Archive List for なんのために「今」、人生と向き合うのだろう

なんのために「今」、人生と向き合うのだろう|
誰もあなたの心の孤独に、気づかないかもしれない


| なぜ、このページにお越しくださったのでしょう。
「お役に立てたら、嬉しい」
そんな気持ちで、記事をご用意しました。


| もやもやした気持ちの正体が、よくわからない

これは、いったい何なのだろう?

何かを探して、このページを訪ねてくださった、あなた。
何かを探しているのは、もしかして、こんな気持ちにさいなまれることが、あるからではないでしょうか。

どうして、他の人のように、人生を楽しめないのだろう
どうして他の人は、楽しそうに生きられるのだろう
どうして、あんなに気楽でいられるのだろう
どうして、あれほど単純で、許されるのだろう

あるいは、こんな気持ちは、どうでしょう。

なんで、すぐ立ち直れるの? 
なぜ、すぐ手放せるのだろう。反省していないの?
どうして、あんなにパッパッと、人生の決断をしてゆけるのだろう。

そうでない私には、何か「能力」的なものが、足りないのだろうか。
気にしすぎなのだろうか。

くよくよしすぎ? 
周りが言うように、いろいろ難しく、考えすぎなのだろうか……。


「あーあ……。人生が、今とは違うものに、変わったらいいのに」
「誰か、他の人の人生と、とりかえたい」


こんな気持ちにつかまってしまうことが、どれほど、あるでしょう。

もし、そうなら……。
私と、おそろいですね。


その気持ちには、理由がある

「あなたは、誰?」という話を、はじめる前に……。
せっかくです。
もう一歩、話を進めてみましょうか。

この、どうにもならない、「生きづらさ」みたいな感覚。
これを、逆から考えれば、こんなことが言えそう。

ホッとする気持ちで、安心して、温かな人生を生きてみたい。
人を過剰に気にしたり、ぴーんと緊張して、生きるのではなく。
表面上は、平気なふりをしているけれど、内心、他人の反応にびくびくしながら生きるのは、とても疲れる。

人生に肯定されていると、感じたい。
優しい人たちに囲まれながら、自分らしい、幸せな時間を生きたい。

「やってみたい」と密かに憧れる人生に、チャレンジしたい。
人生に応援されながら、生きてみたい。

何より、自分を自分で、本当に肯定したい。
自分を肯定している人たちの、あの独特の輝きと落ち着き、「オリジナル」な感じが、本当にうらやましい……。


「もう、この『生きづらい』感じは、嫌だ」
「苦しい」
「変えたい」

折々に押し寄せてくる、こんな気持ち。
その気持ちは、逆算して、あなたが本当に生きたい人生や夢を、教えてくれてはいないでしょうか。


| 誰でも、心から望む人生を、生きることができる

「恵まれた人生」は、特別な人だけのもの?

それを、一瞬にして打ち砕くのは、世間にあふれた、こんな声たちかも。

「それは、特別な人たちだけが、生きられる人生だよ」
「生まれつきの環境に、恵まれていたり、特別に、運が強かったり」

「才能があったり、人望があったり……」
「前提条件のいい人たちが、幸せな人生を、生きることができるのよ」

「いい歳をして、何を夢みたいなことを言っているの」
「そういう風に生きられる人たちは、子どもの頃から、すごい努力をしてきたのよ」

でも、どこか、納得できない。
少しでも、ヒントに近づきたい。だから、さまざまな「自己啓発本」的なものを、はしごしてきた。
「こうすれば、うまくゆく!」という考えも、実践してみた。
それこそ、ありとあらゆる種類を。

あなたも、そうですか……?
実は、私もそうでした。


その「もやもや」から、自由になれる

同じ停滞・ぐるぐるに影響されていた私の場合ですが、意外なところに、出口がありました。

それは、謎めいたものでは、ありませんでした。
それどころか、すっきりとして、隠されてもいませんでした。
何の怪しさもなく、王道中の王道。

「ああ、ここにありましたか」
みたいに、ど真ん中にありました。

しかも、これがいちばん、大事なことなのですが……。
理屈でも、体感でも、社会的にも、世界観も理解できる。

「ああ、納得できる!」
「私のことが、説明されている!」
「それなら、大丈夫だ。信頼できる」
「しかも、単に1人の人が、個人的に言っているわけではなくて、大勢の良識ある人たちが、真剣に言っていることなら……」

