2026.03月開催 「変容ワークショップ」もかクラス

Pay Forward



タイトルはじまり目印

S. H. さん(40代以上/東京都よりご参加) もかクラス



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私は今回のワークショップで、自身の悪癖は母の生き方が強烈な強さで影響していたのだ、ということを大分理解できてきた。
同時に、母の処世術やされたこと、生前の彼女のことを色々思い出した。

というか、色々なことがこれでもか、と次々に湧いてくるという表現の方がしっくりくる。
きっとまだまだ出てくるだろうと思った。


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私の両親は、常に他人の目を一番に考えて生きてきた。
母は、「いい人」と見られるためだけに生きて、そして亡くなった。

私はずっといつもどこか辛そうな、戸惑った表情の母を守らなければと思っていたが、回復作業を始めて数年後には、母と距離をとるようになっていた。
メールも電話も一切無視をしていた。

叔母経由で連絡を欲しがっていると言われたことも何度かあったが、叔母には「解った」と言って、それでも一切連絡はしなかった。
幸い私の母は、粘着質タイプではないので、絡んでもこないし職場に急に現れるのでは、という心配もなかった。


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でも、何故かただただ重かった。
遠くから常時何か念のようなものを送りつけられているイメージで、私はいつも母のことを想い出す度にイライラしていた。

そんな時、母の病気が見つかり、そしてコロナ騒動が起きた。
流石に放っておけなくなり、久しぶりに会った母は見るからに痩せこけて、私は強い罪悪感に駆られた。


それから、母と関わるほぼ全ての人の口から「お母さんは本当にいい人」と言われ続けた時、私は「自分は何か間違っていたのかな」と毎日涙が止まらない状態に陥った。

看取りまでの数か月、私の時間を全て母に費やし、その間は自分を振り返ることも、きちんと休ませることも、食べさせることもせず、帰国した兄と叔母と3人で母のために自分の時間を使った。


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そんな母が亡くなり数年が経ったが、今回改めて母のような人が持っている歪んだ考えを学んだ。
そして今の私の暫定の結論になるが、私の母は子ども(私と兄)以外の人には、事実本当にいい人だったのだろう、ということ。

そして他人にいい人だと思われるような行為を、ある意味で同じように私や兄にもしていたのだろう、ということ。
要は子どもにも「いいお母さん」と見られるために本当の私を見てはくれなかったのだろうし、見ようという考えにも至らなかったのだろう。

だから、生き方のローモデルを示してはもらえなかった(示す能力が無かった)。
きちんと叱られた記憶も無いし、愛情を感じたことは一度だって無かった。

何というか上辺だけの体裁を整えるように、子どもと接してきたのではないかなと思う。


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私は、そうやって巧妙に自分自身を取り上げられてきたのかと思うと、改めてやるせない気持ちになった。
と同時に、母のような死に方だけは絶対にしたくないという決意の様なものを感じた。

だって、他人から見た良い人は他人にとって単なる都合の良い人と同義なのだから、冗談じゃないと思う。


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また、今回のワークショップで学んだことのほぼ全てが、=私であり、元を辿れば母由来であることも以前より深く理解できた(もちろん自分の特性もある)。

私は、母のような生き方はしたくない、というかもう無理。
自分で努力をして、事実出来ないことが出来るようになる方を選んでいきたいし、妄想で時間を費やしたくはないし、フワフワした世界で生きるのは不安しかない。


私は、事実をベースに考える方法をとりたい。
私は、実在する身体を使って(動いて)やりたこと、夢を叶えたい。

私は、もっともっと自己理解を深めたい。
自分を知って、出来ることを増やし、誇りが持てる生き方の方へ完全移住したい、そう思った。


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ご一緒してくださったお仲間さんへ。

今回もありがとうございました。
またお会いできることを楽しみにしています。




タイトルはじまり目印

C. W. さん(40代以上/埼玉県よりご参加) もかクラス



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私へ

春の ONSA WORKSHOP(対面式)で、自分が今迄巻き込まれてきたもの・自分自身の持つ癖・これからやっていくことに向き合わせてもらったね。
この日常の中、1人ではとても出来ないことだと思う。

ワークショップ・クラスの後、今回は特に身体に応えた。

言いたいこと・気付いたことは沢山あるのに、いつにも増して中々まとまらなくてもどかしさを感じている。
それでも、今書けることを書こう。


改めてなんてことに巻き込まれていたのかと思う。

私は、何かを知っているつもりでいた。出来るつもりでいた。
でも、こんなに年を重ねているのに、私は驚くほど生きるということを知らない。

anima のレクチャーの時、「土台を変えるワークショップ」で感じたことが思い返された。


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実際に「やらなければならないことリスト」「やりたいことリスト」を書いてみて、書ききれないほどの「やらなければならないこと」の多さに気が遠くなった。

そして、今でも私の中で「やりたいこと」は「やらなければならないことを全てやって、人に迷惑をかけず、人の気に障らず、人からの許可があればやっていい贅沢品」になっていると気付いた。


それに「それが職業につながる訳じゃないし」というおまけまで付いている。
これじゃ怖くて何も出来ないと思う。

…これって、私の子供の頃からのパターンじゃなかったか?


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「やらなければならないこと」はきっと一生なくならないし、私のやりたいことは人に迷惑をかけるようなこと?
私はやりたいことをせずに一生を終えていいの?

それは、嫌だ。


同時に、現実対処も必要なことは、身に染みている。
だからこそ、と書くと言い訳になるけれど、出来ないと分かっていても私は自分にマルチタスクを求める癖がある。


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今年はただでさえ期限内にやらなければならないことが多いのに、一体私は自分に何をさせようとしていたのか?
私は又同じところで足をとられて、同じところを回っている。

これではいけない。
私が自分自身を傷つけてしまう。

我に返らせてもらって良かった。


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私は、自分が書いた「直近でやること」に何となくモヤモヤが残った。
いつもより早めに眠って起きた後、ふと気付いた。


私が真っ先にするのは、毎日6~7割の安定した体調で過ごせるようになることじゃないかと。

私がやりたいこともやらなくはいけないことも、この土台がなければ実現出来ない。
その為には、時間管理をもっとしっかりさせることが必要だ。


私がすることは、基礎のことが出来るようになること。
現実対処とやりたいことの両方をやること。
「まずは1つ」が出来るようになること。

私は、私に取っての価値・豊かさを確認しながら、自信と誇りを持って生きたい。


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優月さん、お仲間さん
この PAY FORWARD は、「春の基礎勉強会[だいだい会]」「境界線ワークショップ」「変容ワークショップ」をまとめて書かせていただきました。

今回も力強いサポートと気付きをありがとうございました。



| ONSA WORKSHOP は「経験者」が「主催者」のワークショップ


ONSA WORKSHOP は、「経験者」であり「回復者」が主催者のワークショップ。
そのため、基本に忠実でありつつも、現況に即した、実践的な内容が特徴です。


「人生は、いつからでも変えられる」
多くの方が、プログラムをつうじて現状を変え、新しい時間を生きはじめています。