06 | なぜ「人生をとりもどす」必要があるのか知っておく



現在あなたがいる「人生ステージ」別に、すべきことがわかれている

「あなたの人生を、自分の手に、とりもどしてゆく」
本当にしなければならないことは、これです。

あなたの「がんばり」の先を、「誰か」ではなく、「自分」に向け直すのです。

他人は、変えることができません。
でも、自分自身なら、変えることができますから。


自分自身なら、変えられる。
だからまずは、自分の人生を、安全で幸福なものに変えてゆく。

具体的には、こんなふうに、変えてゆきます。
以下、人生ステージ(ライフステージ)別に、具体例をまじえながら、「変える」イメージを見てゆきましょう。

[ 人生ステージが「学生」の場合 ]

あなたが学生なら、取り組むのが早いほど、自分をとりもどすことが容易になります。
社会に出る前であればあるほど、「自分」という感覚を、見失いづらいですから。


その「がんばり」と、正義感、強い能力。
それを今度は、自分の人生を素晴らしいものにしてゆくために、生かしてゆきます。

方向転換に気づくのが、早ければ早いほど、「残り時間がある」有利を、生かすことができます。
すぐに、取り組みましょう。
[ 人生ステージが「社会人」の場合 ]

多くの方が、社会に出てから、「人生を取り上げられた」問題の影響の強さに、気づいてゆきます。

具体的には、こんな症状を通じて、気づいてゆきます。

「がんばりすぎてしまう」
「抱え込みすぎてしまう」
「しんどい」
「燃え尽きそう」


なんのために、仕事をしているのか、わからない。
それなのに、我慢ばかりが増えてゆく。

プライベートでは、時間やエネルギーを奪ってゆく友達や、都合のいい時だけ利用する人たちに、囲まれている。
結果、疲れ果ててしまう。……一体、なんなの?


この状態を、どうするかというと、こう変えてゆきます。

ライフステージが、ひとつでも早いうちに、
「とりあげられた人生」
を、自分の手にとりもどしてゆくのです。



あなたはじき、一生ともにいる人を、決めるかもしれません。
あるいは、長くついてゆく仕事(=仕事のジャンル)を、決めるかもしれません。

でも、それがずっと、「演技」「がんばり」になってしまうなんて、つらいと思いませんか?
「自分ではない」演技の自分で、がまんをして決めたことを続けるには、その先ずっと演技が必要になります。
それは、あまりにも辛く、重い選択です。


そうしないと、維持できない人生をつくるのではなく、あなたの通常の力で、生きてゆける人生がいい。
しかも、その「通常の」ものですら、想像より、ずっと素晴らしいものになります。

なぜなら、あなたには、「がんばり」の力があるから。
今度は、その力を、自分に向ければいいのです。
[ 人生ステージが「パートナーシップ」に至っている場合 ]

同じぐらいの重要なタイミングが、交際や結婚、子育てです。

自分以外の人間に、「何かがおかしい」という、直面を強いられるパターン。あなたに、犠牲や我慢を強いて「当然」という姿勢の人と、縁を持ってしまったパターンです。

あなたご自身が、「何かがおかしい」と気づいたきっかけは、ハラスメントや問題行動など、混乱をともなう「気づき」である場合があるでしょう。
あるいは、穏やかで愛情深い環境に、自分のほうが耐えられなかった場合も、あるでしょう。

あなたはもう、
「こんなに、生きてしまった」
「すでに、関係性を築いてしまった」
と、思うかもしれません。
ですが、想像してください。

平均寿命に換算して、あなたはこの先、何十年生きることになりますか?

今までの時間だって、これほどまでに、長かったはずです。
それなら、この先「がまん」の連続で、どうするのでしょう。


同じ理由で、勇敢にチャレンジされている方々が、多々いらっしゃいます。
社会的な経験と、月日による経験があるからこそ、学習も早くなります。
「もう、こりごりだ」と感じるからこそ、「自分の人生をとりもどそう」とする力もまた、大きなものとなります。


リストで客観視できると、次に落ちる穴に、気づくことができる

こうやって、ステージ別に、具体的に書くと、
「心のことだから、私さえ言わなければ、誰にもわからない」
「私さえ、心を殺して、がまんすれば……」
こんなことでは、済まされない桁に発展することが、よくわかります。
人生ステージが上がれば上がるほど、問題は、より複雑に、込み入ってきます。

「人生を取り上げられた」人の問題は、人生ステージが1つ上がるごとに、解消しづらい、大きな現象に発展してゆきます。


「人生を取り上げられた」人の問題は、人生ステージが1つ上がるごとに、大きな規模に膨れ上がってゆく。
これが、問題の核心です。



このような具体現象が、すでに起こっているなら、未来の時間に要注意

あるいは、こんな連鎖反応に、すでに巻き込まれていたら、「人生をとりもどす」ことを、真剣に考えるべきです。

なぜなら、ひとつ前の決断の段階で、きっとこのような現象が、生じていたでしょうから。
つまり、今なんの対策もしないなら、この先も同じように、倍々で問題が込み入ってゆくことが、容易に予測できるからです。


・この会社・アルバイト先で、「まあいいか」と思った。
雰囲気的に、断れなかった。
私の何かを、変えてくれるかもしれないと思った。
→ そのまま、進路転換ができず、何年もたっている

・この人とつきあってみても、まあ、いいかと思った。
・何かがある日偶然、いいほうに転がるかもしれないと思った。
→ どんどん関係を発展させてゆかれ、気づくと、抜けられなくなっている

・状況的に断りきれないので、結婚した。
・正直を言えば、まあまあ誰でもよかったから、社会的な体裁を整えたかった。
→ すさまじく窮屈な家族関係に、巻き込まれていることに気づいた

・当たりまえのように、子どもが産まれた。
→ もはや、簡単に離婚できない状況になっている

このような状況に、心当たりがあるなら、いずれもスタートは、
「これぐらいなら、まあ、いいか」
ほんの小さな、きっかけだったかもしれません。

ところが、ほんの小さな「まあ、いいか」が、時間とともに、想像を超える結果に、膨れ上がってしまった。
これが、「人生をとりあげられた」問題の、恐ろしいところです。


ほんの小さな、「これぐらいなら、まあ、いいか」。
これが、時間とともに、信じられない桁に膨れ上がってゆく。
「人生をとりあげられた」問題が恐ろしいのは、この、倍々の悪化作用が働くからです。

何が恐ろしいかというと、こういうことが言えるから。

状況を、そのままにしておくなら、これから後も、似たようなことが、倍々の規模で起こってゆく。
そんな未来が、容易に予測できます。

しかも、どうやってそれを止めたらいいのか、途方にくれるはずです。


「人生をとりあげられた」問題は、未来を、どんどん悪化させます。
一刻も早く、「なんとかする」一歩を踏み出す必要があるのは、そのためです。

もしあなたが、「人生をとりあげられた」人なら……。
おそらく、似たような状況を、すでに、何度も体験しているかもしれません。

それなのに、強すぎる責任感と、しっかりした社会常識を持っているため、何も言わず、今も「がんばって」いるかもしれません。

もしそうなら、それは、とても辛いことだと思いませんか?


辛いなら、人生コースを変えます。
なぜなら、「人生を取り上げられた」問題は、解決可能だからです。