それが、心理学。
王道ど真ん中の、心の学問です。

心理学いわく、私たちが感じてる、これらさまざまな
「違和感」
「不思議な気持ち」
には、きちんとしたルーツと、理由がある。
理由が分かるにつれ、解決の方法も、明らかだと告げています。



私に起こった変化なら、誰にでも起こり得る

「……ところで、あなたは誰ですか?」
そんな質問が、湧いてくるかもしれません。

私、藤沢優月(ゆづき)と申します。
2003年から、本の著者の仕事をしております。代表作は、『夢かな手帳』シリーズという、時間のシリーズ。

そんな私が、なぜ、このようなメッセージを書いているか……。

なぜなら、さっきの「心理学」の一件が、人生を変えたから。
「苦しさの中を匍匐前進していた人」
から、
「望む人生を、生きる人」
へと、私を変えたからです。

だから今は、この体験を、多くの方々と分かち合っています。
誰もが、自分の望む人生を、「本当に」生きるために。



| 誰の中にも、人生をよくしてゆく力がある

がんばっている。でも、何かがおかしい

あなたに、いったん話を戻しまして、もしかしたらあなたも、私と似たタイプかもしれません。
もしかして、こんな感じの方でしょうか。

- 基本的に、がんばりやさん
– きちんと、約束を守る
– 提出物などは、期限までにしっかり出す

– 責任感があることは知っているし、
「責任感が強い」と言われる
– たとえば学生の時から、提出物など、
いわゆる「すべきこと」を、きちんと守っている

– 基本的に、待ち合わせに、遅刻しない
遅れたり、責任を全うできないと、強い罪悪感を覚える
– 社会的には、しっかりしている。
たとえば仕事を持っていたり、あるいは、子育てをしていたりなど

「約束を守る?」
「そんなことは、当たりまえじゃないの?」


そうですね。
なぜなら、多分あなたも私も、このグループに入っていますから。


周りからは、「じゅうぶん」に見えるかもしれない

まじめで、社会的にきちんとしている、私たちの人生。
「外側」から見れば、
「ふつうに、恵まれた人生」
「ふつうに、十分な人生」
に見えるかもしれません。


でも内心の、あなたの孤独や傷、空虚感。

「たぶん誰も、本当のところの私の気持ちなんて、わからない」
「『なにさま?」と言われても、でも……。内心で、私の望んでいる人生の基準には、ぜんぜん達していない」
「私の人生は、『これじゃない』」

あなたの、本当のところの気持ちや、胸を締めつけるような違和感、虚無感。
時間的には、けっこう生きてきたのに、「まだ、自分の人生が、始じまってもいない感じ」。
心の深いところにある、そのことは、誰も知らないかもしれません。



