2015.07月開催 「前向き表現のアサーティブ・トレーニング」ごーるどりーふクラス

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M. N. さん(40代以上/神奈川県よりご参加) ごーるどりーふ





ワークショップにご参加の皆様、藤沢様、お疲れ様でした。

ワークショップ・クラスを受けて驚いたのは、「前向き表現のアサーティブは、境界線の中に入れたい人にだけやればいい」ということでした。
私は、職場の、境界線には入れたくない人達にも前向きな表現を取っていたと思います。
それはまた、境界線がきちんと引けていない、ということになるのだと思います。
今更ですが、全ての基本は、「境界線をきちんと引く」ということなのだ、と、改めて感じました。

演習で、久しぶりに女子の皆さんと盛り上がるいうことができて、嬉しかったです。
キラキラした瞳で語る皆さんを見て、色々な人が色々なことに興味を持っていて、それが好きで、大切に思っている様子を見て、心から出ることって、自然と人を惹きつけるんだなあ、と思いました。
前向き表現をするには、まだまだ身につけなければいけないことが沢山あるので、すぐに行うことはできないとは思いますが、その一端に触れる機会に恵まれて良かったと思います。

ありがとうございました。




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S. T. さん(40代以上/岡山県よりご参加) ごーるどりーふ





「前向き表現」 
WORKSHOP を受ける前は、とにかく何でもポジティブに前向きにとらえて表現することだと思っていました。

WORKSHOP を受けた今、前向き表現はとても希望のもてることなのだと思っています。
自分にとって大切な人と前を向いてどんな小さな可能性でも見つけて選びとっていく。
そうすることを自分が選択する。
そうしていいし、そうしたい。
いま、わたしはそう思っている。


そして、この WORKSHOP でわたしは重大なことに気づくことができました。
気づかなければ「楽」だったかな~とも思います。
(↑ この「楽」は目先の楽です、はい。)

気づくって、痛いです。
気づいてしまうって、重いし、苦しい。
それでも、このところ、うすうすと…感じていました。
もしかしたら…と。
その時がきたんだ…そう思います。

このところ、
わたしは、いま心からそう思ってないのに、フリしてるよな…。
ああ、なんでこんなこと言えるんだろ…。
無理して気分を上げてるよな…。
疲れる…ホントは、こんなこと言いたくないのに…。
日常の中で、特定の誰かやある場面に遭遇した後、わたしにやってくるこの感じ…。


ワークショップ・クラス当日。
ワークをやっているここでは、素の自分だと思ってました。
優月さんに「演じている」と指摘されて、その時は??? でした。
え、まさか…。
しかも、どんな小さなことでも現状に見つけられる希望を拾う。
これは、わたしにとって得意なことなんではないかい?! と、いい気になってきていた矢先の指摘でした。

混乱…混乱しました。
言行一致と言われ、優月さんに腹を刺激され、「ここから上がってくる言葉を!」と言われ、
言葉が出ませんでした。
さっきまでは、そんなことなかったのに。

思いがけず、わたしの口から絞り出すように出たのは「怖い」でした。
相手の誘いを断る理由が「怖い」だったのです。
さっきまでは、絞り出さなくても理由が口に出せていました。
ただ…「怖い」のひとことは、断然わたしにとって重みのある言葉に感じられました。
さっきまでの理由は、自分でも突っ込みを入れられるほどのものだと感じました。
重みのある言葉の後には、飾り立てた言葉に感じられました。


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わたしは、ワークショップ・クラス後にずるずると会場にいました。
優月さんに何か言いたい? 聞いてもらいたい? 声かけてもらいたい?
自分でもどうしたいかつかめぬまま、帰るに帰れず。
もやもや、もやもや…。
結局「ありがとうございました。失礼します。」だけ言って会場を後にしました。

帰りの新幹線のなかで、わたしはワークで「演じていた」ことを実感しました。
頭が喋る言葉は、たぶんこれが求められているんじゃないかな、という優等生の言葉でした。
腹から絞り出した言葉は、わたしの言葉でした。

もう一つ実感したこと。
それは、自分で自分がどうしたいのかわからない、そんな自分を自覚したことです。
会場を去る前、わたしは自分がどうしたいのか、優月さんに何か言いたかったのか、何かして帰りたかったのか、自分でもわからずモヤモヤしていました。

過去のわたしなら、とりあえず何かしていました…たとえば、優月さんに何でもいいから聞く、そうしてもやもやを扱ってもらえるかどうか優月さんに判断を委ねる。
そんな「決められない」わたしとご対面したことを実感しました。
あいさつだけして帰ったことは、実は必要なことだったのかもしれない…そう思います。
と、同時に「とりあえず」は止めて、無理にもやもやを頭の優等生の言葉で処理するんじゃなく、自分の中から湧いてくる思いをキャッチすること…。
わたしは、もっとわたしと繋がりたい、
そう思いました。
(ここまで ワークショップ・クラス当日のふり返り)


