07 | 力を借りる。なぜなら、解決方法は確立されているから



我慢強いあなたが、「まずい」と感じた時は、「相当まずい」

ここまで、さまざまな情報を、一緒に見てきました。
そして、同じ状況の当事者・回復者(サバイバー)としての私に、経験者として言えることが、いくつかあります。

まず、あなたが「これは、まずいかも」と感じた時。
それは、世間レベルでいえば、「相当まずい」と、言えるかもしれません。


あなたが「まずい」と感じた時は、世間レベルでは、「相当まずい」段階かもしれない。

あなたも私も、「人生をとりあげられた」人は、がまんが、でき過ぎます。
別の方向から言うならば、私たちが「つらい」と感じた時は、背負っている荷物の重さが、相当な重量に達していると言ってもいい。


とある援助者が、言っていました。

「いわゆる、世間の人は、3キロぐらいの荷物で、『重い』と言う」
「でも、『人生をとりあげられた』人は、70キロぐらいを背負って、やっと弱音を吐く」

「人生をとりあげられた」人は、がんばることや、がまんが、でき過ぎる。



心身の「助けて」のサインに、素直にしたがおう

それゆえ、こんなアドバイスが、役に立ちそうです。
あなたの心や身体が「折れる」まで、待ってはいけません。

心が「折れた」という事実を、目の当たりにしてから、行動を開始しようとするのは、やめる。
それは、「人生をとりあげられた」人にとっては、遅すぎます。

そうではなく、「しんどい」と感じた時が、行動する時です。
自分を守るために、動く必要のある瞬間です。


「しんどい」と感じたら、その時が、自分を守るために、行動する時。

人間には、身体と心があります。
そのどちらも、意味があって、動いています。

ですから、心が「しんどい」と言ったら、助けを求めます。

「こんなことぐらいで、弱音を吐くなんて」
「『がまんが足りない』と言われたら、どうしよう」
「だらしのない、甘えた人間に、なってしまうのではないだろうか」
「もう少しなら、がんばれる」
そんなことを、ぐるぐると考えなくて、よいのです。


もっと言えばあなたの身体は、もうずっと以前から、助けを求めて、悲鳴をあげているはずです。

「私のがまんが、足りないのでは?」と、考えなくともいい。
しんどかったら、素直に、助けを求めてみる。



互いに助け合うことは、普通のこと

助けを求めること、助けられること。
それは、弱い・負けたこと・人生の敗者……ということでは、ありません。

そもそも、人は、お互いに助け合って暮らしています。
それが普通で、その証拠に、人は「人間」と書きます。

人は、人の間で生き、助け合って生きている。
むしろ、私たちがなじんでいる、孤独で独り、なんでも自分で切り抜けている環境のほうが、異常なのです。

「辛くても、がまん」
「一人で耐える」
「人に助けを求めない」
「なんでも、一人で解決しようとする」
率直に言って、これは、異常反応なのです。




外からの客観的な指摘も、とても役に立つ

それゆえ、外からの指摘もまた、とても役に立ちます。
たとえばですが、ここに書かれているような、指摘です。

なぜなら、異常な環境にいて、それを「当たりまえ」と信じ込んでいるとしたら……。
他ならぬ自分で、自分の異常に、気づけるわけがないでしょう。


当事者としての私の場合も、外から、教えてもらいました。

私があなたに、こうやっていろいろ書いているように、外側から、
「それは、普通のことでは、ないかもしれないよ」
「あなたのせいではない。でも、普通でもないよ」
こんなふうに、指摘してもらったのです。


具体的に指摘してもらわなかったら、自分で気づくことは、できなかったと思います。

なぜなら、おそらくあなたもそうであるように、私の「自分を見る目」は歪みきっていて、
「これは、自分が悪いせい」
「自業自得」
「だから、もっと、がんばれるはず」
けっきょく、ここにたどりついてしまうのです。


けっきょく、「私さえ、もっとがんばればいい」に、たどり着いてしまう。
そして、そのサイクルには切れ目がなく、延々止まらない。
まさに、異常事態かもしれない。



適切な場に、助けを求める。閉じた世界に優しい風穴があいて、道がひらけてくる

当事者としての私は、あなたが今、こうやって読んでくださっているような、「科学的な」援助の場に、自分を連れてゆきました。
つまり、自分から、助けを求めたのです。

私に起こっていることを、もう経験していて、克服した人たち。
その人たちのところへ、自分を運んだのです。

その行動は、私にとって、大きな転機となりました。
なぜなら、孤独で、閉じこもっていた世界に、優しい風穴があいて、道がひらけてきたからです。



そして今、回り回って同じ思いで、ONSA WORKSHOP が開催されてています。

体験した人にしか分からない、重力がねじ曲がったような、歪みと違和感。
分かる人にしか、分からない、透明で見えない世界観。
こんな、苦しい世界から、安全で温かな世界へと、脱出してゆくためです。

孤独と異常さに気がついたら、温かな世界へ、脱出してゆこう。
それが本来、私たち「人間」の、生きるべき世界です。