2012.12月開催 「インナーチャイルド・ワークショップ(後期日程)」おおくまクラス

画像
タイトルはじまり目印

S. H.さん(30代/東京都よりご参加) おおくまクラス





 「私は重い病にかかっていたんだ!」
今回初めて、ことの重大さに気がついたのでした。
それまでは、いくつかの WARKSHOP に参加していたにも関わらず、どこか「人ごと」(正確に言えば人ごとと思いたかった)で、お得意の「頭」だけで理解しようと殻を破りきれていませんでした。


今回も、はじめのうちは感情なんて全然わいてこなかったから、出てくる言葉は全部事実をただ述べていただけ。
「感情感情……。」
思えば思うほど頭で考えてばかり。
でも、優月さんのお陰で、最後の最後ではじめて、本当の「感情」が出て来ました。

今まで受けてきた WORKSHOP の本当の意味、多くの自己啓発本や心理学本を読んでは出る筈のない答えを探し続けてきた日々……。
結局私は、「思春期真っ盛り」のままでした。


文節区切りの線

でも、今まで私が感じてきた全ての「もやもや」の感情は正しかったです。
いつまでたっても地に足がつかない感じ、相手が誰であっても結婚に踏み切れない感じ、子どもを持つなんて想像すらできない感じ、等々。
きっと大人の私が暴走しないように、小さな私が必死にブレーキをかけてくれていたんだと思います。
「私に気づいて。こっちが先だよ!」って。


今日、仕事を休み、散歩がてら近くを歩いてみました。
寒かったけど冬を感じて、空は青くてすがすがしかったです。
「あの雲の形何に見える?」なんて幼い私と一緒に会話しながら、とても温かい気持ちにつつまれました。

今、私が一人暮らしをしているこの街は、私が3歳まで住んでいた場所の近く。
この場所を選んだのもきっと、こんな風におだやかな気持ちで両親に甘えたかった私がずっとそこで、待っていたのかもしれないです。

幼い時から父の妻と母、母の夫でいなければならなかったちいさな私。
もう大丈夫だから、これかも一緒にこの道散歩しようね。


文節区切りの線

最後に、優月さん、受け止めてくれてティッシュをそっと渡してくれたパートナーの方、ありがとうございました。

この先もっとつらいことや大変なこと、たくさんあるかもしれない。
でも、今気づけて本当に良かったです。
そして、自分の未来にワクワクしている自分がいます。
この気持ちを忘れないように、ちいさな私と一緒にこれからも歩いて行きます。



タイトルはじまり目印

Y. I. さん(20代/兵庫県よりご参加) おおくまクラス





クラスの皆さん、藤沢さん、お疲れ様です。
そして、ありがとうございます。

いつもは無意識的に周りを意識しているのですが、
今回は自分のことばかり見ていた気がします。
というか、他を気にする余裕がなかった(笑)。

そういう雰囲気を、
自分に集中できる安全な空間を皆さんがつくってくれていたのだと思います。
今、そのことに対して素直な感謝の気持ちがあります。

この WORKSOHP では、たくさん泣きました。
感情が動くほどではなかったけど、本当にたくさん涙が流れていきました。
今思えば、最初のちょっと動きかけたときに出しとけばよかったなって思わないでもないです。
どうやら私、WSの最初にギアが入って、だんだん回転数が落ちていくみたいです。
集中力がないのかも。
感情の動きやすい時期と心のタイミングがかみ合ってないなと思いました。

チャイルドとは会えたのでしょうか?
正直、確信はありません。
でも、ちょっとだけ、笑ってくれている気がします。
心のどこかが少しだけ、温もりをもっている感じがするからです。
私の願望もあるのかもしれませんが、あの体験はきっと、そしてずっと、かけがえのないものだと思います。


文節区切りの線

一つ引っかかるのは、怒り、が出なかったことです。
私が怒ってるのは私自身も知っています。
ことがある度、私は全力で怒り、全力でブレーキをかけ、なんとか衝突しないようにしている現実があるからです。
もしかしたら、怒りはそこで発散できていたのでしょうか。そうであればいいなと思います。

最後に質問しようとしたことは、親が 30代 → 40代 → 50代と着々と堕ちて行っていることに対し、なにかできることはないか、ということでした。
でも、帰り道、参加者の方とお話ししていて、たぶんないのだろうと思いました。
人を変えることはできないし、してはいけない。
それでもまだ、完全には葛藤は消えません。
親を心配してというより、将来迷惑をこうむる自分の心配をしている、というところもあります。

