2026.02月開催 「春の基礎勉強会」てぃぴかクラス

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タイトルはじまり目印

S. Y. さん(30代/富山県よりご参加) てぃぴかクラス



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今回のワークショップでは、「過去に何が起こったのか」という基礎と、「これからのビジョン・目標」を扱いました。

前半部分では、私はほとんど泣いていました。
久しぶりに感情が動くのを感じました。

感情が動くと、どっと疲れ、そして、何かが一皮剥けて軽くなります。
改めて、これが必要な過程だと感じました。

このような場を、私は日常生活の中で持つことは難しい。
だからこそ、繋がり続けたい場であると感じています。


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後半では、頭と身体を両方使って、今後の目標を定めました。

今まで何度もやってきたことではありますが、今回は特に、自分の中で身体的に納得できる感覚がありました。
「欲」ではない、本当に心から自身の安全安心と豊かさを作り出すビジョンを得ることができました。

今週も、何度か、チェアワークを通して、そのときの身体感覚を感じ直してみました。


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幸せとは、達成ではない。
この身体感覚で在れるということそのものなのだ。

日常に戻ると、やはり、この感覚であり続けることは難しく、疲労したり、欲に負けたりすることも多かったです。

それでも、「私が在りたいのはあの状態なのだ」という感覚を掴んだことで、それが現状とどのくらい違うのか、疲れ続けて身体の感覚を失っているという状態の異常さがよくわかりました。

かつては、それが当たり前で、快適な身体感覚がわからなかったから、「達成」によって得られる酩酊に飛び込んでいくしかなかったのだと思います。


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こんな風に書くと、何も知らない人からは、なんだか宗教めいたように聞こえるかもしれません。
ただ、その身体感覚やビジョンを得るために必要なことは、ひとかけらもスピリチュアルな要素はありません。

それは、安定したスケジュール管理・金銭管理・適切な運動習慣などといった、超・具体的かつ基礎的な行動だからです。

安定した生活の上に、安定した心身あり。
安定した心身の上に、「こうしたい」が湧いてくる。

「こうしたい」は先に来ない。

安定しないのに湧いてくるもの、それは「欲」だ。


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今の私は、基礎固めです。

そのことは、全く苦痛ではありません。
1つやれば、必ず1つ返ってくるから。

(1つ間違えれば、1つ跳ね返ってくるという緊張感もあります)


今年の第一歩、貴重な時間を過ごすことができました。
ご一緒してくださったみなさま、ありがとうございました。




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T. S. さん(40代以上/北海道よりご参加) てぃぴかクラス



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ワークショップ冒頭で、私の人生は何も試せないままに時間ばかりがずいぶん進んでしまったことに、大きな喪失感と悲しさを感じる。
私は今本気で取り組んでいかないと、何も楽しまないうちに人生が終わってしまうと思った。

色んなあれこれに手を出しているヒマなんてない。
ワークショップの前に自分がしていたことを思い出し、がっかりする。

それでもその場で気が付けた。
何度気づいても変えられていないと自分を責めそうになるけど、それなら今から変えてゆこうと思い直す。


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両親はごうつくばりだったけど、私も結局強欲で、自分が欲のカタマリに思えてくる。
そういう自分に嫌気がさすけど、自分を捨てたり自暴自棄になったりしても仕方がないとも思う。

気付いて認めて、変える努力をしていくしかないと、私は知っている。

前回のワークショップの後、私は自分がもやもやすることはしないと決めた。
もやもやするそれは欲で、他人から盗むことかもしれないから。


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私は私の納得のゆく生き方をしたいと日々思う。

自分で自分のことを好きだと思える、後ろめたさのない自分で生きていたい。
いいところもダメなところも全てOKと思えるように、自分が違和感を覚えることはしない。

母から言われ続けた「誰にでも愛される人になる」のではなく、自分がしたいことを選ぶけれど、他人ではなく自分の力でやってゆく。

私は両親から守られてこなかったことを改めて痛感するけれど、自分で自分のことを守って生きてゆく。
私は自分の足で立って生きるとまた決意する。


今回もありがとうございました。




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A. M. さん(30代/愛知県よりご参加) てぃぴかクラス



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私は時間の図の説明を受けて、私に残された時間の短さに胸が痛くなりました。
あんなにも奪われてしまったのも苦しいです。

私はワークで作成したリストをみて、自分の頭の中は全然ちがうと感じました。

書き出すと私の想像の計画は、全く現実的じゃないのがわかりました。


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残された時間で、全てを理想的な形でこなすことは、無理なのがわかりました。
書き出したリストを、整理すること、書き足すことを続けていきたいです。

私はこれがないと自分の進む方向がわからなくて、ギラギラとした星につい気を取られてしまいます。
まずワークショップの中で決めた目標をやる、それを中心に生活していきたいです。


私は自分の失った資源と、自分の不足を考えると苦しくなります。
誰かに何とかしてほしい、八つ当たりしたい…こういった気持ちに振り回されないようにしたいです。




タイトルはじまり目印

H. M. さん(40代以上/福島県よりご参加) てぃぴかクラス



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今回の勉強会で、自分自身の認知についてこれまで自分が持っていた見方と異なる見方を示していただいた。

親のせい、人のせい、何かのせいではなく、自分がしたことをちゃんと自分のこととして捉える姿勢が私には圧倒的に欠けているのだと思った。

一人の個の人間として自分がしたことは、当然自分が責任をとっていかなくてはならない。
けれども、私は年齢は十分な大人であるにもかかわらず、未だに大きな甘えの感覚があったことを自覚し始めた。


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私は、中身はどうあれ一人の大人であり、大人として責任ある行動をしなければいけなかった。

子どもを産み、育てるということを選択するには、それの重大さ、責任の重さを十分に理解し、それができる能力を備えなければいけない。
中身が甘えた子どものままの未熟な人間には到底無理なことだ。

私は自分がそれに該当しているとは、全く思えていなかった。
そして、自分の能力、キャパには無理なことを選択し、子どもに多大な、取り返しのつかない害を与えてきてしまった。


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私は、人が生きていく上で、自分の「これが好き。これがしたい。」という気持ちを大切にするのが大事だということなど、考えたこともなかった。
自分のそんな気持ちは、学業や仕事など大事なするべき何かをちゃんとやったらやってもいいくらいのおまけ的位置付けだった。

そんな感覚や生き方を私は、私の姿を通して自分の子どもにも植え付けてきてしまった。


これまで、自分が子どもにしてきたことを自分ごととして受け止めているつもりではあったが、今回の勉強会を通して、まだまだ自分ごとになっていないことが分かった。
自分がしたことは、自分の責任。私はもっと自分と自分のしたことをはっきりと見ていなかくてはいけない。

今回も貴重な学びをさせていただき、本当にありがとうございました。



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ONSA WORKSHOP は、「経験者」であり「回復者」が主催者のワークショップ。
そのため、基本に忠実でありつつも、現況に即した、実践的な内容が特徴です。


「人生は、いつからでも変えられる」
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