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ワークショップ・クラスから6日間。
一日の大半を過ごす職場で、まずは自分の内側を意識しようと決めました。

すると、今までのわたしは、とにかく反応することを自分に課していたのだと気づきました。
周りで雑談が始まると、反応していました。
自分の仕事の手を止めて聞き、それなりのことを言っていました。

いや、それなりのことではなく、神経を使って相手が求める反応をしていました。
だから、いつも「相手は今、どんな気持ちなんだろう? その気持ちの原因はなんだったんだろう?
じゃあ、いまこの人が求めていることを提供してあげなくちゃ」と、自分では無意識に思考が回転しはじめていました。
相手のお世話を頼まれもしないのに、進んで自分から引き受けていました。

自己表現ではなく、他者表現(他者のための表現)をしてました。
そして、これは自分で決めるのではなく、相手に合わせる(相手に委ねる・相手に決めてもらう)が根底にあると分かりました。

ああ、わたしは自分は本当にどうしたいのかが分からないんだ…そう思います。
まずは、わたしを自分で満たすこと。
これに取り組んでいきます。


ワークをご一緒したみなさん。
過去のワークショップでもご一緒させてもらった方が多く、それぞれがそれぞれに日常の中で頑張っていると感じることができました。
優月さん & スタッフのみなさん。
今回もお世話になりました。
最後に、わたしへ。
気づきをえられてよかった。
これからも、少しずつ焦らず、やっていこう。




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A. M. さん(30代/東京都よりご参加) ごーるどりーふ





私は今回、アサーティブトレーニングというものに初めて参加しました。
私は何となく「NO」を前向きな表現に直して角が立たないように伝える方法かと思っていました。どちらかというと「交渉」を思い浮かべていたのかもしれません。

優月さんの説明を聞いていて、だんだんとそうではないことがわかってきて、しかも私の一番苦手な分野だとわかって、「あー、私にはできないかも…やだよ~! ムリだよ! ムリムリ!!!」と感じて、意識が身体を離れそうになるほどでした。

ワークショップ・クラス中は、たくさん前向き表現の練習をしました。練習を重ねるごとに慣れてきて、こんな感じならできそうだと思えました。
練習で、私は普段通りに会話をしたけれど、自分の心と口に出して言っていることが一致していたのかどうか、よくわかりませんでした。
参加者の方々と、たわいもないことをお話できたのは楽しかったです。

また、夫が私の作った食事を「うまい!」と言うことについて、なぜイライラするのかなと考えてみたら、私は自分で作った食事をおいしいと思っていないからだとわかりました。
私が私にとても厳しいことに気付きました。
夫の方が、相手の良いところを見つけようとしているのかもしれません。
何はともあれ、褒められたら素直に喜んでみようと思います。


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自分から誘ってみて断られるという練習もしましたが、やっぱり断られるのは怖いと感じました。練習なのに、相手の顔色が曇った瞬間に恐怖を感じました。「この人たちも私の誘いを断るのか…やっぱりね。」と暗い気持ちになってしまいました。

私が肯定的な表現を一番しにくいと感じたのは、仕事場での場面でした。
前向きな表現をしようと思うと、うっと言葉につまる感じがしました。今までやってきた、されてきたように、指摘から入ってしまいそうになりました。一応、「いいと思いますよ」と言いながらも、気持ちがついていっていないのを感じました。
「仕事は完璧にしないとダメ」という強迫観念があるのかもしれません。習慣の怖さを感じました。

仕事でもプライベートでも、私は提案することが苦手なのかもしれません。自分から提案するより引っ込んでいたくなります。
私は、人の失敗に厳しい、自分の失敗にはもっと厳しい面がありそうです。


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それから、前向き表現は、境界線の中に入れても良い人にする表現だということを知って、それなら安心だと思いました。
私はもしかして、今まで逆のことをしてきたかもしれません。
私が嫌いな人や恐怖を感じる人に対して、相手を怒らせないように、不機嫌にさせないようにと、前向き表現を使ってきてしまったから、仲を深めたくない人と離れられない関係を築いてしまっていたのかなと感じました。

反対に、私は私が大切にしたい人には愚痴や不満を垂れ流してしまうことが多かったかもしれません。
私の境界線に入れてもいい人を大切にするのは当たり前のことですね。今まではその関係に甘えていました。
すごく反省しました。
夫と子どもとのコミュニケーションも見つめ直してみようと思いました。まずはそこから少しずつ試してみます。


「ごーるどりーふクラス」の皆さま、お疲れさまでした。
懐かしいお顔がたくさんでうれしい気持ちになりました。
ご一緒できてよかったです。またいつかお会いできますように。

優月さん、今回、前向き表現をひとかじりしてみることができて、私の内面のたくさんのことに気が付きました。ありがとうございます。
いつか身につけられるように少しずつ、忘れないうちに練習してみます。
またお会いできる日を楽しみにしています!