アルコール中毒者を取り囲む家族の問題は深刻だと言われたことが残っています。
確かにその深刻さを、私は今も理解していないのかもしれません。
けれど、今をなんとかしたいという想いは嘘ではないです。

いろいろと助けを探して、唯一繋がったのが当 WORKSHOP でした。
最初は一度だけのつもりでしたが、心の赴くままつい回を重ねてしまい、今ではここまでこれてよかったという思いです。

できることなら完治して笑って卒業したいものです。



タイトルはじまり目印

Y. S. さん(大阪府よりご参加) こぐまクラス/おおくまクラス(2クラスご参加)





まだまとまっていないけど、とにかく書き始めようと、ペンを手にしました。

最初に、ありがとうございました。
一人では、とても先へ進めていなかった。
きっと、途中で止まっていました。

それから、2日目(「おおくまクラス」の中休み)、帰ってくるのが少し遅れてしまいました。ごめんなさい。
帰ってくるのがいやだったわけではなく、ごはんを食べに行った先で、仕事にすごく役立つのだけど、普段めったに出会わないものに出会って、ついつい足が止まってしまっていたからです。


文節区切りの線

うまく言えないのですが、この2年くらいの間、自分の人生がうまくいかなくて、苦しい原因や対処方法を探していて、やっと、扉の前にたどりついた気分です。
これだったのか……と。
もしかしたら、見ていないふりをしていたのかもしれない。
でも、しっかり見えてしまいました。


ワークショップ・クラスの後も、大きな変化はありません。
いつも無意識にやる「分析のくせ」はやめて、最近は、「感じること」を大切にして、「反応する」ことを控え目にしています。

通勤途中の電車の窓から見える川に太陽が反射して美しいって、2年半も同じ電車に乗っているのに、ワークショップ・クラスの次の日の月曜日に初めて気づきました。
(普段なら、ここで分析が始まる。「こう考えるのは、疲れているのか? ああ、今日は何があるのか、つらいことが待っているのか。などなど」)。
分析を一切やめて、感じるままに「ああ、きれいだな」と思うようになりました。
というか、それで充分じゃないか。感じるままに感じていよう。
今はそんな気分です。

毎日お風呂に入った時に、「今は大丈夫、泣いていい時だよ」と、自分に話しています。
顔はくしゃくしゃするし、何かこみあげてくるけど、涙は出ません。

心を開くって、当たり前のことなのに、私にとっては難しいです。

ワークショップ・クラスの後、親と口を利きたくなくなりました。
リビングに飾ってある、子どものころの父親と私の写真を見るのもつらいです。
ものすごい文句を親に投げつけそうになります。
今のところ、仕事でほとんど家にいないので、その暇もなくて助かっています。


文節区切りの線

優月さんに、あるものに感謝する、というメッセージを告げられました。
今の私には、仕事があります。
そして、そこそこ健康です。
こうして、仕事帰りにジュンク堂に寄って本を探して、スタバでこれを書く自由もあります。
こんな幸せ、20代のころには思いもしませんでした。

と同時に、当たり前のものを得られなかった、今までの自分に苦しみます。
みんな、友人やパートナーがいて、当たり前に楽しそう。
私は一人。

以前、恩師に言われたことがありました。
「大人になっていないし、周りにとって当たり前にできていることが当たり前にできない。だから、生きているのがしんどくなる」
と。
まさに恩師の言うとおりでした。
これから、どうやって生きていったらいいのかな、どうしたらいいのかな。
考え出したら止まりません。

でも、それがなぜなのか、「ずるい!」と子どものようにわめいても仕方がないんですね。
誰のせいにしても、もう誰も相手にしてくれないし(今までもだけど)。
自分でやっていくしかない。
私は、無意識に、心の中で言い訳を探すくせがあるのですが、とにかく、それをしても何にもならない。
反応して言い訳する前に考えたい。
もう、このままの私は嫌なんです。
このまま生きて、そのうち身体に不調がきて、さびしく死んでしまうなんて、苦しすぎる。


