2012.04月開催 「TAT セッション」ぼたんクラス(2回目:Special PAY FORWARD)

PAY FORWARD:ONSA TAT セッション
2012.04月開催 「TAT セッション」ぼたんクラス(2回目:Special PAY FORWARD)


「ONSA TAT セッション」の PAY FORWARD(ご参加者のご感想)です。
Special PAY FORWARD は、9項目の質問に答える形式となっております。
なお、PAY FORWARD の本文中には、ポット(pot)という専門用語が登場する場合がございます。その旨どうぞご了承ください。

●コースの内容 
- 「ONSA TAT セッション」
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- PAY FORWARD(ご参加者のご感想) もくじ

 PAY FORWARD(ペイ・フォーワード)とは「次の人につなぐ」という意味。すでに ONSA WORKSHOP にご参加されて、ひと足先に変化を歩き出した方々から贈られるメッセージです。
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E さん ぼたんクラス


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1)あなたの問題は、そもそも、どんな主訴でしたか?



会社で何をやってもうまくいかなく、八方塞になっていました。
また、それと同時にとても体調が悪い。
この2点が気になって、ONSA WORKSHOP に申し込んだことが、すべての始まりでした。

丁寧に過去の自分を紐解いていくと、この2つは、小さい頃から積み重なってきた自分の思考回路によって選んだ行動の結果で、どうしようもなく自分を追い込んだ結果が、たまたま表面に現れただけ。

家族問題、幼かった頃の頃の小さな人間不信、
「自分も他人も信用できない」「常に緊張していて不安だ」
些細なことが、たくさん積み重なっていました。



2)どんな環境、どんな過去を持っていますか?
どんな痛みの体験が影響して、そのような主訴を持つようになったのでしょう。
過去を振り返ってみましょう。
あなたは、どのような体験をしたのでしょうか。




親にはたくさんの愛情を注いでもらいましたが、過保護だったり、自分の本当の気持ちを言えずにすごしていました。
何か決めるときも、「この範囲なら両親も許してくれるだろう」と、ひとつ条件をつけて、その中で自由を探す、といったような……。

また、父親が厳格だったため、機嫌を損ねないようにと気を使うこともおおくありました。
体育会系だったため、怒ったときの大声がとても苦手だったのです。
また、親戚一同そろって「男の子」である弟ばかりを持てはやす傾向もあり、「お姉ちゃんだから」で我慢をしてきたこともあったかと思います。

両親に構ってほしい気持ちがあったのか、幼少時は病弱で、幼稚園や小学校を長期休んで毎日点滴を打つようなこともありました。


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また、育ってきた環境も、とてもコンプレックスでした。
自分のしたいことよりも、他人にどう思われるか、どうしたら他人から浮かずに済むのかに、とても神経を注いでいました。

人の前に出て、活動することも好きでしたが、小さな糾弾を受けたのがきっかけで、ひたすら地味に、目立たないですごそうと思うようにもなりました。
もうどんな行動とっても、他人からは「違う人」と見られるんだ、と思い、自分の本心を人に言うこともなくなり、自分自身をケアすることも怠り、ここから抜け出したいという一心で日々をすごしていました。


進学で一度実家を離れ、羽を伸ばしたものの、実家に問題が起こったことも重なり、もう一度地元に戻ることを決意しました。

その先で入った会社は、タイミングの悪さが重なり、とても雰囲気が悪い場所でした。
怒鳴り声、罵声、「使い物にならないから辞めろ」といわれたことも。
自分を責めて、悔しくて、なんとか見返したいと思う中で、疲弊して笑うこともできなくなり、感情を押し殺して周りの機嫌を見て、ただ与えられたものをやることで精一杯、常におびえていました。

そんな状況では、使い物にならないのも当然だ、と今になってつくづく思いますが、やりがいもある職のはずなのに身体が追いつかない、無感動な日々をすごしていました。

数年たった今は、入社当初のような状況ではないものの、入社当初に受けたショックと似たようなものを受けると、パニックになり、気持ちを収めるのにとてつもない体力・気力・時間を使うようになっていました。
そして、やっぱり気持ちのどこかでおびえています。


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また、家に帰ると、家での問題にも向き合わなければならず、仕事でもプライベートでも疲弊していました。

地元での就職が、自分の小さい頃の経験とだぶってしまい、頭ではわかっていても、身体が反応してしまっていたのだと思います。
もしかしたら、アダルト・チルドレンだったのかもしれません。



3)ONSA WORKSHOP および TAT セッションで、その過去(正確には、過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)がどんな風に変わってゆきましたか?


自分を、客観的に見つめることができるようになりました。

今までは、何かひとつ問題があると
「すべて私が悪いんだ!」
「私の努力不足だ!」
「私が我慢すれば…」
と思うことばかりでした。
自分で自分をいじめて、どんどん問題ばかりを呼び寄せていたようにも思います。

ONSA WORKSHOP、ONSA TAT セッションを受けて、見たくない感情にまで手を突っ込み、明らかにすることで、肩の荷も降ろせました。
WORKSHOP に参加される皆さんの痛みを分け合う機会もあり、誰もが大なり小なりトラウマを抱えていて、それを自分ひとりで背負うことでいっぱいになっているのではないかな、と思うようになりました。



4)TAT セッションを受けるには、どんな前提条件が必要だと思いますか?

ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」 こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること………など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、ご自身の言葉で教えてください。




その場にいる人に対する信頼を持ち、すべてを預ける余裕があること。
また、誰かに依存するのではなく、自分の痛みに自分で向き合うことができる力。
そしてそれから逃げない力。
どちらも、ONSA WORKSHOP を受ける中で、自然に身についてくるものだと思います。



5)もし自分が ONSA WORKSHOP で訓練をしないまま TAT セッションを受けていたら、どんな風であったか、想像して、教えてください。



TAT セッションの雰囲気が独特なので、信用できたのかな? と思います。
また、余計な雑念ばかりに追われて、集中できなかったかもしれません。

通常のワークよりも意識の深いところに入っていくので、クレンジング・リアクションの知識がないと、セッション後のケアも大変かもしれません。



6)ONSA WORKSHOP は、TAT セッションを受けるにあたり、あなたにとってどんな風に役立ちましたか?



ワークの中で、問題に気づいてきたからこそ、TAT で深い問題に手が届くようになったと思います。
また、自分で自分をケアする方法を学べたため、セッション後の不安定な時期も乗り越えることができました。

基礎知識(ワーク)があることで、応用(TAT)の効果が増す! と思います。



7)TAT セッションを受けてみた後、1)と2)で書いた問題は、どのように変化しましたか? そしてその変化は、あなたにとって、どんな風に感じた出来事だったでしょう。
あなたの言葉で教えてください。




問題自体は変わりませんが、問題に対する自分の受け取り方が変わりました。
過去の私は、環境の中に自分も、自分の感情も押し込めようとしていました。
何かあれば自分を罰することで、自分を犠牲にすることで、物事を乗り越えようと思っていました。
ひたすら強がって、意地を張っていました。

でも、それではあまりにも苦しかった。
当然、自分を守るすべも知りませんでした。

ですが、ONSA WORKSHOP に通い、セッションを受ける中で、起こった出来事は変えられないこと、同じような問題を抱えているのは自分だけではなく、また、今までのセッションで問題を乗り越えている先輩がたくさんいること。

そんな事実をひとつひとつ知って行く中で、現実と向き合う強さ・たくましさを身につけることができたのだと思います。


また、小さい頃からずーっとつらくって、それが当たり前になってたから、誰にもそのつらさをいえなくて、抱え込んでいたんだなあと思いました。
今思うと、それでここまで生活してこれたことに驚いてもいます。
もっと積み重なる前に、自分の気持ちを開放できてよかった。

今まで使っていたエネルギーをもっと別のことに使っていきたいです。



8)これから ONSA WORKSHOP ならびに TAT セッションを受け、みずからのトラウマに向き合ってゆく方にメッセージをお願いします。また、痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている方に、あなたにしか送れないメッセージをお願いします。



人は誰しも問題を抱えていると思います。
そして、その問題をどう捉えているかも、やっぱり人それぞれです。

何か小さくても違和感を感じたら、そして、状況を変えたいと思うならば、思い切って飛び込んでみてください。
1人では何もできなくても、ほんの些細なきっかけと一緒に時間を共有してくれる、ただそこに居る自分を認めてくれる仲間が居れば、きっと勇気と自信が自分の中にあふれ出し、ほんの小さなヒカリが見えてきます。



9)最後に、ここまで歩いてきた自分自身に、メッセージをお願いします。
誰かに遠慮する必要はありません! 思い切ってどうぞ!
感じていることを、素直に書いてみてください。




私はずっと、自分の抱えている問題から目を背けていました。
何かがあるのはわかっている、でも、その問題を認めたら最後、今持っているものがすべて壊れちゃうんじゃないか、1人で悲劇のヒロインぶってるんじゃねーよ、といわれてしまうんじゃないか、と。
そう思って、ひたすら逃げて逃げて、八方塞になりました。

もっと早くになんとかできればなあ、と思うこともありますが、今となっては物事はすべてタイミングだ、と割り切ってもいます。

自分の抱えている荷物を降ろしたら、とても楽になりました。
そして、なくしていた、やりたいこと、大好きなもの、問題にはまってるときは全然気づかなかったけれど、ずっとずっと支えてくれていた大好きなひとたちに、まっすぐに向き合っていきたいなと思うようになりました。
もう強がりも、意地をはるのもやめようと思うし、やっぱり今の環境はいやだから、動きたい、って前向きに思えるようになりました。


「人の幸せって、うつるんだよ。だからSちゃんが幸せなら、私も幸せになるんだよ!」

そういえば昔、私のぐずぐずした悩み相談に乗ってくれた先輩が、こんなことをいっていたなあ、とこのワークをしながら、思い出しています。

当時は、そうは言われても私には無理です! って思っていたのですが(笑)。
TAT セッションを終えた今なら、たくさんの人に幸せを分けることができるんじゃないかな、って思います。


運よく、ONSA WORKSHOP にたどり着き、思い切って飛び込んでみた私自身と、そんな私を、受け入れてくれた藤沢さん、田宮さん、セッションを一緒に受けた皆様、心から、本当に、ありがとう。



タイトルはじまり目印

K さん ぼたんクラス


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(* ご本人のメッセージも、一緒にお届けします)

まずは、優月さん、そしてご参加の皆様、本当にありがとうございました。
かけがえのない時間という言葉の意味がすっと馴染んでくるような、そんな時間をご一緒できて嬉しかったです。
そして、拙いこの文章が、どなたかにとってひっかかりがあれば嬉しいです。


1)あなたの問題は、そもそも、どんな主訴でしたか?



大きく分けて2つあります。

1つは、ONSA WORKSHOP を通じてずっと問いかけてきた、「両親との確執から、自分の夢をあきらめてしまったことの罪悪感から逃れられない。人生をだめにしてしまったような後悔」です。

自分がなにか目指すことは、それ自体が罪悪だと思ってました。
何かを得ると、必ず周りの人を私が傷つけたり、愛情を失ったり、裏切り者とよばれるようになる、と。
夢を叶えたら、愛情は失われる、自分が夢を叶える資格はない。

でも、私は夢を叶えたい。
この矛盾を解決するには死ぬしかないと、いつも思っていました。


2つ目は、TAT の1回目を受けている最中に浮かんできた、「デートレイプ(に似たこと)をしてきた男性への恐れと、男の人なしでは生きていけないという不安」です。
意識上では、私は恋愛によって精神的に救われてきたし、感謝してきました。

でも、1回目の TAT session で、他の方の sharing を聴いているさなか、突然、自分が心を守るために身体を犠牲にしてきた数回の経験から、セックスが苦手なこと、男性の暴力的な部分をちょっとでも感じると怖くて仕方がないことを思い出しました。

2回目のTAT WebEx session までの間に、恋愛に関して二律背反的な感情を持っていることに気づき、テーマにしました。



2)どんな環境、どんな過去を持っていますか?
どんな痛みの体験が影響して、そのような主訴を持つようになったのでしょう。
過去を振り返ってみましょう。
あなたは、どのような体験をしたのでしょうか。




1.親との関係について

小さい頃から、親と価値観のすれ違いを感じて生きてきました。

最初のはっきりした記憶は、私が小学生になったころのことです。
父に肩車されながら、当時大好きだった童話のことを話して、「私、大きくなったら文学部にいって小説家になるの」とうきうきしながら話しかけた時、父は「ははは、やめてくれよ、文学部なんて。」と言いました。
父に触っている足の部分がひやりとしました。
本当に通じていない、ことがわかったからです。

私の家では、親の決めた基準を満たすことが求められました。
些細な過失でも母親はヒステリックに怒り、故意ではない忘れ物や、強化による成績の差を、「ずるい」「好き嫌いが激しい」と責めました。

その過程で、自分は汚くて卑怯な価値のない人間であり、感情を出すことや意見を言うことは許されないというあきらめが育ちました。
論理的で自他共に厳しい父に、算数が他の教科に比べてできないことを詰問され、夜中に泣くまでいつも叱られるのを母にこぼすと、母はその場では何も言いませんでしたが、その後、塾へ向かう車のなかで私に
「お父さんがあなたを叱るのは、期待してるから。私は、あなたは努力が嫌いで何もしない子だから、なんの期待もしてない。だから怒らない」
とぽつりと言いました。
その場で電流に打たれたようにショックを受けましたが、その時点でもう「私が悪い」と思い込んでいたので、態度には一切出せませんでした。


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私は小さい頃から、どういうわけか、なりたい職業があらかじめ決まっていて、そのためにどうやって時間を使うか? ということを最初に考え、他の時間はできるだけ家族や友達にも時間を使おうとしていました。

小学生のころは、夢を話しても、苦笑されるだけですみました。
それが中学以降になると、大企業の正社員か公務員、国家資格で働く資格職以外の職業を目指すことは禁じられ、「行ってもいい学部」「やってもいい部活」と決め事が多くなっていきました。

私自身が望んだわけではない ”まともなこと” をするために、好きだった絵やピアノといった習い事をやめることになっても、私に決める権利はないと感じていました。
私はお金をかけてもらう立場だったのと、すでに社会的な安定と成功を持っていた両親と私ではわかりあえないと諦めていたので、何を言っても無駄だと感じていました。

また、母は「子供のうちしか楽しいことはない」「好きな人とは結ばれない」「仕事をすることはとてもつらい、でも就職しないと生きていけない」といったメッセージを、家族の中で私だけにぽろりとこぼしてきました。
また、TV や新聞で成功者や歌手が話すたびに「才能がある人ってすごいね。夢を叶えられるんだものね。うらやましいね。あなたは私と同じように平凡に生きるしかなくてかわいそうね。」という物言いをする習慣がありました。

私は、自分にも何かあると信じて成長する途中だったので、それが何よりつらく、私だってできるんだよ、と伝えたくてたまりませんでした。
でも、言っても絶対に信じてくれない。
なぜなら、彼女自身が否定している彼女の、私は「娘 = コピー」だから。


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理解してもらうのは無理だと思ったので、私は心のなかで「絶対に私は夢を叶える!」と思いながら書くことを続けていました。
でも、毎日自分を否定されるような経験を積み重ねるうち、「でも私には才能なんてないし、何をしてもうまくいかない」という思い込みのほうが強くなりました。
高校生頃になると、いつまでたっても自分が夢を実現できないのは、自分に才能がないからだと毎日自分を責め、周りの人の評価に怯え、でも何も書けない、死ぬしかないか……という悪循環に陥っていました。

唯一夢中になったのは部活での演劇ですが、成績が落ちたことで父と母が喧嘩になり、帰るたびに父が母を責めるのが見ていて辛く、やめることにしました。
発作的に教室を出て死のうとしましたが、知り合いが通りがかったことで助かりました。


思えば両親とも、何かうまくいかないことがあると、外側に原因を探す人でした。
私はそれが嫌だったので、とりあえず全部自分のせいだ、と思い込んで、誰のことも責めないようにしていました。
でも同時に、両方の親の親族みんなから「成功者でないと意味がない」という価値観を受け継いでいました。
私自身は親の言うこと、本当じゃないと思う。
でも私は子供、才能もないかもしれないし、成功もできないかもしれない……失敗したら死ぬしかないの?