| 誰も、あなたの心の孤独に、気づかないかもしれない

どうしても、自分が「よい」と思えない

簡単な言葉で言ってしまえば、いわゆる「自己肯定感」が低い。

他の人は、なんで自信を持てたり、堂々と人生を生きていられるのだろう。周りから認められるような、抜きん出た何も、持っていないのに……。


私たちはといえば、もっとたくさんのものを、犠牲にしています。

リストにして並べてみれば、たくさんのことを、達成しているはず。
それを達成するためにかけてきた、時間やエネルギーも半端ない。

周りの役にも立つし、迷惑もかけない。
問題解決を引き受けたり、人を助ける。自分がガマンしてまで、他人を、優先する気持ちもある。

行きたいところに、旅行に行ったり。ずっと憧れていたことを、習ったり。「夢」もたぶん、それなりに、かなえてきた。

「これさえかなえば、幸せと、感じられるはず」
その時々で、あなたは折々に、そんなことを、かなえてきたかもしれません。


でも、なんで?
そんな「その他大勢の人」は、どんどん、自分の幸せを見つけてゆく。
でも、私はといえば……

- 自分という存在が、肯定できない。
– 理由はわからない。でも、自己肯定感がとても低い。……というか、その存在が感じられない。

– しょっちゅう「がんばって」、周りから評価されていないと、まるで自分が、存在していないように思えてしまう。

– ちょっと「失敗」してしまうと、ものすごく自分を責める。
冷静に考えれば、大したことではないかもしれないけれど、延々「自分反省会」から抜けられない。

– 自分は、なんて出来が悪いのだろうと、落ち込んでしまう。

「自分が、ありのままで『よい』と思えない」
「他人の目が、気になりすぎるほど、気になる」

もしかしたらこれが、「生きづらさ」の根っこにある、漠然とした感覚かもしれません。



「これは、私の人生ではない」

「これは私の人生ではない」
「何かがおかしい」
「でも、何がおかしいのか、わからない」

もしかしたら、心が、そうささやいているかもしれない。

同じ体験をしたことのある私なら、このことを、こう言い換えたいです。

生きたい人生が、きちんと存在している。
だから、それとは違うものを経験していると、逆算して、違和感を覚える。
決して、あなたの頭が、おかしくなったわけではない。

たぶん今、とても大切なことに、気づこうとしている瞬間なのかもしれません。



| この感覚には、原因も、理由もある

「理由のわからない、ぐるぐる状態」

話のイメージを、うまく共有するために。
この状態を仮に、「理由の分からない、ぐるぐる状態」と名づけましょう。
もちろん、ここだけの呼び名で、正式名称は、別にあります。

この「理由の分からない、ぐるぐる状態」問題。
大丈夫、人生から消えてゆきます。

本当です。
その変化は、私にも、起こりました。
そして、今この瞬間も、おおぜいの人の人生に、起こり続けています。

「理由の分からない、ぐるぐる状態」

この生きづらさや苦しさ、もやもややぐるぐるは、解決可能。

心理学の知識にもとづいて、状況を変えることができるので。
しかも、心理学という学問で、しっかり研究されている分野ですから、道も王道ですよ。


その違和感から、自由になれる

本当に幸いなことに、私は、この状態からの脱出者でもあり、同時に、目撃者でもあります。

かつての私は、当事者でした。
全身全霊をかけて、必死に、この「ぐるぐる状態」から、脱出しました。
そして今は、目撃者。
たくさんの人々が、この「理由の分からない、ぐるぐる状態」から脱してゆくのを、毎日、目撃している立場でもあります。


私と同じ、「理由の分からない、ぐるぐる状態」から、脱するために。弊社(ONSA)が主催している、ONSA WORKSHOP に、多くの方々をお受け入れしています。

もう一度、言いますね。
この「理由の分からない、ぐるぐる状態」からは、脱出可能。

おそらく、あなたの人生の中で、気づいた時からずっと続いている、漠然とした苦しみの状態。
息苦しくて、生命の感覚がなくて、自分の人生という実感がない。
この状態からは、刻々、自由になれるのです。



| 現状にとどまるという選択を、やめてみることもできる

同じ生きるなら、幸せなほうがいい

「じゃあ、なんですぐ、そうしないの?」
あっさり、そう言われてしまうかもしれませんが、でも、現状維持をしてしまう背景には、いろいろな理由がありますね。

怖い。
先が見えない。
「保証」がない。
「また」失敗したら、どうしよう。
いよいよ、自分がポンコツだと証明されるみたいで、落ち込んで、立ち直れない……。

私の場合は、こんな気持ちを持っていました。
怖かったのです。
何度も、それこそ何百回も期待して、失望してきたから。
代わりに、このことと直面するのを避けるように、ひたすら「自分のことはそっちのけ」状態を、作っていました。

具体的に、どうしていたかというと……。
時間やエネルギーを、他人にじゃぶじゃぶ費やして、他人の物理的なめんどうや、精神的なめんどうを見ていたのです。
「周りから見て、立派で思いやりがあること」
で、自分を忙しくしていました。


