2012.12月開催 「インナーチャイルド・ワークショップ(前期日程)」こぐまクラス

PAY FORWARD:対面式「インナーチャイルド・ワークショップ(前期日程)」
2012.12月開催 「インナーチャイルド・ワークショップ(前期日程)」こぐまクラス


「インナーチャイルド・ワークショップ」の PAY FORWARD(ご参加者のご感想)です。
なお、PAY FORWARD の本文中には、ワークショップ内で学んだ専門用語が登場する場合がございます。その旨どうぞご了承ください。

●コースの内容
- 「インナーチャイルド・ワークショップ」
●もっと読む
- PAY FORWARD(ご参加者のご感想) もくじ

 PAY FORWARD(ペイ・フォーワード)とは「次の人につなぐ」という意味。すでに ONSA WORKSHOP にご参加されて、ひと足先に変化を歩き出した方々から贈られるメッセージです。
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M. K. さん(30代/東京都よりご参加) こぐまクラス




優月さん、こぐまクラスのみなさん、今日はありがとうございました。
今日のことをじっくり振り返りたくて、ワークショップ・クラスの後、自宅の PC に向かって PAY FORWARD を書いています。
今頃、みなさんは眠りの中でしょうか?
クレンジング・リアクションの最中だと思いますが、いい夢が見られていたらいいなあと思っています。

今回のワークショップ・クラスでは、歩行期のことを言うときに、感情が言葉にできず、ただただ涙してしまいました。
のどまで出かかっているのに、はきだせない。
そう思いながら床に寝転び、瞑想しました。
子どもの私の中に入って大人の私を見上げたとき、とてもほっとして、意識が遠のきました。
今、振り返ってみても、こころにぽっと灯がともるような温かさを感じます。
思っていることが言えなくても、こうして見守ってくれる人がいる。
私がいちばんほしかったのは、安心だったのだと思います。


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自分のことをいちばんに見てほしいのに、両親は自分のことで精一杯。
特に母は、自分の健康を犠牲にしても、家事を完璧にしようとしていました。
子どもの私は、家事をする母の背中を見ていて、大人の私は子どもに背を向けて家事をしている。
パートナーを組んでくださった方も、やはり「家事 < 自分でいてほしかった」と話してくれました(Nさん、勇気を出してくれてありがとう)。

認めたくないけれど、母と同じことをしている自分に気づけました。
私の歩行期は二度と戻って来ないけれど、子どもはこれから歩こうとしている。
今、いちばん大切にしたいことがわかって、家事と育児の両立で悩み続けていたこともあって、もやもやした気持ちが晴れるのを感じました。

優月さんがおっしゃったとおり、「自分がどう感じるか」を基準に行動する第一歩としたいです。
「○○すべき」ではなく、楽しんでできるかどうかを優先したいと思いました。


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乳児期の私からの手紙には、
「(私の娘)と仲良くなれるかな? (私)と(私の娘)がいるからさびしくないね」
とありました。
ひとりが泣いていたら、もうひとりが頭をなでてあげればいい。
子どもの頃だったら何の迷いもなくできていたことが、今はできていないと感じました。
私のなかの子どもの目線で、反対に私の子どもの目線で、お互いを思いやって行きたいと思いました。

本当ならば、このワークショップ自体、結婚や出産をする前に受けた方が絶対にいいと思うのです。
でも、私の場合ですが、育児の真っ最中にあるからこそ、インナーチャイルドの痛み、悲しみに気づけた部分がたくさんあったと思います。
このタイミングでワークショップに参加できて、本当に良かった。
優月さん、クラスのみなさんとあの場にいられて、本当に幸せな時間でした。



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A. K. さん(30代/北海道よりご参加) こぐまクラス




藤沢さん、同席した皆さま、12月8日の「インナーチャイルド・ワークショップ(前期日程)」ではありがとうございました。
あのような場を作っていただき、大勢で取り組んだことで、見えてくるものや感じることがたくさんありました。

また今回は、ワークショップの経験者が多かったせいか、場の空気にスムーズに入っていけたと感じています。


ワークショップ・クラス開催前の時間に、藤沢さんの
「(プレワークや調査表を見てわかった)データを教えて欲しいひと!」
という呼びかけに応じてデータを聞きに行くと、
「○○さんは家族問題をメインに取り組みましょう!」
と言葉をかけていただきましたね。

私は以前から、両親とのコミュニケーションにおいて感情が噴き出してしまい、攻撃的になってしまいます。
また、安全に感情を出すコミュニケーションもよくわからないため、家族以外の人間関係についてもとても息苦しい = 生き苦しい、という状態でした。

