ONSA のつかいかた[2]|「今」が、新しく生きはじめるスタート


どんなに詰まった状況にも、転機は、必ずおとずれる


あらためまして、私の話をさせてください。

私は今は、「夢をかなえて」生きています。
2003年から、本の著者として、活動しています。
おかげさまで、たくさんの本を出版し、多くの方に、読んでいただいています。


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そんな私はといえば、典型的な「1番目」「2番目」の人間でした。


今は、「夢をかなえて」生きている私。
でも、かつては受け身で臆病。傷つくのが怖くて、行動できない人間だった。


ほらね……。決めつけられません。

受け身で、口のわりに臆病。
勇気がなくて、なかなか行動に移せない。
そのことを、自分がいちばん苦々しく思っていて、自己嫌悪には底がない……。とても、気持ちがわかります。


なにせ私、人生を、半分あきらめながら、
「どうせ何も変わらない」
「やるだけ無駄」
こんな態度で、生きていた人間です。



どうして、そうなってしまったのか

全体像がわかりやすいように、話を、さかのぼらせてください。


私は、いわゆる一般家庭とは、少し異なる家に生まれました。
文化財を有する、街いちばんの伝統のお寺に、一族郎党の墓がある。家には蔵があって、先祖代々の写真や画が飾ってある。こんなふうに、その土地に、古くからの血統がある家です。

そんな境遇に生まれた私はといえば、普通に、活発な子でした。
お人形遊びよりも、野山を駆け回るのが好き。
水路におっこちかけたりしながら、男の子たちに混じって、自由に遊んでいました。

好奇心旺盛で、学ぶことや、チャレンジすることも大好き。
子どもが、誰でも、そうであるように。


否定されることが、当たりまえだった

ところが、そんな私への風当たりといえば、なかなか厳しいものでした。

「お前は、言われた通りの生き方をしていればいいのだ」
「図に乗るな」
「大したことがないのに、生意気を言って、うぬぼれるな」

何か新しいことに、チャレンジしようとするたび、投げつけられるのは、こんな言葉。
じき、行動することや、望むこと自体が、怖くなってゆきました。


しだいに、何もしなくなってゆきました。

否定され、態度をくじかれ、95点をとっても、5点足りないことを指摘される。
あるいは、どれだけ「達成」しても、立派にやりとげても、がんばっても、無関心。
かと思えば、たったひとつの失敗について、延々と言われる。


きっと、想像できますよね。
ひねた考えの子に、変わっていったことは。


「どうせ、何をやったって、無駄」
「失敗するぐらいないなら、最初から、動かない方がまし」
「いっそ、何もしない方がまし」

私は、「何もしない」子になってゆきました。
好奇心旺盛で、何にでもチャレンジする子は、どこかに消えてしまいました。



「がまん」して「がんばる」以外の生き方を、知らなかった

それでも、努力だけは、し続けました。
理由は簡単。
「がまんして」「がんばり」続けたのは、そうする他に、生き残る術を知らなかったらです。

勉強して、大学に進学。
昼間はまじめに講義に出て、夜は、語学学校の秘書としてアルバイト。あき時間は、図書館で勉強。
英語も、語学交換をして、話せるように努力していました。

自分でも、いったい何を目指していたのかは、わかりません。
でも私は、「がんばる」以外の人生の進め方を、知らなかったのです。

あるいは、「立派に達成する」以外の、夢や目標の持ち方を、知りませんでした。
「がんばり」続けたのは、消去法で消してゆくと、その生き方しか残らなかったからです。



「がまん」「がんばる」以外の生き方を、知らなかった。
辛くても、しんどくても、それ以外を知らなかった。


そんな日々に、大きな転機がおとずれました。
思いやりをもって、思い切った言葉を投げかけてくれる人が、あらわれたのです。


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その時までの私はといえば、ひたすら盲目に信じ込み、ひたすら、自分を責めていました。

「私が、できの悪いのが、いけないのだ」
「きっと、努力が全然足りないのだ」
「もっとがんばって、もっと達成できさえしたら」
「生きるのが、苦しい。でも、どうしていいか、わからない」


