07 | 今度は「自分の時間を生きる」ばん。あなたの人生を、とりもどしてゆく


あなたが犠牲になった、周りの幸せはおかしい


いかがだったでしょうか。
少しは、あなたの謎が、解けてきましたか?


このメッセージの最後に、「生きる時間をとりあげられた」当事者としての私から、メッセージを送らせてください。
ささやかなメッセージですが、本音を書きます。


本当に、ようこそ


ONSA WORKSHOP を、さまざまな方法で見つけて、ここにたどり着いてくださった、あなた。
本当に、よく見つけてくださいました。


同じ体験者ですから、理解できる気がします。

あなたに、実のところ、何が起こっていたのか。
どんなことに、がまんしていたのか。

どれほど、意味がわからなかったか。
その、意味不明なことに対して、どれだけ耐えてきたのか。


がんばっても、いくらがまんを重ねても、先が見えない感じ。
どれほど挑戦しても、「ここじゃない」「これじゃない」という感じ……。



あなたが犠牲になるのは、おかしい


そんなあなたに、体験者としての私が言えることがあるとすれば、これです。

「あなたの犠牲や『がまん』を土台にして成り立つ、周りの幸せは、おかしい」


たとえ仮に、私たちの「がまん」で誰かが笑っていたとしても、あなたが、心から笑えていない。
そんな状況は、やっぱり、おかしいのです。


あなたの犠牲や「がまん」の上に成り立つ、周りの幸せは、おかしい。
それは、表面だけ “幸せ” に似たように見える、幻想です。


誰かの犠牲の上に成り立つ、誰かの幸せ。

そのようなものは、本当の幸せではありません。
長続きもしないし、ただただ、苦しいだけ。



幸せを求めるのは、普通のこと

そんな状況に、あなたご自身が、
「もう、しんどい」
「安心して生きたい」
「私だって、生きている」
こんなふうに、感じること……。

その気持ちは、なんのわがままでも、身勝手でもありません。
あなたは、正常です。


幸せを求めるのは、生命として、当たりまえのこと。


生命(いのち)。
それは、明るいほう、光のあるほう、温かなほうに向かって、自然と進んでゆくもの。

あなたという生命も、命のしくみとして、当たりまえのことをしているだけ。
幸せな状態に、向かおうとしているだけです。



いまだ、呪縛の中にいるかもしれない

ところが、私たちは言葉や、言葉にならない雰囲気で、この当たりまえを、
「わがままだ」
「身勝手だ」
こう言われて、育ちました。

そして、いまだに、目には見えない縛りのようなものから、抜け出せずにいます。


「もう遅い」はない。人生は、いつからでも変えられる


そして、ここが、きわめて重大な分かれ道です。


私たちは、自分に許した幸せのぶんしか、他人に幸せを、許すことができない。
それゆえ、自分に幸せを許さないと、幸せな他人を、人生に受け入れることができない。


自分に対して、幸せが許せない。
すると、他人の幸せが、許せなくなってしまう。


幸せそうな人を見ると、まぶし過ぎて、複雑な気持ちになってしまう。
苦しくて、一緒にいられない。

その結果、幸せそうな人を、人生から、遠ざけけてしまう。


すると次に、こんなことが起こってしまいます。

幸せから遠い人や、苦しい状況としか、一緒にいられなくなってしまうのです。

「私には、これぐらいがお似合い」
「楽しくはないけれど、麻痺した感じの落ち着きがある」
「これぐらいのひどさなら、がまんできる」
と。

決して最初から、そう意図したわけではない、その縁。
でも、その縁には苦しみや痛みがつきまとい、つらく、未来がない感じがするかもしれません。



責任をもって、自分を幸せにする

「『がまん』すれば、そこそこのものは、得られると思ったのに……」
「自分に、『がまん』を強いれば強いるほど、なぜか逆に、追い詰められてゆく」

あなたに起こっていることは、つまり、そういうことではないでしょうか。



それなら、私たちがしなければならないことは、これとは反対のことですね。