以前に、鬱や過食症を経験した際に様々なカウンセリングにかかり、自分に家族問題があることは自覚していましたが、今回のワークショップ・クラスでそこを指摘されるとは思わなかったため、驚きました。


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ワークショップ・クラス中にパートナーの方と組んで交代で話すとき、下を向いてぼそぼそと考えや状況説明を口にしていたら、藤沢さんに
「説明じゃなくて気持ちを言ってね。相手の目を見て、聞いて欲しかった人に言っていると思って!」
とアドバイスいただきましたね。
それを実行したら、家族に対する当時の感情や涙が噴き出して来て、ぐったりと疲れました。
休憩時間中も頭が働かず、後半の給水用の飲み物を買い忘れてしまいました。
案の定、後半もたくさん泣いてしまったので、飲み物は重要ですね(笑)。


私の感じたワークショップ・クラスの良さは、まず第一に、安全に(重要!)、真剣だけど深刻になり過ぎず、知識と体感の両方から、同様の問題を抱えた違う経験を持つ人たちと問題に取り組めることです。
次に、現状への危機意識を持てること = 抱えている問題と現状について見て見ぬふりで済まさないこと、です。


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ワークショップ・クラス後、私は家族問題への取り組みとして、まず ONSA の HP で紹介されている本の中から『毒になる親』『私は親のようにならない』を購入して読んでいます。
ワークショップで痛感したことですが、知識を取り入れ、更に行動し、感情を伴う経験をしてやっと実感が生まれます。
ワークショップや本で得る知識を知識で終わらせないために、まずはこのペイ・フォワードやアフターワーク等、ひとつひとつの課題を仕上げて進みます。


私一人で取り組んでいるのではなく、皆さんも一緒だと思うと、とても心強いです。
暖かいクリスマス & 年の瀬をお迎えくださいね!



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R. G.さん(40代以上/東京都よりご参加) こぐまクラス




優月さん、こぐまクラスのみなさん
とても有意義な時間を過ごす事ができました。
ありがとうございます。

「インナーチャイルド・ワークショップ」は、前回の開催の時からずっと気になっていました。
前回「変容(トランスフォーメーション)ワークショップ」に参加して、自分の抜けているテーマが分かり、HP で紹介されていた本は読んではみたものの、自分一人ではちょっと無理そうだし、この先どうしたら良いのか分からなくなっていたから……。
でも、乳児期も歩行期も記憶がないので大丈夫なのだろうか?
でも、これを逃したらきっと先に進めない。
そんな自問自答を繰り返して、思い切ってやってみようと決めました。

ちょっと不安を抱えての参加でしたが、今までの WORKSOHP の中で一番泣いたかもしれません。
ポカリスエットの 900ml を2本飲みきってしまいました(笑)。
ペアを組んでくれた方とは境遇がなんとなく似ていて、彼女の話を「うんうん」って聞きながら自分の事のようで涙がでました。
あなたがペアで本当に良かったです、ありがとう。


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インナーチャイルドに会いに行った時、しばらく不安そうに大人の私を見上げていて「助けに来たよ」と言うと、ぎゅっと足にしがみ付いてきました。
そんな、この子を守って助けてあげたい。
今まで気づいてあげられなくて、本当にごめんね。
大人の私に向けた、子供の私への手紙は読み返すと涙が出そうになる。
心からの不安や寂しさが綴られていて、改めて自分の抱えている問題の深さを思い知りました。

今週はずっと、クレンジング・リアクションで頭がぼーっとしていて、なんとか仕事をこなすという感じでしたが、あれからずっとインナーチャイルドは私の中にいて、なにかあると話しかけてきます。
とても淋しがりやで構って欲しいみたいです。

これから、インナーチャイルドと少しずつ良い関係を築けたらと思っています。
近道はないし、自分の力で一歩一歩進んで行くしかないですよね。

いつも安全な空間を提供して頂ける ONSA に感謝です。



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Y. S. さん(大阪府よりご参加) こぐまクラス/おおくまクラス(2クラス参加)




まだまとまっていないけど、とにかく書き始めようと、ペンを手にしました。

最初に、ありがとうございました。
一人では、とても先へ進めていなかった。
きっと、途中で止まっていました。

それから、2日目(「おおくまクラス」の中休み)、帰ってくるのが少し遅れてしまいました。ごめんなさい。
帰ってくるのがいやだったわけではなく、ごはんを食べに行った先で、仕事にすごく役立つのだけど、普段めったに出会わないものに出会って、ついつい足が止まってしまっていたからです。


