2026.02月開催 「トラウマケア・セッション」りんでんクラス(Special PAY FORWARD)

Pay Forward



タイトルはじまり目印

S. H. さん(40代以上/岩手県よりご参加)



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[1]
あなた様の問題は、大まかに言うなら、どのような主訴でいらっしゃいましたでしょうか。



私は、自分が幸せで豊かであろうとすることに、どこか抵抗を感じているように思います。

自分にはそのような資格がないとか、うまくいくはずがないとか、どうやってやるつもりなの? といった詰め寄られる心地がします。

私はずっと、こんな自分を好きになれないと感じ、いつも自信がなく、人と関わることにも難しさを感じていました。
自分はどこか変わっていて劣っているのだという感覚がありました。


でもそれは自分の至らなさのせいなので仕方がない。
この良くない自分を、自分を何とか変えなくてはいけない。

私は常に、そのような重苦しい土台の上にありました。


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私は、「自分がない」という問題のために、どうしたらいいかわからない、というところもあると思います。
自分というものが積み重なっておらず、人生において何かを決めようにも、そのための材料がありません。

私は、この先の自分を幸せに豊かにすると考えるとき、様々な壁を感じています。

自分にとって、何が幸せなのか。
どのように見つければいいのか。自分に合っていて、続けられることが何であるか、まだわからない。


これらを自分で見つけていくのだと理解は深まりながらも、自分にある悪癖や思い込み、極端な考え方が、自分を阻んでいると感じるようになってきています。

私はまた、自分を阻むものが、自分で感じていることなのか、「誰か」や「旧いもの」に由来することなのかが、よくわからなくなることがあるようにも思います。



[2]
かいつまんで言えば、あなた様は、どのような環境・どのような過去を有していらっしゃいますでしょうか。
どのような種類の体験が影響して、上記[1]のような主訴を持つようになったのでしょう。



私は、弟2人、妹1人の4人きょうだいの第一子として育ちました。
両親の機嫌や顔色をうかがい、「いい子」であること、期待に応え親の手を煩わせないことが良いことであると覚えたようです。


年長者としての意識なのか、失敗をすることは良くない、恥ずかしいことだという意識も、強く持ち、いまだに影響を感じています。
私が身に着けた処世術は、自分は二の次にしてでも、まず人の役に立つべきである、他人を喜ばせることで自分の存在価値を得られる、というものでした。


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子どものころ、健康管理上の親の方針による食事制限を受ける環境にありました。
「許されるものだけを食べていい」という状況で、母親の影響力を強く感じていました。

知らないものを食べてみたいと思うことを始め、何かに興味を持ったり体験みたりすることに対して、自主性を奪われる環境にあったと思います。

子どものころは様々な習い事に通う環境にありました。
好きであるか、楽しいか、といった感覚は思い出せず、常にこなすべき予定に気を張っていたと記憶しています。


社会人になってからも、身に着いたやり方を駆使して、外側の軸で「いろいろとやっている自分」という像ができていました。
仕事のほかに、自ら趣味や学習を取り入れたり、家族のために便利に立ち回ったりすることで、忙しく生活していました。


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母親との共依存関係で、自分の生きる力の不足を埋め、見えない利益を得る状況にありました。
母親にとって便利な存在であることで、自分の存在価値を支えてもいました。

私は、自分が身体を持って存在しているということの自覚がありませんでした。
感情や身体の感覚にも、自分の中身がからっぽであるということにも、自覚がありませんでした。


私は、自分の人生を築くことではなく、「誰か」の人生を豊かにすることに多くの時間とエネルギーを注いでいました。
交際関係で挫折を味わったことで、「自分は幸せになることが難しい」という考えが、自分の中で顕在化し増幅したと感じます。

折しも同じ独身仲間のような気持ちでいた親類の慶事に触れ、心から喜べない自分に大きな問題を感じました。
また、「コロナ騒動」の時期を経た変化から、近親者(特に母親)との関わりの居心地の悪さに、明らかな違和感を持つようになりました。



[3]
ONSA WORKSHOP およびトラウマケア・セッションにて、その過去(正確には、 過去に対する考えや意見、痛みの感覚やぐるぐる思考など)は、どのように変化してゆきましたか?