文節区切りの線

どなたかが、「2年間の集大成」と言っておられましたが、私もそんな気がしています。

2年間、いろいろ悩んでいたけど、もう、逃げない。
ワーク全部にきちんと取り組むことは私にとってすごく難しいことでした。
PCが不調とか、体調がとか、いろいろ言い訳をしつつ逃げていました。

私は、自分の人生を生きたい。
ただそれだけ。
私の中の不必要な記憶や古い考えは、もういりません。
苦しいけど、もう逃げません。
ありがとうございました。



タイトルはじまり目印

Y. A. さん(30代/東京都よりご参加) おおくまクラス





前日の前期にひきつづき、
後期にも参加する事ができました。

前日と変わっているはずのない
優月さんのはっきりとした迷いのない声は
前日よりも深く私の心に響いてきました。

前半のレクチャーでは、
内容の面で、前期と同じ部分もありました、
しかし、それがとても同じとは言えないくらい、
聞く方の私にとっては新鮮でした。
自然と深いうなずきをするくらい、納得の深さや、
私がレクチャーの中でキャッチする言葉が違うからです。


文節区切りの線

学童前期の私は、
「嫌だ」と、言えないでいました。
言っても、その意思が受け入れてもらえなかったからです。
言う事をあきらめていたようにも見えます。
自分の意志が認められない事が、
こんなにも悲しい事なのかと、
体験した私自身も気づかずにいました。

そうして私は、
「嫌だという気持ちを押し通すよりは、
相手の意向に添った方が何事もなくうまくいく。」
と言う事を自然に、やっている今の自分に気づきました。
大した事ではないと思ってやっているのですから、
気づきませんよね。
「嫌だ」と言えない自分を
見ないようにしてきたとこも、あると思います。

学童期のシェアリングをするとき、
今までとは違い、私の内側がとても静かでした。
あれ? 何もないのかな? と思ったくらいに。

もう会話ができる時期、
それでも、何かあると思うと思い、
私は目をつむり、学童期の自分を感じて話しかけました。
「何か言いたいことある?」
「何か私に言って欲しい事、ある?」


文節区切りの線

そうして、聞こえてきた私の答えは
その時まで、一切現れなかった人の名前でした。
私は、その人の名前を言うのを躊躇しました。
まさか、この人が? という人だったからです。
でも、言えるチャンスは今しかない。
間違えてもいいから、
とにかく言ってみようと思い、
名前を行った瞬間、
どっとつかえていたものが溢れ出してきました。
自分でも気づかなかった感情、思い、
考える間もなくどんどん口から出て行きました。

私は、自分らしさを失った原因を1つ、
見つけることができました。


文節区切りの線

家に帰り、
ゆっくりとお風呂時間を過ごした後、
洗面台の鏡に映る
リラックスし、同時に
疲れて力の抜けきった自分に吸い込まれるように、
私は私を見つめ、
そして思いました。

これが “わたし” だ

そして、
今日クラスで、悲しくて、寂しくて泣いていたのは
他の誰でもない、目の前に映っているこのわたしだ、と。

言葉では表現しきれない感覚でした。


文節区切りの線

クラスの次の日から
普段の生活にもどると、
生まれて初めて、自分の足で歩くような気がして、
その足取りも、おぼつかない感じでした。
それでも、
はじめの二日くらいは、気分がすっきりしていて、
新しく見える世界がとても新鮮で、

そうか、今感じているこの「寂しい」って気持ちは
あの頃の私が寂しいって思ってるんだ。

何度も文字で読んだり、
クラスで聞いていた、
あの事は、この事だったんだ、、
いくら頭で想像していたとしても、
体験してみると、その納得の感覚は別物でした。

クラス前と同じようなことが起きても、
以前と受け方が違う自分が
毎回とても新鮮で、
感動していました。

私に向かって投げられた言葉も、
受け取る衝撃が減り、
どれだけ私は、
今まで、からだを張って受け止めてきたんだろう
そうとう、大変だったなと今の私が
その当時を思い出すと、
素直にその衝撃を感じる事ができました。

あれ?
そういえば聞いていたようなクレンジング・リアクション、ないなぁ?
それとも、クレンジング・リアクションが来る程の何かは、なかったのかな?
と思っていた週の半ばごろから、
一日中眠かったり、
疲れやすかったり、
時には外にいるだけで、とても恐ろしい感覚に襲われました。
孤独というか、不安というか。
すぐにカフェに駆け込んで、『未来日記』を開きました。


