ONSA WORKSHOP | なぜ? なんのために「今」、人生と向き合うのだろう[2]

ONSA WORKSHOP で、安全に自分と仲直りするために
ONSA WORKSHOP | なぜ? なんのために「今」、人生と向き合うのだろう[2]


| あなたが味方になる、あなたの人生。
安心で豊かな時間が、積み重なってゆく。


なぜ、過去を過去として「完了させ」て、「今ここ」の時間を回復させる必要があるの?
なぜ、このままでは、まずいの?
もう少し具体的に、エッセンスを見てみましょう。

| 心の問題は、現実の問題につながってゆく

心は、目に見えない。だが、巨大な働きをしている

「心の問題が大切なのは、分かった」

ひとつ前のページをお読みになったあなたは、もしかして、こんなことを考えるかもしれません。
同時に、こんなこともまた、考えるかもしれません。

心は、目に見えない。
だから、私がちょっとガマンすれば、なんとか乗り切れるかもしれない……と。



なぜ、心と向き合う必要があるの?


多くの人が実際、同じように考えます。

「なぜ、そうまでして、心と向き合う必要があるの?」
と。

心の問題に、大きな時間やエネルギーを割くなんて、割に合わない。
見えなくて、不確かで、先の保証のないものに、大きなエネルギーを割くなんて……。

それよりは、もっと大事な、現実問題がある。
それに、私がちょっと「ガマン」をすれば、心の問題なんて多分、乗り切れる、と。


心のエネルギーは、想像以上に大きい


おそらく、想定通り都合のよいことには、ならないでしょう。

それどころか、ちょっとのガマンで済むつもりが、
「こんなはずではなかった!」
という結果に、至ってしまう。
そんな経験をされたことは、ないでしょうか。

心という、見えないもの。
その存在を甘く想定すると、とんでもない結果になって、現実が戻ってくる。

だからこそ、多くの方が今この瞬間にも、ご自身の心と、向き合いを続けていらっしゃいます。



具体的に、言葉で意味を確認してみよう


「心と向き合う」ということ。
その意味は、具体的に、どういうことをさすのでしょうか。


見えないゆえに、漠然としてわかりづらい、「心」というもの。
それゆえ、文字で説明して、意味を理解してみましょうか。

ただ、なんとなく漠然と、
「そうした方が、いいかもしれない」
「心と向き合うことは、よさそうだ」

と感じていること。

あらためて、文字にして確認してみると。
その重大な理由に、納得ができるかもしれません。


心は、目に見えない
それゆえ、心と向き合うことを、甘く見て後回しにしてしまう
心と向き合うことは、なぜ大切なのだろう
言葉で、具体的に確かめてみよう



| 心が軽いなら、現実も軽い

楽しい方が、生きていてラク

なぜ、この瞬間も多くの方が、ご自身の心や過去と、向き合いを続けていらっしゃるのか。
時間やエネルギー・お金を投資して、心の問題を、解決しようとしているのか。

単純に言ってしまえば、「その方がいいから」。

同じ時間なら、生きるのが楽しくて、幸せなほうがいい。
辛い時間は、もう、嫌。


自分を責めたり、苦しい時間を生きるのは、これ以上、嫌。
楽しい人生、幸せな人生がいい……。


本能的に「ラク」な方が、いい選択


「楽しい時間がいい」
「幸せな時間がいい」
「選べるなら、そちらの方がいいに、決まっている」

何より本能的で、素直な理由ですよね。


苦しい「今ここ」の連続なんて、生きたくない。
今日も、ため息をつきながら、1日を過ごさなければいけないなんて。
それでは、そもそも、生きたくなくなる。

嫌なことに、巻き込まてしまった時……。
胃痛や頭痛・ストレス、全身にどっしりとのしかかる「重い感じ」の経験が、あなたにも、おありのことでしょう。

「苦しい」
「重い」
ただそれだけで、心には、大きな負担です。
それに、現実問題としても、大きな負担ですね。


心は反面教師として、教えてくれている


そんな「重い時間」を、反面教師として。
あなたの心は、幸せな時間を過ごすことに、憧れます。

あなたの心が、憧れを抱くということ。


それは、心が
「幸せな時間のほうが、人にとっては、自然な状態だよ」
そうささやいて、教えてくれている証拠かもしれません。

「楽しい時間がいい」「幸せな時間がいい」は、本能的な願い
人間にとって、幸せな時間のほうが、自然な状態
苦しい時間が反面教師となって、「これは不自然な状態」と教えてくれている





