基 02 | 著者個人の「デトックス」情報ページ – メンタル編

2022.02.02. UP/2022.04.04 LAST UPDATE

いわゆる “コロナワクチン” の「デトックス」問題。
巷には、さまざまな情報があふれています。

2022年初春現在で、”コロナワクチン” の有効性は、EU の認識はじめ、さまざまな学術データ・ビッグデータ解析においても、極めて否定されています。

その論拠として、たとえばですが、2022年2月2日にデンマークでは、「コロナ規制」自体が撤廃されました。
これは EU 初の実績で、デンマーク政府は、新型コロナをもはや「社会的に重大な疾患」とはみなさないとしています。

同時に、いわゆる “コロナワクチン” について「副反応の可能性がある医薬品の介入」と明言し、政府として、一歩踏み込んだ言い方で、警告を発しています。


余談ですが、デンマークは、人口当たりのノーベル賞受賞者が上位国。
科学データや医学知識で、冷静に状況を判断してゆく国という印象があります。

状況は世界中で似たり寄ったりで、非常に影響力のある、専門性の高い個人(医師や製薬業界の長など)によっても、”ワクチン” の有効性は、きわめて否定的な状況下にあります。

時間の流れとともに、様々なデータが、ますます明らかになってくるでしょう。
(同時に、不都合なデータもまた、ますます隠され、ごまかされてゆくでしょう)





そして、2022年初春現在、日本国においては、科学データが示す方向性とは、逆行する政策がとられています。

政府は国策として、現在流行中の「オミクロン株」に対しての、第3回ワクチン接種(いわゆるブースター接種)を推奨しています。
接種には、「モデルナ」が推奨されています。

加えて2022年1月21日に、「5歳以上に対する、”コロナワクチン” 接種の推奨」を行なっています。


ちなみに、心筋炎が多発する「モデルナ」の “ワクチン” は、スウェーデンでは30歳以下禁止。
アイスランドでは、全年齢禁止。

デンマークでは、18歳未満禁止。
ノルウェーでは、18歳以下非推奨とされています。
(2022年2月現在)





著者個人は、いわゆる “コロナワクチン” 信奉派の方々に対する意見は、特にありません。


いわゆるコロナ・パンデミックの初期とは異なり、決して少なくない方々が、善意で情報を発信し、専門家たちも警告を発しています。

そのため、打つ場合も打たない場合も、現在は、自分で情報を選択することができます。
いずれにせよ、時間とともに、歴史が証明する問題と考えています。


同時にですが、”コロナワクチン” 自体の有効性には、様々なデータから、著者は極めて否定的な意見です。
“コロナワクチン” を接種することは、「今ここ」においても、将来においても、多大なリスクをもたらすと考えています。





このような、玉石混交の状況中、それでは「デトックス」とは何かを、一緒に考えてみたいです。

現実レベルの話では、
「流されて打ってしまい、後悔している」
「自分は打っていないが、周りの接種者からの影響(シェディング)が心配」
このようなニーズがあると思われます。


そして、いつでも、身体のデトックスの前に、まずはメンタルのデトックス。
心の混乱は、身体の混乱の元。
そのため、さまざまに混乱した考えを、一緒に整理したいです。




[1]「○○が悪い」「○○は愚か」という考えに、私は参加しない |


論拠(エビデンス)の問題とは別に、「打つ」「打たない」という個人の考えを、著者は否定したくありません。


たとえば、いわゆる “コロナ・パンデミック” の初期。
医療職・介護職の方々には、「打たない」という選択肢は、事実上、ほぼなかったと思われます。

そのような立場で、日々全力を尽くしてくださった方々に対して、
「”ワクチン” を打ったから、愚か」
という考えは、著者はできません。

そのプレッシャーの下にいなければ、理解できないことが、この世の中には、多々あると感じます。



同じように、この世には、ありとあらゆる考えがあふれています。

「接種してしまった人は、愚か」
「ワクチンを打たない人たちのせいで、感染が広がっている(← データ的には誤り)。彼らは自分勝手だ」
「ワクチンの危険性に気づけないなんて、愚か」

このマウント合戦に、著者は参加したくないです。
その代わり、どちらの立場であっても、現在進行形で続いている危機のために、協力したいです。
どちらもの未来が、安全で安心となることが、最善の結末と考えています。


