってどうぞ!
感じていることを、素直に書いてみてください。




私へ

今までよくがんばってきたね。
つらい思いに負けず、ここまで歩んでこれたのが本当にすごいと思う。

私の親は私にひどいことをしたね。
そのことについては、「私の人生を返してよ!」という親に対する怒りの気持ちがあるよね。
でも、過去はもう変えられないし、起こってしまったことは、取り返しが付かない。
未だに変な実家の現状を私は理解できないし、したくない。
(父は自分でマンションを買って別居している。母は、そんな父のために夕食を作ったり、お風呂や洗濯を実家で済ませる父を許している。)

私には、親の元を離れて自分の人生を生きる権利があるし、それに罪悪感を感じなくていいよ。
もう、親を喜ばせようとして、自分を偽る必要は無いと思う。
親が変わらなくても、私が変わることはできるよ。

私は私が幸せになれる選択をしていこうね。

これからも、よろしくね。



Epilogue)Aさんが、何度目かの ONSA WORKSHOP で、はじめてボロボロ涙を流した日のことを、すごくよく覚えています。私は場の責任者ですので毅然としていましたが、心の中では、一緒に泣いていました。

Yさんのケースの時と同じですが、「近親相姦」という暴力は、家庭という密室の中で行われるため、子どもの基本的な信頼能力(大人や世間が「良いものだ」と信じる能力)を土台から破壊します。そんな暴力にさらされながら、よくあんなにひたむきに生き続けてきたと、私は感じます。それほど重いことを経験されたのですから、むしろ、生きている自分を褒めてあげてほしいと思うほどです。

Aさんにも直接お伝えしたのですが、自分に対して行われたことを、知識として正確に知ることは、本当に大切なことです。なぜなら知ることで、自分が抱く無力感・人が信頼できない感じ・死にたい/生きていても意味がないと感じてしまうこと……など、多くのことの理由が理解できるからです。
正確な知識は、私たちを助けてくれます。
理由を知ることで、むやみに自分を責めることをやめようと思えます。「やめよう」と思えれば、 TAT などのサイコセラピーで、トラウマを「取る」という選択肢も視野に入れることができるようになります。

Aさんが ONSA WORKSHOP に顔を出してくださるようになって、実は、さほど長い時間は経過していません。そして、最初は本当に控えめに「微笑む」だけだったAさんが、最近はパッと顔を輝かせて笑うようになりました。すごく綺麗で、見ているこちらも幸せになるような笑顔です。

「まず、自分を癒す。自分を受け入れ、肯定し、好きになる。それが全ての幸せの源」
Aさんは、このことを体験として贈ってくださいました。

Aさんの笑顔から学んだことは、人は変われるということと、Aさんの笑顔はご自身の子どもさんの将来を確実に変えてゆくであろうということ。「この世は安全だよ」という実感と共にAさんが生きられることが、ご自身の子どもさんにとって最高のプレゼントになると思うからです。




タイトルはじまり目印

M さん しゃくやくクラス


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rologue)Mさんは、ONSA のかなり早くからのお客様です。「綺麗なお名前だな。きっとご両親がとても愛されて名づけられたんだろう」という印象を抱いていたのを、よく覚えています。
そんなMさんとはじめてお目にかかったのは、ワークショップではありませんでした。
「この方がMさんか〜」と感慨深く思ったと同時に、自己実現をされている、自由な感じの印象を持ちました。それは決して無責任な感じの自由さではなく、きちんと働き、かつ趣味も持つ「アーティスト系」の雰囲気の方……という印象でしょうか。その時Mさんが着ていた服まで、今でも、とてもよく覚えています。

ですので、その後 ONSA WORKSHOP にご縁をいただいた時も、
「きっと、『もっと』夢をかなえるには、どうしたらいいの?」
という感じのご用件だろうと、はなから思い込んでいたぐらいです。

しかしその後、ONSA WORKSHOP でMさんと関わらせていただき、Mさんの主訴が理解できてくるにつけ、まるで自分の人生の再演を見ているような気持ちになりました。

世の中には、自分にはまったく罪や過失がないのに、同じような状況に置かれている人がとても多いことを、私は、体験としても知識としても知っています。
Mさんに何が起こったのでしょう。Mさんの口から、存分に語っていただければと思います。




1)あなたの問題は、そもそも、どんな主訴でしたか?



とにかく毎日苦しく生きづらい。
私は人が怖いこと、人を信じられずどこかで蔑んでいること。

でも、どうしても、生きていられることを心底喜びたい、喜んでいる人生をあきらめられない。
Quality of Life を自分の人生に、自分の現実に実現したい。

そしてその先、今は苦しくて、実感がなくて、まったく想像できないけれど、もしかしたら私も、今の私のような方へ、現実に機能する何かを伝えられるようになるかもしれない、という切望を持っていました。

小学生の時の手術のショック、機能不全家族とお金への混乱の感情、男性への憎悪と不信、承認欲求、父にそっくりな男性に好意をもち同時に憎悪し、気になって仕方が無く自分に集中できない。
どうしても嫌な人に注意がもっていかれてしまい、突然の怒りが爆発してしまわないよう、抑えるのが大変な毎日。

過去のトラウマから感じる痛み、望まない結果を、延々繰り返して手にしてきていて、もう疲れて、どうにかしたい。
でも、いきいきと生きる、楽しく人生を生きることをあきらめられない。
この両極端の葛藤から、抜けたいと思いました。

その、もやもやぐちゃぐちゃに声を与えるなら、こんな感じでした。
「なんなんだよ!」
「どうしてわたしのことすきになってくれやんの?!」
「なんであたしのことみてくれやんの?!」
「なんであたしだけこんな目にあわなあかんの!」
「絶対こんなのおかしい!」
「あたしはわるくない!」
「どうしてなの?!」
「なんでなん?!」
「あたしのことわかって!」
「あたしをまもって!」
「だれか、あたしをたすけて!」
「あたしはわるくない!」

主訴は、毎日苦しい、でも抜けたい、この先へ生きたいでした。



2)どんな環境、どんな過去を持っていますか?
どんな痛みの体験が影響して、そのような主訴を持つようになったのでしょう。
過去を振り返ってみましょう。
あなたは、どのような体験をしたのでしょうか。




私は、地方出身で、機能不全家族で共生関係の家庭、親戚一族のなかで育ちました。
祖父・祖母の代までは専業農家で、お寺から分家し7代続いた農家系の家柄。
両親ともに地方公務員で、父親は刑務官。母は市役所職員をしていました。
両親はお見合いで結婚し、離婚経験者で、8歳離れた姉とは父親が違いました。

私の家族では、問題が起こったときに、それを見ない、解決しない、言わない、話しあわない、なんとなくうやむやにして元に戻り、また繰り返すという手段をとっていました。
何かあってもとにかく耐える、言わない、相手に察して気づいてもらうのをひたすら待つ、父と母を見て育ちました。
心理学でよく聞く言葉にすると、「向き合わない」ことを基本とする家族でした。

彼らは、お互いが結婚する前の事をほとんど知りません。
相手がよくわからないのに結婚するのは、私にとっては異様な感じがし、母は家を継ぐためと収入が必要であったから、父は各地を転々としてたようで住む場所欲しさに結婚し、そしてお互い「こんな駄目な自分でもいい」から結婚してくれる、という歪んだ土台を持っていると私は感じていました。