| 心と寄り添わないと、人生がめちゃめちゃになってしまう

心は、人生そのもの

今度は反対側……ネガティブな方向からも、同じように見てみましょう。
この理由もまた、心と向き合いを続け、現実解決を進めたいと願う、大きな動機となっていますから。

少し話は飛びますが、こんな地点から、話をスタートすることにしましょう。


自分の人生なのに、「自分がない」


自分の人生が「ない」。
自分の生き方が「ない」。

自分の人生なのに、自分がなく、人の意見に左右されて、人生がぐらぐらしている。

自分以外の、「誰か」の意見に、つい引っ張られてしまう。
大きすぎる影響を、受けてしまう。

「誰か」の意見を、自分の意見以上に、受け入れてしまう。……自分の人生なのに。


こんな状態で、果たして
「これが、私の人生!」
というような、どっしりとした人生、キラキラと輝いた人生になるでしょうか。


きっと、「誰かの意見」というものでつぎはぎだらけになった、でも、誰のものかわからない人生に、仕上がってしまうでしょう。

おまけに、あなたが生きるには、居心地の悪い人生に、仕上がるかもしれません。
なぜなら、その人生に、あなたは不在かもしれませんから。

自分の人生なのに、自分が不在
他人の意見や感情、「どう思われるか」に、過剰に影響を受けてしまっている

この状態。
専門用語で言いますと、いわゆる「共依存」状態といいます。

自分の人生なのに、自分で自分の人生を、決められない状態です。
いっけん決めているように思えても、実は、
「他人の意見や目線ベース」
「自分が不在」
という状態に巻き込まれている……そして、そのことに「無自覚である」状態とも言えます。


この場は、いわゆる「共依存」の定義を確認したり、詳細に学んでゆく場ではない。ですので、いわゆる「共依存」がなんであるかという話は、ここでは置いておきます。
その上で、話を先に進めます。


時とともに、決めなければならなくなってくる


自分の意見が、うすい。
どちらかというと、ない。
年齢が浅いいうち、社会経験の浅いうちは、「かわいらしいなあ」ぐらいで、済むかもしれません。

(いや。本当は、それで済む問題では全くなく、冗談の余地がないほど、シリアスな問題なのですが……)


ところが、人生の時間が、進むにつれて……。
自分で、自分の人生を決めなければならない瞬間は、激増します。


- 自分は、どういう人間か。
– 何が好きか。

– それゆえ、どんな人生に、したいのか。

– どんなスキルで、生計を立ててゆくのが、合っているのか。
– どんな人となら、一緒に生きてゆけるのか……。

これらの問いに、答えを出しながら。
私たちは人生の駒を、時間とともに、ひとつずつ進めてゆきます。


問いは、向こうから、どんどんやってくる


ところが、「自分がない」ということは、これらを「決められない」ということ。
つまり、人生の大切な問いに、答えが出せないことをさします。


でも、そうも言っていられません。
「決めなければならないこと」が、向こうからどんどん、どんどんやってきますから。


こんなはずでは、なかったのに!


それゆえ、これら「自分にとって」大切な問いを、「周りの意見にしたがって」決めてゆくにつれ……。

漠然と望む「自分の」人生とは、かけ離れてしまった「誰かの」人生が、展開されてゆくかもしれません。
しかも、時間がたつにつれて、違和感がどんどん、大きくなってゆくかもしれません。


いわゆる、
「こんなはずでは、なかったのに」
という状態の発生です。

「自分がない」状態は、人生の問いに、答えが出せない状態
自分の人生の、人生選択ができない状態
他人の意見にしたがって、自分の人生を決めていると。時間とともに、違和感が大きくなってゆく


「決められない」ことは、現実の「ひずみ」を生み出す


断れない、決められない。
自分がどうしたいのか、わからない……。

これは単に、心の問題だけでは、ありません。

日々刻々と、人生の具体的な現実選択に、直結している問題です。

もっと言うなら、就職や結婚、子どもを産むか産まないかといった、具体的な現実問題に、直結している問題です。


その結果……。
「こんなはずではなかったのに」という人と、結婚してしまったことに、気づく場合もあるかもしれない。

「こんなはずではなかったのに」
という人生を、なんとかやり過ごして、生きてゆくこと。

それは、おそらく、とても大きな苦しみです。
そのひずみを解消するにも、多大なエネルギーが必要です。

あるいは、こんな場合は、もっと多いでしょう。
信じられないほど攻撃的な環境で、仕事をしなければならない。

日々、攻撃的な職場に、身体を運んでゆかなければならない苦痛。
それはいったい、どれほどのストレスでしょうか。


ひずみは、時間とともに、ますます大きくなってゆく


もっと、大変なことがあります。
このひずみですが、当たりまえのように、時間の経過とともに、大きくなります。

いったん傾いた家の柱が、時間の経過とともに、ますます傾いてゆくのと、同じことですね。

「こんなはずではなかったのに」
という、このひずみ。

気づいたら、なるべく早く解消してゆかないと、時間がたつにつれて、ますます大きくなってゆく。
もちろん、現実の状況も、ますますこんがらがってゆく。
解消するのが、どんどん大変になってゆきます。



