お話ししようよ[7]次への準備をしよう。人生の中核の時間には、大きな危機が8回はくる

「時間」と「心」がテーマの著者、藤沢優月です。

しっとりと、雨の1日になっております。
休日の STAY HOME、どんなふうにお過ごしですか?

お仕事の皆さまは、急に冷え込みましたので、体調崩されませんように。
暖かくなさってくださいね。
応援の気持ちを込めて、私は引き続き引きこもり、今の自分ができることで支えます。

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「お話し」シリーズ、更新します。

時間軸が飛びますが、あなたは、阪神淡路大震災の時、何をしていたか、覚えていますか?
1995年のことです。


このブログをご覧になっている方の中には、まだ生まれていない方、あるいは、小学生や中学生だった方も、いらっしゃると思います。

私も、学生でした。
募金しかできない自分に、無力感を覚えていました。


「現代日本で、こんな人数の方が、災害で、亡くなれるなんて……」

高速道路が横倒しになったり、都市圏で、次々に大火災が起こったり。
配信されてくるニュースに、目を疑ったり、絶望感を抱いたことを、鮮明に記憶しています。


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それでも日本は沈まず、横倒しになった高速道路も、復興しました。

そして、
「生きているうちに、このような大災害には、もう、縁がないのでは」
と思った矢先の、2011年です。

東日本大震災です。
だいぶ、記憶が鮮明です。


迫り来る津波の映像を呆然と見ながら、こんなことが、果たして起こっていいのだろうかと、無力感を覚えました。
そして、私たちはやっと、あの大きな災害から、立ち直ってきている最中です。


この間にも、たくさんのことがありました。
いくつもの地震、台風、洪水に見舞われました。

少し時間をさかのぼってみると、2001年には、いわゆる 9.11 が起こります。
日本で、いわゆる「リーマン・ショック」と呼ばれている出来事は、2008年のことでした。

1995, 2001, 2008, 2011, 2020 ……。


重ねて、この大きな数字の間にも、さまざまな災害が起こっています。

たとえばこの冬、まだコロナ禍が、ささやかれる前です。
長野・千曲川の近くを通った時に、目に飛び込んできたのは、ブルーシートで覆われた家々。
夏の大雨の余波が、継続中なのです。

言えることは、
「まさか、こんなことが起こるなんて」
は、実は、けっこうな頻度で起こっているということ。



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「外側の大きな危機は、約10年に一度」
10年説をとなえる方も多いですが、上の数字を見てみると、実はもう少し、頻繁のようですね。


社会人である私が、個人的に、この20年で経験した、外側の大きな危機。
それを仮に、「4回」とカウントします。


すると、こんなことが言えるかもしれません。


自分が、社会の戦力の一員として、支える側に回る、この先20年。
おそらく、あと4回は、外側の大きな危機が、来るであろう。


その先、おばあちゃんにさしかかる、20年。
その20年のあいだにも、おそらく4回、外側の大きな危機を経験するであろう。


社会人である40年のあいだに、おそらく、8回。
老年期の20年に、おそらく4回。

(長生きしたら、もう少し多いかも)
まだ責任を負わなくともよい、子ども時代の20年間に、おそらく4回。

「喉元過ぎれば熱さを忘れる」
ではなく、過去の出来事から、しっかり学ぶならば……。

それならば、これは「煽り」とは呼ばず、「経験からくる予測」と呼ぶでしょう。



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逆に言えば、こんなことが言えます。
準備ができていれば、過剰に恐れることはない。


それでも、ショックを受けないことは、ないと思うのです。


でも、
「なんで、こんなことが!?」
ではなく、
「ああ、来たな」
「悲しいけれど、切ないけれど、やっぱり来た」
こう考えられるようになれば、心の方向が、だいぶ違ってくる。


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あなたがもし、今回の出来事で、不安でどうしようもなく、未来も見通せないと感じているなら……。

今回の出来事を、未来への備えの、1回目と考えればいい。
いつだって、誰にだって、必ず「1回目」がある。



阪神淡路大震災の時に、募金することしかできずに、未来はどうなるのだろうと、震えていた私。
1回の経験ごとに、必要なことを学んで、1回ごとに、強くなっています。

やっと、その経験から、何かを分けられるぐらい、私も強くなりました。
だから、今度は、一緒に。



それでは、また。
続きは、また、書きにきますね。

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