Pay Forward

S. H. さん(40代以上/東京都よりご参加) ぶるぼんクラス
私は今回のワークショップを受け、母から受け継いだどうしようもないライフスキルや私に押し付けられた役割が、深く刷り込まれた悪癖として、未だ自分に刻まれていることを、改めて理解することが出来た。
特に人の感情と自分の感情(気持ち)の境界線が、私は気づくと直ぐに曖昧になる。
そしていつの間にか特に圧の強い他人の侵入を許し、その言動に引っ張られてしまう。
頑張って留まったとしても、時に大きな罪悪感を抱き、嫌なものから耐えているようなそんな感覚を持ってしまう。
私は幼い頃からそういう動作を何千回、何万回と繰り返してきたのかと、悲しく、悔しく思う。

また、だから自分を休めることや、美味しく食べることが未だに上手くできない現実に、苦々しい気持ちになる。
でも、逆から見るとちょっと圧をかければ、直ぐに委縮して相手の言うことを聞く人って、何だか大人としておかしい。
そしてもっとおかしいのは、それを利用して自分の利益とする人。
本当に、距離をおかないと廃人にさせられてしまう。
相手にしてはダメだ。
人の踏み台になるために、私は産まれてきたわけではないのだから。
私は、身体が健やかで、美味しいものを食べて、よく笑ってよく働き、好きなことをたくさん見つけて探求して、夜はぐっすり眠る。
そんな風に毎日を過ごしていきたい。
だからそれらを邪魔する侵入者は、直ぐに追い払い、扉を閉めなければいけなかったのだ。

境界線を持つことは、私にとって生きるための基礎であり、今の日本では生命線。
私は、今より色々な意味で強くなり、より安全に自分を守る力を付けていきたい。
「色々あったし、今も色々あるけど、でも今が一番しあわせ」と、堂々と言えるような自分になりたいと思う。
優月さん、ご一緒してくださったお仲間さんへ
今回も、たくさんの学びをありがとうございました。

M. T. さん(40代以上/岐阜県より参加) ぶるぼんクラス
わたしへ
いつもありがとう。
知らないうちに、自分の境界線がだいぶはっきりしたものになっていましたね。
びっくりです。
今のこの状態が当たり前になりつつあったから、このワークショップに参加しなければ、私はきっと気づくことが出来なかったと思います。
だから、参加してくれてありがとう。
ゆっくりとしか進めなくても、これからも一緒にいろいろなことに悩んだり、乗り越えたり、豊かさや幸せを味わっていけたらうれしいです。

今回のワークショップで、これからも忘れずに大切にしないといけないと思った言葉がありました。
それは「何が自分で、何が自分じゃないのか」です。
この言葉は、今までのワークショップでも聞いてきました。
原家族の影響から自他の境界線があいまいだった私にとって、この問いはとても難しいものでした。

「『等身大の自分』がわからない、本当にわからない」
「わかってきた気がする、けれど違う。また見誤った」
そんな時期が長く続きました。
時を経て、私は日々の中で「私はどうしたいのか?」を考えたり、何かにつまずいたときに「私が今、現実に出来ることは何なのか? 必ず何かはあるはずだ。」と考えるようになりました。
これが「何が自分で、何が自分じゃないのか」を知る作業なのではないかと思いました。

また、「自分の境界線の中のことをする。そのことに集中する」という言葉も今までも聞いてきましたが、こちらも大切な、常に意識していきたい言葉だと思いました。
このことを実際に自分が出来るようになってきたことで、とても大切なことなのだと改めて感じています。
ここを間違えると大きくズレていきます。
以前の私は自分の境界線の外のものばかりに手を出していました。
そのことに気づくことも出来ず、失敗ばかりをくり返していました。
でも、今は「自分の境界線の外のものに手を出すからうまくいかない」ことは当たり前なのだとわかります。

そのことがわかるようになってから、違和感を感じたり、うまくいかないときは「自分の境界線の外のものに手を出していないか?」という視点も持つようになりました。
そして、ワークで自分の希望を書き出しました。
それはどこかから持ってきたものではなく、「飾り気のない私の希望」でした。
原家族からの影響が強くあった頃の自分からは出てこなかった希望です。
たとえ思っていたとしても口にはしなかったと思います。
原家族にはきっと「そんなこと」と言われ、否定されるからです。