ひずみは、心と向き合って、解決してゆく必要がある


勇気をふるって、まずは、心と向き合って。
現実とも向き合って、ひずみを、解消してゆかなければならない。
それは、このような理由によります。

大なり少なり、誰でも心当たりのある、このひずみ。

時間とともに、なんとなく消えていったとか、自然とよくなっていったとか。
過去に、おそらく、そういうことは、起こらなかったでしょう。
何か奇跡的なことが起こって、状況が変わった! ということも、多分なかったはず。


それなら、こう言えます。
今後もおそらく、自然とそうなるということは、ないということ。

ひずみが、なるべく小さいうちに、心と真剣に向き合う。
多くの方が、今日も真剣に心と向き合っているのは、そのためです。


ひずみは、時間とともに、大きくなってゆく
ひずみが、「自然となくなった」ということは、多分起こらない
それゆえ、多くの方が、今日も心と向き合い続けている
ひずみが、なるべく小さなうちに、解消するほうがいいから


「未来」という時間の中身は、どうなっている?

先ほど、未来という時間軸の話が、少し出ました。
「時間が未来に進むにつれて、ひずみが、小さくなりましたか」という話です。

それならば、「未来」という時間は、どうなのでしょう。

私たちが、なんとなく期待してしまう、「未来」という時間。
それはまるで、真っ白で、まだ何も書き込まれていなくて、可能性がいっぱいのように感じられます。

それゆえ私たちは、つい「今ここ」の現実から、目をそらしてしまうかもしれない。
そうして、「未来」という架空の時間に、期待をつなぐかもしれない。

つまり、「未来」という時間を、「逃げ」のために、使ってしまいがちになるかもしれない。



時間が進むにつれ、人生に求められる課題も、多くなる


でも、「未来」という、時間の「中身」……。
時間が進んでゆくにつれ、こんな現実が、あらわれてきます。

時間の経過とともに。
誰もが、自分の手で、自分の人生を立ててゆかなければならない。

言い換えれば、それは、
「自分の生活を、自分で立ててゆかなければならない」
という意味です。



自分の生き方スタイルを、打ち立ててゆく


安全に、続けられるやり方で、生計を立てること。
安心して、暮らしを維持してゆくための、具体的なライフスキルを身につけてゆくこと。

「あてずっぽう」
「ゆきあたりばったり」
ではなく。
「これが、私の生き方スタイル」とでもいうような、あなたの人生を、打ち立ててゆくこと。

これを、苦しくて続かないやり方ではなく、自分なりに続くやり方で、立ててゆくこと……。


時間を、生きてゆくこと。
それは、日々刻々の「今」という時間の中で、こういったものを、立ててゆくことをさします。



「未来」の起点になるのは、あなたの心


その起点となるのが、あなたの心です。

あなたの意見、あなたの好み、あなたの考え……。
ひとつずつの、小さな決断の基準はすべて、あなたの心の中に入っています。

あなたの基準をもとに、あなたは、目のまえの何かを、選択します。
「今ここ」の、その選択は、当然、「未来」という時間に影響を及ぼします。



心は、すべての起点


「今」の決断が、いくつも連なって、「未来」という時間をつくってゆく。
「今」は、「未来」の起点です。

そして「心」は、「今ここ」の決断の、起点となっています。



……わかるでしょうか。

もしよかったら、何度も文章を、読み直してみてください。
このトリックに気づくまで、何度でも。


つまりは、心が、すべての起点なのです。
心は、「今」の起点にもなり、「未来」の起点にもなっています。

心とは、それほどまでに、大切な起点の役割を果たしているのです。


「今ここ」の選択が、「未来」という時間の起点となる
心が、「今ここ」の選択の起点となる
つまり心は、人生の時間の、すべての起点となる大切な存在


心は、一生、自分とともにあるもの

私たちの心は、一生、自分とともにあるものです。

そして心は、人生選択において、これほどまでに、すべての起点になっているもの。
心を起点として、すべての人生選択が発生します。


心のありようこそが、幸せな未来を作る


それなら、その心を、しっかり整えないなら。
いったい、どんな有様になるのか、きっと想像がつかれることでしょう。

単純なことだけを言っても。
外側の選択が、意に沿った選択になることなんて、ありえないですね?

