「時間の整理と、大まかな地図」”まずは、やってみる” | チャレンジのきろく/2025年10月11日開催

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タイトルはじまり目印

S. Y. さん(30代/富山県よりご参加)



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質問[1]
今回のワークショップに参加することで、あなたは、何を発見しましたか?
気づいたことや、意識が変化したことは、何でしょう。



「自分の本当に欲しいものに時間を投資する」という考え方を、私はしてこなかった。
よく考えることもせず、目についた良さそうなものに片っ端から時間を放り投げて使った。

それは当然、投資ではない。
他人に使ってしまったものばかりということになり、自分のもとには返ってこない。

私は、そうして時間の借金まみれの状態となり、返済する(やってしまったことの後始末をして責任を取る)ために、今後10年以上という莫大な時間を損失することとなった。


「一定年齢になっても自分の人生がない」という結果に、すでになっている。
今週は、気持ちが沈み、ぐるぐると過去を反芻していることが多かった。


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次の行動に向けて、他人に私のキャリアについて説明する機会があった。
話していると、冷静な視点から自分を見下ろすことができた。

第三者から私の人生を見たとき、「この人はいったい何がしたかったのだろう」と思えるような軌跡になっているということに気がついたのだ。
自分では、いつも何かに向かって一生懸命まっすぐ進んでいるつもりなのに、結果的に蛇行運転になっている。


やろうとしていることが自分の手に負えていた時代は、そのやり方でも直進できていた。

難関と言われる資格を取得した。
一つの趣味をとことんつきつめて、大会などで結果を残した。


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私の蛇行運転が始まったのは、時間の投資先がバラバラに分散していってからだ。
全てを掴み取ろうとして、崩壊し、全てが離散していく感覚。


だんだん、手に負えなくなってきていることに、私は薄々気がついていた。
身体感覚は緊張が強くなり、警告を放っていた。

それでも、
「やればできる。今までだってそうやって乗り越えてきた。限界など決めてはいけない。なんでもやってみたいことはチャレンジしてみるべきだ。」
と押し込めた。


結果的に、できなくなってから気がつく → 方向転換 ということの繰り返しで、蛇行運転となった。
自分のキャパシティと、自分の本当にやりたいことの理解がないことは、ここまで人生を破壊するのだ。


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自分の経歴を振り返って、第三者として問うてみる。


この人は、キャリアを突き詰めたかったの?
この人は、家庭を大切にしたかったの?

この人は、そのために、どういう人生プランで臨もうとしていたの?
何歳で、どこまで何をすることが目標だったの?

この人には、それができるだけの能力、体力、人的資源があるの?


当時の私は、その答えを持ち合わせていなかった。
そして、手っ取り早く、他人のお勧めや、「これならいけそう」というプランに乗った。

そのやり方は全く機能せず、私の人生に破壊しか与えなかった。


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直近の10年間を振り返って、大量の失敗を重ねた上で、やっとそのことに気がつく。
あのまま気がつかないでいるよりは、気がついただけ、今は多少マシかもしれない。

それでは、私は、今後10年間のライフプランについて、同じ質問に答えられるのか?
そう考えたときに、私は青ざめた。


失敗の原因には気がついた。
でも、相変わらず、私にはそれができないのだ。

今、歳を重ねた私が、結果論を元にして偉そうに書いているけど、10年前の私も、今の私と同様に、ライフプランが見えていなかった。
見えない・想像できない・わからないから、目の前のものを掴んでいくしかなかった。


そのやり方、今と何が違う?
今だって、場所が変わって、お勧めしてくれる人が変わっただけで、私は相変わらず目の前のものを掴み続けているのではないか。


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このまま自己流を続けても、人生の破壊を止めることができない。
今まで、そのやり方で十分に破壊してきたから、そのことはうっすらと想像がつくようになった。

重ねて、私はいつも真面目で一生懸命なのだ。
破壊したくてしているわけではない。


しかし例えるならば、ウサギ跳びを100周し続けた結果、膝を壊して、倒れて、周囲に迷惑をかけて、それでもなおウサギ跳びに固執するという真面目さや一生懸命さは、本人は純粋な気持ちのつもりでも、害悪でしかない。


必要なのは、なぜそのトレーニングをするのかという目標設定と、適切なやり方を指導してくれるコーチを求めることだろう。
なおかつ、コーチに依存しないことだ。

「膝が痛くなってきた、ちょっとこれ以上は無理そう」というサインは、自分自身にしかわからない。
「膝が痛いけど、コーチがやれると言ってるから、できるフリをして続けよう」という、今までのやり方からは絶対に抜けなければいけない。



