時間のヒミツ | 行きたい場所と、行く必要のある場所。誰にでも、自分の場所

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時間と命がメインテーマ、文筆業・藤沢優月です。


これは、自分の話なのですが……。

人間は、「人のあいだ」と書くので、およそ、孤独に生きるようには作られていない。
ちなみに、一人で生きることと、孤立するのは、別のコンセプトだと思う。


私は今、欧州で暮らしているのですが、ここは、人を一人にしない場所。
そう、つくづく感じます。



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欧州は、日本よりもずっと、個の境界線がはっきりしています。

たとえば、私は私。あなたは、あなた。
ここからは私の領域で、逆に、これは私の領域ではない……といったような。


こういう話だけ聞くと、さぞドライなのだろうという印象かもしれません。
でも、実際は逆で、周りの温かな声掛けに、助けられて暮らしています。


そこかしこで、温かな目が、光っているのですよね。
こちらから言わなければ、特に、助けも来ない。

でも、ちょっとうかがいたいのですが……と、こちらから声をかけると、ものすごく親切に教えてくれる。



人は、世界中どこでも、みんな同じ。

小さなこと、してもらったら嬉しいことを交換しあって、暮らしている。
国籍や、話す言葉が違っても、ここでも、同じようなことが起こっています。



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ところで、欧州に「来たいから来た」というのは、自分的に、ちょっと違うと感じています。
もちろん、それもありますが、それ以上に重要な動機だったのは、これ。

「自分に、この経験が必要だと、痛感したから」


つまり、行きたかった場所であるという以上に、私にとって「行く必要のある場所だった」。
だから、来た。




「行きたい場所に行く」というのは、ある種、レジャーとも言えますよね。
そして、レジャーはやはり、どこまで行っても娯楽。


一方で、「行く必要のある場所」というのは、それとは少し、コンセプトが違う。

いうなれば、自分の中に課題があって、その場所……つまり、その経験から与えられる習熟を通過しなければ、どうしても、その先の時間に進めない。
だから、その場所で鍛え上げてもらえるであろう、経験が欲しい。


私が欧州を経験しているのは、主に、このような理由です。


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そうして日々、必要な経験に鍛え上げられる中で、痛感します。

「この成長なしには、この先の時間を、生きられなかった」



重ねて、誰もがきっと、自分の行くべき場所を持っていると思う。

「行きたい場所」ではなく、「行く必要のある場所」。
それは何となく、自分が、わかっている気がする。


私が祈りたいのは、これです。

そう望む誰もが、そのような場所に、ご縁がありますように。
自分が、真に行く必要ある場所につながることができて、人の輪の中で、成長につながる経験に恵まれますようにと祈ります。



それでは、また。
また、メッセージを書きに来ます。