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親元を出てもずっと悩み続けましたが、進路選択のとき、えいやっと自分のための選択をしました。
とりあえずその時一番やりたかった、演劇をやること。
好きなことを職業にするための挑戦をすること。

第一希望の劇団に合格し、やっとこれから自分の人生はじめるんだと思っていました。
でもどこかで、「もう結果出してるんだし、親も認めてくれるはず」と期待してしまい、入団手続きの前に報告に行きました。
すると、それまでの冷戦状態が一気にホットな戦争に変わりました。

裏切り者と罵られ、昔からあんたはそういうやつだったとか、信じられないとか、あなたはうちに生まれた事を後悔してるんでしょうとか、今更言われても、という言葉ばかり繰り出されました。
私の娘であるかぎり成功するなんて許さない、でも、世間並みにならないなら生きていても無駄。
そう顔に書いてある気がしました。

なんとか親の言うことにも理を見つけようとして、折り合おうとして、妥協しようとして、入団試験も断って「どうしたら親と折り合いながら、演劇もできるか」という方向性に私は切り替えましたが、そもそもの出発点がまるで逆だったので、一旦妥協すればどんどんそれを強いられる、精神的にきつい日々が始まりました。


文節区切りの線


親子だというのに契約書を書面で書き、サインしないと東京には返さないという無言の圧力を受けながら印鑑を押す。
ていよく牙を抜かれたことに気づいて抵抗すると、頻繁に実家まで呼び出され、応じないと一日に何度も電話がかかってくる。
東京の家まで押しかけてくる。

家に一旦帰れば、お茶やご飯をはさんで何時間も人の前で責められ続け、言葉がでないとやじられ、何を言ってもお金の話にすりかわり、私一人が家の秩序を乱す悪者と言われました。
このままでは身体が持たないと思い、とうとう親と縁を切ろうと手紙を書きましたが、目の前で捨てられました。

ボロボロボロボロ泣いて、泣いて、二回目の自殺を試みましたが、ほとんど未遂に終わりました。
とにかくこれ以上拘束されるのが嫌になってしまい、就職することに決めたら、今度は「あんたが女優になるのを私たちも楽しみにしたんだ。意思を貫く覚悟もないのか」と言われて驚きました。


それから、実家に帰って、一緒に住む契約を破るために家出をして、大学最後の一年はアルバイトをして、友達にご飯を食べさせてもらって卒業し、「頼むから内定した会社で就職して」と懇願する二人を振りきって、アルバイト先で引き続き勤めることにしました。

ここで初めて明確に親の支配下から出たので、気持ちは晴れやかになりました。
ただ、その間の2年程度の間に、精神的にも肉体的にも少し無理をしていたことから、入ったすぐの会社を辞めてしまい、実家に帰ることになりました。

父が単身赴任で東京にいたので、母と二人暮しをするうち、ひょんなことから、お互いにお互いが人間であることが少しずつわかってきて、母が私のことを実は嫌いではなかったことがわかり、救われました。

その数ヶ月で、かなり親との関係は改善し、覚えている限り、初めて実家にいて心から寛ぐことができるようになりました。
私も親の人生に介入し、変えようとしていた点に気づいたのと、心療内科でアスペルガー症候群のけらいがあることがわかり、どうしても普通に振る舞えない理由の一端には器質的な問題があるとわかったのは、嬉しかったです。
ずっと普通になれと言われてきたので、普通にはなれないし、ならなくていいんだと思うと、解放されました。

数ヶ月後、やはり東京には戻るつもりだったので、いま勤めている会社の試験を受けいまは一人暮らしをしています。


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今の生活は平和です。
でも、心のなかで、「私はいま就職してるから、親との関係も安定しているんだ」と気づき始めています。
安定しつつも、何か魂みたいなものを空っぽにしているような空虚感に襲われたり、自分は自分の人生を生きることから逃げたんだという思いが時々浮かんできて、苦しくなるようになりました。
また、このまま事務員として普通に生きて結婚して……という未来を受け入れようと思っても、全然目指したいと思えないことに最近気が付きました。

大学当時の友達や、応援してくれた人と会うことができるようになったのは、ONSA WORKSHOP を受け始めてからです。


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2.恋愛について

どうしてか、小さい頃から自分は汚い、容姿は醜いし、だれにも愛されないと思っていました。
私は母にかなり似ているのですが、母は容姿にコンプレクスがあるひとで、私のことを素直に受け入れることができず、また、私が他の人にほめられるたびに、それは嘘だよと伝えてきました。
嫉妬のせいもあったのかもしれません。

また、原因はわかりませんが、幼稚園に入る前から、爪を噛む癖や、体中(特に陰部)に傷をつくる癖があったので、それが影響して自分を汚く感じていたのかもしれません。


もともと男女ともに話すのは好きでしたが、何人か、精神的に不安定な相手がいました。
いつも、相手の執拗さに根負けして、相手のいいように振舞っているうち、相手が深く依存するようになり、演技が破れたところで暴力的な出来事が起きて逃げる……ということを繰り返していました。
もしくは、安定したいい相手と付き合っても、関係が家族に近くなってくると、とたんに束縛される気がして、逃げ出していました。


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中学生の時は、相手の執拗な視線が怖く、自律神経失調症になってしまったことがありました。
別れてから実は身体目当てだったとあてこすりを言う相手や、仕事にかこつけて私を自分の家まで車で連れ帰る相手、これまた仕事にかこつけて自宅まで荷物を取りにこさせ、無理やり抱きしめてくる相手……みんな精神的に不安定な人たちだったので、その場ではお母さんのような気持ちでなんとか許すことができましたが、心のなかでは悲鳴をあげていました。

なにより、仕事(サークルでの自主制作映画などですが、私にとっては大事な仕事でした)にかこつけて、断れないように外堀を埋めて迫ってくる相手には、激しく怒りを感じました。
また交際中、私が嫌だといくらいっても聞かず、屈辱的なセックスをさせられた相手もいました。
どれも皆、なんとか身体の感覚と自分の心を切り離すことで耐え抜きましたが、生理的な嫌悪感が残ることは同じでした。

私とうまくいかなくなった相手が精神病になったり、倒産したり、変質してしまうこともありました。
私自身が相手を変えることに残酷な喜びを感じていて、思えばとても深く依存させてしまい、私自身も依存していました。


1,2の両方に共通するのが、身近な相手が信用出来ない、拘束もしくは暴力、恐怖感でした。
そうならないように、恋人なら毎日ずっとべったり一緒にいて、お互いの気持ちがずれないように振る舞い、家族なら徹底的に離れ、一緒にいるときは相手の理想像を読み取って、そのとおりに演技していました。
演技するうちに、自分の感情や身体のありかがわからなくなりました。



3)ONSA WORKSHOP および TAT セッションで、その過去(正確には、過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)がどんな風に変わってゆきましたか?


今まであったことは、私だけのせいではないと思えるようになりました。

もちろん理性では、私が悪いんじゃない、親や彼らのいる環境も悪いんだと思いましたし、友達に打ち明けるときは随分悪くも言い、笑いました。
でもどこかで、すべての原因は私にあり、私は死ぬべき存在なんだ、生まれながらにしてひとを傷つけ、うまく死ぬこともできない人間の屑なんだとずっと思っていました。

時間をかけて親との関係を改善してゆき、一個一個真面目に恋愛をすることによって、癒されてはきました。
ただ、時折無性に落ち込み、自分を傷つけたくして仕方がなくなる衝動にかられることが、最近までありました。

そういうものが今は無いです。
というより、過去のことを思い出さなくなっています。
いつでも今か、未来だけ。
今のことで少し気になることがあっても、切り替えることができます。
気持ちを切り替えるっていう言葉の意味がわかりました。


また、TAT セッション後、昔からの友人と連絡が取りやすくなりました。
周囲から、「つきものが落ちたように綺麗になったね」と言われるようになりました。

会社でうっかり境界線を無視して怒鳴られた時も、きちんと相手の目をみて対処して、相手を不必要に傷つけず、冷静に振る舞うこと、後で自分の感情をケアすることができるようになりました。

外側に表れてきたことなのですが、記録しておきます。



4)TAT セッションを受けるには、どんな前提条件が必要だと思いますか?

ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」 こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること………など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、ご自身の言葉で教えてください。




自分の問題が問題であると認識していること。私にとって、死にたくなることや、夢をばかにすること、世界を呪うことは、あまりにも普通のことだったので、それがプレーンな状態ではないと気づかなければ、ずっとそのままだったなと思います。

提出物や時間をきちんと守りたいと思えるほど、現状を変えたいこと。
また、心底調子が悪い時は、緊張して多分ワークも出せてなかったと思いますので、心の安定が必須です。

そして、当たり前ですが健康でいること。
調子悪いかな、と思った時に休める、自分センサーが養われていることが一番大事です。

私は、一番調子が悪かった時、病気ではないのに一日中家から出られず、涙が止まらず、道端でよく倒れこんだりしていました。
まずはそれを治すために、民間療法(冷えとりとかアロマテラピーなんかも使いました)も含め2年ぐらいで身体を治しました。
もし治っていなかったら、ONSA WORKSHOP への参加は不可能で、TAT 当日にも貧血になっていたと思います。

クレンジング・リアクションを感じながら会社に行くのは、わりとたいへんだったので、身体の調子を無理せず見られるようになってなかったら、まずかったなと思います。

どうかみなさん、どんなやり方でもいいので、自分の身体を大切にしてあげてください。



5)もし自分が ONSA WORKSHOP で訓練をしないまま TAT セッションを受けていたら、どんな風であったか、想像して、教えてください。



何も感じなかったと思います。
へー、それで、私には関係ないけど? っていう疎外感で終わったと思います。

頭のなかで、空想の風景や感情を思い描くのは(そしてそれで身体感覚を騙すのは)得意なので、本当の自分の心に一回もアクセスすることなく、参加した気になっていたでしょう。

今の私には、それとこれの違いがすごくリアルにわかります。
もしそうなってしまっていたら、自己催眠から逃れることはできず、TAT もまた身体感覚を自分から切り離すため、問題解決とは逆の方向に働き、またひとつ「問題を解決する手段」をなくしていたはずだからです。
それは何より怖い。
自分で足場を崩すようなものですから。

私見ですが、TAT に関心を持たれる方のなかのなかには、私と同じように、身体と自己を騙すことによって精神の崩壊を防いできた方もいらっしゃるのではと思うので、そういった方には、効果が高い方法だからこそ、基礎訓練をおすすめします。
きつい言い方になってしまって申し訳ないのですが、そう思います。
私はもともと『未来日記』はずっと書いていて、ONSA WORKSHOP を3回受けましたが、足りないかもしれないと思うほどです。



6)ONSA WORKSHOP は、TAT セッションを受けるにあたり、あなたにとってどんな風に役立ちましたか?



自分には問題があることがわかりました。

そして、最初に受けた「変容(トランスフォーメーション)ワークショップ」後、仕事でミスしたり、話している相手の表情が曇った時に感じていた「私なんて死ねばいい」という衝動がなくなりました。

また、「身体のワークショップ」を受けてから初めて自分の心と出会い、自分の容姿を肯定できるようになりました。
「境界線(バウンダリー)ワークショップ」を受けてから、仕事のために心を犠牲にすることを、自然に選ばなくなりました。

独学で心理学の本をむさぼり読んだり、セルフワークをしていたころには、その時はよくても「変化」を感じることがありませんでした。
この場を借りて、ご一緒できた皆様に感謝です。
皆様がいてくださったことで、続けることができました。
ありがとうございます。



7)TAT セッションを受けてみた後、1)と2)で書いた問題は、どのように変化しましたか? そしてその変化は、あなたにとって、どんな風に感じた出来事だったでしょう。
あなたの言葉で教えてください。




1は他人ごとになりました。
2は問題に気づき始め、楽になってきました。

実は最近、就職活動中の弟が、私と同じように親の拘束を受けています。
こちらから望んでいないのに、頻繁に会う機会を設定され、何を言っても否定される。
そういう弟の話を、もし TAT 前に聞いてたら、当時の恐怖が蘇って、体中が凍ったりしていたはずです。
かなり腹は立っていましたが、話を冷静に聞けるようになったのは何より、その問題が私起因のものじゃないってよくわかったからです。

それから、大学の時の友達や恩師はみんな、私が好きなように生きることを後押してくれていたので、私は彼や彼女のことも裏切ったようにずっと感じて、あまり連絡ができなかったのですが、そういうものもなくなりました。

また、自分が就職したのは間違いじゃない、と自分に言い聞かせる癖もなくなりました。
その時はその時の選択。
でも、これからは違う選択。
と、過去と今を切り離すことができるようになっています。
もう一度舞台やりたいなとか、きっと一生思わなかったんじゃないでしょうか。

2については、自分の問題を自覚できるようになりました。
法的に保障された、家族って関係になるのがまだ苦手なんだわ、って。
そして、自分がひとのことを好きになることを、仕方のないことと受けいれています。
一人でも生きていける気が、以前は全くしなかったのですが、今はいけるかも、と思っています。



8)これから ONSA WORKSHOP ならびに TAT セッションを受け、みずからのトラウマに向き合ってゆく方にメッセージをお願いします。また、痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている方に、あなたにしか送れないメッセージをお願いします。



はじめまして、会えて嬉しいです。
なぜかというと、この場でこれを読んでいるということが、あなたがきっと何かに出会ってる証拠だと思うからです。

私は、自分でもなんだかわからない謎のようなもやに包まれて生きてきました。
悲劇に酔ってたふしもあり、「おとなになりなよ」とか「前向きに将来を考えなさい」とかのメッセージを聞くと、死ぬことしか考えられなくなるぐらい、未来が怖くてたまりませんでした。

これ以上怖い思いをするのが嫌だから、死にたいって何度も何度も願いました。
大通りをわざと車の前通ったりして、轢かれないかなと思ってみたり、わざとお金をギリギリまで使い切ってみたり、親しい友だちができたら縁を切ったり、本当に好きなひとからの好意は全部嘘だと思ってました。

でも、今生きてるんです。
よくわからないけど、私は好きな音楽や本があって、そういうものを好きでいる、味わっている時間だけは本当に幸せだったし、みんなで何かを作る歓びや、本当に好きなひととのめちゃめちゃ綺麗な時間を味わうことができました。

もしも、私が本気で死ぬ運命だったら、そんなものに出会うことはなかったし、ここでこうやって書いていることもなかったと思います。
そういう偶然とか運命の働きのことを、私は神様と呼ぶことにしてます。
神様はいると思いました。

あなたがここを見てるのは、偶然じゃないって思います。
ONSA でもいいし、どんな場所でもいい、あなたが今からは想像もつかないぐらい幸せだなーって思うことができるようになるための場所、神様は用意してくれてるんじゃないかな、私はそう思ってます。

ONSA はそのなかでもとびっきりの場所です。
いつかお会いできたらとても嬉しいです。



9)最後に、ここまで歩いてきた自分自身に、メッセージをお願いします。
誰かに遠慮する必要はありません! 思い切ってどうぞ!
感じていることを、素直に書いてみてください。




いやー、よくやったよ。
というか、これ書くの相当大変だったよね。
お疲れ様。

そして、恋愛の問題は正直何にも悩んでなかっただけに、なんだこれって感じですよ。
それでもいま、この問題に向き合いつつ、相手とあっさり別れたりしてないのは偉いと思う。
根気強く、ですよね。
がんばろう、Kさん。

恋愛については、もう一回ぐらい WORKSHOP なり TAT なりで解決したくなる日が来るかもしれない。
でも、ONSA じゃなくて、答えを知ってるのは私。
どんな答えが出ても、私は受け入れるよ。
一緒にがんばろうね。
これからもし仕事を変えるとしたら、また厄介な人たちが出てくるかもしれないけど、彼らは彼ら、私のせいじゃないってわかったから、もう大丈夫だね。
よかったね。



タイトルはじまり目印

T さん ぼたんクラス


タイトル下の線


1)あなたの問題は、そもそも、どんな主訴でしたか?