[2]分断しようとする考えは、お断り。立場は違っても、手をつなぐ |


この “コロナワクチン” のやっかいなところは、副反応ばかりとは言えない。
むしろ、「分断」がやっかいと感じています。


たとえば、パートナーや夫婦、家族のそれぞれの意見が異なる。
そのことで、互いに気まずくなったり、大げんかになったりしたことも、あったかもしれません。

あるいは、一方が打ち、一方は打たない。
さらには、親は打って、子は打たない。

このようなケースで、打った人間からのシェディング(ワクチン害)にさらされている方も、いらっしゃると思います。


妊婦に接種させ、赤ちゃんに重大な影響が生じるケースも、報告されています。
お母さんの気持ちと、赤ちゃんの未来を考えると、やりきれません。

すでに打ってしまい、その後に害に気づき、騙された気持ちになった方もいらっしゃるかも。
「どうして、誰も言ってくれなかったのだ」
というふうに。





人知れず、重大な障害に見舞われて、ショックで言い出せない方も、いらっしゃるかもしれません。

接種しないために、会社や社会で、いづらくなっている場合も。
あるいは逆に、接種したからいづらくなる場合も、あるかもしれません。


子どもたちは、もっとやっかいなことに、巻き込まれています。
接種しないと、部活動に参加できない。そのために接種し、命を落とす……。こんな悲しい例が、多々報告されています。

もちろん、学校や集団活動においてのプレッシャーは、ものすごいでしょう。
そのプレッシャーは、子も、そして親もきっと同じ。





重ねて、このワクチンの最大の害は、薬害よりも「分断」。
人と人とを切り離し、対立させ、互いに自分を「正しい」として、対立をあおること。

ですから著者は、それに参加したくありません。
代わりに、このようなことが、いいと思っています。


打ってしまって、健康被害に愕然としている方の、力になる。どうやったら解決してゆけるのか、情報を分かち合う。
打っていなく、孤立している方と、手をつなぐ。
その上で、状況解決のために、事実やデータ・解析結果を見てゆく。


打つ気満々の方は、放っておく。
あるいは、”ワクチン” の正当性を疑わない方も、スルー。

たとえ、健康に反することであっても、それぞれの方の選択は、それぞれの方にとって神聖なものとして、尊重します。


[3]共通の目的は「安全」と「健康」、「個人の権利」の保全 |


「打った人」「打っていない人」……どちらにも共通する貴重な価値は、「安全」と「健康」、「個人の権利」の保全。
この3つのためなら、全員が協力できます。


それぞれが、自分の健康を守ってゆくために、具体的に何ができるのか。
国家レベルで、「安全」と「個人の権利」がないがしろにされてゆく状況に、共に、どう対処できるのか

こういったことなら、協力できる。


そして、けっきょくのところ、「安全」「健康」「個人の権利」の保全が、全員にとって、大切な価値であると信じています。


[4]みずからの失敗から、目をそむけない |


「安全」と「健康」、「個人の権利」を守るために、失敗から目をそらさないことが、大切だと考えています。

ここが、極めて重要な分岐点ですので、おつきあいください。実際に、多くの方からお話をうかがうと、いわゆる “コロナワクチン” を打つ選択をした方は、
「もやっとした」
「嫌だな、と感じた」
「気持ちを押し殺した」
とおっしゃる方が、大多数でした。


たとえば、パンデミック初期の、医療従事者のように、ほとんど逃げようのない状況に追い込まれたケースを除いて、大多数の方には、選択の余地があったように思います。
でも、いわゆる「同調圧力」という名の集団の圧で、接種を決めてしまった方が、非常に多いように思われます。

この原因であり理由を、自分の中で自覚しておくと、きっと役に立つ。
なぜなら、同じ原理のことは、今後もまた、形を変えて起こってくるから





自分にとっての、「意に沿わない曲がり角」。
それを、今回の経験を反省点に自覚しておけば、同じ被害に巻き込まれるのが避けられる。

「次の安全が、必ず守られる」
それは、安全安心・健康のために、尊いことだと感じます。


[5]反省はする。でも、自分を責め続けることは、しない |


自分を責めて、免疫が上がるなら、著者も、いくらでもそうしようと思います。
ですが実際は、自分を責めても、免疫は下がる一方ですし、ものごとの解決にはならない。

だから著者は、自分を責めるのはやめます。

代わりに、自分なりの反省点を自覚します。
同じ過ちをおかし、自分の健康を、さらなる崖っぷちに追いやることだけは、避けると決めます。


反省は、安全のために有効。
でも、自分を責めることは、何も生み出さない。

この違いを、心に意識しておくことにします。
もちろん、「愚かだ」「どうしてそんなことをした」と責める人も、相手にしないことにします。


[6]反省点はここ -「自らの健康に対する判断を、他者に依存していなかったか」 |


反省すべき中心点は、まさにここです。
「自らの健康に対する判断を、他者に依存していなかったか」
みずから情報を集め、判断するのではなく、
「政府が、大丈夫だと言っているから」
「周りが、そうしているから」
「権威(たとえば医者など)が、安全だと言っているから」
こんなふうに、権威ある他者に、みずからの健康に関する判断を、預けてしまう。