内側のことは、こんなふうに、外側のことに直結している。
それゆえ、みな必死で、心を整えているのです。


それは、心という存在が、すべての起点となっているから。
文字通り、すべての起点に、です。



それゆえ、それなりの時間・エネルギー・お金を投資して。
心……そして、苦しみの元となっている、心の中に閉じ込められている「過去の記憶」と、真剣に向き合っているのです。

心こそが、幸せな時間をつくり、幸せな未来をつくる。
そのことを、本能的にも理屈的にも、よく理解しているゆえです。


心を整える意味。それは、心がすべての起点になっているから
起点を整えるのが、いちばんの近道
それゆえ多くの方が、まず「心」と向き合っている


心のありよう次第で、人生がめちゃめちゃに

逆から考えてみると……。
この大切なことを、そのまま放置しておいたなら、どんな状況になるかは、想像がつきそうですね?

シンプルに言うなら、人生が、めちゃめちゃになってしまいます。

誰かの荷物を押し付けられ、感情のゴミを乗せられ。
自分のために使っていいはずだった時間を、誰かに奪われ、気がついたら、カレンダーの時間だけが進んでいる。

時間を奪われるということは、可能性を奪われることです。
本来、その時間は、あなたが、あなたの人生を安全に立ててゆくために、使うはずの時間なのですから。



まず向き合うべきは、心


それなのに、あなたの豊かさ……時間やお金、エネルギーを、それとは気づかないままに、手当たり次第に奪われて。
気づいたら、ただカレンダーの年月だけが、過ぎていたら。

とても、恐ろしいことになっていませんか?
どうやって、安全に、人生を生きてゆくのでしょう。



心は、すべての起点です。

それゆえ、目のまえの、取り散らかった現実を、なんとかしたいと思った時。
まず向き合うべきは、すべての起点の役割を果たす、心です。

「心のことに、必死になる」

そこには、必死になるなりの、切実で、合理的な理由があるわけなのです。

現実が、大混乱している時。まず向き合うべきは、心
なぜなら心は、すべての現実の、起点となっている存在だから





| 心とともに、自分の人生をつくってゆく

自分の手で、自分の人生をつくってゆく

急に現実が迫ってきて、恐ろしくなってしまいましたね。

それでは、話をふたたび、前向きな方に戻しましょう。

その方がきっと、元気が出ますから。
元気が出ると、前に進む勇気もまた、湧いてきますね。


「自分で、自分の人生を、つくってゆく」

こんな言葉を、私たちは、よく聞きます。
それでは、そのことにはいったい、どのような「良さ」があるのでしょうか。

なぜ、自分で自分の人生を作ってゆくのが、よいのでしょうか。


「ぶれにくくなる」 これだけで、相当楽に

まず、いちばん素敵なことは、「ぶれにくくなること」。
他人の感情や、機嫌の嵐に、振り回されにくくなることです。


これだけで、相当、楽な感じがしますね。


他人に振り回される生き方は、正直、とても疲れます。
精神的に疲れますし、たくさんの時間もまた、失ってしまいます。


まるで、竜宮城に行った、浦島太郎みたいに。気がつけば、数ヶ月単位の時間が、感情の嵐とともに、過ぎ去ってしまった……。

誰かに振り回されているうちに、春が、夏になっていた……。
そんな経験、あなたにも、ありませんか?

その時間は重ねて、あなたが、あなたのために使っていい時間。
あなたが、あなたの人生を豊かにするために、使うべき時間です。



未来の時間も、守ることができる


心と向き合い、心を、健やかに回復させてゆくこと。
これは、「未来」という時間にも、よくはたらきます。

これら失われるであろう「未来の時間」を、できる限り、守ることができるからです。

人生を前向きに、幸せなものに変えるための「第一資源」である時間。
そんな、貴重な資源である時間を、手元に取り戻すことが、できるようになります。


心と向き合うこと。それは、「今ここ」の時間を、浪費しないこと
「今ここ」の時間を、自分の手に取り戻すこと
「今ここ」の時間は、人生を幸福なものにしてゆくための「第一資源」
心と向き合うことは、「未来の時間」を守ることにもつながる


