2019.09-12月開催 「ONSA Web. WORKSHOP(2)コース2/STEP.1(前期日程)」とりころるクラス

「コース2」のテーマは「いわゆる『家族問題』」です。
ONSA Web. WORKSHOP では、毎週1課題、全12週にわたり課題に取り組んでいただきます。本 PAY FORWARD は、最終12週目の課題としてお取り組みいただいた、締めくくりのワークです。

●コースの内容 
- 「ONSA Web. WORKSHOP(ウェブ・ワークショップ)」
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- PAY FORWARD(ご参加者のご感想) もくじ
タイトルはじまり目印

T. M. さん(40代以上/東京都よりご参加) とりころるクラス


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自分の過去や、過去を通じて身についた良くない「生きグセ」に時々苦しめられることはあるけれど、自分の足で歩くことがこんなにも楽しいのなら、これからももっと私らしく歩けるようになりたい。

この3か月は私にとって、振り返れば歩いてきた道があることを、その道の存在を、心に強く感じた3か月間だった。


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しみついた過去を1枚1枚はがしながら、今をひとつひとつ積み重ねる。

自分にそれができるようになってきたと思う。
忙しくて取り組めない日もあるけれど、自分を見つめ、振り返る習慣がついてきた。
その積み重ねが、気が付けば私を変えていた。


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ほんの少し前まで、私はこの世の中を信頼していなかった。
今は、この世の中は信頼に値するだろう、と思っている。

私の周りの現実世界では、まだ何も行動は起こしてはいない。
「信頼に値するだろう」と思えるのは、私が私を信頼しはじめたからだ。


大きな温かい塊が、みぞおちあたりにある。
きっと大丈夫。
私が見つめるのは、私だけでいい。
これからもそうしていく。私はもっともっと私と仲良くなりたい。





タイトルはじまり目印

Y. W. さん(30代/愛知県よりご参加) とりころるクラス


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私へ

3ヵ月間、おつかれさまでした。
私は、これまでたくさんの Web. WORKSHOP を受けてきたね。
その時、最後の「じかんのきろく」を振り返るのがなんだか苦痛でたまらないという時期があったね。

でも今は、そんなことを感じなくなった。
3ヵ月の間、私が書いてきた言葉を、思いを振り返るたびに、私は、私が励まされるのを感じた。

その言葉には「私」がいたからだと思う。


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私が、このコースを受けるのは3回目だね。
今回は久しぶりの参加だった。
以前取り組んだことがある問いでも、そこには変わらない深さがあって、停滞したり、悩んだり、うまく思いがまとまらないこともあったね。

でも今回、改めて感じたのは、私が私を取り戻してきているということだ。
そして私の気持ちを感じるのがうまくなってきたこと、私の弱さや未熟さを受け入れる方に、心が向いてきたということだ。


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初めてこのコースに参加したとき、私は、いわば「共依存」について初めてまとまった知識を学んだ状態だった。
そこで知ったこと、知らなくてこのまま生きていたことの数々に、私は、ショックを覚えたね。

そして出てくる言葉は「こんなのってない」「あいつらのせいだ」。
たくさんの…主に私の家族への怒りやののしり、嘆きがあふれた。
(といっても、当時は今ほどの深さではこれらの感情も感じられなかったと思う)

そしてその反動での「私は変わる!」「私のために生きる!」という、強い宣言、決意。
でもそれも怒りの反動ゆえのもので、私の気持ちそのものは純粋だったけど、実際の自分がそれに追いつかない…という現実もあったね。

あの頃は、私も回復に取り組み始めた頃で、最初のショックと怒りを出すことだけで、精一杯だったと今の私は思う。


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そして、長い道のりとコースを経て、改めて参加した、この3ヵ月。

私は、「私に重心を置きながら」家族のことを振り返ることができた。
もちろん、単純に私の家族に対して怒りや憤り、恐怖を出したこともたくさんある。
どうにも気持ちが落ち込み、ふてくされて匙を投げたくなったことも、たくさんある。