私が産まれたのは血筋の跡継ぎが必要で、私がいれば両親がこの家にいていい理由になるからだ、と思いました。
なぜなら、全く肯定的な会話も、本音の話も関わりもないのに、得体の知れない相手と結婚して子供を産んで同じ場所にいる理由が、私にネガティブなストロークばかり与える理由がわからなくて、そう私は解釈しました。
わけがわからないままでいるのが、恐くて、どうにか納得、説明をつけたかったからです。
そして、
「私は、何もかもに対して、価値がない」
「私は相手にとっても価値がない」
と、結論づけていました。


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中学校~高校の頃、不登校になって私がひきこもっていた頃、何故か母がいきなり
「姉とは異父兄弟で、それが理由で学校へいかないのか?」
とか
「姉はかわいそうだ」
という話を初めて打ち明けました。
高校の時にまた不登校をして、「お金かかってんのに行かんのやったらやめるか?!」と母は言いました。

大学卒業後、仕事が決まらなくて、いよいよこの先どうしていいのかわからない、本当に苦しい時に、何故か父がいきなり「京都に別の家族がいて、姉と兄がいるから合わないか」と言いました。
そして、母からは、「あんたにいくらかかってるとおもってんの!?」と叱りとばされました。
私は祖父が亡くなった時に、1回目の自殺を具体的に実行するために考えました。
2回目は、この時でした。

祖父が亡くなった時、祖父には祖母がいて、父には母がいる。
当時、私は父の遺伝的疾患である眼病に、自分も侵されると恐怖を感じていました。
母がそう言ったからです。
視野が狭くなる原因不明、不治とされている難病です。父は発症していて、現在ほとんど見えないようです。
私も、見えなくなったら、ひとりぼっちでどうやって生きていくのか、恐怖でした。
そうなる前に、苦しくひとりぼっちで見えなくて生きるなら、誰も助けてくれない、早く死んだほうがいいと思いました。

冬でしたが、布団で汗びっしょりになってどうやったら失敗しないか一生懸命考えました。
失敗しないかとは、生き残らないか、という意味です。
2回目も、同じように失敗しない方法を、一生懸命ガチガチになって、ひとりで考えていました。


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母は、小さい頃から近所の子や同級生、TVの中の子など、いろんな子供と私を比較して、私以外を褒めました。
私は彼女に心から褒めてもらった覚えがありませんでした。
相談や、学校へ行きたくないとか、トランスフォーメーションの転機の時、大事な話のときは、父は必ず席を立ちました。
母は「よくわからない」「お父さんに聞きなさい」としか言いませんでした。

この人達は、本当に私のことを何だと思っているのか、本当にこの辛さをわかろうとしてくれないのか、
本当に興味が無いのか、と愕然としました。
なんでこんなことされるのかわからなかった。

最も辛い時、支えて欲しい、本当にどうしていいかわからなくなった、話を聞いてほしい時に自分たちのしたい話をする人達。
私というそのままの人間に向き合ってくれない、逃げる人達。
特に男性である父へは、大事な局面で逃げる無責任な人だと思いました。

この、両親の頼れなさに、放っておかれてしまう、まったく私のことを見ていなさに、当時の私は傷つきました。
私が最も辛かったときに、叩きのめした人達、逃げた人達、と私は、両親の事を結論づけて生きてきました。


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小学校1年と5年の時に手術をしました。29歳と30歳の時にも同じ手術をしました。
女性器外陰部に膿が溜まって腫れる症状です。
小学生の時の記憶は、何人もに押さえつけられ、足を開かされ、麻酔無しで切開し、力任せに患部の膿みを押し出された激痛です。
泣き叫んで、痛いからお尻をを浮かすと「できやんやろ!」と男性医師に怒鳴られました。
恐くて恐くて痛くて、どうしようもなかった。

あの手術を思い出すと、足の裏がなくなるような感じ、恐怖、何もできない凍ったような身体感覚がありました。
「なんであたしだけこんなになんの? もうなれへん?」
と何度も何度も泣いて母に聞いたのを覚えています。
もう一生なりませんようにと、毎晩神様と仏様に祈るのが、私の寝る前の習慣でした。

手術後に歩くのも辛い時、「歩き方がペンギンみたいやな」と祖母にばかにされたこともショックでした。
こんな辛い時にも、父が傍にいた記憶がありません。

幼稚園の時、おなじ名前の子がいて、私の描いた絵を自分が描いたと言われました。
絵の裏に、下の名前だけ描かれてあったから。
先生が、じゃんけんで決めなさいと言って、私が負けました。
その絵はその子のものになって、クラスで上手な子として貼り出されました。
大好きな先生だったから、そんな方法で処理されたことがショックだったし、自分の名前も、自分だけの絵も、奪われてしまったように感じて、怒りのやり場、悲しさ、わかってもらえなかった悔しさ、やりきれなかった。


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母の姉である叔母と結婚した叔父は、個人タクシーを起業したのですが、消費者金融から借金をし、お酒、ギャンブル、女性関係、他にもアディクションを抱えていて、ついに自己破産をしました。
また小さい頃、叔父に着替えをのぞかれました。
何もありませんでしたが、私を見る目がおかしく気持ち悪くて、恐怖を感じたのを覚えています。

また、他の親戚のにも、そういった感覚を私がもった男性がひとりいました。
私は、名前に「ちゃん」をつけて呼ばれると違和感を覚え、恐くてざわっとして気持ち悪く感じる感覚があったのですが、彼らに名前を呼ばれる感じを思い出すからです。

小学生の頃は、叔父と叔母が、毎晩祖父にお金を借りにきていました。
私は、自分の部屋の硝子障子越しに、ぼそぼそとした重い話し合いに耳をたてて、この緊張感、恐い感じが早く終わらないかと毎晩耐えていました。

薬剤師になるって思ったりしました。
薬剤師になったらお金がたくさんもらえておばちゃんにあげられる、おばちゃんをたすけられるって思ったからです。
母が、お金が多くもらえるからと言ったからでした。
他にもお金が多くもらえる職業をすすめられました。
祖父も祖母も亡くなりましたが、叔父はお金を返さずでした。


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食事の時間は、母や祖母、姉、大人達がする重いうわさ話と陰口、非難ばかり聞いて食事をしていました。
借金取りが来て、叔母が代わりにいくらか払ったとか、近所のゴシップ、隣の家とのトラブル、批判、非難、この世の不幸しか話さない。
あとは、誰かと私を比較して、誰かを褒める話でした。

当時から、私が実家を離れる頃までずっとそうでした。
小さい頃は下を向いて耐えたり、皆の話をわかってあげたくて質問したりしていたけれど、とりあってもらえずでした。
小学校高学年には、早く食べてしまって、自分の部屋にこもるようになりました。

父も母も外では感じのいい、いい人っぽい人達でした。周りの人もそう言いました。
でも、家の中では言う事も態度も違う。
私とって、違和感と混乱、信頼できない感じが募っていきました。
二人とも本音は言わず、父は、うすら笑って人に合わせ、母は相手に合わせます。
彼らは、外では、自分の意見を言いません。

特に父は、こびるようにうすら笑って、とりいるように遠回しに要求を言ってくるところが気持ち悪かったです。
また、絶対断らせない圧迫感が恐かったです。


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内容は、頼み事、何かを知りたかったり、教えてほしかったり、買い物に行きたいとかそんなこと。
そのくせ、気づいてもらえなかったり、要求をきいてもらえなかったりしたり、何か気に食わないことがあったら、いきなり怒鳴るか、むすっとだまりこむか、心にもない上っ面なこと言うかでした。

