幻想の眼鏡を外す | 悪意[2]

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「自分の境界線以外のところから、他人の資源を、盗もうとすること」

ものすごくシンプルな言葉で言ってしまえば、悪意って、こういうことなのだろう。


「あなたが、気に入りません」
「なぜなら、あなたが持っている、その素晴らしいものを、私にくれないから

「ちょっとぐらい、くれたっていいじゃない」
「そうしない時、私はあなたが、気に入らない」

「あなたは、優しくない」
「私は、そんなあなたのことを、認めない」





その方・あるいはその国が、大切にしている価値。
ご自身の努力で、長い時間をかけて、紡ぎ出したもの。


それを、「それが欲しい」という自分側の理由だけで、相手側に要求してゆく。

場合によっては、相手側を、悪人に仕立てる。
勝手に立場をすり替えて、差し出さない相手側に、悪役を割り振ってゆく。



これが、おそらく、悪意の正体ではないだろうか。
(また、不思議と、既視感のある光景のようにも思えます)


そう。誰だってきっと、こんな感情は、抱いている。

ただ、その感情を実際に、行動に移すか。あるいは、思いとどまるのか。
その差に過ぎないだけで。






誰かに悪意(=悪い意図)を向けられているなんて、できれば、認めたくない。
ちょっとぐらい、見て見ぬふりをして、表面上を、円満にやり過ごしたい。

ことを荒立てて、揉めたくない。
やり過ごせるなら、面倒なことには、なりたくない。


でももし、悪意に、ドロボー行為が関係しているなら……。

そうはゆかない、かもしれない。
理由は、悪意を見逃すことで、結果的に、どんどん盗まれてしまうことになるから。


「これぐらいなら」
「ちょっとぐらい」

「少しぐらいなら、嫌な思いをしても、表面上の円満を保たなければ」
こんなことをしていたら、おそらく、すっからかんになってしまう。






「悪意は、悪意の顔をして、やってこない」
この法則が、いろいろなところで、重くひっかかる感じがします。

それでも、悪意には、気がついたほうがいいのですよね。
見てみぬふりを、しないほうがいい。……自分が、自分に対して。


なぜなら、勇気を出して、悪意を直視するという行為。
この勇気こそが、最終的に、自身の身を守ることになるから。



それでは、また。
また、メッセージを書きにきます。