自分より、とにかく他人を優先してしまうことです。
無意識に他人に合わせることに慣れていて、自分の気持より他人の気持ちのほうが大切だと思っていました。

だから、誰かからの誘いや頼み事を断る時に、強い罪悪感があって、はっきり嫌だと言えずにもやもやしていました。



2)どんな環境、どんな過去を持っていますか?
どんな痛みの体験が影響して、そのような主訴を持つようになったのでしょう。
過去を振り返ってみましょう。
あなたは、どのような体験をしたのでしょうか。




小さい頃から両親や周りの大人が働いていて、1歳になる頃には保育園に預けられていました。
その時に、すごく寂しい思いをしたけれど、上手く伝えることが出来ませんでした。

あと、母親が過保護で、自分がやろうとすることにまで手を出そうとすることが多かった気がします。
それに対して、無力感、劣等感、苛立ち、もやもやする気持ちを感じていたけど、親切でしてくれているのだからと、無理に自分を納得させて我慢していました。

いつも自分の素直な気持ちを我慢していたので、しんどかったです。
そのせいなのか、うつ病になったこともあります。



3)ONSA WORKSHOP および TAT セッションで、その過去(正確には、過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)がどんな風に変わってゆきましたか?


ワークショップに参加するうちに、少しずつ自分の気持ちを大切にしてもいいんだと思えるようになっていきました。

今まで、自分が無理したり、我慢することになっても、相手が良ければそれでいいんだと無意識に思っていたんです。
でもそれが、まず自分を大切にしよう、という想い変わっていきました。
TAT セッションでは、頭ではわかっていても、ついつい巻き込まれてしまう感情や身体の反応を、切り離してもらいました。



4)TAT セッションを受けるには、どんな前提条件が必要だと思いますか?

ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」 こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること………など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、ご自身の言葉で教えてください。




自分の心の声を聞く習慣があること。
自分に嘘をついたり、投げ出したりせずに、どう思っているかを素直に感じて、それを認められること。
自分の気持ちや考え方を大切にしつつ、他のメンバーの話も素直に聞けること。



5)もし自分が ONSA WORKSHOP で訓練をしないまま TAT セッションを受けていたら、どんな風であったか、想像して、教えてください。



まず、自分の問題が何か、分からなかったと思います。
もし気づいたとしても、変わることへの怖さや不安、メンバーを信頼できないことから、思い切って自分の問題に向き合えない気がします。
それに、問題の原因がなくなっても、また同じような問題を、自分で作り出していたかもしれません



6)ONSA WORKSHOP は、TAT セッションを受けるにあたり、あなたにとってどんな風に役立ちましたか?



自分の心の声を聞くことの大切さに気づけました。
ワークショップに参加する度に、少しずつ習慣になっていって、そのおかげで自分の問題に向き合うことができたと思います。

ワークショップでは、優月さんもメンバーもいい距離感だったので、自分の気持ちを安心して話すことができました。
それに、一人じゃないということがとても心強かったです。



7)TAT セッションを受けてみた後、1)と2)で書いた問題は、どのように変化しましたか? そしてその変化は、あなたにとって、どんな風に感じた出来事だったでしょう。
あなたの言葉で教えてください。




自分より他人を優先していたのは、自分の人生を生きるのが怖かったからだと思いました。
怖さや不安から、誰かに何とかしてほしくて、他人の期待に応えようとしていたんだと思います。
自分の人生を生きる代わりに、他人に依存しようとしていました。

でも、TAT セッションで怖さや不安が和らいだせいか、自分の素直な気持ちを認められるようになりました。
今は、確かに勇気のいることだけど、自分の人生の責任は自分でとって、幸せになりたいなと思っています。



8)これから ONSA WORKSHOP ならびに TAT セッションを受け、みずからのトラウマに向き合ってゆく方にメッセージをお願いします。また、痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている方に、あなたにしか送れないメッセージをお願いします。



私がここまで来られたのは、少しずつ自分のペースで進んで来られたからだと思っています。

初めてワークショップに申し込んだときは、「もうこんなの嫌だ!!」という勢いだけでした。
そして、少しずつ進んだり戻ったりを繰り返しながら、今の場所に立っています。
私の場合、自分の問題を認められるようになるまでに、ずいぶんかかったような気がします。
でも、大丈夫でした。

これを読んでいるあなたが、どんなことで苦しんでいるのかはわかりません。
でも、きっと大丈夫だと思うんです。
少しずつ、あなたのペースで進んで行ってください。
ここなら一人で頑張らなくてもいいと思うから。



9)最後に、ここまで歩いてきた自分自身に、メッセージをお願いします。
誰かに遠慮する必要はありません! 思い切ってどうぞ!
感じていることを、素直に書いてみてください。




ここまで歩いてきた私へ

今、こんな風に思えるようになるなんて、想像もしてなかったよね!
はじめは、「こんなのもう嫌!」という気持ちからだった。

どうしていいかわからなくて、不安になった時もあったけど、諦めずに続けてよかったね。
ずいぶん変わったんだなぁ。
自分の人生を生きるのが怖くて、逃げ回ってた時期もあった。
でも、もう大丈夫だね?

自分の心を大切にして、思いっきり楽しんで生きていこう。
幸せになろうね!



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A さん ぼたんクラス


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(* お客様にいただいたメッセージも、掲載させていただきます)

TAT セッションをご一緒した皆さま、こんにちは。
2回目の WebEx セッションもお疲れさまでした。

パソコンの画面を通してのセッションでしたが、皆さんとつながれている感じはちゃんとありました。

私は WebEx セッションが初めてだったので、いろいろ不安もありましたが、ちゃんと画面も映って、何より、Web を通してでしたが、かなり効果があったことに驚いています。

自分と向き合っていくと、色々なことに心の整理ができて、毎日が穏やかになっていくのがとてもうれしいです。

優月さん、今回もお世話になりました。
本当にありがとうございました。


1)あなたの問題は、そもそも、どんな主訴でしたか?



私は、今を生きていることに現実感や充実感が無く、仕事も子育てもせいいっぱいやっているのに、他人の人生を生きているような、とても空しい想いで毎日を過ごしていました。

すごく嫌なことは減ってきたけれど、生きることを楽しいと感じることもできず、モヤモヤとしたものに包まれている感覚がいつもありました。

人付き合いも上手くできなくて、相手の機嫌や顔色ばかりうかがって疲れてしまっていました。
特に怒っている人を見ると、身体が反応して逃げる体勢になってしまったり、職場にいつも機嫌が悪い人がいると、なかなか話しかけられず、仕事が遅れてしまうこともあったりして、困っていました。

また、自分の過去のエピソードや、髪の毛を抜いてしまうクセなど、他人に話したら、嫌われるのではないか、それを話さなくても感付かれてしまうのではないかと怖くて、つい人を避けてしまっていました。

また、人と繋がりたいという思いがありながらも、何もかも捨てて、どこか人里離れたところで一人暮らしをたいと思ってしまう自分がいました。

私はいつも、生きることは苦しい、毎日同じことの繰り返し、なんで、私がこの世に生きているんだろう、早く死ねればいいのに! もう仕事も家事も何もしたくない! という考えが頭から離れなくなって、毎日とても無気力で夫にも子供にも優しくできず、こんな風にしか考えられない自分が情けなくて、申し訳なくてたまりませんでした。



2)どんな環境、どんな過去を持っていますか?
どんな痛みの体験が影響して、そのような主訴を持つようになったのでしょう。
過去を振り返ってみましょう。
あなたは、どのような体験をしたのでしょうか。




昨年11月に開催されたTAT セッションの PAYFOWARD(* PAY FORWARD. 2011 特別編成:TAT セッション(2回目)/編集注)にも書きましたが、私の父親は怒り出すと止まらず、とても暴力的な人でした。
(その時は、父に受けた性的虐待のことをテーマにしました。)

小さい頃から父が母を殴ったり、突き飛ばしたりする喧嘩を見て育ち、私も少しでも父の機嫌を損ねるとゲンコツをされたり、暗い部屋に閉じ込められたりしていました。
そのせいか、怒っている人を見ると、大人はもちろん、子供や会社の後輩でも、女性でも男性でも関係なく、ものすごい恐怖を感じてしまうことが多々ありました。

また、私は中学生の頃、「THE BEATLES」が大好きで、出演する TV 番組やラジオなどを録音して、楽しんでいました。
私がラジオ番組を録音しているとき、父親が機嫌が悪かったらしく、「うるさい!!」と言って勝手に停止ボタンを押されてしまい、とてもショックだった思い出があります。
私の唯一の楽しみといっても良いくらいのものだったのに、「私はそれさえも取り上げられてしまうのか、人生はままならない」と後々まで引きずっていました。

そして、私が小学校低学年の時に、母の日のプレゼントに鉢植えのカーネーションをお小遣いで買って、母親にプレゼントしたことがありました。
すると母親は、「無駄遣いをするんじゃない!!」と頭ごなしに私をしかりつけ、それがとてもショックで、「私、余計な事しちゃったかな…」としょんぼりしたのを覚えています。

そんなこともあって、私は、大人になっても、私が好きな事、よいと思うことをすると、良くない結果になると思ってしまうところがありました。
そして、いつしか、楽しいことを自分自身で取り上げてしまうようになっていたのだと思います。



3)ONSA WORKSHOP および TAT セッションで、その過去(正確には、過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)がどんな風に変わってゆきましたか?


昨年のTAT セッションでは、私が一生誰にも話さないと心に決めていたことをテーマにしました。
私にとって、最大のトラウマでした。
以前はそのことを考えると、気分が悪くなって体調を崩してしまったりしていましたが、TAT セッションを受けてからは、そのことを思い出しても、身体が傷んだり、体調を崩したりということは無くなりました。

今回の TAT セッションを受ける前は、すごく悩みました。
「昨年も TAT セッションを受けたのに、まだ悩みがあるなんて言ったら、わがままかな、申し訳ないな、もう自分で何とかしたほうがいいんじゃないの?」
なんていう心の声が聞こえてきて、申し込みをためらっていました。

でも、やっぱり勇気を出して受けてみてよかったです。

今、気分がすごくスッキリしていて、自分を覆っていたモヤモヤがとれ、身体的には肩や首のコリがとっても軽くなりました。

自分には価値がない、死にたいという思いはほとんど無くなっていて、今にいられるようになったように思います。
とてもニュートラルな感覚で、私もやっと普通の人になれたのかなという感じです。


私は人より時間がかかるけど、ちゃんと前に進めているのだと感じました。



4)TAT セッションを受けるには、どんな前提条件が必要だと思いますか?

ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」 こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること………など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、ご自身の言葉で教えてください。




ONSA の「4つの約束」が守れること。
ONSA WORKSHOP の場の雰囲気に慣れていること。
などが大切かな、と思います。

それから、私は『未来日記』を付けていることが、大変助けになりました。
私の場合、自分の心の声を、どんな小さなものでもよいのでひろって書いていくうちに、今ある問題と過去とのつながりが見えてきました。



5)もし自分が ONSA WORKSHOP で訓練をしないまま TAT セッションを受けていたら、どんな風であったか、想像して、教えてください。



私が昨年 ONSA WORKSHOP に参加し始めた頃、私は自分自身の問題にまったく気付いていませんでした。
私にとっては、生きて行くのがつらいのは当たり前で、過去の痛みのせいで生きづらさが出てきているなんて、思いも寄らなかったからです。

その頃に TAT セッションに参加していたら、きっと何も言葉にすることができなかったと思います。



6)ONSA WORKSHOP は、TAT セッションを受けるにあたり、あなたにとってどんな風に役立ちましたか?



私は昨年、ONSA WORKSHOP にたくさん参加し、TAT セッションも受けました。
一つワークショップを終えるごとに、自分の内面が、玉ねぎの薄皮をむくように現れてきたのが印象的でした。
そして、だんだん自分の抱えている問題を自覚するようになって、トラウマとなった出来事にも取り組めるようになっていきました。

私にとって、トラウマとなった出来事と向かい合うことは、大変勇気と気力のいることで、クレンジング・リアクションもともないました。
そんなとき、ONSA WORKSHOP を通じて、自分を好きになることを練習していたおかげで、つらい思いをしている私をいたわってあげることが出来たのではないかと思います。

そして、ONSA WORKSHOP に何度も参加することで、その場の雰囲気に慣れてリラックスでき、ほど良い緊張感と、今回も乗り越えるぞ! という気持ちで TAT セッションに集中して挑めました。



7)TAT セッションを受けてみた後、1)と2)で書いた問題は、どのように変化しましたか? そしてその変化は、あなたにとって、どんな風に感じた出来事だったでしょう。
あなたの言葉で教えてください。




あんなに無気力で「死にたい」なんて思っていたのに、少しずつ前向きな私が出てきました。

楽しいことにも目が向くようになって、最近ふらっと入った CD ショップで、「THE BEATLES」のCDアルバム 14枚を、その場で大人買いしてしまいました!

以前だったら絶対そんなことはしなかったのに、なんか、久々にとってもうれしくて、楽しい気分です。
これからは、自分の「これがしたい!」という声にも耳を傾けてあげたいなと感じました。

そして、人と話をしたい、一緒にいたいという気持ちも出てきて、女性には話しかけたりできるようになった感じです。
(男性に話しかけるには、まだちょっと勇気が必要です。)

それから、あまり人に振り回されなくなってきました。
以前は、人から不機嫌な態度を取られると、とっさに「私が悪いんだ」と心も身体も過去に引きずられてしまっていましたが、今は、私が悪い場合は、謝って直せばいい、でも、相手が理不尽に不機嫌な場合は放っておこうと思えるようになりました。
嫌な人がいい人に変わったわけではないし、時々嫌な思いもするけれど、そんな状況も以前に比べればだいぶ減ってきました。



8)これから ONSA WORKSHOP ならびに TAT セッションを受け、みずからのトラウマに向き合ってゆく方にメッセージをお願いします。また、痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている方に、あなたにしか送れないメッセージをお願いします。



私は、ONSA WORKSHOP を受けて華麗に変容をとげている方々をみて、おめでとう!
という気持ちと、自分はダメだという気持ちが入り混じって、なかなか前向きな気持ちになれませんでした。

今回の TAT セッションに申し込む際は、本当に悩んで、
「もう、私は十分やったし、これで満足しないと。」
と自分を納得させて、申し込みをあきらめようとしていました。
まだ悩みがあるなんて言ったら、一緒に TAT セッションを受けた第一走者の方々や、これから TAT セッションを受けようとしている方々を失望させてしまうのではないかと思ったからです。

でも、勇気を出して申し込んで良かったです。
前回で私は、一番大きなトラウマを切り離すことができました。
だからこそ、今回の問題に気が付くことができたし、癒すことができたのだと思っています。

日常を生きていると、まだまだ嫌なことはたくさんありますが、立ち直りが早くなったような気がするし、何より身体がとても軽いです。


本当にあきらめないでよかったです。



9)最後に、ここまで歩いてきた自分自身に、メッセージをお願いします。
誰かに遠慮する必要はありません! 思い切ってどうぞ!
感じていることを、素直に書いてみてください。




私へ、

私は ONSA WORKSHOP を受けるまで、自分には何の問題も無いと思っていたね。
でも実際には、感覚の一部を麻痺させて、嫌なことを感じなくしていたんだよね。
そうしないと、生きて行くことが難しかったからね。

私はこれまで、今を生きていなかったね。
34年の人生のほとんどを、過去の痛みに振り回されてきてしまったね。
たくさんのいきいきした経験も、感じずに生きてきてしまったような気がするね。

一人でいる方が気が楽だといって、人とのふれあいを、避けてしまっていたけど、どこかでやっぱりさみしいと思っていたね。


今、TAT セッションを受けられる機会があってよかったね。
私の感じていた不快感は、もう一生のお付き合いだと思っていて、人生あきらめムードだったからね。
こんなスッキリした気分になれるなんて、想像もしていなかったね。
やっと、前を向いて歩いて行けそうな気がするね。

THE BEATLES の CD、買えたね。これは宝物にしようね。
中学生時代はおこずかいもそんなに無かったから、図書館で CD を借りて、テープにダビングして聞いていたね。
今、CD を聞いたらあの頃の私が喜んでいるような、そんな気がするね。

それから、コミュニケーションが苦手だからやっても無駄、と思っていた英語を、またやってみたくなってきたね。
発音練習から気長に楽しくやっていこうね。
THE BEATLES の曲も歌えるようになりたいね(笑)。

今まで、人生は長すぎる、私はそんなに頑張れないと思っていたけど、人生を苦しい修行でなく、楽しんで過ごすこともできるんだと思えるようになってきたね。

生きていることに意味を感じられないうちは、時間を大切にする気持ちになれなかったけど、これからは、私に与えられた時間を大切にして行きたいね。

これからの人生は、きっと楽しいものになりそうだね。
一緒に味わいながら歩いて行こうね。



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1)あなたの問題は、そもそも、どんな主訴でしたか?