食事の時間やそれ以外でも、家族の会話をずっと聞いていた私は、とても傷つきました。
周りの大人が世界の全てだったから、もう誰のことも信じられなくなっていました。
現在、特に人の言行不一致に、過敏に反応するようになりました。
疑ってかかるのがスタートで、信頼できるかどうかを試すようになりました。
また、言行不一致であると自分が判断した人には、怒りをあからさまに接するようになりました。
発したメッセージは、「絶対に許さない!」でした。


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私が強く思っていたことはこうです。
父も叔父も、婿養子で、土地と家のある母、叔母と結婚しました。
男というものは、住む所とラクさ、金欲しさ、自分の世話のために女を利用する、下司野郎共なんだと思い、軽蔑と憎悪をもちました。
小さい頃、叔父に着替えを覗かれた、何もなかったが、私を見る目が少しおかしく気持ち悪くて、恐かったのを覚えています。
二人とも妙な飢えた感じがして、腹にはとてつもない怒りを溜めていそうで、でも、何かもらおうと顔がうすら笑っているのが気持ち悪い。おぞましい。

それなのに、母も叔母も彼らをかばったりフォローする。
母は、育てる為にお金を稼いでくれたのにと、私の親への感謝が足りないと責めたりしました。
最近は、姉の家庭が家計に苦しいのに、私はひとりで悠々自適でと責め、甥にもっと贈り物やお金を送れと要求し、私がそうしないと責めます。

男側と女側の両極を見ていて、「そのどちらも正直じゃない!」と、その不正直さを暴いて、わからせて、心底謝らせてやると憤ったりしていました。
でもやはり、男側、あいつらのせいで、という怒りの方が強い気がします。

父は、矯正職で守秘義務やいろいろあっても、想いがあってその仕事を志したのかなと思っていたのですが、ある日、いつものうすら笑った感じでなくて、ひねたぞくっとするような感じで、「あいつらは殺した方がいいわ」と言いました。
仕事や職業や、父親という存在、わけがわからなくなりました。
何を信じたらいいのか、まったく信じられるような人間像が周りにいませんでした。
頼れるまともな大人に会ったことがありませんでした。


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大学卒業して、アートセラピーを習ったが、親身に話を聞いた男性に、帰りにラブホテルに連れて行かれそうになりました。
断って、その場を去れました。その(アートセラピーの)WORKSHOP で問題になったが、ケアはありませんでした。
傷つきました。
また私は、信じられる人達に会えませんでした。
心理学の WORKSHOP への疑いや恨みがありました。

父へも母へも、男性や結婚、こんなに憎しみがあって、こんな人信じたくないのに、
どこかで切り離していない自分がいて、変わってくれないか、改心してくれたり、心底謝罪して本当は愛していると言ってくれないかと、どこかぎりぎりで願っている自分がいました。
どこかでいつも自分を好きになって欲しい、こっちを見て欲しいって思っている。
でも、引き裂かれてしまう。その両極端さに。それが苦しい。
矛盾していて、葛藤していて、もうどうしたらいいのか、わからなかった。苦しくて。

これが、家族なのか? 親密さなのか? 家庭なのか?
仕事ってなんなの? 男って、結婚って、なんなの?
何が何なのかわからなかった。
よく聞く言葉の元の意味がまったく信じられなくなっていた。
愛、家族、親、信頼、感謝……。
だって、目の前にある実際に起こっている事の方が、現実、本当なのだと思ったから。


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前職では、がむしゃらに法人営業職をがんばり、土日も仕事のことで頭はフル回転で頑張りました。
今だから気づくのですが、上司や親に今度こそ認めてもらいたかったからです。
居場所が欲しかった。
結果、成績で新人賞を始めとした表彰において3冠達成を新人で達成しましたが、翌日から達成のその先には本当に何もなかった、真っ白を感じました。
私はうつになりました。電話に恐怖を感じました。

病気になって治りかけても、治るとまた私を見てもらえなくなるから、病気ぶるというような、嫌な性質を自覚しました。
「どんなことをしても、相手に私を見て欲しい」ということを自分がやっていることに気づきました。

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私が、「許せない!」と何十年も根に持って怒ることは、
「さまざまなたくさんの問題を取り合ってもらえなかったことをこのままにはさせない!」
「真実の愛から産まれたのではなかったのでは?」
という、悲しさ、さびしさ、怒り、反抗心のあらわれでした。

自分のこともそうですが、私は自分以外のことに対しても「絶対そんなのおかしい!」と、とてつもない怒りを抱いていました。
私ひとりが、うやむやにさせるものかと強力な責任感をもって、憤っていました。
親同士の結婚に対しても、家族の問題解決法、叔父叔母の結婚、お金にまつわる問題。

「絶対そんなのおかしい!」と怒っているのに、私も同じことをしている。
人間に対する反応もそうだったし、お金に対してもそうでした。
前職をうつで辞めて、再就職までの期間が長く、一人暮らしの家賃を払えなくなったからです。
その間に、親からお金を借りて生活していたのですが、私は返さずに今に至っています。
しまいには、クレジットカードのローンでお金を借りて、自転車操業的に生活を食いつなぐようになっていました。

自分を責めました。親戚を責め倒して憎んでいるのに、私も同じことをしていて、責める資格ないと、激しく自分を責めました。
「私は、何もかもに対して、価値がない」

「喜んでお金をいただく、仕事をする」というような言葉を聞いて、反射的に「ふざけるなよ…」と怒りが沸きました。
「そんなことが実現可能なら、今、私はこうなってないんだよ!!」と叫んでやりたかった。
本気で見た事がなかったし、そのように言う人には激しい嫉妬と怒りが沸きました。
まったくその言葉が理解できなかったし、まったく信じられなかった。


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自分に、充分に豊かに暮らす、本当に幸せの納得のいく循環として、お金をもらえる価値がある、とは到底思えませんでした。
本当に、身の回りに今までいなかったからです。
そんな奇跡は見た事がなかったからです。

私は、自分に対して、何をやってもやらなくても責めていました。
繰り返しになりますが、とにかく、本当に切望することが身に起こる、受け取れる、与えてもらえる価値が、私には絶対に、ない、と信じきっていたからです。
だって、今までなかったから、というのが私の主張でした。

前職でも現職でも、会社組織、関わる人達、すべてが機能不全家族の再現と私には思えます。
おそろしいほど、ものの見事に。
就職活動の時に、相談員には、「自分の事ばかりで、あなたの周りには人がいないんですよ」と言われ、真っ白になりました。
本当に苦しいときほど、なぜか打ちのめすような言葉を受ける。
辛くて、人へ相談するのも恐すぎました。


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何もかもに対して、いつのまにか、私は自分が何か悪いことをしたから、何かやることを間違ったから、何かをしなかったら、罰せられていると思っていました。
でも、何が悪かったのかわからなかったんです。

だから、がんばって偉くなったら、がんばって活躍したら、がんばって私の何が駄目だったのか理由がわかったら、原因がわかるまで考えたり勉強して、答に辿り着けば、心底謝ったり、償えば、ゆるしてもらえると思った。
幸せにならせてもらえるって。
同じように、相手の非なら、心底謝ってくれるって。もしくは、私がゆるせる、とか。

私だけは、効かない。
私に奇跡は起こらない。
だって、本当に起こらなかったから。
悲惨すぎることしか起こらなかったから。

もう何を感じているかとか、よくわからなかった。硬直した体と凍結した心だけでした。
こんな、過去、環境を私は持っていました。



3)ONSA WORKSHOP および TAT セッションで、その過去(正確には、過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)がどんな風に変わってゆきましたか?