がんばれば、周りからは、感謝の言葉をもらえます。
反対に、まるで「当たりまえ」みたいな態度の人もいました。

でも、他人の態度が、そのどちらであっても。
内心私は、こんな気持ちを抱えていました。

「私は、こんなにしているのに、どうして、応えてくれないの?」
「同じものを、どうして返してくれないの?」
「どうして、私ばっかり?」

とても、苦しい生き方でした。

でも、どうやって、その
「理由の分からない、ぐるぐる状態」
から脱したらいいのかも、分からなかった。

分からないから、向き合う勇気もありませんでした。

そして、あいかわらず知っているやり方、
「他人のめんどうを見て」
「『ありがとう』という言葉や、つながりっぽいものを感じて」
「自分と向き合うことからは、(無意識に)目をそらす」
このやり方を、やめることができませんでした。


まるで「第二の皮膚」というぐらい、なじんだやり方。
私はそれしか、他人とつながる方法を知りませんでした。

でも、気持ちも現実も、どんどん苦しくなってゆきました。
必死に、ひた隠そうとしていましたが、現実も、どんどんほころびてゆきました。


これが、私に起こっていたことです。
あなたももしかして、似ているでしょうか。




なんのために「今」、人生と向き合うのだろう|
変化とは、過去を否定することではない


| 「機能不全家族問題」
それが、この「ぐるぐる状態」の正式名称


| 変化とは、過去を否定することではない

過去を、好きになることができる

ひとつ前の記事でもお伝えした通り、私は今、「理由の分からない、ぐるぐる状態」から脱して、ここにいます。

どうやって、そうするの?
どうやって、変えてゆくの?

長い長い話になります。
ですが、かいつまんで、ひとこと。

過去を、忌み嫌ったり、叩き壊すのではなく……。
今まで積み重ねてきた、あなたの歴史。ここまで生き抜いてきた、勇敢さ。それを、ひとつず手にとって、愛おしんで。そして、要るものと要らないものを、よりわけてゆくことができます。


「こうすれば、すべてうまくゆく」的な提案に、安易に頼るのではなく。
自分について学び、自分を活かす練習をし、自分の内側に、力をつける。

もし、「ためにならない、心の癖」みたいなものが、あるなら。
誰の内側にもある、「自分の人生を、つくってゆく力」を発見して、鍛えることで、そこから出てゆくことができるのです。



もっと、幸せを増すことも、できます

温かな人生を、生きることだってできる。
もっともっと、人を大切に、できるようになります。しかも、自分を犠牲にせずに。


なんの秘密も、ありません。
あなたの内側に、もうある力を発見して鍛えることで、現状や、人生を変えることができます。

いつまでも、あてになるかわからない「誰か」や「何か」を探して、うろうろと、さまよって……。そうやって、不安定な状況に、身を置いたままでいなくとも、よいのです。

あなたにも、誰にでも。
みずからの人生を善いものにしてゆく力が、備わっています。



| この状態には、正式な名前があります

正式名称は、「機能不全家族問題」

話は少し戻りまして、この「理由の分からない、ぐるぐる状態」問題。

折々の流行で、いろいろなニックネームで呼ばれていますが、正式名称があります。
それは、「機能不全家族問題」

確立された現象で、ずっと昔からある問題。
人類の歴史・家族の歴史とともに、脈々と、存在する問題です。

「理由の分からない、ぐるぐる状態」には、
「機能不全家族問題」という名前がついている
今にはじまったことではなく、歴史のある症状であり、問題


独特の「不安定さ」が、人生の土台に影響を与えた

「機能不全家族問題」とは、とてもシンプルに言いますと、こういう現象です。

愛情たっぷりの、安心安全で明るい、一貫性のある家庭環境ではなく……。
どこか不安定で、安全性や一貫性のない(うすい)家庭環境で育った。

心から安心を感じた、幼少時代というものを、過ごしたことがない。
その結果、人生の土台が不安定なまま、刻々、成長してしまった。

そんな中でも、決められたことは守り、「これが正しい」とされていることを、せいいっぱい選んできたはず。
ワガママを言わず、ひたすらがんばり、その時々を、必死で乗り切ってきた。

あなたも、そして私も。
決して、陽の当たるような意味での、「努力」ではなく。誰も知ることのない、心の奥底のレベルで、誰よりもがんばって、求められる期待に、応えてきたはずです。