私は、自分を阻んできたひどくこんがらがった状態のものを、少しずつほどいて、整理整頓をしていくような変化を感じています。

ONSA WORKSHOP で、「その状態」について丁寧に理解を深め、必要な訓練を重ねていく。
トラウマケア・セッションで、存在が見えてきた1本1本を、自分で適切に処理して片づけていく。
そのようなイメージを持ちました。


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大きな単位で振り返れば、「とにかく自分が悪いのだ、おかしいのだ」という考えから、「自分に身に着いたやり方は良くないのだ」という考えに変化しました。
終わりも出口もないという迷宮と思っていたところから、出る方法はあるようだ、と感じられるようになりました。


それまでは感じずに済んできた(済ませてきた)「痛み」や「自分の空虚さ」を、はっきりと感じるようになっていきました。
痛みも悲しさも悔しさも、徐々に怒りも、感じられるようになってきました。

自分が経験したことは、起こるべくして起こっていたのだと、理解できるようになってきました。
そして、「おかしいものはおかしい」という意見も、自分の中に生まれるようになりました。


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人が成長する過程で、本来あってはならないことが起こっていた。
家庭が安全な場所ではなかった。

条件を満たさなければ存在してはいけないかのように感じていた。
自分を知り、自分を生きるための力を鍛えられる状況にはなかった…。


これらはすべて、おかしかった。
そして、そのままであっていいはずがない。

私は、問題を本当に解決していきたいと思うようになっていきました。
同時に、「過去」や「他人」は変えられないのだ、ということも、事実として、体感として、理解が深まってきました。



[4]
トラウマケア・セッションを受けるには、どのような前提条件が必要だと思われるでしょうか。
あなた様の言葉で、ぜひ教えてください。

そして、ここで言うところの条件とは、いわゆる社会条件や、お金といった条件ではありません。
たとえば、集中を切らさないで他者の話を理解できること、自身の痛みのルーツが分かっていること。「裁かない」こと。自分自身に嘘をつかず、偽らないこと。時間管理ができること、基本的なルールが守れること、協調性が養われていること……など。
体験した人だからこそ分かる前提条件を、ぜひ教えてください。



自分の「おかしさ」をねじ曲げずに理解し、真の解決を望んでいることだと思います。

そのために、自分の問題を理解すること、自分が自分についてきたウソを知ること、自分の特性や悪癖にも理解を深めることが必要だと思います。

知ることにとどまらず、「これは自分のことである」という意識、自分で解決をしていく意思と勇気が必要であると思います。


また、「時間=身体=命」という理解のもとで時間管理を練習して身に着けることが、トラウマケア・セッションを受け、自身で続けていくために、必要であると感じます。
 


[5]
もし ONSA WORKSHOP で基礎訓練をしないまま、トラウマケア・セッションをご受講であったなら、どのような風であったか、想像して教えてください。

実際は ONSA WORKSHOP で基礎訓練を受けてから、トラウマケア・セッションにご参加くださいました。
でももし、そうではないとしたら、どのような状況になっていたと想像されるでしょうか。
率直に感じていることを、よろしければ教えてください。



もし基礎訓練がなかったなら、私はどこかに「魔法」があると信じたままだったのではないかと思います。

期待するような劇的な効果がないとか、時間がかかるなんて耐え難いなどと感じ、自分でセッションを続けようとはしないだろうと想像します。
そもそも、自分の問題に正直になることも、難しかったのではないかと思います。


[4]でも述べたような当事者意識に欠けたまま、自分を憐れみ、助けてくれる「誰か」「何か」を探し回ることを続けていたかもしれません。

それどころか、自分を誇りに思うことも、幸せを感じることも、命の尊さを知ることもないまま、一生迷宮の中にいるように思います。
(ぞっとします…)



[6]
ONSA WORKSHOP は、トラウマケア・セッションを受けるにあたり、どのように役立ちましたか?
体験者として、具体的に振り返った上で、教えていただけたら嬉しいです。



自分を知り、自分の問題を知っていくために、必要不可欠であったと感じています。

私は、自分の生きるための土台が大変なことになっている(ひっくり返っている)とは、思ってもみませんでした。
知れば知るほど、そのおかしさ、不毛さが見えてきます。


文節区切りの線


私には、自分が、身体を持ってこの世界に生きているということの実感が無かった、ということを知りました。
食事や適度な運動、睡眠や休養が、命をすこやかに生かす大前提としていかに大切であるかを学んでいます。


学びを重ねることで、私は、自分という存在がいるということを、感じられるようになってきました。
逆に言えば自分が自分を無視するというひどいことをしていたのだと、わかりました。