この、閉鎖系の悪循環に、こんな言葉が投げかけられました。

「率直に言ってすみません。でも、あなたのご両親、大人として、ちょっと変ですよね」

大学の、心理学の教授でした。
私の視点が、変わった瞬間です。



チャレンジを続ければ夢はかなうと、体験から学んだ


あらためて、心理学の教科書をめくってみます。
すると、こう書いてあります。

「人は、3歳および7歳までのあいだに、生きるための基本戦略を立てる」
「残りの人生を、その戦略を応用して、生きてゆく」


日本にも、「三つ子の魂百まで」という、ことわざがありますね。
もちろん、世界中に、同じような言葉が存在します。

「そうか。生き方は3歳までに土台ができ、7歳までで、およそ決まってしまうのか……」


「ご両親が、ちょっと変?」
「言われてみれば、そうかもしれない」
「それなら、私の人生は、終わりということ」
「なぜなら、私はもう、大人になりかけている」
「これは、……詰んだな」

「この人生、もう終わった」と感じました。



でも、どこか、あきらめきれませんでした。
なぜなら、未来がないとわかっていながら、同じような時間を延々生きてゆくのは、しんどすぎるから。

ただ黙って、「誰か」の指令通りに、生存しているような状態。
これを、「生きている」とは、意地でも呼びたくありませんでした。



真剣に、学びはじめた

「私に起こっていることを、何とかするには、どうしたらいいの?」
「過去に、この状態を何とかした人は、いるの?」


今や、本気で調べはじめました。
そして、学びはじめました。

どうやったら、過去に負ったものに負けずに、変わってゆけるのだろう。
そして、私にもできるのだろうか……と。



現状を何とかするために、本気で、学びはじめた。
臆病で受け身な生き方が、少しずつ、変わっていった。


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学校では決して教えてくれない、”生きること” に関係する、生(なま)の勉強。
きれいごとではない、現実に通用する、生き抜き方を学ぶこと。


何からでも、必死で学びました。
後に、働いたお金を注いで、海外のワークショップでも、たくさん学びました。
(これは、今でも、そうしていることのひとつです)

何かと恵まれた日本よりも、海外のほうが、必死で学ぶ人が多い。
学ぶために、国境を越えてやってくる人たちも、山ほどいます。


集う理由は、それぞれ。
でも、想いは、みな一緒です。

「このままで、終わりたくない」
この、一念。
「傷つくのが怖いから」と、孤独にとじこもって、心を引きこもらせておくことを、やめなければなりません。


学んだら、次は、行動です。
現実を変える、勇気をふるわなくてはならない。

つまり、挑戦。チャレンジ。
「夢をかなえる」です。



言葉を変えれば、こうです。

自分にとっての、
「合っていて」
「好きで」
「長続きする」
生き方を見つけて、現実にしてゆく。
誰かに期待して、「待ち」の姿勢で時間を過ぎさせるのではなく、自分で動いて、かなえてゆく。