文節区切りの線

両親への愛、感謝がより深くなったと同時に、
怒りや、悲しみもより具体的に感じられとても大変でした。
これ、両面感情ですかね?
私は今、思春期を過ごしているのかもしれませんね。

この一週間、
『未来日記』にとても助けられている気がします。
それは、自分が自分を助けているんですよね。
いつもならスルーできた感情も
今となっては抑えきれず、
『未来日記』に書いて、
心を落ち着かせています。

『未来日記』を書きはじめると、
今の自分がいてくれて、
今の心で聞いてくれる気がして、
とても冷静になれます。

そして、
実体のあるものとして、
問題に「重さ」を感じました。
ずんっと。

この文章だけ見ると、
何だが開けてはいけない箱の蓋を
開けてしまったようにも見えますが
私は前よりも深く、静かなところにいる感じがします。
無理せず、落ち着いていられるからこそ、
こうした一週間が過ごせたのだと思います。。


文節区切りの線

クラスで習った、新しいしつけ同様、
私は、そのとき得た新しい言葉も
自分にしゃべりかけ始めました。
それはクラスの中で、
優月さんがよく私たちにしゃべりかけてくれた言葉達です。
私は、自分で勝手にお土産にして持って帰りました(笑)。

普段の生活を送る中で、
今度は私がその言葉を使い、
自分の快復を後押しする番です。


出てきた感情を、
良い、悪い、で区別できない
と思いました。

「悲しい」「怖い」「嫌い」「イヤ」

どんな感情も、それらは受け入れて欲しいと望んでいる。
そして、知れるだけでもずいぶん変わることを、
体験する事ができました。


文節区切りの線

29歳のわたしから、
30歳のわたしへと、バトンタッチするこの一週間。
ペイ・フォワードに取り組む事で、
自分とたくさんの会話を交わす事ができ、
以前よりも、私と私は仲良くなりました。

優月さん、
クラスを最後まで安心して過ごせる
気配りと空間を作りをしてくださり、
ありがとうございました。

おおくまクラスの皆さん、
そして、私の相手をしてくださった
パートナーの方、
皆さんがいたからこそ、
このような体験ができたのだと思います。

この二日間の体験を、
これから、もっともっと育てていきたいです。

心より、
ありがとうございました。



タイトルはじまり目印

A. M. さん(30代/東京都よりご参加) おおくまクラス





おおくまクラスの皆さま、先日はお疲れさまでした。

ペアを組んでくださったSさん、一緒に想いをシェアしてくださって、ありがとうございました。
無事に新幹線に乗れたかなと気にかかっていました。

私はクレンジング・リアクションがとても強く出ていて、首から肩にかけてバキバキにこっています。
チェアワークをすると、メリメリ音がしそうな程です。
頭もボーっとしています。
それくらい深い部分をシェアしたのだな、と感じています。
Sさんもお身体に気を付けてくださいね。


文節区切りの線

学童前期の私は、何かを作るということに没頭していました。
得意だったのは折り紙で、上手く出来すぎて、保育園のクラスメイトに取られてしまったこともありました。
自分をかわいく見せる洋服や、髪飾りが大好きでした。
目立ちたがり屋の一面もあり、卒園式でやった赤ずきんちゃんの劇で、主役の赤ずきんちゃんをやったりしていました。

とにかく元気で活発、身体を動かすことも大好きでしたが、家の中では、一人で何かを制作したり、お絵かきをしたりしていることが多かったです。
母と一緒に遊んだ記憶はありませんが、絵本はよく読んでくれていたようです。

家では、父と母がたびたびけんかをしていたので、私はとても恐くて、部屋の隅で小さくなって気配を消していました。
家にいるときは、自己主張をしたり、わがままを言ったりすることは安全ではありませんでした。
この頃から、わが家でのしつけは体罰でした。
父の機嫌をそこねると、すぐにげんこつが落ちてくるので、とても恐かったし、常に緊張していなければなりませんでした。

母は、そんな私を守ってはくれませんでした。
父の、私に対する暴力を、見て見ぬふりをしていました。
母は、「お父さんは、家が狭いからイライラしているんだよ。」と言っていましたが、イライラしたら、妻や子供に暴力を振るってもいいのか?! と、今の私は憤りを感じます。
3歳の頃に妹が産まれ、私はとってもさみしくなりました。


