2026.03月開催 「境界線ワークショップ」すまとらクラス

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タイトルはじまり目印

S. H. さん(40代以上/東京都よりご参) すまとらクラス



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私は今回のワークショップで、自分が奪われたもの、そして残りの時間で自分が全力で取り戻していくものを、改めて学ぶことができた。


私は長い間、母が人に「いい人」と見られることが最重要課題だったことに全く気が付くことが出来なかった。
私の母はいつも戸惑ったような、どこか被害者のような表情をしていて、私はそういう彼女を見る度にはじめは「自分が守らなければ」と思っていたが、ONSA で学ぶうちに次第に何故かいつも強い苛立ちを感じるようになっていた。

でも、なぜ自分がここまで彼女に対してイライラするのか明確な理由が解らず、時に大きな罪悪感を持っていた。

今回ワークショップを受けて、今の私の結論として思うことは、「私はあなた(母)のためにこんなに犠牲を払ったのに、なぜそんな顔をしているの? まだ何か足りないの?」という私の中の怒りだったのだということと、母が放つ「まだ満たされない」という非言語メッセージに私は辟易していたのだと解った。


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また、本当の境界線は「自分」だということも学び、今の私の周り(特に職場)では境界線がほぼフルオープンな人が多く、そういう優しさを多く求められやすい環境下であることにも気が付けた。

私は自身のキャパが狭いので、もやもやを感じた時も「普通はもやもやしないのだろうな」と捉える癖があるのだが、もっと引いて見て俯瞰して考えていく必要があると強く感じた。


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私は、私を取り戻したいし、残りの時間は全て自分のために全力を尽くしたい。

健やかに生きて、美味しく食べて、ぐっすり眠る。
そして思いっきり笑って、楽しい思い出をたくさん作りたい、そう思った。


ご一緒してくださったお仲間さんへ。
今回もありがとうございました。

またお会いできることを楽しみにしています。




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M. K. さん(40代以上/福岡県よりご参加) すまとらクラス



タイトル下の線


ワークショップに参加して、私は余白や軽さ、静けさの感じが欲しいのだとわかった。

以前と違ってふりかえりの時間をしっかりとれるようになったけど、まだ私の凝り固まった信念や古くなった思考パターンがうるさい。
ただ、あることをそのまま感じればいいのに、「今ここ」にいることが難しいんだなと思った。


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チェアワークをしてできた2つのイメージ、何もない静かな夕焼けの海とみんなでピクニックをしているイメージ。
どちらも私の大切な価値感が絵になっていると思う。


以下宣言。

・私は私と向き合う時間を大切にします。
・私はあたたかいつながりの中で自由でいられることを大切にします。

この2つを今から先しばらくの間の目標にしようと思った。




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A. M. さん(30代/愛知県よりご参加) すまとらクラス



タイトル下の線


私は今回のワークショップを受けてから、自分のことを振り返りました。
私は生まれてから何十年も、母親の境界線で生きてしまいました。

私の好きや選んだものは、本当に私が選んできたのか、親の希望ではなかったのか思い返してみました。


たとえば私が子どものころに好きだった読書は、親が本を読むと喜んで褒めてくれたのが最初でした。
子どもの私は褒められてうれしかった。

私がひとりで大人しくしていて、お金のかからないこと。
母親からみて、立派なことだったので本だけは与えられました。

図書館にも定期的に連れて行ってもらえました。
だから読書は続けられました。

そんなふうに習い事も私が選んだのではなく、親がやらせたことでした。


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私が興味があってなりたいと思っていた職業も、親がそれなら許してくれたから選んでいました。
私は自分が最初にぼんやりと感じた、好きとかやりたいことを言葉にする前に、親のやらせたいことが自分の好きでやりたいことだと思うようになっていました。


私は私が思っていたよりも、100倍以上自分がないことに気づきました。
ワークショップの中でも自分がないと口にしましたが、だんだんその度合い深刻さがわかってきました。

私は自分の軸がないから、何も決められません。
本当に何もないから、どうしたらいいかわからないのも当然でした。


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私はこの何もない事実が重すぎて、考えると涙が出ます。
今も受け止めるのがつらくて、普段は自分の中で少し距離を置くようにしています。


私は今から自己理解をしなくてはいけない、この事実が重いです。
正直八つ当たりをして、投げ出してしまいたいです。

今更この年齢で自覚するのは、苦しくてたまりません。
でも私はぐるぐると頭の中で、怖がり続けるのもやめたいです。


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私はもっと安心して生きられるようになりたいです。
むなしさでいっぱいになるのは、もうやめたいです。

私はもっと自分のことが知りたいです。
私が思っていた自己像が、誰かの押し付けと私の我慢なのかわかるように思い出したいです。


からっぽのままではなく、私を取り戻したいです。
そのために自分の対話を続けたいです。




タイトルはじまり目印

T. S. さん(40代以上/北海道よりご参加) すまとらクラス



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「境界線ワークショップ」に参加する度、私は自分の境界線が少しずつ強くなるのを感じている。
今回のプレワーク中に、私は業務の中で境界線をあっさり譲って失敗した。

相当もやもやした後で、私は自分のスタンスの問題と気が付いた。


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以前ワークショップで聞いた「境界線は、徹頭徹尾自分の問題」という優月さんの言葉を、何度も思い出す。

私には当初から違和感があって、私は土足で踏み込む人にただ NO と言えばよかった。
だから、立ち止まって、即返せずに、時間を置いて冷静に対応する。

プレワークの課題通りに、私は基本を丁寧に練習すると決める。
盛大に失敗しても、そこから学んで、私は自分の境界線をもっと鍛えていきたい。


文節区切りの線


私は今回のワークで、「時間の整理」を優先順位の1番に置いた。
ワークショップの中でお仲間さんからシェアされた振返りの方法に、私は大きなヒントと気付きをもらった。

私はどうしたら自分のしたいこと、しなくてはいけないことが、自分なりのペースで入れられるのかを模索している。
優先順位が苦手で、折り合いをつけるのも難しくて、途上というよりまだ道の手前。