スタッフの皆さま、おかげさまで安心してワークに集中することができました。いつもありがとうございます。またお願いいたします!




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M. K. さん(20代/東京都よりご参加) ごーるどりーふ





ワークショップに参加して、今まで自己主張する前に感じていた感情のモヤモヤや、主張した後の、言いたいことを言って受け入れられたのに、罪悪感があったり、もやもやする理由がわかってすっきりしました。

ワークショップ・クラスに参加する前は、自己主張の練習をたくさんするのだろう…と思ってました。
確かにたくさん練習しましたが、練習に入る前の、境界線、前向き表現のアサーティブ、交渉のそれぞれの違いや基本姿勢がとてもとてもためになったし、今までこれでいいんだろうか、でやってきたことが、あ、やっぱりそうだったかって腑に落ちて、整理されて、自分がやってきたことがある程度はこの道筋、方向で間違ってなかったんだと確認できたことは安心しました。

だけどこれを機に、自分をどんどん主張できるようになって、またそうしたくもなるかといえば、全然そんなことはなく、今までと同じくらいでまだ自分の境界線の中に入って自分を癒す、満たすが先だなと思いました。

今回のワークショップで感じたのは、自己主張をする段階よりもその前の段階で自分のことを理解していることが、数倍大事だということ。
何よりもまず、過去、子供の頃の痛みを癒さないと自己主張する前や後の感情に足を絡めとられることに、ああやっぱりなってすごく納得したんです。
インナーチャイルドワークで痛みを癒すと、抵抗なく無理なくすっと言えるようになってくる。
だけど痛みが今に影響している限り、練習でも、本番でも、相手が自分の意見や気持ちを伝えても大丈夫な人とわかってても、言いにくさと言った後の罪悪感があるんだなあって。
私のエネルギーそこにとられてたんだなってわかりました。

だからもっともっと、自分の痛みのルーツというか、痛みによってもっている考えに自分の目を開いていきたいし、自分の好きなことや興味のあることを掘り下げたほうがいいと思いました。
そうでないと、どこに一歩でるかも定められないということがよくわかりました。


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ワークショップ・クラスが終わって自分の日常を観察していると、私は今まで自分と人との間に起こる不快な出来事にイライラすることが多く、相手や出来事に目が向いていたけど、自分の問題だなとつくづく思うようになりました。
怒りっぽい人やむすっとした人に自分の思うことが言えない、だから散々心の中で批判するし、その人に対して怒り、恐れがわいていたけど、言えないからそういうサイクルになるし、言えないということには、そこに過去の痛みが埋まっていて、批判、怒り、恐れは過去と今でだぶって感じているんだと思いました。

今は対面じゃなく、二人並行のイメージで問題に解決する姿勢で取り組むということを学んだから、現実はそれで進めればいいとわかって安心です。できなくても、知っているだけでなんていうか、感情に足をすくわれる影響を減らせるから安心できてるんだと思います。
今までどんなに対面イメージだったことか…ってことですね。反省。
それでも感情にからめとられることもあるなら、今現実に起こってることではなく、過去のことが問題で、それは今の現実で関わっている人とは別で、別作業が自分の中で必要なのだと思いました。


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ワークショップ・クラスの練習中は素直に気持ちよくできる時もあれば、思ってないのに、興味あるふうに言ったなあとか、できたつもりが、なんだか顔がこわばるときもあって、無理してるときもあったんだなあと思います。
だから無理してやらないで、自分ができる時に、境界線を開けてもいいと思える人に少しずつトライしてみよう、私はやっぱりまだ過去をしょっているんだから、全然頑張ってやらなくていいよって思います。

だけど、気づけばポロポロと重いものも少しずつ取れてきた感じがして、ここ1、2ヶ月で体も心も軽くなり始めました。
日常に戻ったら、あ、言えてるって時もあったし、意識して相談してみようって思う時も、感情がまとわりつかなくなりました。
やっぱり知る、理解するって大きい。
自分の人生を安心して進めることのできる知識は、ほんとうに大切だなと思います。

私はこれからは、回復の道のりをランニングしているイメージで言うと、走りの質を高めたいなと思っているところです。
今まで自分が学んだことを再点検しつつ、もっと過去の感情にアプローチしていって解放したいな、それでまた新たなというかそもそもの自分に出会っていきたいと思うのです。
しばらくはそういう期間が続くだろうと思うけど、少しずつ今の現実を楽しんで生きる時間も余力も増やしていき、いつかは過去じゃなく今の私が全てで生きられるように変わっていたら嬉しいなと思います。
そういうふうに思えるようになったのも、今回のワークショップで今とこれからを安心して自分に基づいて生きる姿勢を学べたからです。

藤沢さん、参加者のみなさん、ありがとうございました。
みなさんそれぞれの人生が自分らしい素敵な人生でありますように。




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A. Y. さん(30代/神奈川県よりご参加) ごーるどりーふ





