2026.01-04月開催 「ONSA Web. WORKSHOP(1)コース1/STEP.1」 あびしにあクラス

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タイトルはじまり目印

S. H. さん(40代以上/岩手県よりご参加) あびしにあクラス



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私がこの3ヶ月で感じるもっとも大きなことは、自分の「今」という感覚の変化だと思う。

別のワークショップやセッションの学びも含め、すべてが今の自分につながっている。
「今という時間しか生きることができない」という事実の尊さを、感じるようになってきている。


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「今、私がそれを好きであるか」「今の自分に合っているのか」ということと、「好き/合っていると信じたい」「好きであろうと努める」「好きであったことを大切にする」は違うのだと、自分なりに理解が進んだ。

後者はもはや、はるか遠くの存在に思えてくる。
狂気という言葉が当てはまるように思う。


今という現実に合っていないことは、続けようとすればするほど、何らかの違和感やひずみが出てくる。
私は、それらをごまかすやり方しか持っていなかった。

そのやり方は、私を幸せにはしない。
それを認めざるを得ないことがわかった。


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これまでに比べたら冷めすぎだろうか? というぐらいの、冷静な自分も発見している。


私は相変わらず、「誰か」の気持ちに気をとられていることがある。
いま身近な人たちのみならず、近くにいない「誰か」や過去の時点の「誰か」のこともある。

けれど、今ここにいる自分と照らしてみると、「ああ、これは私のことではないな」という考えも、自分に浮かぶようになってきた。


他人の気持ちは、私にはどうすることもできない。
何とかできるとか、しなければいけないと感じてしまうことが、おかしい。


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「おかしさ」の実感の変化にも、我ながら驚かされている。

叫んで当たり散らしたいような激しいものではない。
(そのように実感することもあったし、これからもあるのかもしれない)

今はただ静かに、当たり前の事実として、おかしさがそこにあるのを感じる。


私はたとえば、関わる「誰か」からその機嫌などによって発せられるものを、されるがまま受けとらなくてもいい。
違和感のあることは、無理に続けなくてもいい。


文節区切りの線


子どもの時分にはそうせざるを得なかったかもしれない。
でも今は、自分で選べるほどには、じゅうぶん大人であるはずだ。

「私は」という主語をもって、自分の責任で、自分の境界線に入れるかどうかを決めていけるはずなのだ。
あとは私が、事実に正直に、自分でやっていくだけだ。


文節区切りの線


私は、全部が必要なことだった、と思えるようになってきた。

どんなに無駄で遠回りで馬鹿なことだったと思えても、そこを通らなければ、私が体験から学ぶことはできなかった。
だから、どんな過去も、私にとって尊い。


知らずにいたら恐ろしいことが山ほどあった。

今も、それを学び続けている。
知ることができて、本当によかったと思う。


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そのうえで、「知った」だけでは私は満足ではない、とも感じるようになってきた。

「知らないよりはマシだったのだから」と言われたとしても、私は納得がいかない。


私は、まだ知らずにいることを、この命をもって、体験してみたい。

私には、どんなことができるのだろう? 
世界はどんなに美しいのだろう? 

自分を肯定して、人と関わるということは、どれほど豊かなことだろうか?

私はもっと、私を生きてみたい。


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私へ
この3ヶ月も、多くのことを教えてくれて、ありがとう。

コース当初の悩みが、遠い昔のように思えるね。
今には今の、課題や悩みがある。


これまでに、「今」の私を無視して、色々なことを決めたり選んだりしてきてしまったこと、本当にごめんなさい。
そして、それがおかしいのだと、様々な形で気づかせてくれて、ありがとう。


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最近は毎日のように、身近なものの美しさに気づいたり、ただここに在る自分を感じたり、驚きが続いているね。

私は、私と一緒に、驚いたり、泣いたり、笑ったりできることが、うれしい。
知らないことを学んで練習していくのだということも、なんだかうれしくなってきたね。

私はここにいるのだから、今という現実で、この私を満たす必要があったのだね。


私はこれから、どうしたいだろう? 
どこへ進むと良いのだろう? 