文節区切りの線

学童期に印象深かったことは、小学校3年生の頃に引っ越しをして、とても不安だったことです。
親友とも家が離れてしまって、登下校も別になってしまって、悲しかった。

4年生の頃、道端でおじさんが股間をみせていたのを見てしまい、身の毛もよだつほど気持ちが悪かったこと。
走って逃げて、一人家の中で震えながら、夕方になってお母さんが仕事から帰ってくるのを待っていたことが、とても恐かった。
そして、親友だと思っていた友達の心が離れ始めて、さみしさと怒りを感じたこと、クラスの男子にからかわれたこと、一部の女子に無視されたことが嫌だったし、悲しかった。
それから、上級生に目をつけられて意地悪をされたのには、今でも相手の顔を覚えているくらい、怒りを感じていました。

5年生のクラス替えで、保育園時代からの親友とクラスが離れてしまい、クラス発表の日に、私は「先生方や、親友に裏切られた!!」とか、「もう何も信じられない!!」と、大泣きした。
親友とクラスが離れることは、私の一部を失うようで、しばらくショックで現実を受け入れられなかった。


文節区切りの線

私は、ぐらぐらする土台の上に必死でなにかを積み上げながら生きてきたのに、それが決定的に壊されてしまった。
それが小学生の後半だった。
私は、お母さんに助けてほしかった。
傷ついた私を抱きしめてほしかった。
お母さんはその出来事に対処はしてくれたけど、私の心には、寄り添ってくれなかった。

さみしい、悔しい。
私はあのときを、どうやって生き抜いたのだろうか、
その部分の記憶が、すっぽりと抜け落ちている。

私はこれ以上傷つかないように、自分から感覚を切り捨てた。
お父さんから殴られても、髪の毛を持って引きずり回されても、痛みを感じなくなっていた。
けれど、自分の感覚を切り離したら、人の気持ちも分からなくなってしまった。
私には、そのあたりの部分が欠けていると感じる。

私の傷は、私が考えていたより、ザックリと深かったようだ。
そのことに対して、叫びだしたいほどの怒りを感じる。


文節区切りの線

学童期のインナーチャイルドは、私が、抱っこしようと手を広げると、しがみ着いてきた。
また来るからねと私が帰ろうとすると、とても寂しそうな顔で見送っていた。
他の時期のインナーチャイルドには笑顔が見えたけれど、この時期からは笑顔が消えていた。
たくさん傷ついて、笑うどころではなかったのだろうな。


私が親から得られなかったことは、もう取り戻せない。
その悲しみや悔しさをかかえながらも、私が私を正しく導いて、再訓練していくしかないのだ。
途方もない道のりのようにも思えるけれど、いまやるしかないと感じている。
私は感じる心を取り戻したいし、自分らしさも取り戻していきたい。
そのために、できる限りのことをしていきたいです。


文節区切りの線

優月さん、2日連続のワークショップ・クラス、お疲れ様でした。
私は、このワークショップに参加できて、とてもうれしかったです。
私にとって、素晴らしいワークショップとなりました。
ありがとうございました。



タイトルはじまり目印

T. Y. さん(40代以上/千葉県よりご参加) おおくまクラス





プレワークのときから、ほんとうに辛かった。
自分がこれまで辛くて見ないように抱えていたものに、向き合わなければいけなかった。

でてきたたくさんの涙と悲しみは、これまでわたしがずっと一人で、誰にも知られないように抱えていたものでした。
話し始めるときの重さ、出す言葉の重さをずっと抱えて、あまりに重くてあまりに長い時間だったので、抱えていることにも気がつかなかった。
手放すことができるなんて知りませんでした。

助けてって書いた手紙を見ると、今でも涙が出ます。
わたしはずっと辛くて、助けてって思ってたけど、助けてっていってはいけないと思っていました。
私はしっかりしていなくてはいけなかったし、自分ですべて解決できなくてはいけなかったし、誰かに頼ってはいけなかった。