うまく言えないのですが、この2年くらいの間、自分の人生がうまくいかなくて、苦しい原因や対処方法を探していて、やっと、扉の前にたどりついた気分です。
これだったのか……と。
もしかしたら、見ていないふりをしていたのかもしれない。
でも、しっかり見えてしまいました。


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ワークショップ・クラスの後も、大きな変化はありません。
いつも無意識にやる「分析のくせ」はやめて、最近は、「感じること」を大切にして、「反応する」ことを控え目にしています。

通勤途中の電車の窓から見える川に太陽が反射して美しいって、2年半も同じ電車に乗っているのに、ワークショップ・クラスの次の日の月曜日に初めて気づきました。
(普段なら、ここで分析が始まる。「こう考えるのは、疲れているのか? ああ、今日は何があるのか、つらいことが待っているのか。などなど」)。
分析を一切やめて、感じるままに「ああ、きれいだな」と思うようになりました。
というか、それで充分じゃないか。感じるままに感じていよう。
今はそんな気分です。

毎日お風呂に入った時に、「今は大丈夫、泣いていい時だよ」と、自分に話しています。
顔はくしゃくしゃするし、何かこみあげてくるけど、涙は出ません。

心を開くって、当たり前のことなのに、私にとっては難しいです。

ワークショップ・クラスの後、親と口を利きたくなくなりました。
リビングに飾ってある、子どものころの父親と私の写真を見るのもつらいです。
ものすごい文句を親に投げつけそうになります。
今のところ、仕事でほとんど家にいないので、その暇もなくて助かっています。


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優月さんに、あるものに感謝する、というメッセージを告げられました。
今の私には、仕事があります。
そして、そこそこ健康です。
こうして、仕事帰りにジュンク堂に寄って本を探して、スタバでこれを書く自由もあります。
こんな幸せ、20代のころには思いもしませんでした。

と同時に、当たり前のものを得られなかった、今までの自分に苦しみます。
みんな、友人やパートナーがいて、当たり前に楽しそう。
私は一人。

以前、恩師に言われたことがありました。
「大人になっていないし、周りにとって当たり前にできていることが当たり前にできない。だから、生きているのがしんどくなる」
と。
まさに恩師の言うとおりでした。
これから、どうやって生きていったらいいのかな、どうしたらいいのかな。
考え出したら止まりません。

でも、それがなぜなのか、「ずるい!」と子どものようにわめいても仕方がないんですね。
誰のせいにしても、もう誰も相手にしてくれないし(今までもだけど)。
自分でやっていくしかない。
私は、無意識に、心の中で言い訳を探すくせがあるのですが、とにかく、それをしても何にもならない。
反応して言い訳する前に考えたい。
もう、このままの私は嫌なんです。
このまま生きて、そのうち身体に不調がきて、さびしく死んでしまうなんて、苦しすぎる。

どなたかが、「2年間の集大成」と言っておられましたが、私もそんな気がしています。

2年間、いろいろ悩んでいたけど、もう、逃げない。
ワーク全部にきちんと取り組むことは私にとってすごく難しいことでした。
PCが不調とか、体調がとか、いろいろ言い訳をしつつ逃げていました。

私は、自分の人生を生きたい。
ただそれだけ。
私の中の不必要な記憶や古い考えは、もういりません。
苦しいけど、もう逃げません。
ありがとうございました。



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N. O. さん(東京都よりご参加) こぐまクラス




赤ちゃんの時の記憶は無いので、
プレワークを書く時も
聞いた話を繋げて行ったのですが、
気持ちをいうワークで
「母親なんだから、子どものこと愛したっていいじゃない」
という言葉が出てきました。

簡単には出てこなくて、
藤沢さんに後押ししてもらって
出ました。

自分の子ども時代(子どもの頃の自分?)をなんとなく汚れたもののように思っていたけど、
それが変わったと思う。

親が親としての責任を果たしてなかった。
そして、それによって私は傷ついているというのが、はっきりとわかった。

今、新しいルールで
しつけをやり直しています。

自分の感情を出せたのは、
みなさんが温かい場所だったから。

おかげで、いっぱい泣けました。

あの場にいたすべての方に
ありがとうございました。



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Y. A.さん(30代/東京都よりご参加) こぐまクラス




今回、初めてワークショップに参加しました。
以前からインナーチャイルドは、私にとって、
「なんだか気になるなぁ」
と言う存在で、いつか受けてみたいと思っていました。


クラスでは、
優月さんの言葉からも、雰囲気からも、
「ようこそ!」という空気があふれていて、
受け入れられている、という安心をとても感じました。
場所、出会う人、やる内容、全てが初めてでしたが、
ひとりの人として、ここにいていい、
と、ちゃんと認められている気がして
初めてなのに、いつもより「私」でいれた気がします。