でもこれまでの私と違ったところは
「家族の闇やコントロールに、のまれっぱなしになるのを、私がやめた」
ということだった。


怒りや憤りを感じたら、そのまま出す。
でもそれで、私は終わりにしなかった。
そうじゃない。
私が見たいのは…本当に私が生きたいのは「家族を恨むこと(それによって私を正当化する)」ではなくて「私が、私の力を信じること」。
そっちなんだ。


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私の、家族への毒出しは、きっとこれからも続くだろう。
でももうそこに、私をとどめておくのはイヤだなと、心地よくないなと私は感じるようになった。

だから私は、毎週の課題に向き合いつつ、怒りのその奥にある気持ちや「その気持ちの上で、私は私の今を、現実を、どうしたいの?」と問いかけるようになった。
私は、課題をもとに、ねばって自分と対話すること。
より深く、より奥にある私の気持ちを感じることにトライすることができた。

その先で私は、怒りを超えた先にある、私の「悲しみ」に心が向くようになった。
そして、その悲しみを、かつての私は「早く消さなくちゃ」と焦っていたけど、今はもう、その必要はないし、それは不自然だと感じた。
「あぁ、私は悲しいんだ」
「私は、どれだけ、どのくらい悲しんだろう」
私はそれを純粋に知りたいと思い、感じることに身をまかせることができた。


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あんなに…「自分の感情を感じられるようになりたい」と口ではいいながらその実、やっていたのは私の内面のコントロールだらけだった。
その私が、ただ、心と身体で感じるように感じようと、もうそれでいいんだと、かたく握りしめていた手を、ゆるめることができた。
その心の変化が、私の大きな転機になったと思う。

今まで私に隠そう、ごまかそうとしていた、私の悲しみや弱さ、ずるさ、未熟さ。
そういうものを、そのままで認めようとすればするほど、私は、私と仲良くなれるのだ。
そのことを、私は体感で知ることができた。

自分をありのままに認めること。
私にとってその入り口は、「私の弱さを受け入れること」だったんだ。


今回、このクラスに参加して、毎週毎週、自分なりのペースで私と対話して…。
私は私を知ることができたし、自分と仲良くなれることの喜びを感じられた。

そしてその体感は消えず、私を心地よく温めてくれることも体験できた。
「灯台の時間」の対話も、「私に戻って」からの方が大きな実りがあるし、嬉しいと感じられた。


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家族問題も、共依存も、私には手強い。
まだまだその悪習慣を、何度も自覚し、何度も浄化してゆくプロセスが私には必要だと思う。

けれどその核は、私が私を見ないこと。理解しないこと。
私にとっての問題の核はそれで、「共依存」は、その結果のひとつと思えてきた。

だから私が本当に見るべきは「私」。
いつもこれが基本なんだなと、改めて感じました。


そしてこれからも、これまでの歩みを踏まえて、より深く、正直に、私と向き合っていこうと、私は決めました。
私には、それができる。
その力を、現実に信じられるように、私はなりました。

自分の変化を実感できるのは、なんて嬉しく、心強いことなんだろう!
それがこの3ヵ月、真剣に頑張った私へご褒美でした。


優月さん、スタッフのみなさん、お仲間さん
今回も豊かな3ヵ月を、ありがとうございました!