土台の不安定さが、次々に「ずれ」を作っていった

ところが、人生の進みとともに、次々と、ライフイベントがやってくる。
進路を決めたり、将来を考えたり、進学したり、就職したり。
交際したり……もしかしたら、結婚したかもしれない。
その時々で、なかば訳も分からないまま、必死に、決断を積み重ねた結果……。

何を選んでも、なぜか、反対方向に進んでしまう。
「これは、私の人生ではない」
「私が、この人生の当事者ではない」
という感じが、選択を重ねるごとに、強まってしまう。


理由は、不安定な土台の上に、他人に遠慮した決断を、いくつも積み重ねたからです。

100%きっぱり、納得できる、「自分の決断」ではなく。
誰のものかわからない空気感の中、様々な人たちの思惑が入り混じる中で、一種場当たり的・その場の「流れ」……もっと言えば「逃れ」的な形で、重なった決断。

決断を「重ねた」のではない。
気づいたら、知らないうちに「重なっていた」が、実感として、正しい感覚かもしれません。



もともとは、あなたの責任ではない

違和感満載の、「ぐるぐ状態」。
どこか、借り物の人生。


もともと、この人生に対して、「これは私の人生」といったような、感覚はなかった。
自分の人生なのに、どこか、「お客様」のような感じがしていた。
いつか漠然と、自分にとっての「本物の人生」が、はじまるような気すらしていた。

この、ふわふわとあいまいな感覚の、もともとのルーツ。
機能不全の家族に、由来しています。

もともとの、おおもとまでたどってゆくと、あなたの責任で生じたことではない。
本当に。

それなのに、あなたが「その人生」の当事者であるゆえ、あなたの元に、決断の結果が、問題として降りかかってくる。
降りかかって、降り積もってゆく。

その蓄積として、違和感満載の「今」がある。
しかも、この違和感。
黙っていては、決してなくなることがなく、時間とともに、降り積もりを増してゆく。


この「機能不全家族問題」。
とうてい、言葉には言い表せないほど、理不尽な問題。
自分一人の力では、どうにもならないほど、根が深い問題です。



| 過去だけでなく、「今ここ」に影響を与えている問題

過去だけではなく、「今ここ」に影響を与えている問題。だから、やっかいなのです

さらに悪いことに、この「機能不全家族問題」。
過去の一時期に起こった問題ならまだしも、私たちを「今も」、苦しめ続けています。
つまり、日常の中で「今も」、こんなことが起こっているのです。

自分の意見やニーズよりも、
「人にどう見られるか」
「人がどう感じるか」
を、無意識に優先してしまう。

そちらの方に、より、注意関心が奪われてしまった結果……。一種、「自分がない」状態に、なっている。

他人のニーズや、他人の機嫌に、あまりにも焦点を合わせすぎてしまって、自分の心に焦点を合わせることが、できなくなっている。
どうしたらそうできるのか、さっぱり、わからない。

自分が何をしたいのか、どんな人生を選択したいのか、わからない。
どう生きたら、満ち足りるのか、わからない。
それゆえ、権威ある人の意見や、その時々に「正しい」とされる意見を、うかがってしまう。