境界線のなかった頃の私がそう言われたら、この希望を諦めてしまっていたと思います。
でも、もしも今、原家族を含む他の誰かにそう言われたとしても、私はそれほど気にしないと思います。
他人は関係ない。
「私が叶えたい」のだから。

今回のワークショップで当たり前にそう思えるようになった自分を発見しました。
そう思うことが当たり前だと思うくらいには、自分の境界線がはっきりしてきたのだということに気づいたとき、なんだか感慨深い気持ちになりました。
だから、出来ることなら叶えたい。
いえ、叶えます。
そのためにクリアすべき課題もわかりました。
長年乗り越えられず、いまだに苦労し続けている課題です。

でも、この先を生きていくためにも、長くかかろうとも乗り越えなければいけません。
それを乗り越えるために、今回改めて大切だと感じた言葉と、
「今の自分に出来ることを探すこと」
「怠けない、面倒くさがらない、調子に乗らない」
「コツコツ続ける」
を忘れず、意識しながら課題に取り組んでいきたいと思います(言うだけ、書くだけではなく)。
自分の成長と課題を確認できたワークショップでした。
優月さん、お仲間のみなさん、今回もありがとうございました。

T. S. さん(40代以上/北海道よりご参加) ぶるぼんクラス
これまで私は自分の境界線の中ではなく、外にあるものに散々手を出してきた。
欲しくもないのに、反射的にパッと掴んでしまう。
そして、私の境界線の内側はガラクタで溢れかえっている。
見えるものも見えないものも、ぐちゃぐちゃになっている。
私は自分をよく見せること、ステキに立派に見えそうなものを選びがちという自覚がある。
私は自分が背伸びしている時にもやもやすると気が付いて、ここしばらく等身大を意識するようにしている。
境界線の中に収まっていないから、自分に合っていないことをどこかで気付いていたのかもしれない。
その思いつきや欲で手を出すのをやめて、立ち止まって冷静になる。
その選択を本当に自分が欲しいもの、私の身の丈にあったものに変えていきたいと思った。

ワークショップの中で聞いた「身体が幸せということを大切にする」。
私が探していきたいのは正にそれだった。
部屋の一部だけでもスッキリ片付いていると気分がいい。
それを手放したくなくてキープしようと努力する。
ワークショップ・クラス翌日にも自分のために生活を整える時間を取ると、気持ちが落ち着いて自信になると思った。
これを私は自分のために続けていこう。

ワークの中で、改善したいことに挙げた「他人の(過剰な)お世話をやめること」。
最近は他人のことにごく自然に手を出そうとする自分に気が付いて、立ち止まることも増えた。
気付いていながら、そのまま手を出してしまうこともある。
ワークショップの後により一層意識すると、自分がいかに他人のお世話で自分のことから目を逸らそうとしているか、つくづく実感する。
私は他人のことで自分の人生を埋めて、自分で自分の面倒を見ることから逃げているのだと思う。
私は自分の納得のゆく時間を生きたいと願っていながら、矛盾したことをしている。
それじゃあ、いつまで経っても私の人生は始まらない。
優月さんからアドバイスされた、他人のお世話の度合いを減らして、自分の時間がなくなるまでやらないこと。
私はこの練習を重ねて、他人のことばかり考え続けている時間を、自分に集中することに変えていきたい。

私は豊かさを分かち合う人たちの中で、共に生きていきたい。
自分が生きていく場を探すために、今この瞬間の境界線を大切にしながら、私は自分の人生を探していく。
人生を真剣に必死に考える貴重な時間を、ありがとうございました。

A. M. さん(30代/愛知県よりご参加) ぶるぼんクラス
私は境界線について、まだまだ理解ができていませんでした。
私の原家族は、境界線がぐちゃぐちゃで、自分と他人があいまいでした。
特に私は自分の境界線に、他人を勝手に入れてしまっていました。
私は自分のことがよくわかりません。
それは自分の境界線がよくわからない、感じにくいからです。
私は境界線が「私=皆」という、自分では抱えきれない大きさにひろげていました。

境界線がおかしいと、私の責任範囲もおかしくなってしまいます。
私が怖くて決められないと感じている時、自分のキャパシティを大きくこえてしまっているのが理由だと思いました。
それに加えて、私は自分を大きく見積がちです。
この2つが合わさると、等身大の自分では手に負えないことしか、頭に浮かばなくなってしまうと気付きました。