リラックスして、
今日のクラスの事は優月さんにまかせて、
自分の事に集中して……、

そう自分に話しかけると、
ほっとして、心が緩んだとたん、
すでに涙が出てきそうでした。
あぁ、それだけ、
気を張っていたんだなぁと。
改めて感じました。


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普段、自分に対して厳しい言葉をかける私ですが、
今日は自分のためにここに来ている、だから、
いつもあれこれ考えている頭を休ませていい、
心に浮かんだ言葉をただ言うだけでいい、
と、「自分を許す」事を選びました。

前半のレクチャーがはじまっても、
自分の問題はなんだかはっきりしていませんでした。
これは私に当てはまる? そうでない?
私の場合どうだろう??
と曖昧な感じでした。

クラス全般のルール
「裁かない」だけでも練習しよう
なんて思いながら聞いていました。

シェアリングで自分の事を話すことは
私にとって勇気のいるものでした。
私は、普段からあまり自分の事を積極的に話しません。
ましてや感情なんて!?

だから、魔法とまではいきませんが、
何か特別な事をして、十分な準備をして、
そう言える環境が整ってからと期待していました。
そしたら、
え、いきなり!?

でも、できるんですね。
口は勝手に動いていました。
身を委ねた事、裁かない事が、
私のブレーキを緩めてくれたのかもしれません。
たった1つの感情を口にする事は、
何千、何万の理屈、言い訳、大人の考えを繰り返す事よりも、
大きな変化をくれるエネルギーを持っていると感じました。
そして終わりがある事も。


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プレワークの時から、
乳児期の記憶ではっきりと覚えている事は
ほとんどありませんでした。
クラスの中で、私の乳児期に浮かんできたのは、
「感覚」でした。
抱きしめて欲しいという感覚
笑いかけて欲しいという感覚。

そして
笑顔のない母の顔が浮かんできました。
私ははじめ、それを認める事ができませんでした。
はっきりとした記憶ではないし、
そのような証拠もないから、と。
自分で作った過去ではないかとも疑いました。
でも、私がその表情を思い描ける事は確かな事。
これは、小さな私が見ていたものなのかもしれないと、
思い始めました。

そんな母を見て、悲しむ私もちゃんといるのです。
作り話ではなかった。

私は
「さみしい」
「悲しい」
という感情を持っていました
母に笑って欲しいと望んでいた私がいました。


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小さい頃の私の写真は、笑顔が少なく
あまり笑わらなかったとも聞いていました。
周りの大人は、それを
私の顔にたっぷりついたほっぺたが重たくて、
笑えなかったと解釈していました。
私もそう思っていました。

でも、瞑想で出会った私は
口角を挙げて安らかに眠っていました。

乳児期の私から受けとったメッセージを
私が手紙に書いてるとき、
「しんじられないよ」
という言葉が聞こえました。
どうしよう、と思いながらも
私は素直にその言葉を書きました。
いちばんはじめの頃の私から、
私を信じられない、と言われた事は
とてもショックな事。

でもその後
瞑想で、小さな私を抱き上げたとき
私に身を委ねてくれた小さな私からは
誰かを信じたいと望んでいる事、
私の事を信じてみようと思っている事、
小さな私が言った「しんじられない」
の向こうにある気持ちを感じられた気がしました。
この人なら大丈夫、そんな思いも伝わってきました。
今思い出しても、
小さな私が抱いた「安心」
の気持ちがよみがえって涙がこみ上げてきます。


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歩行期のわたしは、周りからはいつも、
手のかからない子だと言われてきました。
「なーんだ、私何も問題ないじゃん。」

でも、やはりそれは違ったみたいです。
小さな私は、必死にこの世界を生きていました。

いつも友達がいなくて「さみしい」
ひとりで「さみしい」
「さみしい」が言えないでいました。
思い起こせば
大きくなってからも、
「さみしい」と言う事はどこか恥ずかしくて、
言ってはいけない事、と思っていました。
自分の心の奥底に、
その気持ちを閉じ込めていたんですね。

父は、夜遅くまで働き、週末も出勤が多かった会社員。
他の家族事情は知る事はできなくても、
それって、よく聞く話ですよね。
私は、
「さみしい」
と思っていました。

みんなのお父さんだってそう、
そんな人たくさんいる、
だからはじめは、そう感じてる自分を
大人の私がなだめようとしました、
でも、

恥ずかしくたって、
子供っぽくたって
わがままだっていわれたっていい
自分の感情が「なかった事」にはできないと思いました。

大人の事情はとりあえず置いといて、
素直に自分が何を感じたかを言う事の大切さ。
これがとってもとっても重要だと言う事を、
ワークショップ・クラスを通して、身体で学ぶ事ができました。