「ノー」と言えない。
自分の人生なのに、他人の立場や意見、気持ちのほうが、大事だと感じてしまう。

自分を、どう尊重して、いたわっていいのか、わからない。
尊重して、いたわる権利が、どれぐらいあるのかも、わからない。

この、「理由の分からない、ぐるぐる状態」。

あなたが、あなたの人生を再発見して、大切に確立するまで、終わりがこない状態なのです。


| 過去を「完了する」。「今」が実感できてくる

過去を「完了する」。すると、「今ここ」に戻れる

この、終わりがない、不安定な状態。
当事者であった私が、その状態を、どうやって終わらせたかというと……。

王道です。
自分の人生を再発見して、大切に、確立し直しました。


不安定な形とはいえ、ある程度のところまで、とっくに育ってしまった、「私」という存在。

どうして、こんなことに、なってしまったのか。
この苦しさは、どうやって生まれたのか。

自分の過去や、過去の選択と向き合って、ふたたび自分を「育て直す」。それには、膨大な、時間とエネルギーがかかります。
山ほどのパワーも、必要そうです。

それゆえ、そう簡単には、現状が「問題だ」と認められない。

「今から、人生の方向転換を、するかもしれない」
そんな大きなことに、そう簡単には、向き合えない。


でも、私にはそれ以上、無理だったのです。

この、訳のわからない「生きづらさ」を抱えたまま。
誰に所属するのものかすら、よくわからない荷物を、背負ったままで。

「自分の人生」と呼べるものを生きることなく、ただ延々と、日々の時間を生きる。
朝、自分を引きずって起こして、1日じゅう、自分をおさえて生き抜く。夜になると、虚しい気持ちを抱えて、無理に自分の意識を「落とす」。
そこに、確かな実感や、満たされた気持ちはない。

他人からは、要求がどんどん飛んでくる。人生から求められるハードルも、刻々、高くなってゆく。
でも、私の人生は、誰にも本当には心を許せないまま、孤独で、ぽつんとさみしいまま。
がんばっても、なんの「いいこと」もない。


そんな時間を延々続けたまま、人生の時間が終了になるなんて、耐えられないことでした。
たった1週間ですら、果てしなく終わらない時間に感じられました。

もし、あの時、方向転換しなかったら。
あまりの時間の重さと、人生の理不尽さ。延々とした終わりのなさに、燃え尽きていたと思います。



過去と向き合い、過去をひとつずつ「完了する」

私がしたこと。
それは、サポートの力を借りながら、自分の過去と、必死で向き合ったことでした。

過去を、「投げ捨てた」わけでもない。
私に、発生の原因がなかったと分かった「黒歴史」を、消したわけでもない。
ひとつずつの過去と、ていねいに向き合うことで、過去を「完了した」のです。


みずからの過去と、向き合うこと。
それは、たくさんのパワーが必要で、重いこと。
一人ではきっと、できないでしょう。

生き抜くために、必死でフタをした、「過去」という時間。
その中には、無力感や絶望、怒り、悲しみ……さまざまに絡み合った想い出が、整理されないまま、封じ込められています。

どれほどの悲しみ、怒り、混乱、絶望が出てくるか、予測がつきません。
だからいっそ、ひとまとめに、「見ないこと」にして。そうして、蓋をしてしまったほうが、楽なのです。


でも、そんな過去をふり返って、過去を認めて。本来あるべき場所に、それを、優しく「置き直した」からこそ。

過去を、「過去とした」からこそ。
まったく新しい「今」が、スタートしはじめました。



過去が「完了する」たび、新しい「今」がはじまる

あれほど忌み嫌っていて、消したかった過去。
痛み。
混乱。
劣等感や、恥の感覚。
できれば、誰にも知られないまま、無視したままで、やり過ごしたかったもの。

向き合ったら、不思議なことが起こりました。

過去から、自由になれた。

そうしたら、私の「今ここ」もまた、自由になれたのです。
新しい人生が、はじまりました。
外側の条件が、急に、大きく変わったわけではありません。

解放されたのは、内側です。
心でした。

そして、その変化と、シンクロするようにして……。
外側の人生もまた、ゆっくりと、本心から望むような形に、変わりはじめたのです。



誰もが、幸せになるために、生まれてきた

私にとって、それは、時間の奇跡でした。
あの、重苦しい、終わりのない繰り返しの時間から、出られたのです。


そして今は、
「これが私の人生」
「これ以外に、生きたい人生はない」
と感じながら、日々を生きています。

世界のすべてが、親しみをもって、美しく見えます。
この世界は、私の居場所がある世界でもある。
未来に、希望が持てます。


本を書き、ONSA WORKSHOP(ワークショップ)を主催しているのは、こんな経験のため。
同じことを、同じ経験を抱えた方に、全霊でお勧めするため。
力づけ、サポートをするため。