今回のワークショップは忘れられないワークショップになった。
そしてワークショップ・クラスを受けた後の自分の行動を褒めたい。

藤沢さんに「発達障害(の疑いがある)かもしれない」と言って頂いたことで世界の見え方が変わったね。

最初は「まさか自分が」という思い。
否定したくなる気持ちが湧いてきて、「今までちゃんと生活できてきたんだし、大丈夫」と見ないふりをしようとしてたね。

でも教えてもらった ONSA のサイトや、そこで紹介されていた先生の HP を繰り返し読んで、おすすめの本を図書館で借りて。
少しずつ読み進めて言ったら、「これは自分にもあてはまるかも」と思うことが出てきて、「あぁ、もしかしたらこれもそうだったのかも」と過去の事を思い出してきた。

そして今の職場でも、「だからああいう事は苦手だったんだ」だと分かった。
「こういうのは自分の弱いところ」だと分かると、落ち着いて「じゃあこうしよう」と行動できた気がする。

考えすぎかもしれないけど、「もしかして私のこと分かっててこういう対応してくれてるの?」と思った場面もあったね。
もし本当にそう分かってて対応してもらえているなら、私は本当に恵まれているなと思った。

そして対処方法もいくつか自然に取っていたね。
「結構やってるじゃん、自分!」と思った。

日常の事についても、ワークショップ・クラスを受ける前より意識的になってきた気がする。
「これは自分のことなんだ」という意識を持てるようになってきた。
「当事者意識がうすい」という事、なんとなく分かってきた。


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やっとスタートラインに立てた気がする。

今までも自分と向き合ってきたつもりだったけど、向き合い方が変わった気がする。
真剣味が足りなかったというか、向き合いたかったけど、向き合う方向が分かってなかったという言葉が近いだろうか。

今回のことで回復の時間が自分には必要なのだということがよく分かった。



今回、特にワークショップ・クラスの後に、「ひとりじゃないよ」スペースの皆さんの書きこみを見て、すごく勇気づけられました。

皆さんが自分の人生に真摯に向き合っている姿を見て、踏み出す勇気をもらえました。
病院に電話をして、初診の予約を取ることができました。


今回色々と振り返ることで、フルタイムで働いた2年半の間にどんなに自分が頑張ってきたのか分かったし、どれだけ人に時間を費やして自分のことをおろそかにしていたのか分かった。
そりゃあつかれるよね。

ONSA のワークショップを集中的に受けていた2年間と、そこから離れていた2年間。
保育の仕事に慣れるので精一杯だったんだろうな。

そしてだんだんと ONSA の世界から離れていくことで、いろいろなことがちょっとずつ以前の習慣に戻っていってしまったのかも。

昨年の11月から受け始めた Web. WORKSHOP。
「コース1/STEP.1」、「コース2/STEP.1(前期日程)」と受けてきて、今回の対面式のワークショップを受けられたこと。


その全てを見て今回言ってもらったこと。
「境界線のワークショップを受けた方がいい」という藤沢さんの言葉がやっと腑に落ちました。

せっかちだし、Web. WORKSHOP もどんどん進んで最後のコースまで早くたどり着きたかった。
そうしたら「免許皆伝」のような気がしてた。
2年半前一通りのワークショップを受けて、「集大成」と思ったのも同じ感じだったんだね。たぶん。

でもそうじゃない。

もう1度基礎からゆっくり学び直したい。
自分のペースを大切に、少しずつでいいから。
自分に必要なことやサポートを自分で選択していけるようになっていきたい。

藤沢さん、大切なことに気づかせて下さって本当にありがとうございました。

ワークショップでご一緒した皆様、ありがとうございました。
お声をかけることはできませんでしたが、以前対面式ワークショップでご一緒した方を何人かお見かけしたこと、直前の Web. WORKSHOP でご一緒した M さんに直接お礼を言う事ができてうれしかったです。

後半でワークをご一緒した方々へ。
後から考えると勝手に自分でイメージを作り上げて、それを他の方に共有させようとしていた所があったかもしれません。
ワーク中に嫌な思いをさせてしまって申し訳ありませんでした。

ワークショップ・クラス中に頂いた資料を何度も何度も読み返しています。
読み返すたびほっとした気持ちになります。

日々ちょっとずつ。こつこつと。

支離滅裂な長文を読んで頂きありがとうございました。




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Y. S. さん(40代以上/兵庫県よりご参加) ごーるどりーふ





今回のワークショップ・クラスでは、私の思っていた前向き表現が根底から覆りました。
私のしていたことは演技であって、私の心とはつながっていなかったのだと気づくことが出来ました。

私はあるグループワークで、否定的な独り言を肯定的な表現に変えてみるという課題で、ポジティブな表現にすればするほど、否定的な表現が強化されていくような感覚になり、モヤっとなってました。また、プレワークで感じたモヤっとや、過去に感じたモヤっとした思いが、このワークショップ・クラスで解き明かされていきました。