私は、4月から養護教諭(保健室の先生)として勤務しています。
『夢かな手帳』と出会ってから見つけた、大切な夢でした。
遠まわりしながらも、自分のこころと共にゆっくり歩んで、やっと手が届くまできたところで、なぜか、「学校が怖い」「先生が怖い」「子どもが怖い」という気持ちが、溢れ出すようになってきたのです。

2年前の教育実習では、私自身の学生時代の記憶がフラッシュバックし、さらに厳しい先生とのやりとりで本当にまいってしまい、体を壊しながらの実習でした。
その後の教員採用試験の勉強中も、保健室にお世話になっていた中高生の頃を思い出し、「怖い」という思いはさらに増していきました。

学校が大嫌いで、先生も大嫌いで、子どもも大嫌い。
人間も、嫌い。

夢に近づくまでは、そんな思いはありませんでした。
好きになろうと努力しても、傷は深まるばかりだし、中高の頃あったストレスによる体の不調も再発しました。

しかしながら、ギリギリの中でも必死で勉強し、悩み考え、昨年やっと採用試験に合格したのですが、4月から働くことを想像すると、不安で本当にまいってしまいそうでした。

「なんでこんな辛い思いをして、先生になりたいんだろう」
「私は夢を間違えちゃったんだな」
そう思い、将来を悲観しているときに、優月さんから TAT の誘いを受けました。
4月1日(初出勤前日)というスケジュールの中で、かなり迷いましたが、
「やってみよう、いまやらなきゃ、いつやるの」
そう思い、TAT セッションに参加することにしました。



2)どんな環境、どんな過去を持っていますか?
どんな痛みの体験が影響して、そのような主訴を持つようになったのでしょう。
過去を振り返ってみましょう。
あなたは、どのような体験をしたのでしょうか。




小学校の頃から、先生に罵倒されたり、理不尽に怒られたりすることがありました。
私は、決して問題児というわけではありませんでしたが、大人に怒られるのが本当に嫌だったのは覚えています。

おそらく、5歳くらいの頃から、弟がよくおしおきで納屋に閉じ込められるやりとりを毎日見ていて、私もああいうことをされてしまうから、おとなしくしなくちゃ、と考えていたからかもしれません。
(一度、なんとかしよう、と弟と納屋に一緒に入りましたが、なんとかなりませんでした。笑)
大人が信じられなかったのかもしれません。

なので、先生のことは、どんな人であっても好きになれませんでした。
小学校自体は好きでしたが、中学校は、体を壊す程にストレスフルな場所でした。

問題が多く、先生と子どもが互いを全く信用していない。
突然、「これだから協調性のない奴は」と罵られたこともありました。
同級生が目の前で殴り飛ばされることもありました。

私の心優しい友人たちは、次々に不登校になってゆきました。
いじめられないよう、いじめを見て見ぬふりをしなければやっていけませんでした。
そんな私のことを、全く好きになれなかったし、同級生も、先生も、ひどい人間しかいないという気持ちしか抱くことはできませんでした。

それから私は体を壊し、そのなかでも必死に勉強して、同級生がほとんどいない遠くの高校へ進学します。
けれど、ここでもうまくやっていくことが難しかった。
私の心はだいぶ傷だらけで、ひとを信じたり、友達と付き合っていくのも大変でした。
親友と思っていた人に「偽善者」と言われたこと、担任の先生が目の前で同級生を殴ったこと、先生たちのごたごたを背負わされたこと。
次第に保健室に行く回数が増えました。

体の不調は治らないまま、逃げるように高校を卒業しました。
そのあとは、自分を変えたいという思いから、優月さんの本との出会いもあって、夢に直面するまでは、幸せな日々をすごせたと思います。



3)ONSA WORKSHOP および TAT セッションで、その過去(正確には、過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)がどんな風に変わってゆきましたか?


つらかった過去は、もちろん存在しています。
でも、今はただ「事実」としてそこにあるだけで、「怖さ」はほとんどなくなりました。
毎日学校に行っていますが、過去がフラッシュバックしたり、先生に怖じ気づいたりすることはありません。

学校も、「ひどいところだ」「死に行くようなものだ」なんて思っていたのですが、今はそんなこと、考えたこともありません。

実は、「もし子どもが生まれたら、きっと学校で辛い思いをする。だから、私は子どもを持たないでいよう」なんて考えていたのですが(今思うと、びっくり)、そういう思いも、今はありません。

それから、体の不調もほとんどなくなりました。
365日中、300日はあった身体の不調が、ちょっと不安に思うくらいにキレイになくなって、毎日元気に過ごせています。
特に背中の痛みや肩のこりが、ほとんどなくなりました。
胃のつかえも、だいぶ和らいできました。



4)TAT セッションを受けるには、どんな前提条件が必要だと思いますか?

ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」 こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること………など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、ご自身の言葉で教えてください。




じっくり時間をかけて、勇気を持って、きちんと自分の問題を捉えること。
自分も他人も裁かずに、「みな、大変な悩みを抱えているんだ」と受け入れられること。
自分は変えられると信じることができること。
現実への対処するちから(境界線、身体など)をある程度持っていること。
クレンジング・リアクションの経験や知識を持っていること。



5)もし自分が ONSA WORKSHOP で訓練をしないまま TAT セッションを受けていたら、どんな風であったか、想像して、教えてください。



自分の問題は、やはり自分で「なかったこと」にしていたので、ワークショップで訓練していなければ見つけることが困難でした。
また、見つけていても、自分を裁いて、「これは大した問題じゃないよ」と、TAT を受けようとは思わなかったかも知れません。
他人を裁くことで、TAT に全く集中できなかったと思います。

それから、クレンジングリアクションが結構大変でしたので、何度か経験していないと大分困ってしまったと思います。



6)ONSA WORKSHOP は、TAT セッションを受けるにあたり、あなたにとってどんな風に役立ちましたか?



TAT を受けた後、現実社会で問題なく過ごせたのは、ワークショップのおかげだったと思います。
やっと、ワークで学んだことを、過去にとらわれずに現実に生かすことが出来てきて、嬉しいです。

「境界線」の知識、チェアワーク、時間の使い方……新しい現実の中で、私の大事なツールとして、幸せに生きるのに役立っていると思います。



7)TAT セッションを受けてみた後、1)と2)で書いた問題は、どのように変化しましたか? そしてその変化は、あなたにとって、どんな風に感じた出来事だったでしょう。
あなたの言葉で教えてください。




何より、なんの偏見も嫌な気持ちも持たずに、学校に毎日楽しく行けること、それが本当に嬉しいです。
尊敬できる、素敵な先生方とも出会いました。
子どもたちが本当に可愛くて、がんばろう、という気持ちにさせてくれます。

つらいことも時々ありますが、過去からくる痛みとは違うものだから、「さぁ、それじゃあ、どうしようか」と現実を見て対処することができるようになりました。

今、私が勤めている小学校は、過去の記憶の母校とは違うし、子どもも、先生も、違う人たち。
私も変わって、昔と同じことが起きても、今は自分の思う最良の選択ができる。
そして、世の中には、合わない人もいるけれど、素敵で素晴らしい人がたくさんたくさんいる。
その人たちと、私は遠慮なしにいい関係を築くことができる。
そう思うことができるようになりました。



8)これから ONSA WORKSHOP ならびに TAT セッションを受け、みずからのトラウマに向き合ってゆく方にメッセージをお願いします。また、痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている方に、あなたにしか送れないメッセージをお願いします。



TAT を受けるまで、私は、あの過去のせいで、一生幸せにはなれないと思っていました。
いつもあの過去によって、人生でつまずいていたからです。
けれど、ワークショップに何度か取り組み、TAT を受けたことで、本当に変わることができました。

取り組む間は、少しだけ、辛かったです。
けれど、見て見ぬふりをしてきた 10年の方が、ずっと辛かった。
だから、変わっていく方が、ずっとずっと楽でした。

今、はっきり言えるのは、私は人が好きで、この世界が好きだということです。
そして、この仕事をしていて、私は今、本当に幸せです。
この間まで、胸を張って言えなかったことを、笑顔で言えることが本当に嬉しいです。
毎日が、本当に楽しいです。
これから辛いことがあっても、きっとまた、乗り越えて行けると思います。

そしてこの気持ちは、誰もがもっていいものなんだと、今ならわかります。
今までは、嘘でもそんな気持ちになれることなどなかった。

暗いトンネルの中にいると、絶望に似た気持ちになることもありました。
でも、ちょっとだけ立ち上がって歩いてみると、出口は入口とは全く違う世界なんだと、気付くことができました。

すこしでも、一緒に幸せを感じられたら、嬉しいなと思っています。



9)最後に、ここまで歩いてきた自分自身に、メッセージをお願いします。
誰かに遠慮する必要はありません! 思い切ってどうぞ!
感じていることを、素直に書いてみてください。




1か月の勤務、お疲れ様!
ワクワクドキドキの毎日だったね。
4月1日までは、不安だらけで大変だったのにね(笑)。
まさかこんなに楽しいとは、びっくりだね。

自分の心と歩もうと決めたそのときから、ずっと目指していた夢だったけれど……長い道のりのなかで、最大のピンチでした。
でも、優月さんをはじめ、いろんな方のおかげで、乗り越えられた。
何より、自分の勇気に、乾杯!

そりゃあ、そんなに楽な仕事ではないから、辛いこともあるよね。
でも、毎日、楽しいね。
子どもたちも、先生たちも、出会えてよかった人たちばかり。

幸せって、けっこう重くて、ずっしりしている。
だから、簡単に飛んでいかないね。
これからは、現実を良いものに変えていく方にエネルギーを注ごう。
人生はどんどん良くしていけるし、自分はもっともっと成長させることができるから。

本当に、いままでお疲れ様。
そして、これからもまた、よろしくね。



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1)あなたの問題は、そもそも、どんな主訴でしたか?



自分の心を人に開けないこと。
嫌なことや辛いこと、悲しいことを、すべて自分の中に抱えてしまう。

いつもどこか不安で、なんとかしなきゃと思って、いろんな本を読んだり講座をうけたりするけど、そこに自分が求めていた確かさはなく、不安の中にもどってしまう。



2)どんな環境、どんな過去を持っていますか?
どんな痛みの体験が影響して、そのような主訴を持つようになったのでしょう。
過去を振り返ってみましょう。
あなたは、どのような体験をしたのでしょうか。




母親が厳しく、家にいても安心できなかった。
いつ、どういうことで厳しく怒られるかわからなかった。
わたしが怒って、そのことをずっと抱えて口をきかないでいると、互いにずっと口をきかないようなことが、1週間ぐらい続いたこともあった。
そんなことはない、といっても聞いてもらえず、怒られたことに反論すると、たたみかけるように言い返された。

母親は頭がよく、なんでもできる人で、わたしのために、と思ってできるだけのことをしてくれているのはわかっていた。
でも、自分のことを理解しようとしてくれているとは思えなかった。

怒られないため、母親に気に入られるために自分はしっかりした、いい子でなければならない、と思っていた。
できない、ダメなところを見せるとだめな子だと思われるので、そういうところを見せたり、相談したりすることは絶対にできなかった。

また、学校で今まで一緒にいた友達に急に距離をおかれることがあり、人が信用できなくなっていた。
ずっと、作った自分、こうであるべき、と思う自分、こうだったらかっこいい、と思う自分だけを見せるようになり、それ以外の寂しい、辛い、怖い、不安、といったことは誰にも言わず、全部自分の中に閉じ込め、自分でもそれを感じないようにしていた。
だめな自分は絶対誰にも見せてはいけない、と思っていた。
見せたら離れていく、と怖かった。

相手の様子をみて、この人は大丈夫そう、と思った人にだけ、自分の見せられる部分まで見せていた。
でも、友達と一緒にいても、深くつながっている感じはなかった。



3)ONSA WORKSHOP および TAT セッションで、その過去(正確には、過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)がどんな風に変わってゆきましたか?


自分のままでいい、と思えるようになった。
外側に壁を作って守らなくても、自分は自分のままでいいと思えるようになった。

そして、そのままの自分を人がどう思うかは、あまり気にならなくなった。
それより、自分のままであることを大切にしよう、と思えるようになった。



4)TAT セッションを受けるには、どんな前提条件が必要だと思いますか?

ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」 こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること………など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、ご自身の言葉で教えてください。




自分の抱えている問題と、それがどこからくるか、なんとなくわかっていること。
安心してセッションの場にいれること。
人を裁かないこと。
心を開けること。
解決したい、という意思があること。



5)もし自分が ONSA WORKSHOP で訓練をしないまま TAT セッションを受けていたら、どんな風であったか、想像して、教えてください。



ワークショップに参加していなかったら、そもそも自分の問題に気がついていなかったので(わたしのなかではそれが当たり前のことだったので)、参加しませんでした。

人を裁いていたし、今にいることもできないし、心も開かず、自分の一番大きな問題に取り組もうと思うこともなく、そして問題を話しても大丈夫、とも思えなかったと思います。



6)ONSA WORKSHOP は、TAT セッションを受けるにあたり、あなたにとってどんな風に役立ちましたか?



ワークショップの場は安全、と感じられたこと。
プレワークからアフターワークを通じて、問題を認識し、どう変わったかを確認できるようになっていたこと。

自分のままでいるためのガイドラインを持っていること。
TAT を受けたあと、反応することはなくなるのですが、習慣は残っています。
同じような状況になったときに、時間をとって考えず、習慣でこれまでどおりの行動をとってしまっていたかも。



7)TAT セッションを受けてみた後、1)と2)で書いた問題は、どのように変化しましたか? そしてその変化は、あなたにとって、どんな風に感じた出来事だったでしょう。
あなたの言葉で教えてください。




自分がちゃんと自分の中心にいる感じで、ずっと安定感があります。
それから、無意識のうちに自分で自分を縛っていたようで、その窮屈さから開放されて、自由になった感じです。

過去のことは確かにおこったことで、振り返ると心の痛みを感じる。
でも、それが今の自分の考えや行動を前ほど左右しなくなったように感じています。

前は反射的に反応していたことが、ずっと減りました。
怒りを感じて相手に思わず言葉をぶつけていたとき、自分ではどうしようもなくモヤモヤして引っ張られ、反射的に言葉や不機嫌な態度がでていました。
そうしたくない、と思っていても止められなかった。
今はそんな引っ張られる感じがない、またはとても弱くて、反応せずに時間をとって考えられるようになりました。

また、これまでは無意識に自分でプレーキをかけて、やってはいけない、とか、人にこんなことを聞いてはいけない、と飲み込んでいたことも、心の中のひっかかりがなくすっと動けるようになりました。

人の話を、以前よりずっとそのままに聞けるようになりました。
これまでは聞いているようで、心の中で批判したり、自分のことを考えたりしていて、本当には聞いていなかったんだな、とおもいます。

初対面の人とも、前ほど緊張しなくなった気がします。



8)これから ONSA WORKSHOP ならびに TAT セッションを受け、みずからのトラウマに向き合ってゆく方にメッセージをお願いします。また、痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている方に、あなたにしか送れないメッセージをお願いします。



もし本当に変えたい、と思っていたら、あきらめないでほしい。

わたしは、自分がおもっていたよりもスッと変われたことに驚いています。
そして、自分の見方が変わると、自分も、周囲も変わっていったように思います。

わたしはこれまで、ずっと嫌なことを自分の中にどんどん抱えていくばかりでした。
思い切って自分の内側を見つめ、抱えていたものを見つめ、安全な場所で明らかにして、はじめて手放せたように思います。
そして、手放してはじめて、自分の抱えていたものがどれほど重かったか、どれほど自分の考えや行動に影響していたかを感じています。

一番怖かったのは、自分が問題を抱えている、と認めること、それから、それを人に言うことでした。
問題がある、と自分にわかるまで、進んでいる、という実感が、今思うとあまりないまま、知識を求めて「境界線(バウンダリー)ワークショップ」を数回受けました。
その中で、自分に問題があるかもしれない、と思うようになり、ちゃんと取り組もうと決めました。
4ヶ月たたないうちに、他のテーマのワークショップを受け、その中で、ひょっとするとこの問題はけっこう大きいのかも、と思って TAT に申し込みました。

自分のことを一番知っているのも、変えることができるのも自分だけだ、ということがわかったので、そして、ワークショップの場は安心、と信じられたので、怖さを乗り越えて抱えていたものに向き合えたと思います。

自分がどうしたいかがわかれば、進むことができる、と思います。
とにかく一歩進めば、動きはじめます。
そして、頭ではなく心でわかれば、本当に変わることができると思います。



9)最後に、ここまで歩いてきた自分自身に、メッセージをお願いします。
誰かに遠慮する必要はありません! 思い切ってどうぞ!
感じていることを、素直に書いてみてください。




いままで、ずっと内側に辛いことを抱えた状態だったので、これ以外の見方や感覚、考え方があるなんて、想像もできなかった。
辛い、ということも感じないようにしていた。
今振り返ると、本当によくやっていたね。

自分がいやだ、見せたくない、と思っていたものが、どんどん心の中にたまって、とても大きくなってた。
わたしは、ずっと見ないようにしていたけど、知らない間にずっと抱えてたんだね。
手放す前にその大きさを知ることができて、本当によかった。
そして、手放すと、とても自由になった。

手放す、というのはとても勇気がいったけど、そのあとはとてもすっきりした。
ずっと長いあいだかかえていたものが、一瞬で変わってしまうなんて、本当にすごい。
そして、長い間怖くてずっと見れなかったものに向き合った勇気は、ほめてもいいよね。

そのあとも続くのは同じ現実で、あいかわらずころんだり、つまずいたりしてるけど、以前よりずっと自分と一緒にいるよね。
自分にむきあえるようになったし、自分の感情ともむきあえるようになった。

感情が自然にでるようになったね。
おかしいときに笑い、怖いときは怖い、といえるようになった。
そうすると、日々が豊かになったような気がする。
小説が、前よりずっと深く楽しめるようになったよ。
書かれている感情がわかるようになった。

わたしはずっと、暖かいもの、色がついたもの、豊かなものを、ちゃんと自分のなかに持っていたのかもしれない。
それも、嫌なもの、悪いものと一緒に、全部閉じ込めていたのかな。
壁を作らなくてもいい、自分のままで大丈夫、と思えたから、やっと気がついたのかも。

わたしの中にわたしがいれば、大丈夫。
ちゃんと自分で歩いていけるよ。



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K さん ぼたんクラス


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1)あなたの問題は、そもそも、どんな主訴でしたか?



