10 | 解決の入口は、この2コース。まずは1回、試してみて



治療に加えて、「気づき」「再訓練」が、効果的であり必須

この、捉えづらく混乱した状況に、どのように具体的に、対処していったらよいのか。

一定のやり方が、確立されています。
つまり、やり方通りに進めれば、なんとかなる問題。解決可能な問題です。

この問題は、解決可能です。
もともと、あなたご自身には、なんの過失もないところから、発生している問題です。

ちなみに、ONSA WORKSHOP では、概要に記してある通り、「治療」「(治療としての)カウンセリング/セラピー」「アドバイス」等は、行なっておりません。
それは、いわゆる「人生をとりあげられた」人の症状には、あまり必要がないと感じているからです。


とはいえ、これは、治療が「まったく必要ない」という意味では、ありません。
誤解の生じないよう、かつての当事者・現在の援助者として、しっかりと定義し、ご説明・ご提案を記しておきます。


向き合い初期にあふれてくる、トラウマ的症状には、治療がよく効く

いわゆる「人生をとりもどしてゆく」初期には、治療が有効な場合が、多々あります。
そして、たいてい、とてもよく効きます。

「人生をとりあげられた」人のテーマに派生して、身体症状や、トラウマ症状がある場合。
具体的に言えば、暴力的な親であった、あるいは原家族の中に、力による暴力や、暴言があったなどの場合です。

強烈あるいは、長期にわたるトラウマ体験などがある場合は、トラウマ体験をおろす意味での、カウンセリング/セラピーが有効です。
しかも、とてもよく効きます。


残念なことに、このような受傷体験は、多くの方に「あります」。
したがって、カウンセリングやセラピー(場合によっては治療)は、人生「回復」作業の初期に、とてもよく効きます。

人生「回復」作業初期の、カウンセリング・セラピー・治療は、非常に効果があります。
同時に、これらの治療の終結は、ゴール地点ではなく、スタート地点です。

人生「回復」作業初期の、治療およびカウンセリング/セラピーはいずれも、相応の期間で完了するのが、「人生をとりあげられた」人のテーマの特徴です。

つまり、この状態が、ゴールではないということ。

最初の、物理的な大きな山を、乗り越える地点。それは、「人生をとりあげられた」人にとって、人生「回復」作業の「スタート準備が完了した」地点と、言うことができます。

このポイントを理解し間違えないことが、この問題に対処するためには、非常に重要です。

スタート地点、ゴール地点を見誤らないことが、非常に重要です。
初期の激しいトラウマ反応(ある場合)が収束した地点は、ゴールではなく、真の人生「回復」作業の、スタート地点となります。


自分の力「だけ」で、不健康に気づいてゆくことは、多分できない

「人生をとりあげられた」人の、回復テーマ。
それは、土台になる価値観が、「がまん」で塗り固められていることを、大きな特徴としています。

つまり、「がまん」以外の生き方が、よくわからないのです。


本当に、具体的に、わかりません。
健康な生き方の手触りや、実感すら、不明です。

なぜなら、体験したことが、ないからです。

体験したことのないものは、内側に、「引き出し」がない。
「引き出し」がないものからは、いくら内側を探しても、何も出てこない。

健康な生き方と、無意識に受け継いだ、「壊れた」生き方の差。
両者の人生の差もまた、言葉で具体的に説明されないと、具体的に理解できません。

「生き方」のような、形にも見えない、言葉でも説明しづらい「透明なもの」。
形のないものを「察する」ことは、現実として、きわめて難しいからです。



見たことも体験したこともない価値観を、自然発生的に理解することは、至難の技

ところで、「人生をとりあげられた」人が、これら健康的な生き方を、自然発生的に「発見」して「理解」することを、励ますような意見や方針があります。
援助者の中にも、彼らが自発的に「気づく」ことを、延々待つタイプの援助を行う場合が、多々見受けられます。

ですが、「人生をとりあげられた」当事者・経験者として言わせていただければ、これは非現実的な援助方針です。

「健康で、この現実で動作する生き方」
  ↓ ↑
「壊れていて、この現実で動作しない生き方」

この差を、自力で発見して、理解してゆくだけで、一生以上の時間がかかるでしょう。

見たことも、体験したこともない価値観。
それを、自然発生的に理解することが、できるでしょうか。
たとえるなら、それは、
「ロシア語の文法法則を、自力で発見して、会話できるようになりなさい」
そう期待しているのと、同じことに思えます。