もういい、と思いました。
なにもかも、もういいと思いました。
もう、ただ泣きたかったです。

そして、過去に対して「そうなんだな」と思い、止まれるようになってきました。

考えて考えて、何とか自分を納得させようとする、ぐるぐる思考のスピードが、スローになりました。
何十冊も恨みを吐き出してぶつけたり、分析しつくしたり、そのために時間をたくさん使っていました。
止まらなかった、気が済まなかったんです。
でも、今はそれが、「嫌なそれ」を書いてペンを止められています。

過去に対して闘っている、過去の焼き増しに対して闘っている自分の考え意見を、今見てみるとこう思います。
私自身が受けた衝撃や、感情をおさえつけてでも、かなり強引に、相手を無理矢理、理解しよう愛そうと努力している。

もしくは、過去の自分の為に復讐してやろうとしている。
がんばって、好きになろう、愛そう、理解しよう、事情をくもうとか、逆に叩きのめしてやろう、仇をとってやろうとしているように思いました。
頭で理解して自分に言いきかせようと、何とか愛そう、愛さねばみたいな。
そうでもしなくては、自分を言い聞かせなければ、納得させなければ、非難して、批判して、憎んで恨んでいたら血縁である自分をも呪って、否定してしまう、生きていけないって思ったのかな。

両親や親戚を愛せない子供なんてばれたら何て言われるかわからないって、自分を責めていたから、余計にがんばってその思いを消せるようにって。

本当の自分のやりたくないことを、全力でがんばってた。

もう、本当にいい。
そう思うように、変わりました。



4)TAT セッションを受けるには、どんな前提条件が必要だと思いますか?

ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」 こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること………など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、ご自身の言葉で教えてください。




自分に、何らかの問題、癒される必要のある痛みが ”ある” とみとめられていて、本当に自分を癒したい、と本当に思っていること。



5)もし自分が ONSA WORKSHOP で訓練をしないまま TAT セッションを受けていたら、どんな風であったか、想像して、教えてください。



気持ちや体は、確かにラクになったと思います。
でも、問題がこんがらがったままだったと思います。
終わった後も、自分の為に癒しの道を続けて歩いて行くこと、やる必要のあることをしていこうとしていなかったと思います。

何が問題で何をする必要があるのか、私がわかることができていないだろうから。
すべて私が悪かったからだとか、すべて何か誰かが悪かったからだとか、分解できずにまるごとな混乱がそのままだったと思う。
なんとなく軽くなったかな、みたいな気休めのやりっ放しで終わったかもしれない。

私は、本当に辛かったので、気休めではなくて、本気で本格的にどうにかしたかったから、ONSA WORKSHOP の訓練は有効でした。

「気持ちが楽になって、だから何なんだよ!」と、怒って ONSA を責めていたかもしれない。
そして、更に人間不信を深めていったかもしれない。
そんな自分を想像してみると、その私はとても悲しく、辛い事で、私にとってよくないことだっただろうと思います。



6)ONSA WORKSHOP は、TAT セッションを受けるにあたり、あなたにとってどんな風に役立ちましたか?



心理学の知識として、両親や親戚の心理的な問題、病気なのだとわかることができました。
そして、私も間違いなくAC(=アダルト・チルドレン)なのだとみとめられました。

アディクションの影響が出ている、病気であることをみとめられた。
だから、何もかも自分だけが悪いとか、わけがわからない混沌状態ではなく、現状の自分を知った状態でセッションに臨めました。

誰彼どうこうより、自分のどこが影響を受けていて問題なのか、とわかるようになってきていたから。
過去のすべてと今の大人の自分を切り離すという概念が、わかってこられるようになってきていたから。



7)TAT セッションを受けてみた後、1)と2)で書いた問題は、どのように変化しましたか? そしてその変化は、あなたにとって、どんな風に感じた出来事だったでしょう。
あなたの言葉で教えてください。




起こった過去の事実自体は、まったく変わりません。
記憶が一切消えたり、起こらなかった何か幸せなフィクションに書き変わったりもしません。
そして、それを私は望んでいないんだとも今わかります。

ただ、大きく変わったと思う事。
「そうだったんだな……。(マル:句点)」と、そこで私が止まって、受け止められている事。

私の場合、とにかく分析する思考に全力で走って行ってしまう傾向があります。
分析して詰めて行って、結論をはじき出したい衝動にかられるんです。
とにかく不安で恐いから、結論づけて落ち着けてしまいたいんです。
もっていきたいオチは、私は悪くない、もしくは客観的事実からの私が悪かったのか、のどちらか。

そうだったのが、「ただ、そうだったんだな、マル」と止まっていられることができる時ができてきました。
我慢や、無理矢理考えない止まるのでもなく、押さえ込んで感じないのでもなく、無理矢理まぎらわすのでもなく、ただ、そうなんだな、で淡白に止まる、終わること。
この「ただそのまま」にしておく事が私には必要で、それが大きく変わったと感じた出来事です。

実際に起こった事も、確かめてはいないけれど私が思った・感じた事も、それはそれで、私が思った、感じた大事なこと。
「私」がそう思う、そう見た、そう感じた、というだけで、痛みを感じたという理由だけで、ただそれだけで、癒されていい、ゆるされていいと、自分に対して思ってあげられるようになりました。
明確な証拠が無くても。

「誰か」「何か」「私」に対して、私は今まで、必死で善悪、正しさ、誤解、真実を証明しようとしてきました。
そうしたら、ゆるしてもらえる、ゆるせると思ったから。解放されると思ったから。
生きていていい理由がもらえると思って。

でも今は、「ただそのまま」にしておける、分析し倒さない時間を体験していて、真っ白な感じで、楽に感じます。



8)これから ONSA WORKSHOP ならびに TAT セッションを受け、みずからのトラウマに向き合ってゆく方にメッセージをお願いします。また、痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている方に、あなたにしか送れないメッセージをお願いします。



私は、自分のことを何か駄目で、とにかく駄目で、どうしようもなく駄目、何をしてもしなくても駄目、と自分を0.0001秒の感覚で常に、常に責めてきました。
現実も無茶苦茶で、苦しくって、もうどうしようもありませんでした。
それが私の人生の時間でした。

でも、自分の身につけたパターンは、私にとって、当然な理由がありました。
どうしようもないやり場のない違和感や、怒り、悲しみ、痛みには理由がありました。
私は、私の味方になって、「そんなの怒って、泣いて、今みたいになって当然だ!!!」と、わかってあげられるようになりました。
それは OK だって。

私が生きづらいのは、人が恐くて疎外感を感じてひとりぼっちになるのは、とにかく全面的に過去も現在も、何か私が悪いからではないのだと、私は知ることができました。
私が身につけていた、ものの見方、生き方のパターンが理由でした。
また、本当に自分には合わないというケースもあり、離れていいこともあるのだと、わかりました。