もっとたくさん話をしよう。


もっともっと、ここにいる私を頼りにして、信じていくよ。
まだ知らない景色を、一緒に味わっていこうね。




タイトルはじまり目印

T. S. さん(40代以上/北海道よりご参加) あびしにあクラス



タイトル下の線


この WORKSHOP がスタートした頃から、私は「自分の納得のゆく時間を過ごしたい」と日々考えるようになった。
私は自分のペースやキャパを確かめながら、痛い思いをして学びながら、いい意味で諦めることも覚え始めた。


どこから手を付けたらよいのか途方に暮れることも、小さく分解してコツコツ取り組んでゆけば、気付けばずいぶん進んでいる。
つい誰かに依存したくなるのを思いとどまり、タスクを書き出しては自分にできるサイズで一つずつ取組んでみる。


急がば回れで進めてゆけば私にもできるという実感が、小さな自信として積み重なってゆく。


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私は振返りの時間をスケジュールに入れて、ここしばらく継続している。

私は自分の苦手を克服しようと挑戦している。
一歩ずつ、ゆっくりだけど前に進んでいるという事実を、私は認めたい。


時間の見積りとどこまで時間をかけるのか。
「やらないこと」を見直す。

私は自分の時間をもっと心地よく、納得のゆく時間に変えるために、これからも試行錯誤を続ける。


文節区切りの線


時折自分がとてもイヤな人間に思えて、悲しく残念な気持ちになることがある。
一方で、私は自分の中にある優しさや、一生懸命な面も知っている。


それが依存や欲ではないのか自分に確かめながら、日々自分を観察する。

そのどれもが私の一部。
自分にも他人にも色んな面があって、それがその人を構成していると思えるようになってきた。


つい正したくなることがあっても、気付いて手放そうとしている。
私は他人に気を取られがちだけど、自分に集中しながら、自分を認めながら、進んでいく。


文節区切りの線


最近、もっと大切に扱われたいと感じることが増えたのは、私は自分で自分を大切にし始めたから。
私はずっと欲しかった安全・安心をもっと自分に与えてあげたい。


自分に美味しいごはんを用意することが、私を癒す一つの方法と最近思う。
時間をあまり掛けず、簡単でも美味しくなる工夫を考えるのも楽しい。

私は私のことをもっと大切にしていきたい。
大切にされていると感じると、私は嬉しく温かな気持ちになれる。


私は自分の時間をよりよくしていくことを諦めない。
私はこれからも、日々の時間を納得のいくよう積み重ねていこう。


今回もありがとうございました。




タイトルはじまり目印

S. H. さん(40代以上/東京都よりご参加) あびしにあクラス



タイトル下の線


私はこの3か月を振り返ると、今回もたくさんの気づきを得ることができたように思う。
ただそれらのことを忘れずに毎日過ごすことや、実際に出来るようになるまでは、まだまだ時間がかかることなのだろう。

だけど毎回この Web. WORKSHOP、ワークショップを重ねるごとに気づきが深くなるし、感情が湧き、戻ってくるような感覚がある。


とはいえ、私は良くも悪くも直ぐに忘れてしまうところがあり、同じような出来事に一人で勝手に傷ついたり、その時々の色々な理由で思考停止になり動けなくなり、最終的に引きこもってしまう癖が中々抜けない。

ただ一方では、泣いたり怒ったり、地団太を踏んでも、それ以上に何度でも立ち上がれる図々しさみたいな強さを、私は持てるようになった。


文節区切りの線


悔しい思いをしたら、一度止まって考えて、自分のキャパシティの中で行動に移せば、それらは自分の力に変えられるのだという経験を、これからも沢山積み重ねていきたい。

私は、自分のいいところをもっと見つけられるようになりたいし、見つけたらそこをピカピカに磨いてあげたい。
大人である自分が、世界でたった一人の私に、「これでもか!」という程の愛情を注ぎ、残りの時間を悔いなく一緒に歩んでいきたいと強く思います。


今回もたくさんの学びの機会をいただき、ありがとうございました。




タイトルはじまり目印

M. K. さん(40代以上/福岡県よりご参加) あびしにあクラス



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Mさん(自分)へ

今回もまた3ヶ月お疲れ様でした。大変よくがんばりました。
ワークした記録を見てみたけど、自分のことを知らない・わからないって言ってたね。


どういうこと? 笑っちゃうよね。
知らない・わからないって言いたかっただけだね。

そうやって終わらせてたんだよね。
今ならそう思うよ。


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今回の期間で私が得たものは私自身に対する自信と新しい課題(本当は元からあった)の発見だね。

いいよ。
収穫は多いよ。


日常の「もやっと」の中に自分のネガティブな要素を見るなら、嬉しい時やいいなと思う時、そこには自分のポジティブな要素があるかもしれないと思っているよ。
人からもらった褒め言葉も、受け取らないのは、願いや祈りを受け取らないことと似ているのかもよ。