「がまん」「がんばり」にもとづく生き方を、やめる。
「この生き方はもう、これ以上無理なのだ」と、腹をくくってあきらめる。


その代わりに、本気で、自分を幸せにする。
それを、一生のテーマとする。

自分の幸せに、自分が、責任を持つのです。
死ぬまで共に生きてゆく、自分自身の幸せに、責任を持ちます。



責任をもって、自分を幸せにする

これを書いている私は、ある時腹をくくって、そうしました。
すると、人生が、文字通り一変しました。

未来のない一人の女の子から、最終的には、本の著者になりました。


今はといえば、ほどほどに健康で、ほどほどに幸せな生き方で、生きています。

自分でも、満足しています。
なぜなら、誰かから押しつけられた生き方ではなく、ひとつずつ、自分で選んだ生き方だから。


「これが理想の人生」
「憧れの人生」
肯定的な意味で、その生き方は、とっくにあきらめました。

なぜならそれは、他人の視線を意識した、自分に重心のない生き方。
自分なりの、幸せの基準があれば、わざわざ他人に、幸せであることを認定してもらわなくともよくなります。


「幸せそうに見える」ことが、重要だった

このような生き方は、かつての自分とは、大違いです。


私は長い間、幸せをあきらめて、ひねた気持ちで生きていました。
だって、何度手を伸ばしても、けっきょく、温かなものに手が届かなかったからです。


「私には、幸せな人生は無縁」
「こんな時間、いつまで続くのだろう」
そうやって、文字どおり1分ごとにため息をつきながら、生きていました。


過去なんて、どこを切っても、後悔だらけ。
だからこそ、空虚な内面を知られたくなくて、「幸せそうに見られる」ことにこだわっていました。

その結果、自分が、中身のない嘘つきのように感じて苦しかった。
どこを切っても、ひたすら、悪循環でした。



人生は、変えられる

でも、これらの悪循環はそもそも、私のせいで起こったことではなかった。
ことの全体像を知った瞬間、こんな気持ちが、込み上げてきました。

「こんなのは悔しいし、おかしいし、納得がゆかない」

納得がゆかないなら、「絶対に変えてやる」。

その決意をもとにして、今があります。


人は、変われます。
人生も、変えることができる。

あなたにも、同じことができると思う。
なぜなら、私たちには、人生を変えるための能力も行動力も、備わっているから。

あの「がまん」と「がんばり」の日々を、生き抜いてきた。
その行動力を、今度は、自分のために使ったらいいのです。



あなたには、できると思う。


あなたが、あなたの人生を生きることは、奇跡


「人生を、とりあげられてきた」

この現象のしくみや、悔しさや想いを、ひとことふたことで説明するのは、とうてい無理でしょう。
それゆえ、続きは ONSA WORKSHOP で。


続きは、ONSA WORKSHOP で、お会いしましょう。


あなたという存在が、その名前と身体で、生きている。
実は、やりたいこともあるし、意思もあるし、夢や願いもある……。

その感覚と、ふたたび出会ってゆくことは、言葉で言い尽くせないほどの、奇跡です。



「自分を、とりもどしてゆく」
それは、人生最大の、奇跡であり冒険。

主人公は、あなたです。


一緒に、あなたの人生を、とりもどしてゆきませんか?
きっと、すごいことになるはず。

その奇跡を、共に目撃するために、ONSA WORKSHOP でお待ちしています。
それでは、また。


(ONSA WORKSHOP 運営責任者 | 藤沢優月)

| ONSA WORKSHOP は「回復者」が「主催者」のワークショップ

ONSA WORKSHOP は、「元・体験者」「回復者」が主催しているワークショップ。
いわゆる「機能不全家族問題」「共依存」のテーマから、実際に回復(リカバー)した者が主催する、実践的な内容。
すでに、長い開催歴があります。

詳しい来歴は、「私たちの想い | 運営者情報」でもお読みいただけます。