2014.04-07月開催 「ONSA Web. WORKSHOP(2)コース2/STEP.2(前期日程)」のあざみクラス

PAY FORWARD:Web. WORKSHOP コース2/STEP.2(前期日程)
2014.04-07月開催 「ONSA Web. WORKSHOP(2)コース2/STEP.2(前期日程)」のあざみクラス


「コース2」のテーマは「いわゆる『家族問題』」です。
ONSA Web. WORKSHOP では、毎週1課題、全12週にわたり課題に取り組んでいただきます。本 PAY FORWARD は、最終12週目の課題としてお取り組みいただいた、締めくくりのワークです。

●コースの内容 
- 「ONSA Web. WORKSHOP(ウェブ・ワークショップ)」
●もっと読む
- PAY FORWARD(ご参加者のご感想) もくじ

 PAY FORWARD(ペイ・フォーワード)とは「次の人につなぐ」という意味。すでに ONSA WORKSHOP にご参加されて、ひと足先に変化を歩き出した方々から贈られるメッセージです。
タイトルはじまり目印

M. K. さん(20代/東京都よりご参加) のあざみクラス




わたしへ

スタートしたのが4月だったなんて。
たった3ヶ月なのだけど、いくつもどん底があり、どうしたらいいんだろうという途方に暮れた気持ちがあり、もうこのままの方法ではだめなんだとようやく気づいた。
そんな大きな変化があった今回の Web. WORKSHOP だったね。

今回参加してみて、私が気づけたことは、私の人生を行き詰まらせている考え方、行動を私が理解して、現実に即して、自分の感情、考え、人生・・・自分の境界線内にある大切なものを守るための行動をとって、私の現実を変えていくことが自分の人生をつくっていくことであり、回復であるということ。
現実を変えるのは、外側の環境じゃない、今目の前にある現実に対して、私がするひとつひとつの選択なんだということ。


文節区切りの線


私がこれまでとってきた考え方は、こうだった。

私は機能不全の家庭に育ってきたから自分を大切にする方法を知らない。
私は大切なことを身につけられなかった残念な人で、他の人がもっているものをもっていない足りていない人なのだ。
だから、身につけて足りていない人から足りてる人にならないといけない、そうなるまでは気を抜いてはいけないし、恥ずかしい自分なのだという思いが心の奥底にあった。

共依存だとわかっていても、そういう自分を全面的に受け入れられていなかった。そう捉えていたからこそ、受け入れられなかった。


文節区切りの線


自分の感情やニーズ、コントロールを意識する練習を通して、私は問題を問題として見ることをせずに、頑張ってやり通す方法によって、状況をくぐり抜けようとしてきた、それが苦しさの原因で私にとっての現実だとわかった。
回復することもその方法で切り抜けようとしていた。

自分を苦しめる現実(たくさんのことをやりすぎることや、自分に合わないことを仕事でさせてしまうこと、人を遠ざけてしまうこと)を合理化して、否認していたとようやく見えてきた。
一人でもさみしいと感じないようにすること、頑張ってやり遂げる、成果を残すことで、問題を見ないようにしてきた。
現実を見れば、とても痛みを感じる。それは今の痛みだけじゃなくて過去の痛みもひきつれてくる。
それを頑張って完璧にやることで解決しようとしてきたし、それで解決した気になっていた。

だけど問題をおこす私の考え方、習慣自体に取り組まなかったから、問題は問題として残り、痛みはどんどん積み重なったままになる。
ますます現実が見えなくなっていって、私はそれから逃れるために、焦って先に進もうとする。
外の環境を変えて自分も変わったと思おうとする。

だけど、そうして積み重ねてできあがった現実がこれなら、もうこの方法はだめなんだってようやく、手放し始めることができた。
私には難関だった、頑張ることで自分の価値を自分にも人にも保証する、されるようにしてきたから。その方法しか知らなかったから。

だけど、そもそも、価値を証明する必要がないのだ。
人はみな違うから、そもそもその人がその人として存在するだけで尊いのだという当たり前のことが、突然よくわかった。


文節区切りの線


気づけて、もうこの方法は意味がないとわかることができたから、これからはもっと自分にとってよい選択ができると思う。
気づかずにきてしまったたくさんの時間をどうにもできないことは悔しくて、悲しいけど。
その悔しさや悲しさを知ってるからこそ、駆り立てられずに一歩一歩大切に歩くこと、分からないときはわかったふりして、答えを出して焦って前に進まないこと、わからないままいることのほうが大切だとわかっている。