つい半年前までの私の毎日は、仕事と家事と育児と、そしてその辛さから逃れるための “ストレス発散” の予定で埋め尽くされていました。
「私はこのままでは愛される価値がない」と、ありのままの自分を認めることができず、常に自分以外の人や物に時間も気力も奪われ、報われない苛立ちにすっかり疲れきっていました。

「どうやったら自分がしたいことができるんだろう?」と、自分が好きなことができない理由を、自分のスケジュール管理が甘いせいだと自分を責め続けて、ますます自信をなくしてしまっていたのでした。

そのことをきっかけに ONSA WORKSHOP を受けるようになったのですが、数回受けているうちに、本来の問題が浮き彫りになりました。

その問題とは、私の人生がどんなにがんばってもうまくいかないように感じるのは、
「もっともっとがんばらないと人から認めてもらえない」
という気持ちと、
「もっとかわいくて、もっとか弱くて頼りない存在でなければ、誰からも愛してもらえない」
という、2つの気持ちの間で常に揺れ動いているからだ、ということです。

そこで私は、その気持ちを払拭するために自分の過去と向き合い、TAT を受けることに決めました。



2)どんな環境、どんな過去を持っていますか?
どんな痛みの体験が影響して、そのような主訴を持つようになったのでしょう。
過去を振り返ってみましょう。
あなたは、どのような体験をしたのでしょうか。




私の妹は体が弱く、手のかかる子だったため、父が勉強を教えて母が生活の面倒を見て、そして妹がいないところでは「妹のためにこれからどうしたらいいのか?」と常に両親が話し合っている家庭で育ちました。

私は、そんな大変そうな両親の背中を見て、「私は両親に世話をかけちゃいけない、もっとしっかりしなければ」と感じていました。
いつも学校では優秀な成績を納め、友人も多く、どんなことにも一生懸命に取り組んで、両親の自慢の娘になろうと必死でした。
私ががんばっていい成績を残すと、両親はとても喜んでくれましたし、妹の分もがんばってあげられた気がして、とても嬉しかったです。

また、「妹はかわいそうな子だから、お願いね」と仕事のあった母に頼まれて、妹を学校に送っていったり、帰り道で毎日待っていてあげたりもしました。
私にもやりたいことや友人との約束があったけれど、実際に妹はかわいそうだったし、仕事で忙しい両親の気持ちもよくわかったので、「それはできない、やりたくない」と言うことが、どうしてもできませんでした。

でも私は、本当は妹がうらやましかったのです。
「妹のように両親の助けを必要としていて、人から守ってもらえるようになりたい。そのためには、か弱くて、かわいくならなければいけないんだ」
と感じていました。

家庭に居場所がなかったので、私は次第に外に出て行くようになりました。
たくさん勉強をして、海外に留学もして、誰もが認めてくれるような結果を残すことに必死でした。
そうすれば、両親は安心して応援してくれたから。
でも、本当の私は、「いつも助けてくれる人がほしい。私のことだけを世話してもらいたい」と思っていました。
妹のようにみんなに助けてもらうことが、本当に愛されることで、今の私は愛されてはいないという実感が常にありました。

そんな折、現在の夫と出会い、やっと自分の居場所を見つけたように思いました。
早く自分だけの家族を作りたくて、すぐに子どもを妊娠し、これでようやく幸せになれると思っていました。

ところが、妊娠中にささいな夫の嘘が発覚しました。
私が絶対だと思っていた存在から受けた裏切り。
ほんの小さな嘘だったけれど、そのことが私に与えた影響は、非常に大きいものでした。
それからはもう、私は夫からの愛情を信じることができなくなりました。
でも、「子どもを産めば何とかなる、私が信じてあげればいいんだから」と、私は自分の心に嘘をつくようになりました。

出産してからは、私は不安を紛らわせるために、「いい妻、いい母」を演じ始めました。
毎日の育児や家事に加え、夫と同じように働いてお金を稼ぎ、誰が見ても「幸せそうだね」と言われるように身なりを整え、でも、家の中には愛情と感じられるものはありませんでした。
私が外で仕事をがんばろうとすればするほど、夫の気持ちは離れていき、家事に手が回らなくなり、子どもたちに寂しい思いをさせるようになりました。
でも、私はがんばる以外の方法で愛されるすべを知らなかったのです。

「もっと私が無理をすればなんとかなる。私が愛を求めすぎなければいいんだ。今家庭がうまくいっていないのは、私の努力が足りないからだ」
といつも自分を責めていました。
そして、同じように努力することを、無意識に夫や子どもたちにも強いていたように思います。

結婚してからずっと、常に夫に不満を抱き続け、自分のしたいことができずにもがき苦しんでいました。
自分が妹のように愛されて受け入れられる存在になれれば、すべてがうまくいく、そのためには私ががんばらないと、といつも自分を責め続けていました。



3)ONSA WORKSHOP および TAT セッションで、その過去(正確には、過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)がどんな風に変わってゆきましたか?


ONSA WORKSHOP を受けて気がついたのは、「自分には愛される価値がない」という思い込みで自分をしばっていたことです。
だから、人からの愛を受け入れられる自分になりたいと思いました。

でも、TAT セッションを受けた後は、「人からの愛なんて、別にもう必要ないよね」という気持ちに変わりました。
これまで必死になって探し求めていた『愛情』というものが、もうすでに自分に十分なだけあることに気がつきました。幸せになるための条件だと思っていた『愛情』に執着する気持ちがなくなって、自分は幸せなんだと思えるようになりました。人の感情や気持ちに左右されなくなりました。



4)TAT セッションを受けるには、どんな前提条件が必要だと思いますか?

ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」 こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること………など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、ご自身の言葉で教えてください。




まずは、ONSA WORKSHOP で自分の問題の原因に気がつくこと。
自分が思っている問題と、実際の原因が違っていることがあるので、まずはその原因に向き合ってみること。

また、他人に自分の問題をすべて話そうという気持ちになること。
それには、何度か ONSA WORKSHOP を受けて、「何を話しても大丈夫なんだ」という実感を得ること。



5)もし自分が ONSA WORKSHOP で訓練をしないまま TAT セッションを受けていたら、どんな風であったか、想像して、教えてください。



自分の問題が何かがわからず、向き合うべきものが見えなかったと思う。
また、セッションの後で実際に生活を変えて行くことができず、結局もとに戻ってしまっているかもしれない。



6)ONSA WORKSHOP は、TAT セッションを受けるにあたり、あなたにとってどんな風に役立ちましたか?



自分の問題がどこにあるのか、そしてその原因は何か、ということを、指摘されるのではなく、自分でじっくりと向きあうことができました。
そのため、「自分で」乗り越えようという気持ちになりました。

「自分で気がついて、自分で癒す」ということが、過去の私にとっては想像もできないことだったけれど、それこそが今の私には大きな力になっています。
私にはできないと、どこか人生をあきらめていた部分があったのですが、私にもできたし、えいっと飛び込んでやってみる価値があったと思います。

もちろん、「自分で」乗り越えるために、藤沢さんも含め ONSA WORKSHOP で出会ったすべての方々のお力に、支えていただきました。
一緒にがんばってくれる仲間がいることは、その事実だけで本当に大きな力でした。



7)TAT セッションを受けてみた後、1)と2)で書いた問題は、どのように変化しましたか? そしてその変化は、あなたにとって、どんな風に感じた出来事だったでしょう。
あなたの言葉で教えてください。




私がずっと求めていたような形での「愛情」や「人生」や「もの」は、この世に存在しなかったのかな、と思いました。
「○○があれば幸せになれる」と思いながら必死でがんばって、それでも手に入らなくて、辛かった。
でも、本当はそんなものは始めからなかったのかもしれません。

けれど、私の周りには、もっと穏やかで優しい「愛情」や「人生」や「もの」がたくさん広がっていることに気がつきました。
すでに持っていたのに、ずっと知らずにこれまで生きてきました。
そんな私って本当にかわいそう……。
か弱くて、けなげな私。
私にとっては、そんな「自分」こそ、私の妹のように守ってあげるべき存在でした。

私の人生がうまくいかない気がしていたのは、私が自分の人生を生きていなかったから。
すべてはそこにつながっていて、目の前にある問題をひとつひとつ乗り越えることで、本当に大切なことがよりクリアに見えてきました。
そして、その問題の答えを出すのは、結局は自分なんです。
TAT セッションを受けたからといって、その答えがポンと与えられるわけじゃない。
でも、それでいいんです。それがいい、と思います。

今の私は、本当に幸せになれる準備ができました。
そのこと自体が、もう幸せです。

TAT セッションを受けたことで、幸せに対する価値観が、ガラリと変わったような気がします。
(もう、過去の価値観自体をほとんど忘れてしまっています。)
今まであったものを見えるようにしてもらった、そんな風に感じています。



8)これから ONSA WORKSHOP ならびに TAT セッションを受け、みずからのトラウマに向き合ってゆく方にメッセージをお願いします。また、痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている方に、あなたにしか送れないメッセージをお願いします。



これまで、本当に辛かった時期にいろいろな本を読んだり、人に相談したりしたこともありましたが、
「自分が気がついていないだけで、今いる場所に幸せがある」
「青い鳥は家の中にいました」
「あなたは今のままで十分愛される価値がある」
などなど、現実の中で幸せを探しなさい、という種類の言葉は、以前の私にとっては本当に辛い言葉でした。

私には、私の妹のような人が持っていないものがたくさんある、それなのに幸せじゃないなんて、ものすごい贅沢を言っているような気がしていました。
「これ以上の幸せを望んじゃいけないんだ、今のままで十分幸せなんだから、そう思えない私がおかしいんだ」
と、何度自分のことを責めたかわかりません。

だから、私の体験談を読んでも、「結局、現状は変わらないんじゃない。幸せになったって思い込んでいるだけじゃない」と、余計に辛くなってしまうかもしれません。
私には、その気持ちがよくわかるので、実際に体験談を書くのをすごく迷いました。
何度も書き直そうとしました。

でも今、「自分が幸せじゃない」「もっともっと幸せになりたい」と感じているならば、あなたはもっと幸せになれる! ということ。
私は、その自分の気持ちを信じてここまで来て、本当によかったと思っています。
そして、本当に私は幸せだと思えるし、もっともっと「幸せになる!」と自分の人生に許可を出せるようになりました。
それは、実際に何かを与えてもらうよりも、すごくすごく素敵で意味のあることです。


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私がはじめて ONSA WORKSHOP を受けたのは、4カ月ちょっと前のことです。
そのときは、まだどうして自分の人生がうまくいっていないのか、そんなことにも気がついていなくて、ただ、手帳の使い方がうまくいかない、ぐらい……(笑)。

それでも、これまでずーっと抱えてきた過去を手放すことができました。
今まであきらめないで、本当によかったね、と自分を思い切りほめてあげたいです。
そして、あなたも絶対にそうなれます!!!
だって、こんな私にもできました。

(4カ月前にはまぶしくて、こんな人になれたらいいな、でもなれるわけないし……と思っていたパワフルな藤沢さんが、何度もブログや本や手帳などを通じて、繰り返しお伝えしてくださっていたことを、私が今お伝えしているという事実が恥ずかしくもあり嬉しくもあり。本当に奇跡のような気持ちです。)



9)最後に、ここまで歩いてきた自分自身に、メッセージをお願いします。
誰かに遠慮する必要はありません! 思い切ってどうぞ!
感じていることを、素直に書いてみてください。




いままでよくがんばったね、本当にありがとう!
あなたは私の誇りです。大好きだよ!!!
これからは、一緒に幸せに向かって歩いて行こうね。
あなたなら何でもできる!
だから、絶対に大丈夫。
自分自身を信じて、自分の感覚や気持ちを信じて、幸せになろうね。
ここまで歩いてきて、本当によかったね。本当に幸せだね。



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M さん ぼたんクラス


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1)あなたの問題は、そもそも、どんな主訴でしたか?



