幻想の眼鏡を外す | 知識を学ぶこと。現象に、名付けられるようになること[2]

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「それらは、想像ほどは、小さくないかもしれない」

重ねてこれは、相場が決まっている現象のよう。

“小さく” 見積もりたかった「何か」が、想像より小さかった試しがないですよね。



だから、この行動に移ることが、重要味を帯びてきます。
しかも、できるだけの速度感を持って。

「知識を学ぶこと」
「現象に、名付けること」






名前がつけば、対処が決まる。
実のところ、それがどれほど巨大だったとしても、対処が決まってくる。



かの『聖書』も、語るじゃないですか。

「太陽の下に、およそ新しものはない」
こんなふうに。



つまり、いったん「名付ける」ことができれば、対処方法は存在する。
ほぼ、存在すると言っていいぐらいの確率で、存在する。


だから、まずは「名付ける」ことが、重要になってくる。
勇気を出し、一歩を踏み出し、学ぶことで。






学んで、名付けられるようになれば、なるほど……。
今まで、まったく無秩序に見えていた世界が、秩序だって見えてくる。

そうなるべくして、そうなることしか、起こっていないことがわかる。
それはもう、恐ろしいほどの精度で。






でもそれは、逆から見ると、恵みとも言えると思うのです。


なぜなら、つまりは、こうできるから。
起こるべくして起こっていることなら、「起こらないべくして、起こらないようにする」こともできる。


終わりがないように思える混乱から、自分を、解放することができる。
ひとつずつ、平和な時間にしてゆける。

自分の時間の中に、自分の手で、自分なりの秩序を作り上げてゆける。
これが、大きな恵みでなくて、何だろう。





それでは、今回はここまで。
また、メッセージを書きにきます。

そして、たった今この瞬間も、この道のりの上にいる、あなた様。
あなたの努力に、私からも、大応援を送っています。