ここが、失敗の中心点ではなかったかと、反省します。

もし、そうであったなら、今度は代わりに、自分で勉強します。
みずから学び、自分のアンテナで情報を集め、自分の判断で、自分の人生を決断します。


[7]デトックスは3種類:必要な科学データや情報を、集め続ける |


「自分の健康は、自分で守る」と決めたら、デトックスのデータもまた、集めはじめたいです。
デトックスは現状のところ、3種類が想定されます。


(1)ワクチン接種済の方の、ワクチン成分のデトックス
(2)ワクチン接種済の方の、シェディング(周りからのワクチン害)のデトックス
(3)ワクチン未接種の方の、シェディング(周りからのワクチン害)のデトックス


重要なのは、「決定打の情報はない」ということ。 これが、理解すべき重要な点。理由は、以下です。





2022年初春の時点で、ワクチン会社は軒並み、ワクチンの全成分を公開していません
つまり、「具体的に、何の成分を解毒すれば正解なのかが、わからない」のが現状です


アメリカ連邦裁判所は、2022年度以内に、ワクチンの全成分を公開するよう、ファイザーに判決を下しました。
この判決は、2022年1月の出来事となります。

ですが、公開された全成分が正しいかは、別の話。
そもそも、成分を隠していた会社の、情報開示となります。
信頼性としては、依然、疑念が残るでしょう。


また、いわゆる “ワクチン” に混入された成分は、ロットごとに異なるというデータもあります。
そのため、いっそう、決定打がない感があります。


それゆえ、ここでも同じ原理が有効です。
「権威に依存しない」
「自分で、自分に必要な情報を集め、調べてゆく」
です。


[8]デトックスは3種類:必要な対策を、「日々、毎日」コツコツ続ける |


(1)ワクチン接種済の方の、ワクチン成分のデトックス
(2)ワクチン接種済の方の、シェディング(周りからのワクチン害)のデトックス
(3)ワクチン未接種の方の、シェディング(周りからのワクチン害)のデトックス

いわゆる “ワクチン” の解毒の記事を出している専門家は、このいずれもに、一発で効く「魔法の弾丸」はないと語っています。

それとは逆に、いわゆる “ワクチン” の解毒で勧められている方法は、免疫を上げ、身体に優しい効果のある、伝統的なものが多い印象を受けます。
高価で「これ一発」というものは少なく(……というか「なく」)、いずれも安価ですが、習慣づけないといけないようなものが多い印象。
著者は、生活習慣を健康に変えるつもりで、コツコツ取り組みます


[9]自分の権利を、自分で守る意識を持つ。自分の権利保全を、他者に依存しない |


すでに何度も言及していますが、2022年2月現在、日本国では、世界の流れに逆行した政策が取られています。

効果が疑問視されている “ワクチン” を、依然として国民に接種させようとしていること。
また、5歳以上の子どもに、”ワクチン” を接種させようとしていること。

リスクが ”インフルエンザ以下” と解析されている「オミクロン株」のために、人々の行動を強く制限したり、”ワクチン” の接種を推し進めようとしていること。

この流れが、自然に止まると思っているでしょうか。
著者は、そんなことはないと考えています。





実際、今現在も、著者含め多くの人間が、「おかしい」と感じたことに、抗議しています。
つまり、具体的行動で、対抗しています


もしあなたが、自分の「安全」「健康」「基本的人権」の権利を、誰か他人が、代わりに守ってくれると考えていたら……。
それこそ、危険な考えだと、著者は考えます。
もっと言えば、かんじんの時に “逃げ遅れる” 考えと感じます。




「おかしい」と感じたら、あなたも、自分の考えを表明することができます。
国に、意見を出すことができます。自治体に、電話することができます。

「自分の権利は、自分で守ってゆく」ものだと、気づきたいです。
もっと言えば、この生き方の意識を、自分の人生に根づかせたいです。


[10]「今」を大切に生きる |


いわゆる、この “ワクチン騒動”。
その顛末が、刻々と明らかになり、たくさんの事実が、時間と共に共有されてくると思います。

それでも、この “ワクチン騒動” の前に、時を戻すことはできない。

起こってしまったことは、起こってしまったこと。
それならば(”ワクチン” の害や副反応に苦しんでいる方々も含め)、これからどうやって、互いに助け合って生きてゆくのかを、考えたい。

何を避けるべきで、代わりに、何を選択して生きてゆくのか、できるだけ情報を交換したい。
「前向き」がいいです。





今、あなたや私が生きていること。
生きて、ごはんを食べたり、会話を交わしたりしていることが、尊いこと。


過ちから、学びたいです。同じ過ちを、二度重ねたくない。
理不尽なことには、「ノー」と言う勇気を持ちたいです。


あなたの健康や、人生も含め、「今、手元にある」大切なものを守るために、時間を使いたいです。
そのためにできることや、正しく判断できるための材料としての「事実」「データ」を、もっと知りたいです。

「過去と他人は、変えられない」
「でも、自分と未来なら、変えられる」

この言葉が、迫ってきます。
著者は、この言葉を採用し、心のデトックスとしたいです。


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