世間や周り、皆と外れているから、わがままだから、言う事を聞かないから、合わせられないから、良い子じゃない、かわいくない、ダサイから、性格も言い方もキツいからでも無かった。
無茶苦茶な人生をおくってきて、もう変われない、一生どうしようもないのを続けていかなきゃいけないのでも無い。
何もかもにおいて自分を責め倒すことは、私にとって間違っている、そうじゃないって、自分に言えるようになりました。
それは、NO だって。


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誰かと比べて、苦しみが重い軽い、大した事ある大した事無い、なんてどうでもよくて、ただ私にとって、本当に痛いんだというそれだけで、それはめちゃめちゃ当然で、癒されていい、ゆるされていい、解放されていい、もうやめていいと思えるようになりました。

そして、本当に幸せに生きたい。
私は、私に、自分の過去や、やってきた事の理由や辛さをわかってもらえて、涙がでてきます。
言葉にするなら、ありがとうって感じ。


ぐるぐる思考が止まった時間で、その代わりに、身の回りの人に対して気づくことができるようになりました。
私の今までの想像を超えた人達、本当に、自分も大切にして、人にも与えることが喜びと本当に生きている人が、本当にいることを知りました。
本当に思ったことを言う、正直さを大事だと大切にしている人が実在していることを知りました。
同じ場に私がいて、その人達の言葉を聞いたからです。

私がずっとずっと信じたかった、”正直さ” を言う、生きる人達が本当にいた……! よかった……と、涙がでた。
今までの私の世界観を超える、今までの私の決定づけていた世界以外に世界はある、もっと広く、知らなかった世界、可能性を信じ、目を向けられるようになりました。

今書いていて気づきましたが、信じられる人はいる、と私の見方が変わっています。
よかった……、ほっとしています。


文節区切りの線


痛みと怒りと混乱の歴史。
でも、今の私とはもう関係が無いこと。
ただそれらの歴史は、私を、意思の強い、とても強い人間に鍛えました。
私は自分で、私はとても強い女性なのだと、気づきました。
傷ついて傷ついて、心で泣き叫んできた痛みと同時に、絶対に侵されなかった強さがいつもありました。

今まで、それが自分の駄目なところなのだと思ってきました。
あまりに周りと一緒にいづらくて。
いつも疎外感を感じて。

でも、驚くことに、その強さは依然として変わっていなかった。
驚きました。

これからは、その硬直していた強固な境界線を、しなやかなものに変えていってあげたい。
もう、他のいろんな方法で自分を守れるように、私はなってゆくから。
だって、もっと一緒に時間をすごしたい人達と出会って、楽しみたいから。

そして、ひとりでがむしゃらにがんばるなんてもう無理なんだ、今までのやり方じゃもう無理なんだ、と思えます。
痛みと苦しみ、違和感は、ぎりぎりで自分の為に踏みとどまっている自分の人生からの叫びのように感じます。SOS です。
私には助けが必要です。
そうわかりました。


文節区切りの線


今は、正直なところ、私はあたま真っ白です。
この先のイメージは、まだほとんど沸かない。まだ見えていません。
それくらい、私は、超高速回転のネガティブ思考が止まる時間が増えました。
もっともっと、スピードを落としてゆきたい。スローに。

あと、泣けるようになりました。
鏡をみて、自分の顔を見られるようになりました。
鏡の私の目をみて、言って欲しいことを自分で言えるようになりました。
そして笑えたりする。

嫌だとか、悲しい、怒りを感じたっていいとも思えるようになりました。
自分を大事にしていい。
自分をもっともっと大事に守って、やっていっていい。

ようやっと、ONSA で習った事を、落ち着いて練習してゆけます。
この先やりたいこと、仕事も、心の声をきくことも、やっと、やってゆけます。


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この欄のようなところに、もっとメッセージを書けるようになりたいな。
トライしてみたのですが、なかなかできなかった。初めての試みなようです。
私は、今まで本当に自分の痛みを吐き出すか、押さえつけるばかりでした。

痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている。
それは、私でした。
だから、あなたへも、
もっと伝わるように書けたり、言えるようになりたいな。

ひとことだけ。
あきらめないで。どうか。



9)最後に、ここまで歩いてきた自分自身に、メッセージをお願いします。
誰かに遠慮する必要はありません! 思い切ってどうぞ!
感じていることを、素直に書いてみてください。




何か、ぴかっとくるようなことを言いたかったんやけど、今よく探してみても、こうとしか思い浮かばなかった。

ありがとう。

私は、とても強い人でした。
自分で思っているよりも、ずっとずっと、勇敢で強い。

自分のために、どうにもこうにもあきらめられらないと、”正直” を貫いて、歩くのをやめなかった。

どうして、ここまで歩いてこられたんだろう?
誰に言われても、何を言われても最後の最後の最後で、自分の確信を私が信じてくれていたから。
私はとても勇気があった。
私の育った環境からいえば、よりいっそう、そう思います。

今までは、その確信を信じきったら、本当に誰もいなくなるって思ってたけれど、そうじゃない。
もっと自分を守って。
もっと世界を広げ、深くしていってみて。

今日も、スタートです。
いつもそばに居る。もっともっと、自分を大事にして。
大好きよ。



Epilogue)私は ONSA WORKSHOP の責任者であるため、Mさんがワークショップに取り組まれるのを、そばで一緒に見てきました。いつも真剣で、まっすぐで、ウソをつかなくて、豪速球のように正直。そんなMさんのエネルギーが、自分の存在を破壊する方ではなく、自分を大切にする方に向かうことを覚えた時、きっと素晴らしいことが起こる。そんな時が来るのを信じながらの、時間の旅でした。

どんな経験をしても、誰の中にも、決して破壊できない聖域があります。
Mさんから学んだことは、そんなことです。自分のことではなくて、自分以外の人間に起こることを「再演」して見させてもらっているからこそ、よりいっそう分かります。
これがきっと、私にもかつて起こったことだと思いますし、望めば、誰にでも起こることだと信じています。
私だけではなく、Mさんもきっと、自分の言葉でそう感じていらっしゃることと思います。

Mさんと一緒にワークショップを経てきて、私は、自分が過去に体験したこと(虐待や暴力などのトラウマ体験)も、「大変だったけど、今はまあ、もういいか」と思えるようになりました。
これは決して、断固として、暴力肯定のつぶやきではありません。
そうではなく、あの暴力の感触の暗さ、救いようのない希望の無さ……光も未来もないように感じる「真っ暗さ」の感触を知っているからこそ、知っている者だけが共に歩ける道というものがある。
そして私も、その道を道案内してくれた人がいたからこそ、今がある。
暴力に流されてしまう人もいる一方で、毅然として NO を言う人も確かにいる。そして、絶望と紙一重で鍛えられた希望は、炉の中で何百ぺんも打たれた鉄のように強い。

「大丈夫。安全なところまで逃げてきた」というのが、Mさんに贈りたい言葉です。
自分の強さを、やっかいなものとしてではなく、美しいものとして受け入れられたら、もう大丈夫だと思います。
そして、ご自身の体験をふんだんに贈ってくださったことに、大きな感謝を申し上げます。
どうぞ、同じようなことを経験されている方が、あきらめることのありませんように。あなたの存在はMさんの存在と同じように素晴らしいものだということに、気づけますように。




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N さん しゃくやくクラス


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Prologue)Nさんのことは、実は ONSA WORKSHOP に来てくださる前から知っています。なぜかというと、ONSA に何度か商品のご注文などをいただいており、そのたびに記載の住所が微妙に違っていたからです(笑)。
「あれ。この方、まだ住所が違う!(しかも毎回1文字とか、問い合わせるのも微妙な文字数。)いったい、どれが正しい住所なんだろうね〜」
こんなやり取りがオフィス内で恒例になっていましたので、のんびりした、ちょっとおちゃめな感じの女性を想像していたのでした。

その後 ONSA WORKSHOP を訪ねてくださったNさんですが、想像していた印象よりずっとしっかりしていて、ずっと優しい感じの方でした。
素直で、笑顔がとても可愛い。私が男性なら、まっさきにお嫁さんにしたいタイプです。

そんなNさんに、何が起こっていたのでしょう。Nさんの言葉に耳を傾けてみます。




1)あなたの問題は、そもそも、どんな主訴でしたか?



