2020.09月開催 「インナーチャイルド・ワークショップ(後期日程)」まーとるクラス

タイトルはじまり目印

S. M. さん(40代以上/兵庫県よりご参加) まーとるクラス


タイトル下の線


今週に入って秋の空気が日中も感じられてきて、またわたしの好きな季節が巡ってきたなあと思いながらも、それを楽しむ気持ちが今は出てこない。

だるいし眠いしとても沈んでいる。
顔が歪むような変な感覚もある。

過去に楽しんだその気持ちを他人のもののように思い出している感じ。
とても悔しくも思っていた、本来はこんなことにも付き合うことなく、季節を楽しめてたはずなのに、って。

それでも、そのままに、だるいのはだるいし、卑屈になるのもなるままに、ただし周囲にはばら撒かず。
ここを過ぎれば、もっと深く広く楽しめる時間が待ってるはずだから。


だからなんだと思った、「あなたがいないと、何も楽しくないよ。」って、出てきた。
大事な大事な主役だよ、あなたは。あなたがいてこそ、だったんだ。って、小さいわたしに謝った。

主役がいないと始まらないじゃんか。
どれだけ何かをしても、あなたがいないと、楽しくない。


文節区切りの線


当日のワークショップ・クラスで出てきた「気持ち」は、「わたしそのもの」だった。
気持ちがわたしのそのもの、実体、肉体、存在みたいな感じだった。

置き去りにされていた、ってこういうこと、取り戻す、ってこういうこと、書いてる今だって涙が出てくる。
今週は、想っては泣き、また頭が痛くなってきて、って繰り返してる。


小さいわたしの、必死さ、緊張感、その反動の閉じこもり、気持ちをスルーされているその感じ(子どもの頃はそれが「スルー」だと気づけず、ブラックホールが突然自分の中に出現したような不安な感じとして残っていた)。

そのどれも今わたしの中で再現されている、こんなに大変だった、こんなに辛かった、しんどかった、「これは…大変だよ。」って、ほんとに。

どこかでまだ、「わたし」を蚊帳の外にしていたのだとわかった。
「わたし」は外にいて、あのときの気持ちを一人で抱えてて、そんな辛いことをさせていたんだってわかって。


文節区切りの線


玄関の外で中に入るのを躊躇していた小さいわたしを、招き入れたような感じです。

今までほんとにごめんね、あなたがいないとわたしも楽しくないし困る、一緒にいよう、力を貸してくれる? と聞いたら、いいよって応えてくれたように感じています。

これは、これから先、数倍、数万倍と言ってもいいわ、人生を楽しまないと損だって言いたい。


今はいろいろなものが混濁しフラフラです。
そんな中だけど、わたしにありがとうって伝えたい、いつもありがとう。
そして、このような場を共有できたことに感謝です。





タイトルはじまり目印

M. K. さん(30代/福岡県よりご参加) まーとるクラス


タイトル下の線


はじめて「境界線ワークショップ」「インナーチャイルドーワークショップ」に参加させていただきました。
参加するご縁に恵まれたこと、うれしく思います。
ありがとうございました。

まだなんだか不思議な感じがしますがとても楽しかったです。


文節区切りの線


やっと私は今、今から先の私の人生に責任をもって生きるというスタートラインに立った気がします。
不安はありながらも走る準備万端なので、きっとクラウチングスタートのポーズでしょう。

「パァン」と音がしたら走り出しますが、なにせ運動不足、きっと足がもつれてこけてしまうと思います。
そもそも短距離走ではない。


力みすぎ。でもそれでいいんだと。
これからトレーニングをして、走り方を習って、走るための筋力をつけて。

急ぎすぎだよ~もっとゆっくりしたペースじゃないと、まだ先は長いよ~とか。
休憩して、お水も飲まないと、とか言われながら走っていくのだと思います。
そのペースや走り方を教えてくれる、伴走者をみつけた気持ちです。