そうすることで、どれほど楽になるか……。
どれほどの重荷や、終わりの見えない孤独、理不尽から解放されるかを、体験として知っているから。



たとえ、人生のさいしょに、どんな環境に生まれたとしても。

誰もが、本当に安心して、幸せな人生を生きてほしい。
そうできると知っているからこそ、そうなってほしい。

この安心の感覚を生きないで、人生の時間を終えるなんて、本当に残酷なこと。
それを、身を以て、みずから経験してみた。
「ひどい方」と「幸せな方」、どちらも。

だからこそ、自信をもって、言えることがあります。

あなたは、幸せになるために、生まれきました。
他の誰のものでもない、「あなたの人生」。その実感を生きるために、あなたは、この時間を生きています。

これは、間違いのないことです。




なんのために「今」、人生と向き合うのだろう|
あなたは、幸せになるために生まれてきた


| タイム イズ ライフ
いちばん大切なものは、時間。
時間は、命だから。


| 私は、心をこめて、私の人生のめんどうを見ます

人生を「回復」させるための情報は、隠されていない

ひとつ前の記事で、「過去は、完了することができる」と書きました
では、そのために、どうできる?
過去を完了させて、「今ここ」の時間を新しくするために、何ができるのでしょう。

何も隠されていません。

最初にお伝えしたように、心理学で研究されている分野です。
「機能不全家族問題」については、本もたくさん出ています。

専門書などを読んで、調べることも可能です。
インターネットにも、情報が山ほど出ています。
研究も日進月歩ですから、情報も、刻々アップデートされています。

ONSA WORKSHOP でも、プログラムの全部を使って、「どうできる?」の概要を扱い、説明しています。

プログラム全体を使い切るような、壮大なお話、壮大な旅となります。
ここで、簡単に説明できることでないのは、当たりまえですね。

その上で、弊社(ONSA)のサイトは、豊富に情報が掲載されているほう。
ぜひ、サイト内を、探検してみてください。
「今ここ」で変化の途上にある、先をゆく「お仲間さん」の感想等も、たくさん掲載されております。



ONSA WORKSHOP は、人生の「残り時間」を意識している

では、私は何を、お手伝いできるのか。ONSA WORKSHOP は、どんなことをサポートしているのか。

ひとことで言えば、「あなたの、人生の残り時間を、守りたい」。
同じ問題の経験者として、このことに、とてもこだわっています。


重い荷物を、背負い続けただけで、終わる人生。
それだけで、終了になってしまう、時間……。
そんなのは、嫌です。

表面上は、決して理解されなくとも。内心は、誰よりも、しんどい思いをしてきたからこそ。
ご自身の人生を「回復」させた後の時間も、十全に楽しんでほしい。
あなたらしく輝く時間を、生きてほしい。


これが、同じ体験者としての私の、切なる願いです。


あらかじめ、取捨選択して、整えてあります

必要な方の役に立つかもしれないため、もう少し、特徴を説明させてください。

ONSA WORKSHOP では、文筆業でもある私の、専門技術と選択眼を生かしました。
まずは、様々な情報を、まとめること。
あなたが、実感をともなって、「自分に起こっていること」として理解できるよう、「機能不全家族問題」に関する知識を、練って表現し、ワークショップ内でご提供しています。


いわゆる学術書は、信頼性があるのはいいことですが、とっつきづらい。
難しい。
あるいは、世間に山ほど流布している情報の、どれが信じられて、どれを捨てるべきかの判断も、難しい。

それゆえ、文筆業の技術を生かして、取捨選択。
あなたが取り組みやすいような形に、情報を整え、とっつきやすい形にご用意しています。



できるかぎり最新に、アップデートされています

自分が一度通ってきた道ですから、「回復」作業における、ワーク等の効果にもこだわっています。
「信頼性があるもの」で、かつ、「自分にとても、必要だったもの」。
そういったものを、取捨選択して、取り入れています。


また、日本のみならず、海外の最新の情報も取り入れつつ、都度最新にアップデートして、知識や解決の方向性を、わかりやすく提供。
特に、アップデートしやすい ONSA WORKSHOP(対面式)では、積極的に最新の情報をお届けしています。