自分に合った時間を見つけるために、私も真似しながら自分の答えを探していこうと思った。


早速週明けから試してみると、私に合っている時間は心地よく、丁寧に振返ることでも色々と発見があった。
週末に1週間を振返ると気付きが多く、自分の時間をよりよく変えていけることが嬉しかった。


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私はここ最近、考える時間の中で使うリストに迷っていた。
メモがあちこちに分散して、整理しようと思いつつ、どうしようか悩んでいた。

ワークショップで今回作ったリストに書き足していけばいいと教わった。
これからこのリストに書き出し続けて、自分の頭を整理していこう。


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私が自分の人生に意図を持てば、そのためのヒントは見つかる。
「意志あるところに、道は開ける」と実感する。

だから、自分はどうしたいのかを考え続ける必要があると、つくづく思う。


学んだことを私は早速試して、自分なりの答えを探す。
そして、私のものにしていく。

それを日々繰り返していくことが近道と、改めて思う。


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私は自分の時間と向き合っていくと決めて、改めて日々取り組んでゆく。

何度失敗しても転んでも、諦めずに続けていこう。
道はきっと開ける。


お仲間さん、優月さん
今回も貴重なヒントとアドバイスをありがとうございました。




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H. M. さん(40代以上/福島県よりご参加) すまとらクラス



タイトル下の線


今回のワークショップで、自分の子ども時代に起きていたことと、自分が子どもにやってきてしまったことの理解を深められた。

人生を作っていく大事な子ども時代を破壊されることは、自分の人生を生きられなくなるということ。
そしてそれは、子どもにとって残酷な人権侵害であること。


子ども時代を破壊された子どもは、受けた被害を何かによって簡単に回復するということはなく、子どもがそれから回復しようとするなら、被害を受けたマイナスの地点からのスタートになる。

自分が受けた被害について知る努力をし、持たされてしまった害になる考え方や処世術を手放し、本当に自分を幸せにしてくれる考え方や処世術などをゼロから学び、練習し、積み重ねていかなくてはならない。
それをするには、時間も手間もお金もかかる。


そして、それは本当だったら子ども時代に親に温かく見守られ、応援されながらできているはずのことで、人生の最初からできていて当たり前のことだった。

そこを丸ごと奪われるということは、本当にあってはならないこと。
決して許されるようなことではない。


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私は、そのあってはならないことをしてきてしまった。
しかもつい最近までその自覚も持てていなかった。


親として子どもに、自分の境界線を大切にして自分の人生を豊かにしていくことを教えてこられなかったことが、今もこれからも子どもたちの人生に悪い影響を与え続けてしまうことに納得し、本当に申し訳なく感じている。

せめて、ここからはさらなる害を与えない自分にならなければならない。


文節区切りの線


今回また、自分は自分が考えているような人ではなかったことを根拠をもとに伝えていただき、認識がそれに合ってきた。
そんなつもりはなくても、行動から考えると自分はそうなのだと納得した。

愛、親切=免責ではないことをしっかり心に留めたい。
今回学んだ境界線について、また忘れてしまわないように復習しながら、自分を律していきたいと思う。


今回も自分では気づけない大事なことについて真剣に伝えてくださり、ありがとうございました。




タイトルはじまり目印

M. S. さん(40代以上/兵庫県よりご参加) すまとらクラス



タイトル下の線


自分の良くなかった行為のことを思うと、嫌な感じしかしません。
その嫌な感じをここしばらく感じ続けていました。

それを人にしていたのだから、その結果を受け取るのは、何に置いても普通のことなのだと思います。
親切心を裏切り汚すようなことだと思いました。

そして、そのときは故意に嫌がらせしようとは決してしてはなかったことを、返って恐ろしく思っています。


文節区切りの線


どの場面においても、自分の中の謎の方程式があることに気づき、書き出しました。

そうではないよと何度も言葉で伝えられたときには、冷静に見て、そうじゃない、それはおかしいこと、と頭ではわかって理解できていたことと、自分の中にあり、これがそうで、こういう思い込みで見て動いていたのだと感じることは違うことなのだと一つわかりました。

やはりわたしは、周りの人にずいぶん甘えてきたのだと思います。


文節区切りの線


また、まだどうにかしようとすることが、もう良くないし、そもそも最初から、最初より既に前から良くなかったのだと思います。

何とかしたくてやってきたことを、チリ一つでいいからどうにか拾い集めたい、何もないなんて耐えられない。
そうしがみついていたけれど、それはやるべきことではないと思いました。

耐えられないことのほうが自分が持つものなのだと思います。
それを認めることだと思います。

毎日ごめんねとこれから唱えながら、未熟なままやっていくしかないと思いました。


文節区切りの線


能動的な、何がしたい、何をする、は出てきませんでした。
それを持つことが、わたしにとっては今は問題のようにも感じました。

もしくは、それが当たり前の結果のようにも思いました。

最後練習した言葉は、それが人の額に貼ってあるのだと確認する練習になりました。
今回も、ありがとうございました。



| ONSA WORKSHOP は「経験者」が「主催者」のワークショップ


ONSA WORKSHOP は、「経験者」であり「回復者」が主催者のワークショップ。
そのため、基本に忠実でありつつも、現況に即した、実践的な内容が特徴です。


「人生は、いつからでも変えられる」
多くの方が、プログラムをつうじて現状を変え、新しい時間を生きはじめています。