人生の時間には、かぎりがある。
負える大仕事と、現実的に、負えない大仕事がある。

私は文筆業で、文章で説明する、専門家でもあります。
この立場から言わせていただけば、空気の中にある透明な価値観を、観察・比較分析してまとめて、文字にして説明するのは、それだけで高度な専門技術。

それなのに、この難事業を達成することを、「人生をとりあげられた」人に、自然発生的に期待すること。これだけの大仕事を、さらに負わせること。

それは、「人生をとりあげられた」人の一生の時間を、無為に棒に振らせてしまう可能性が、あるということです。
それよりなら、たとえるところの「文法書」を渡して、一緒に、新しい文法を覚えていった方が、はるかに現実的な話となります。また、痛みの少ない、幸福な選択肢ですし、実りがあります。

これが、ONSA WORKSHOP が行なっていることです。
「壊れた生き方」を脱し、「健康的で、この現実で動作する生き方」を、再訓練しています。
つまり、後天的に、学びなおしているのです。

生きる技術は、後天的に、学び直すことができる。
「人生をとりあげられた」人が学び直せる、生きる技術(ライフスキル)がある。


もともと、能力が高い。それでも、「健康な生き方」の見当がつかない

今はまだ、自覚がないかもしれません。あるいは、当初は、自覚がない方が多いかもしれません。
ですが、危険な環境を、五感をはりめぐらせて、生き延びてきた人。
それが、「人生をとりあげられた」人です。

「人生をとりあげられた」人の、観察力や察知力。それは、常人では想像がつかないほど、もともと優れています。
加えて、粘り強さや「がんばり」の力も、桁はずれています。

それらの、秀でた能力を持ってしても、「わからない」。


「人生をとりあげられた」人は、もともと、高いサバイバル能力を持っている。
でも、その能力をしても、「ふつう」「ほどほど」「健康」の感覚が、わからない。
問題は、この社会の中心となっている価値観が、それらでできていること。

「幸せ」という感覚が、わからない。
「ほどほど」の感覚が、わからない。
「健康的」という感覚が、わからない。
「楽しい」という感覚が、わからない。

この「わからない」は、本当に「わからない」のです。
しかも、「わからない(理解できていない)」ことすら「わからない(ばれない)」ように、隠して、わからないことを恥じて、演技して隠して、劣等感を抱いています。

経験的に、体験の中で学ばなかったものは、本当に「わからない」のです。
それなのに、「経験の中から探して、察して」という援助方針や提案は、とても酷です。



力を借りながら、自分で「気づいてゆく」ことなら、できる

人生の時間が、すでに、多大に過ぎてしまいました。
それゆえ、無駄なところに、努力とエネルギーを割いている余裕は、ありません。
人生の時間は、こうしている瞬間も、刻々と進んでいるからです。

そのため、あらゆる無駄と、遠道の代わりに、
「なぜ、こうなったのか」
「どうなっているのか」
その土台の構造を、「後づけの知識として」、学ぶことができます。


「後づけの知識として」……つまり、たとえるなら「文法書」のようなものを参照しながら、後づけで、新しい知識を学ぶことができます。

学ぶことによって、
「どういう理由で」
「何が、うまくいっていないのか」
「具体的に、どう、変えてゆけばいいのか」

これらの疑問を、自分の力で、咀嚼してゆくことができます。
疑問を解消してゆくことで、人生を、現実に動作する方に、変えてゆくことができるのです。

「人生をとりあげられた」人には、それが、できます。
そのための「がんばり」の力・努力できる力が、もともと、あるからです。


「人生をとりあげられた」人には、もともと、高い能力がある。
今度はその能力を、(他人のためではなく)自分の人生のために、活かす。

新しい生き方を後天的に学び、健康的なやり方で、「生きる」。

あなたが、普通に成熟した親の元に生まれていれば、普通に、そうしたこと。
今度はそれを、自分で学び、実際に試してゆくのです。

言葉を変えれば、いつのまにか取り上げられた、
「自分の判断」
「自分の意見」
「自分の価値観」
を、日々の中で、ひとつずつ取り戻してゆくのです。



ONSA WORKSHOP での入口は、3コース

そのための、ONSA WORKSHOP での入口は、この3つです。

あなたの「生きづらい」の謎が、とけてゆくかもしれません。
まずは一度、コースに参加してみてください。

参加の入口は、下記のいずれかからスタートするのが、とてもお勧めです。