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わがままじゃないよ、
ただそう感じたことを素直に言っただけ
と、自分を励ますことで
私は初めて、出てきたその感情が
認められた、受け入れられた気がしました

何もジャッジされない場所
感情を素直に言っていい場所
誰も私を傷つける人がいない場所って
こんなにもリラックスできて
安心できる

その感覚を身をもって感じられた事も、大きな収穫。
しっくりとした言葉が見つかりませんが、
基準がわかった感じです。
こんな感覚があるんだ
これが安心だ、と。


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何が「問題」か、は私にとってはテーマになりました。
頭では問題が見つけにくい事もわかりました。
何度も思い返しながら探し、
いつまでも「これかな?」とはっきりしませんでした。
それがクラスが終わるころには、
前よりもはっきりと、
そして、立体的に
それぞれが大きさを示していました。
それは私が「心」で感じた問題はでした。

そして、その問題を、
ほかの人の問題と比べて、
取り組むべきかどうかも迷いました。
「そんなに大した事ないかも」
と思ったのです。

でも、それぞれの問題は比べようがない
大きいも小さいもない、
私が困っているならそれは、取り組んだ方がいい問題
私はこうして、心を痛めて泣いている
ならそれは、
認めて、癒すべきと思いました。

クラスの翌日の朝、
そのクラスがあった事
私が体験した事、
あの明日館自体が幻だったかのような
不思議な感覚になり、
クラスから持って帰ってきたものがちゃんとあるか
鞄の中を確かめました。
トトロを見てない方もいらっしゃると思いますが
小さい頃、私が大好きで何度も見たトトロに例えると
めいがトトロを探すような感じですね(笑)
クラスはトトロではありませんでした!
ちゃんと鞄の中には、前日の軌跡がありました。
チケット、きっと役に立つメモ、そして私と私が交わした手紙も。


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クラスの前は、とても大きな一歩が踏めると期待していました。
しかし、クラスの後に感じた一歩はとても小さな一歩でした。
でもその一歩は、期待以上のとても確実で、しっかりとしたものでした。
それが本当の大きな一歩なのかもしれませんね。

クラス中
優しく、力強く背中を押してくださり
また、最後まで安全に進めてくださった
優月さん、ありがとうございました。
本の中でお会いするだけでなく、
直接お会いする事ができて本当に良かったです。

正直に取り組む勇気をくださった、
こぐまクラスの皆さん
皆さんが真剣に取り組む姿が
私を正直にさせてくれました。

そして、私とペアを組んでくださった方、
安心して、自分に取り組める環境を作ってくださった事
ありがとうございました。

今回のクラスで出会った皆さんに、心から感謝します。
本当に、ありがとうございました。



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A. M. さん(30代/東京都よりご参加) こぐまクラス




こぐまクラスの皆さま、こんにちは。
あのクラスのあと、1週間があっという間に感じました。

クレンジング・リアクションからか、なんとなくボーっとして、木曜日くらいまで調子がでませんでした。
仕事が忙しい時期で、休みを取ることができなかったので、なんとか机にしがみついて、できる仕事を、身体をいたわりながら少しずつやるという日々でした。
(それで仕事がたまってしまい、怒られました……。ガーン!)

皆さまは、いかがお過ごしでしょうか。
きっと、それぞれに変容のときを迎えているのだろうなと想像しています。
ご一緒できたことに、感謝の気持ちでいっぱいです。

ペアを組んでくださったYさん、メッセージをありがとうございました。
こちらこそ、ご一緒出来てうれしかったです。


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私は、インナーチャイルドワークを終えてから、自分をせかしたり、責めたり、裁いたりする心がこれまでより薄まっているのを感じています。以前のように、感じる心を抑えてガシガシ仕事ができなくなり、作業ペースが落ちてしまっています。仕事が忙しい時期だからもっと手が早く動くといいなと思いながらも、これが私の心地よいペースなのだろうなとも思っています。私の心地よいペースと会社の求めるペースは違うということも再確認できました。
もう、私はインナーチャイルドを無視できなくなってしまったのだな、この子を無視して、無理をすることはできなくなってしまったのだなと思います。
これからは、ゆっくりと傷ついたインナーチャイルドを癒しながら、現実とのバランスを探っていきたいです。


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乳児期の私はとにかくさみしくて、お母さんを常に探していました。