これは、当サイト「著者略歴」にも記載がある通り、私自身が今でも、日本における第一線の症例検討会(のひとつ)で、毎月最新を学び続けているから。
みずからが、当事者だった時も含めて。常に、第一線の現場に身を置き続け、いわゆる「機能不全家族問題」とおつきあいし続けているからこそ、実現できる品質です。



必要十分、ちょうどいいサイズ感がいい

これらが、ONSA WORKSHOP の特徴。
難しすぎず、かといって、足りなすぎず。
かつての体験者目線で「必要十分」なサイズに、ちょうどよく、「おまとめ」してあります。

回復作業を、整理されたものにすることで、正当な「時短」をしたい。

あなたが、人生をすこやかに「回復」された後。
楽しく生きられる時間を、なるべく多く残すためにです。



| 人生の持ち時間は、譲り渡せない

「時間」が、いちばん大切な宝

人生でいちばん大切なものは、時間です。

なぜなら、時間は、命そのものだから。

あなたの時間が、終わる時。
それは、あなたの命が、終わる時です。


私たちは誰しも、この地上で、時間の上を生きています。
そして、時間の長さには、限りがあります。


時間は、1日24時間。誰にでも平等にやってくる

たとえば、あなたが今、まるで「消化時間」のような、気の進まない時間を生きていたとしても……。
「いつになったら、私の人生は、『はじまる』のだろう」
そう、ため息をつきながら、日々の時間を、過ごしていたとしても。

どういう気持ちであっても。
時間は残酷に、刻々と過ぎてゆきます。


そして、心のありよう次第で、時間の中身は、大違いになります。

時間に、限りがあるからこそ。
時間を大切にし、人生の中に、最高の想い出を刻んでゆく。
「生きなければならない」ということは、喜びにもなりえます。



自分に、時間の刑罰を課さないで

時間を生きることは、もちろん、苦しみにもなりえます。

たとえば、人生から、あなたなりの目的を、取り上げる。
そして、ただ、時間だけを与える。


目的も、意味も感じられないまま、延々と続く、生きるべき時間……。
これって、いわゆる「無期懲役」という刑罰と、同じコンセプトですね。


目的もないまま、ただガマンして、自分を責めて生きる時間は、とても苦しい。
その苦しさを、私たちは、嫌というほど知っているはずです。


あなたがあなたに、無期懲役の刑を、課してはいけない。
その刑は、あなたには、ふさわしくないはずです。


時間は、命と同じ重さ
Time is money という表現があります。
でもこれは、正確な表現では、ありません。

正確に言うなら、Time is Life(時間は、命)です。


本気で、人生を変えると決意し、行動を開始した、その道のりの先……。

「もう、疲れた。生きたくない」
が、
「生きるのが楽しい」
に変わる時間。……必ず、その瞬間が、おとずれます。

その時、泣きたくなるほど欲しくなるのが、時間。
時計の針は、二度と巻き戻すことができないからです。



| 「この人生を、幸せに生きる」ことを、夢の一つにすることができる


「自分らしい人生を、発見する」 それを、夢のひとつにできる

「この人生を、幸せに生きること」
「生きたい人生を、この人生で、『本当に』生きること」

それを、あなたの夢のひとつに、することができます。


あなたが、この人生でしたいことは、何ですか?

本気で、「その人生」をかなえる一歩。
今、踏み出してみませんか?


現状に、あなたを留め続けている、その力。
ガマンや怒り、不安や悲しみ。
同じパワーを、現状を打破して、変化してゆく力に、変えてゆくことだってできるのですから。


変化のための力は、あなたの内側に、ちゃんと備わっている

あなたにも、あなたの望む人生が、必ずあります。
それを実現する力も、内側に持っています。

それを証明するような、元気の出る言葉を、ふたつ。

なりたかった自分になるのに、遅すぎるということはない。
ジョージ・エリオット
自分が達成できない願望を、持つはずがない。
ラルフ・エマーソン


あなたを、幸せへと導く力。
その力は、あなたの内側に必ずありますから、大丈夫です。

その力を使って、あなたの夢を、あなたに実現してあげられる人。
それは、他ならぬ、あなたお一人だけです。


それでは、また。
ご縁がありましたら、ONSA WORKSHOP でお会いしましょう。





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