助けを求めるということは、自分を否定することでした。
ダメな自分を認めることだったし、それを人に知らせることだったし、そうするとみんな離れてしまうと信じていた。

わたしはずっと一人でした。
一人ですべてを抱えて、自分を守っていた。
寂しかったけど、寂しいっていってはいけなかったのです。


文節区切りの線

これまで少しずつ進んできました。
ワークショップに参加して、あれ、ちょっとわたし違うかも、と思って、次のワークショップに参加して、あれ、これはもってないかも、と思って、その繰り返しの1年でした。
藤沢さんを信じるにも時間がかかりました(笑)。

そのときはそのときに見えている景色がすべてで、たぶん方向はいいんじゃないかな、と思っても、この先どうなっているか、どれほど長いか、想像することもできませんでした。
ここまで進んで、やっと自分の傷の深さがわかるようになりました。
1年間、自分のペースで歩いたつもりだったけど、立っているところは大きく変わったかもしれません。

新しいルールはこれまでとあまりに違うので、慣れるには時間が必要かもしれません。
でも、このほうがずっといい。
わたしがわたしでいられる。
あれほど見えない、と思っていた自分が中心にいます。


文節区切りの線

大阪のSさんへ
分析してしまって、実感がないとおっしゃってました。
勇気のいることだけど、ぜひ自分と向き合ってほしいな、と思っています。
自分が本当に望むことにであえるよう、それに向かって少しずつでも前進されるよう、願っています。



タイトルはじまり目印

T. N.さん(40代/神奈川県よりご参加) おおくまクラス かきクラス





おおくまクラスのみなさん、藤沢さん。
お疲れ様でした!
あれから、お元気ですか?

感情がうまく出せない私にとっては、とてもしんどいワークショップ・クラスでした。
素直に涙が流せる人がうらやましかったです。
感情が出せないことは、大きな問題だと気付いたことが、ひとつの収穫だったのですね。

怒りの感情をぶつけてしまい、怖い思いをさせてしまったパートナーの方、大丈夫でしたか?

みなさんと温かい時間と空間を共有できたことが、とてもうれしかったです。
本当に、ありがとうございました。



タイトルはじまり目印

N. O.さん(東京都よりご参加) おおくまクラス





何十年も
蓋をしていた感情が出てきました。

受ける前と受けた後とで、
確かに、なにかが変わった。

お話を聞いてわかったこと。
私は祖父と
心理的に結婚していました。

藤沢さんが親身に色々な話を
してくれたこと、
胸に響いています。

今、仕事のことや
問題に目を向けること、
真実を隠さないこと
考えています。

目を背けても、問題はなくならない。
手おくれにならないうちに、
やります。

ONSA に出逢えて、本当に良かった。

自分の感情を出せたのは、
みなさんが温かい場所だったから。

あの場にいたすべての方に
ありがとうございました。



タイトルはじまり目印

R. G.さん(40代以上/東京都よりご参加) おおくまクラス





優月さん、おおくまクラスのみなさん
とても有意義な時間を過ごす事ができました。
ありがとうございます。


今週はクレンジング・リアクションで頭が重い感じがしていたのですが、仕事で突発的な問題が発覚してバタバタしながら、なんとか一週間乗り切りました。

でも、私の中にはインナーチャイルドが確実に存在して、いろいろ話しかけてくれています。
とてもお喋りで、可愛らしい子です。
彼女が「お散歩したいな」って言うから、朝15分早く家を出て、一駅お散歩をしてから会社に出勤したりしました。
冬の朝の空気は凛として気持ち良かった。
「寒いね」とか「おなかすいたよー」とか「お部屋が散らかっているよ」とか「早くお家に帰ろうよ」とか、うるさい事も言ってきますが、ちょっとずつ彼女の願いを叶えたりしています。


文節区切りの線

子供の私から、大人に私に書いた手紙には
「早く大人になって、ママを助けてあげるんだ」
と書いてありました。
本当だったら、子供時代をもっと楽しんで、早く大人になる必要なんてないのに。
読み返すと、余りに健気で涙が出てきます。

いろんな事を我慢して、いろんな事を諦めて、酷く怯えていた子供だった私は、気付いてくれてありがとうと喜んでいました。
瞑想の時、リビングでひざを抱えて怖がって震えているインナーチャイルドを、大人の私が、ぎゅっと抱きしめてあげました。
これから、少しずつインナーチャイルドと良い関係が築きたいという気持ちです。