私の生後3か月から職場復帰していたお母さん、きっと忙しかったのだろうな。
加えて、お父さんとのこともあったから、きっと私を可愛がるどころではなかっただろうな。
両親にとって、私は重要な存在ではなかったのだな。

私は、お母さんにもっとかまってほしかった。
もっと抱っこして欲しかった。
私だけを見て、一緒に共感して欲しかった。
でも、それは得られなかった。
私は、お母さんの愛情がからっぽのまま、成長を続けなければならなかった。
私は、悲しいし、悔しい。そのことを想って、今思いっきり泣きたいです。

私が会いに行った赤ちゃんの私は、私の姿を見てきょとんとしていました。
赤ちゃんの私の周りには、誰もいませんでした。
「さみしかった。きがついてくれてありがとう。わたしは、わたしがうまれてきたことを、おかあさんといっしょによろこびたかったんだ。」
と、赤ちゃんの私が手紙に書いてくれました。


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歩行期の私は、保育園に通っていた頃の連絡帳によると、食べることが大好きだったらしく、
「食べているときが、一番幸せそうです。」
と書かれていた。
好奇心が強く、自己主張もしっかりしていて、お昼寝が嫌いだったようで、私の子どもと、とても似ているところが可愛いなと思った。

両親は、そんな私をきびしくしつけ(罰し)ていたような記述もあった。
きっと小さい私は、両親から責められたとき、恐かっただろうな。
そのころ辺りから、両親は、「しつけ = 罰する」という方程式をとるようになったのだろうな。


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小さな私は、私が会いに行くと、とてもうれしそうだった。
抱っこすると、まるまるとしていて、やわらかで、かわいらしかった。
たぶん、その頃は両親のけんかもいっぱい見たのだろうな。
まだ自分一人ではどこにも行けなくて、逃げることもできずに、恐かっただろうな。

私は、お母さんに守ってほしかったのに、お母さんは私を見ていなかった。
一緒にいたのに、心が感じられなかった。
お父さんとお母さんに、仲良くしてほしかった。

私はとても傷ついたし、さみしかった。
自分の欲求も抑え始めていた。
自分のことを素直に表現するのは、安全ではなかった。
私は、あたたかく包んで欲しかった。
それだけでよかったのに。

つらい思いをいっぱいしてきた小さな私に、現在の私は、
「自然な感情を感じても、欲しいものは欲しいと言っても大丈夫だよ、これからは私があなたを守るからね」
と伝えていきたいです。

この頃の私がしたいこと、してほしいことって何だろう?
すぐには思いつかないので、「灯台の時間」をじっくり取って、探っていきたいです。


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優月さん、お忙しい中このワークショップを開催していただきまして、ありがとうございました。
ワークショップを受けるたびに、私の中で変容が階段を上るように進むのを感じます。
優月さんのお話で、自分を癒していくことは、とても重要なことで、たくさんワークショップに参加することが無駄なことでも、変なことでもないことを伝えてくださったことがうれしかったです。
ありがとうございます。

私が癒されていくには、まだまだ時間がかかりそうですが、一歩一歩積み重ねていきたいです。
また参加したいです。



タイトルはじまり目印

C. K. さん(30代/神奈川県よりご参加) こぐまクラス




藤沢さん、こぐまクラスの皆様、先日はありがとうございました。

私は秋に「インナーチャイルド・(後期日程)」に先に参加しており、
順番が逆になりましたが、今回前期日程に参加させていただきました。

先に後期日程に出ていて、ワークショップ・クラスで行われることがある程度予測が付いたためか、
後期日程に比べて、最初からワークショップ・クラスに集中できたと思います。

子供が苦手、嫌いな私は、
とりわけ乳児期のインナーチャイルドに触れる瞑想は
やる前には非常に不安でした。
正直、『インナーチャイルド』の本を読んでいた時には「とても無理だー!」と思っていました。
自分が自分のインナーチャイルドを拒否してしまったらどうなるのだろう、と不安でした。
でも、明日館に行ってみたら、何となくできそうな気がしてきて、
実際にやってみると、するっと自然にできてしまいました。

本で読んだだけではできなかったでしょうから、
参加してとても良かったと思います。


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逆に、自分の感情を話すことはまだまだ苦手なようです。
藤沢さんが隣に来て「思いっきり言いたいことを言っていいよ」と言われた時は、
自分でも驚くようなエネルギーでがーっと言葉が出たのですが、
そのテンションが3分間語る中で保てません。
この点はまだ課題ですが、以前よりはマシな気がするので、
少しずつ、楽観的に行こうと思います。