私は回復=自分の過去と今の傷を癒すことをしながら、今とこれからの人生をつくっていきます。

だから、私が自分の人生を生きられるよう、たくさんのトライをさせてあげたいです。
同じことを楽しめる友達をつくり、友情を育てていくこと、いろんな感情を共有して時間をともにする恋人をつくること、好奇心旺盛な自分にもっとたくさんの経験をさせてあげること、そこから自分が仕事としたいことを見つけていくこと。
書いてみるとワクワクする。
私にとっての遊びをもっともっとさせてあげよう。このことも今回のワークショップで私が得られた新たな大切な知識です。

私は何かを身につけるということはとても時間がかかることなのだと、回復のことから学びつつある。
だから、きっとたくさんのトライをして、たくさんエラーして、それで OK なのだと今なら思えます。

私の人生だから、私が納得のいくように生きたい。
どれだけ自分の気持ちにふれ、それを反映させるよう行動できたか、弱さ、限界を認めることで、どれだけ自分を知ることができたか。
これからはどれだけ早くたくさんのことができるようになったかではなく、こうしたことを大切に進みたいです。

それには、どんな時でも、私が私の味方でいること。
そうして自分と手をつないで歩いていけば、現実を否定せずに、私の現実=私にとっての世界をコツコツつくっていくことができると信じています。

たくさんの感情に向き合うことをしてきた自分にありがとう。
それがあったからここまでこられたと思う。たくさん頑張ることをやめられなかった自分もいたから、ここまでこられたと思う。

もうそうしなくていいからきっともっと力抜いて生きられるといいな。
これからは前よりも自分らしく生きていけると思います。




タイトルはじまり目印

K. O. さん(30代/神奈川県よりご参加) のあざみクラス




今回のステップからいよいよ、過去ではなく今この現実と向き合う作業を習いはじめました。

だから、教えていただいた知識はすごく強力で、もちろんすぐにできるようにはならないけれど、地道にコツコツやっていけば今この現実が必ず変わっていく! と確信できました。
同時にもっと早く教えてくれてもいいのに、とも思いましたが、これまでの経験から、いくら大事なことを教えてくれていても、自分に受け入れ態勢が整っていないとスルーしてしまうので、これが優月さんの教えるタイミングなのだと思いました。
早く知りたい人は、色々な本から先取りすることができると思うので、Web. だけじゃなくて、本なども併用するといいと思います。


文節区切りの線


9週目くらいから、疲れを感じるようになってきました。そして、行き詰まり感も感じるようになりました。
進んでいる実感はあるのですが、それは内側のちょっとした変化であって、外側の現実は変わっていない。
最終的には、外側の現実が夢のように変わることを夢みているのですが、ステップを進むごとに、夢と現実の間にあるギャップは相当のもので私に乗り越えていけるのだろうか? という不安に襲われるようになりました。

私の今の行き詰まりの原因は、仕事につなげられる自分の得意なことが見つかってないことです。
それは、「遊び」をやってこなかったからだって、コースの後半の知識から、気がつきました。
私にとって、遊びって勇気がいること。
逆に遊びができないのに、自分にあう仕事なんて見つかるわけないってこともわかってきました。

才能があるか疑問でも自分が楽しい、やってみたいと感じることを思いっきりやっていくことが私のこれからの課題です。
自分でもすごく不思議なのですが、ちょっとしたこと、外で自然を感じて深呼吸することや、路上でパフォーマンスしている人を、立ち止まってみることすら、今の私にはものすごく勇気がいることです。
それは、そういうことをしている自分を周りの人に見られることに恥ずかしさを感じているためでした。
人目を気にせず、自分が興味があることを楽しみたい。それが今の私の願いです。

「コース1/STEP.1」から走り続けてきて、少し休憩したくなりました。
先の長さを思って落ち込んだのと、実際、「疲れた」って感じているこの気持ちを大事にしようと思いました。