時間があるからこそ、変化がもたらせる

時間があるからこそ、人生を、具体的に変えられます。

つまり、
「私は、どういう人生を生きたいのだろう」
と考えることから、
「この選択を実現するには、具体的にどうしたらいい?」
と調べることまで。

すべては、時間がないと、できません。

でも、時間が手元にあれば、考えられる。
行動できる。

今度は、自分の望みに近い人生選択を、してゆくことが可能になります。



あるいは、手元の時間の半分は、思い出作りにつかってもいい。
もう半分は、未来を豊かにするために、投資してもいい。

時間が、手元にあること。
取り戻したり、守ったりした時間で、今度は、あなたの人生と呼べるものを、作りはじめることができます。


時間が、手元にあること
時間を使って、今度は「したい選択」を重ねることができる


「時短」を選択することで、時間を守ることができる


「私はもう、たくさんの時間を、すでに失ってしまった……」
そんな事実に、ハッと気づいたとしても。

手元には、まだ、使える時間があります。
残された時間は、大切な大切な、限りのある資源です。

その価値を尊重して、よい意味での「時短」を、選択することもできる。
工夫することで、限りある時間を大切に使うことも、選択できるのです。


たとえば、自分で全部調べて、全部自分でなんとかするよりも……。
適切に、助けの手を借りることで、少ない時間を守れる。

この部分が、ONSA WORKSHOP の得意とするところです。
そして、とても重要な役割です。
あなたに、できるかぎり多くの「生きられる時間」を、残したいためです。



心を起点として、選択を重ねてゆく


工夫をして、「時短」を選択して。

そうやって、手元に残った貴重な時間で、今度は、望む人生をかなえるための勉強をしたり。
スキルをつけたり。

「そうそう! これが、私が望む生き方!」

ひとつずつの選択を、大切に、重ねてゆく……。

今度は、心をしっかりと起点にして、なるべく、無駄な選択をしない。
なるべく、ぶれない。

それを繰り返すと、望む時間に、近づいてゆくことができます。
そして、その道のりもまた、とても、幸せな気持ちになるものです。


心を起点として、ぶれない選択をする
これを繰り返すと、望む時間に近づいてゆく
その道のりもまた、幸せな気持ちになる


きらめいた「今ここ」の時間には、はかりしれない価値がある

まず、心を大切にする生き方。
すべての起点になる心を、過去の重荷から解放して、大切に手入れする。


それは、
「生きづらい」
「苦しい」
「出口がない」
そんな気持ちとは、真反対の生き方になる。

生き生きして、チャレンジする気持ちにあふれていて、現実が進んでゆく、その感じ。

そんな気持ちで、生きていること。
それ自体に、価値があると思いませんか?


前向きで、エネルギーにあふれた気持ちで、日々を生きていること。

それは、
「未来を安全にする」
とかいう、単純なコンセプトではすまないほどの、きらめいた価値があります。



「今ここ」の時間こそ、すべて


エネルギーにあふれ、目的意識にあふれている、「今ここ」の時間……。
そうやって生きる、「今」の時間。
本当は、その時間にこそ、価値があります。


大胆に言ってしまうなら、「未来が素晴らしくなる」なんていうのは、その「ついで」。


なぜなら、「未来」という時間は、正確には、ないから。

いくつか先の、「今ここ」の時間。
それがいずれ、「未来」という時間になります。



それは、事実ですね?

それなら、「今ここ」の時間が、エネルギーに満ちてもいなく、幸せでもないなら……。
いくつか先の、「今ここ」の時間である未来が、幸せなものには、なりえない。



心を回復させることには、はかりしれない価値がある


無目的で、無力感に押しつぶされるような、「今ここ」の時間を生きること。
そのリスクや悲しさが、少しは伝わったでしょうか。

それゆえ、まず、回復させるべきは、「今ここ」の時間です。
「今ここ」の時間を、幸せな気持ちで生きる日常です。


この2つは、同じ意味を持ちます。


そして……もう、言いたいことが伝わりますね?

そのために、まずいちばんに回復させるべきは、すべての起点となる「心」です。

心を、回復させる。
過去を過去として「完了させ」、「今ここ」の時間に、戻ってくる。

すると、「今ここ」の時間が、幸せになります。


その幸福の影響は、「今ここ」に、とどまりません。
いくつか先の「今ここ」である、未来の時間もまた、幸せになりえるのです。

心を、回復させること。
そのことには、このように、はかりしれない価値があるのです。


「今ここ」の時間が、幸せになることには、計り知れない価値がある
「今ここ」が幸せになると、未来の時間も幸せになる
それにはまず、過去を過去として、きちんと「完了させる」ことが必要
そのためには、すべての起点となる心を、大切に整える



[ 文責 ]
藤沢優月(文筆業)
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