男性恐怖症。
幼少期の男子からのいじめと女子からのいじめ(無視)。
男の子に生まれたかったこと。
震災のトラウマ。
交際にまつわる様々なことが、年齢相応にできていないと感じていること。



2)どんな環境、どんな過去を持っていますか?
どんな痛みの体験が影響して、そのような主訴を持つようになったのでしょう。
過去を振り返ってみましょう。
あなたは、どのような体験をしたのでしょうか。




私が3歳のときに弟が生まれました。
幼い私は、産婦人科の病院で妹が欲しいと泣き叫びました。
私は弟に、両親や祖父母の愛情が奪われてしまうのではないかと、不安と恐怖で泣き叫んだのだと記憶しています。

跡取りを切に願っていた家族の雰囲気を、私は3歳でも感じていました。
だから自分がなぜ、男に生まれなかったのかと罪悪感を覚えました。
男の子に生まれたらもっと幸せだったのにと思っていました。


幼稚園に入ると男子2人にいじめられました。
言葉でからかわれたり、叩かれたり蹴られたりしました。
その頃から男子が苦手になりました。
男なんて乱暴だし、幼稚だし大嫌いになりました。

小学生になると女子からもいじめを受けました。
女子のいじめは完全無視でした。すごく寂しい時代でした。

イジメを受けたことは家族に言えませんでした。
イジメを受けているなんて聞いたら家族が悲しむと思ったからです。
毎日毎日小学校に通うのが苦痛でした。

その頃から私は人と接するのが怖くなりました。
周りに気を使って、自分を押し殺すように生きてきました。


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中学にはいって女子からのイジメはなくなりました。
でも、男子に対する恐怖心は、ますばかりでした。
私は男子が怖かったから、女子高に行きました。
女子高の3年間はラクでした。

大人になって何人かの男性からアプローチをされました。
でも、私の男性恐怖症は治っていません。
だから逃げるように拒否し続けました。

そうして、今現在も結構な年齢にも係わらず、交際に関わる様々な経験が不足していると感じています。
そのことは恥ずべきこととずっと隠してきました。
女として魅力がないのだと自分に自信が持てませんでした。


東日本大震災で被災しました。
余震が怖くて、身体が固まってしまう感覚が取れませんでした。



3)ONSA WORKSHOP および TAT セッションで、その過去(正確には、過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)がどんな風に変わってゆきましたか?


まず、男の子に生まれなくても、私は愛される存在だから大丈夫と思うようになりました。
今は、私が私を認めてあげようと思っています。

次に、いじめた男子も女子も、私をいじめたことなんて覚えていないかもしれないと気づきました。
それなのに、私がいつまでもいじめた人たちを憎んでいるのは、自分が損しているように思えました。
いじめた人を憎む時間や、いじめられた辛い思い出に浸っている時間が、もったいないように思いました。
それならば、自分のやりたい事や好きなことに時間を使おうと思えるようになりました。

それから、「男なんて何さ!」が、どうでもいいと恐怖心が消えました。
前は近寄られるのも嫌だったのですが、その身体感覚は無くなりました。
そして、私が私の意志で、自分と合うパートナーを見つけ、愛し合いたいし、良い関係を築けたらよいと思っています。
自分の境界線を大切にして、パートナーを探したいと思います。

震災はもう終わったと、ひとまず、自分に区切りをつけることを自分に許しました。
今までは自分より大変な人がいるのに、「辛かった! 怖かった!」なんて言ってはいけないと思っていました。
区切りをつける事によって、自分がゆくゆくは震災で傷ついた人たちのために、何か小さなことでもいいので支援できたらいいな、と思っています。



4)TAT セッションを受けるには、どんな前提条件が必要だと思いますか?

ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」 こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること………など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、ご自身の言葉で教えてください。




人を裁かないこと。TAT では本当に秘密にしておきたい事を話すので、秘密を守ること。
一人の問題はみんなの問題という意識で臨み、みんなでその問題を解決しようと意識が必要。

自分に正直になること。
自分の本当のトラウマに臨む決意。
自分は自分のままでいいと認めてあげる、自分の味方でいられること。



5)もし自分が ONSA WORKSHOP で訓練をしないまま TAT セッションを受けていたら、どんな風であったか、想像して、教えてください。



本当にここに集まっている人たちは秘密を守ってくれるのかと疑い、自分の本当に向き合いたい問題から逃げてしまうかもしれない。



6)ONSA WORKSHOP は、TAT セッションを受けるにあたり、あなたにとってどんな風に役立ちましたか?



自分は変われるということを、ワークショップを通じて体験しているから、自信を持って参加できたこと。

ONSA と「TAT セッション」に参加している人達と信頼関係が築けていたからこそ、自分のトラウマに真剣に向き合うことができたと思う。
その結果トラウマから開放されたと思う。



7)TAT セッションを受けてみた後、1)と2)で書いた問題は、どのように変化しましたか? そしてその変化は、あなたにとって、どんな風に感じた出来事だったでしょう。
あなたの言葉で教えてください。




小さい頃からトラウマとして認識しており、それは一生トラウマとして自分が背負っていかなきゃならないことと、なかば諦めていました。
一生をかけて取り組むべきものがトラウマとも思っていました。

でも、TAT を受けて身体が物凄く軽くなりました。
背中のあたりにずっと背負っていたもの、みぞおちのあたりにぐるぐると思い隠してきたものを表に出す事によって、トラウマから開放されました。

そして、自分が今までよく頑張ってきたと褒めてあげたいと思うようになりました。
また、自分の事が 100% 好きになりました。
私のこと好きだよと言ってあげると自分が喜んでいるし、いつも笑顔でいられるように自然となりました。



8)これから ONSA WORKSHOP ならびに TAT セッションを受け、みずからのトラウマに向き合ってゆく方にメッセージをお願いします。また、痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている方に、あなたにしか送れないメッセージをお願いします。



私は、なんで自分だけこんなに不幸なのだろう、と2年前までは思って生きてきました。

自分がもうこのままではダメになると思った時に、ワークショップに参加しました。
自分と仲良くなることを、頭ではなく、身体で実践したことは、本当に良かったと思っています。
分かったふりではなく、実際にワークショップに参加しつづけた事が、少しずつ自分を変える力に変わったのだと思います。

「じかんのきろく」を振り返ってみたら、結構夢が叶っていて驚きました。
私が一番大きく変われた要因は、自分の 100% 味方になったことがきっかけでした。
それは頭ではなく、全身で感じた感覚だから、この感覚は簡単には忘れることもないだろうし、これからもずっと大切にしたいと思います。