男性と関係が、仕事でもプライベートでもうまくいかないこと。
ぐるぐるぐるぐるひとりで悩んだり、言われた事やされた事に大揺れを感じてしまい、自分中心から吹き飛ばされてしまうこと。

「なんであたしやったらあかんの?!」
「あたしをみて!」
という叫びがずっとあって、感情は、怒り、さみしい、かなしい、くやしい、ぐちゃぐちゃでした。
ストレスが多い、疲れる、突然ぶち切れてしまう。

だから、私は落ち着いた穏やかな気持ち、気持ちいい日常を過ごしたい。
自分を大切に、相手も大切にして、気持ちよく在りたい。
私が私のままでいられ、気の合う男性の友人、親友、恋人、もちろん女性とも同じく、ストレスを感じず会話していたり、親愛を感じられる関係を築いていたい。
このような望みをもっていました。

主訴を言葉にしようとしたら、大量に考えや思い出が頭を駆け巡りました。
このような日常と過去を、私は過ごしました。


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仕事でお客さんに認められたり、優秀な結果を出すと、男性の先輩や上司から出る杭のように叩かれました。
値引きされて必ず褒めてもらえず、皮肉や嫌味を言われる。
大したことないないと流されて、取り合ってもらえない。
無かったことにされる。
かなり無理してがんばった案件でも、無視や話題にしてもらえない。

そうされると、私はものすごく悲しくて動揺してしまうか、
「私の事なんかどうでもいいの?!」
とパニックになったり、恨みを感じました。
「やっぱりね」と重い諦めの気持ちを感じました。

また、別のタイプの男性達からは、距離をとられて怖がられてしまう。
私自身の喜ばしいことに応援や励まし、認めてもらえないことや、疎外感を感じ敬遠されたときに、私は傷つき動揺しました。
恐くて不安になりました。
無理をしたとはいえ、がんばった私自身を否定されたように感じ、自分自身の存在や相手の反応にがっかりしていました。
ひとりぼっちになってしまう、見捨てられるようにも感じていました。


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そんな時、甘えるように取りいる女性社員を目にすると、激しい怒りを感じました。
「男性なんて『立てる』ことをしておだてて使って、楽をすればいいのよ」
と聞きましたが、ぜんぜん納得いかない。
彼女達にもその考えにも、ものすごい怒りを感じる。

「あたしはそんなずるいことしない! 絶対そんなんじゃない!」
と、そのような女と同じように男性に思われるのが悔しくて腹が立って、また無理矢理自分ひとりでがんばってしまったり、
「男性を、人を何だと思ってんの?! あんた達と一緒にすんな!ふざけんなよ……」
と、女性社員に軽蔑と怒りを露にして接していました。

男性に限らず私にまで、自分がラクをしようとして、自分のコマとして動くように、断らせないような圧迫を伴って、猫なで声ですりよってきました。
気持ち悪かった。
寒気がするほど怒りを感じました。
まるで、母親という存在の子供への支配に似ていました。

私はちゃんと仕事をして、フェアに対等に認められたい、その上で女性の私にできないこと、困ったことを手助けしてほしいのに、できない子ちゃんだと喜ばれて、自分の利益のためだけのお芝居の親切をする彼女達は男性に喜ばれて、しかも自分何もしなくて仕事ラク、人にやらせて定時でさっさと帰る、逆に私は、自分で仕事をするのにやりすぎると叩かれる、敬遠される、わかってもらえない、仕事大変、疲れる……こんなの絶対おかしい! 不公平だ! と、怒りと寂しさを感じました。


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でも、仕事をできすぎると叩かれる、変な姑息な芝居で甘える女をやるのなんか絶対に嫌だ、気持ち悪い、どうしたらいいの。
「なんでこんなことがまかり通んの、ゆるされんの。なんで私じゃあかんの?」
の声が、こういうシーンで響きました。

しかも、大好きな仕事とは言えない職業。
毎日、こんなところ絶対やめてやると誓っていました。
でも、経済的に辞められないと、頭の中で自分を言い聞かせて縛っていました。
苦しかった。
仕事なんだから割り切って、と聞くけれど、もう心がついていかない。
全然ハートが触れていないのがわかる。
こんな乾いた仕事の時間は、もう嫌でした。
自分を言い聞かせて、なだめすかして続けていくのは、本当にもう違いました。

私は、本当に私も楽しく喜びを感じ満たされ、人にも喜ばれ貢献できる仕事が本気でしたい。
どうしてもあきらめられないことでした。
大好きな仕事をして生きることは、本当に心地よい人生をすごす、生活をする、日常をおくること、プライベートでも仕事でも、本当に気持ちのよい人間関係のなかに生きることと無関係じゃない、つながっているように、どうしても私には思えました。


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ある男性が、自分のやりたいことの為に退職すると聞いて、急に気になり始めました。
数回しか話してないのに、恋なのかと疑うような行かせたくない気持ち、同時に見捨てられるような不安、恐怖がありました。

親と和解して優しくしてもらって、農家系の家を継ぐとも言っていて、自分のやりたいことも仕事にする、特に何もしないで、あっさり母親をゆるし、離婚して出て行った父親をゆるし、離婚した自分もゆるし、元妻と住む、自分の子供が好きという話を本人から聞いたのですが、私は、彼と私の環境と似ていることから、私は彼と自分と比べて動揺して嫉妬、怒り、焦り、自分を責めました。
こんなに私は暗黒を苦労して超えてきたのに、アッサリゆるしましたとか、相当なことをやっていた女ったらしな男なのに、反省も無く、自分が嫌いなんて一度も無く大好きですとか、この反省のなさ無責任さにいら立ち、裁いてやりたくなりました。

ここで、私は、彼に叔父と父を重ねていました。
私は、親と和解した、わかりあえた実感がないのに、家を継がない私は駄目な子供、私はやりたいこと仕事にしたいのに、どうしたらいいってやってるのに、先に行かれてしまう、先を越されてしまう、私の分がなくなる、負ける、私は駄目な子なままなのに、と自分を責めてぐるぐる焦っていました。


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また、今までの私がタイプだと思っていた気になる男性へ、このような声が私の中にありました。

「あなたは、
自分で何もできない、何もわからない、本当のことを言えない誰にも話せない、
自分で自分のことをできない、不安になりやすい、心の弱い、身体の弱い、
恐がりで臆病、弱い、駄目、感情を出せない、甘えられない、我慢する、
自分で歩けない、立ち直れない、自分で考える力の無い、自分で想いを言えない、自分で癒せない、
どうしようもないかわいそうな人なのだから、子供(大人の男性に対しても)だから、

わたしが、
やってあげましょう、導いてあげましょう、守ってあげましょう、
一緒にいてあげましょう、話をきいてあげましょう、何とかしてあげましょう、
教えてあげましょう、わかってあげましょう、言ってあげましょう、
そばにいてあげましょう、考えてあげましょう、見抜いてあげましょう、
甘えさせてあげましょう、世話してあげましょう、気遣ってあげましょう、
コントロールしてあげましょう、コントロールさせなさい、

だから、
私を必要としなさい、褒めなさい、認めなさい、愛しなさい、守りなさい、安心させなさい」

という奥底の声です。

男性に限らず、私がその人の外側だけであてはまると判断を下した女性や子供にも、この声から何かをしなくてはならないと、私は強迫行動をしていました。


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仕事で、相手の男性は自分の利益になるからそうしている事に対して、私へ好意があって親切にしてくれた、と勘違いして、思い込んで、尽くしました。
私が、時間の境界線を無理に譲ったり、意見を曲げたり、自分を個人的に好きになってほしくて、私が私の境界線に無理をさせました。
もう少し境界線を近づけたいと、プライベートな会話をしようとすると、相手はひいていました。
「仕事しろよ」と馬鹿にされるように言われて、異様にショックを受けていました。
自分の思い込み、勘違いが恥ずかしくて、自分を責めて、相手も心で責めていました。

プライベートでは、いいなと思う人と話す時にかっこつけて、ボロがでないように平常心のフリをしました。
ふたりで話す時にはずっと聞きっぱなしで、順番を待ち続けて我慢してしまう。
それなのに、いざ話を向けられると頭が真っ白になって片言しか答えられず、相手から注目されていることがパニックになりました。
慌てて早く終わらせたいと、ろくに自分は話さず、自分から相手に話の水を向けていました。
相手は私の事なんて聞いたっておもしろくないんやろな、と寂しい、諦めがありました。
だから結局、心を話せない。
自分の心も素も見せられませんでした。

そうしていると、相手が私にもってるイメージが、本当の私と全然違って、そうじゃないのに! って言いたくて、説明するのに伝わらなくて、ギャップを直せなくてものすごい無力感、誤解されたショックをひきずる。

「感情の薄い言葉を使いますよね」と言われ、相手を想って情熱をこめて話していたのに伝わっていなくて、ショックでした。
話し方や態度から、私が頭がいい、強すぎる、キツい、冷たい、優しくない、固い、気の利かない、女性の優しさのない女、恐いと男性に敬遠されてしまう。


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私は、おしゃれでもない、美人でもない、化粧もしない……何もかも駄目。
こんな日常での男性との関わりから、私は、女である私の存在が好きになれませんでした。

男性に愛されないと、女性として魅力が無い、女性として認めてもらえない、存在価値がない、とまで心の奥底で絶望して、自分にがっかりしていました。
私は、女性である私を嫌い、否定していました。

両親から期待された子供像との葛藤と同じで、私は自分を、男性から期待されている女性であれないこと、相手の理想になれないことに、自分を責めてがっかりしていました。
相手からの関心や親愛が欲しくて、相手から私への期待を、いつの間にか、私自分が決めた理想の私と思い込んで、すり替えていたことに気づきました。


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私は、服やアクセサリーを見るのは好きなのですが、いつも買わずに悩みすぎ、決められず、「またにしよう」と帰り、また見に出かけて同じ事をして、大量のグレー時間を繰り返してきました。
私は、本やキッチン用品やカトラリー、ステーショナリーも好きで買い物をしますが、こちらは質のいい本当に好きな物を、楽しく吟味して買えます。

でも、おしゃれに関すること、カフェや外食をすることにお金を使うと、罪悪感を覚え躊躇しました。
「また使いやがって!」「また無駄にするくせに!」「また失敗するくせに!」
「服がよくても中身が駄目なんだよ」「女らしくない中身のあんたなんか!」
「バランスが悪い、準備がまだ」「似合わないよ、ぜんぜん」「ぜいたくしやがって!」
という声をいつも聞いていました。

31歳までの今までもずっと、思春期でも、いつでも理想や人と比べてそうでない、人並みでない、何か普通でなくておかしい、何かが足りない、駄目な女の私、という外の人達の反応から、その判断、「Judge」の方が正しいんだと思い、私は自分を否定しました。

いつも、私でないわたしを重ねて見られていたり、決めつけられたり、私でない人が選ばれたり、認められ、好きになってもらっていたのを目の当たりにしてきました。
ずっとずっとずっと、寂しかった。
「なんてわたしとちゃうん? なんでわたしやったらあかんの?」
繰り返しになりますが、どんなシーンでも私の奥底でリフレインしていた声でした。


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自分の父にそっくりな男性を、好きかもしれないと気にし続けてしまうこと。
どう考えても、やっていることが私の境界線を尊重していない、外見や顔が好みだったり、人当たりがソフトでいい人だけれど、一方的に自分の話ばかりして私に興味がなく、身体目当てで、嘘つきの二枚舌で、約束も守れず、本音も話さず、私に向き合わない、いざとなったら逃げる、経歴まで自分の父にそっくりな男性達をピックアップして、自分から時間や関心を使ってしまうこと。

経歴とは、離婚経験者で子供がいて、自身に母親がいない、お金や女性関係にトラブルがあること等です。
彼らは、深刻な身の上話を、思い詰めて寂しそうな感じで、私に打ち明けてきます。
私は、自動的に聞いてあげなくてはと思ったり、同情心が沸いてきました。
私にだけこんな深い話をしてくれたのだから、私を信頼してくれているんだろう、男性は深い話をしづらいと聞くのにそうしてくれたなんて、好意をもってくれているんだろうと解釈していました。

でも、いつも後日にわかるのですが、他の女性にも同じ話をしていたり、あっさり話していました。
まるで、話す効果を知って演技をして、同情や関心を買おうとしているように私には思え、利用されたように感じました。
私は傷つき、失望や怒り、寂しさ、悔しさ、悲しさを感じました。
「どうして、またこんな奴にほだされんのあたし?!」と、同じことを繰り返している自分への悔しさもありました。


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また、食事をしようと話したのに、ずっと連絡も無く、無かった事にされたようにされて、でも言ったら重いと思われるかなとか、かっこつけて気にしてませんといった風に平気なフリして、でも不安で恐くて、「なんで約束を守らんの?!と」イライラしてくる。
相手に言わずに、明らかに怒りの態度を出してしまう。

そんな事態が起こっているのに、まだ期待して、無理矢理好意的な解釈をして自分をほっとさせようとしたり、ぐるぐるシミュレーションや妄想して、ストーカーみたいで私は暗い女って自分をいじめたり、事実を見ようとしない、事実に基づいて行動しない、待ち続ける自分がいました。
見捨てられた感、「なんで私じゃあかんの?」の自分責めと相手への非難のぐるぐる思考が止まらなくなって、苦しい。

男性と恋人になる、友人になることが、どうやったらできるのかわからない。
こんなちっさいことで、31歳にもなってものすごくショックを受けたり、悩んで気にしている自分を情けないと責めている。

TAT WebEX セッションでも、31歳にもなってこんなくだらない幼稚な女の愚痴で、ちっさいこと言ったら「そんなことで?!」と馬鹿にされると仲間を信頼できなくて、恥ずかしくて恐くて言えなかった。本当にオンラインでも効果あるの? と疑っていたことも重なりました。
TAT WebEX セッションでは、心理学の知識的なことを言い訳にして考えを言ったり、感情ではなくて説明したりして、本当に本当に本当に話したい、ポットに入れたいことを言わなかった、話をそらした隠した自分をゆるせなかった。


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31歳なのに1回も男性とつき合ったことがなくて、SEX の経験もないことがばれたら、外面的には、仕事場できびきびしていたり、恋愛経験もありそう、明るい社交的、とかよく言われるけど、中身はぜんぜん違うのに、こんなことをぐるぐる考えていました。
「男から見たらお前みたいな女、女として魅力無いからだよ、その年じゃあもう無理、誰もあんたを好きになる男なんていないよ、もう遅い、あほちゃうの」
という、嘲笑される、馬鹿にされるような声がありました。


私は「男を馬鹿にしている、見下している」ことに気づきました。
ベースは父。
そして、母の男性への接し方。
私のなかに、怒りと軽蔑、復讐心、恐怖、愛憎がありました。


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また、落ち着いているときでも、すてきな男性、私が興味があり意識してしまう男性の前にいると、ナチュラルな自分でいられませんでした。
ましてや心を話せませんでした。
真っ白になってしまい、全身、顔面が固まって黙ってしまうか、今の自分が普段の考えと分析ぐるぐるな説明口調になっていたり、また感情の薄い感じになってないかどうかとか、自分で自分を検疫したり、かっこつけてエレガントなお芝居をしていたり、聞き上手、受け入れてますというようなをアピールしたり、ぎこちない態度、不自然な話し方をしていました。
ひきつって、笑えなかったです。

話が続かない、気まづくなって席を立たれたり、会話が終わると次にはもう疎遠になっているか、話しかけてもらえない、疎まれた、嫌われた、私から話しかけていいのか、重いかな気持ち悪いと思われるかなとびくびくして、また駄目だった……変な女と嫌われた……と、自分を裁いて、自分という女の人生の繰り返しにがっくりしていました。

逆に、私が興味のない男性の前では、私は通常の私のままで、冷たいキツい感じであろうが、イライラしていようが、母親に世話をされたい子供のような大人の男性から好意をもたれるというパターンがありました。


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お金のことでは、叔父のことで激しい怒りを感じていました。
お金のためなら誰を傷つけても、家族を女性を巻き込んでも、人を苦しませても、踏みつけにしてもかまわない、お金を返さなくても、どれだけ迷惑をかけても、本人は全く反省せず償わず、のうのうと生きていることに、ぜんぜん納得いかない! なぜこんなことがゆるされるのかと、私は激しい怒り、恨み、疑問をもっていました。

あたしだけは忘れない、許さない、あいつが心身ともにズタボロになるまで溜飲は下がらないと決意していました。
叔父に限らず、お金のことで似たシーンに出くわすと、自分も含め激しく責め裁きました。


私は、過去に身につけた自分を責め裁く「比較」パターンを繰り返して、藤沢さんや他の ONSA WORKSHOP や TAT セッションの仲間と自分とを比べて、激しい嫉妬を感じて自分を責めて苦しかった。
憧れるからこそ、葛藤が苦しくてやりきれなかった。
ONSA の約束を頭ではわかっているのに、止まらなくて苦しかった。

私は、藤沢さんの著作をまともに読めず、話も聴けず、皆様のペイフォワードも読めなかった。
シェアもまともに聞けなかった。
私はずっと頭の中で、藤沢さんへも ONSA WORKSHOP やセッションの仲間へも、自分へも激しい非難を繰り返していました。


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また、いつもどんな場でも繰り返してきたパターンとして、藤沢さんや、場をまとめる役割の人、先生、上司、先輩に対して、
「自分を一番に見て欲しい、一番好かれたい」
という思いがずっとありました。

だから、「あの人はあんなに感情こめて親身に気づかってもらったり、親しく名前を読んでもらっているのに、個人的に気に入ってもらって助けてもらってるのに、どうして私は駄目なの? どうして私のことは好きになってくれやんの? なんで私はあかんの?」と繰り返し心で叫びました。

ものすごく私は寂しかった。
やきもきして、すねてふてくされてアピールしたり、がんばって注目をひこうとしたりしました。
相手に好きなってもらおうと、相手を変えようと境界線を侵犯しようと繰り返してきました。


ここまで書いて、同じ台詞が根本、主訴にあることに気づきます。
「なんでわたしやったらあかんの?」です。
私は、寂しかった。ずっと。

だから、「私にだけは奇跡は起こらない、私には効かない」は、私にとって疑う余地のない真実だ、と生きていました。



2)どんな環境、どんな過去を持っていますか?
どんな痛みの体験が影響して、そのような主訴を持つようになったのでしょう。
過去を振り返ってみましょう。
あなたは、どのような体験をしたのでしょうか。