前向き表現とは、誰かによく思われたり好かれたりするためにするものではなく、自分の心からの気持ちを表現するものなのだと理解できました。そのためには、自分のことをしっかりわかっていないとできないことで、私はここにいつもつまづいているなと感じました。
まずは自分に集中、自分のことを掘り下げていきたいと思いました。

また、今回のロールプレイではたくさんのヒントをいただいきました。
現実では、会話が続かないことが悩みだったのですが、私は周りをみて先へつながる会話をしていなかったんだと思いました。
それは、私のことを受け入れてくれるかどうかの不安ばかりが先に立ち、自分の殻から出ていこうとしなかったから。

また、ペアワークでの私の言ったことを受け止めてくれる感覚、ミスをした設定でも、そのあとの私の存在を認めてくれる感覚は、とても新鮮な感覚でした。
ロールプレイを続けていくうちに、だんだんと楽しい気持ちになりました。
現実生活で、こういう表現ができるようになるには、自分癒しとトライ & エラーの繰り返しだと思いますが、自然とそういう表現ができるようになると本当に素敵だなと思いました。

今回のワークショップで、私の決断と自己表現で、現実生活を変えていくことが出来ると感じることができたのが、大きな収穫です。
これからも、自分とつながり続けていくことを大切にしていきたいと思います。

今回も、藤沢優月さん、ONSA のスタッフの方々、たくさんありがとうございました。
クラスのみなさん、ペアワークをご一緒していただいた方々、ありがとうございました。
以前のワークショップでお会いした方もいらっしゃって、初めての方も含めて勝手ながら、一緒に時間を共有できたこと、それぞれに回復の道を歩いている仲間がいることを感じることが出来て、とてもうれしかったです。
本当に、ありがとうございました。




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Y. W. さん(30代/愛知県よりご参加) ごーるどりーふ





この1週間は、とても長かった。

私の人生は、まだ目に見えて動いてはいない、
むしろ停滞している。

でも、水面下でたくさんのことが動き始めた。


クラスで私は、できない私に直面した。
自分の心・感情とつながって、声を出すことが、できない。

たった一言、しかもロープレ、
「カレー食べにいきませんか?」
「それ、素敵ですね」

そんなことが、まったく言えなかった。

何を言おうとしても、
「嘘ばっかり」
「誘いたいなんて、思ってもないくせに」
「素敵だなんて、わたし、1ミリも思ってない」
という反発で、心の中はぐっちゃぐちゃ。

そのとき感じた、
「あぁ、私はずっと、表面上はうまいことしゃべってても、
こんなにもたくさんの反発や否定や未消化の感情であふれているんだ」
「私は、人のことをまったく信頼してないんだ」
「人とどんなにやりとりしてても、”私は何も感じません” で、きっちりフタをしているんだ」

私はずっと、30年以上、そうやって生きてきた。
ずっと私は、わたしを演じていた。
でもそれには、ちゃんと私なりの理由と筋道があったんだ。
そのことを、体レベルで感じた。


言えた、伝わった、うまく言った。
そういうことが OK ではない、
誰かや世間にあってることが、OK でもない。

…私が、わたしのこころとつながらないと、うまくいかないんだ。

そのことを、痛感した。


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泣いて、へろへろになって、
ワークショップ・クラス後に私の心にわいてきたこと。

あぁ、もう私は、おべっか使わなくていいんだなぁ。

すとんと、心にしみた。

自分がおべっか使ってたなんて、思ったことはなかった、
でもやっぱり、私は無理してたんだな。

自分を後回しにして、人にばっかり無尽蔵にエネルギーを使い続ける、
よさそうな感情だけを切り取って、にこにこと明るくしている、
その生き方が、私は苦しかった。

でももうそれ、しなくていいんだ。

そう思ったら、ほっとした。
そのゆるんだ感じ、背中の荷物をどさっとおろした感覚、
この体感覚が、私にとっての答えだなぁって、しみじみ感じた。
やっと自分に、ほんとの意味で、やさしくなれた。


クラスで「できないよ」「むり…」と、実際に口に出して言えたこと、
本当に、よかった。

グループの方には迷惑をかけてしまったけれど(ごめんなさい)、
できない自分…私がどの年齢・状態で止まっているのかを、
ごまかしなく、体感できた。

こう言うよ、と優月さんに宣言されても「いやです」と言われたことに、
全身で、がーんとなる自分も感じた。


心とつながって話すって、こんなに重いの?
人との会話でいちいちこんなになってたら、身が持たない、
これ以上、がんばるのはもういやだ…。


「できない」を味わった直後は、そう感じた。
これが話すってことだよ! と優月さんに言われ、
もー、とてもじゃないけどそんなのできんわ…(そんなの、したくない)、
と私はうなだれた。


