[ ONSA 通信 ]の続き |「大丈夫かもしれない」ではなく、「大丈夫では、ないかもしれない」

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時間と命がメインテーマ、文筆業・藤沢優月です。


[ ONSA 通信 ]の、2026年2月号。
念のためですが、これは2月1日(ついたち)に配信となります。

今回も、メルマガ中でなら言いやすい情報を、織り込んでまいりますね。
工夫を凝らして、豊かさと安全を、守ってゆけたら。





そのような中、過去配信の[ ONSA 通信 ]に関連して、書きたかったことも山ほど。
たとえばですが、こんなことを書きたかったです。


「欧州著者地方で、おいしかったもの3選」

「クリスマスプレゼントを、ごみ収集所脇に置いた話」

(↑ メッセージつき。小一時間でなくなった)

「後日、立派なクリスマスツリーを拾った話」

などなど。


ですが、そんなこんなを思い巡らしている間に、季節は初春に。
これらの話は、また後日、機会があったらにしたいと思っています。





今回は、それよりずっと、大事なことを。

「大丈夫かもしれない」ではなく、「大丈夫では、ないかもしれない」という感覚。
これについて、[ ONSA 通信 ]2月号の中で、触れたいと思っています。




あらためてですが、日本って、前者のことが多い気がしませんか?

「大丈夫かもしれないから」
こういう感覚。


ところが、欧州著者地方は、ものごとの進め方が、真反対。

つまり、
「大丈夫じゃ、ないかもしれないから」
ものごとの進め方が、この感覚の上に成り立っている。


この1年で、そのようなシーンを、幾度も目撃してきました。
そして、私の感覚には、こちらの進め方のほうが、合っていると感じています。





要するに、欧州著者地方は、ものすごく用心深いし、注意深い。
代表的なものが、食べ物。


……いや。
考えてみれば、当たりまえのことなのですが。


だって、もし食べ物に、何か「入れられた」ら。
最悪、命が一発で終わることだって、考えられるじゃないですか。


よって、当地ではいまだ、このような空気感。
「おばあちゃんの作った食事が、いちばんおいしい」

その中には、「安心」の感覚も、織り込まれているのでしょうね。



食事は、基本的に、手作り。
作り手は値段以上に、品質を、じーっと観察しています。

これが、当地でよく見る光景。
お父さんたちが買い物カゴを手に、鶏肉を見つめている姿にも、たびたび出会います。





この、一種用心深い感覚。
もっと言えば、生命としての本能を、忘れていない空気感。

「大丈夫では、ないかもしれないから」
この感覚を土台に、ものごとを進めてゆく感じ。


これが、好きだなあと思うこの頃。
欧州著者地方で暮らすことは、ちょっとピリッとしていて、人としての、生存本能を思い出させてくれるのです。

私にはとても、合っている選択のように思っています。



それでは、また。
また、メッセージを書きにきます。

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