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私の課題について。
出来事をほぼ自動でジャッジして、そこで生じた感情を塗りかえる癖があること。

そのエネルギー消費にあまり関心がなかったこと。
ここはまだまだこれから学んでいくところだね。


他人の問題を私が解決しなければならないと思う癖もまだあるね。


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一歩一歩の今日を踏みしめる1日っていいなと思えるようになってきたよ。

やっとだよ。
私はそれが涙が出るほど嬉しい。


毎日ふりかえりができているところ、とってもいいと思う。
それではまた。

M(自分)より




タイトルはじまり目印

C. W. さん(40代以上/埼玉県よりご参加) あびしにあクラス



タイトル下の線


私へ

今回もあっという間だったね。
始まったのは冬本番だったのに、今は桜の花が盛りで夢のように美しい。

私もまた生きていて、少しずつ心と身体も変わって行く。
うまく表現できないけれど、それが季節のめぐる不思議さとリンクしているように感じられる。

日頃はすぐ忘れてしまうけれど、私も自然の一部だ。


文節区切りの線


今回の期間、特に「出来ない」「出来ていない」と感じることが多かった。
それでも、ワークショップや勉強会で学び・考え・感じて、自分に取ってとても大切な気付きがあった。

自分と「つながれた」と感じる瞬間は、涙が出るほど嬉しい。


今迄より「人とやっていくこと」「コミュニケーション」を考え、行動するようになった。
「私は孤独の牢獄から出たい」「もっと楽しく働けるようになりたい」と感じられるようになった。


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回復を始めた頃は、「早く回復して、人生楽しめるようになりたい」と思っていた。
もっとキラキラした自分に変わることが回復だと思っていた。


そうではない。
そもそもが、間違っていた。

私が本当に望んでいたのはそういうことではなかったし、全く違う土台で変わって行くものだということが分かってきた。


文節区切りの線


私は、育った環境で「怒ること」を禁止されていた。
軽く扱われることに慣れ過ぎていた。

「もやっ」としても、それが何なのか、それが怒っていいことなのかも分からなかった。
怒れないと自分の境界線が分からないし、境界線が分からないと引くことも(引く発想も、解決するという発想すらなかったけれど)出来ない。


自分の知っていることだけ、自分の視点だけで選択すると間違うことを受入れ、謙虚に学び続けることの大切さを知り、人の助けを借りることが出来るようになった。


文節区切りの線


私は、「変化」という言葉にネガティブなイメージを持っていた。
私に取って、「変化」は母や誰かが心変わりして私を置いていくことだったから。


1人取り残されることへの恐怖だった。
そして、変わることを望みながら、私自身が変わることもとても怖かった(未知のことは、今も怖いと言えば怖いけれど)。

頭では違うと分かっていても、私の中には鋳型のようなものが出来ていて、「変わらないこと」を選び、そこに収まってしまっていた。


文節区切りの線


でも、それだけのことなのだと思えた。
変化は自然なのだと感じられた。

今の私は「それって、いつのこと? 今にどう関係がある?」と、自分に声をかけられるようになってきている。


そして、やることの多さに押しつぶされそうな時、ふと「これが出来るようになったら、私がどう変われるか楽しみだね」と自分に声をかけて、心と身体がふわっと温かくなった。
そんな自分を発見して、驚いた。

あの頃、自分がこんな風になると思っただろうか?


文節区切りの線


私は、失ってしまった自分自身の尊厳を取り戻したいし、自信と誇りを持って生きられるようになりたい。


子供の頃の私は、きっと生命に取って大切なことをちゃんと知っていた。
それなのに、いつの間にか見失ってしまったもの。

それは見えなくなっているだけで、今も私から掘り起こされるのを待っているのかもしれない。
私は、そんな自分の中にある健やかさと出逢い続け、少しずつでも変わり続けたい。


最後になりましたが、今回もどうもありがとうございました。



| ONSA WORKSHOP は「経験者」が「主催者」のワークショップ


ONSA WORKSHOP は、「経験者」であり「回復者」が主催者のワークショップ。
そのため、基本に忠実でありつつも、現況に即した、実践的な内容が特徴です。


「人生は、いつからでも変えられる」
多くの方が、プログラムをつうじて現状を変え、新しい時間を生きはじめています。