でも、時間が経って、

そっか、私は、私の思ったことだけを言えばいいんだ、
あれこれ、たくさん言おうとしなくていい。

もう、思ったことだけを言おう。
言いたくなければ、だまっていよう。

相手に理解してもらうことが大事なんじゃない、
相手をいい気分にすることに、必死にならなくていい、
それより、私が私の心や気持ち、意志を出すこと。

…それが、生きるってことなんだ。


うまくことばにできないけど、
でも何か、ひとつの本質をつかんだ気がする。

ずっとできなかった、「できない私になること(それを人前に出すこと)」
それができただけでも、じゅうぶん、合格点じゃないかな、
うん、よくやった。


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今回のクラスでは、前向き表現がメインテーマだったけど、
私にとっては、自分の現在地を確認する色合いが濃かった。

前向き表現の手前の、土台作りと境界線の大切さ、
それを切に思った。

でもそれを「私はあれもこれもできてない」より、
もう一歩、能動的に咀嚼できた感じもする。

日常に戻って、
・境界線を前よりすっと意識できるようになった。
(こんなにさっぱり引いていいんだ、と優月さんのレクチャーで感じた。
ニュアンスがダイレクトにわかるのが、対面の良さだと感じた)

・あ、これは人の領域だから、この人に任せよう、と手を出さずにいられた。

・罪悪感をかぶせてくるような人の言動にも、「それはこの人の境界線のことだ(ここで手を出すと、またのまれるからやめよう)」と、自分の重心を保てた。

・自分が満たされて、溢れた分を前向き表現で「人に与える」と聞いて、
「自分を満たすのが先決だから、私にはまだ先のステップかな」って思った。
 ↓
でも日常に戻ってみたら、結構自分のコップはまめに満たされるもんだなって気づいた。
波みたいに、満たされて、また少し下がって…のくり返し、
そして結構ささいなことで、十分満たされるんだなって思った。

・髪を切った人に「お似合いですね」
仕事を頑張ってくれた人に「いつもありがとう」
自転車を直してくれたお店の人に「おかげさまで助かりました」

全部、「ただ、自分が言いたくなったから」言った。
相手の反応が返ってこなくても、期待通りでなくても、ちっとも構わなかった。

「言いたい」と思えたこと、「言えた」こと、
それがただ、私はうれしかった。
気持ちがあたたかくて、ほっとした。
それでいいんだなって、思った。


それから、自分の声を聴くこともうまくなった。
『未来日記』に、ただただ感じたことや、内なる子どもの声を書いてゆく、
それをただ「そう思うんだね」と受けとめていく、
私にとっては、「そう思うんだね」の受け止め言葉がとても大事らしい。

ひと手間かけてもそれをすると、心の安定度が違う。
「わかってもらえた」ことが、私はことさらに嬉しいらしい。

そうやって心の声を聴き続け、回復に関わる本を読んで過去を振り返り…。
私は、私に認められたかったんだなって、
改めて実感する。

だから、それをないがしろにすると、すぐに不調にもなる。
立て直すのもひと苦労、
でも、麻痺して何もわからずにいたときよりはいいよね。


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今回の WORKSHOP を経て、自分のことや過去を振り返って…。
私の人生はいま、更地状態になっていってるんだなあって思う。

いらなかったもの、いらないものを見極めて、ひとつずつおろしていく、
境界線の外に出す。

なじんだものが次々になくなっていくので、焦ったり戸惑ったりもする。
もうこの先何もできないと、この世の終わりだってぐらい、ずーんと落ち込んで、身動き取れなくなる。

でも、少しずつ取り戻して、『未来日記』に向かう。
ぶつぶつ、とりあえず書く。
チェアワークする。
もらったレジュメを読み返す。

そのくり返しで、1ミリでもアップデートしていく。

そうやって、私の人生を更地にしていって、
私は、「自分を認める」習慣から、やり直していきたい。

1週間で私は、そこまで歩き通した。
そしてこれからも、コツコツ咀嚼していきたい。
1週間でまとめきれる以上の、たくさんの知識と気づきをもらったから。

大事に、一つずつ自分の心で咀嚼して、
たくさんトライ & エラーして、私の日常に落とし込んでいきたい。


優月さん、クラスメイトのみなさん、
ありがとうございました。




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N. S. さん(30代/宮城県よりご参加) ごーるどりーふ





今あるものの中から、たのしみをみつける! これが、すごく新鮮だった。私はマイナスのことしか見ない習慣がついていた。
自分をしっかりみるトレーニングも続けよう。

無視されるのが怖かった。
長女とという立場から、我慢させられることが嫌だし、不公平だと思っていた。弟や妹はわがままが許されて、自由でいいなぁと思っていた。

私は我慢するのが当たり前で、そんなのはおかしいと思っていた。
勉強も頑張って、スポーツも頑張って価値があるんだよ、私はこんなにもすごいことができるんだよって、無理して頑張った。

でもその頑張りは仕事、社会では通用しなくてうつ病になった。
本当に我が家では頑張らないと、役に立たないと認めてもらえなかった。存在してはいけない空気感があった。

私、可哀想すぎるよ。

完璧な時は、いつになってもこないよ。
だったら、完璧じゃなくても、やれることをやるほうがいいんじゃない?