家族で持っていた問題は、機能不全家族、共生関係、共依存、コントロール欲求、お金のトラブル、ネグレクトがありました。

私は幼少から、父親や叔父、親戚一同、お金のトラブルや数々の問題の中ある一族、家で育ち、男への無責任さ、逃げに、憎悪、激しい怒りを溜め込んできました。
父は、普段は何も言わないのですが、突然怒りを爆発しました。
口癖は、「お前らは俺をあなどってる、馬鹿にしている」でした。
突然爆発するのは、祖父もでした。

父は、遺伝性疾患で失明に近い状態です。
他にも病気を多くして、母が看病していました。
祖父と祖母は、介護が必要な期間が長く、母がずっと介護をしてました。
母は常に忙しい人で、いつもきりきり舞いでした。

高校生の頃、私は彼女が苦労している、しんどそうだと、でも介護を手伝うのが恐く、汚く、気持ち悪く感じ、祖父祖母を見られず、避けて何もしない自分を責めていました。
父も何もしませんでした。
いつも、本当の問題から逃げるからです。
私は、母をひとりで苦労させる父への怒りがありました。
自分への責めをまぎらわすためもありました。


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小さい頃、母親が出かけるとき車の音がすると、一緒に行きたくて飛んで外へでました。
道まで追いかけてゆくこともありました。
ある日間に合わなくて、置いていかれたのが悲しくて、床に転がってわめいて泣いて叫んだら、祖父にものすごい声で「うるさい!」と、他にもなにか怒鳴られたことで、身体、声、涙が止まり、凍ったようになりました。
私は恐くて、祖父を避けるようになりました。
私は、同じように父にも接しました。

私の家では、「怒り」に対処する方法を、誰も知りませんでした。
本人が周りに怒りをぶつけるか、ひきこもる方法だけでした。

怒りの他の感情も、起こった数々の問題についても、家族で話し合い向き合うことがなかった。
あいまい、うやむや、無かった事にできないか、とりあえず丸くおさめることをしていました。
それは、口約束で大金を貸す、本題に向き合わない、はっきり言わない、解決しない、です。

現在の私には、話のあいまいさが気持ち悪く、不安で恐く、はっきりさせるために、自分に被害が来ないか、自分が誤解していないか、怒りをともなって相手に確認、詰問するくせがありました。


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小学校中学年くらいから、家庭は混乱していました。
叔父の自己破産の影響も受けました。
母が、離婚の話を父としているのが聞こえて、「M(私)がいるのに~」と私のせいのように言っていました。
小さくて意味がわからなかったけど、「私のせいで、彼らは何か自分達のしたいことができない?」と、私は考えて自分を責めて、当時とても不安で恐かった。

自分の部屋の硝子戸越しに、外の気配にびくびくして、いつも気配を伺っていました。
中学になると、親が戸をノックするのすら怒りを感じて、全身で警戒していました。
私は、不安で恐かった。

現在も、コントロールできない、できなかった状況に陥ったとき、会社で自分が関わる仕事がスケジュール通りに進まない時、不安になって、私はパニックになりやすく、情緒不安定でヒステリックに対応していました。
自分の身を守るのに必死になって、相手へ怒りを表し責めたり、身体を緊張させたり、自分が何とかしなくてはならないと強迫的に行動していました。
いつも、起こったことに対して自分のせいと、自分ができることがあったのに、と悔しい後悔も感じていました。

小さい頃の混乱の時代、小さいのに、家庭を何とかしようしなくてはと思っていた私がいました。


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また、仕事では変更に伴って、私は関わる人へ、申し訳なさそうに平謝りしていました。
その自分が死ぬほど嫌でした。
同じように行動している人にも怒りを感じました。
変更ごとに「またかよ?!」と自分が責められているように感じていました。

わたしのせいじゃない、という怒りと不満もありましたが、お金を無心していた叔父や、父の問題解決の態度へ感じた感情を、今の日常の似たシーンで繰り返して感じていたり、私も同じことをしていて自己嫌悪していたことに、今書いていて気づきました。

また、自分の手帳のスケジューリングも同じでした。
自分へ期待して、スケジュールをコントロールのように書き込んでいました。
予定変更すると不安で恐く何か恐ろしい、悪いことが起きるのではないかとか、変更したことで何かができなくなる、どこかへ悪影響が起こるとか不安になったり、スケジュールの文字がぐちゃぐちゃになって、整理されていない、コントロールできていない、美しくない、汚い、混乱した感じを受けた時、不安、恐れ、あきらめた気持ち、無力感、できなかった自分、できない自分を無能だと責める、私はまた何も出来ないとがっかりするパターンがありました。


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私は、「コントロール」された状態、理想こそ正しい在るべき姿と思い込んでいました。
子供の頃の混乱に巻き込まれた恐怖から、もう二度と巻き込まれたくないと決意していたからです。
痛みの感情を感じたくない、あんな目にあいたくない、何とかできたはずなのに、昔は私も皆も幸せだったのに! と私は、全力で元の状態に戻そうとしていました。

場所が変わっても、時が変わっても。
そして私こそ、親のコントロール、親からの理想と比較されたことに恐れを感じていたのに、現在同じ事をして、自分を裁き責めていました。


私に問題が起こったとき、父や母は向き合ってくれませんでした。
向き合ってくれなかったとは、私をひとりの人間として、自分の子供として、愛から、向き合って真面目にお話をしてくれなかった、何らかの行動をしてくれなかった、子供の私の気持ち、考えを聞いてみとめてくれなかった、という意味です。

問題に限らず、よかったことも、無かった事にされました。
良いことがあっても、嫉妬されるか、皮肉を言われるか、裏面交流で攻撃されるか、無視されるかでした。
話題を変えられたり、他の子や TV の子と比較されて、その子を話題にして、その子を褒められました。

私の不登校も、ひきこもりも、進路相談も、トランスフォーメーションの転機の時も、病気、手術の時も、いないものとして、やっかいもの、腫れ物にさわるように避けられて、こっちを見てもらえませんでした。
私にとって大変な時こそ、ひとりにされました。


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いつも私に興味をもってもらえない、忙しいから? 本当に興味が無いの? と、ひとりで考えて、傷ついて、恐くて、狭い部屋に閉じこもっていました。
私にとって「無かったことにされる」のは、意識していなかったけれど、ショックで心身の冷える、からだや存在の重みが消えてしまうような感覚、思考も止まってしまう、まるで ”死” を味わい続けていたのだと、今気づきます。

私は、心から褒めてもらったこと、 ”わたし” をみてもらった実感が、1度もなかった。
心から愛してもらった実感がありませんでした。
だから、その感覚がわからなかった。

逆に、さみしいと呼ぶ感覚もよくわからかった。
辛い、悲しい感覚、感情がわからなかった。
幼少からその感情に圧倒されて、多すぎて遮断したのだと思います。


私は、過去に圧倒されていました。
過去の感情、今の自分にうまくいっていない方法に、現在の私がコントロールされていました。




3)ONSA WORKSHOP および TAT セッションで、その過去(正確には、過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)がどんな風に変わってゆきましたか?


過去を過去として、現在から切り離し、見ておけるようになりました。
落ち着いているときは、過去と現在のくっつきに気づき、つながりがわかります。
混乱しているときは、とにかく書いて、Chair Work して、大丈夫やで! と、私が私の側にいてあげられるように、声をかけてあげられるようになりました。
過去のやり方を変えていい、やめていいとわかり、現在のやり方を変える、選ぶことができるようになってきました。

”お父さん” ”お母さん” ではなく、”わたし” になる。
”お父さん” ”お母さん” ではなく、”このひと” をみる。
今をみる。
こうしようと、決められました。


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痛みを「在る」とできるようになりました。
私こそが、私の痛みを無かったことにしないようになれました。
痛みを感じ、涙がじわっとして、痛みが、傷が、自分の歴史が、自分自身が、愛おしいと感じられるように変わってきました。

私が私の痛みを感じることで、自分自身、今、なにもかも全部を、受け入れられるようになってきて、何もかもをゆるして、人や、藤沢さんや仲間へ、涙がでるほどの本物の感謝を感じられるように変わってきました。

私は、藤沢さんが道案内をしてくださっていたことに気づきました。
一緒に ONSA WORKSHOP を経て、見てくださっていたと気づきました。
仲間が、一緒に時間をすごした感謝を贈ってくれていたことに気づきました。

とうに文章に書いてくださってあったのに、私は気づかずわからなかった。
私は受け取れていなかったんです。
傷や怒りや寂しさで、私のものの見方は、割れてゆがんだレンズになっていたから。


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「お金を払ったから、責任者だから、仕事だから」
という言葉のニュアンスが、私の中で
「おまえなんかどうでもいいんだけどね」
「しょうがないから」
「言わなければいけないから、社交辞令だから」
という声とくっついていたからです。

私の頭の中の辞書は、自分にとって絶望的な解釈で埋め尽くされていました。
私は、家族、両親、過去から癒されていなかった傷を、ONSA WORKSHOP でオーバーラップさせて、混ぜてしまっていました。
職場でも。


私は、境界線がますますわかるようになってきました。
よかった……。

同時に、境界線の約束の重みをより感じます。
私には、侵してはいけないラインが存在する。
私は、近づきたかったけれど、そうはならないことが存在する。
自分にできることを充分にして、断られること、失ったこと、できなかったこと、ラインを近づきはできなかったことは存在する。

その時も、やっぱり正直でいよう。
悲しみをちゃんと感じて、手放します。 Let go.

私は、私が感情を感じることをゆるせるように変わりました。



4)TAT セッションを受けるには、どんな前提条件が必要だと思いますか?

ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」 こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること………など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、ご自身の言葉で教えてください。




本当に癒したい、本当の痛みが「在る」と、自分が本当におもっていること。



5)もし自分が ONSA WORKSHOP で訓練をしないまま TAT セッションを受けていたら、どんな風であったか、想像して、教えてください。



効果が薄かったと想像します。
なぜなら、「なぜ」を ”私が” わかっていないだろうから。
なぜ、何の為に私はこれをするのか、何が辛いのか、どういう過去から、「mind-set」から、何から現在こうなっているのかを、私が発見し始めていないだろうから。



6)ONSA WORKSHOP は、TAT セッションを受けるにあたり、あなたにとってどんな風に役立ちましたか?



過去と現在のつながり、鎖がわかりました。
何が問題で、何を癒す必要があるのかを、私自身が自覚する、とらえるために役立ちました。

ONSA WORKSHOP を経て、どれほど現在の自分が過去ベースなのかを、私は認められました。
私の場合、危険な日常から自分を守る為に、考えと分析にものすごいエネルギーを使って自己保身し、生き延びてきたこと、自分の「気持ち」「感情」を、ほんの小さいころから放ったらかしにして、また放ったらかされて、本気でわからなくなっていたこと、言葉にして何て言ったらいいのか、伝え方すらわからなくなっていたこと、感じていることを話さず、話したら相手にどんな対応をされるか、言われるか反応が恐くて、ネガティブな反応だったら傷つく恥ずかしい、恐いから、説明や説得をやり続けていたことを、心を開かなかったことを私は認められました。

だから、自分の「過去」「気持ち」「感情」と向き合う必要が在る、向き合いたい、大事にしたい、その方法を得たいと望み、更に、これからの光へ進みたいと本気で思うようになり、TAT セッションに臨めました。



7)TAT セッションを受けてみた後、1)と2)で書いた問題は、どのように変化しましたか? そしてその変化は、あなたにとって、どんな風に感じた出来事だったでしょう。
あなたの言葉で教えてください。




問題、両親や会社の人、周りの男性は変わりません。
しかし!
かならず、私が気持ちよく在れるやり方、私の道はある、できると、私自身が私を信じられています。

ある人と人生の道で出会い、その人と合わなかったとしてもいい。
いろんな人とうまくやれる人、好かれる人は、私にとって完璧な人でした。
過去とつなげれば、親にとって周りにとって、完璧な子供のこと。
もうそうじゃなくていい。

もう私には、私の、裁くための、プライド、理想、完璧、正解よりも大事なものがある。
私は失敗していい。
私は失敗から学べる。
自分を知ることができる。

私はできる。
私は自分で決められる。やれる。
私が私のままで、気持ちよく在れるあり方がある。
私が私のままで、気持ちよく在れる人達(老若男女国籍とわず!)と、自分を大切にしてゆきながら、会おう。
私が私のままで愛し合える男性と、自分を大切にしてゆきながら、会おう。
すてきな大好きな人達と一緒に時間をすごそう。
私はそんな場で生きよう、自分から行こう。

この変化は、私の静かな穏やかな決意でもあって、気持ちが凪いでいます。
自分を信頼している感じ、私と手をつないで支えてもらっている感じがします。
私は安心しています。ほっとしている。

今までの私は、「ゆるす」と、
「そんなことしたら、あの時の傷ついたあの私はどうなんのよ?!」
と、猛烈に反発しました。
許す本当の意味がわかってきた今の私は、「ゆるす」と涙がでてきて、胸がじーんとして響いて満ちてきます。
私のなかに愛を感じる。



8)これから ONSA WORKSHOP ならびに TAT セッションを受け、みずからのトラウマに向き合ってゆく方にメッセージをお願いします。また、痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている方に、あなたにしか送れないメッセージをお願いします。



私は、自分を知ることに多くの時間を使いました。
ONSA WORKSHOP でも、TAT セッションでも、とにかく自分に正直に、嘘をついたということすら正直に、口汚い言葉、罵り、何もかもを、私は「未来日記」やワークにぶちまけました。

心を話すことは、楽しくあたたかい愛あふれることはもちろん、本気の闇を洗いざらい打ち明けることも、まったく等価で、信じられないくらい得難い美しいことだと、自分と仲間のお話を聞かせてもらって、私は気づきました。

私にとって、自分に向き合ってゆくことは、私と私の心の、本当に必要な行きたい旅です。
信じられないくらい、私のためだけの旅でした。
これからもそうです。
それが、私はありがたい。ありがとう。

どうか、自分のために歩いてください。
痛みを感じてあげてください。
あきらめないで。




9)最後に、ここまで歩いてきた自分自身に、メッセージをお願いします。
誰かに遠慮する必要はありません! 思い切ってどうぞ!
感じていることを、素直に書いてみてください。




とびっきりの言葉をわたしに贈りたかったんやけど、やっぱりこれしかなかった。
涙がでる。

ありがとう。
だいすきよ。

いつもそばにいる。そばにいて。
もっと、いろんなことを話して。
もっと、わたしのことを教えて。
ぜんぶ聞きたい。わたしのことが知りたい。
もっと、遊びに行こう。ゆっくりしよう。たのしもう。
もっと、そばにきて。
だいすきよ。
ありがとう。




タイトルはじまり目印

T さん ぼたんクラス


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1)あなたの問題は、そもそも、どんな主訴でしたか?



父との関係。
他人の目や、評価を気にしすぎてしまう。
上手く行かないことは、何でも自分の責任のように感じてしまう。



2)どんな環境、どんな過去を持っていますか?
どんな痛みの体験が影響して、そのような主訴を持つようになったのでしょう。
過去を振り返ってみましょう。
あなたは、どのような体験をしたのでしょうか。




私の父は、他人を信じられず、自分にも自信のない人で、いつも誰彼構わず悪く言い、気に入らないことがあれば怒鳴り、些細なことでへそを曲げ、激しい機嫌の波で、いつも家族は翻弄されてきました。
お酒を飲むと、食事にけちを付け、お皿を投げつけ、より一層周囲に当り散らしました。
私がまだ物心もつかない頃、幼い私を道連れに、自殺すると家を飛び出したこともあると聞きました。

平日はいつも接待で遅い父でしたが、たまに早く帰宅すると、心底がっかりしたものです。
食卓だけ明かりの付いた暗い家で、母を罵倒する声が延々と続く中、母が酷い目に遭っているのではないかと不安に怯えながら、自室で過ごしました。
休みの日に家族で出掛けても、父の不機嫌で楽しいことは、いつも台無しになりました。

私が 10歳の頃、裁判所から届いた離婚調停の文書を自慢気に見せた父の姿が忘れられず、大人になるにつれ、いつしか父には憎しみの感情が先立つようになりました。
両親の離婚を心から願いましたが、母の固い信念により実現しないまま、現在に至っています。

大人になって独立した私に、今では依存するような態度を取る父に、会う度に毎回がっかりし、腹立たしく思い、悲しくなって実家を後にするのに、母と二人きりで暮らす実家に滅多に帰らないことに、どこかで罪の意識も感じていました。

子供の頃から、父にとにかく認めてもらいたくて、母をこれ以上悲しませたくなくて、頑張ることは私にとって当たり前でした。
学校でも会社でも「良く頑張ってるね」と言われても、自分ではまだ頑張り足りないと思う一方で、自分に期待をかける人への怒りも感じました。
上手く行かないことは、自分の努力が足りないからと自分を責め、他人からの評価で自分を評価して生きてきました。

そして、こんな家族のことは決して知られてはいけないと、ステキな生活とステキな人生を演じてきたような気がします。
それでも、人間関係に行き詰る度に、父の DNA を受け継いでいる私は、きっと幸せになれないのだろうと考えたりしていました。



3)ONSA WORKSHOP および TAT セッションで、その過去(正確には、過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)がどんな風に変わってゆきましたか?