タイトルはじまり目印

N. G. さん(30代/群馬県よりご参加) とりころるクラス


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お疲れ様、私。
まずは素直にそう声をかけたい。

楽しくなったり喜んだり悲しくなったり。
この3ケ月間で様々な感情を体験した。

自分が今まで書いた文章を見ていて、苦しくなってしまった。
それほどまでに、本当は苦しいことだったんだ。
苦しいんだよ。
辛かった、辛かったんだ。やっぱり。
人ひとり、子供ひとりが抱えられる大きさじゃなかったんだ。


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私は、私を大切にしていない。
ずっと苦しい状況にいさせている。
家族、周りを見て。
やっぱり私は気付いていなかった。
変わるには、動くしかない。
環境は変わってくれないし、そもそもみんな疑問にも思っていないのだから。

辛い、苦しいと気付く。
感覚を麻痺させない。
抜け出せないと思っているから我慢しているんだ。
悔しい。
もし、分かっていたら…。
…これがせいいっぱいだったんだ。

最悪な状態だったけど、これがベストだった。
これしか出来なかった。
でも。
なぜ、どうして、苦しい、消えてしまいたい、消してしまいたい。
そう思わずにはいられない。
だけど、私はたくさん本音に向き合うことが出来るようになってきた。
それはとても喜ばしいことなんだ。


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今回もやっぱりクレンジングリアクションがずっしりとくる。
でも、またひとつ、知っていくから。
歩き続けてほしい。
幸せに、私はなるんだから。
温かい人たちと生きていきたい。
自分らしく生きたい。
それが最終目標。

私は、知らないだけなんだ、きっと。
助けはある。
ただ、知らないだけなんだ。


ONSA のみなさま、お仲間さん、一緒に走ってくださってありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。
ありがとうございました。





タイトルはじまり目印

A. Y. さん(40代以上/東京都よりご参加) とりころるクラス


タイトル下の線


大切な大切なわたし、大好きな大好きなかわいいわたしへ
たくさんの毎日を今日この日まで1日1日精一杯に生きてきたわたしへ

わたしはわたしのことが大好きです。
心から愛しいと思う。
かわいいなぁと思う。
とても素敵だと思う。
健気だと思う。
そしてとても優しい心の持ち主だよね。
わたしの心優しさをわたしは知ってるよ。
わたしは本当に心が柔らかくて、そしてあったかい。
ゆったりとしていて安心させてくれる雰囲気があるんだよ。

とても怖くて辛い子ども時代を過ごしたわたし。
どんなに怖かったか。
どんなに心細かったか。
それでもわたしは、とても健気に、精一杯のことをして生きてきてくれました。
今日まで諦めることなく、辛い気持ちを抱えたままで、辛抱強く生きてきてくれました。

どんなに小さな決断も、わたしがこれまでに選んできた一つ一つの道筋を、わたしは誇りに思うよ。
出会った人や場所の全てをわたしは誇りに思うよ。

優しいわたしが傷ついている時にはわたしにはちゃんとわかるよ。
なぜ傷ついたのか、どこが傷ついたのか、わたしにはちゃんとわかるよ。


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胸にせり上がってくるほどの要求にがんじがらめに縛られていた子ども時代だったということを、ゆっくりゆっくり認識してきました。
丁寧に丁寧に進んできました。
始めた頃のわたしがまだ知らなかったその度合いを、今のわたしは前よりもずっとリアルに感じられていると思います。
本当に勇気があるし、とても現実に即して見ることができてきたと思います。

今のわたしの心を縛っているものが恐怖なのだということ。
強張ってしまったままの心があるということ。
わたしはゆっくりゆっくりその固まったままの心の存在に気づき始めることができた。
固まったままのわたしが求めているものはわたしの温もりです。


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心細いということを受けいれてくれました。
かたや太ももに力が入ってしまうこと。
やたらに人を求めてしまうこと。
わたしはわたしに許してくれました。
そんなわたしを受け容れてくれました。
人を求めて彷徨うかのようなわたしを受け容れてくれました。
もう一度、愛してくれました。

わたしは本当に寂しかったんだね。
本当に本当に心細かったんだよね。
小さなわたしがどんなにどんなに心細かったか、寂しかったか。
わたしは心に深い深い悲しみを持ってるんだね。
その悲しみはとても深いものだね。