文節区切りの線

私は、自分の抱えている問題なんてどこの家庭でもある事で、全然珍しい事ではないと、どこか甘くみていた。
でも、今回の WORKSHOP で心からの声を聞いてみると、考えていたよりもずっと深く傷ついていた。

優月さんのアドバイスがなかったら、知らない振りをして、もっと多くの時間を過ごしてしまう所でした。
その事に気づかせて貰った、優月さんとおおくまクラスの皆さんに、本当に感謝していています。

この先自分を癒していく為にも、本を読んで知識を得たり、ONSA の WORKSHOP に参加したり、もしかしたら専門の機関でカウンセリングを受けたりという事を、あきらめないでやって行きたいと思います。

いつも安全な空間を提供して頂ける ONSA に感謝です。



タイトルはじまり目印

A. Y. さん(30代/神奈川県よりご参加) こぐまクラス/おおくまクラス(2クラスご参加)





藤沢さん、こぐまクラス、おおくまクラスでご一緒した皆さん、本当にありがとうございました。

今年いっぱいで明日館でのワークショップ開催が最後になるとブログで拝見して、ワークショップを受ける前から、今回のワークショップがひと区切りだなと感じていたのですが、ワークショップが終わり、改めてその思いを強く感じています。

この2年間、集中的にワークショップを受けてきましたが、やっと今回のワークショップで一皮向けた気がします。


文節区切りの線

今回のワークショップ・クラスでうれしかったことは、藤沢さんに「顔が全然違うね!」と声をかけて頂いたこと、ワークショップ・クラスでペアを組んだ方達が今までのワークショップでお見かけした方達で、自分から声をかけられたこと、周りを気にせず自分のワークに取り組めたことでした。

小学5年生の時にいじめを受けて以降、「集団」に対する恐怖心と、「友達」に対するどこか信頼できない気持ちと、人間関係に対するどこか煩わしい気持ちがあって、今までのワークショップ・クラスでは、どこか身構えているところがありました。

ですが、今回のワークショップを受けているうちにその理由も分かって、集団に対する恐怖心を感じなくなって、ワークショップ・クラスをリラックスして受けられるようになり、いっぱい泣けて、過去の色々な事を悼む事ができてよかったです。

ワークショップ・クラス中はチェアワークをしませんでしたが、少しでも自分とつながれるようにと、トイレに行った時にチェアワークをしていたのもよかったのかな?

あとは、旧姓に「熊」の字がつくので、ワークショップの名前が「こぐま」、「おおくま」だったのもうれしかったです♪


文節区切りの線

今までの自分、本当にありがとう!! そしておつかれさまでした。
これからはもっと自分と仲良く手をつないでやっていきます。

今のタイミングで「インナーチャイルド・ワークショップ」を受ける事ができて、本当に良かったです。
これからの仕事でも、自分の子どもを授かる事になっても、今回の知識があるとないとでは大違いだなと感じました。

2日目に腰の左側が痛くなったこと、その場では笑ってごまかしてしまいましたが、後で考えると、自分のお金の使い方や現状把握がちゃんとできていない事について、不安を感じている事に気づきました。
これからの生活の為にも、今の自分に出来る事をやっていきたいと思います。


文節区切りの線

藤沢さん、田宮さん、今までお世話になり本当にありがとうございました。
ONSA に出会えたこと、ワークショップでお2人に出会えたことに、心から感謝の気持ちでいっぱいです。

この2年間、ワークショップを通して自分を見つめることができました。
少しずつですが、頭の声と心の声の違いに気づけるようになったり、考え方が柔軟になって、自分を大事に大切にできるようになってきました。

そして、「あぁ、これが今の自分なんだ」と俯瞰的に自分を見られるようになったのも、自分の中では大きいです。
現実の自分を以前よりありのまま見られるようになったし、いい意味で人を気にしなくなりました。

これからも、大小様々な問題が起こるかもしれませんが、今までのワークショップで教わった事を反芻しながら、毎日の生活を大事に、大切に、楽しく過ごしていけたらと思っています。


| ONSA WORKSHOP は「回復者」が「主催者」のワークショップ


ONSA WORKSHOP は、「体験者」であり「回復者」が主催者のワークショップ。
基礎に忠実でありつつも、現実の状況に即した、実践的な内容が特徴となります。


「人生は、いつからでも変えられる」
多くの方が、プログラムをつうじて学ぶことで現状を変え、新しい時間を生きはじめています。