後半、疲れてきて課題に取り組む時間を取れなくなってきたね。
それでも、ちゃんと走りぬけたこと、すごくえらいと思うよ。

同時に、こなすだけでは進めないってことも実感してきたね。
課題に取り組むのにも心と時間の余裕が必要だってわかったね。

最近、自分の好きなものにお金を使えるようになってきたね。
そして、それらをあっている、似合っているって人に言ってもらえることも増えてきたね。
自分がいいと思ったものに囲まれていると生活が豊かになるね。
1mm の前進でも、後ろには絶対戻りたくないから粘り強く、一緒に進んで行こうね。

のあざみクラスのみなさん、難しい課題に取り組んでいく中、みなさんのコメントから勉強させていただくことも多かったです。
仲間がいた方が絶対に進むのは早い。
だから、一緒に歩いてくれたこととても感謝しています。
また、どこかでご一緒したときはよろしくお願い致します。




タイトルはじまり目印

T. Y. さん(40代以上/千葉県よりご参加) のあざみクラス




3ヶ月間、よくやったね。毎週の課題は大変だったけど、最後までよく歩き続けました。
今回も毎週必死に取り組んでいたけど、今思えばあっという間でした。

今までとは違う方法をやってみるのは簡単じゃない。最初はなかなかうまくいかない。
でも、失敗しても、なんとか、自分なりに精一杯やっていた。
毎週必死で自分に向き合っていたおかげで、土台がぐらぐらする不安定な感じは消えていた気がするね。

とにかく小さいけれど、こつこつ自分と向き合ってきました。
そのときどきで、せいいっぱい正直であろうとしていたけれど、以前はこんなにダメな自分は決して人に見せてはいけないと怖くて向きあえなかったところまで、少しずつ向き合えるようになったかな。


文節区切りの線


過去が今にどう影響しているのか、わかってきたね。
わたしのもっている境界線はとてもゆがんでいて、それは自分を守ろうとした結果だったんだけど、現実ではゆがんだ境界線を守るために自分を殺していた。
上手くいかないので、ゆがんだまま、よりいっそう強くなっていた。
子どものころ、厳しく怒られたこと、無視されたこと、 (わたしが)だめだ、といわれたこと。
すっかり忘れていたけど、それがずっと残っていて、今のゆがんだ境界線を作っている気がする。

そして、感情とつながったニーズはよくみると、ちょっと現実的じゃなかった。
仕事で、動く気がまったくなさそうな相手に問題を早く解決してほしい、と思っていたり、自分が一生懸命やったものなので相手にわたしたくない、と思っていたり、自分を大切にしてほしい、と思っていたりした。
でも感情を探っていくまで、こういうニーズには気がつかなかった。
そして、相手に求めなくても、自分が自分のニーズを満たせばいいんだ、と気がついたよね。

自分を守るためにわたしはわたしの内側も外側もコントロールしていた。
自分が大丈夫そうな場合は相手に不機嫌さをぶつけたり、不満そうにしたりして、周囲の人をコントロールしていた。

そして、外側にだせば自分が痛い思いをしそうなときは、感じないようにしたり、なかったことにして,わたしはずっと自分の内側に抱え、ガマンしていた。
きっとそのコントロールはどんどん強くなっていったんだと思う。
何かムッとしたときには母親がわたしにやったやり方で、相手を無意識にコントロールしようとしている場合もあることにも気がついた。

わたしはこんなに自分が自分をコントロールしてたとは思わなかったね。
不安で、怖いから、自分がいる範囲を広げることもなかった。いつも安全にいられるように。限られた、自分が大丈夫そうな場所で、自分を守ることに必死で、自分を認めてもらうことに必死だった。

友だちと話すときでさえ、自分が傷つかないように、そして認めてもらえるように、何を話さず、何を言うか頭の中で考えていた。
辛い、とか、悲しい、とか、傷ついた、とか、腹が立つ、ということは、そういうことをした/された自分がだめだ、ということなので、感じてはいけなかった。


文節区切りの線


すっかり忘れていたけれど、このワークショップの最初に自分を枠の中に閉じ込めること、他の人も自分も信用していないことをどうにかしたいと書いてあった。
これまでどうしてそうなってしまうのかわからなかったけど、自分の感情と向き合って、コントロールとのつながりを知って、少しずつわかっていた気がする。