何だろう? 何が好き?
お金をかけずに、楽しめることが一番すき。


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ワークショップ・クラスから少し経過して、私が私の人生を決めていいんだって実感が湧いてきた。
それは、まだ始まったばかりだけど、とても清々しい気持ちにさせてくれる。

都会より、田舎に住みたい。私の人生の主人公は私。
回復すら焦ってはいけない。それでうまくいかなかったじゃない。誰かに聞いてもうまくいかないよ。だったら、自分の中から、自分の納得のいく方法で自分で決断するしかないよ。

今やれる選択の中で、ベストを尽くそう。
生き急がないで。我慢しないで。妥協しないで。うまくやろうとないで。


このワークショップに参加して、境界線をしっかり引いて自分の内側を大切にする習慣を続けながら、自分一人で孤独に生きて行かなくてもいいんだという新たな世界を垣間見れた気がしました。

このままでいい。このまま一歩一歩です。
優月さん、ONSA のみなさん、ワークショップ・クラスでご一緒したみなさま。今回もありがとうございました。




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A. Y. さん(30代/東京都よりご参加) ごーるどりーふ





今回、「前向き表現のアサーティブ・トレーニング」のクラスを受けて思ったのは、「参加して良かった!」
これにつきます。
今回の経験がなかったら、今のわたしの回復の道もさまよいモードに突入したかもしれません。

ワークショップ・クラスの初めのうち、話の内容がわたしにとって背伸びしたものだと感じていました。
「このクラスを取るの、早すぎたかな?」と感じましたが、このクラスを取ることによって自分が次に進む方向が見えた気がしました。たまには、「冒険」とか、「チャレンジ」といった要素の選択も必要で、それがあって前に進んでいくのかなと思いました。
結果、今のわたしにとって、新たな回復の道の方向へ進む、初めの一歩にとてもいいクラスだと思い、ナイスタイミングで参加できたと思います。

ワークショップ・クラスの中での話は、初めての情報だらけ、初めての考え方だらけで、楽しいやら難しいやら、とても刺激をもらいました。
わたしは難しさのあまり、早々に、思考を停止して、体と心を開いてクラスに参加することを決めました。「投げ出した」にも近いですが、結果的に、「ラク」になる選択をしたんだと思います。

きっと、これまでのわたしなら、今までの癖で頭で理解しようと、せっせと思考を働かせたと思います。
そして、きっとクラスの話に、「わたしが、いつもやってること。知ってるよ。」と分かったつもりで聞いていたかもしれません。

でも、正直になれば、クラスでの話は、わたしにとって生まれて初めて聞くような内容でした。
わたしは、話を心で受け止められた気がします。
そんな初めての体験をしているんだから、受けている間は、
「今回は、この場にいるだけで十分だね。」
なんて思いながらいました。

ワークショップ・クラスでは、練習をたくさんしました。
用意されたセリフを言うのではなく、非言語を大切にしたそのトレーニングは、
わたしにとって、とてもチャレンジでした。

それをやり遂げて思ったのは、「楽しい!」です。
きっと前のわたしなら、難しいことだったと思います。
あんなにたくさんの回数を重ねることに、とてもしんどく感じていたと思います。
それは、自分がわからなかったからです。
心を開くことが1ミリもできなかったからです。
自分を掴み始め出した今だから、何度も練習を繰り返したとしても、楽しんでできたのだと思いました。
このチャレンジができるようになった自分の成長を誇りに思います。
非言語を大切にしたコミュニーケションの練習ができたことは、わたしにとってとても大事な経験でした。

そんなチャレンジいっぱいのクラスが終わり、クラスルームから出て外の世界に出てみれば、自分が認識していた以上に吸収していたことがすぐにわかりました。
「練習をするってすごい、対面式ってすごい!」
と、いつもの恒例行事のように、今回も思いました(笑)。
その驚きは、いつも新鮮です。


人と対面し、コミュニケーションをとったときの感覚の変化は、ワークショップ・クラス当日の休憩から始まっていました。そして、日を追うごとに、もっと言えば、人と対面するごとに、変化を感じています。

そして一番の変化を感じたのは、人と会話をすることへの恐れです。
びっくり、するくらい減りました。
自分が安心していられます。
心が穏やかにいられます。

それが何よりも嬉しいです。

まだまだたくさんの発見がありますが、それは追って、「ひとりじゃないよスペース」などを使わせていただきながら、整理していきたいと思います。
ひとまず、今のところのわたしの感想です。

今回は、クラスでたくさんの方の協力を頂きました。
皆様がいなければ、わたしの、「アサーティブトレーニング」は成り立ちません。
真剣にチャレンジする仲間がいてくれたからこそ、わたしも安心して、真剣になれました。
安心して、自分の心を表現するトライができました。
安心して、失敗をすることができました。

本当にありがとうございました!