文節区切りの線


振り返ってみれば、ずっと同じことを説明してもらっていたんですね。
大切なことはそう多くはなくて、繰り返し、繰り返し、私にわかりやすい形で。

おかえりなさいと言ってもらったので。ただいま。
そして行ってきます。





タイトルはじまり目印

Y. S. さん(40代以上/長野県よりご参加) まーとるクラス


タイトル下の線


私は怒っていた。

ワークショップ・クラスの後、疲れていたが、横になってもなかなか眠れなかった。
明け方には早く目が覚めて、疲れが取れなかった。

からだがだるく、眠く、週末には胃が痛くなり、うまく食べられなくなった。
食欲があるのに食べられないのは辛い。私は食べたいのだ。
今も怒りはある。私はとても怒っている。
ワークで感じたのは怒りだった。

この苦しさ、もう嫌だ。全部捨ててしまいたいと思った。全部。激しい怒りを感じていた。


文節区切りの線


それでも何故、この PAY FORWARD を書いているか。私のためだ。他の誰のためでもない、私のため。私の回復に集中することにした。

できることからやることにする。
いつもそうだった。そして、これからも。


私は怒る。私を傷つけた人間に対して。怒りは感じていいのだ。
怒りを感じることで、怒りを感じさせる人間から離れることができるのだから。そうやって私を守るのだ。

この怒りはエネルギーだ。そしてとても大きい。私はこの大きなエネルギーを私のために使う。

大切な私を守るために全力を尽くす。





タイトルはじまり目印

Y. W. さん(30代/愛知県よりご参加) まーとるクラス


タイトル下の線


今回のワークショップで私が感じたことは、まだ自分の中には、こんなにも大きな怒りや悔しさがあり、それを私の身体と心が、全身で覚えているんだ、ということの、インパクトでした。

それはまだあるし、私の身体の中に、全部記憶されている。
ワークで自分の気持ちをしゃべりながら、思いがけず加速してゆく主張に、私は深く実感しました。


そしてそれに「まだこんなにあったのか」「これをどうすれば…」とも、私は不安になりました。
でも不思議と、ワークが終われば落ち着いた気持ちになれました。

それは、出したことでまず発散されたスッキリ感と、「未知だったものがひとまずわかれば、扱えるようになるんだ」という実感でした。


文節区切りの線


今まで、つかめないけれど私のどこかでうごめいていて、ひっかかているもの。
わからないままだったから、私はモヤモヤしたし、漠然とした不安も感じていた。

でもこうやって「わかれば」、「そういうことだったんだね」という、私への理解に変わる。


眠っていた怒りや悔しさ、その強さや鋭さが、私の本体ではない。
これを出したい、わかってほしいのに、出せなくて苦しかった。

それを私は、私にわかってほしかったんだなと、私は理解できた。
だからまた一歩、私は進めて、良かったと思う。


文節区切りの線


得られることもなく、最初から失ってしまったもの。
よりによって、本来は私を守るべき責任のある親からむしりとられ、損なわれ、傷つけられてきたもの。

その大きさは、何度振り返ってもはかりしれない。
ダメージが大きく、絶望にくれる。


文節区切りの線


ワークショップ・クラスの後、普通に自分の好きなことを気ままに楽しんでそうな人をみて、私はふと思った。

私は、毎日が戦場のような場所で暮らしてこないといけなかった。
毎日毎日、親の機嫌や言動に神経を尖らせて、なんとか火の粉を浴びないようにするだけで、必死だった。
それが私の〈すべきこと〉で〈生きること〉に、なっていた。


でも、世の中には、
「そもそもそんな環境でなかった」
「過度の不安や緊張に日々とらわれることもなく、自分のことに集中し、自由に遊び、体験し、その積み重ねで自分を育てていくことができた」
そういう人が、いるんだ。


これまでと、今の私から見れば、そんな人生は夢のようで、だからこんなにも、同じような人間として存在してるのに、起きていることも、世界の認識の仕方も、自分への関係も天と地ほどの差がある。