9)最後に、ここまで歩いてきた自分自身に、メッセージをお願いします。
誰かに遠慮する必要はありません! 思い切ってどうぞ!
感じていることを、素直に書いてみてください。




よくここまで、変われたと思う。
おめでとう。
自分の事がこんなに好きになるなんて夢にも思わなかったよね。
でも、ずっと「わたし」に認めて欲しくて仕方がなかったよね。

好きな人と暖かい家庭を築き、ママになる事が私の大切な夢。
その夢を叶えて欲しい。
震災で一度は諦めかけた夢。
だけど夢は本当に生きるパワーをくれたよね。

優月さんや ONSA のみなさん、ワークショップや「TAT セッション」でご一緒したみなさん。これを読んでくださるみなさん。みんなに感謝して生きて行こうね。

ありがとう。



Epilogue)「いったいこの方に、何の悩みがあるのだろう?」
そんな風に感じるぐらい、愛らしくて素直なのがNさんです。

でもそんな中、Nさん自身が身を以て教えてくださった大切なことは、「自分自身が」自分のことを認め、必要なら癒し、手助けしてあげないと、周りがどれだけどんな意見を言ったとしても無意味であろうということ。
その方が持つ心の傷の深さ、ショック、疎外感や希望のなさは、その方にしか分からない。本当に基本的なことですが、決定的に重要なことですし、他人が勝手に決めつけることができない聖域。その方がその方である理由が存在している、柔らかな部分……それが自分の傷であり、自分の心なのだと感じます。

そんな自分が自分のことを認め、癒し、慈しむこと。
本当に基本で、なんの本の中でも語られていることですが、その「語られていること」を「実行すること」が大切であると、あらためて教えてくれたのがNさんでした。
そして、震災のことは本当に、言葉もないほどに大変でした。TAT は身体感覚を取ることができるので、必要ならいつでもケアーのお声をおかけくださいね。




タイトルはじまり目印

K さん しゃくやくクラス


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Prologue)Kさんの印象は、「頼れるお姉さん」という感じです。しかも、カッコイイお姉さんです。
こんなタイプの女性に、「ホイ! もっと仕事巻いて巻いて!」と言われたら、張り切って仕事を巻いてしまうと思います。
それぐらい嫌みなくかっこよくて、かつ、さり気なく気遣いができる大人の女性。
Kさんは私にとって、そんな印象でした。

そんなKさんに、何の悩みがあるのだろうと思うぐらいでしたが、何度も言うように、人間は他人が勝手に決めつけられる存在ではない。
Kさんに、いったい何が起こったのでしょう。Kさんの口から、お話をうかがってみます。




1)あなたの問題は、そもそも、どんな主訴でしたか?



手首を掴まれるとき、頭の右脇で何かをされるときの恐怖。
そう感じるようになった理由はわからないけれど、その変な恐怖をなくしたいと思いました。

手首については、自分が2歳前~5歳くらいに母親に怒られたときに、きっと掴まれたせいだろうと思い当たりましたが、頭については ”記憶” くらいはっきりとしたレベルで
「若いうち(今の自分と同じくらいの歳頃)に、誰かに会いに行くために、白い右ハンドルの車をひとりで運転しているときに、窓から突っ込んできた金属の棒で、右側の頭をえぐり取られる事故で死ぬ」
というヴィジョンもあったので、怖くてたまりませんでした。



2)どんな環境、どんな過去を持っていますか?
どんな痛みの体験が影響して、そのような主訴を持つようになったのでしょう。
過去を振り返ってみましょう。
あなたは、どのような体験をしたのでしょうか。




母は、生きるために必要なことはしてくれましたが、私が「うちのこどもだから(例えバカでも)可愛い」ではなく、世間で言われている良い何かを達成しなくては認められない存在なのだと、すり込んでくれたようです。

思春期に、恐る恐る「私の顔はかわいい?」と訊いたときには、「十人並みだからとりあえず(母自身の)責任は果たした」と言われ、行事の時に(成人式でも結婚式でも)盛装しても、綺麗だとか可愛いだとか言われたことはありませんでした。
そして、忙しかったこともあってか、心を伝え合うための、言葉の使い方を含めたコミュニケーションの取り方を教えてはくれませんでした。

そのために、いろいろなことをする能力はそれなりに高いけれど、その能力を自分や相手の幸せのために使う方法がわからず、藻掻いてばかりいました。
(自信を持って言葉が使えないし、嬉しい蓄積も、うまくいかなかった蓄積と改善する方法を見つけることもできませんでした。)
妙に勘は鋭く、気難しい私に合わせた育て方ではなく、彼女の考えを押しつけたようでした。

ついでに、父は酔っぱらいで、こどもには基本的に無関心。
母をいらいらさせ、私の女の子の部分をからかうことしかしていませんでした。
そして私が中学生くらいの頃、酔って夫婦げんかをしていた時に、割って入った私の顔を平手打ちした時点で、私の中では父はもう存在しないことにしました。


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2つ下の弟は、お馬鹿な姉を見ていたせいか立ち回りがうまく、母のお気に入りで、高校生の時に他校の生徒と喧嘩して入院させる騒ぎを起こしても、叱られることはなく、大人になって迷惑を起こしても、いつの間にか母には彼が悪いのではなく、周りが悪いことにされていたりしました。
同じこどもなのに、どうしてこうも扱いが違うのだろう、と不思議に思っていました。


手首の記憶は、2歳前に赤ちゃんだった弟を抱いた母を押した結果、当時住んでいたアパートの2階から1階まで突き落としてしまったことが原因だと思います。
弟にけがをさせたのではないかという心配と、自分の痛みのせいもあって、母はきっと私の手首を掴んで怒ったのでしょう。

5歳頃には、弟のものと同じ靴を、よその家から間違えて持ってきてしまい、物置に入れられました。
その時、私は、母が迷惑を掛けた家の人に対するアピールのために、私を過剰に罰したのだと感じていました。
きっと、その時にも手首を掴まれたのだと思います。

それですっかり体も記憶してしまったのだと考えました。



3)ONSA WORKSHOP および TAT セッションで、その過去(正確には、過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)がどんな風に変わってゆきましたか?


手首については、大人を階段から突き落とす位の力は、2歳児に簡単に出るわけはありません。
何か母に必死に訴えたいことでもあったのでしょう。
それを端折って、2歳児がしたことばかりを何十年も言い続けるのは卑怯だと思いましたが、母親の未熟性によるものなので仕方ないということにして、丸ごとポットに入れ、私が前に進むために終わらせることにしました。
今でも、どこかを掴まれることは好きではありませんが、恐怖は感じなくなりました。


頭については、「TAT セッション」の当日には、金属棒が頭に当たる場面を、まるでビデオテープの巻き戻しのように、頭をえぐった棒が抜けていくのが見えました。
「事故は起きていない、死なない」と思えて、ほっとしました。

さらに数日後、突然、自分が生まれてくるときに、会陰切開のはさみが当たったのだと思い出しました。
母子手帳の記載と、生まれて間もないときの写真、金属の棒が頭に当たったときの感覚が符合しました(職業上わかります)。
(* Kさんの職業は助産師さんです/編集注)

そんな怖い思いをした自分がかわいそうだったけれど、理由がわかってとても安心しました。
そして赤ちゃんたちに一層やさしくしようと決めました。
そして、自分の物理的なバウンダリーの中に無言で入られたり、何かで頭をかすめるようにされたりすることについては、「失礼な!」とは思うものの、「死ぬ!」とは思わなくなりました。



4)TAT セッションを受けるには、どんな前提条件が必要だと思いますか?

ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」 こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること………など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、ご自身の言葉で教えてください。




「裁かない」「持ち出さない」「メモをとらない」「心を開く」ができること。

主催者や参加者を信頼できること。

一緒に進もうと思えること。

「自分は変われる」と思えること。

時間に間に合うようにくること。

課題と取り組むことができること。

協調性が養われていること。



5)もし自分が ONSA WORKSHOP で訓練をしないまま TAT セッションを受けていたら、どんな風であったか、想像して、教えてください。



「こんなこと言っても分かって貰えないよね、きっと」と心を開くことができなかった。
ルールを守れなかったかも。

TAT は実は眉唾で、「ポット」と言う名の壺を買わせられるかも、と思っていたかも。
自分の問題がなんだったかはわからなかった、もしくは言葉にできなかったかも。



6)ONSA WORKSHOP は、TAT セッションを受けるにあたり、あなたにとってどんな風に役立ちましたか?



優月さんも参加している、仲間も信頼できる、と知っていたから、安心して心を開くことができました。



7)TAT セッションを受けてみた後、1)と2)で書いた問題は、どのように変化しましたか? そしてその変化は、あなたにとって、どんな風に感じた出来事だったでしょう。
あなたの言葉で教えてください。




1)で書いた問題について:手首も頭も気にならなくなりました。

2)で書いた問題について:冷静に向き合えるようになりました。

「私の幸せのために」前に進むぞ、そのために、いろんな過去や、もやもやは、まとめてポットに入れちゃえ! そして……、と思えるようになりました。
自分には無限の可能性がまだある、と信じられ、とても心が軽やかで、うれしく楽しい気持ちになりました。



8)これから ONSA WORKSHOP ならびに TAT セッションを受け、みずからのトラウマに向き合ってゆく方にメッセージをお願いします。また、痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている方に、あなたにしか送れないメッセージをお願いします。



頑張っても空回りして、うまくいかなかった蓄積や、悩まされている体の不調ばかりで、幸せや、生き甲斐や、生きている意味すら感じることが難しい状態にあるかもしれません。
変われるなんて信じられないかもしれません。
ちょっと前の私もそうでした。

大丈夫。変われます。
あなたのペースでOKです。
せっかく生まれてきたのだから、一緒に幸せになりましょう。



9)最後に、ここまで歩いてきた自分自身に、メッセージをお願いします。
誰かに遠慮する必要はありません! 思い切ってどうぞ!
感じていることを、素直に書いてみてください。




ずいぶん遠回りしました。
いろいろな人たちに翻弄もされました。

彼らや彼女らが勝手に私に求めるものを、私が与えなければ私には価値がなく、親にも愛されない、つまらない人間で、負け越しの人生を送り、そのうち事故で死ぬのだと思わされていました。
私には、自分の幸せを求める価値はなく、許されもしていないのだから、せめて誰かのことをして、役に立てればそれが幸せ。
助産師冥利に尽きるじゃない。
そう思っていました。

でも、違和感があったことに気がついてもいました。
だから、これからは自分の幸せを第一優先で大切にします。



Epilogue)Kさんの現実的で、大人な性格をかんがみれば、理由のない恐怖感(金属の棒が突き刺さって、事故で死ぬこと)に本気で悩まされていることを告白してくださるのは、非常な勇気が要ったと思います。かつ、それがまるで、映画を見ているようにリアルなことを、ご自分自身でもどう受け止めてよいか分からないと感じていらっしゃったかもしれません。
同時にですが、それが「取れる」という可能性がなければ、そもそも自分がどう思われるかのリスクを冒して、恐怖感のことを話してくださる気になれたかは不明のように思います。

TAT は、実はこのような「身体感覚レベルで悩まされていること」に、いちばん得意を発揮します。
以前私が個人的に扱った「運転恐怖症」の女性も、組織を経営するぐらい有能であるのに、なぜか分からないが怖くて運転ができないことに、大きなショックとコンプレックスを抱えていました。この場合も実は原因があり、しかもその原因は、本人がすでに忘れてしまっている・意識から遠ざけていた領域にあることが明らかになりました。もちろん症状も、1回でほぼ取れました。彼女は今、運転に大変前向きで、安全運転のため教習をやり直す計画を立てています。

Kさんが自らの体験で示してくださったことは、多くの「恐怖症」の方に希望の扉を開きます。
じゅうぶん大人で現実的、しかも医療関係者であるKさんが、勇気を出してご参加くださり、自身の体験をシェアしてくださいましたことに、心から感謝申し上げます。




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おわりのご挨拶:


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皆さまの体験を読まれて、いかがでしたでしょうか。
このページを校正しようとプリントアウトをかけようとしましたら、総ページ数が50ページを超えていました。
読んでいるうちに「ちょっとした本のようだ」と感じられた方は、まさにその通りだと思います。

私・藤沢優月は、第一に自らの体験から「TAT(ティーエーティー)」を学び、資格を取得しています。
そして訓練の間じゅう、悩み続けていました。
「症状そのものが『スルッ』と取れてしまえば、それはそれで幸せじゃないの?」
「今すぐ……、今すぐにでも解放されたい! という人の願いを叶えられるなら、それはそれで良いことではないの?」
でも一方で、TAT という科学を、あたかも「珍奇な魔法」のように扱うことに、非常に強い疑問を感じていました。

どれだけ考えても答えが見つからない、この疑問はひとまず置いておいて、12名の方に、実際に体験をしてもらいました。
そして12名の方に、実際に感想を聞いてみたのが、ご一読いただきました記録です。

「しかるべき再訓練を受けないまま、TAT を受けていたら、どう思っていたと思いますか?」
そんな風に聞いてみたところ、いただいた答えが上のものとなります。
そしてその答えを読んでみて、結局私も、私自身の人生にそんなこと……ただ症状だけを「ピョッ」と取ってもらうこと……を望んでいないのだということが、自分の実感として分かりました。


人生の重みと価値は、そんなものではないように思います。
そして、TAT も含め、すべての訓練に対して私は、崩れることのない安定と幸福、安心を培ってくれることを望んでいました。
すぐに成就するが、一瞬で消えてしまう「インスタント」は要りません。そしてそれは、同様の目に遭った、多くの方の願いでもあると感じています。
そして、再訓練の積み重ねを経て、自分の人生が揺らぐことのない安定感を得ていることに、満足と安心を覚えます。


「人生に、偶然はない!」
これは、私の TAT トレーニングのパートナー(イギリス人の女性)の口癖です。
そうやって12名の方にお集りいただき、肯定的な意味での「バリエーション溢れる症例の集合」のような、すばらしいシェアーをいただくことができました。
この中のどなたかに、あなたに似た方が、必ずいらっしゃるように思います。

「私も TAT を受けてみたい!」
そう感じた方は、どうぞいらっしゃってください。
まずは ONSA WORKSHOP で基礎体力をつけて、高速道路走行(TAT セッション)に備えましょう。

どうか、あきらめないで。
12人の第1走者+藤沢、ONSA が、あなたのことを強く想っていることが、少しでも伝わりましたら幸いです。




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