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S. H. さん(40代以上/東京都よりご参加) ごーるどりーふ





「相互依存の世界って、もしかしたらこんな感じなのかな?」
会場で、ワークをし終わった時に感じた正直な気持ちです。
でも、あまりに心地良すぎて
「本当に本当だろうか?」
「こんな人たちがホントに実在しているんだろうか?」
「私の周りには(自分が関わっている人たちの中には)そんな人一人もいないんですけど!」
同時にそんな風にも思いました。

私は今まで、数多くの自己啓発本や講演会で話をきいては様々な方法を試したりしてきましたがどれもこれも長続きはしませんでしたが、今回の6,7月の対面式 WORKSHOP でそれがうまくいかない理由が解ったのが自分の中で一番大きかったです。
全ての自己啓発本が悪いわけじゃないんだ。順番が違っていただけ。
やっぱり心が健康じゃないとどの道躓いてしまう。そのことに、私はようやく実感をもって気がつく事ができた気がしています。


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本当に心が大切。

外側も、見栄もプライドも、不特定多数の世間の声も、そこを基準にしていたらきりがない。私は、私を誤魔化して生きていくことは、もう出来ないです。
悲しい、悔しい、いらいらする。
ウレシイ、楽しい、美味しい。
全部、全部私の気持ち。
因みに最近は、なんか違う…っていう感情がよく湧いてきています。

私は、2から99までの選択方法を知らずに生きてきたけど、自分にはまだ無数の可能性が広がっていると、今は信じたい。
みんなが前向きな、健康な大人だったら、私の毎日はどんなに楽しいだろう?
そんなことを最近、よく考えています。

毎日「私」とよ~く話をして、目指すは
「心身ともに健康な大人」
になりたいです。




タイトルはじまり目印

T. S. さん(40代以上/北海道よりご参加) ごーるどりーふ





優月さん、ご一緒いただいた皆さん、ありがとうございました。
あれからあっという間の1週間でした。

参加する前は、自己主張とは自分の境界線を守るために自分の意思を主張することと思ってました。そこはたぶん間違ってないのだけれど、自己主張することで物事を前向きに解決する、WIN-WIN を目指すというのは、思ってもみなかったです。

共依存から回復するために境界線をしっかり引こうとすると、色んな人やお誘いを断って蹴散らして、気が付けば誰もいない…? となんだか孤独な気持ちでした。
でも自分から近付くのは怖い。また共依存を引き寄せちゃうかもしれない。
そういう私に「孤立した自我の牢獄を超越すること」というキーワードはとても印象的でした。

それから、自己表現とは自分の才能や天賦を表現することというのも心に残りました。
優月さんに私の才能は「明るく前向きなところ」と言ってもらって、嬉しいのに思わず否定しそうになりながら自分でもそう思ってたんだと思い出しました。


結局は、やっぱり自分のことを十分知る必要があるんだ。
私がどんな人でどうしたいのか、それを私が自分で理解していないと、主張できないんだ。
だから、書きながら自分と向き合って自分掘りを続けていく必要があるんだなって、改めて感じました。

「おかげさまで」を言おうとすると思ったより難しく感じられたけど、なんとか1週間以内に使うことができて、実際に言ってみるとより一層感謝の気持ちを持てるように思いました。
少しずつ自我の中から出て他人に興味や関心を持てるように成長してるのかな、と自分を褒めたいです。


文節区切りの線

私が初めて ONSA WORKSHOP に参加してからまもなく5年。
早くここから卒業したいとどこかで思っていました。あと何を学んだら、何を身につけたら普通に生きられるんだろう? と思っていたかもしれません。それこそ、またしても無意識に達成を目指してました。

何を学んでも、自分と向き合うことに終わりはないし、それが幸せに近付く近道なんだと今回改めて思いました。
そして、新しい知識を学んで練習して出来るようになっていくことは、嬉しく楽しい。
だから、少しずつ色んなことが出来るようになってる自分を認めながら、諦めずコツコツと続けていこうと思います。

一緒に参加した皆さんともっと話したかったけれど、皆さんがそれぞれの場所で健気に頑張っていることを励みに、私もまた進んでいきます。
ありがとうございました。



| ONSA WORKSHOP は「回復者」が「主催者」のワークショップ


ONSA WORKSHOP は、「体験者」であり「回復者」が主催者のワークショップ。
基礎に忠実でありつつも、現実の状況に即した、実践的な内容が特徴となります。


「人生は、いつからでも変えられる」
多くの方が、プログラムをつうじて学ぶことで現状を変え、新しい時間を生きはじめています。