これが、「夢をかなえる」。
この連続によって私は、今に至ります。



「合っていて」「好きで」「長続きする」を、探してゆく。
見つけたら、かなえてゆく。現実にしてゆく。

「それが、どんなスタートであったとしても」
「たとえ、どんな境遇にあったとしても」
「人生は、いつからでも、変えられる」

私は、この言葉を、地でゆくような経験をもっています。


決まってしまった人生というのは、ない。
人生は、いつからでも、変えられる。……自分の意思と行動で。


だからこそ、体験として知っています。
「夢をかなえる」は “魔法のように””誰かがお膳立てをしてくれたから” 起こるものではないと。


「夢をかなえる」「望む人生を、現実にしてゆく」こと。
それは、勉強と努力、勇気と行動の連続です。



なぜなら、こんなことも言えますよね。

もし私が、大学の教授の言葉を、真剣に考えなかったら。
あるいは、「ただ考えただけ」で、何も動かなかったら……。

私の人生は、やっぱり、変わらないままだったと思います。



自分で動かなかったら、何も変わらなかった。
自分で動いたからこそ、人生がよい方へと、変わりはじめた。


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意思のあるところに、必ず、道はひらける


人が、人生を変えたいと決意するきっかけは、さまざま。
青天の霹靂というぐらい、雷の稲光が見えるほどの出来事に、見舞われる方もいらっしゃるでしょう。


あるいは、がまんして、がまんして、がまんして……。

「もう嫌だ!」
「こんなの変える!」
「後悔したくない!」
行動に突き進む方も、いるでしょう。

人の数ほど、さまざまな理由も、ストーリーもあります。
だから、誰の理由も、誰の経験も、簡単に決めつけられない。


もちろん、あなたの理由も、とても大事です。
なにせ、あなたはこのページまで、実際に来たのだから。



「決意する」と、「行動する」は、違うこと

努力家で、まじめで、がんばりや。
責任感が強く、今までも、たくさんのことを達成してきた。

あなたはきっと、そういう方かもしれません。……たとえ、あなた自身が、自分をそう認識していなくとも。


だから、
「もう嫌だ!」
そう感じたら、行動してみることができます。

「決意する」と、「行動する」は、違うこと。
そして、行動する人の人生だけが、変わってゆく人生です。



「決意する」と、「行動する」は、違うこと。
行動する人の人生だけが、変わってゆく人生。


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あきらめない。チャレンジし続けてみる

日々を、本気で生きること。
行動し、チャレンジしてゆくこと。

それは、皮肉なようですが、否定されることの連続になります。



私のように、親に否定されて、育った人もいるでしょう。

あるいは、
「これが普通」
「これが平均」
「もう遅い」
「こういう条件でないと無理」
生きているだけで、誰でも毎日、山のように、限界を決めつけられてゆきますね。

無意識のうちに、心をたくさん、削られてゆきます。
だからこそ、自分で自分を否定したら、終わりです


生きているだけで、日々、無意識に否定される。
だからこそ、自分だけは、自分を否定しない。


代わりに、すべきことがあります。

それは、同じ想いの仲間のいるところに、自分を連れてゆくこと。
そうして、チャレンジしてみるのです。


同じ想いの人たちとなら、共に学ぶ。
すると、本気の熱に影響されて、行動する勇気が湧いてくる。

私がくじけなかった理由も、これです。


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ONSA(弊社)のプログラム一覧と、使いかた


望んだ人生を、努力して、練習して、実現してゆく。
転んでも、あきらめない。


これが、そもそも「生きる」ということではないのでしょうか。



「生きる」ことは、心と行動で、挑戦し続けること。
ただ、身体だけが生きている状態のことではない。


ONSA(弊社)は、このことに、真剣に取り組んでいる場所です。
2003年から間断なく、書籍とワークショップを通じて、活動を継続しています。


「あなたの『夢をかなえる』を、本気で生きる」
自分の人生に、挑戦する生き方のほうが、絶対に楽しいです。



そして、大丈夫。

1年を重ねるごとに、ますます忙しく大活躍で、時間がなくなってゆく、あなた。
流されるままに、責任だけが重くなり、自分の人生にかけられる時間が、どんどんなくなってゆくでしょう。

だから、あなたが今、他人のために割いている時間やエネルギー。
それをそのまま、今度は自分のために、割けばいい。



「やってみたい」
そう思ったらぜひ、ONSA のプログラムを使ってみてください。

使えるプログラムは、いちばん下に、一覧にしてあります。


一緒に、やってみよう。あなたの合流を、お待ちしています

それでは、本ページをお読みくださり、ありがとうございました。


がんばりやさんで、責任感があり、優秀。
ともすれば、他人の義務まで手伝ってしまうぐらい、責任感が強い。

今までも、たくさんのことを「がんばって」「がまんして」、達成してきたあなた。


そんなあなたの「夢をかなえる」が、現実となりますように。
よかったら、一緒に時間を、駆けましょう。

熱量のある、毎日、本気の人生。
その方が、日々の時間でさえ、絶対に楽しいはずですから。



自分の人生に、本気になる。
誰にでも、きっとできる。
そして、その生き方のほうが、楽しい。


(ONSA 運営責任者, 文筆業 | 藤沢優月)

BOOKS | 出版書籍は、基本の案内図となります。
読んでいただければ、「夢をかなえる」への取り組みの全体像が、俯瞰して理解いただけます。
Dream Quest WORKSHOP | 本が「知ってみる」ツールなら、ワークショップは「やってみる」ツール。
本で原理を学んだら、実際に、行動してみます。
みんなで集まって、実際に学びながら、チャレンジの時間です。
ONSA WORKSHOP | こちらも、「やってみる」ツールです。
著者のように、努力やがんばり・達成や向上を、意味不明に否定されながら育ってきた「しっかりさん」の方は、もう少し土台から「やってみる」必要が。ONSA WORKSHOPは、「自分をとりもどす」ためのワークショップで、長い開催歴があります。
ONSA apartment. Room | 「静けさに包まれた、自分だけの時間がほしい」
そんな方々に好評の、夢とつながるスペースです。
ゆっくり、ご自分のペースで、自分と向き合っていただけます。