本題に、すみやかに入らせてください。
大変失礼いたします。
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たとえばかつて、あなたや私に、影響を与えたような方々。
その人たちは、もしかしたら、このような考えを持っていたかもしれない。
「変わること」
「それは、過去の自分の誤りを、認めることになる」
「私は、過去の自分の選択が、誤っていたと思いたくない」
「だから、それを『変える』『変わる』という行動は、受け入れられない」
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私のことに関していえば、ほんとうに無意識に、この頑なさに悩まされました。
このような、一種 “変な” 考え。
この、意固地とも言える考えが、どこからきたのか、わからなかったためです。
「自分が、そういう性格だから」
「私はなんと、頑ななのだろう」
そんなふうに感じて、ますます意固地になったり。
あるいは、自分を恥じたり。
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ところが、このように理解してゆくにつれ、考えが変わってきました。
「変わること。それは、過去に誤りを犯したから、そうしなければならない行為とは違う」
「変わること。それは、成長のプロセスで起こる、普通の現象」
人は、当たりまえに成長している。
事実、今この瞬間も。
「変わること」
要するにそれは、時間の流れに、ついてゆくというだけのことでした。
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こう理解してから、「変わる」ということが、全然怖くなくなりました。
なんだ。
私はただ、刻々進みゆく時間に、素直についていっているだけだった。
私は、「変わる」ことが、好きになりました。
積極的に「変える」ことも、大好きになりました。
むしろ、進みゆく時間についてゆけなくなるほうが、大問題ですしね。
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今この瞬間も、サナギを脱ぎ捨てている、あなた様。
きっと中から、美しい蝶の姿が現れますね。
それでは、また。
また、メッセージを書きにきます。


