それだけ、自分は本当に異常な場所にいたんだな。
自分はあの環境が「日常」でしかなかったけど、あれは決して「普通」ではなかったんだ。


心底悲しいし、悔しいし、なんでなんだって、何度でも私は叫びたくなる。
それに納得いく答えが返ってこないことも、痛いほど私はわかっている。

けれど、ここを受け入れて、私は進まないといけない。


文節区切りの線


ワークショップ・クラスが終わった後は、なかなか咀嚼しきれず、大きなショックや動揺もあって、とてもしんどかった。

けれど時間をかけて、少しずつ振り返ってゆく中で、私は自分の過去に、こう言うことができた。

「あれは、酔っぱらいが私にしてきたこと。本当におかしなことだった」

「母は私にこういう話をしてきたけど、私がそれに何もできなかったのは、至極当たり前のことだ(だって私、子どもだったし)」

一見、過去を否認しているような言葉にもみえる。
でも、私の心の中は、麻痺もフタも感じない。
無理矢理「こう考えよう」と、私の心をねじ曲げてもいない。

自然と、ふっと、私はこう思えた。
それぞれの過去に、今の私の位置から、ラベルを貼り直してゆくことが私にはできた。


文節区切りの線


プレワークで過去を振り返っている時は、お決まりの「過去の出来事に自動的にやられている、私」になっていた。

でもワークショップ・クラス後の私は今の私を持ったままで、その位置から、過去を認識し直すことができた。

それは、過去にとらわれていることより、今、私が生き直すためにすべきことの重要さや量が自覚できたからだ。
正直言って「過去のことをいつまでもグジグジ悩んでる暇はない」という状態だ。
そう、本当に「そんなヒマないわ」と私は思った。
私の気持ちの向かう先が、変わったからだ。


もちろん、これからも私は、必要に応じて自分の過去を悼む。
きっと、健康な人や世界にふれる機会が増える度に一層、私の生い立ちの異常さや悲しみ、痛みを強く感じるだろう。

そのときは、たくさん泣けばいいし、ふてくされればいい。
そうやって、実感をもって、私は強くなってゆく。

強がりや「大丈夫です」のポーズではなく、本当に咀嚼した上での、強さ。
そうやって私は、私の階段をのぼり、土台や芯をかためていこう。
私には、きっと、できる。


文節区切りの線


優月さん、スタッフのみなさん、クラスのお仲間さん
ありがとうございました。

真剣にそれぞれに集中しつつ、休憩時間にみんなの「好き」で盛り上がれたこと、とても嬉しかったです。
あの時間に、たくさんのヒントがあったなぁと、思いました。

ありがとうございました!





タイトルはじまり目印

S. H. さん(40代以上/東京都よりご参加) まーとるクラス


タイトル下の線


今回も本当にあっと言う間の時間でした。

今、ここにいて、今を感じて、今を生きる。
ONSA WORKSHOP(対面式)ではいつも大切なことを思いすことができます。

私は最近、色々なことがあってうまく感情を感じられないことが多かったのですが、ワークショップではたくさん泣けました。

怒りの感情が、最近引っ込んでいるのですが、今は、それでいいのかなと思っています。
またそのうち怒りたくなったら怒ればいいのかな、と。


文節区切りの線


そして ONSA WORKSHOP(対面式)は私にとってやはり大切な場所です。

自分が自分になれる場所。
仮面をかぶらなくてもそのままでいられる場所。
そんな場所が、日常でも出来たらいいな…。


ご一緒してくれた皆さん、伴走してくれた優月さん、今回も本当にありがとうございました。

今という時間を大切にしてまたどこかでお会いしたいです。
その時まで、お互いベストを尽くしましょう!



| ONSA WORKSHOP は「回復者」が「主催者」のワークショップ

ONSA WORKSHOP は、「体験者」であり「回復者」が主催者のワークショップ。
その体験から、実際に回復(リカバー)した者が主催となりますため、実践的な内容となっております。

あなたの、その状況も気持ちも多分、"体験して" "知っている"。
安心してお越しいただけましたら、嬉しく思っております。

詳しい来歴等は、「私たちの想い | 運営者情報」からもお読みいただけます。