質問[2]
あなたの目標......「夢をかなえる」は、何でしょう。



・生活の基盤となる収入の確保。
・客観視の機会(コーチ)を維持すること。

・自分の学び、子の教育や経験に投資できるようになること。
・「自分の学び」を勘違いしないこと。ギラギラ星的な一発逆転の学び(すぐ仕事に結びつきそうなこと)に飛びつこうとしがちだが、もっと基礎の学びに投資すること。

・権利のために戦うことを諦めないこと。今がつらいからと降伏しないこと。
・書類などのスケジュールの主導権を自分が握ること。締切のないタスクに自分で締め切りを設定できるようになること。

・週末も含めて、6割の力で日々を回していくスケジュールにすること。まとめて休む日が必要になるスケジュールにはしないこと。




タイトルはじまり目印

S. H. さん(40代以上/岩手県よりご参加)



タイトル下の線

質問[1]
今回のワークショップに参加することで、あなたは、何を発見しましたか?
気づいたことや、意識が変化したことは、何でしょう。



私はまた、「ギラギラ星」を目指していた。
氷山の一角のほうだけを、整えようとしていた。

事実から、自分自身から、逃げ続けるやり方として、結果的にそうなっていた。


私は、これが「うまくいかない」ということを、もう知っているはずだ。

何かに向かっているようには、自他ともに「見せられる」かもしれない。
でも、実のところは、自分はいつまでも満たされない。


いつもどこかに息苦しさと虚しさが付きまとってくる。
その状態では不快なので、また「なんとか」しようとする…。


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私は、今回の学びによって、同じことをくり返している自分が「重い」と感じた。

やり方は変えずに、状況が良くなることだけを願う自分の姿。
醜さも覚える。

外側の何らかを変えたことに甘んじたり、マシであるという合理化をしたりする。
その間にも、時間は確実に過ぎ去っているというのに。


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時間は、本当に限られている。その中でできることにも、限りがある。

私はすでに、この年齢である。
いまの自分のやり方では、この先ますますどうにもならなくなるのだろう。

悔しくても、悲しくても、情けなくても、これが事実。


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痛さを感じながらもこの事実を見ようとするとき、「ああ、合っている…」と感じた。
不思議としっくりくるものがある。


時間の「なさ」や、自分の「できなさ」。
認めがたいが、実情には合っている。

この事実に合わせることで、長い目で見ればきっと、私は息がしやすくなる。
そのような気もする。


私は、ここから始めなければいけなかった。
振り出しどころか、マイナスのスタート地点だとしても、私はここから取り組まなくてはいけない。



質問[2]
あなたの目標......「夢をかなえる」は、何でしょう。



私は、自分からの信頼に値する自分でありたい。

自分との約束を、すること。(予定を手帳に書く)
自分との約束を、守れるようになること。(手帳に書いた通りにやる)

空想ではなく事実に基づいて、内側の自分のほうを、着実に築いていく。
それがないことには、自分との関係性が、そもそも始まらない。




タイトルはじまり目印

S. H. さん(40代以上/東京都よりご参加)



タイトル下の線

質問[1]
今回のワークショップに参加することで、あなたは、何を発見しましたか?
気づいたことや、意識が変化したことは、何でしょう。



私は今回のワークショップを受けて、ずっと自分の「好き」や「得意」がよく解らなかった理由が、朧気ながらわかったように感じた。
また今までの自分は、お金を払って誰かに楽しませてもらいにいくことを繰り返していたのだと学び、そのことに対して単純に「気持ち悪い」と思った。

そういうことにたくさんのお金を使っていたのだととても嫌な気持ちになったし、これでは自分が本当に好きなことや興味があることなんて見つかりっこないとも思った。


文節区切りの線


私がずっと好きだと思っていたものは、どこまでが本当でどこからは思い込みだったのだろう。
食やカフェ、インテリアや北欧、台所まわりのものや食器。全てはお金がかかるもの。

一体、本来の私はどういう人間なのだろう。
そんなことばかり、最近考えている。


次に掲げている大きな目標に進むために、この問いは外せない。
逆にここを問わずして今まで何度か大きな決断をしてきたことに、改めて自分の無知と無謀を感じ、また命があって本当に良かったと心から思った。


文節区切りの線


無いものにされているけど、本当はあるもの。
そして好きだ、嫌いだと思い込んでいるもの、思い込まされているもの。

その中に自分の本当の「好き」があるのかないのか。


書き出すと途方もなく思えて来るが、「焦らず、急げ」を心に刻んで1つ1つ紐解いていきたい、そう思った。



質問[2]
あなたの目標......「夢をかなえる」は、何でしょう。



私の夢は自分の好きや得意を探し出すこと。
その上で次の目標の見通しをたてていくこと。
具体的なイメージが出来る様に調べ続けること。

これらのプロセスを楽しむこと。自分の力にしていくこと。
またこの1年間も、自分のペースで歩いて行きたいです。