今回、過去に向き合って考えるまで気が付いていなかったのですが、私は子供時代の記憶があまり思い出せない状態でした。
無意識に蓋をしていたのだと思いますが、ワークを進めるうちに、過去のことを少しずつ思い出すようになりました。
自分の生育歴に問題があると思ってはいましたが、客観的に見ることで、小さな自分がどれだけ頑張ってきたかを認められるようになりました。

セッションで何が起こったのか未だによく分かりませんが、胸につかえていた何かがぽろっと取れて、どこかに行ってしまったような感じがしています。
あんなにいつも抱えていたはずの、怒りやその他諸々の感情が、今やすっかり過去のものとなりました。
過去に引っ張られず、冷静に今ここで考えられている自分がいて、そういう自分を客観的に眺めている自分もいる、そんな感覚です。



4)TAT セッションを受けるには、どんな前提条件が必要だと思いますか?

ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」 こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること………など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、ご自身の言葉で教えてください。




やはり ONSA WORKSHOP のベースは不可欠で、ルールを経験則で理解し守れることは、大切だと思います。



5)もし自分が ONSA WORKSHOP で訓練をしないまま TAT セッションを受けていたら、どんな風であったか、想像して、教えてください。



まず、心を開くという意味が、すぐには分からなかったかもしれません。
そして、事前のワークの取組み方も理解できず、自分の問題に向き合うまでに至らなかったように思います。

ONSA WORKSHOP に初めて参加した時、最初は戸惑いましたが、回を重ねる毎に理解が進むようになりました。
そのルールや雰囲気を知らず、基礎のない状態で TAT セッションを受けたなら、きっと十分な効果は得られなかったと感じています。



6)ONSA WORKSHOP は、TAT セッションを受けるにあたり、あなたにとってどんな風に役立ちましたか?



一言でいうなら、素地そのものです。
何より、自分のことを率直に話す訓練が出来ていたというのは、大きいと思います。
ONSA WORKSHOP を受けるまで、私は心を開くことの意味も方法も、よく分かりませんでした。

そして、「こんなこと言ったら不幸自慢と思われるのではないか。私の悩みは大げさで、そんなことで悩んでいるの? と思われるのではないか。」と躊躇う気持ちもありながら、結局全て話すことが出来たのは、一緒に参加した皆さんとの信頼関係がベースにあったからだと思います。
これまで、どんなに親しい人にも打ち明けなかった事を話すのは、とても勇気が要りましたが、過去の ONSA WORKSHOP を通じて「話しても大丈夫」と知っていたからこそ、課題に取組むことが出来たと感じています。



7)TAT セッションを受けてみた後、1)と2)で書いた問題は、どのように変化しましたか? そしてその変化は、あなたにとって、どんな風に感じた出来事だったでしょう。
あなたの言葉で教えてください。




TAT セッションの後は、父のことや過去の辛い記憶を思い出しても、そのことで嫌な気持ちにならなくなりました。
過去からすっかり切り離され、辛かった経験は間違いなく存在しているのだけど、もうそれは過去のもので、心は戻っていかない。
そう思えるようになりました。

そして、物事を他人からの評価ではなく、自分がどうしたいかで考えるようになりました。
自分の中で、判断の軸足がいつのまにか切り替わっているのが不思議です。
必要以上の責任感を感じることもなく、上手く行かなくてもそれは仕方のないことだとも思えるようになりました。

以前の私は、他人の何気ない一言に勝手に傷付いたり、相手の態度に過剰に反応したり、一方で心の全面にシャッターをガラガラと下ろすような勢いで他人をシャットアウトしようとしたりと、周囲の言動に対して心が過敏でした。
それが今では、誰かの言動で気持ちが揺れることが少なくなりました。

心の外側に強い壁があるような、それでいて以前よりずっと心を開くことが出来る。
自分に芯が通っているので、自分の言動も信じられる。
そんな風に思っています。
試行錯誤を繰り返してきた境界線ってこれなのかな……としみじみ感じる日々です。

もちろん嫌なことが全て無くなった訳ではありませんが、「『相変わらずの日常』をある程度、安全に生きてゆける自信がついた」(* 「藤沢優月の日々是好日」2012年4月2日記事/編集注)という優月さんのブログのメッセージ通りだなと実感しています。
そして、「これは科学だから」というセッション中のフレーズがいつも頭に残っていて、また感情が戻ってきたらどうしようと不安に思う気持ちをかき消してくれています。

こんな風に変わるなんて想像もできませんでしたが、でも変われることを実感できる日々を、とても幸せに思います。



8)これから ONSA WORKSHOP ならびに TAT セッションを受け、みずからのトラウマに向き合ってゆく方にメッセージをお願いします。また、痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている方に、あなたにしか送れないメッセージをお願いします。



これまで私は、自分の家族と自分を否定し、自分の将来や幸せも否定し、でも誰かに認めてもらいたくて、必死に自分なりに頑張り続けていました。
でも、どんなに頑張っても上手くいかず、それが自分の過去に原因があると薄々分かっていても、目を背けていました。
どうしたら解決できるのか、見当もつかなかったから。

期待と不安が入り混じりつつも、TAT セッションを受け、その解決方法を知りました。
あんなに憎しみを感じていた父、父の言動と重なる人たちへの怒り、そしてそれに振り回され続けていたこと。
それが、全て私から離れていきました。

いっぱい遠回りしながらも一歩踏み出せたことで、これからは自分を大切にして生きていけると、心から思えるようになりました。
そして、ずっとそうありたいと願っていた、穏やかで心が凪いでいる状態を感じられる日々も手に入りつつあります。

道に迷って途方に暮れるような気持ちで生きてきても、幸せになることが途方もない道程のように感じられても、それはきっかけさえあれば必ず変えられると今は思うのです。



9)最後に、ここまで歩いてきた自分自身に、メッセージをお願いします。
誰かに遠慮する必要はありません! 思い切ってどうぞ!
感じていることを、素直に書いてみてください。




回り道をしながらも、ずっと歩き続けてここまで来てくれて、本当にありがとう。
あなたは、自分で思うよりも遥かに大変な道程を、頑張り続けてきました。
その大変さに自分では気付かずに、でも押し潰されそうになって、それでも諦めずにいてくれてありがとう。
必死に頑張っていた小さな私を抱きしめてあげたい、そう思います。

何ヶ月も前に、私が学生に向けて話したメッセージが、数日前に「感動した言葉」として私のところに戻ってきました。
「困難な問題もいつか必ず解決する。」
それはあまりにも偶然で、まるで過去の自分から届いたメッセージのようで、思わず涙がこぼれたよね。
今なら、本当にその通りだったと思えるから。

これからは、どんな時でも私が味方で、いつでも私と一緒にいると約束します。
そして、心から私の幸せを願い、応援し続けます。
私のことが本当に大切だから。

思う存分幸せになろうね。




タイトルはじまり目印

A さん ぼたんクラス


タイトル下の線


(* お客様のメッセージも、一緒に掲載させていただきます)

優月さん、田宮さん、
貴重な TAT セッションをありがとうございました。

セッション参加の皆様、
2回目のセッションで、みなさんの主訴を聴きながら、あぁ私にもそれがあるな、一緒にポットにいれてもらっちゃおう、などとと思いながら受けていました。
ご一緒できたことに感謝しています。
ありがとうございました。

今後とも、どうぞよろしくお願いします。


1)あなたの問題は、そもそも、どんな主訴でしたか?



色々悩みはあるのですが、今回私が TAT のテーマとしたのは、ある状況で起きる “のどのつまりのような感覚と、こらえきれない涙” でした。
想う事、言いたい事はある時に、のどがつまってすっと言葉にできない、振り絞って言葉を発しようとすると涙がこみ上げてきて涙目になり、さらに話しをすると、おさえられずぽろぽろと涙をこぼしてしまう、涙を流しながら、声を震わせながら、どうにかこうにか言葉にするけれど、そもそもなぜ涙を流しながら話してるのか、自分でもよくわからない。

客観的に見れば、泣くほどのことじゃないはずなのに。
そんな事が、子供の頃からよくありました。

どういう時に、それが起きるのか振り返ってみても、こういう時です、と明確に説明できないのですが
・異論や疑問を投げかけられ、自分の意見や考えを説明したいとき
・大勢の前で話をする時、説明をする時
・理不尽な(と私が感じる)扱いや言葉を受けくやしい思いをした時
・やさしい言葉やありがたい言葉をかけてもらった時
などに起こってる気がしていました。

最近でも、職場の面談の時などに起こって、面談相手の上司を戸惑わせてしまったり。
(別にその上司がイヤとかではないのに。)

何か心理的な原因があってこの症状が出るのかと考え、心面から理解しようとしてましたが、逆に、症状・身体面からのアプローチも必要かもと思うようになり、今回は、この身体の状態をテーマにしました。



2)どんな環境、どんな過去を持っていますか?
どんな痛みの体験が影響して、そのような主訴を持つようになったのでしょう。
過去を振り返ってみましょう。
あなたは、どのような体験をしたのでしょうか。




最初にこの状態になったのはいつだろう、と記憶をたどっていくと、小学生の頃の自分が思い出されます。

母に叱られ、言いたい事はあるけれど、のどがつまって声にできない、しゃべると泣きそう & 泣いたらしゃべれない、という板挟みで、泣きそうなのを必死でこらえて(でもすでに涙目)、言葉もぐっとこらえていたら
「すぐに泣けば済むと思って!」
と言われ、強い怒りと悲しみを感じた記憶があります。
「そうじゃないのに! 泣けば済むなんて考えたこともないのに! なんでなんでそんなことを!」
と、逆上しそうな怒りと悲しみだったと思います。

その時点で、すでにこういう身体の症状になっていたわけで、もっと前からこうだったのだと思いますが、それ以外は覚えていません。

その後の学生時代、そして職場でも、なんてことない意見交換や会議の場、プレゼンの場で涙目になってしまったり、声が震えたり、言葉につまったり、よくしていました。
緊張のせいかと思っていた事もあるのですが、どうも違うな……といつからか感じていました。



3)ONSA WORKSHOP および TAT セッションで、その過去(正確には、過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)がどんな風に変わってゆきましたか?


TAT では、原因がわからなくてもいい、そして、身体の症状に有効、と説明して頂いたのが心強かったです。
セッション後、心が落ち着いたというか、ハラが座ったというか、そんな感覚がありました。
TAT 後、以前の状況に陥りそうなシチュエーションにはまだ遭遇していないのですが、それでも、毎週の会議やよくある打ち合わせの場での、気持ちの落ち着きが違うな、と感じています。

緊張やどきどきが、以前よりぐっと減って、多少議論になっても対応できそうな気がしています。
自分だけの感覚ですが、これなら次の面談も大丈夫かも、と思えていて、私にとってはすごい事だと感じています。

過去の感覚については、どうだろう。
上記 2)を書く際に、また思い出して涙ぐんだり、のどがきゅうっとする感覚がありました。
まだ何か残っているのかな。



4)TAT セッションを受けるには、どんな前提条件が必要だと思いますか?

ここで言う条件とは、人的条件やお金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで人の話を聞けること、自分の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」 こと、自分にウソをつかないこと、時間に間に合うように来ること、ルールを守れること、協調性が養われていること………など、体験した人だから分かることがあると思います。
ONSA WORKSHOP と TAT セッションをご自身で体験してみて、TAT セッションにはどのような前提条件が必要だと思うか、受けてみて感じたことを、ご自身の言葉で教えてください。




セッションの場が、どういう場所かわかっていること。
つまり、心を開いて、さらけ出しても大丈夫な、安全な場であり、自分もその場をつくりだしている大切なひとりだとわかっていること。
でしょうか。
(心を開くのが苦手な私ですが、それでもこの事はとても大切だと感じています。)



5)もし自分が ONSA WORKSHOP で訓練をしないまま TAT セッションを受けていたら、どんな風であったか、想像して、教えてください。



ひらく、感じる、という事にフォーカスできず、何をやっているんだろう? どうなっているんだろう? と、アタマで理解しようとしてしまっていたかもしれません。
安全なその場をつくる一員であるということも、理解しにくかったかもしれません。



6)ONSA WORKSHOP は、TAT セッションを受けるにあたり、あなたにとってどんな風に役立ちましたか?



なんだかわからないけど「身体からのアプローチ」らしき事を優月さんがやっている、という事で TAT に関心を持ちました。
その前に、ワークショップで自分をみつめなおし、テーマが「のど」に絞り込まれました。
漠然と悩みが色々あるけれど、何かコア的な事をつかむのに有効だったと思います。

ワークショップごとに、プレワークを読んだ優月さんがコメントを下さるのもよかったです。
はっとしたり、そうかあと思ったり、それがさらに自分を理解する助けになりました。

あと、今回は TAT まで期間が短い中で、思い切って連続受講したのですが、プレワークやアフターワークに追われるような状態になってしまい、少々しんどかったなと思います。
(きっと、時間の使い方の問題もありますね。)



7)TAT セッションを受けてみた後、1)と2)で書いた問題は、どのように変化しましたか? そしてその変化は、あなたにとって、どんな風に感じた出来事だったでしょう。
あなたの言葉で教えてください。




変化は、3)で書いたような現状で、表面上は劇的ではないけれど、私の中では何かが変化したと感じています。
それは、自分に対する信頼や自信が少しアップした事のようにも感じています。
私は大丈夫かもしれないと思える事は、心強いです。



8)これから ONSA WORKSHOP ならびに TAT セッションを受け、みずからのトラウマに向き合ってゆく方にメッセージをお願いします。また、痛みのあまり、自分の人生をあきらめそうになっている方に、あなたにしか送れないメッセージをお願いします。



「トラウマ」って、とても大変な目にあった人が受けてしまうものだと思っていましたが、そうでなくても、自分でも気付かずに受けているものがあるのかもしれない、と思うようになりました。
「トラウマ」と言うのはおこがましいような小さな事でも、私にとってはうれしくない、何らかの影響を与えている経験や考え方のパターンがあるなら、それも「トラウマ」の一種なのかなと。

そのためにお医者さんへ行ったりするほどではないけれど、でもなんだか私について違和感がある、やりにくさがある。
そこからどうにか抜け出したいという想いで、ONSA のワークショップを受けました。

1回ずつ、ひとつずつ、違う角度から自分に取り組んでみて、アタマと心を少しずつほぐして行けたように感じています。
心の中にいきなり飛びこむのは、なんとなく怖気づいてしまう事もありますが、自分のパターンを自覚したり、自分を守る方法を知ったり、そうやってワークショップで一歩一歩進んで行けるのは安心感がありました。



9)最後に、ここまで歩いてきた自分自身に、メッセージをお願いします。
誰かに遠慮する必要はありません! 思い切ってどうぞ!
感じていることを、素直に書いてみてください。




今年に入ってからあっというまのこの数カ月、よく投げださずに取り組んできました。
最初、どうしようかと迷っていたけれど、えいっと申し込みをして、よかった。
自分を信頼できる事って、うれしい、ありがたい。
そんな感覚を持てるって事は、さらにうれしい、ありがたい。

アタマじゃなくて、心や身体を感じるということがわかってきた気がするよね。
その感覚を、これからもっと大切にしていこう。
あれを食べるとなんか体調悪くなる……というのも、アタマでほんとかなって疑うんじゃなくて、あ、身体が反応してるなって素直に受け止めてみよう。
そしてまた気付くことには、目をそらさずに取り組んでみようね。

今感じているのは、上面や上辺で反応しちゃってることを、心からの反応にしたいなということ。
恐れやおびえ、不安にフタをするのではない方法を身につけたいなということ。
これも少しずつでもいいから、やってみよう。




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