何が問題であるかを知る機会がなければ、解決が必要という認識にも至ることはできなかったと思います。
 


[7]
トラウマケア・セッションを受けてみた後、[1]で書いた主訴は、どのように変化しましたか? 
また、その変化は、あなた様にとって、どのような出来事となったでしょう。



[1]で書いたことに対して、おかしいものはおかしいということ、邪魔になっているものは相手にせず、自分にとっての核心部分にまっすぐ対処をしていきたいということを、より強く感じるようになってきました。

それは、トラウマケア・セッションで取り扱った過去のことについての変化を感じたからです。
「このこと」という近くにあったものが、「そのこと」や「あのこと」と呼べるくらいに、自分から明らかに距離がひらいたことを感じました。


確かに起こったことであり、無くなったわけでも忘れたわけでもない。
けれども、「今」にズキズキと響いて痛めつけてくるほどのことでもない。

その分なのか、「今」の方にスペースが生まれるように感じました。


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何だったのだろう? という、不思議な感覚も続いています。
しかし、自分を観察するにつけ、確かに変化は起こり元には戻らないのだ、ということを感じています。

身体の感覚では、軽くなった部分と、重さをリアルに感じるような部分があるように思います。
まだ近い位置にある「重いもの」の存在感も、増してきたように思います。


本当には感じていなかったものを、これからもっと感じていく。
楽しみと怖さの、両方を感じます。
 


[8]
これから ONSA WORKSHOP ならびにトラウマケア・セッションを受け、みずからの過去に向き合ってゆく方に、メッセージをお願いいたします。



自分を知り、自分の問題の解決に乗り出そうとすることは、とても勇気のいることだと思います。
とても勇敢で誠実なことでもあると思います。

その扉が、その道が見えてきたなら、きっとそれは、あなたが必要としているから。
あなたがあなたを生かそうと、連れてきたのではないかと思います。


誰かとの競争ではなく、優劣をつけるためでもなく、あなたの命の力を信じて、進めますように。
命の尊さを知るようになった仲間のひとりとして、あなたにとっての幸せを心から願っています。



[9]
最後に、ここまで歩いてこられたご自分自身に、メッセージをお願いいたします。



私へ

ここまで私を連れてきてくれて、ありがとう。
特に最初だからということもあるかもしれないけれど、一つ、二つの荷を下ろすだけで、「今」の感覚がこれほどに鮮明になるとは、思ってもみなかったね。

静けさのなかにただ在る自分のことを、自然と感じやすくなっている。
ずっとそこにあったはずのことが、鮮やかさが増して、色濃くなって映る。


空や雲や山には、こんなに色のグラデーションがあったのか。

立体感の、なんて美しいことか。
そして、あらゆるものの色やにおい、音、食感が自分にまっすぐ届くことに、いちいち驚いている。


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私はこれまで、どれほどのことを見逃してきたのだろう。
感じそびれてしまっているのだろう。

しかたがないとはいえ、もったいなかったなと思う。


この身体で本当に感じていることを、これからはもっと感じていきたい。

そして、もっと信じたい。
これからの決断や選択には、この「今」の自分の感覚をもっと信じてみよう。


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疲れや満腹(になりすぎた)感などは、以前よりもずしんと響いてくるような感じもしている。
もともとあった痛みや重さは、さらに存在感を増すのかもしれない。

それらを根気強く片づけていくことが必要なのだろう、ということを予感して、少し怖くもなっているね。
きっと膨大な量なのだから早く進めなければと、焦りそうにもなっているね。


でも、落ち着いてやっていこう。
きっとこの先はますます、ごまかしがきかなくなると思う。

それでいいし、その方がいい。


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「時間がかかる」と聞いて、驚きよりも安堵を覚えたね。
必要な時間をかけて、着実に安全が重なる方が断然いい。

私は相変わらず、今はまだわからないことに悩み、自分の怠け癖と闘っている。
一気に完璧に解決はできそうにないけれど、自分に力をつけて、乗り越えていこう。


私は、まだ知らない私にも、会ってみたい気がしている。
たとえば、こんな幸せや豊かさがあったなんて、と素直に喜べる私に。

ここまでやって来た勇気を、私は知っているよ。
これからも勇気を出せると信じているよ。



| ONSA WORKSHOP は「経験者」が「主催者」のワークショップ


ONSA WORKSHOP は、「経験者」であり「回復者」が主催者のワークショップ。
そのため、基本に忠実でありつつも、現況に即した、実践的な内容が特徴です。


「人生は、いつからでも変えられる」
多くの方が、プログラムをつうじて現状を変え、新しい時間を生きはじめています。