ワークショップ・クラスの瞑想の中で出会った、自分のインナーチャイルドのイメージは、
今回だけではなく、数カ月前の後期日程で会った時の子も、
時間が経ってもその時のイメージが自分の中に保たれています。
語りかけることまではできていないのですが、
折に触れてそのイメージを思い出すように努めています。

10月以来、予定外に3カ月連続でのワークショップ参加になりました。
常に何らかのワークをしているという状態は大変で、時に混乱していましたが、
それだけ集中してワークを行った甲斐はありました。
これから残りのアフターワークに、頑張って取り組んでいこうと思います。
ありがとうございました。



タイトルはじまり目印

M. S. さん(30代/東京都よりご参加) こぐまクラス




こぐまクラスのみなさん、こんにちは。
先日はお疲れさまでした。

後半のペアワークでは、わたしが話す側になると、なかなか当時の気持ちがついてこなくて……。
客観性を少しでも意識してしまうと、小さかった頃の私になりきれないのだと、改めて感じました。


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ペアを組ませていただいたRさん!
お元気ですか?

母親への思いを出せずにつまってしまったとき。
「お父さんには何か言いたいことはない?」
と聞いてくれましたね。
わたしがワークショップで向き合う相手は、毎回母親でした。
でも、私が聞き役でいるあいだ、Rさんがお父さんへの想いを口にするたび、泣いてしまう自分に気づきました。
もしかしたら、父に対しては「折り合いをつけた」だけかもしれない。
クラスのなかで想いを吐き出すことはできなかったけれど、機会をみつけて父とも向き合ってみようと思います。

貴重な時間をご一緒できたこと、本当に感謝いたします。
またどこかで再会できますように!


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ペアワークのあと、床に寝そべって瞑想しているあいだも、涙があふれて止まりませんでした。
つらい思いをじゅうぶんに味わっていたことに加えて、わたしが望んでいたもの、見たかったものがここにすべて詰まっていたからかもしれません。

「この世界へようこそ」
わたしの誕生をやさしく受け入れる、大人の私の言葉に。
赤ちゃんのわたしが見たものは、オレンジ色の明るいあたたかな光でした。

ありのままのわたし。
そのままで愛すべきわたし。
これからもよろしくね。


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ワークショップのあと、3~4日は眠気が MAX でした。
感情の波もおおきくて、イライラや落ち込む日々……。

仕事のあと「灯台の時間」をゆっくり取ろうと、ミスタードーナツへ行きました。
(さすがにこの日は、ドーナツ10個の食べくらべ気分ではありませんでしたが(笑))

赤、青、黄色の、はっきりした店内の配色。
なんてこどもらしい。
でも、この空間が、いまの私にはとても心地よくて。
気を付けていないと、涙を流してしまいそうでした。
ぐるぐるした想いを、ゆっくりメモしていると。

「コーヒーのおかわりはいかがですか?」

店員さんの声にふと顔を上げた私は、彼女の笑顔とサービスに一瞬引き込まれました。
何かが降りてきました。

私が望む生き方や仕事ってなんだろう?

その答えがぼんやりと見えました。
人と接することが苦手でどうにかしたいこの悩みは、裏を返せば人と関わりたいということ。
わたしは、ありのままの私で、ひとと関わることを心から望んでいました。


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今年一年、ワークショップで共にすごした皆さま、ペイ・フォワードから勇気をいただいた皆さま
そして優月さん、ONSA スタッフ様、言葉で言い尽くせないほどお世話になりました。

人が苦手でグループワークなんて無理、と思っていた私が、ご参加の方々と出会えたことで、すこしずつ人とのつながりを感じられるようになったこと。
人にたいして、あったかい気持ちを持てるようになったこと。
このことは私の宝です。本当に感謝しています。

皆さまの一日一日が、どうか「自分らしさ」とともにありますように。

今回も、心からありがとうございました。



タイトルはじまり目印

M. O. さん(30代/神奈川県よりご参加) こぐまクラス




こぐまクラスに参加の皆さま、藤崎さん、先日はありがとうございました。

ワークショップ・クラスでは、感情を吐きだすということが出来ず、説明的に話していて、
「それだけ気持ちを押し込めてきているから」
と指摘されました。

そのことを反芻しているうち、気が付いたことがあったのです。
何故、ワークの時に感情が出てこなかったのか。

ひとつはご指摘の通り。
もうひとつは、乳児期は分かりませんが、歩行期の後半は、その年齢以上の対応を親から求められていたけれど、私は理解できなかったのではないかということです。

確か学童期に「このままで(人として)生きていけるのか」と叱られた事を憶えていますが、もう少し前からこのようなその頃としては難しい、理解できない事を言われていたのかもしれない、と。
だから、「悲しい、辛い、怒っている」以前に「???」とか「疲れた」「ぼんやりした感じ」ぐらいしか思えなかった。 