私は気がつくと、境界線が自分よりひろくなってしまいます。
私は日常に戻って、ふと気がつくと「私」が大きくなっています。
まずはそれを小さく、自分の輪郭を意識したいです。
私は小さくても、悪いことではないと自分に覚えさせたいです。
私は小さく、地に足をつけられるように、練習していきたいです。

H. M. さん(40代以上/福島県よりご参加) ぶるぼんクラス
今回のワークショップでも、私の甘さや私がしてきたことの重大さや私を客観的に捉えた現実の姿などを教えていただき、とてもずっしりと胸に響いた。
その事実の衝撃がとても大きく、それを理解したり受け止めたりするのに自分の気持ちが追いつけない感覚があった。
私が自覚し、直し、責任をとっていかなければならない多くのことについて、このワークショップの学びの機会がなければ知らないままだったのかと思うと信じられないような気持ちになる。
私はこれまでワークショップで学びを重ねてきて、何かがわかってきたような気がしていたが、まだまだわかるべきことがわかっていなかったことを知ることができた。
私がこれからしていくべきことはこれなのだということを確認し、学びや振り返りはそれをするためのものだということを自覚できた。

境界線というものは、人間が大切な命を守って健全に幸せに生きていくための大前提であるということについて、また理解を深められたと思う。
自分の境界線の中の資源で生きず、自分以外の人の境界線の中の資源を勝手に自分のものとして使ってしまう境界線侵犯の行為がどれほど相手に害を与え、その影響が想像を遥かに超えた長い年月継続し相手を苦しめ続けるのか、そして、それはその人の人生を破壊してしまうということを改めて学んだ。
境界線侵犯は絶対にしてはならない行為だということを胸に刻み直した。

自分はずっと幸せに生きたいと願いつつ、その実感がなく生きてきたけれど、「幸せとは何であるか」それがこんなにシンプルで明確なことだったことに改めて驚いた。
そんなシンプルなことなのに、親の世界観で生きてきた私はそれを全く知らずに何十年も生きてきてしまった。
それを知らなかった私は、子どもにもそんなにも重要なことを教えられないままになってしまった上に、誤った幸せの価値観を継承してきてしまった。
その事実について、これまでより認識できるようになったと思う。

自分は、境界線のことだけでも未だに健全な健やかさが足りていないことは自覚できてきている。
それでもその自覚できている部分は限りなく小さい一部の部分なのだと思う。
具体的な事実とともに噛み砕いて説明されてようやく気づくことができる自分を自覚して、さらなる害を大切な人に及ぼさないように気をつけながら、これまでのことについての責任をとるために具体的な行動をしていかなければならないのだと思った。

M. S. さん(40代以上/兵庫県よりご参加) ぶるぼんクラス
引き続き、過去から今の現状と理解に取り組みました。
自分に足りていないものは、足りていない。
それをどれほど言葉で埋め立てようとも、足りていないものは足りていないのだと思います。
ただそれだけのことがわかるのにも、かなりの時間がかかりました。

その自分の位置をあらためて確認し、また、足りていないところを歪みで補ってきたことについても感じ確認しました。
だからこれからを良くしよう。とすることは、わたしにとっては自分のやることではないのだと思います。
それはさらなる略奪になり、その良くしていくことに付き合わされることは、またさらに奪われることになると思います。

わたしのやることは、過去を確認し、それを本当の意味で一人で受け入れ続けること、今後返ってくるものに対して真摯に応えること。
応えることができるように整えること。
後半は、
その大切な人には、身体的境界線があります。
その大切な人には、時間的社会的境界線があります。
そう書いて、そのことについて感じ確認する時間にしました。

幸せや希望は、その人そのもの、その人の体温や命のように感じました。
そのような相手の身体の中にあるものを勝手に奪うことは、どんな理由があっても言い訳に過ぎず、それに対して返していくことを思いました。
今回もありがとうございました。
| ONSA WORKSHOP は「経験者」が「主催者」のワークショップ
ONSA WORKSHOP は、「経験者」であり「回復者」が主催者のワークショップ。
そのため、基本に忠実でありつつも、現況に即した、実践的な内容が特徴です。
「人生は、いつからでも変えられる」
多くの方が、プログラムをつうじて現状を変え、新しい時間を生きはじめています。









