09 | 割合にして、約10%。社会的にしっかりしているからこそ、気づかれづらい



「だって、やってゆけている」
「人生をとりあげられた子」現象は、社会的にも、理解されづらい

あなたや、私のような人たち。

自分に何が起こっているかに無自覚で、「自分が悪いから、こうなっている」と信じ込み、ひたすらがんばって、自分を殺しながら生きている。
社会的には、問題なく「優秀」と言われる場所に属していて、表面上は、問題がないように思える。


(あなたは、そうは、感じていらっしゃらないかもしれません。でも、「社会」を大きな版図で見た時、あなたも私も、じゅうぶん優秀と言われる場所にいます)

それゆえ、「生きづらい」と感じて、たとえば心療内科に出かけても、
「学校に行けているので、大丈夫でしょう」
「働けているから、問題はない」
と、分かってもらえない。

それどころか、自分自身ですら、何が問題なのか、わからない……。


全人口の、約10%程度。社会の「がんばりやさん」の比率と、似ている

正確な統計は、ありません。
なにせ、無自覚な人が多い症状です。

ですが、さまざまなデータから総合して類推すると、あなたや私と、同じ状況に苦しんでいる人たちは、「人口の10%程度」と類推されています。

決して、少ない数ではありません。
でも、その大半が、自分が巻き込まれていることに、無自覚だと思われます。



助けに、つながる意識がない

「自分の幼少期は、たしかに、ちょっと大変だった」
「少し、特殊な環境だったかもしれない」
「でも、がんばって、乗り切ってきた」
これぐらいの意識かもしれません。

何より本当に、「がんばって」乗り切ってきたのです。
そして今も、がんばっています。

それゆえ、心理学系の棚にも行かなければ、心療内科にも、基本的に縁がありません。
行く理由が、ないからです。


精神医学的にも、認知されづらい症状

たまたま、何かのきっかけで出かけても、薬を渡されて終わりかもしれません。
「少し休んで、眠ってください」
と。

その結果、医者にそう言われたゆえ、
「自分の大変さは、しょせん、その程度なのだ」
と、信じ込んでしまうかもしれない。

そんな診断を受けた人は、ONSA WORKSHOP に、山ほどやってきます。



「自己啓発本」の棚の周りには、山ほどいる

ところろが、とてつもなく縁があるのが、このパターンです。

「自分には、何かが足りない」
「何かが、不十分でよくない」
「だから、足りないものを補えば、幸せになるに違いない」
こんなふうに、セミナーや、自己啓発系の本棚からあなたが流入してくることを、体験者である私は、よく知っています。

私がここで、網を張っている理由が、これです。

(賢い作戦でしたか?)

決して少なくない方々が、このルートで流入してきます。


あなたが、あなたの謎をとける

もしかしてあなたは、自分にとって「正解」の場所に、たどり着いたかもしれません。
私たちに起こっていることの、謎をといてゆける場所です。



あなたが、あなたに起こったことの、謎をとく。
それはまさに、こういうことになります。

1 自分にいったい、何が起こったのか、気づいてゆく
2 自分の人生を、とりもどしてゆく
3 自分の人生を、主体的に作ってゆく

「1」をスタートすることで、自然と、「2」も「3」も、はじまってゆきます。


説明しようのない違和感であり、世界観の違い

どうも理解してもらえない、この違和感。
あるいは、この、正義感。
あるいは、怒り。

「なにかがおかしい」
という、気持ち。

あなたの世界観と、現実との、ギャップ……。
それなのに、いわゆる世間の大半の人が、同じことを、気にかけてもいそうにないこと。

どうにも、表現しようのない、違和感。
それを、ここに集っている人は、みんな知っています。


外側の体験の形こそ違っても、全員、同じような違和感を、体験しているからです。


生きる力が秀でているゆえ、「がんばって」生きてこられてしまった

ONSA WORKSHOP の回復の場に集っている方々は、あなたと同じ。

社会的に、「ふつう」。
「ふつう」どころか、優秀な人たちが、とても多い。


肩書きとしての学歴は、関係がない。
外向きの学歴が、高い方々もいますし、そうでない場合もあります。

でも、生きる力が総じて高くて、責任感が強い。
場を読む力に秀でていて、社会的には、頼れる人たちが集っています。


あなたは今、自分をそんなふうに、自覚していらっしゃらないかもしれない。
でも、周りから見れば、とてもしっかりしていて、思い悩んでいるようには、見えないかもしれません。

ごねたり、駄々をこねたりするどころか、どんな非常時でも、迷惑をかけないよう、がまんして、場を読む。
その力もあれば、ぐっとこらえる力もある。

それゆえ、心療内科の医師には、よい意味で、相手にしてもらえないのではないでしょうか。


目的は、「とりあげられた人生を、時間内に、とりかえす」

「人生を、とりあげられた子」

体験者としての私も含め、誰もが、
「助けを必要とするのは、『弱い人』」
という先入観やイメージを、みごとに覆すような人ばかりです。

おそらく、いちばん助けが必要なさそうなぐらい、しっかりしている人たちばかり。
その上で、
「とりあげられた人生を、時間内に、とりかえすために」
適切で、賢い助けが、誰よりも必要です。



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