まだ道半ばで、これから本を読むなど知識を深めていくと、また違ったことが見えてくるかもしれまんが、クラスを受講した直後から少し経って、おぼろげながらも浮かんできたことがあって良かったと思っています。



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T. Y. さん(40代以上/千葉県よりご参加) こぐまクラス




ここまでくるのに、時間は今年1年だったのだけど、たくさん歩きました。

なんとなく、ずっと不安定な感じでした。
しっかりしてるって言われてたけど、自分なりにこうって決めて進んでいたつもりだったけど、それはその不安定さをなんとか埋めようとして、一生懸命上に積み重ねようとしていただけだったかもしれない。
それで、無理に自分を納得させようとしていただけだったかもしれない。

土台がないから、上に積み重ねたものももろいものだったし、そもそも乗らないものもたくさんありました。
重ねたものも、本当は自分が欲しいものではなかったかもしれない。

これから、土台から作り直しです。
でも、もう何が必要か、どうすればいいかわかっているから、そして、作ることはわたしを作ることで、楽しいことに決まっているから、楽しみです。

やっと自分の足で歩いていける。
長いことかかったけど、ここまで歩いてきました。

これまでの間にいろいろ得たものを抱えて、土台を作っていけるから、わたしは本当にラッキーだし、これからが楽しみです。



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A. Y.さん(30代/神奈川県よりご参加) こぐまクラス/おおくまクラス(2クラスご参加)




藤沢さん、こぐまクラス、おおくまクラスでご一緒した皆さん、本当にありがとうございました。

今年いっぱいで明日館でのワークショップ開催が最後になるとブログで拝見して、ワークショップを受ける前から、今回のワークショップがひと区切りだなと感じていたのですが、ワークショップが終わり、改めてその思いを強く感じています。

この2年間、集中的にワークショップを受けてきましたが、やっと今回のワークショップで一皮向けた気がします。


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今回のワークショップ・クラスでうれしかったことは、藤沢さんに「顔が全然違うね!」と声をかけて頂いたこと、ワークショップ・クラスでペアを組んだ方達が今までのワークショップでお見かけした方達で、自分から声をかけられたこと、周りを気にせず自分のワークに取り組めたことでした。

小学5年生の時にいじめを受けて以降、「集団」に対する恐怖心と、「友達」に対するどこか信頼できない気持ちと、人間関係に対するどこか煩わしい気持ちがあって、今までのワークショップ・クラスでは、どこか身構えているところがありました。

ですが、今回のワークショップを受けているうちにその理由も分かって、集団に対する恐怖心を感じなくなって、ワークショップ・クラスをリラックスして受けられるようになり、いっぱい泣けて、過去の色々な事を悼む事ができてよかったです。

ワークショップ・クラス中はチェアワークをしませんでしたが、少しでも自分とつながれるようにと、トイレに行った時にチェアワークをしていたのもよかったのかな?

あとは、旧姓に「熊」の字がつくので、ワークショップの名前が「こぐま」、「おおくま」だったのもうれしかったです♪


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今までの自分、本当にありがとう!! そしておつかれさまでした。
これからはもっと自分と仲良く手をつないでやっていきます。

今のタイミングで「インナーチャイルド・ワークショップ」を受ける事ができて、本当に良かったです。
これからの仕事でも、自分の子どもを授かる事になっても、今回の知識があるとないとでは大違いだなと感じました。

2日目に腰の左側が痛くなったこと、その場では笑ってごまかしてしまいましたが、後で考えると、自分のお金の使い方や現状把握がちゃんとできていない事について、不安を感じている事に気づきました。
これからの生活の為にも、今の自分に出来る事をやっていきたいと思います。


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藤沢さん、田宮さん、今までお世話になり本当にありがとうございました。
ONSA に出会えたこと、ワークショップでお2人に出会えたことに、心から感謝の気持ちでいっぱいです。

この2年間、ワークショップを通して自分を見つめることができました。
少しずつですが、頭の声と心の声の違いに気づけるようになったり、考え方が柔軟になって、自分を大事に大切にできるようになってきました。

そして、「あぁ、これが今の自分なんだ」と俯瞰的に自分を見られるようになったのも、自分の中では大きいです。
現実の自分を以前よりありのまま見られるようになったし、いい意味で人を気にしなくなりました。

これからも、大小様々な問題が起こるかもしれませんが、今までのワークショップで教わった事を反芻しながら、毎日の生活を大事に、大切に、楽しく過ごしていけたらと思っています。




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