要求でがんじがらめにされていた生活の中で、どうやって自分らしくあることができたでしょうか。
そんな苦しい時間の中をよく生き残ったね。


文節区切りの線


傷つく言葉を言われるたびに自分がおかしいのだと思ってきた。
でもそうじゃないんだって気づいてくれました。
そうではなくて、わたしは傷ついたんだ。
傷つくことを言われて傷ついたんだよね。
とても普通で自然なことだったんだよね。

感じることにおかしなことなんかないのなら、今ここにある胸のモヤモヤもおかしなものではないよね。
わたしが今そう感じているということは大切なことなんだと、今のわたしはわたしにそう言ってくれます。


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勇気があるなぁと思うことは、人間関係に対して抱いている幻想についても、少しだけど見えてきたこと。
子どものままの幻想の中でのありえない期待値、現実的でない理想化した期待があるんだよね。
それが繰り返されているんだよね。
それを感じてるよね。
理解してきてるよね。
そこにエネルギーが漏れて行ってしまっているってことも。
そしてそのことは自分の傷の深さと関係があるってことも。

そうもちろん当然わたしは求めてしまうんだ。
そのことは数式のように理路整然としているんだ。
この式ならばこれが答えになるねっていうぐらいに、とても自然なことなんだ。
今のわたしの反応が間違っているのではないんだ。
そうあったらこうなるのはとても自然。
そういうことが起こっているんだ。
だから今の自分を責めることなんかない。


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湧いてくる気持ちをどうこうすることは出来ないけれど、あ、きたな。これだな。って感じているよね。
そしてそれだからこそ怖いという気持ちも合わせて持っていてくれている。

その幼い気持ちに蓋をしないでいてくれる。
受け容れてくれる認めてくれる。
わたしがその気持ちをかわいいよといって抱きしめてくれる。

そりゃそうよ。
甘えたりてないんだから。
だからたっぷり甘えていいんだよ。
安全な人に世界一安全な人がいつもいつもそばにいますよ? って言ってくれるんだね。

わかるよ、よくわかるよその気持ち。
そういってくれるんだね。
わたしがしてもらえなかったこと。
わたしの本心を受け止めてもらうこと。
そうなんだねと共感してもらえること。
もちろんそう感じて不思議ない。
そりゃそうだよ当然だよ。
そういってくれるんだね。


文節区切りの線


おいで、というんだ。
傷ついた心を持ったわたしに大丈夫だよといってあげよう。
おいで、大丈夫だよ。
こっちへおいで。

怖かったね。
寂しかったね。
辛かったね。
そりゃそうだよ。
当然だよ。
そりゃ辛いよ。
苦しいよ。
もちろんそうだよ。

こんなにも深い傷を抱えてよくここまで生きてきてくれたね。
ありがとう大切なわたし。
ありがとう大切な大切なわたし。


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要求が肌すれすれまで押し寄せていた環境で生きてきたのだから、それは言ってみれば当然のことなのかもしれないんだよって、そういう風にわたしのことを許してくれる。
認めてくれている。
そして受け容れてくれている。
わたしはわたしを助けだせるかもしれない。

相手の反応が全てであるかのような感覚。
もちろんだ。あなたがそう感じるのは当然のことだ。
そうであるような場所にいたのだから。
そうあることを要求され続けたのだから。
それでしか許されていなかったのだから。
命の危険を伴って。
だからこそ、癒す。癒したい。
いやしてもいいんだ。
癒されていいんだ。
わたしの時間とエネルギーを根こそぎそこへ注ぎ込んでいいんだよ。
全部使ってわたしを癒していいんだよ。

わたしがわたしの人生を全部、自分を癒すことに使ってもいいんだよ。

この大きな深い傷を、1日ではとても埋まりそうのない大きな深い傷を、わたしは癒そうとしてもいいんだよ。
そのことに夢中になっていいんだよ。
そのことだけのために生きていいんだよ。

いとしい、いとしいわたしへ
愛しています。
ありがとう。