自分を信用していないのは、自分はだめだ、と思っていたから。
小さい頃、怒られて、わたしの言うことを聞いてもらえなくて、わたしがだめだ、と言われていたから。

うまくいかない、いろんなことをわたしは自分がダメだからだと思って、うまくいかない、ということで自分を許せなかった。
泣いたり、怒ったり、傷ついたり、失敗することはだめだ、と思っていたし、そんな自分を許さなかった。
そうして、わたしは自分で自分が大丈夫だと思えないので、ずっと他の人に認められようとしていた。わたしのままで受け入れてくれる居場所がほしかった。

でも、ダメな自分を見られるのが怖くて、自分の境界線の内側に他の人をいれてはいけなかった。
怖がっている、失敗している、ダメな自分を知られたらきっとわたしから離れていく。あの人はダメだ、と言って傷つけられるかもしれない。

だから、自分の内側に人をいれることができないのに、他の人には自分を認めて、わかってほしかった。

そして、他の人に認めてもらうために、わたしはすっかり、自分の人生を他の人に預けてしまった。
自分がどうしたいか考えることもなかったし、何をしたいかもわからなかった。

だから、今のわたしは自立できていない。自分を守ることに必死で、自分の足で立つ力をつけてこなかった。

でも、もうこのままは嫌だよね。わたしは自分の人生を取り戻したい。
自分を大切にして、自分が好きなことをして、自分の力で生きていきたい。
喜びや驚き、うれしさ、楽しさ、悲しさ、辛さ、痛みを感じて、いろんなものを見て、人と暖かいつながりをもって、心から笑って、泣いて、生きていきたい。
生きる喜びや生きている実感を感じながら生きていきたい。幸福に生きていきたい。

わたしがダメなわけじゃない。うまくいかなかったのはわたしがそのときにやったこと。
わたしはたぶん、世の中がつくられた方法とはあわない方法しか知らなかった。

感情に反応するのではなく、ていねいにたどっていけば、わたしは何を望んでいるのかわかったし、何ができるかもわかった。
今はまだ、反応してしまったあとに、あー、反応してしまった、と気がついているけれど、前は気がつくこともなかった。

これからの自分の選択で、自分の未来が変わるなら。
わたしは今までのやり方を変えて、自分の願う方向に進んでいきたい。




タイトルはじまり目印

S. H. さん(30代/東京都よりご参加) のあざみクラス




私が一番望んでいることは「温かい人間関係を築くこと」。

それは、私の家庭以外ならどの環境でも築けるものだと思っていました。
例えば、職場、新しく出来た友達関係、習い事仲間・・・。

でも、特に職場はそこを一番に求めてはいけない場所なんだということがわかりました。
あわせて、私は職場での飲み会にフル参加ではないこと、いわゆる付き合いが悪い人になってることや、職場の人には友達のように自分のことをあまり言わないことに対して、どこか後ろめたさを感じていたけど、そんなこと感じることはないんだって思えるようになりました。


文節区切りの線


考えてみると、私の依存症は殆どが職場で発症します。
私よりずっと若い後輩が結婚する話を「笑顔で」おめでとうと言ってる時。
仕事の出来を自分で比較してしまう瞬間・・・要は自分裁き。

あとは、face book です。
みんないいことしか投稿しないって頭では解っているのに、みんなが幸せそうで、自分にないものと比較して嘆いてる時。

もっと、私にもいいところたくさんあるのに。
十分、がんばってるのに。
頑張ってるところより、やりたくないことを後回しにしてる自分を責めたり、世の中のいわゆるスタンダードに必死で自分をねじこもうとする。
私は、人と関わりたくないわけじゃない。
仕事は今の業務内容が合わないけど、今の組織の全体的な業務は嫌いではない。
自分で起業するより、組織の中で力を発揮したい。


文節区切りの線


自然が大好き。
体にいいものをゆっくり食べる時間が大好き。
食をストレス解消のはけ口にしたくない。
健康体でいたい。
もう少し、広いところに住みたいな。
どこか海外に行きたいな・・・。
もっと楽しく、だれかとおしゃべりしたい。
もう、余計なガマンはしたくない。
そんな事を最近考えています。

今日、久しぶりにマンガを読んでケラケラ笑ってしまいました。こんな風に頭からっぽにしてこれからも「遊んで」いきたいです。
そう、本当に楽しい遊びって、案外お金がかからないものなのかも。
そんな時間を、もっともっとこれから増やしていきたいです。





TO TOP